「じゃ、この先が転移門広場だから」
「うん! ありがとうプリムノヴァ!」
「もう一人で来ちゃダメだからね」
「わかった!」
ヒロトは、ヒカルくんを背負って走り転移門広場まで蜻蛉帰りすることになった。
広場の手前でヒカルくんを下ろすと、目線を合わせて話す。
なんでもヒカルくんは、一人でダンジョンに潜ってきたらしい。それも、ヒロトに……というよりプリムノヴァに会うために。
とんでもない行動力だ。今頃親御さんは心配していることだろう。助けられてよかった。
ガントレットは返そうとしたけど「それはプリムノヴァが持ってなきゃ意味ないから!」と無理やり気味に持たされてしまった。
正直、かなり便利な武器ではあるので普通に嬉しい。お父さんが魔工職人か何かなんだろう。
きっと、今回のことが親御さんに知れればもうヒカルくんはダンジョンに近づけてもらえないはず。
ヒロトとしても、ダンジョンで小学生に彷徨かれるよりはそっちの方がずっとマシだった。
だから彼とはここでお別れ。そう思えば、チラチラと胸に視線が向いていることも咎める気にはならない。
エロガキめ。もう危ないことすんなよ。
「じゃあね! プリムノヴァ! 絶対また会おうね!」
小さくひらひらと手のひらを振る。
そしてその姿が見えなくなると、足早に物陰に隠れる。
と、ほぼ同時に『性転換』が解除されてヒロトは元の姿に戻った。
「ふぅ……」
危なかった。
あと少しで変身が解けそうだったんでヒヤヒヤした。
『性転換』は解除後、再び発動すらまでに発動時間と同じだけのインターバルを必要とする。
今からヒロトは6分間、『性転換』が使えない。
「まさか、それがデメリットになるなんてな」
『性転換』が使えないということは、ドレスを着ての変身も封じられるということだ。
ハズレスキルのはずの『性転換』は、いつの間にかヒロトの生命線になっていた。
「……帰るか」
ダンジョン探索は全くできていないが、今日はもうこれでもかというほど戦った。
魔法少女の治癒力のおかげで傷はもう残っていないが、体力は底を突いている。
とても探索を続けられる状況じゃない。
「あっ、モンスターの死体置きっぱだ……」
そして転移門を潜ってから。
山のようになっていたモンスターの素材を回収していないことを思い出し、がっくりと項垂れたのだった。
*
「ふぁ、ねむ……」
翌日。
昨日は早めに風呂に入って、飯を食ってぐっすりと寝た。おかげで体力は元通り。
しかし朝の眠気だけはどうしようもない。ヒロトは眠気まなこで目玉焼きを乗せたトーストを頬張り、コーヒーを喉に流し込みながらニュースアプリを開いた。
今朝の市場の動きはどうだの、どっかの国の戦争がどうだのといったニュースをスワイプして見たいニュースをタップする。
トピックは“ダンジョン”。
ダンジョンの情報は毎日更新される。どこでモンスターハウスが出そうだの、レアスキルが出ただの、誰が活躍しただの。
「トップニュースは、やっぱ“勇者”か」
勇者。
それは世界中ありとあらゆる冒険者の中で、最強の冒険者の名前。全ての冒険者の憧れ。
勇者の一挙手一投足で、超大国の大統領が顔色を変えるなんて冗談があるほどに圧倒的な存在。
ニュースサイトの一面トップは、もはや彼の特等席だ。
ここは毎回固定なので、実質的に二番目のニュースが今最もホットな話題……。
うん?
《お手柄! 謎の魔法少女“プリムノヴァ”、
「ぶふぉっ!」
コーヒー噴いた。
「な、なんだこれ……」
大きく表示されたその写真は、間違いなく“魔法少女”になったヒロトの姿を映したものだ。
恐らくは戦闘中の横顔を撮ったもので、我ながら顔だけならその辺のアイドルも凌駕するポテンシャルを……。
じゃなくて。
「神谷グループの御曹司……まさか、ヒカルくん?」
写真の構図。こんなに近くで、しかも戦っている時の写真を撮れるのは昨日のヒカルくんぐらいしか思い当たらない。
「うーわ、めっちゃ撮られてる……」
記事を見ると、ヒロト……もといプリムノヴァの写真がいくつも掲載されていた。
完璧な画角で収められたその写真たちは、ヒロトが戦っている間、ヒカルくんが写真撮影に夢中になっていたことを表している。
全然気づかなかったよ。
「というか神谷って、あの神谷かよ」
どっかで聞いたことあるなぁとか思ってたら、思いっきりお坊ちゃんだった。
神谷グループは、神谷魔工などの魔工業界でトップシェアを誇る会社を多数傘下に持つ大手財閥グループ。
そりゃ、あんな高性能なガントレットをポンと用意できるわけだ。まさか業界側の人間だったとは。
「これは、面倒なことになったぞ……」
朝っぱらから早々、面倒ごとの匂いしかしないニュースに。
ヒロトは憂鬱げにため息を吐いた。
*
「なぁ、昨日のダンジョン速報見た?」
「あー、魔法少女のやつ?」
「それそれ。めっちゃ可愛くなかった?」
「今までにないタイプの冒険者だな」
「ってか、そもそも冒険者なん?」
「近くに住んでんのかなぁ」
「そうじゃね? “カワサキダンジョン”に潜ってんだし」
「プリムノヴァ顔ちっっっっちゃ」
「足も長いし、スタイルいいし……モデルさんかな?」
「ぜってーどっかのアイドルの宣伝っしょ」
「え〜? こんな可愛いアイドルいたかなぁ」
「メイクえぐない? なんでこれで崩れないの?」
「彼氏いんのかなー」
「やー、絶対いるっしょ。いないわけなくない?」
居た堪れない。
学校に登校して、最初に感じたことはそれだった。
男子は新しいタイプの冒険者の登場に沸き、女子はその冒険者のビジュアルやら恋愛模様に興味を抱く。
その対象になっている冒険者の正体がヒロトだという点さえ除けば、いつも通りの光景なのだが。
これでは、会話内容が気になっておちおち昼寝もできない。
放課後のダンジョン探索のために、寝溜めしておかないといけないのに。
「HR始めるぞー、お前ら席つけー」
担任の佐々木先生が一声かけ、教室のあちこちで駄弁っていた生徒たちは席に戻っていく。
「じゃあ出席取るぞー」
「せんせー! 今日の“迷宮学”ってダンジョン潜るんですよねー?」
「お? その予定だが、どうした?」
「カワサキダンジョンですよね!? プリムノヴァいますか!?」
「プリ……? あぁ、昨日ニュースになった冒険者な」
やっといつも通りの学校が始まる……と思ったらクラスメイトの一人が余計な質問をした。
まずい、冷や汗出てきた。
「まっ、運が良ければ会うこともあるんじゃないか? プリなんとかさんが浅い階層に潜ってくれてればな」
「マジかよ! 頼むプリムノヴァ! 今日は浅い階層にいてくれー!」
安心するといい。
確かに浅い階層にはいるだろうが、君が気づくことは絶対にない。
と、心の中で肩を叩いておく。
というか、今日の迷宮学は現地実習か。すっかり忘れていた。
10階層に行くことがあれば、その後モンスターハウスの死体の山がどうなったか知ることもできるかもしれない。
大方、他の冒険者に根こそぎ持って行かれてるだろうが……。
「あ、そうだ。それで思い出した。今日の迷宮学な、大物ゲストを呼んでるんだ。先に言っておく」
ざわざわ……と俄かに色めき立つ教室。
「まさか、勇者様?」
「なワケねぇだろ。あれじゃね? 仮面騎士じゃね?」
「ルシファー様がいーなー」
「悪いが冒険者じゃないぞ。大企業の社長さんだ」
先生が言うと、皆が「なんだよーつまんねー」と落胆する。
一方でヒロトは、資産家がなぜ危険なダンジョンの中に……と考えを巡らせて。
「神谷グループの総帥、神谷源治さんと息子の光さんを……って。どうした、小林?」
続けて聞こえてきた名前に、思わず頭を机に打ち付けた。