産廃スキル『性転換』で魔法少女になったら戻れなくなった 作:ぷに凝
「目を閉じててねぇ〜」
拳を握り、膝の上に置いて。
背筋をピンと伸ばした状態で椅子に座るヒロト。
「緊張しすぎ。肩の力抜いてこ〜」
「う、うん」
ガチガチになった体から意図して力を抜く。
「……あえて聞くんだけど」
「うん〜?」
「なんで私、メイクしてるの……?」
静かな更衣室、もとい“楽屋”で。
前髪をヘアピンで止め、目を瞑るヒロトに。
メイクを施しているイトナは不思議そうに言った。
「そりゃするでしょ〜? お着替えだけだと思った〜?」
「……」
口をもにょもにょとさせて答えづらいヒロトは。
ヴァイオレットを基調としたロングドレスに身を包んでいた。
「そんなに綺麗なドレス着るなら、メイクも気合い入れないと損じゃん〜?」
「……イトナって、メイクもできるんだね」
「モチ〜」
瞼の上に引かれるアイラインの感覚。
人にメイクをしてもらうのは初めてで、どうすればいいのか何もわからない。
ただ邪魔をしないように地蔵になる時間が続く。
何故か更衣室に案内され、何故かイトナがいて着飾っていて、何故かヒロトも同じようにおめかしさせられる。
そんな状況に、刻々と不安だけが積み上がっていく。
ヒロトはてっきり、この屋敷のどこかにモンスターなりなんなりがいて、そいつを倒して欲しいとお願いされるんだと思っていた。
だけど、ただ戦うだけならこんなふうに着飾る必要はない。
じゃあ、シズクさんの言っていた“危険”の意味って一体……。
「はい、出来たよ」
思考している間に時間が経っていたらしく、イトナからの呼びかけがかかる。
メイクってもっと時間がかかるもんだと思ってたけど、思ったより早く──。
「……」
目を開くと、目の前に見たこともない絶世の美女の顔面があった。
ぱちくりとまつ毛を瞬かせて、呆然とした表情をしているかと思ったら、直後に怪訝な顔つきになる。
「誰?」
「ヒロちゃんだよぉ?」
「いやいや……」
そんなわけない。
確かに、顔のパーツ自体は似ているところもあるけど……いくらなんでも化けすぎだ。
頬に自然な血色が乗り、長い睫毛が目元を際立たせ、淡いグラデーションのアイシャドウと艶のあるリップで、大人びた印象になった美女。
「……これが私?」
そっと鏡に触れる。
指先と同じように、鏡の中の少女も指を伸ばした。
どうやら本当に、これはヒロトのようだった。
「素材が良いから、ちょっと整えただけだよぉ〜」
「“ちょっと”……?」
「うん、普段やってるのに比べれば本当にちょっとだよ。すぐh終わったでしょ? これがユウ姉とかだと何時間もかかるからね〜」
そんな軽い調子で言うイトナだが。
ヒロトの目にはとても“ちょっと”の範疇には見えない変化だ。
何度かメイクは自前でやってみたけど、それとは何もかも違う。
立ち上がり、全身鏡の前に立つ。
「すご……」
胸元がレースでカバーされ、過度な露出を抑えられた上で背中は大きく開かれた。ピンクのリボンと星型のアクセサリーがアクセントにあしらわれたドレス。
指先から二の腕までを覆う黒いロンググローブは動きを干渉しないように、シンプルながら洗練されたデザインで。
足元のスリットは高すぎず低すぎず、動きやすいようにそこからタイツに包まれた足とヒールを履いた足元に続く。
体の随所に透け感のあるレースと刺繍で高級感が強調されたドレスの上に……イトナの手により凄まじく整えられた顔面が乗っかった今のヒロトの姿は。
まるでステージの上に立つアイドルのようで。
「って、自分で言うの恥ずかし……」
「よぉ。やってる、か……」
そんな鏡に映った自分の姿を、胸に手を置きながら困惑げに見つめていると。
入り口に黒服姿の美少年ボーイが立っていた。
「「誰?」」
美少年とヒロトの声が同時に重なる。
「……あ、もしかしてカナト? カナトじゃない?」
「……お前、まさかヒロ……か?」
「そそ。どこ行ってたの? いつの間にかいなくなっちゃってたけど、まさか着替えてたなんて……」
白いシャツと黒いベスト、赤いネクタイで少年のような印象だった最初の頃から大きく変わったカナトに驚く。
「……むぅ、かっこいいな。こりゃユウナさんがほっとかないわけだ」
普段の少年時の姿とはまたガラッと変わった印象に、ヒロトは苦笑しながらポテンシャルの高さに苦笑い。
「──」
「?」
だが、カナトの方はヒロトの顔をじーっと見つめたままフリーズして動かない。
どうしたんだろう、と疑問に思い近づこうとしたら。
「なぁっ……!?」
ボッと爆発したように顔が真っ赤に茹で上がり、顔を逸らしながら手をワタワタと振って慌て出した。
「き、着替えてたなら早く言えっ! どうすんだ! は、裸とか見られたら……!」
「もう見てるじゃん……」
「そ、そうだったな……いや、それとこれとは話が違うだろ……!」
どの辺の話が違うんだろう。
って言うか、なんでこんな慌ててるんだ? ユウナさんにいきなりキスされた時ですらここまでは動揺してなかっただろ。
「あ〜、絶倫くんだ〜」
「その呼び方やめろっつったよな……」
ヒロトとカナトが会話していると、メイク用品を片付けていたイトナがひょこっと顔を出した。
そんな彼女は、カナトの顔が真っ赤になっているのに気づくと目を見開いて驚いて……次にヒロトの顔を見た。
「? なに?」
ヒロトが首を傾げると、イトナはなるほどと何かに納得したように頷き。
にんまりとしたいやらしい笑みを浮かべた。
「ふぅん? 絶倫くん、ヒロちゃんみたいな子がタイプだったんだねぇ〜。清純派がいいんだ〜。意外と可愛いところあるねぇ〜」
「おい、それ以上無駄口を叩くと……」
「はいはい〜。ユウ姉には黙っとくよ〜」
「おい! ユウナは関係な……」
声を荒げるカナトを置いて、楽屋の奥へと姿を消したイトナ。
「……」
「……」
そして、再び二人きりとなり気勢を削がれたカナトはワックスでボリュームを持たせた髪をガシガシとかきながら、視線を右往左往。
そしてヒロトは持ち前のコミュ障で場を持たせられない。
すなわち、気まずい沈黙。
「その、なんていうか」
そんな空気を先に壊したのはカナトだった。
相変わらず、何故か視線は外したままだったが。
「う、うん」
「似合って、る。綺麗だと思う」
「お、おう」
意を決したように振り絞った声に、微妙な反応しか返せないヒロト。
まぁ、男に綺麗って言われてもどう反応すべきか。
ちょっとわからないところがあるわけで。
ただ、ヒロトの反応を見たカナトは何故かガックリと肩を落とした。
「……今更かもしれないんだが」
「うん?」
「最初に会った時、体触ったりして、悪かったな」
「えっ」
そして、突然の謝罪。
「い、いや別に全然……良く、はないけど。うん。全然良くはない」
「……そうか」
「でも、うん、なんていうか、気にしてないから……」
「……」
フォローしようとして、それはそれとして感情的な納得を作るのは難しくて、でもやっぱり最終的にはフォローしたヒロトに。
カナトは無言でその場に立っていた。
さっきから、一体どうしたんだこの子は。
「……ところで、その服って?」
やや無理矢理ながらも話題を変える。
カナトは自分の服を見て、「あぁ」と頷いた。
「俺は表には出ないが、こういうのは雰囲気が大事らしいからな。ユウナの受け売りだけど」
「?」
……なぜボーイのような格好をしているかを聞きたかったのに。
返ってきた返答が思ったよりトリッキーで、どうしたものかと頭を悩ませ。
「ね、ねぇ。もう帰っていいかしら……?」
ふと、カナトの後ろに隠れるようにしてもう一人いることに気づいた……。
って。
「……シア?」
「ああ。本の虫を仕上げてきたぞ。好きに使え」
「うぅ……!」
カナトの後ろにいたのは。
可愛らしいワンピースにその身を包み、屈辱そうに身を捩るシアだった。