産廃スキル『性転換』で魔法少女になったら戻れなくなった 作:ぷに凝
「はぁ……」
トイレの個室の中で、ヒロトは項垂れていた。
どう足掻いても目立ってしまう今のヒロトだが、流石にトイレの中まで男達は追ってこない。当たり前の事実が今は心に沁みた。
男達から身体中に浴びた熱情の視線。酒とタバコと化粧の匂い。ヒロトを溶かそうとしてくる歯の浮くような言葉の数々。
そして……遠目に見えた、“暗里繭”の面々が“黄金の牙”のイケメン冒険者達に顔を赤くして骨抜きにされている光景。
当たり前のようにキスをして、腰を抱かれて、耳元に甘い言葉を囁き合う。
「……世界が違うなぁ」
ヒロトは今まで、彼女達とは案外上手くやれそうかも、なんて考えていた。
個性的ではあるけど、悪人ではない。地上に戻るまでの期間限定とはいえ、彼女達との共同生活はむしろ楽しそうだとすら考えていた。
だが、ユウナを筆頭に決して相容れない価値観。
貞操観念。
「皆、これが普通なのかぁ……」
その日出会った男だとしても、顔が良ければ、性格が良ければ、甘い言葉を囁いてくれるなら。
すぐに相手を愛することができる。
こういう仕事をするなら、確かにその方が上手く行くんだろう。むしろそれが正解。
ヒロトが細かいことを気にしすぎるだけで、きっと流れに身を任せて仕舞えば楽なんだと思う。
だけど。
「……どうすればいいかなぁ、ジン」
頭の中に思い浮かぶ、一番信頼できる友人にして相棒の顔。
今はなんだか、無性にジンに会いたい。
今すぐこの場を抜け出して、空でも飛んで地上に帰ってジンに泣きつきたい。
「……って、ダメダメ。ヒカルくんとハカセはどうすんの」
頭の中に思い浮かんだ妄想を、振り払って正気を取り戻す。
空を飛ぶにしても天井をぶち壊すにしても、必ず3人一緒だ。
私たちは3人で落ちてきた。戻る時も3人じゃなくちゃいけない。
「……よしっ」
パン、と頬を叩いて気合いを入れ直す。
なんとか、やり過ごそう。
正直ヒロトにとってはこの世で最も居心地が悪い空間だが、とりあえず笑っておけば悪いことにはならないはず。
意を決して立ち上がって個室を出る。
「……あれ?」
「独り言は終わったかしら?」
「シ、シア?」
気合いを入れ、個室を出たヒロトを。
下半身が蛇で銀髪のラミア娘、シアが出迎えた。
「ど、どうしたんですか? こんな所で……」
「こっちの台詞よ。トイレに入ろうとしたら長いことあんたが独占するから、こちとらいい迷惑だわ」
「ご、ごめんなさい!」
まさか、外に待っている人がいるとは思わなかった。
これは良くない。女子トイレって待ち時間がただでさえ長いのに。
「そ、外から呼びかけてくれれば良かったのに……って、これ言い訳か。うー、ごめんなさい……」
「……あんた」
「は、はい?」
「私のこと……嫌いじゃないの?」
「?」
わたわたと謝るヒロトに、シアが若干目を逸らしながら聞いてくる。
「な、なんでですか……?」
「なんでって……あのね、私。あなたの連れ子に攻撃したのよ。そのあとはあなたのこともね。どう考えたって、そんな危険人物、嫌いになる以外ないでしょう!?」
眦を吊り上げて、キッとこちらを睨みつけるシア。
……なんでこの人、怒ってるんだろう。
逆じゃない? 普通。
「それに関しては勿論怒ってるし、もう一度同じことされたら、今度は絶対ボコボコにするけど……」
「ボ、ボコボコ……」
「でも、それはユウナさんが代わりにやってくれたし……それにこっちも悪い所があったから、かな」
「……」
ヒロトの返答を聞いて、シアは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「あんたってホントに……」
巻いた髪先を指でくるくると苛立たしげに弄びながら、イラついているようにギリギリと奥歯を鳴らしている。
コ、コワ……早いとこ離れよ……。
「じゃあ、私はこれで……」
「……待ちなさい」
立ち去ろうとしたヒロトの背中に、待ったの声がかかる。
ビクッとして、殴られるかと恐る恐る後ろを振り向いたヒロトに。
「……悪かったわよ。あなたと、あなたの子供にしたこと……私の落ち度よ。非を認めるわ……ごめんなさい」
「あ……」
シアはそう言って。
僅かに落ち込んだ様子で、頭を下げていたのだった。
彼女らしいと言えばらしい、謝罪の言葉で。
「……私よりも、ユウナさんやヒカルくんに謝ってあげてください。別に私は怒ってませんから」
「ユウナには散々謝らされたわ……その、ヒカルくん? には、あとで直接謝るわ。もう一人の女の子にもね」
「それなら、私はそれでいいですよ」
「……あと」
「?」
私の目をチラチラと見ながら。
僅かに顔を赤くするシア。
「け、敬語。いらないわ……他の連中には普通に話してるでしょ?」
「え、あ、うん」
「……私にも、気を遣わなくていいから」
「……わかった」
「それだけよ……」
腕を抱いて、か細い声でそう言うシア。
きっと、頭が良いだろう彼女は。
ヒロトの中に残っていた僅かなわだかまりも察してしまうのだろう。
だからこその言葉だった。
「……あぁ、そうだ。もう一つ」
「うん?」
「私も……この空気と匂いは嫌いなの。“暗里繭”の色ボケた連中のことを嫌ってるのもそれが理由よ」
「そ、そうなんだ」
「でも、あなたは違うみたいだから……その……」
ヒロトの様子を伺うように上目遣いで。
「客に何かされそうになったら、私に言いなさい。あなた、どうせ流されて嫌なことも受け入れちゃうタイプでしょ?」
「……あ、あはは」
バレてーら。
はい、多分。その通りでございます。
「あなたのことは、そんなに嫌いじゃない。図書室に来たら……まぁ、お茶ぐらいは淹れてあげるわ」
そんな照れ隠しの言葉に頷いて。
ヒロトはその場を後にした。
*
「おぉい、何やってんだよアルトォ!」
「ご、ごめんなさい……」
なんだかほっこりしてホールに戻った瞬間。
耳をつんざく怒号が聞こえて、いきなり出鼻を挫かれる。
覚悟を決めたはずなのに、帰りたいゲージが急上昇するのを感じた。
「お前は手洗いすら満足にできねぇのか!? 何ができるんだよお前は!!」
「うぅ……」
見ると、男子トイレの前で服を濡らしていた二人組の獣人がいた。
一人は大型で黒髪の、狼のような耳を頭から生やした獣人。
もう一人は灰色の癖っ毛で、まだ子供と思われる小型の獣人。
子供の獣人が、怒号を上げる大人の獣人に対して泣きそうな顔で謝り倒している。
大人の獣人の方は、高そうなスーツを濡らされて完全に冷静さを失っている。
怯える獣人の子を睨みつけて、今にも手を出しそうな雰囲気。
「……」
ヒロトの頭の中に浮かぶ思考。
あれに関われば、明らかに面倒事に巻き込まれる。
出来れば何も起こさず、この場を切り抜けたいヒロトとしては……。
「お前みてぇな汚ねぇガキが……!!」
瞬間。
獣人の男が拳を振り上げ。
子供の獣人がぎゅっと目を瞑って身構えて。
勝手に体が動いた。
「──お兄さぁん、何してるのぉ?」
ヒロトは咄嗟に。
自分でもびっくりするほど、甘く蕩けるような声を出して、男の腕に体を押し付けていた。
「あぁ? ……うおっ!?」
「ねぇ〜。お兄さんかっこいいからぁ、あっちでお話ししたいなぁ〜?」
自分の声帯からこんな声が出せたのかと驚くほどの猫撫で声で、長身の男を見上げながら笑みを浮かべる。
男の視線が、ヒロトの顔、唇、胸の谷間、尻を往復し、ごくりと生唾を飲む。
そのねばつくような視線に頬が引き攣りそうになるのを必死に我慢。
「……お、おぉ。いいぜ、ちょっとだけなら話してやるよ」
「やったぁ!」
ぎゅっと腕を掻き抱いて、体を押し付ける。
ヒロトの胸が押し潰れる感触に、鼻を伸ばす男。
「へ、へへ……よし、可愛がってやるよ……」
ヒロトの腰に手を回し、そのままどさくさ紛れに胸に伸ばされる手をさりげなく左手で制しながら。
「……バイバイ」
後ろ手で、呆然とする男の子にぎこちない笑みを浮かべた。