産廃スキル『性転換』で魔法少女になったら戻れなくなった 作:ぷに凝
「話はわかった。状況の緊急性もな」
頭を下げていることで、目の前にいる相手の表情を窺い知ることはできない。
だが、仮に顔が見えたところでその男の考えがわかったことなんて一度もなかった。
そういう、ある種の威圧感のようなものが男のような立場の人間には必要でありそれは自分が男の実の息子という立場であっても変わらない。
「だが、すぐに救助隊を向かわせるのは難しいぞ。お前もダンジョン内での救助活動の難しさはわかっているだろう……ジン」
「あぁ、んなことは重々承知だ」
頭を上げた二階堂ジンのしかめ面に対して、ダンジョンマスターという肩書きを持つ父、二階堂誠也はそれ以上のしかめ面で応対した。
「ダンジョン内における冒険者の生死は、基本的に自己責任だ。命の危機が迫っているとしても国は動かない。それが例え……ヒロくんのような子供だとしてもな」
誠也はそれが当然という顔と声で断言した。
一見、冷たくも思えるその態度に喰ってかかるようなことはしない。
ダンジョンマスターの息子として、その辺りの常識はすでに叩き込まれている。
そもそもダンジョン内での救助というのは、二次遭難等の危険性が非常に高い。ミイラ取りがミイラになるようなことが当たり前に起きる場所だ。
以前、ダンジョン内である資産家が生死不明の状態に陥り、これを救助するため国が軍隊を派遣して捜索隊を編成したことがある。
しかし、結果は散々だった。
救助に向かった隊はダンジョン内で全滅し、生存者は0名となった挙句、救出対象の資産家も救助隊がダンジョンに侵入した時点ですでに死んでいたことがわかった。
この一連の出来事は「埼玉迷宮事件」と呼ばれ、ダンジョン内で遭難者を救助することがいかにリスキーな行動であるかを証明する凡例となっている。
「だが、ヒロはともかく一緒に子供まで巻き込まれたんだ。その内の一人はあの神谷の実の息子だ」
「……神谷氏はすでに事態を把握している。私が真っ先に知らせたよ。彼は、息子の身を非常に案じていた」
「だったら!」
「だが、それでも捜索隊の発足は無謀だと結論づけた」
「……!」
目の前に叩きつけられる現実。
わかっていた。わかっていたことだが。
その壁のあまりの高さに、膝を折りそうになる。
「ダンジョン内での行方不明は、ダンジョンへの進入日から90日以内に冒険者が地上に戻らなかった場合、遭難者は公的には死亡扱いとなる。その間に捜索隊は一定の成果を出さなければいけないわけだが……遭難者が、ダンジョンのどの層にいるかもわからないとなってはな」
「……息子だぞ? そんな簡単に諦めるのかよ!?」
「それ以前に彼は一人の経営者だ。彼がこの件に手を出すことは“損”だと判断したということは、どう足掻いても望み薄だということだ」
目の前の父親が淡々と口にする理屈。
それは、決してジンに対しての厳しさだけが理由ではない。
単なる事実であり、正論を父は述べている。
それが理解でき、正論を突き崩すだけの反論を持たないジンはただ奥歯を噛み締めるしかなかった。
ヒロと二人の子供がダンジョンの亀裂に飲み込まれ、ジンは残りの生徒たちと教師を伴ってカワサキダンジョンから帰還した。
試験は当然中断。ジンは真っ先に父に事の次第を報告して、子供たちと……ヒロの救出のために捜索隊を出すことを強く要望した。
その答えが、たった今の問答というわけだ。
「……もう、いい。俺一人でも……!」
「行ったところでどうなる? お前より遥かに実力のあるヒロくんの身に何かが起きたとして、彼女より弱いお前に何ができる? 何もできず殺されるのがオチだろう」
「ッ!!」
ガタッと音がして。
気づけばジンは、父親に掴み掛かっていた。
それでも父は、瞬きひとつせずジンの顔を正面から見つめている。
「じゃあ……どうすればいいんだよ!?」
「泣くか? 喚くか? 好きにしろ。ヒロくんが今、この瞬間も子供達を守りながら未知の迷宮の脅威に挑んでいる間……お前はここで蹲って泣いているといい。それ以外出来ることなんてないんだからな」
「親父ィィ!!」
目の前が真っ赤に染まり、拳を振り上げる。
そしてそれを振り下ろす……ことはなく、拳は空中で力を失った。
「殴らんのか? それをする度胸すらないとは呆れるな。彼女もこんな情けない男のことなんか忘れて、今頃迷宮の中でお前より強いどこぞの冒険者に助けられているかもな。何もできないお前より、他の誰かの方がよっぽどヒロくんを助けられる」
「……うるせぇ」
拳を振り下ろして、掴んだ胸倉を離して、ジンは俯いた。
その頬を熱いものが流れていく。
二階堂ジンは弱い。
彼女に……大森ヒロに出会ってから、ジンはその事実を痛感し続けてきた。
だが、今ほどジンは自分が弱いことを呪った日はない。
誰よりも助けたくて、今すぐ側に行きたい彼女の隣で……自分ではない他の誰かが彼女の隣を独占していると思うと気が狂いそうだった。
どうか、全員無事でいてほしい。でも、誰かがヒロを助けて彼女の心を奪われるのは辛い。
何も力がない癖に、叶うはずもない望みに身を焦がされ続けている。
何かをしなければいけないのに、何をしても悪手になると頭では理解してしまっている。
それでも。
「……親父、連絡を取りたい相手がいる」
「ふむ……誰だ? 言ってみろ」
ちっぽけなプライドなど捨てなければならない。
何よりも彼女のことを思うなら、ジンは己の全てを捧げる覚悟で望まなければならない。
そうでなければ、彼女の隣にいる資格はない。
「……“深淵のルシファー”だ。あいつと話したい」
この状況をただ見ているだけなんて、許さない。
絶対に。
「待ってろ……ヒロ……!」
迷宮の闇に沈んでいった彼女を思う。
必ず、どんな手段を使っても彼女を助けるのだ、と。
*
「んふぇ〜」
目を覚ますと、胸元でごそごそと何かが動く気配がした。
ベッドを捲ると、何故かヒロトのタンクトップ型の上着は乱されて、胸をもにゅもにゅと揉みしだきながらしがみつく白い少女がそこにいた。
「おっきいスイカぁ〜……すぴぃ……」
「……」
スイカじゃないが。
ため息を吐きながら、ヒロはしがみつく少女……イトナの体を引き剥がして衣服を整えた。
「みんな、まだ寝てるかな」
ヒロトのベッドに潜り込んでだらしなく涎を垂らすイトナも含め。
昨日は夜遅くまでヒロトの歓迎会という触れ込みで祝賀会が行われた。
主役であるはずのヒロトよりも周りが大騒ぎしていたのが印象的な会だったが。
素直に楽しい時間だったと言える。
「風に当たろう」
ヒロトは最低限髪を整えながら、廊下を渡り歩く。
「あっ、ヒロさま! おはようございます!」
「おはよ、スイテキちゃん」
「8号です! ヒロさまはお目覚めが早いのですね!」
「まぁね〜。今朝は早く起きちゃって」
道中、掃除をしていたスイテキちゃんを見かける。
この子が起きているということは、シズクも起きてるんだろうか。
「すぅ……すぅ……」
と思ったらリビングでユウナと一緒に寝ていた。
ユウナが酒瓶を抱えたまま床で寝ているのに対して、シズクはソファでゆっくり寝息を立てていた。
「寝てても分身は動くのか。便利だなぁ」
呟きながら、ヒロトは廊下の先にあるバルコニーに続く扉の前に立ち、扉を開けた。
「うん?」
「あっ」
果たして、先客がいた。
「……ヒロ、か」
外の光景を眺めながらタバコを吸っていたカナトだった。
「タバコ吸うんだ?」
「まぁ、な」
「ふぅん……」
「意外か?」
「うん。まだ子供に見えてたから」
加えて、こんな暗い森を見ながら吸うタバコが美味しいのかも疑問だ。
「……お前は」
「うん?」
「……」
カナトはヒロトの目を見たまま。
「……なんでもない」
「えぇ?」
何かを言いかけて、目を逸らした。
「ちょっと、気になるんだけど〜?」
「なんもねぇって」
「本当に〜?」
「ち、近ぇよっ」
ダンジョンの深層。
地上に比べ、深く暗い迷宮の底で。
頬に当たる風は、同じ気持ちよさを持っていた。