「初めまして。東迷宮高校2年B組の皆様。私は神谷源治。神谷グループの経営をしております」
「神谷光です。宜しくお願いいたします」
午後の迷宮学の時間。魔導バスでカワサキダンジョンに移動すると、ダンジョンの前には二人の人影が立っていた。
「よろしくおねがいしまーす」とクラスの全員が頭を下げるのに合わせて頭を下げながら、頬が引き攣るのをなんとか抑える。
目の前に、昨日会ったばかりの少年とそのお父さんが立っていた。しかも、どちらも有名人だ。
大丈夫だ、落ち着こう。向こうがヒロトの正体に気づいてるはずはない。
あくまで一般的な高校生としての姿を見せていれば、早々プリムノヴァの話には……。
「この中に、プリムノヴァに会ったことがある方はいらっしゃいますか?」
ぐほぁっ!
わざとやってるのか? なぁ、ヒカルくん。そうなんだろ? 本当はもうバレてるんじゃないの?
「こらヒカル。皆さんが困っているでしょう?」
「ごめんなさい父様。でも僕、どうしてもまたプリムノヴァに会いたいんです!」
「全く……あ、すみません皆さん。この子は昨日プリムノヴァと名乗る冒険者の方に救われてから、ずっとこの調子なんです」
名乗ってないです。
「えっ! じゃあ、もしかしてニュースになってたモンスターハウスから助け出された子って……」
「えぇ、この子です」
「そうだったんですか……! じゃあ、プリムノヴァのことも!?」
「見ました! 目の前で戦っていたので!」
「おお……!」とクラスメイトにどよめきが広がる。
あの、もうそろそろダンジョンに入った方がいいんじゃないかなと、思うんですが。
「じゃあ、あの写真も!?」
「僕が撮りました! けど、プリムノヴァのかっこよさと可愛さを全然表現できてなかったので……悔しいです!」
「すげぇ! 生プリムノヴァってあの写真くらい可愛いんだろ!?」
「写真より可愛いですよ? 画像じゃあの美しさは表現し切れませんね! せめて映像じゃないと!」
「写真より可愛いの!? それもう人間じゃなくない!?」
「羨ましいな〜! どんな声だったの!? 優しかった!?」
「すっごく優しかったですよ? 声は静かで落ち着いてるんですが、聞いてると不思議と……」
ヒロトは天を仰ぎ、ただひたすら時間が経つのを待った。
*
「一番感動したのはなんと言っても、彼女が僕の“プリマスターフィスト”を装着してくれた時ですね! あの時は僕、もうここで死んでもいいと……!」
「ヒカル。もうそろそろダンジョンの中だ。皆さんとのお喋りもいいけど、ちゃんと案内もしないとね」
「あっ、そうでしたね。わかりました、お父様」
ダンジョンの中に入り、通路を移動中も何度も昨日の出来事の話を繰り返すヒカルくん。
嘘は言ってない。言ってないのだが……あまりにも主観が入りすぎて、ヒカルくんの語るプリムノヴァは完全に実態とは別人と化していた。
褒められて悪い気はしないが、ここまで来ると流石に怖い。元々もう会う気はなかったが、出来るだけ彼とは距離を取ろう。
こえぇよ、この小学5年生。
「皆様、ダンジョン1層はモンスターも少ないですし、出たとしても弱い個体しかいません。ですが、万が一ということもありますので護衛から離れないように」
「はーい」と言いながら、ヒロトたち2-Bの周囲を薄透明なドームが囲んだ。
『マジックドーム』は周囲のモンスターから内部の気配を遮断し、攻撃や魔法を防ぐ効果がある。
ヒロトたちの周囲を固める4人の“迷宮騎士団”のうちの一人が、これのスキル持ちということになる。
迷宮騎士団は特定のスキルを発現させる方法を秘密裏にいくつも抱えており、その独占した情報で盤石な組織を築いている。
そのため、全国のダンジョンの管理は迷宮騎士団が全面的に仕切っており、彼らに睨まれることはダンジョンへの出入りを実質的に禁止にされるに等しい。
絶大な権力を背景に、色々と黒い噂も聞こえてくる悪の組織だ。
(ってのが、ネットでの迷宮騎士団の評判だけど。実際はどうなんだろうな)
少なくとも、今までヒロトはダンジョンに潜ってて彼らに理不尽な扱いを受けたことはない。
逆に悪質だと思っていた冒険者をちゃんとしょっぴいてくれたりと、真面目に仕事している姿を見てきたのでそれなりには信頼している。
ただ、それはヒロトが「一般的な冒険者」でしかなかった時の話。
プリムノヴァの正体を知られてはいけない相手に順位を付けるなら、間違いなく迷宮騎士団は上位に来るだろう。
「今日は第5層まで潜ります。その先は危険なモンスターが多く現れるようになりますので」
「あのー、もし宝箱が見つかったらどうすれば?」
「開けていただいて構いませんよ。あぁ、勿論。罠かどうかのチェックは挟ませてもらいますが」
「そうなんですね、わかりました!」
頷いて質問した生徒が引っ込む。
そう、ダンジョンには宝箱が出現する。
中に入っているものは本当にピンキリで、それ一つで一生を遊んで暮らせるような宝が出てくることもあれば即死トラップが仕掛けられていることもある。
ミミックも勿論いる。触手を伸ばして内部に捕らえ、神経毒を注入して生きたまま捕食するのだそうだ。
ただしこれはメスのミミックの生態で、オスミミックは女性のみを襲い、触手を伸ばして捕えるまでは一緒だがそこから繁殖のために触手を身体中の穴に突き刺して、そこから……。
いや、やめとこう。
なんか悪寒がしてきた。
「おっ、見えてきましたな。5層の大広間」
ダンジョンは10層ごとに転移門が設置されている。
そして5層ごとに体力の回復に適した広間が存在する。
ここにはモンスターは踏み込めず、ある種のセーフティネットとして機能している。
今日はここまで潜り、そして少々の休憩の後に地上まで戻るというプログラムだ。
「では皆さん、ここで少し休憩と──」
そう、ここまで来れば休憩。皆その意識があったから。
動くのが遅れたし、油断もしていた。
「──なんのつもりですかな」
気づいて振り返った時には遅かった。
喉に当てられた刃物。小さな体格。何より非力。
「神谷総帥、少々大事なお話がありまして」
「人の息子に刃物を突きつけておいて、ですか?」
「そうしなければならない理由がありますから」
一触即発の状況。
あまりの状況の急変ぶりに、誰も理解が追いついていない。
「そうですか。では聞きましょう、迷宮騎士団の諸君。君たちの語る戯言が、どれほどマシなものなのかをね」
「お、お父様……」
静かに、しかし確実にそのマグマのような激情を溢れさせた神谷源治。
その怒りの矛先は、ヒカルくんの喉元にナイフを突きつける迷宮騎士団の面々に向けて、確実に向けられていた。
*
「迷宮の秩序は、必ず維持されなければなりません」
「しかし、かの魔法少女はあまりに得体が知れませぬ」
「左様。人助けは素晴らしきことです。ですが」
「モンスターハウスの単独突破。これはいただけない」
迷宮騎士達が口にするのは、プリムノヴァのことだった。
「“十冠”を始めとする名のある冒険者の英雄譚なら構いません」
「しかし、彼女は冒険者名簿に登録すらされていない」
「在野の一般人、で済まされていい力ではない」
「我らの手元に置き、管理しなくては」
そのために、と続ける。
「ヒカル様。あなたには彼女について知ってることを教えていただく。加えて」
「これより我々は10層に潜ります」
「あなたにはプリムノヴァを呼び出していただこう」
「ご協力いただけますね」
喋り終えたヒカルは、彼らの目的を知ると。
「……ふふふ」
「なにがおかしいのです」
「あははは!」
笑い始めた。
「おかしいに決まっています。要するにあなた達、プリムノヴァが欲しいんですよね? そして、餌に僕を使おうとしている」
唇の端を歪め、とても小学生とは思えない獰猛な笑顔を見せるヒカル。
「無知なあなた達に教えてあげます。彼女は決して誰のものにもなりはしないし……なにより」
カッと目を見開く。
「僕なんかのために、プリムノヴァが助けに来るはずないでしょう!!」
「えっ」
「えっ?」
気づけば。
「……プリムノヴァ?」
「なんか、ごめん」
広間の入り口に、魔法少女が立っていた。