産廃スキル『性転換』で魔法少女になったら戻れなくなった 作:ぷに凝
「ヒロちゃん! 大変!」
ある日のこと。
ヒロトが近くの森で、新しく手に入れた力を試してきた帰りのこと。
珍しく焦った様子のユウナが胸をばるんばるん揺らしながら走ってきた。
すげぇ、視線が吸い寄せられる。
なんて、乱れた思考も次の瞬間吹き飛んだ。
「ハカセちゃんが倒れたの! 高熱を出して!!」
「えっ」
*
「ハカセ!」
「げほっ……ヒロ……? なんで“変身”してるのです……?」
「い、急いで来たから!」
「理由になってな……ごほっ、げほっ!」
急いで駆けつけた医務室のベッドに横たわるハカセは、想像以上に具合が悪そうだった。
「よぉ、早かったな」
「カナト?」
そしてベッドのハカセの側に立っているのは、これから営業時間だからかボーイ姿のカナトだった。
「もしかして、ハカセを診てくれてたの?」
「ああ。つっても俺も医者じゃねぇ。確かなことは言えねぇが……恐らく“迷宮中毒”だな」
「迷宮中毒……」
カナトの言うその症状には聞き覚えがある。というか、冒険者なら皆が知っていることだ。
迷宮中毒は、魔力が豊富なダンジョン内部に長時間滞在することで罹る魔力の中毒症状。
熱、吐き気、目まいなどの症状を引き起こし、体力を奪う。
重症化すると、体がどんどん魔力に蝕まれていって、最終的に死に至る。
「ど、どうしよう!?」
「落ち着け。まだ症状は軽い。すぐに重症化するってことはねぇはずだ」
「そうね。私も素人意見だけど、とりあえず今は安静にしておくのが最善だと思うわ」
カナトとシア、二人の意見にすごすごと引き下がる。
深層に落ちてきた当初のことを思い返す。
あの時は確か、ヒカルくんの方が体調を崩してしまっていたはずだ。
「……ヒロ、ワタは大丈夫なのです……」
「ハカセ……全然、そんな風に見えないって……」
ヒロトはハカセの側に歩み寄り、その体に手を合わせる。
「! 白いドレス……」
そして、“ブラン”にフォームチェンジして回復魔法をハカセにかける。
少しだけ、赤くなっていたハカセの顔から熱が引いていく。
「……ダメだ。もっと強い回復魔法じゃないと……」
「いいえ、ヒロ。回復魔法で治せるのはあくまで外傷だけよ。病気や精神的な疲労には効かないわ」
「じゃあ、薬は!? 治療薬とかないの!?」
「うーん……私たちは魔性化の影響もあって、迷宮魔力にも耐性がついてたから。治療薬は準備してないのよ……ごめんなさい。この子達に必要になる可能性を考えてなかったわ」
「そんな……」
じゃあ、打つ手なしだっていうのか。
こんなに苦しんでるハカセを前にして。
「ヒロ、前を見なさい」
打ちひしがれる私を見て。
彼女は言った。
「シア……」
「この子はね、あなたに自分のことを知らせないでって言ったきたのよ。余計なな心配かけたくないってね」
目を見開く。
「ハカセが?」
「そうよ。自分たちを守ってくれるあなたに……まだ何も返せていないのに、迷惑ばかりかけたくないって言うのよ」
「……ゲホッ、けほっ!」
そんなことを。
ハカセが。
「それなら貴方は、下を向いちゃいけないの。前を向いて、この子に言ってあげなさい。“大丈夫だ”って。いつも通り、私に任せておけって」
「シア……」
「だって貴方は……“魔法少女”なんでしょう?」
……そう、そうだ。
つい最近、勉強したばかりじゃないか。
魔法少女はいつでも前向きで、明るく、強い。
「うん……そうだった。ありがとう、シア」
「お礼なら、貴方を信じ抜いてるこの子に言ってあげなさい」
「……ありがとう、ハカセ」
聞こえていないかもしれないけど。
ヒロトは咳き込むハカセに言った。
「……でも、実際ハカセのことはどうしたら……」
「それなんだけど」
それでも解決しない問題にヒロトが頭を悩ませると。
「一つ、考えがあるわ」
「え、ホント?」
「ええ」
そう言って、シアは……何故だか、罰が悪そうな顔をした。
「回復魔法じゃこの子は治せない。でも、“治癒魔法”なら可能性はあるわ」
「治癒魔法……」
回復魔法より上位の魔法だ。
状態異常も含めてより深いところまで人を癒す魔法。
「シア、使える? 治癒魔法……」
「いいえ、回復魔法すら無理よ。だから私には使えないけど……ヒロ、貴方ならどうかしら」
「えっ、私?」
突然の指名にぱちくりと目を瞬かせる。
「出来るならもうやってるけど……」
「えぇ。だから出来ないなら……出来るようになればいい」
「そ、そりゃそうだけど……」
それが出来たら苦労はしない。
「不可能だと思う? ……あなたは空すら飛べたのに」
「……!」
まさか。
アレと同じ方法で?
「……アレ。でも回復魔法のお手本を見る方法なんてないよね……」
「えぇ、そうね。だから見るのは……いいえ、“経験”するのは別のもの」
「経験……別の……」
「“人を癒す”。その自分を強くイメージできさえすればいいのなら、この場所はうってつけよ。不快だけどね」
そこまで言われて。
「……まさか」
ヒロトは、嫌な予感がした。
とてもとても、嫌な予感がした。
*
「やっぱりこうなるんだ!!!」
数十分後。
ヒロトは楽屋で涙目でメイクを施されていた。
「騙された! シアに騙されたぁ!!」
「はーい、静かにしててねーヒロちゃーん。お顔にお絵描きできないからねー」
「お絵描きって言うなよぉ!!」
泣きながらドレッサーに向き合うヒロト。
に、前と同じようにメイクを施すイトナ。
言うまでもなく、例の“仕事”の前準備だ。
「いやー、初日以来だねぇ。もうヒロちゃんがやってくれることはないと思ってたんだけど……」
「私もやる気なかったよ……」
「……悪いわね、ヒロ。これくらいしか思いつかなかったの。こんなクズしかいないけど、あの子のために手を貸してくれないかしら?」
「うー……」
唸りながら黙って椅子に座り続ける。
“癒しの力”を身につけるために、どうしてまた私はこの仕事をしなければいけないのか?
「回復魔法を使う治癒師は貴重でね……適性がある人間は、専門の施設で“修行”を受けることが推奨されているわ」
「知ってるよ。“施しの教会”でしょ?」
「そう。回復術師を多く擁し、多くの技術と知識を持っている」
回復魔法というのは、実は貴重だ。
魔法を使える者はいても、回復魔法に適性を持つ者は少ない。当然、その貴重性と効果の高さもあり回復魔法を使える人間は重宝される。
そして、“施しの教会”という回復術師専用の施設に通うことが推奨されるのだ。
「そこで行われる回復魔法を上達させる修行の一つにね、ただひたすら、教会に通ってきた一般の人々の“悩みを聞く”というものがあるわ」
「……“懺悔室”みたいな?」
「良く知ってるわね。そう、それに良く似たものよ」
懺悔室。
昔、教会の一角で箱のような狭い部屋の中で、信者の人が神父様と二人きり。誰にも話を聞かれない状況で壁越しに自分の罪を告白するための場所があったという。
罪を告白すれば赦しが得られ、その内容は秘密のまま祈ってもらえるのだとか。
「人の悩みに耳を傾け、寄り添い、赦しを与える……その行為が、回復魔法という“人を癒す”行為に説得力と自負を持たせ、効果を底上げするそうよ」
「……それと同じことが、“ここ”でできる?」
「そう。“私は人を癒してあげることができる”……その経験と実績が、あなたの回復魔法の効果を上昇させるかもしれない。この“暗里繭”での経験があなたの力になる……かもしれない」
「“かも”かぁ……」
なんだか、あやふやだなぁ。
「でも、やらないよりやった方がいいでしょう? 少なくとも私には、これより良い手は思い浮かばないわ」
「……シアは私の味方だと思ってたのに」
私は、いきなりこんな仕事をさせられて。
でも、シアが怒ってくれたから、救われていたんだ。
それなのに、そのシアに“やれ”と言われるなんて。
「……よ」
「うん?」
「味方よ。私はあなたの」
「……」
唇を突き出しながら言った言葉に。
思っていたよりずっと真剣なトーンの返答が返されて、言葉を詰まらせる。
「あなたがあなたである限り……私は、あなたの味方でいてあげる」
「シア……?」
「何があってもね」
その言葉に、何かいつもと違うものを感じ取ったヒロトが振り返ると。
そこにはもう、彼女の姿はなかったのだった。