産廃スキル『性転換』で魔法少女になったら戻れなくなった 作:ぷに凝
煌びやかな内装。
着飾った男と女たちの甘い雰囲気。
「苦手だなぁ……」
フロアに立って、ヒロトの感想はやはり変わらなかった。
雰囲気に呑まれそうというか……自分が自分じゃなくなるような感覚が、やはり苦手なんだ。
「だけど……」
何もわからず翻弄されるだけだった初日とは違う。
「ハカセのためだ」
今日のヒロトは、ちゃんとした目的を持ってここに立っている。
“人を癒す”。
そういう、明確な目的が。
「失礼します」
頑張ろう!!
「おっ、可愛い子が来てくれたねぇ」
「!!」
指名を受けて、ヒロトが付いた台には。
やや小太りで、目を細めてにっこりと笑みを浮かべた。
柔和そうな雰囲気のおじさまがいて。
「やぁ、君がヒロちゃんか。さぁこっちにおいで」
*
「こんな可愛い娘が付いてくれるなんて、おじさん幸せだなぁ」
「あ、ありがとうございます……」
柔和なおじさまの隣に座りながら、ヒロトはぎこちない笑みを浮かべた。
「おじさん、“黄金の牙”の中じゃ古株なんだけど、もうすっかり戦えなくなっちまってねぇ。今じゃ若いモンらにこき使われてんのさ」
「そ、そうなんですか」
「だからおじさん相手に失敗しちゃっても、何も気にしなくていいからね! 気楽にいこ、気楽に〜」
「は、はい」
初手のまとわりつくような視線は、あまりにも恐怖だったが。
実際に話し始めると、おじさまは意外にも体に触ってきたり無理に迫ってきたりはしなかった。
「えと……お客様はお名前をお伺いしてもいいですか?」
「おじさん相手に敬語はいらないよぉ。肩の力抜いちゃって〜」
「……わかりまし、わかったよ。じゃ、普通に」
「うんうん、そっちの方がヒロちゃんは魅力的だねぇ」
「あ、ありがとう」
……なんだかヒロトの方が励まされてしまっている。
店員としてこれでいいのかな……。
「おじさんのことはローレンって呼んでくれ。“葛城ローレン”だ」
「ローレン、さん?」
「好きに呼んでいいよ」
「じゃあ、ローレンさんで」
敬語はいらないと言われたけど。
流石に年上の人を敬称略で呼ぶのは躊躇われた。
「……ヒロちゃん。まだこの仕事、一回か二回目でしょ?」
「えっ!? なんでわかるの!?」
「そりゃわかるでしょ……」
苦笑しながら、ローレンさんは周りを見渡した。
「ここね、言っちゃなんだけど。結構閉鎖的な場所なんだよ。新しい子なんて滅多に来ないんだ。だから、新人さんはすっごく話題になるし居たらすぐわかる」
「な、なるほど」
「でも、前にここでウチのバカがやらかしちゃったんでしょ? それからヒロちゃんが来なくなって……皆、実は落ち込んでたんだ」
「えっ、そうなの……?」
そんな雰囲気、全然なかったけど。
ヒロトが姿を見せた時も、みんなチラッとこっちを見ただけであんまり反応してなかったし。
「ユウナちゃんが事前にね。あんまり注目されると本人が緊張しちゃうからって、みんな気を利かせて普通に振る舞ってんのさ。本当は、ヒロちゃんが嫌な思いしてないか気にしてんだよ」
「そ、そうだったんだ……」
「あ、これ内緒ね? 言うなって言われてるからさぁ。ユウナちゃんにバレたら、おじさん怒られちゃうよ」
「……わかった」
ヒロトが仕事に出なくなったこと、本当はみんな気にして、責任を感じてたんだ。
そんな深刻な理由じゃなくて、単に苦手だから出てなかっただけなんだけどね。
「……ともかく! そんなワケだから、今日はヒロちゃん、おじさんのことも客と思わず好きに飲んじゃってよ! ヒロちゃんが楽しんでくれたら、おじさんも楽しいからさ!」
笑いながら、ローレンさんがとくとくとグラスに注ぐ乳白色の液体。
「これ……お酒ですか?」
「そうよ? “雪園”つってな。甘いにごり酒だ。飲みやすいよ」
「えっと……私、未成年なんだけど……」
「え?」
そう言うと、ローレンさんはポカンとした顔をして。
困惑げに“ちょっと待って”と言ってから、大声を出した。
「ユウナちゃん! ちょっといいか!?」
「は〜い?」
ローレンさんが呼びつけたのは、席の近くに立っていたユウナさんだった。
……って酒くさ! どんだけ飲んでんのこの人!?
「ヒロちゃんって、未成年なの?」
「へ? そんなワケないじゃない」
「いや、でも本人がそう言ってるんだよ……」
「なーに言ってんのよ! あんな立派なおっぱい持ってて、そんなワケないでしょ!!」
「い、いや、それは俺も正直思うが……」
二人は顔を寄せ合ってこしょこしょ話をしていたが。
ヒロトは耳がいいので、普通に会話が聞こえていたし。
ユウナさんの声がでかいので、多分他の人にも聞こえている。
そう、会話内容がダダ漏れなのだ。
「ユ、ユウナさん? ちょっと……」
「大体ね! 未成年だからなんだって言うのよ!? そんなこと言ったら私なんか中◯生の時から飲んでたんだからね! それでもピンピンしとるわ!!」
「いやぁ、ユウナちゃん。そういう話じゃねぇだろう……そもそも、ここで仕事することについて、ちゃんとヒロちゃんと話し合ったのか? あんた、また無茶言って巻き込んだんじゃ……」
「はーっ!? ヒロちゃんはウチで預かってるんですけど!? アンタみたいなデブ親父になんも言う権利ないわよ! すっこんでろハゲ!!」
「ユウナさん!?」
とんでもない口論をし始めたユウナさんに、流石に会話に割って入る。
「ちょ、ちょっと! ローレンさんはお客さんじゃないの!? ダメだってそんなこと言っちゃ!」
「あーら、ヒロちゃん。ごめんなさいねぇ、怖がらせちゃって。ヒロちゃんはいい子ねー、よちよちー」
「むぎゅっ!?」
「こんの酔っ払いが……」
止めに入ったヒロトの顔を、胸の中に抱き込んで頭を撫でてくるユウナさん。
ち、窒息する……!!
「おっぱいがおっぱいを抱き抱えてら」
「なんか言った!?」
「なんでもねッス」
ヒロトとユウナの様子を見た、周りの“黄金の牙”メンバーがそんな風に囃し立て。
ユウナさんの眼光の前に引き下がった。
「あのね! もしまたヒロちゃんに何かしたら、アンタらただじゃおかないからね! 次は半殺しじゃ済まさないよ!! 私直々にぶっ殺してやるから!!」
「お、落ち着けユウナちゃん! そりゃ俺たちもわかってるよ! ヒロちゃんに手出させるようなことは絶対に……」
「だったらお酒だって飲んでいいでしょうが!!」
「それは違うだろ!?」
ぶはっとユウナさんの谷間から顔を出して、抱き抱えられたままゆらゆらと胸の中で揺れる。
ユウナさんは見た目に似合わず結構怪力で、拘束から抜け出すのは難しそうだった。
店内は騒ぎを囃し立てる声や怒号、歓声ですごいことになっていた。
カ、カオスだ……。
「──騒がしいな」
そんな、収拾のつかない状況になってきたフロアに。
静かで、しかし、重厚な声が響いた。
「レオン……」
不思議なもので、その声は低く、張り上げたわけでもないのにまるで内臓に響くかのようにずっしりと全員の耳に届いた。
2mを超える背丈に、筋骨隆々の体。
遥か高みからこちらを見下ろす獣の眼光。
“黄金の牙”の頭首、“獣王”レオンが立っていた。
「……ユウナ。ちょっとこいつを借りるぞ」
「あっ」
レオンはユウナさんの前に立つと、ヒロトの肩に触れてユウナさんから引き剥がした。
あれだけ強かった拘束が、まるでマジックテープを剥がすみたいに剥がれてヒロトの体はレオンの腕の中に収まる。
腕ふっと。手でっか。
肩を掴むレオンの腕に、桁違いの力強さを感じて思わず息を呑む。
「ヒロ、しばらく付き合ってもらう」
硬直するヒロトの耳元で、レオンの低く唸るような声が囁かれる。
背筋がぞくりとしたのは、恐怖からか、それとも。
「……いいんですけど」
「なんだ」
「ローレンさんの後でもいいですか?」
言葉には有無を言わさぬ迫力があったが。
ヒロトは先にローレンさんの席についていたのだ。
それを途中で放り出してレオンの元に行くのは筋が通らない。
だから、そう質問したのだが。
「……ふっ」
何がおかしいのか。
レオンはしばらく沈黙した後、牙を剥き出しにして笑った。
「おもしろい女だな、お前は」
そして、そう言い残し。
ヒロトの肩を離すと。
「終わったら、すぐに来い」
そう言って、フロアの奥へと姿を消していった。
……なんだったんだ、アレは。