産廃スキル『性転換』で魔法少女になったら戻れなくなった 作:ぷに凝
「ごめんね、ローレンさん。こんなことになっちゃって」
「いやぁ、いいんだよヒロちゃん! ヒロちゃんはなんにも悪くないんだから!」
席に戻り、改めてローレンさんの隣に座る。
「しかし偉いねぇ、ヒロちゃんは。未成年が本当なら、私の娘と変わらないくらいの歳なのに……ダンジョンに潜って、働いて……」
「慣れてるからね」
「いや、中々出来ることじゃないさ。偉い! ヒロちゃんは偉いぞぉ!」
囃し立てるようにパンパンと柏手を打つローレンさんに苦笑する。
「……ウチの娘ね、いわゆる引きこもりってやつでね」
「あ……」
そこまで笑顔を絶やさなかったローレンさんが、少し暗い顔になる。
「別に僕はいいと思ってるんだよ。人生ってのは学校だけじゃない。健やかに、伸び伸びと過ごしてくれればそれでいいと思う。言っちゃうと、娘が働かなくても、僕はそこそこ稼ぎもあるからね。ははっ」
冗談めかして言うローレンさんに笑い返す。
「だけど家内は……あっ、妻のことね。妻は、なんというか……教育熱心な人でね」
「……学校に行かせたい?」
「あぁ。それも大学に行かせたいっていうんだ。将来安泰な、良い大学にね」
……まぁ、親ならそう思うのも無理ないだろう。
「だけど娘は……冒険者になりたがっている」
「!」
「知ってるかな? ヨコハマの隣にカワサキダンジョンってそこそこの規模のダンジョンがあるんだけどね。そこで最近活動してる プリ……なんとかっていう女の子の冒険者がいてね」
「へ、へぇ……?」
冷や汗が流れる。
「その子みたいになりたいって言うんだ。ははっ、無茶だと思うだろう?」
「ソ、ソウデスネ」
これ、まさかと思うけど。
ヒロトの正体を知っててわざと言ってる可能性とか、ない?
「そんな甘くないと僕は知ってるから、なんとか説得したいんだけどね……」
「そんなことが……」
どこか遠い目をするローレンさんに、ヒロトも考える。
どうすれば良いのか。
「……あぁ、すまない。もうこんな時間か。団長に呼ばれているんだろう?」
しかし、その思考を深める時間もなく。
ローレンさんとの時間は終わってしまって。
「早く行きなさい。彼に呼ばれるなんて、滅多にないことだ」
そう言って、どこか寂しそうに笑うローレンさんに。
何を言えば良いかわからないまま。
「……ありがとうございました」
ヒロトは、席を立ったのだった。
*
「失礼します」
フロアの一角。
多くの席は仕切りも何もなく、開放的な構造をしている中で。
その一室は天幕とカーテンにより区切られ、部屋の前に立つボーイが周囲に目を光らせていた。
VIP席というやつだ。
「来たか」
そこに、“獣王”レオンは座っていた。
クランリーダーというから、さぞかし両隣に美女でも侍らせていい気になってるのだろうと思っていたが、意外にも一人だけの席だった。
周囲には誰もいない席で、レオンは一人。お酒を飲んでいた。
……ん?
「……これ、もしかしてジュース?」
「──」
ヒロトがそう言った瞬間。
レオンの体がピシリと固まった。
「ナ、ナニヲイッテイル。ソンナワケナイダロウ」
「めっちゃカタコトだし……あれ、もしかして言っちゃダメだった?」
「……」
「ご、ごめん」
何も答えず、無表情で腕を組むレオン。
しかしその態度が何よりも雄弁に、ヒロトが“言っちゃまずいこと”を言ってしまったことを表していた。
「……よく、わかったな。酒に詳しいのか」
「んーん、全然。だけど、さっきお酒の匂い嗅いだからかな。なんか違うって気がしただけ」
「そうか……」
そう言うと、レオンは気まずそうにグラスを持って口に運んでちびちび飲み始めた。
それはまさしく、ライオン……というよりネコ科の動物が水を舐める仕草みたいで。
……なんか。
「結構、かわいいんだね?」
「!?」
「えっ、えぇ!?」
思わず、ヒロトがつぶやくと。
突然、レオンがグラスをひっくり返して自分の服にぶっかけた。
「ちょ、ちょっと! 大丈夫!?」
ヒロトが慌てて机の上のおしぼりを手に取り、レオンに駆け寄ってジュースの紫色のシミを拭き取ろうとする。
顔を上げたレオンが、一瞬胸元に視線。
慌てて、すぐに逸らす。
だが。
「っ!? ま、待て! 今は待て!」
「え? いやいや、早く拭かないとシミ広がっちゃうし。今拭かないとダメなんだって!」
「い、いや! 今はダメだ!!」
そんな風に、何故か目を隠しながらヒロトを拒絶するレオンと謎の押し問答。
意味がわからないヒロトは、とにかく仕事に不慣れだったのもあり、失敗してはいけないという意気込みで。
ズボンに広がったジュースを、おしぼり越しに拭き取る。
「ぐっ……!」
「ど、どうしたの!? もしかしてどこか、怪我した……とか……」
「……」
「……」
そこで気づく。
レオンが気まずそうに目を逸らし。
ジュースがこぼれた、ちょうど股の辺りに。
ビーンッ という効果音が聞こえてきそうなくらいの。
「「……」」
それはそれは、ご立派な“獣王”が立ち上がっていたことに。
*
「……」
「……」
数分後。
部屋の中で、ヒロトとレオンは無言で少し離れた場所に座っていた。
レオンが深く項垂れ、ヒロトはセットした前髪をくるくると心ここに在らずといった様子でいじっている。
二人の顔は僅かに赤くなっていた。
「……ヒロ」
「な、なにっ!?」
「さっきは、すまなかった」
「ナ、ナニが!?」
静寂を破るレオンの切り出しに、思わず声が上ずる。
「い、いや。あれは事故というか……あんなものを見せるつもりはなかった」
「あ、あんなものってナニかな!? 私はナニも見てないけど!?」
「そ、そうだな……う、うむ。そういうことにしよう……」
「う、うん……」
「……」
「……」
再びの沈黙。
……なんだこの雰囲気!
っていうか、ヒロトも自分が何故ここまで動揺しているのかわからない。
そもそもヒロトは男だ。
……まぁ、だけど最近はそもそも男に戻る機会がなかったのもあって。
精神が、かなり女性寄りになってきた自覚はあり。
そこに、あんなものをぶつけられてびっくりしたというか。
不意打ちされたというか……。
「……あーもう! こ、この話終わり! 私もわかってるから! 何でもない時でもああなっちゃうってのは! 別に変な想像とかはしてないから大丈夫!」
「へ、変な想像……?」
「そこ深掘る!?」
話を切り上げるつもりで出した話題に。
予想外に食いつかれてしまい、こっちがテンパる。
「だ、だから……! 私に反応したとか、そういうんじゃないってのはわかってるから! もういい! それだけ!」
「……いや、ヒロ」
「それで!? レオンはなんで私のこと呼んだの!?」
話題を無理やりに打ち切り、ヒロトはここに来た本来の目的に話をずらす。
その強引な話題転換に、レオンは少し微妙そうな表情をしていたが……顔を上げて、真剣な顔で話し始める。
「今のことで、わかったと思うが」
「うん」
「……俺は、女に慣れていない」
そうして、重々しく口を開くレオン。
ヒロトはそれを、神妙な顔で聞いていた。
「“黄金の牙”の他のメンバーは、遊び慣れている者が多い。彼らのリーダーとして、話を合わせてきたが……俺には女性経験がない」
「……やっぱり、そうなんだ」
「気づいていたのか?」
「薄々、かな。なんか、レオンは雰囲気違うし」
基本的に、ノリの軽い人が多い“黄金の牙”だが。
その中で、レオンの重厚感というか……硬派な雰囲気は際立っていた。
「……緊張するんだ。女性を前にすると。何を話せば良いのかわからなくなる」
「あれ、そうなの? ユウナとか普通に話してたじゃん」
「あいつとは……付き合いが長い。正直、女としては見ていない」
「そ、そっか」
あのボインなユウナを女として見れないとは……。
……まぁ今日の泥酔ぶり見てたらなんとなくわかるかも。
「だから、お前だけだ」
「え?」
「俺が……初対面から、話せたのは、お前だけだ」
「あっ……」
確かに。
レオンはヒロトとは初めから普通に話せていた。
だからレオンに“女性が苦手”ってイメージがなかったんだ。
「こんなことは、初めてだ。何故かお前のことは……苦手だと感じない」
……なんでだろ。
実は男だからかな。
それっぽいなぁ。
「だから……ヒロ。お前に、頼みがある」
「頼み? なに?」
「頼みというより、取引に近いんだが……」
“女性と話せるように話し相手になってほしい”。
なんてお願いを予想していたヒロトは。
次の瞬間、思考が止まった。
「俺の恋人役に、なってくれないか」
「……はい?」