産廃スキル『性転換』で魔法少女になったら戻れなくなった 作:ぷに凝
「……はっ!」
危ない危ない、気絶してた。
いやー、“恋人役になってほしい”って言われたのかと思った。
焦ったー。
「ヒロ、俺の恋人役になってくれ」
「いや夢じゃないんかい!!」
ドン、と思い切り平手を机について立ち上がった。
「……あの、レオン? 一応、聞きたいんだけど」
「なんだ」
「“恋人役”って……ナニ?」
ヒロトが困惑しながら聞くと。
「当然の疑問だな」
と、レオンは頷いた。
いや、頷かれても困るんだけど……。
「簡単に言えば、俺の恋人として振る舞ってほしい……ということだ。一定期間」
「な、なんで……?」
「……理由がある。ちゃんと説明させてくれ」
レオンはグラスの中のジュースを飲み下して、ヒロトの顔を正面から見つめながら言った。
「俺は“黄金の牙”の党首であると同時に、王牙家の次期当主でもある」
「王牙家……?」
「俺の生家だ。
「あれ、なんか聞いたことあるような……?」
「それなりにデカい家だからな……デカいだけだが」
レオンは“王牙”という単語を出しながら、憂鬱そうな顔をしていた。
まるで、その名前を忌み嫌っているかのように。
「“黄金の牙”は王牙家の者が代々ギルドリーダーを務めてきた。構成員も、多くは家と繋がりがある人間だ。だからなんというか……自然と、俺の後継に関する話題が多くなる」
「あー……」
親と話すたびに「子供はまだか」って急かされるような。
そんな感じだろうか。
よくわからないけど……。
「だが、俺は子供どころか顔を見て女性と話すことすら出来ない。だから今までは誤魔化してきたんだが……近い内、俺に見合い話を持ってくるということになってな」
「お見合い……」
今どき、まだそんなことあるんだ……。
「そういう場で、俺が相手の顔も見て話せないということになったら相手方にも失礼だ。だからなんとか断ろうとしているんだが……親がうるさくてな……」
「断りきれないの?」
「勝手に日程を決めてしまったんだ。それで慌てて、“俺には相手がいる”……と」
「あー……」
なるほど。
「そういうことか……」
「向こうも俺の嘘は薄々見抜いていてな。今度は“写真を見せろ”。“会わせろ”と言ってきた。それで俺は……“今度の遠征が終わったら連れてくる”と」
「売り言葉に買い言葉……」
「……返す言葉もない」
なんでそんなこと言っちゃったんだ、と非難するのは簡単だけど。
そんな簡単な話でもないんだろうな……。
「そして遠征中、俺は帰った後どうやって親を説得させられるかと考えて……ここに来た」
「……あっ、もしかしてここに滞在してた理由って?」
「そうだ。暗里繭には、俺の恋人役をやってくれる女性を探しに来ていた」
……そういうことか。
道理で長いこと滞在してると思ったら。
「最初は、長く付き合いのあるユウナに頼もうとしたんだが……ユウナのことは、家の人間にもギルドメンバーにも知り合いが多い。偽装だとすぐにバレる可能性が高かった」
「確かに……」
「それに、歳の差も結構あるからな」
なるほどなるほど……うん?
「レオンって今、いくつなの?」
「20だ」
「若……!?」
ヒロトと3つしか違わない。
まだ大学生だ。
「そうでもないぞ。“十冠”の中には俺より年下もいる。まぁ、比較的若い方ではあると思うが」
「はー……」
世界って広いなぁ。
「ともかく、暗里繭で誰かいい女性を探していたんだが……結局、誰と話そうと思っても体が固まってしまってな」
「ダメだったんだ」
「あぁ。そして諦めかけていたところに、君が現れた」
「私が……?」
「唯一、対等に話せる君が」
「……そっ、か」
ヒロトはどうやら。
レオンにとって、奇跡のような存在だったらしい。
「わかっている。これが相当無理のある頼み事だと。断ってくれても構わない。気にするな」
「気にするなって……でも、代わりの人なんて見つかるの……?」
「……無理だろうな」
レオンはグラスに視線を落としながら。
どこか、いつもの覇気がない声で言った。
「何度も治そうとした。だが、悪化するだけだった。本能的に嫌悪感を覚えてしまうんだ。虫と恋愛した方がまだマシだ」
「虫の方が……!?」
「ハッ。笑うか? だが事実だ。虫は言葉を喋らない。裏切らない。ただ生きているだけだ。あんなに愛らしい存在はないさ」
そう言って、乾いた笑みを浮かべるレオンの目には。
……まるで、底なし沼のような“諦め”の色だけがあった。
“女性”というものに対する、根深い不信を感じさせる色が。
「……」
ヒロトは自分の体を見下ろした。
本来、自分のものではない体を。
今この時も、レオンを騙している女性としての体を。
それだけじゃない。
「ねぇレオン、恋人のフリをするなら……色んな人を騙すことになるよね……」
「……そうだな」
「レオンの両親や、ギルドの仲間たちのことも……」
レオンを純粋に案じて、心配してくれる人達を。
裏切ってしまうことになる。
「そうだ、ヒロ。その通りだ」
「その通り、って……」
「俺はお前に……“共犯者になってくれ”と言ってるんだ」
「!」
「酷い男だろう俺は。フッ、軽蔑してくれていい。俺は今、最低のお願い事をしてるんだ」
自嘲気味に笑うレオン。
その顔は……ヒロトが頷くなんてとても思っていないような顔で。
ヒロトは、きゅっと胸が締め付けられるような気持ちになった。
そして同時に。
心の奥底で、悪魔が囁く。
「……レオン」
「なんだ、ヒロ」
「もし、私が恋人役を引き受けたら……“地上に連れて行ってほしい”ってお願いしたら、聞いてくれるかな……」
ヒロトがそう聞くと。
レオンはきょとんとした顔をした。
「聞くも何も……引き受けてくれるなら当然、君を連れて地上に戻ることになると思うが……」
そんな、“何を当たり前のことを”という表情をするレオンに。
ヒロトは、少し考える。
脳裏に浮かぶのは、ダンジョンの上層に置いてきてしまった“彼”の顔だった。
会いたいという気持ちは、日に日に大きくなり続ける。
ヒロトは必ず、戻らなければいけなかった。
「……じゃあ」
おずおずと、上目遣いで。
「私で、いいなら……」
と。
不安そうな目で答えた。
*
「はぁ……」
レオンのいるVIPルームのすぐ外で待機する男。
彼の名はリドル。
リドルは“黄金の牙”の古株だった。
そんな彼には悩みがあった。
自身が仕えるレオンの、女性嫌い……。
否、“女性恐怖症”と呼んでもいい主の状態についてだった。
レオンの女性恐怖症は、過去の体験から来るものだった。
体格に恵まれ、才能にあふれ、家柄にも恵まれたレオンは誰の目から見ても優良物件だったのだ。
玉の輿を狙う女性からの接触は後を絶たなかった。
幼少期から望まぬ女同士の抗争に巻き込まれた彼は、自然と女性を信じないようになっていった。
“黄金の牙”にも、女性団員は一人としていない。
その背景を多くの団員が知っているからこそ、団員の誰も彼に何も言わないのだ。
だが、王牙家の当主を継げるのはレオンだけだ。
現実から逃げ、暗里繭という深層ダンジョンで怪しげな接客業を開いている施設に入り浸る毎日。
それも、彼なりの女性恐怖症を克服するための荒療治だと理解はするが。
リドルが思うに、ここでの体験は女性嫌いをむしろ加速させるだけだ。
このままでは、王牙家の名に傷がつきかねない。
男は今日の夜にもレオンを出発させる腹積りであった。
ついさっきも、ものすごい爆乳美少女がレオンの部屋に入っていったが。
経験のないレオンでは、いいように弄ばれて終いだろう。
あれほど愛らしい娘が、本気でレオンを好きになるはずがない。
「レオン様、もうそろそろ……」
もうそろそろ、彼も現実を知った頃だろう。
リドルは天幕を開き、傷心の最中にあるだろうレオンを慰めようとVIPルームに入り。
目にしたのは。
「……」
「……えっ」
ソファに倒れ込んだまま、互いの顔を数センチの距離で見つめたまま動かない二人。
仰向けで寝転がるレオンと、その上に覆い被さるヒロ。
「なっ、なぁっ……!?」
「──お前ら、祭りだぁぁああああ!!」
“見られた”と理解したヒロの顔が羞恥に染まる中で。
リドルはフロア中に届く、大歓声を響かせた。