産廃スキル『性転換』で魔法少女になったら戻れなくなった 作:ぷに凝
「ハカセ、良くなった?」
「はい、なのです……ヒロ、ありがとうなのです……」
「良かったぁ〜……」
営業時間が終わり、朝になってから。
ヒロトは当初の目的であるハカセの治療のため、医務室を訪れた。
「まさか本当に、夜の仕事で回復魔法が強くなるなんて……」
「なによ。疑ってたの?」
「私を働かせるための口実かと……」
「そんなユウナみたいなことしないわよ」
「あら、どういう意味かしら?」
「脳みそピンクのおばさんに言っても理解できないでしょ?」
僅かな口論から、シアとユウナが取っ組み合いの喧嘩を始める中。
「で? 今日の騒ぎはどういうことかしら?」
「うっ」
「あのレオンと付き合うなんて相当よ? 堅物だからね、アイツ」
「“黄金の牙”に気に入られて、一緒に地上に戻るって当初のプランは大成功ね。……上手くいきすぎなくらいよ」
「ヒロちゃん、可愛い顔して案外やるんだねぇ〜?」
「う、うーん……正直運が良かっただけというか……」
恋人偽装の件は、暗里繭のメンバーにも話せなかった。
みんなは、本当にヒロトがレオンと付き合い始めたと思っている。
だからヒロトとしては、こう言う他なかった。
「えっ、ヒロに恋人……? ど、どういうことなのです……?」
「あっ、ハカセちゃん。実はねぇ〜……」
そして、寝ていたハカセは当然寝耳に水だ。慌てた様子で体を起こし、イトナから説明を受ける。
そして説明を聞くたびに……何故かどんどん顔色が悪くなっていった。
「そ、そんな……ヒロが……」
「ハカセ、大丈夫? もう一回回復かける?」
顔が青くなっていくハカセに、追い回復をかける。
だけど、すぐに効果が出たさっきと違って今度は効果が薄い。
「可哀想にね、ハカセちゃん。この年で好きなお姉さんが男に取られる悲しみを知るなんて」
「大人の味だね〜」
「そういうことなの……?」
俯いて、喋らなくなってしまったハカセに首を捻る。
「……ともかくこれで、ヒロはもう暗里繭に滞在する理由は無くなったわけね」
「あっ」
そんな私の飛んできた、シアからの指摘に。
ヒロトは、確かにと思った。
“黄金の牙”がここに留まっていたのは、いわば“お嫁さん探し”だったわけで。
ヒロトの存在で目的を達成したなら、もうここにいる理由はない。
「じゃあ、みんなともお別れか……」
ハカセとヒカルくんはともかく。
他のみんなとは、ここで別れることになるだろう。
「え〜!! ヒロちゃん、行っちゃやだぁ〜!!」
「イトナ……」
「ずっとここにいてぇ〜!」
イトナがおっとりしたいつもの様子からは珍しく、大声を上げながら抱きついてくる。
ヒロトはそんなイトナを抱き止め、思わずうるっと来てしまった。
普段は煩悩が多く感じるイトナも、こんなに素直に別れを惜しまれたら可愛く見えて……。
「もっどおっぱい揉まぜでぇ〜!!」
「煩悩だらけかい」
と思ったら、いつも通りヒロトの胸に頬擦りしていただけだった。
「そんなにこれがいいの……?」
ヒロトはむにゅむにゅとイトナに揉まれて形を変える脂肪の塊に首を捻る。
そりゃあ、ヒロトも最初はすごいことになったとちょっと興奮したもんだが。
少し胸を持ち上げると。
両腕にずしんと乗っかる重量。
「重いんだよ、本当に……」
しかも男からは勿論、女の子からもすごい目で見られるし……めっちゃ怖い……。
「ヒロ、覚えておきなさい。恵まれた人間の何気ない言葉は、時に貧しい者たちの心を深く抉るのよ」
「シア?」
「覚えておきなさい」
「は、はい」
なんか、シアに怒られたし。
呪いだ。呪いのおっぱいだ。
「ヒロ様」
「シズクちゃん」
「短い間でしたが、ヒロ様と過ごした時間……決して忘れません」
「ありがとう……シズクちゃん……」
「5人前を一人で平らげなさったヒロ様、剪定した毒物を“これも食べられるじゃん”と仰って丸呑みなさったヒロ様、モンスターを食べながら次のモンスターに襲いかかって本気で逃げられていたヒロ様。どれも大事な思い出です」
「シズクちゃん?」
そういう記憶は、忘れてもらっても大丈夫ですよ。
いや、これまさか恨み節か……?
「ヒロちゃん」
「ユウナ?」
「私、あなたのこといつでも見守ってるわ。離れても心は一つよ」
「ユウナ……!」
ヒロトの肩を掴み、瞳を潤ませながら微笑むユウナ。
普段の乱れっぷりが嘘に思える優しい笑みだった。
思わずヒロトの目にも涙が……。
「これ、おまもり」
「……ナニコレ?」
そして渡された、一枚の薄い紙パック。
これは。
「ゴムよ」
ユウナの顔面に叩きつけた。
「なんで!? 必要でしょう!?」
「いらない! いらない!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐヒロトたち。
「……あの、一応ここ病室なのですが……」
そんな大人たちのみっともない大はしゃぎを。
ハカセのジト目が見つめていた。
*
「ふぅ……」
ヒロトは、建物2階のバルコニーに出て。
外の景色を眺めていた。
「ここの景色も、もう見納めか」
眼下に広がる暗闇の森を眺めて呟く。
長いようで短い。そんな日々だったと思う。
時間にして1ヶ月前後。
奇妙な日々だった。
だけど、そんな日々ももうすぐ終わる。
「……」
ヒロトは、ふぅと深呼吸した。
この1ヶ月、ヒロトは“あること”をしていなかった。
地上にいた頃は毎日やっていたことだ。
だけど、暗里繭では……見られるわけにはいかなかったから。
この姿を。
「“性転換”解除」
そう唱えた瞬間。
ヒロトの体が光に包まれ、体が変わっていく。
曲線の強い体は、直線的に。
背が伸びて、筋肉のついた体。
張り出した胸が、縮んでなだらかになり。
目を開ける。
「……もう、こっちの方が違和感あるな」
さっきとは打って変わっての低い声。
苦笑いしながら、“男”の姿になった自分の手を見つめていた。
久しぶりに男に戻った感覚に、うんと背伸びをして。
背後にある鏡を覗き込み──。
絶句した。
「嘘だろ……」
そこに映っていたのは。
本来の“小林大翔”の姿ではなかった。
それよりも背が伸びて、しなやかな筋肉を持ち、細身で、“白髪”の髪を持った一人の青年。
どちらかと言うと、ヒロトよりも……“ヒロ”に近い雰囲気のその体を、ヒロトは見下ろした。
「まさか……この姿に戻るのが遅すぎた?」
以前もそうだった。
変身解除後の姿が、元の姿と比べても変わっていたケース。
「……!」
自分の姿に強烈な違和感を感じて、再び“性転換”を発動。
「……こっちの方が安心しちゃうな」
背が縮み、丸く、柔らかい体にホッとする。
随分、ヒロトの意識も変わった。
ここから地上に戻れたとしても……男として生活できる気がしない。
もしかしたら。
ヒロトは、これから一生……。
「ヒロ?」
不意に。
背後から、声がかけられた。
ゆっくりと振り向く。
「……シア」
バルコニーの入り口。
目を見開いてこちらを見つめていたのは、シアだった。
どく、どくと心臓が早鐘を打ち始める。
どうしてだ。
今、この時間はみんな寝てるはずで。
いや、それ以前になんでここに。
「……眠れなくて、少し外の空気を吸おうとしたのよ」
「そう、だったんだ」
ヒロトの頭の中を駆け巡る疑問に。
シアはわかっていたみたいに答えた。
「……」
「……」
沈黙。
「じゃ、じゃあ私は戻るから。シアも早めに……」
「ヒロ」
早くなり続ける心臓の鼓動に。
ヒロトは、ここにいてはいけないと警告する自分の本能に従い、その場を離れようと、シアの横を潜り抜けて中に戻ろうと……。
「今のは、何?」
「……」
シアに手首を掴まれる。
「あなたは……」
困惑と、混乱と。
少しの警戒を孕んだ声。
「一体、誰なの?」
そうして、問いかけられた疑問に。
ヒロトは、重い息を吐いたのだった。