産廃スキル『性転換』で魔法少女になったら戻れなくなった   作:ぷに凝

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59 拒絶と抱擁

「すぴ〜……」

 

 目を開けてすぐに飛び込んできたのは、いつも通りだらしない顔でヒロの体に抱きつくイトナで。

 

「うへへ……でっかいみたらし……」

「炙りカルビなのですぅ……」

 

 後ろからは、ハカセが抱きついてきていた。

 

「どんな状況だよ……」

 

 ため息を吐きながら、ヒロは二人の拘束を剥がしてベッドから降りた。

 

 廊下を渡り、ダイニングへ。

 

「あっ! おはようございます! ヒロ様!」

「スイテキちゃん、今日は?」

「炙りオークの生姜焼きです!」

「豚肉だぁ」

 

 朝食は生姜焼きとご飯だった。

 

 ご機嫌な朝食ってやつだね。

 

 材料は全部ダンジョン製だけど。

 

「あれ? ヒロ様? なんだか首筋に赤い痕が……って!?」

 

 ボッ、と真っ赤になるスイテキちゃんの顔。

 

「は、はわわ……! こ、これがあの、キッスマーク……!? ヒロ様、恋人ができたとは聞いておりましたが、まさかすでにその段階(ステージ)に……!?」

「いや、これはイトナに吸い付かれたからだね」

「あ、そうでしたか」

 

 スンッと直前までの興奮が嘘みたいに静まるスイテキちゃん。

 

 もしかして、日常茶飯事だったりするのかな。

 

 首とか腕はともかく、寝ぼけて乳首まで吸おうとしてくるのは本当にやめて欲しい。

 

 出ないからね。何も。

 

 だってヒロは……。

 

「……」

「? ヒロ様?」

「あ、大丈夫」

 

 不意に、思考の沼に引き摺り込まれる。

 

 笑顔を浮かべて、ヒロは皿を片付けた。

 

「ご馳走様でした」

「わぁ! 1分32秒! 自己ベスト更新ですね!」

「あ、ホントだ」

 

 最近のヒロは、出された食事をすぐに食べ切ってしまう。

 

 あんまり早く食べすぎると良くないと言うけど、なんか無意識にそうなってしまうんだ。

 

「噛まなくても消化できちゃう……」

「……」

「……か、ら」

 

 振り向いたヒロの前に。

 

 こちらを細めた目で見ながら立つ、下半身が蛇の女性の姿。

 

「……シア」

「おはよう」

「お、おはよう」

 

 ヒロは、ぎこちない笑みを浮かべて手を上げた。

 

「あんたには話しかけてないけど?」

「っ!」

 

 冷たい声で突き返されて、ビクッと肩が跳ねる。

 

「ご、ごめ」

「別に謝らなくていい」

「……」

 

 顔を赤くするヒロの横を通って。

 

 シアはテーブルに着いた。

 

「? ?? ????」

「スイテキ。朝食をお願い」

「は、はい……」

 

 ヒロとシアのやり取りを見て、目をパチクリと瞬きするスイテキちゃん。

 

 最近、ヒロとシアは一緒にご飯を食べることも多かった仲だ。

 

 暗里繭の中で、ヒロが一番仲良くなれたのはシアかもしれない。

 

 だけど。

 

 その時の友情は、今。

 

 脆く崩れ去ってしまったのだった。

 

「ヒロ」

「! な、なに……?」

「地上に戻るって話、私も着いてくから」

「え……?」

 

 そして、背中越しにこちらを見ずに話すシアは、藪から棒にそう言った。

 

 真意が掴めないヒロは困惑する。

 

「な、なんで」

「ヒカルくんとハカセ。あんなに小さい二人のこと……あんたなんかに任せられないでしょ?」

「!」

「何をしでかすかわかったもんじゃない。信用できないわ。だから私も行く。それだけよ」

「……」

 

 シアの表情は見えなかった。

 

 だけど、その声には明らかに初めて会った時のような、警戒と嫌悪の感情が強く、色濃く出ていて。

 

 ヒロは、目から涙が溢れそうになるのを必死に我慢した。

 

 泣いちゃダメだ。

 

 泣いても何にもならない。

 

「わか、った」

「そう」

 

 なんとか、その言葉だけを絞り出したヒロに。

 

「じゃあ、早く消えて」

「!!」

 

 冷たく言い放ったシアに。

 

 ヒロは部屋から飛び出した。

 

「ヒロ様!」

 

 背中にかけられるスイテキちゃんの声も無視して。

 

 ただひたすらに、逃げるように廊下を走る。

 

「ふっ……うぅっ……ふぅっ……!」

 

 堪えきれず、大粒の涙が溢れ出して。

 

 それでもヒロに、泣く権利なんか無いから。

 

 だから。

 

 ただただ俯いて、歩き続けたのだった。

 

 

「地上に着くまでは大体2週間ほどかかる。道中、強行突破するならもっと早いが、安全を優先する。ヒロ、お前は基本的に戦う必要はないが……」

「……」

「……ヒロ?」

「あ、ご、ごめん。なんだっけ?」

 

 その日の夜。

 

 前日の約束通り、ヒロとレオンはVIPルームで話していた。

 

 “黄金の牙”の面々は、ヒロが現れるなり待ってましたとばかりにヒロをレオンの元へ案内する。

 

 だが、ヒロはレオンに会ってからずっと上の空だった。

 

「……もしかして、不安か? 暗里繭を離れるのは」

 

 話に集中できていない様子のヒロを、レオンは心配そうに眉を下げる。

 

 そんな風にレオンに気を遣わせてしまったことが申し訳なくて、ヒロは自分のことが嫌になった。

 

「ううん、違うの。大丈夫。皆と離れるのは、少し寂しいけど……でも、いつまでもここにいるわけじゃ無いってことはわかってたから」

「……そう、か」

 

 ヒロは頭を振って笑みを浮かべる。

 

 暗里繭を離れるのは不安じゃない。

 

 そもそも、ヒロは一人で冒険者として活動を続けてきていた。

 

 今までが特殊だっただけだ。

 

「不安なのは、むしろ……」

 

 言葉が詰まる。

 

 この先の言葉が、出てこない。

 

 そんなヒロを、レオンは無言で待ってくれていた。

 

 ……優しいな、レオンは。

 

「……ねぇ、レオン」

「なんだ?」

「私って……悪い人なのかな」

「え……」

 

 ぎゅっと拳を握りしめながら。

 

 絞り出した言葉に、レオンが目を見開く。

 

「……なんでそんな風に思うんだ?」

「私……ずっと、みんなのこと騙してるのかもしれないって思って……。私はそんなつもりなかったんだけど、でも、みんなにとっては騙されてるのかもしれなくて……騙してるつもりがないのに、騙されたって思うってことは、それって私が悪人だからじゃないの……?」

「ま、待て。落ち着け、ヒロ。なんの話だ?」

 

 言葉に熱が帯びてくるヒロに。

 

 慌てて、肩を抑えてくるレオン。

 

「信頼してた人に、信用できないって、言われたの。でも、私は言い返せなくて……。“そうかも”って思っちゃって……!」

「ヒロ。本当の悪人なら、自分を悪人だと責め続けたりはしない」

「でも、私……レオンとの“恋人”だって、嘘なんだよ!?」

「!」

 

 レオンの目が見開かれる。

 

 いつの間にか、ヒロの目からは大粒の涙が流れていた。

 

 あぁ、いつかもこんなことがあったっけ。

 

 感情が抑えきれなくて、全部溢れ出してしまう。

 

 あの時は、結局。

 

 どうしたんだっけ。

 

「それは俺のせいだ。俺が言い出したことだろう……!」

「でも、私……! レオンのその話聞いて、“もしかしたらダンジョンから出られるかも”って考えちゃって……! レオンにとっては真剣な悩みだったのに……!」

「……そんなの、責められることじゃない。普通のことだろう。別に俺は騙されたとも利用されたとも思ってない」

「それは、レオンが優しいからだよ……! でも、私は本当なら、“こんなことしちゃダメ”って言わなくちゃいけなくて……!」

 

 涙を流しながら、言い募るヒロに。

 

 レオンが、とても苦しそうな顔をして。

 

「……ごめん。なんで私、泣いてるんだろうね……?」

 

 頭が、すぅっと冷静になって、冷たくなっていく。

 

 こんなこといきなり言われたって、レオンも困るに決まってるのに。

 

 勝手に一人で落ち込んで、爆発して。

 

 馬鹿みたいで……。

 

「ヒロ」

「!?」

 

 ガッと肩を強く掴まれた。

 

「大丈夫だ、俺はお前を責めたりしない」

「……」

 

 ヒロの顔を真正面から射抜く黄金の瞳。

 

 その力強い目に、ヒロの心が揺れる。

 

「ヒロ……お前は、自分が悪人だと言ったな」

「……うん」

「それなら、俺も同じくらい悪人だ」

「え……」

 

 レオンは、力無く笑った。

 

「俺たちは……二人でみんなを騙すことを決めたんだ。共犯者なんだ、俺たちは」

「きょう、はん……」

「そうだ。どっちが悪いんじゃなくて、俺たち二人のどっちも悪いんだ。俺たちはそういう関係だ」

 

 共犯関係。

 

 その言葉は、不思議とヒロの胸の中にスッと入り込んだ。

 

 くたりと手の力が抜ける。

 

「レオンは、悪人じゃないよ……」

「それなら、お前も悪人じゃない」

「そんなの……」

 

 反論しようとして。

 

「……」

「お前は悪くない」

 

 気づくと。

 

 ヒロは、レオンの胸に抱かれていた。

 

「絶対に」

 

 強く強く、大きな腕で抱きしめられて。

 

「……ありがとう」

 

 体から力が抜けて。

 

 その抱擁に身を預けた。

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