産廃スキル『性転換』で魔法少女になったら戻れなくなった 作:ぷに凝
「あの、本当にいいんですか……?」
「俺は“黄金の牙”の頭首だ。トラブルが起きたのなら報告を受けるのは当然のことだろう」
「いやぁ、正直若様の童貞卒業に比べたら些事っすよ?」
ヒロとレオンは、部屋に入ってきた団員を呼び止めて話を聞いていた。
急いでレオンに服を着せて、天幕の奥でヒロも自分の衣服に袖を通す。
さっきまでの昂まった気分はすっかり落ち着いてしまっていた。
「……いいから早く話せ。俺の気が変わらないうちに」
「わ、わかりましたッス」
「こーら。怖い顔しちゃダメ」
レオンはどうやら、ヒロとの時間に水を差されて少し不機嫌になっているようだった。
それ自体は嬉しいけど、レオンはギルドという組織を率いる立場。
ヒロは怖い顔をするレオンの頬を指先で持ち上げて笑顔を作った。
「……すまなかったな」
「お、おぉ! あの若様が素直に……! 流石は若様が惚れ込んだ女……!」
「そ、そういうのいいから。それで、賊っていうのは?」
素直に謝罪するレオンと、そのレオンの様子に感嘆したような声をあげる団員さんに気恥ずかしさを感じて話題を変える。
「いえ、それが……今回の遠征で我々が回収したモンスターの素材を一台の荷台に積んで運んでいたのですが……いつの間にやら、その中に子供が潜んでいまして」
「子供?」
「はい。魔性化に感染していまして。髪がこう……タコのような形をしているのですが」
「ぶふっ」
話を聞いた瞬間、ヒロは吹き出してしまった。
「?」
レオンが訝しげに吹き出したヒロに視線を送った。
「捕らえたところ、懐から積んでいたモンスターの素材が出てきてですね。今はとりあえず拘束して我々の班で見張っています」
「本人はなんと言っている?」
「それが、口が聞けないようです。何を問いかけても、全く答えないのです」
……や、やばい。
確定だ。
私はその“賊”の正体を知っている。
くっ、後で報告しておこうと対応を遅らせたのが裏目に出た……!
「レオン、レオン」
「うん?」
私はちょいちょいとレオンの気を引いて、耳元に手を当ててこっそりと話した。
「その子のことなんだけど……多分、私の知り合いで。出来れば引き取りたいんだけど……」
「……」
「あ、勿論悪い子じゃないよ? ただ、まだ分別がつかないっていうか……レオン?」
こそこそと話すヒロの顔を見つめながら、レオンは固まっていた。
返事がないので首を傾げると、「あ、ああ」とレオンが動き出す。
「どうしたの?」
「いや、声と顔が可愛すぎて話を聞いてなかった……ごふっ」
「真面目にやれ」
色ボケ獣人に青筋を浮かべて腹パンする。
「す、すまん。集中しないといけないのはわかってるんだが……」
レオンはどこか、心ここに在らずといった様子だ。
……もしかしたら、さっきまでに雰囲気を引きずってるのかも。
このままじゃ、何かつまらないミスをしてしまうかもしれない。
ヒロは、自分のせいでレオンがそういうことで評価を落とすのを見たくはなかった。
レオンを仕事に集中させるために、どうすればいいかを考えて。
一つ、案が浮かんで。
「……じゃあ」
と、ヒロはレオンを見上げた。
「ちゃんとお仕事出来たら……あとで“ご褒美”あげる」
「!」
「それでいい?」
ご褒美。
その言葉を口にした瞬間、レオンのしっぽがビーンと伸びて。
そして、ブンブンと振り回された。
いや、可愛いかよ。
「頑張る」
「よしよし。レオンは偉いね」
「!!」
レオンの頭を手を置いて撫でてやると、どんどん目に活力が漲っていく。
「ダリル!」
「は、はいッス」
「その子供の元へ案内しろ。俺が話をつける」
「了解ッス!」
レオンが立ち上がり、天幕の入り口に立つ。
「レオン、私も……」
「君はここで待っててくれ、ヒロ。万が一のことがあるかもしれない」
事は私の身内が絡んでいる。
私も着いて行こうとしたが、レオンに止められる。
「万が一って?」
「モンスターに襲われるかもしれない。石でつまづいて転ぶかもしれない。落石で頭を打つかもしれない。虫に刺されるかもしれない。他の男によこしまな視線を向けられるかもしれない。優しすぎるから挨拶程度に交わした会話から“俺のこと好きなんじゃね?”と思われて執拗につけ狙われるストーカーが爆誕すつかもしれないし優しすぎるからそういう行為も許してしまってさらに相手を調子に乗らせた結果一生付き纏われ」
「ちょいちょいちょい」
突然バグり始めたレオンの頭を叩いて直す。
「し、心配してくれてるのはわかったから。でもちょっと過保護すぎない?」
「……ヒロは無防備すぎるから心配なんだ」
レオンがヒロに向ける視線に、ドロドロとした感情のようなものが見え隠れする。
ヒロを失いたくない、あるいはヒロを誰にも見せたくないという執着の感情。
独占欲。
「……」
思わず身震いしてしまいそうなくらいの重い感情に、同時に甘い疼きも覚える。
こういう感情を向けられて、嬉しいと思ってしまっている自分がいる。
レオンもヒロも、どこか病的になってしまっているようだ。
「あの、俺お邪魔だったら……」
熱い視線を交わす二人に、入り口に立っていた男がおずおずと声を上げる。
「……ヒロ。お前は俺のものだ」
「!」
「誰にも渡さない」
力強いレオンの言葉。
ヒロはその言葉に、なんと返すべきか迷った。
軽はずみに答えていい言葉ではない。
だけど。
今のヒロの気持ちだけを言葉にするのだったら。
「……うん」
答えたヒロに、レオンは一瞬目を見開いて。
まるで仏のように優しい顔をした。
「俺が帰ってきたら、“おかえり”って言ってくれ。それだけでいい」
そう言ってレオンは。
天幕から姿を消した。
*
「うー……」
レオンがいなくなって、一人になった天幕の中。
「なんで私は……あんな恥ずかしいことを……!」
ヒロは一人で頭を抱えていた。
脳内にはついさっきのレオンとのやり取りが鮮明に思い浮かぶ。
『誰にも渡さない』
『……うん』
「あああああああ!!!」
寝袋を持ち上げ、バサバサと振り乱す。
なんだあの湿っぽいやり取りは!!
少女漫画じゃねーんだぞ!!
「はあぁぁ……」
そしてひとしきり暴れた後、振り乱した寝袋に身を預ける。
恥ずかしい。本当に、恥ずかしいやり取りだった。
でも……。
それを嬉しいと思ってしまっている自分がいるのも確かで。
要するに。
「ベタ惚れかぁ……」
ヒロはレオンのことが好きだった。
異性として、どうしようもなく好きだった。
「私、完全に女の子になっちゃってる……」
自分でも自覚できるほど、現在のヒロはまるで思春期の少女のような思考回路になっていた。
今までヒロは、自分が男なのか、女なのかということをあまり考えないようにしてきた。
避けていたと言ってもいい。
だが、深層に落ちてから、暗里繭で過ごし、そしてレオンと会って。
あまりにも、自分を女だと自覚する場面が続きすぎた。
そのせいでいつの間にか、男の自分に違和感を抱くようになり。
とうとう、本気の恋までしてしまった。
「どうしよう……」
レオンとの恋人関係は、偽装。
そう、偽装のはずだ。
だけど……その建前は、開始早々すでに。
崩壊しつつあった。
ヒロはもう、完全にレオンのことが好きだと言い訳できなくなってるし。
レオンも……多分、ヒロのことを好きだと思う。
でも、一つだけ問題があった。
「……男の私、どうしよう」
ヒロは元々、男なのだ。
小林大翔という一人の男性だった。
その頃の意識は……もはや時間と感情で撹拌されて、薄れてきてしまっているけど。
そういう自認がある事は事実。
「言ったほうがいいのかな……」
ヒロの本当の性別のことを知っているのは二人。
それを見抜いたシアと。
ジン……。
「……」
ジンのことを思い出すと、ヒロは胸が痛んだ。
ジンは優しい。
今も、ヒロのために行動してくれてる可能性が高い。
だからジンのためにも、早く地上に戻らなければいけないのだけど。
今、ジンは何をしているんだろう……。
寝袋にくるまりながら、ふと天幕の窓から外を見ると。
「久しぶりだね、プリムノヴァ」
その窓に釣り下がるように。
一匹の黒い蝙蝠がこちらを見ていた。