産廃スキル『性転換』で魔法少女になったら戻れなくなった 作:ぷに凝
「……誰?」
「おや、寂しいな。私は君のことを想い続けたというのに。片思いだったか」
窓際に停まった、一匹の黒い蝙蝠。
それから聞こえてきたのは、優男のようなピアノの旋律に似た声だった。
美しい声だけど、同時に悪寒も覚えるような。
「まぁ、私と君は一瞬会っただけだ。忘れてしまっていても無理はないかな」
「? 本当に誰……?」
やれやれと肩をすくめる蝙蝠に対して、本気で頭を捻るヒロ。
やがて。本当に思い出せない様子のヒロに対して蝙蝠が微妙な雰囲気を纏い始めた。
「……本当に忘れちゃった? 誰か思い出せない?」
「全然」
「えー……」
がっくしと肩を落とす蝙蝠。
そんなことを言われても困る。
諦めて早く名乗ってほしい。
「……ルシファーだよ。“深淵のルシファー”。冒険者のね。思い出しただろう?」
「あー……」
「“あー”て」
いたなぁ、そんなのも。
なんか懐かしく感じる。
「で? そのルシファーさんが私に何か用?」
「……まぁ、いいか。迎えに来たんだよ。君が“深層”に落ちたと仲間から連絡があってね。手を貸したというわけ」
「仲間……って」
「そう。ジンくんさ」
その名前を聞いた瞬間、ヒロは立ち上がった。
「ジンが来てるの!?」
「……私の名前の時と反応がえらく違うな。妬けてしまうねぇ。あぁ。今、私の隣にはジンくんがいる。彼に君の救出を頼まれたんだよ。“深層”に潜るため、私の力が必要だとね」
「ジン……!」
ジンが来てる。
その言葉に、私は胸がいっぱいな気持ちになった。
危険な場所だとわかっていても尚、来てくれたことが純粋に嬉しかった。
「それにしても、どういう経緯で君は“黄金の牙”の一員になったのかな? 私はむしろ、君は彼らに排除される存在だと思っていたけど……逆に随分歓迎されているようだね?」
「あっ……それは」
と、口を滑らせそうになって慌てて口を閉じる。
危ない危ない、恋人偽装の件は内緒だった。
「私……今はレオンと付き合ってるから。それで同行させてもらってるの」
「ほう……?」
それを聞いた瞬間。
表情がわからない蝙蝠だというのに。
……ニヤリ、とルシファーの口角が上がった気がした。
「それはそれは……楽しいことになったねぇ? なるほど、そうか。君と“獣王”が……フフ……」
噛み殺すように笑うルシファー。
なんだこいつ、気持ち悪いな。
「プリムノヴァ。もうじき私とジンくんは君に追いつく。その時にまた、改めて顔を合わせるとしよう」
「えっ、もうすぐ来るの?」
「あぁ。だからここまで使い魔を飛ばすことができたのだからね。再会の時は近いよ」
そっか。
ジンともうすぐ会えるんだ。
……嬉しいな。
「……わざわざありがとう。伝えにきてくれて。ジンのこと」
「どういたしまして。いや、なに。ほんの親切心さ。だって……」
蝙蝠が足を離し、空へと飛び立つ。
「お互い、相手が誰かわからないんじゃ困るだろう?」
そう言って、蝙蝠はダンジョンの闇の中へと。
飛び立って行った。
「……誰かわからない?」
確かに、ヒロは地上にいた頃に比べて見た目は変わったけど。
ジンが誰かわからないなんてこと、あるのかな……。
*
突然の来場者で驚いたが、まだレオンは戻ってきていなかった。
それほど時間も経っていないので、ヒロは手持ち無沙汰になってしまった。
というわけで、ヒロはその場に即席のカセットコンロを取り出して料理を始めた。
料理と言っても簡単なもので、野菜と肉、コンソメを入れて煮込んだスープだけど。
夜の遅い時間に会議に出て、疲れて帰ってくるレオンを労るために、せめてもの気持ちで用意する。
一応、雰囲気を出すためにイトナからもらったエプロンを身につけたのだが。
「なんか布少ないんだよなぁ……」
タンクトップとショートパンツというラフな格好なことも原因だろうが。
見方によってはかなり際どい。
「帰ったぞ」
そんな風にスープを煮込んでいると、入り口の幕が開かれてレオンが入ってきた。
思ったより早い帰りだ。作り終わる前に帰ってきてしまうとは。
「ヒロ。まだ起きてる、か……」
「おかえり〜、レオン。ちょっと待ってて、今スープ作っててさぁ」
「……」
帰ってきたレオンに背を向けながら、お玉で具をかき混ぜる。
すると、なぜかレオンが何も答えなかったので振り返る。
「もうちょっとで出来るか、らぁっ!?」
振り返った瞬間、ヒロは背後から大きな腕で抱きつかれた。
言うまでもなくレオンだった。
「レ、レオン!? なにして……!」
「ごめん、ヒロ。可愛すぎて我慢できなかった」
「ちょっ、とぉ……!」
ヒロの2倍ほどある身長のレオンに後ろから抱きつかれ、耳元が興奮したような息遣いでくすぐられる。
背筋がぞくりとしながらも、なんとか体勢を整えた。
「危ない、って……!? 火使ってるから……!」
「ヒロがこんなに可愛い格好でいるのがいけないんだ」
「うぅ……」
……どうやら、このエプロン姿がレオンの琴線を刺激してしまったらしい。
腰をがっちりと掴んで、離してくれない。
「……もうすぐ終わるから。ね? いい子だから離して?」
「じゃあ、終わるまでこのままでいいか?」
「もう……わかった、いいよ……」
仕方なく、ヒロはレオンに抱きしめられたままスープを作ることになった。
「それで? 泥棒の件はどうだったの?」
「大丈夫だ。しばらく身柄を預かることになった。今は大人しくしてる」
「良かった……」
地味に心配だったことが解消されて、ほっと胸を撫で下ろす。
タコちゃんに何か酷いことでもあったら、夜も眠れなくなってたところだ。
「ありがとね、レオン。タコちゃんを守ってくれて」
「ヒロの頼みだからな。当然だ。ついでに報告書も処理してきたぞ」
ふふんと胸を張るレオン。
自慢げなレオンを褒めてあげようとすると、今度はなぜか不安げに。
「それで、だな」
レオンは言いづらそうに切り出した。
「……ヒロ。俺は、それなりに頑張った」
「それなり?」
「結構、頑張った」
吹き出しそうになるのを我慢する。
撫でられるのを待ってる子犬みたいだ。
「レオン君は頑張ったねぇ。偉いねぇ」
「……」
背後のレオンの頭……には腕が届かなかったので、顎をさすってあげる。
レオンは無言だったが、ブンブンと振られた尻尾がヒロの太ももに当たっていた。
「頑張ったんだ。俺は」
「うん、ありがとう」
「頑張ったら……ヒロ。言ってたはずだぞ」
「ん〜?」
野菜に爪楊枝を刺して火の入れ具合を確認しながら。
首を傾げる。
「なんのこと〜?」
「……」
「ちょっ、まっ……! あはははっ! ちょ、やめて!!」
ヒロがしらばっくれると、レオンの目がスッと細められて。
腰に当てられた両手がわしゃわしゃと暴れ始めた。
「ごめっ、ごめんって! ご褒美! ご褒美ね!」
「……そうだ」
「はぁ〜……死ぬかと思ったぁ」
観念したヒロが両手を上げると。
レオンが不機嫌そうに肯定する。
ヒロは苦笑しながら火を止めた。
「ごめんって。忘れてないよ、大丈夫」
「……もうヒロなんか知らない」
「なんでだよ〜」
ぷいっとそっぽを向くレオンの脇腹を突く。
「ほれほれ」
「……」
「あはははっ!!」
仕返しとばかりに再び脇腹を攻撃してきたレオンに泣かされながら。
「わ、わかった。わかったって! あげるから! あげるから許して!」
「どうだかな……」
ぶっきらぼうに言いながらヒロから離れるレオン。
中途半端なものだったら許さない。と顔に書いてある。
「よいしょっと」
そんなレオンに。
ヒロは両足を揃えて正座すると。
ポンポン、と太ももを叩いた。
「耳かきしてあげる。それで良い……」
「お願いします」
「早いなぁ!?」
ヒロの提案は。
どうやら“獣王”のお気に召したようだった。