産廃スキル『性転換』で魔法少女になったら戻れなくなった 作:ぷに凝
「ふっ、ふっ」
天幕の密集地を抜けて、開けた岩場へとヒロはやって来た。
そこには、自分の身の丈ほどある大剣を、一分の隙もなく一定の動作で素振りし続けるレオンの姿があった。
すごい。
ヒロはこの手の本格的な修練というのを見たのは初めてのことだった。
鍛え抜かれた筋肉、澱みない動作と型。一定のリズムを刻み続ける呼吸。
それが何十、何百、何万と繰り返された動作でないと辿り着けない、完成された動き。
それはただ剣を振るっているだけなのに、まるで踊っているかのような幻覚も見せるほどで。
綺麗だ。と素直にそう思った。
「フゥ……」
息を吐き、汗を拭ったレオンが振り向き。
「お疲れ様」
「おぉっ!?」
「……そんなにビックリしなくても」
背後に立っていたヒロに飛び退いた。
「ヒ、ヒロ。全然気づかなかったぞ……いつの間に……」
「途中からずっといたよ? はいタオルと水」
「あ、あぁ。ありがとう」
レオンが若干ビビりながらも、ヒロの差し出したタオルで顔を拭き。
「……これ、もしかしてヒロのか?」
「うん? そうだけど……」
タオルを顔に当てた瞬間、硬直。
レオンはそのまま、タオルをじっと見つめていたが。
「……」
おずおずと、顔を拭き始めた。
「洗って返す」
「え? いいよ別に?」
「いや、絶対に洗って返す」
やたらと頑なにタオルを受け取ろうとしたヒロに返してくれないレオン。
“渡すわけにはいかない”という鋼の意志を感じる。
ヒロが腕を伸ばして取ろうとしても、右へ左へとかわされる。
「む〜」
ムキになってぴょんぴょんと飛びながら奪おうとすると、レオンの動きが一瞬止まった。
「よし!」
「あっ」
その隙にタオルを奪い返し、得意げな顔でレオンの顔を見ると。
「? どうしたの?」
「い、いや……」
レオンは気まずそうに顔を逸らしていた。
「……ヒロ。ちょっと薄着すぎるんじゃないか? そんな格好で外に出るな」
「え? あー」
チラチラとこちらに視線を向けながら言うレオン。
ヒロの格好は確かにラフなものだった。
「だってこういう格好じゃないと動きづらいじゃん?」
「……その格好で動かれるのも困る。視線のやり場がない」
「そんなこと言われても。私、運動するために来たんだよ?」
「運動……?」
ヒロの言葉に怪訝そうにするレオン。
ヒロは「うん」と言って、拳を握った。
「レオン、私にも教えてよ」
「なにをだ?」
「武術ってやつ」
シュッと繰り出される正拳突き。
レオンは予想外の返答に目を見開いた。
*
ヒロの戦闘スタイルはこれと確立されたものがあるわけじゃない。
師もいなかったので、当然我流だ。
それでも今までは戦えていた。魔法少女としての凄まじい身体性能が、細かな技術などは無視して強さを引き出すことができたのだ。
だが、魔法少女としての力に頼った現状はヒロの大きな弱点を露呈させていた。
それは、“変身していない”時の惰弱さだ。
その弱点が、今回の遠征ではより強く浮き出るようになったと感じる。
変身して正体を明かせない今、ヒロは弱い。
いや、取り立てて弱いというほどの弱さではないが、“黄金の牙”の面々に並び立って戦えるぐらいの強さではない。
特にヒロが配属されたのは激しい戦闘が予想されるレオン班。変身時ならともかく、通常時では戦いを目で追うのがやっとという有様だ。
クロトカゲの件はただ勘が働いただけだ。
勿論、レオンとしては元々私に戦わせるつもりなどなくただ“ヒロを守りやすいから”という理由で近くに置いたのだろうが。
冒険者として、ただ守られる立場に甘んずるというわけにはいかなかった。
つまりこれは、言ってしまえば“見栄”のようなもの。
変身せずともある程度戦えるように自分を鍛えるための……そして、レオンに守られるだけのお姫様でいないために必要なことだ。
……お姫様ってのは違うか。うん、今のナシ。
ともかく。
そんな理由でヒロはレオンに教えを乞うことになった。
レオンはヒロの提案をかなり喜んで受け入れてくれた。
「教えるのが俺でいいのか?」
なんて感じのことを言ってた気がするけど、いざ教え始めるとかなり乗り気になってくれた。
尻尾がブンブンと振られてる。
ヒロとしても師がレオンならば安心できる、と意気揚々と取り組み始めた。
……の、だが。
「ゼェ、ゼェ……」
数十分後。
ヒロは全身から汗を流しながら、肩で息をしていた。
そんなヒロをレオンは気まずそうに見つめている。
「す、すまん。まずは走り込みからと思ったのだが……俺とヒロの体格差を考慮してなかった」
「うー……」
レオンは多少汗をかいているが、特に体力を消耗している様子はない。
ヒロは修練前の軽い走り込みでついていくのもやっとだった。
「まさか私がこんなに運動音痴だったとは……」
衝撃の事実だ。
変身していない状態のヒロはここまで身体能力が下がるのだ。
「かなりショックなんだけど……」
「いや、身体能力自体はむしろ驚異的だ。全力で走れば、素の速度は俺と大差ないくらいだろう。その方が驚異的だ」
「ほ、ホント? 全然追いつけなかったけど」
「身体能力自体は高い。高いんだが……」
レオンは言いづらそうにしながら、息を切らすヒロを見た。
そして、言った。
「……恐らく、原因はお前の体だ」
「体……? って、じゃあやっぱり……」
「いや、違う。体のバランス、体型の話だ」
「体型……」
体型が悪い?
……あ。
「おっぱいの話?」
「ぐっ!!」
ヒロが両腕で胸を持ち上げながら言うと。
レオンが何かのダメージを受けたように前屈みになった。
「そ……そうじゃ、ない。いや、そうだけどそうじゃない! というか、そのポーズをやめろ……!」
「え、あ、ごめん」
「あ……」
レオンに怒られたので素直にやめると。
今度は何故か、ほんの少しだけ残念そうにするレオン。
なんでだよ。
「……ヒロ。お前のお、お、お……! ……む、胸。というより、全体的な体型の釣り合いと、それを動かすお前自身の話だ」
「釣り合いと、動かす私……?」
「そうだ。簡単に言えば、お前は自分の体を動かす際の無駄な動きが多い」
レオンはヒロの体を見ないようにしながら。
「いいか?」と言って腕を伸ばした。
「腕を伸ばすだけでも、腕だけを動かすのか、肩や背中まで連動させるのかで、力の伝わり方は変わる。余計なところに力を入れれば、それだけ動きも鈍る」
「ふむふむ」
「お前は体を動かす際、力を入れなくていい動作に力を入れすぎて、逆に入れるべき箇所に意識が行っていない。その結果、無駄にエネルギーを消耗してしまい体力が持たないんだ」
「なるほど……」
エネルギーのロスが多い。
……思い当たる節しかない。
「単純に運動不足なのかとも思ったが……それとは少し違う。フォーム自体はそれなりにしっかりしている。だが、そのフォームが今のお前の体に“合ってない”んだ。まるで借り物の体を使っているかのように」
「か、借り物……」
レオンの指摘は最もだった。
借り物の体、というには多分レオンなりの比喩だろうが。
実際、“ヒロト”にとってヒロの体は借り物でしかない。
だからこそ、扱い慣れていない。
「だから、体の動かし方自体を覚えれば大分マシにはなると思うぞ。そのためには反復練習だ」
「反復練習?」
「とにかく体を動かすんだ。そして、お前自身の感覚を今の体に合わせる。そうすれば、体力不足は解消される」
そう言い、レオンは立ち上がって。
「というわけで、もう一回走るぞ」
「え」
「走るという動作は、身体中の筋肉を使う。今の目的には持ってこいだ」
「え。え」
は、走るの?
また?
体中、あちこち痛いのに?
「……ね、ねぇレオン? 私とあっちで休憩しない? そしたら良いことしてあげるかもーなんて……」
「ほら走るぞ!!」
「ひーん……!」
こうして、レオンとの地獄の特訓が始まった。
すでにヒロは自分がした提案を半ば後悔し始めていた。