産廃スキル『性転換』で魔法少女になったら戻れなくなった 作:ぷに凝
「か、体いたぁ……」
朝の修練後。
体がバキバキのヒロはレオンに背負われながら呻いていた。
「初日にしてはよくついてきた方だ。途中で音を上げるかと思ったが、最後までやり切るとはな」
「えっ、途中でやめても良かったの……?」
「限界になったらやめさせるつもりだったぞ」
「早く言えやぁ……!」
それをわかってれば、あそこまで限界を超えて追い込むこともなかったのに。
「もしかしてレオン、ちょっと楽しんでない……?」
「そんなことはない」
「本当か〜?」
レオンの首に腕を伸ばして、グッと力を入れて締め上げる。
「ほらほら、本当のこと言わないと……って首太っ!」
「むっ……この細腕のどこからこんな腕力が……!」
首筋の強靭さと細腕の腕力にお互い驚く。
「……って、ヒロ。近すぎだ。俺は汗をかいてるんだぞ」
「私もだよ、そんなの。もう気になんないし」
「俺は気にする。早く離れてくれ」
「え〜」
ヒロはレオンの要求とは逆に、首筋に鼻を寄せて。
すんすんとその匂いを嗅いだ。
「っ!?」
「まぁ、確かに汗臭いけど……慣れたら意外とこういうのも……」
「……」
「……あれ? 重かった?」
首筋に顔を埋めていると。
突然、レオンが背におぶっていたヒロを地面に下ろした。
そして、正面から向き合って。
「? レオ……わあああぁぁぁっ!?」
「すぅぅぅぅ……」
突然。
首筋に顔を埋めて、思い切り深呼吸。
「ちょっ、ばっ! 今汗かいてるから!?」
「俺も汗を嗅がれた。同じことをする権利はあるはずだ」
「それとこれとは……! か、嗅ぎすぎっ」
全く顔を離さず鼻を動かし続けるレオンを力づくで押し退けようとする。
「って、力強っ……!?」
が、全然ダメ。
筋力では完全にレオンに負けていた。
「ああ、もう……!」
「……」
引き剥がせないことを察したヒロは。
諦めて力を抜き、レオンの好きにさせることにした。
「すん、すん」
「……」
「……すぅ」
僅かな鼻息と、首筋にかかるくすぐったい感触。
ヒロの息が荒くなっていくのは。
息苦しさからか、それとも。
「……」
そうしてしばらくの時間が経って。
ようやく、レオンが顔を離した。
「……レオン。流石に」
ヒロは怒った声を出して、レオンを叱ろうとして。
「──」
「……あっ」
その“目”を見た。
それは捕食者の目だった。
熱に浮かされ、本能が昂り、目に映すものを捕食対象としか見ていない。
その目で見られた瞬間。
ヒロの体は、蛇に睨まれた蛙のように硬直した。
そして。
──にゅるん。
「ひっ、あぁっ……!?」
耳腔の中に、ぬるりとした何かが入ってきた。
それが舌であると気付いたのは、耳の中でその何かが暴れ回ったからだ。
「あっ、ふぁっ……! んひぃっ!? まっ、てぇ……っ!」
肩をがっしりと掴まれたまま、蹂躙される耳奥。
まるでナメクジがぎっしり詰まってるみたいに、一切の隙間がない。
暴れるたびに、ヒロの体がビクビクと跳ねる。
たった今気づいたことだが。
ヒロは耳が弱点だったらしい。
耳を責められ、吐息を吹きかけられるだけで。
腰が砕けて力が入らなかった。
「ヒロ、かわいい」
「!?」
さらに耳元で追い討ちをかけるように。
レオンが囁く。
そして。
「なぁ……俺たちの関係は、本当に偽物で終わるのか?」
「え……?」
「地上に戻ったら、それで終わりか?」
耳元でレオンが呟いて。
ヒロの体が抱きしめられた。
「獣人は……臭いで相手との相性がわかる。子を成すのに適した雌の匂いは、格別に甘く感じるんだ」
「レ、レオン……?」
「今まで、誰かの匂いを甘く感じたことなんかない。俺の本能を刺激するような誰かと会ったことはなかった」
据わった目をしたレオンが。
怯えるヒロの顔を見下ろして言った。
「お前の匂いは、何よりも甘かった」
レオンの目はもはや理性の輝きを保っていなかった。
そこにいるのは、一匹の獣。
「口開けろ」
「まっ……!」
目の間に迫ってくるレオンの顔を。
押し返そうとして。
それはやっぱり、ダメだった。
「──んっ」
「んっ、んんっ!? んっ……!」
ヒロの、口の中に。
熱くて柔らかいものが侵入していて。
蹂躙していた。
「んっ、ちゅ……ヒロ……」
「んん……っ!」
苦しい。
息ができない。
無理やり、押さえつけられるみたいにヒロの頭は掴まれていて。
どこにも逃げられない。
どんどん頭がぼんやりとしてきて。
何も、考えられなく……。
「……」
そして。
頭を掴んでいたレオンの手が、首裾をなぞって。
下着の中に入り込み。
ヒロの胸を鷲掴んだ。
「っ!?」
その瞬間。
ヒロの中に生まれたのは。
──強烈な嫌悪感だった。
「やめて!!」
気づけばヒロは、微睡んだ意識が一気に覚醒して。
レオンを突き飛ばしていた。
「ぐっ……!」
突き飛ばした勢いでヒロは尻餅を付き、レオンも後ろ向きに倒れていた。
「……ヒロ」
そして、倒れたレオンが見たのは。
目に恐怖の涙を浮かべるヒロの姿で。
「……」
レオンの目が、絶望で彩られていく。
「俺は……何を……」
「……レオン」
顔が真っ青になっていくレオンに。
ヒロは、少し申し訳なさそうな表情をして。
それでも何を言えばいいか分からず、顔を伏せた。
重い重い沈黙が、二人の中に流れて。
「……レオ」
その静寂を、先にヒロが破ろうとした瞬間。
「ヒロ!!」
鋭い声が二人の間に割って入った。
「大変なのです! 地上から冒険者が……って」
「「……」」
「な、なんかあったのです……?」
その場に現れたのは、切羽詰まった様子のハカセだった。
そしてヒロとレオンの間に流れる微妙な空気に気づくと、怪訝そうな顔をして……直後にハッとした顔になった!
「お、お前! とうとうヒロを襲ったですか!? や、やっぱり獣人! ケダモノ! ハレンチなのです!!」
「お、落ち着いてハカセ。違う……くはないけど、違うから……!」
「違うくない!?」
ヒロが慌ててハカセの勘違いを制止しようとして、それほど勘違いでもないことに気づいて言葉切れが悪くなる。
「本当にいいから! それよりも、なんか言いかけてなかった? 冒険者がどうとか……」
「あっ……そ、そうなのです。ヒロ、大変なのですよ!」
レオンに歯を剥き出しにして怒りを現にするハカセ。
だが、ヒロが脱線した話を元のレールに戻すと“それどころじゃない”とばかりにヒロに向き直った。
驚くべき報告を。
「地上からヒロを迎えに、冒険者たちが来たのですよ!」
*
腐臭がする。
腐った性根の匂いだ。
迷宮が腐らせる、人間の醜い性根。
それが“彼女”に纏わりつき、苦しめていると考えると、怒りで我を忘れそうになる。
──ドゴォン!!
何か音がしたと思ってみると、乗っていた魔導車の後部座席が吹き飛んでいた。
はて、モンスターの襲撃だろうか。
「ジン君。待ちに待った再会を前にして、昂る気持ちはわかるけどね」
首を傾げる自分……ジンの横に座る、金髪の長身痩躯の男。
ルシファーに言われたことで初めて気づく。
「彼女を怖がらせてしまってはいけないよ? 君は少々、前とは感じが変わったのだから」
「あぁ、そうでしたね」
これをしたのはジンだったと。
衝動的に、無意識的に、拳を振り下ろした衝撃で馬車を破壊してしまったようだ。
しかし、そのことに気づいた上で頭の中を占めるのは、ガクガクと震える手で操作盤に手を置く操縦者のことなんかではない。
ジンの頭を占める、心配事はいつだって。
「ヒロは優しいですから。俺が苦しんでるような姿を見せて、誤解を与えるのは良くないですね。彼女に見せるのは、笑顔でなければ」
「その通りさ。きっと喜んでくれるとも。君は前より遥かに……」
ルシファーが、満たされた月のように、とても満足そうな笑顔で言った。
「強くなったのだから」
ルシファーの瞳に映るジンの姿は、確かに。
以前までとは比較にならない“戦士”の風格を備えていた。
「ルシファーさん。ヒロは喜んでくれるでしょうか……」
ジンは思う。
変わったしまった自分に、ヒロはどう思うのかと。
そして。
「強くなった俺が、彼女を苦しめる“悪魔”を懲らしめたと知ったら」
──荷台に積まれた、一人の“女悪魔”の亡骸を見て。
どんな顔をしてくれるのか、と。
「きっと、喜んでくれますよね」
待ち遠しい。
この地獄のようだった1ヶ月間。
彼女の顔を忘れたことは一度もない。
なぜなら。
「ヒロは、俺の相棒ですから」
底が見えないダンジョンの闇に。
ジンの呟きが消えていった。