産廃スキル『性転換』で魔法少女になったら戻れなくなった 作:ぷに凝
ヨコハマ事変。
ダンジョン史に残る、後の時代に大きな影響を与えることになった事件の一つ。
“黄金の牙”と“迷宮騎士団”。
二つの大きな組織が絡んだこの事件の発端、原因は様々な説と共に語られる。
しかし、後世の誰も思いはしない。
その事件の原因が、一人の女性を巡った争いにあったことなど。
*
衣服を乱れを直しながら野営地に戻ると、すでに“黄金の牙”の面々の大半は起きていた。
気づかなかったが、朝練はそれなりに長い時間続いていたらしい。
そして、彼らが僅かな緊張と共に相対するのが。
「お初にお目にかかります。“黄金の牙”の皆さま。私は“深淵のルシファー”。“シンセカイ”で“迷宮騎士団”を率いている冒険者です。以後お見知り置きを」
そこに立っていた男に、ヒロは会ったことがあった。それも二回。
金髪の長髪と、黒い外套。小綺麗な身なりに色気ある甘い声。
“深淵のルシファー”が恭しく、優雅な仕草で頭を下げていた。
そんなルシファーを前に、黄金の牙の冒険者たちは扱いに困っていたようだった。
彼らの最前に立つのは、副団長のリドル。
彼は頭を掻きむしりながら“どうしたもんかねぇ……”とぼやいていた。
「ルシファー。まさかお前がここに来るとはな」
「おや」
そして、ざわめく群衆を掻き分けてルシファーの前に出る一人の影。
見上げる巨躯がルシファーの前に立ちはだかった。
「俺はレオン。黄金の牙の……まぁ、リーダーをしている。お前たちの言い方に合わせれば」
「“獣王”のお出ましというわけだ」
「そう言われることもあるな」
対峙するレオンとルシファーの見た目の体格差は圧倒的だ。
だが、見上げる格好になるルシファーの放つ威圧感は決してレオンに負けてはいない。
というよりも。
「すごい魔力量……」
魔力的には、むしろルシファーが上だ。
個々人が持つ潜在魔力量は、魔力制御が精緻であるほど見抜きにくい。
水槽タンクと蛇口のようなもので、より高い魔力制御能力を持つということは強く蛇口を締められるということでもある。
これが甘いと、魔力放出の際に余計なロスが生じる。
必要でない魔力を消耗してしまったり、あるいは必要以上の魔力を過剰に放出してしまったり。
今日の朝練の最中にレオンに言われたことと似ている。
だからこそ、実力者は一目見ただけでは力量が計りづらかったりするのだけど。
「化け物ね、あの男」
「シア」
緊張するヒロの隣にシアがやって来て、ルシファーの魔力制御をそう表した。
「彼から漏出している魔力は、自己補完の結果“
「……それであの魔力量?」
ルシファーが体外に纏っている魔力量は膨大だった。
それこそ、ヒロが戦闘時に纏う魔力と同等か、少し少ないくらいの密度。
「私が戦う時の魔力量と、同じくらいの魔力を“魔力消費ゼロ”で賄うことができるとしたら……」
「彼は、あなたの全力と同じだけの戦闘を半永久的に行うことができる」
「……」
化け物。
そういう存在はいる。
ヒロが変身して、魔力で体を強化して、消費される魔力をモンスターの捕食で補って。
それでようやく発揮できるフルスペックを、おまけのように扱う存在がいる。
「あれが、“十冠”の二位……」
それを遠いと考えるか、それとも近いと考えるべきかはわからない。
しかし、地下深くまで根を張るダンジョンそのものと言うべき称号。
“深淵”の名を持つ男の実力は伊達ではなかった。
「レオン……」
レオンは強い。
彼もまた“十冠”に名を連ねる冒険者で、その戦闘力はいまだに底が見えない。
そもそもレオンの本気の戦闘をまだヒロは見たことがない。
最近は、情けない姿ばかり見ているので忘れてしまいそうになるが。
レオンもまた最上位の冒険者であることには変わりない。
それでもレオンが、あの男に勝てるビジョンが浮かばない。
レオンもそれはわかっているのか、側に立つリドルに何か耳打ちをして、その命を受けたリドルは周囲の団員たちに何事かを伝えて下がらせていた。
まさか、ぶつかるのか。
ここで、二人の“十冠”が。
そうして、奇妙な沈黙と静寂が場を包み込み。
「──ルシファー。喧嘩をするのであれば、私は帰りますよ」
そんな沈黙を切り裂くようにして、ルシファーの背後から現れたのは、一人の少女……というには成熟した印象の女性。
修道服に身を包み、顔が黒いヴェールで隠された……左手に痛々しい火傷の跡が残る女性だった。
「ああ、すまない。セラフィナ嬢。揉め事を起こすつもりはないよ。ただの挨拶さ」
「……セラフィナ」
ルシファーの背後に控える魔導車から現れた女性を前に、レオンは呼ばれた彼女の名を舌の上で転がす。
そして、ハッとしたように顔を上げた。
「まさか、“聖女”セラフィナか……?」
「この男ではないですが、そう呼ばれることもありますね。私にとっては少々重い肩書きですが」
「聖女……?」
聖女セラフィナ。
「……って、また“十冠”じゃない? えっ、嘘でしょ。10人中3人がここに揃ってるの……?」
「どうやら、そういうことみたいね」
ルシファーの背後から現れた彼女もまた、十冠の一人だった。
死者蘇生すら可能にするという噂もある“奇跡”の使い手。
そして、冒険者の頂点である“勇者”の妻でもある女性。
「……なんでそんな人がここに?」
ルシファーもセラフィナも、どちらも冒険者としてかなりの有名人だ。
しかも、二人はどちらも“ヨコハマダンジョン”を中心として活動しているわけではない。
ルシファーは“シンセカイダンジョン”。
セラフィナは“シブヤダンジョン”で活動する冒険者のはずだ。
「……大層な二人組だが、その二人が俺たちに何の用だ。“ヨコハマ”は黄金の牙のお膝元。他所の勢力が無闇に立ち入ることをあまり歓迎していないが」
ルシファーは腕を組んで二人に相対しながら、威圧的な態度を隠そうともせずそう言った。
「あぁ。その点に関してはこちらの不手際だ。事前に君たちに通達しようとはしていたんだが……ダンジョンへの遠征中だったものでね。直接会って話した方が早いと思ったんだ」
「遠征も予定より長引いているとのことでしたから。地上で待っていても連絡を取れそうにはないと判断いたしました」
「……」
レオンが難しい顔で、二人を睨みつける。
「それに……我々も急いでいたもので。悠長にしていれば、間に合わなくなる可能性もあったのだから」
「間に合わなくなる……?」
レオンが目を細めて、ルシファーの言い分に怪訝な顔をする。
ルシファーは余裕のある笑みを崩さないまま、背後に控える魔導車へと振り返った。
「ここからは彼が話そう。……ジン君」
「えっ?」
ルシファーが手を叩いた瞬間、彼の背後に控える魔導車から、フードで顔を隠して外套を纏った一人の男が出てきた。
その男を、ルシファーは“ジン”と呼んだ。
「……ジン?」
ヒロは、まさかとその外套の男をまじまじと見つめた。
何故か、胸がざわつくような魔力を纏った男だった。
ヒロが知る“彼”とは似ても似つかない。そんな、触れるもの全てに対して敵意を剥き出しにするような魔力で……。
「ヒロ」
だけど。
フードの向こうから聞こえてきたその声は、間違いなく。
彼の声だった。
そして。
「久しぶりだな」
その男が、フードを取ると。
──顕になったのは、“双角”を額から生やした精悍な男。
まるで獣の様な黄金色の瞳で、ヒロを慈愛の笑みで見つめる青年。
「迎えにきたぞ、ヒロ」
「……ジン」
見たことのない顔をした男の子が。
聞いたことのある声で、ヒロの名を呼んだのだった。