「あっ」
階段を登ろうと足を上げて、つま先が引っかかった。
「う、動きづらい」
一歩踏み出した瞬間、視界が少し低い。
慣れているはずなのに、男の姿の感覚で段差を越えようとして足が空を切った。
「もう何度も経験してるはずなのにな」
思えば、女の姿でダンジョンにいる時は大体ドレスを着ていた。
魔法少女のフィジカルは超人的。目線の低さとリーチ、あとは衣装のフリフリと足元の頼りなさ以外には、特に不便は感じなかったが。
これが、ドレスを着ずに普通に探索しなきゃいけなくなるとまるで勝手が違う。
周囲の確認のために首を動かすと、フードの中で髪が頬を掠めて気が散る。縛ろうにもヘアゴムを忘れた。
裾を調整したとて、男物のサイズの服は油断すればずれ落ちるし擦れる。
何より変わったのは周囲からの視線。
男だった時は冒険者とすれ違ったりしても一瞬見られるだけでほとんど視線を気にしたことはなかった。
それが今は、フードを被っていても体格や手足の細さで女だとバレるのか、かなりじろじろ見られるしすれ違った後に振り返られたりもする。
二人組の冒険者に声もかけられた。
「一人だと危ないよ」という言い分で。
まだ探索を開始して5分も経っていないのに、これだ。
やんわりと断ったつもりなのだが、こちらが下手に出るとむしろ相手を勢いづかせてしまう。
着いてこようとしたので振り払って逃げてきたが。
「女冒険者って大変なんだな……」
話には聞いていたが、身を持って知る女冒険者の大変さ。
モンスターだけじゃなく、冒険者にも警戒しなければならない状況がこんなにストレスフルだとは。
「ってか、とにかく人が多い……!」
だが、こんなことになるのも今日のダンジョンの異様な混み具合のせいだ。
普通、1〜5層までの浅い階層ならともかく、10層ともなれば一度の探索で他の冒険者とすれ違うことなんて1、2回あるかどうか。
「なんで今日はこんなに多いんだよ……」
転移門広場を見た時に嫌な予感はしていたが、明らかに今日は異常だ。ゴールドラッシュや大量発生が起きた時並み、なんならそれ以上の盛況ぶりだ。
「帰るか……」
10層以下なら姿を見られずに潜れるかと思っていたが、アテが外れた。
今日は撤退して、また明日以降。ほとぼりが冷めたら戻ってくることにしよう。
「となると、今日も収穫ゼロか」
プリムノヴァになってから、モンスターを倒す速度は段違いに早くなったはずなのに実入りが少ない。
モンスターを倒しても、変身時間の都合でその場を離れなきゃいけないからだ。
いくらモンスターを倒しても、討伐証明の素材が回収できないんじゃ意味がない。
「せめてもうちょい効果時間が延びれば……」
「わああああっ!!」
踵を返して戻ろうとした矢先、その戻ろうとした方角から叫び声が聞こえてきた。
「……なんか最近、こんなんばっかだな」
変身……は、まだしないでおこう。騒ぎになるかもしれない。
駆け足で来た道を戻る。
「助けてくれーっ!!」
「えぇ……」
そして、悲鳴の元に辿り着くと。
ミミックに上半身を食われた男が、尻だけの状態で喋っていた。
「新種のモンスター……?」
「あ! そこに誰かいるのか!? 頼む助けてくれ! このままじゃ食われる!」
「もう食われてんじゃん」
「なんとか堪えてんだよ! このままじゃ飲み込まれちまう!」
さて、どうしようか。
面倒ごとに巻き込まれないためには、ここで見殺しにしてやるのが最善ではある。
ある、が。
「はぁ」
まぁ、別に大した手間でもない。
ヒロトは男の尻に手をやると、そのままぎゅっと押し込んだ。
「お、おい。何やってる? 引っ張るんだぞ? お前まさか、ソッチ系か!? 俺にそういう趣味は……!」
「ミミックは押し込むと、えづいて吐き出すんだ、よ!」
「うぉぁ!!」
ミミックが苦しそうに口を開けて、オェッと吐き出された男。
「いってて……助かったぁ……」
「ミミックの対処法も知らないなんて、本当に冒険者……あ」
「うん?」
吐き出された男は。
「……えっ、女の子!?」
隣のクラスの冒険者、二階堂だった。
*
「お嬢さん、一人でダンジョンは危ないぜ?」
「ミミックに食われてた人よりは安全」
「うぐっ」
二階堂は壁にもたれかかりながら、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「クソッ、ダセェなぁ。逆だったらよかったのに」
「私に食べられてて欲しかった?」
「まぁ、そうだな。そうすりゃケツ触れたし」
「最悪」
堂々としたセクハラ発言。
逆に潔すぎて面白いまであるな。
「ミミックの対処法も知らないのに、なんでこんな深いところまで潜ってきたの?」
「そんなん決まってる。探すためだ」
「探す?」
「プリムノヴァだよ。本当に言ってんのか?」
ドキリ、と心臓が跳ね上がる。
「まさか今日のダンジョンに人が多いのって、それが理由?」
「そりゃそうだろ。まぁ中には普通の冒険者もいるが、大体はプリムノヴァ狙いだ」
「そうなの?」
「そうなの……って、お前ニュース見てないのか?」
「見たけど」
自分で言うのもなんだが。
「ただの一冒険者に大騒ぎしすぎじゃない?」
「いやいや! ダンジョンの深部に出てくる幻の魔法少女だぞ!? 見たくない奴なんているか!?」
「それは……」
まぁ、確かに?
そう言われてみると面白いな。
ゲームの激レアイベントみたいなもんか。
「カワサキダンジョンなんて、規模はでかいが地味で旨味の少ないダンジョンだった。それがプリムノヴァ人気で一気に観光名所になったんだ」
「そんなことなってたんだ」
「当たり前だ。ただでさえダンジョン探検なんてむさ苦しいイメージなんだからな。そこにあんな目立つ女が出れば人気も出る」
そういうもんか。
ヒロトも一般冒険者だったら、同じように探したのかもしれない。
それにしても、二階堂はプリムノヴァを嫌ってると思っていたんだけど。
本音はこっちだとすると、随分印象が違う……。
「……プリムノヴァじゃなくて、本当なら俺が」
「うん?」
「なんでもねぇよっ」
何か、言いかけた気がしたが。
まぁいいか。
「じゃ、私はもう行くから。もうミミックには引っかからないように……」
と言って、振り返った瞬間。
「へ?」
目の前に、銀色の刃が迫っていた。
あ、待って。これ。
死。
「ぐぅっ!!」
体に衝撃が走り、地面に押し倒される。
「二階堂!?」
「ぐっ、あがぁ……!」
地面に倒れたヒロトの上には、背中を大きく切り裂かれた二階堂が覆い被さっていた。
じわじわと、赤色に染まっていく白いシャツ。
ヒロトを襲ってきた“何か”は、まだ近くにいる。
様子を窺ってきているようだ。
「なんでっ、なにやってるの……!?」
「女を守るのは……男の、役目だ……」
「……いつの時代だよ」
しかも別に。
女じゃないし。
「……」
ヒロトが性別を、正体を偽ったせいで。
「はぁっ……くっ……!」
こいつは、こんな傷を負ったのか。
「ばか」
「え……? ちょっ!?」
ビリビリ、と二階堂のシャツを破る。
「きゃーっ!!」
二階堂が顔を真っ赤にして、黄色い叫び声を上げた。
「な、何やってんだよ!?」
「止血する」
「嫌! おっぱい見えちゃう!」
「言ってる場合?」
破いた服を包帯がわりにぐるぐると巻いて、傷を塞ぐ。
仕上げに、患部に治療薬を塗りこんで応急処置完了。
「来たね」
そうしている間に、隙ありと見たのかモンスターが姿を現した。
黒い不確かな体に、三つの刃を備えたモンスター。
カマイタチと呼ばれるモンスターだ。
「クソッ、逃げろ。嬢ちゃん。お前じゃ勝てな……」
「誰にも言わないこと。いい?」
「え?」
なんで毎回こうなるんだか。
しかも今回は、顔を隠しているとはいえ変身前の姿も見られてしまった。
「『変身』」
「……え?」
全身が光に包まれ、フリルスカートドレスとツインテールが広がった。
何もかも上手くいかない腹いせ、お前にとってもらおうか。
「……プリム、ノヴァ……?」
「私の側を離れないで」
両手にガントレットを装着。
「キシャーッ!」
速度を上げ、風のように襲いくるカマイタチを。
「マジカルカウンター」
「キョーッ!?」
タイミングを合わせ、横合いから炸裂したカウンターが吹き飛ばした。