やまうちのなく頃に 作:おやまうちさま
バスを降りると小鳥のさえずりが春の訪れを告げていた。
俺を降ろしたバスが走り去る音を背後で耳にしつつ、高度育成高等学校の門をくぐる。
新入生としてこの場に立つのは、何度目だろうか。
新生活に向けて夢に溢れる新入生たちの流れる波に沿うようにして、淡いパステルカラーに色づく敷地内を歩く。
今度はどんな学園生活を送ることになるのか。
こんな穏やかな気持ちは、初めてかもしれない。
やがてクラス振り分け表まで辿り着き、自分の名前を探した。
「……Dクラスか」
これが運命だというのなら受け入れよう。
本来はAクラスの実力を持っていても、そういうこともある。
むしろ俺が平田とか松雄に並んだのかもしれない。
俺がDクラスっていうのはそういうことだろ?
クラスを勝たせるためのポジションだ。
校舎に入って階段を上り、一番通いなれた教室の中へと入った。
平田、櫛田、堀北、健、寛治、綾小路、高円寺。
クラスの主要なメンバーは、いつも通りって感じだ。
綾小路がいるってことで、やっぱり松雄はいない。
松雄にも会いたかったな。
葛城さんと松雄。俺が世話になった二大巨頭だ。
葛城さんと離れてしまったからこそ、松雄が良かったな。
まあいいか。穏やかにいこう。焦ったって仕方ないし。
山内春樹。20?21周目の学園生活が始まった。
つっても、やるべきことは変わらないんだよなぁ。
ジムに通って運動をする。
参考書を買って勉強は先行してやる。
出来るだけクラスポイントが残るように真面目に過ごすし、みんなに伝える。
でも、健はやっぱり諦める。
もはや中間テストは敵じゃねえし、自分を高めることを優先するぜ。
ここでどれだけ貯金を作れるのかが、2学期以降に響いてくるし。
「筋肉だけはリセットってひっでえ仕組み」
あーあ、勉強は積み上げられるのに、最弱山内からスタートかよ。
毎回情けなくなるぜ。
中学の頃の俺、もっと運動しとけよって話だよなぁ。
ま、でもこれくらいの時は、すぐに身体が変わっていく実感湧くし、楽しいっちゃー楽しいからいいか。とりあえずジムに申し込みに行こう。
Dクラスは、Aクラスと違ってポイントに余裕ないから、計画的に使わないと。
年払いできるなら最初に払っといた方がいいかもな。
頑張るぞ、と。
◇◇◇
中間テストの概要が発表された。
クラスは阿鼻叫喚だったが、今更中間テストで慌てたりはしねえよ。
勉強の息抜きに、久しぶりに銀英伝も読み返そう。
やっぱりさ、前回は葛城さんの補助でキルヒアイス山内だったじゃん?
でも俺の本質は、ラインハルト山内だからさ。
ラインハルト成分を取り込んで、しっかりラインハルト山内に戻さないと。
つーわけで、ポイントの都合で買えてないので、図書館へと向かう。
ポイントといえば、クラスポイントは、相変わらずだ。俺の努力の成果として、73クラスポイントを残すことができたけど、どうだっけ?
Dクラスって毎回100ポイント以下になってるから、多いのか少ないのかわっかんねー。
図書館についた。
テストの準備期間ってので程よく混んでるけど、無駄にデカい図書館だ。読書スペースくらいはあった。空いた空間を確保して、机の上に銀英伝を積み上げて読んでいく。
積み上げてるけど、どうせ一冊も読み終わらないんだろう。こういうのはムードだムード。
残ったら借りればいいしさ。
「……寮の部屋で勉強しなくなりそうだから、借りるのはやめとくか」
危ない危ない。余裕と油断は違うんだ。気分転換はいいけど、のめり込むのはダメだ。
ふーー、銀英伝の罠にかかるところだったぜ。
「…………」
序盤はどちらかといえば、ヤンウェンリーの活躍が目立つんだよなぁ。ラインハルト山内としては、結構不満だ。
やっぱり借りるか。この先も読まないとって思考がループしてる。
ループするのは、この生活だけでいい。
いや、この生活もループしたらダメじゃん。
なんてくだらないことを考えていると、図書館に似つかわしくない声が聞こえた。
「お、底辺のDクラスが勉強なんか無意味にがんばっちゃってるわけ?」
一瞬、俺のことかよって身構えちまったけど、声はだいぶ遠い。
それに俺が勉強しているのは、銀河の歴史だ。ウザ絡みされるなら勉強なんかとか言われないはずだ。
声の方に視線を向けるとCクラスの男子生徒が数人見えた。
絡まれてる相手は誰かは見えなかったが、Dクラス生徒らしい。
あー、あったっけな、こんなイベント。
健とか寛治とかと一緒に櫛田ちゃんとかと勉強してたら起きるんだっけ?
葛城さんに教わってた時は絡まれなかったけど、やっぱAクラスだからか。
Cクラスの雑魚がAクラス様に、底辺呼ばわりしてたら爆笑もんだしなぁ。
「…………」
「お、だんまりってことは図星? 底辺が何やっても無駄だからなぁ」
あれ? 健がすぐに逆上しそうだけどだんまり?
相手は健とかじゃないのか。
気になって、見える位置まで回り込んだ。
げ、絡まれてるの女子生徒じゃん。あの三つ編みは、東か。
不良っぽい連中に絡まれてるせいか、顔色があまりよくない。
ったく、しょうがねえな。クラスメイトのよしみで助けてやるか。
葛城さんならこういうのほっとかないし。
「はいはい、そこまでにしとけよ。図書館は騒ぐところじゃねえからな」
「なんだと」
「誰かと思えば、てめえもDクラスの底辺じゃねえか」
睨みを利かせる対象が、東から俺にシフトした。
昔の俺ならビビっちまって、逃げ出したかもしんねーけど、今の俺にとってはそこまで怖くない。
つーか、ブチ切れた健とかに向き合うのと比べたらこいつ等ってチワワみてえなもんじゃん。
チワワがクゥーンクゥーン言ったところで、なんだっつー話。
「お前らどうせ挑発しかできねえ雑魚だろ。誰に命令されたのか知らねえけど、飼い主のところに帰れよ、めんどくせえ」
「ふざけてんのか、やってもいいんだぞ」
「殴れるなら殴ってみろっつーの」
手を出したらクラスポイントが引かれるってことは、健のおかげでよく知ってる。
この場合、俺が揉めた当事者になるのか。
つっても、俺から手を出す気は一切ねえけど。
相手が拳を作って振りかぶった。
「へん……や、やれるもんならやってみろっつーの」
こ、こわくねえし。
ほらちょっと痛いかもしれねえけどさ。
あーあ、マッスル山内計画がまだ途中なんだよなぁ。
弱マッスル山内だ。強マッスル山内だったらもっと強気でいけたのにさ。
あ、でも、堀北に何度も殺されたのに比べたら殴られるくらい余裕じゃん。
堀北の方が1000倍こええよ。
堀北を泥だらけにしたら運が悪ければ死ぬ。
その事実が俺を奮い立たせてくれた。何度も殺してくれてありがとう堀北。
つーか、殺すなよ堀北。
「東、学校側に報告してくれ。Cクラスが暴れてると」
「は? あばれてねえだろうが」
「ならさっさと消えろよ。図書館でウザ絡みしてくんな」
「ち……行くぞ」
俺との言い合いで、図書館にいる他の生徒からの視線が集まってきており、これ以上騒ぎを大きくすることを嫌がったのか、Cクラスの不良連中は去っていった。
ふー、大勝利。
身体を鍛えといてよかったぜ、ありがとう葛城さん。
「……山内だっけ? ありがとう」
なんか東に素直に礼を言われると変な感じだ。
なんつっても、下着泥扱いされたり、ペーパーシャッフル試験で一緒に退学したりと東と絡んだら碌なことなかったしさ。
お前のこと嫌いだオーラ出しまくりっつーか、苦手なんだよなぁ。
「……別に、クラスメイトだし当たり前だろ」
「でも、助かったから。ありがとう」
本気で、調子狂うぜ。
あーあ、さっさと自分の席に戻って銀英伝の続き読むか。
「山内、それ」
「ん?」
あ、銀英伝手に持ったままだった。
「銀河英雄伝説。俺が一番好きな本でここで読んでた、なんつーの? バイブルってやつ?」
「……山内がそういうの読むって意外」
「知ってるのか?」
「うん、持ってたし。学校には持ち込めなかったけど、図書館にあったんだ」
「マジで!? 東も銀英伝好きなのか」
「山内、声が大きいから」
「わりぃ、つい。銀英伝好きな奴と会ったの初めてでさ」
うひゃー、まさか同じクラスに銀英伝好きがいるとは思わなかったぜ。
灯台下暗しってやつか。
そうだよなぁ。東って三つ編みだし、文学少女っぽいもんなぁ。
目つき悪いけどさ。
「なあ、銀英伝について話そうぜ」
「いいけど、勉強は大丈夫?」
「息抜きも大事だって」
テーブルをはさんで向き合って座り、銀英伝トークで小一時間ほど盛り上がる。
もちろん図書館だからさ、小声でだぜ。
「ふー、語り足りねえけど、今日はこんなもんにしとくか」
「うん、楽しかった。かなり読み込んでるじゃん」
「だからバイブルだっつーの」
俺の銀英伝愛は誰にも負けねえぜ。
大好きな漫画の最新話が読めるまで1年くらいあるっていう悲しいループ生活のせいだけど、銀英伝みたいな色あせない名作は何度読んだって面白いし、新しい発見がある。
「へー、ちなみに同盟と帝国どっちが好きとかある?」
「当然じゃん。東だってあるだろ」
「そりゃあ、まあ」
やっぱりあるのか。
銀英伝って帝国好きと同盟好きで分かれるんだよなぁ。
ま、俺と東なら銀英伝好きで相性バッチリだし、どっちが好きなのかも一致するだろ。
「ならせいので言おうぜ」
「分かった」
「せいの」
「帝国!」「同盟!」
俺の言葉と東の言葉。
タイミングは重なったが、陣営は一致しなかった。
「…………」
「…………」
「は? お前どう考えても銀英伝って帝国を好きになるだろ」
「山内こそ何言ってんの。どう見てもヤンが主人公でしょ」
「ヤンって途ちゅ──」
「──今、言ってはいけないことを言おうとしなかった?」
地雷を踏みかけたらしい。
「……へへん、所詮ヤンとかラインハルトに勝てない負けキャラじゃん」
「ラインハルトには負けてないでしょ」
「ああん? 戦略的にはラインハルトが勝っただろ」
「生まれた陣営に恵まれただけじゃん。姉の七光り野郎でしょ」
「は? 俺が一番似ているラインハルトをなんだって!?」
くっそー、マジムカつく。何だよこいつ。
「え? 山内がラインハルト? や、やめて、お腹痛くて死んじゃいそう」
「笑いすぎだろ。どう考えてもラインハルト山内だろうが」
「いや、ラング山内でしょ」
「ら、ラング!? 今ラングつったか?」
「ハイドリッヒ山内」
ラングの苗字がハイドリッヒとか俺じゃなかったら通じないだろ。
いや、通じるからムカッとするんだけど。
ラングとかねえよ。今めちゃくちゃひどい悪口言われた。泣きたい気分だぜ。
「……ああああ、もういい。帰る。まさか東が同盟被れだったとは思わなかったわ」
「それはこっちの台詞。山内が帝国野郎とか、帝国野郎と話すことはないし」
「「ふん」」
あーあ、せっかく銀英伝仲間を見つけたと思ったんだけどなぁ。
でも、帝国と同盟じゃ相容れないし、しゃーないか。
銀英伝借りて行こっと。
ラング山内じゃなくてラインハルト山内だって、実感したいしさ。