人間態:鬼方カヨコ。その正体はーーー   作:ていん?が〜

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最後の1人のファンガイアです。

胸糞&閲覧注意です。
あの生徒推しの先生方、すみません!!


真名:輝かしき生首とともに胡椒婦人は踊り狂う

 トリニティ総合学園の奥深くに鎮座する、シスターフッドの大聖堂。

 

 その高大な天井を支える大理石の柱の間を、朝の澄んだ光が幾筋も通り抜け、厳かな空気を作り出していた。

 2026年、初夏の爽やかな風が吹き抜ける中、聖堂内には無数のシスターたちが整然と並び、壇上の一人の少女へと熱い視線を注いでいる。

 

 シスターフッドを取りまとめる中心人物、歌住サクラコ。彼女は凛とした佇まいで教壇に立ち、集まったシスターたちに向けて朝の説法を行っていた。

 その美しく、どこか世俗を拒絶するような透徹した声音が、広大な大聖堂の隅々にまで染み渡っていく。

 

「皆様、主が創造された世界の美しき自然の理を御覧なさい。天の星々から大地の獣に至るまで、すべての生命は神が定めた絶対的な序列の中にあります。肉食動物が草食動物を捕食することは残酷ではなく、強者が弱者を糧として命を繋ぐ正しき循環であり、世界の調和そのものなのです。もしもこの支配と被支配の序列を歪め、欺瞞に満ちた共存を求めるならば、それは主の意志への冒涜であり、調和の崩壊を意味します。私たちはただ、この変えられぬ序列を敬虔に受け入れ、自らの役割を全うせねばならないのです」

 

 サクラコの淀みのない、そして深い信仰心に裏打ちされた説法を聞きながら、シスターたちは深く深く感銘を受けていた。

 

 最前列で拝聴していた若葉ヒナタは、その圧倒的な説得力に胸を打たれ、大きな瞳を潤ませながら両手を胸の前で固く握りしめている。

 その隣に立つ伊落マリーもまた、サクラコの凛とした横顔を見つめ、深くその言葉を刻み込むように小さく何度も頷いていた。

 

 聖堂を満たすのは、熱烈なまでの崇拝と、神の絶対的な秩序に対する畏怖の念であった。

 

 しかし、彼女たちが感動の涙を流しながら聞いているサクラコの『自然説』の裏には、誰一人として想像すらできない狂気的な本質が隠されていた。

 サクラコにとって、神が定めた世界の序列における『絶対的強者』とは、人間に擬態する吸血怪人――ファンガイア一族のことであり、その対極にある『弱者、あるいは草食動物』とは、ヘイローを持つキヴォトスの生徒たちを含む、すべての脆弱な『人間』のことだった。

 

『(ああ、なんて美しい理だろう。強者が弱者を貪り、そのライフエナジーを糧とすることこそが、神が定めた至高の秩序だ。それなのに……あの忌々しい日本の融和政策など、正気の沙汰ではない。ファンガイアと、ただの食物に過ぎない人間が対等な立場で手を取り合うなど、考えただけで吐き気を催す。それは神への明白な侮辱であり、世界の調和を泥靴で踏みにじる大罪そのものだ)』

 

 平然と聖母のような微笑みをたたえながら、サクラコの胸の内は激しい憎悪と軽蔑で煮えくり返っていた。

 彼女の記憶の歯車が、遠い過去へと急速に巻き戻っていく。

 

 

 

 1986年。それはサクラコにとって、世界の美しさが致命的に損なわれ始めた絶望の年だった。

 

 当時のファンガイア一族を統治していた旧チェックメイトフォーの政権下において先代クイーンであった真夜が、一族の絶対的な掟を破って『人間を愛する』という前代未聞の裏切りを働いたのだ。

 さらに、王家に仕えるべき闇のキバの相棒、キバットバット2世までもが先代キングを見限り、裏切りの道を選んだ。

 

 それだけではない。真夜が愛した身の程知らずの人間、紅音也は、本来ならば人間には扱えぬはずの2代目キバの鎧をその身に纏い、神聖なるファンガイア一族の最高権力者である先代キングへと牙を剥いたのだ。

 激しい死闘の末、崇高なる先代キングが討ち果たされたという報せが届いた時、サクラコの受けた精神的衝撃と悲しみは、まさに天が崩れ落ちるほどのものだった。

 

「(何ということだ。偉大なるキングが、ただの餌に過ぎない人間に討たれるなど、あってはならない。神の序列が、世界の理が、あの悍ましい人間と裏切り者の女の手によって歪められてしまった……!)」

 

 崩壊していく一族の秩序のなかで、サクラコは深い絶望の淵に立たされていた。

 そんな彼女を救い、新たな指針を与えたのは、当時の一族において絶大な影響力を持っていた、『とある高位のファンガイア』からの密命だった。

 

「サクラコ、今の日本は掟を失い、狂気に満ちています。ここに留まれば、貴女の清らかな信仰も、戦火の中で汚されてしまうでしょう。ですから、貴女は神秘の街『キヴォトス』へと渡りなさい。そこで一族のための新天地を探し、来たるべき時のためにその土地を開拓し、保全しておくのです。これは我が一族の未来を賭けた、極めて重要な任務なのです。どうか、頼みましたよ」

 

 彼から言い渡された命令は、サクラコにとって神の啓示にも等しかった。

 

 彼女はその命を拝受し、新天地開拓のために日本を出る決意を固めた。

 その際、同じようにそれぞれの動機や事情から日本の一族と距離を置こうとしていた、若き日の白石ウタハ、鬼方カヨコ、そして破壊衝動を秘めたワカモたちと合流し、共にキヴォトスの地へと移住したのだった。

 

 キヴォトスでの暮らしは、表面上は静かだった。しかし、運命の糸は彼女たちを日本の因縁から切り離してはくれなかった。

 

 18年前の2008年、一族の重大な情勢の変化によりサクラコはウタハたち3人を伴い、再び日本へと帰国することになった。

 かつて自分に命令を下したあの『高位のファンガイア』の元に馳せ参じ、再び一族の復権のために影で暗躍する日々が始まった。

 

 

 しかし、そこでサクラコを待ち受けていたのは、1986年をも上回る『耐え難い更なる大事件の連続』だった。

 

 

 かつての裏切り者である先代クイーン・真夜と、あの忌々しき人間・紅音也との間に生まれた『不浄なる娘』。

 そして、その異父兄妹であり、一族の融和政策を掲げる現キング・登太牙。

 この2人が、あろうことか一族の怨念の象徴として復活した先代キングの成れの果て、バットファンガイア・リボーンを完膚なきまでに打ち倒してしまったのだ。

 

 それだけに留まらず、音也の娘の仲間であり、ファンガイアを専門に抹殺する人間の対ファンガイア組織――『素晴らしき青空の会』の戦士である名護啓介が、白金の仮面ライダーイクサへと変身し、サクラコが心から尊敬し、慕っていたチェックメイトフォーの知の重臣、『ビショップ』をも討ち取ったというニュースが世界を駆け巡った。

 

「嘘だ……。ビショップ様が……あの不浄なる人間の戦士ごときに殺されたというのか…!? 頂点たるキングも狂ってしまった! 人間と共存するなどという戯言のために、いったいどれだけの一族の誇りが泥に塗れれば気が済むのだ!!」

 

 サクラコの胸中で、せき止められていた絶望と怒りが、ドス黒いマグマとなって一気に爆発した。

 

 神が創り上げたファンガイアと人間との絶対的な序列を完全否定する融和社会の到来、そして尊い同胞たちの死。

 

 それらすべてへの拒絶反応が、彼女の正気を完全に吹き飛ばした。

 

「許さない……! 序列を乱す人間どもも、融和を受け入れる腑抜けた同胞どもも、すべて私がこの手で噛み砕いてくれる!!」

 

 暴れ狂うサクラコは、獣のような咆哮を上げながら、周囲の建造物を手当たり次第に破壊し尽くした。

 

 怒りに任せて街へと繰り出し、目に付いた人間のライフエナジーを狂ったように吸い尽くしていく。

 彼女の暴走は人間だけに留まらず、太牙の融和政策に賛同しようとしていた別のファンガイアたちをも『一族の裏切り者』として巻き込み、無差別に殺戮していった。

 

 当然のことながら、これほどの派手な大虐殺を引き起こせば、人間の『素晴らしき青空の会』の戦士たちや、世界の秩序を維持しようとするキバ、そして融和を乱す反逆者を処断しようとする現キング・登太牙の強力な追手から目を付けられるのは時間の問題だった。

 

 サクラコ一人の力では、彼らすべてを相手に生き残ることは不可能だった。

 

「サクラコ! もうやめるんだ!! これ以上ここにいたら、君は本当に滅ぼされてしまう!!」

 

 血の海の中で怒り狂うサクラコの前に立ちはだかったのは、ウタハだった。

 ウタハはサクラコを必死に抑え込み、その背後では、ウタハから「彼女を救うために力を貸してほしい」と何度も頭を下げられ、懇願されたカヨコとワカモが、渋々といった様子で武器を構えて控えていた。

 ウタハたちの決死の介入と隠蔽により、サクラコは辛うじて追手の網から引き剥がされ、半ば強制的に再びキヴォトスの地へと連れ戻されることとなった。

 

 しかし、命がけで自分を連れ戻してくれたウタハの深い慈悲や配慮など、狂信的なサクラコの心には微塵も届いていなかった。

 キヴォトスに戻ってなお、彼女の脳裏を支配していたのは、神の理を汚した世界への底知れぬ怒りだった。

 

「(日本が人間に媚びへつらう泥舟と化したならば、このキヴォトスをどうしてくれようか。……いっそのこと、この街に溢れる生意気な人間の生徒ども、住民どもを、一人残らず私の手で皆殺しにして、血の海に変えてやろうか……!)」

 

 激しい破壊衝動が彼女の身体を突き動かそうとしたその時、サクラコの脳裏に、かつて自分にキヴォトス行きを命じた、あの『高位のファンガイア』の厳かなセリフが鮮明に蘇ってきた。

 

 

『ここで一族のための新天地を探し、来たるべき時のために、その土地を開拓し、保全しておくのです』

 

 

 その言葉を思い出した瞬間、サクラコは辛うじて踏みとどまった。ここで全ての人間を殺し尽くして街を滅ぼしてしまえば、彼が遺した『新天地の保全』という命令を破ることになってしまう。

 

「(そうだ……。私はあの御方の意志を継ぐ者。このキヴォトスは、いつか我が一族が再び真の誇りを取り戻したとき、至高の食糧を供給するための『人間牧場』として、完璧な状態で管理されねばならない。そのためには、今すぐすべてを滅ぼすのではなく、『神の自然説』の教えを広め、この地の下等生物どもを従順な家畜として飼い慣らすことこそが、私の果たすべき聖戦なのだ)」

 

 サクラコは暗い情念を胸の奥深くに抑え込み、キヴォトスにおける自らの役割を再定義した。

 それ以来、彼女は完璧なシスターとしての仮面を被り、神の自然説を絶対に守り抜くことを、自らの魂に誓ったのである。

 

 

 そして、2026年現在。

 

 

「――皆様、今日の説法を終えるにあたり、主の恩寵が常に共にあることを祈ります。自らの置かれた立場を弁え、決して身の程を崩さぬこと。それこそが、最も美しい生き方なのです」

 

 サクラコが厳かに説法を締めくくると、聖堂内にはしばらくの間、深い感動による静寂が広がり、やがて万雷の拍手へと変わっていった。

 シスターたちは一様に、サクラコの慈愛に満ちた(と彼女たちが錯覚している)教えに酔いしれていた。

 サクラコは優雅に一礼すると、冷徹な視線をヴェールの下に隠したまま、自らの執務室へと戻るために歩みを進めた。

 

 サクラコにとって、この世界における生物の序列を崩そうとする不届き者は、すべて等しく『捕食対象』であり、排除すべきバグに過ぎない。

 人間がファンガイアの領域に踏み込もうとすることなど、万死に値する大罪だった。

 

 聖堂から続く長い廊下を渡り、自身の部屋へと向かおうとしたその時、背後から遠慮がちだが、嬉しさに満ちた若い声が響いた。

 

「あの……サクラコ様! 歌住サクラコ様!」

 

 振り返ると、そこにはシスターフッドに入部したばかりの、あどけなさの残る下級生のシスターが立っていた。

 彼女は緊張で頬を紅潮させながらも、憧れの長であるサクラコに言葉を届けられた喜びで、目を輝かせている。

 

「何でしょうか、我が小さき子よ。何か私に質問でも?」

 

 サクラコは、いつもの完璧に作り込まれた温厚で聡明なシスターの声で問いかけた。下級生は嬉しそうに何度も頷き、熱弁を振るい始めた。

 

「はい! 先ほどのサクラコ様の『自然説』についての説法、本当に、本当に感動いたしました! 神様が定めた世界の理の美しさが、胸に深く染み渡りました。……それで、私、あの素晴らしい教えを聞いて、自分なりに深く考えてみたのです!」

 

「……ほう? どのようなことを考えたのですか?」

 

「サクラコ様は肉食・草食動物の支配関係は変えられないと仰いましたが、それは互いの違いを認めることでもあります。ならばその解釈を一歩進め、たとえ生まれ持った強弱が違っていても、互いの役割を理解し尊重し合えるなら、立場や種族を越えて本当の意味で共存できる世界を作れるのではないでしょうか。サクラコ様の教えは、そんな未来への希望を示してくださっているのです」

 

 下級生のシスターは、自分が導き出した「素晴らしい気づき」をサクラコに褒めてもらえると完全に信じ込み、満面の笑みを浮かべていた。彼女にとって、それは純粋な理想主義であり、愛の形であった。

 

 

 しかし、その言葉を聞いた瞬間、サクラコの脳内で何かが決定的に破断した。

 

 

「(……今、何と言った? 立場を乗り越えて、手を取り合う? 『共存』…だと……?)」

 

 サクラコの端正な顔立ちが、一瞬にして凍りついた。耳の奥で、2009年に日本で起きたあの忌々しい融和政策の記憶が、そしてビショップたちの無念の死が、激しい音を立てて蘇る。

 この無知な羽虫は、あろうことか、自分が一族の誇りと神への信仰をかけて守り続けてきた『自然説』を、最も悍ましい『人間との共存』という泥水で汚したのだ。

 

 激しい怒りと、臓物を雑巾のように絞られるほどの嫌悪感がサクラコの全身を駆け巡った。

 だが、彼女は超人的な自制心で表情を平坦なものへと戻すと、下級生には優しく聞こえる声で囁いた。

 

「……実に興味深い解釈ですね。貴女がそこまで深く私の言葉を考えてくれたこと、嬉しく思います。ですが、そのような重大な真理について、この開かれた廊下で話すのはいささか軽率です。もっと相応しい場所へ案内しましょう。ついてきなさい」

 

「はいっ! ありがとうございます、サクラコ様!」

 

 下級生は、サクラコに認められたのだと狂喜乱舞し、その後に続いた。

 

 

 

 

 

 サクラコが向かったのは、大聖堂の最奥、通常の生徒はおろか、シスターフッドの幹部でさえも立ち入ることが固く禁じられている古びた鉄格子の扉に閉ざされた地下室だった。

 薄暗い階段を下りるにつれ、空気はひんやりと冷たくなり、湿ったカビの臭いが鼻を突く。

 下級生は少しだけ不安を感じたが、目の前を歩くサクラコの神聖な後ろ姿を見て、すぐにその恐怖を打ち消した。

 

 やがて、分厚い石壁に囲まれた、完全な密室である最下層の地下保管庫に到着した。重い鉄扉が閉められ、カチャン…と鍵が閉まる音が不気味に響く。

 

「サ、サクラコ様……? ここは…一体……?」

 

 下級生が戸惑いながら振り返った瞬間、そこにいたのは、先ほどまでの穏やかな長ではなかった。

 サクラコはヴェールを荒々しく脱ぎ捨てると、下級生を蛇のような冷酷な目で見下ろしていた。その美しい顔は、怒りと侮蔑によって凄惨に歪んでいる。

 

「貴様のような浅薄な羽虫が、我が神聖なる自然説をその汚れた口で歪めるとは……。万死に値する。共存だと? 手を取り合うだと? 餌の分際で、捕食者と同じ地平に立てるなどと、傲慢な妄想を抱くこと自体が神への最大の反逆だ!!」

 

「え……? サクラコ、様……? 何を、仰って――」

 

 下級生が恐怖に顔を引つらせて後ずさりした瞬間、サクラコの顎から首筋にかけて、鮮やかなステンドグラスの紋様が浮き上がった。

 

 次の瞬間、部屋全体に禍々しい闇の光が弾け、人間の姿は完全に消え去る。

 

 

  そこに現れたのは、漆黒と黄金をベースにしたインセクトクラスに属する『カミキリムシ』を彷彿とさせる獰猛にして神聖な怪人の姿。

 

 身体の随所には、教会の意匠が恐ろしくも美しく施されている。

 

 

 サクラコの背中からは、カミキリムシの翅(はね)を模した漆黒の外殻が美しく左右に展開していた。

 それはまるで黒漆塗りのステンドグラスのように鈍い光沢を放ち、大気を羽ばたかせるたびに黄金の鱗粉を周囲に撒き散らす。

 

 頭部からは、荘厳な大聖堂の尖塔を思わせる、節々に緻密な彫刻が施された一対の長い触角が天へと伸び、禍々しくも気高き威容を誇っていた。

 

 その両肩には、パイプオルガンを模した細密な金色の筒が幾重にも並び立ち、彼女の激情に呼応するように、世界を呪う賛美歌のような不気味な重低音を響かせている。

 

 さらに胸部には、祈りを捧げる聖女の彫像がまるで身体から直接生え渡るように配置されており、哀れな家畜たちの死を悼むかのような、慈愛と狂気が混ざり合う恐るべき美しさを放っていた。

 

 

 その真名は――『輝かしき生首とともに胡椒婦人は踊り狂う』。ロングホーンビートルファンガイア。

 

 

「ひっ……あああ……っ!! 化け物、化け物おぉぉ!!」

 

 下級生はあまりの恐怖に腰を抜かし、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、必死に床を這って扉へと逃げようとした。

 その背中に向けて、ロングホーンビートルファンガイアの身体中に散りばめられたステンドグラスの鏡面が、怪しく脈動する。

 

 そこには、サクラコの『憤怒と憎悪に満ちた人間の顔』が万華鏡のように幾重にも映し出されていた。

 

「逃がすわけがないだろう。我が聖域を汚した罪、その命の輝きを以て償え」

 

 彼女の体組織から、ステンドグラスの破片が組み合わさるようにして、一丁の禍々しい銃が生成された。

 それはカミキリムシの巨大な顎を模した装飾が施された漆黒の魔銃だった。

 

 サクラコは銃口を逃げる下級生の背中へと向け、無慈悲に引き金を引いた。

 

 

 ドォン!!!

 

 

「いやぁぁぁあ!!! 痛い、痛いぃぃぃ!!!」

 

 銃弾が下級生の太ももを撃ち抜き、肉を抉る。サクラコは決して一撃で楽に死なせるような真似はしなかった。

 急所を巧妙に外し、じわじわと苦痛を与えるために、次々と引き金を引いていく。

 

 

 ズドォン! バン!! ズドォン!!!

 

 

「あ、あうう……っ! ごめんなさい、ごめんなさいサクラコ様!! 私が悪かったです、私が間違っていましたぁぁ!!!」

 

 下級生は床に血の海を広げながら、壊れたレコードのように何度も何度も謝罪の言葉を叫び続けた。

 

 両手足の骨を砕かれ、背中の肉をズタズタに引き裂かれ、見るに耐えない惨状へと変わり果てていく。衣服は引き裂かれ、血と泥にまみれ、かつての可憐なシスターの面影はどこにもなかった。

 死の恐怖と激痛の中、彼女は息も絶え絶えになりながら、それでも生きるためにサクラコへと細い手を伸ばし、助けを求めた。

 

「たすけて……おねがい、します……死にたく、ない……っ」

 

 その極限の絶望の表情を見下ろしながら、サクラコの体組織が歓喜に震えた。これこそが、彼女が求める至高の瞬間だった。

 

「素晴らしい……。死の寸前の絶望、それによって貴方のライフエナジーは、最も濃厚に、そして芳醇な美味さを奏でるのです。これこそが、正しい食事のあり方だ」

 

 ウタハのように獲物を眠らせるような甘い真似はしない。かといって、カヨコやワカモのように一撃でライフエナジーを吸い上げるなんてこのもしない。

 サクラコは、下級生の首筋に向けて、背後から伸ばした二本の吸命牙を容赦なく突き刺した。

 

「あ……が……っ、ひ……」

 

 下級生の瞳から光が消え、最後のライフエナジーがサクラコの体内へと吸い上げられていく。

 極上のエナジーが喉を潤す快感に、サクラコは恍惚の溜息を漏らした。

 

 エナジーを完全に失った下級生の肉体からは色彩が急速に失われ、白黒のモノクロームへと変化し、やがて透明なガラスの質感へと変貌していった。

 

 そこに完成したのは、絶望の表情のまま固まった、哀れな人間の形をしたガラス細工だった。

 サクラコはファンガイアの姿のまま、そのガラス像の頭部に向けて、黄金の具足を無慈悲に振り下ろした。

 

 

 ガシャアアアアァァン!!!!

 

 

 硬質な音が地下室に響き渡り、下級生だったガラス像は、音を立てて粉々に砕け散った。

 

 無数のきらきらと光る破片が床一面に散らばり、やがて夜風もない閉ざされた部屋の中で、儚く瞬きながら虚無へと溶けるようにして完全に消滅していった。

 衣服も、血痕も、彼女がそこに存在していたという物質的な痕跡のすべてが、ファンガイアの捕食特性によって跡形もなく消え去っていく。

 

 やがて、サクラコは静かに人間の姿へと戻った。衣服についた細かな塵を払い、乱れた髪を指先で整えながらも彼女の明晰な頭脳は、すでに冷徹な隠蔽工作のシミュレーションを完了させていた。

 

「(さて、あの『虫ケラ』は今日、トリニティ敷地外の巡回へ自発的に向かい、正体不明の襲撃で行方不明になったことにしよう。説法に感動し、1人で聖堂を出たという目撃証言をシスターフッドの記録に改ざんして組み込み、偽の襲撃現場にちぎれたロザリオとゲヘナ製の薬莢でも落としておけば、正義実現委員会が勝手にゲヘナの仕業と断定して動く。私の『聖域』に汚れが残ることはない)」

 

 完璧なアリバイと偽の証拠の配置を頭の中で組み立てると、サクラコは冷たい笑みを浮かべた。床には、もう何一つとして事件の痕跡は残っていない。

 

 彼女は脱ぎ捨てていたヴェールを拾い上げ、再び何事もなかったかのように頭へと被った。

 鉄扉の鍵を開け、薄暗い地下室から静かに立ち去る。大聖堂へと戻る階段を上る彼女の姿は、再び誰もが羨む、気高く、そして慈愛に満ちたシスターフッドの長そのものだった。

 

 自らの部屋へと戻り、重い扉を閉めたサクラコは、窓の外に広がるキヴォトスの美しい街並みを見下ろした。

 夕暮れ時の光が、彼女のヘイローを神聖に照らしている。

 

「神が定められた序列は絶対です。この人間牧場(キヴォトス)の平穏は、私が神に代わって、未来永劫守り続けて差し上げましょう……」

 

 誰に聞かせるでもないその呟きは、美しく、そしてどこまでも禍々しい呪いのように静かな部屋の中に溶けていった。




サクラコ推しの先生方、すみません!!

サクラコ様は大好きです!!

可愛い方のサクラコ様が、この後投稿する別作品の『七つの大罪・暴食のヒナ』の12話にて登場しておりますのでそちらも見ていただけると幸いです!
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