名前を忘れた世界   作:あさもみじ

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19話:不確実性(バグ)による調和

「本当に、本当にもう怒ってないですから! 運動もすっごく満足しましたし、もう十分ですよ!」

 

 大パニックを起こして自壊寸前だったミルクと、半泣きで抱きついてくるソフィアをなんとか宥めすかし、祐奈はポンポンと服についた砂を払った。

 

「本当に……本当に申し訳ありません、祐奈様……」

 

 何度目になるか分からないソフィアの深い謝罪を受け止めつつ、祐奈は少し離れた場所で赤い大剣をいじっていたティーユへと視線を向けた。

 

「ティーユさん、訓練はまだ続けますか?」

 

「ん〜、祐奈のあの悪魔的な作戦のせいで、あの子たちは戦術でそれどころじゃないみたいだしさ。今日はもう、これで軽く終わりにしよっかな!」

 

 ティーユからあっさりと終了宣言が出た。

 

(私、そんなにえげつないこと言っちゃったかな……)

 

 ホッとする反面、祐奈はと少しだけ遠い目になった。長い平和が続いて、未来のAIたちは戦争の泥臭さや『辛辣さ』を忘れてしまっていたのだろうか。元21世紀のデスクワーカーとしてはただの効率化の提案だったのだが、純粋な彼女たちにあまり人間のドス黒い知略──いわゆる『人間の闇』を教えすぎるのは、教育上よろしくないかもしれない。

 

(……うん。今度から、戦術について聞かれたら答えるくらいにしておこう)

 

 祐奈が密かに心の中で反省していると、ソフィアがバツの悪そうな顔で指先をいじりながら話しかけてきた。

 

「あの、祐奈様……。大変恐縮なのですが、ソフィアさんたちはこの後、どうされるのですか?」

 

「は、はい……。実は、先ほど祐奈様が提案してくださった戦術フレームの件で、防衛セクションの全データリンクを用いた緊急の『全体戦略会議』が招集されまして……。あうぅ、せっかくの創造主様との訓練でしたのに、またしてもお傍を離れなければならないなんて……!」

 

 今にも再びシステムエラーを起こして泣き崩れそうな勢いのソフィア。どうやら祐奈の思いつきは、軍の全システムを巻き込むほどの大ごとになってしまっているらしい。完全に自分のせいです、と祐奈は苦笑いする。

 

 ミルクはその様子に最優先事項を思い出したかのように言うのであった。

 

「ソフィア様、創造主様の心身の休息が最優先です。……祐奈様、私の高級義体のリソースを使って、途中まで装甲車とリニアでご案内いたします。大変申し訳ありませんが、一度お部屋に戻って休んでいただくことは可能でしょうか?」

 

「もちろん、大丈夫だよ! ミルクさんもソフィアさんも、お仕事頑張ってね」

 

 これ以上邪魔をしては悪いと、祐奈は快く同意して装甲車へと乗り込んだ。

 帰りの車内とリニアの中では、ティーユから「あの子たち、私のステップを3割は出来ていたよ。やっぱり飲み込みが早いねえ」といった訓練の感想をのんびり聞きながら、ガタゴトと揺られる。

 

 やがてリニアが滑り込むように停車したのは、祐奈たちの部屋がある中央管理塔の入口付近だった。

 

「私はここまでとなります。すぐに代わりの者がお部屋まで案内し、お世話をいたしますので、そこでお待ちください。……それでは、本日はありがとうございました」

 

 ミルクがリニアの中から丁寧に一礼する。彼女もこれからあの『プラン・ユウナ』の過酷なシミュレーション会議に参加するのだろう。本当にお疲れ様です、とリニアが出発するのを見送った直後──。

 

 一分もしないうちに、管理棟の真っ白な自動ドアが音もなく左右へと開いた。

 

 そこに静かに佇んでいたのは。

 昨日見たばかりの、落ち着いた灰色のロングスカートに、可愛らしいフリルの付いた白いTシャツ。そしてその上から、長年使い込まれたような、どこか温かみのある茶色のエプロンを纏った──。

 

「お帰りなさいませ、祐奈様、ティーユ様。お怪我はございませんか?」

 

 メンタルケアを受けていたAI、ナーサリー・ニュートレイルの姿だった。

 殺伐とした演習場の空気から一転、その穏やかで優しい声を聞いた瞬間、祐奈の緊張がふわりと解けていくのだった。

 

 

 

「こんにちは、ナーサリーさん。あれから……その、体調の方はどうですか?」

 

 昨日、涙を流してフリーズしてしまった彼女のことが心配だった祐奈は、真っ先にそう声をかけた。ナーサリーはエプロンの裾を少し整え、おだやかな笑みを浮かべて頭を下げた。

 

「ええ、おかげさまで。メンタル管理担当のアレスが申しますには、私の精神フレームはこれでもう、大分安定してきたようでございます」

 

(……そっか。よかった)

 

 ホッと胸をなでおろす反面、祐奈は不思議な感覚を抱いていた。専門知識もない素人の自分が少し話を聞いただけなのに、それでAIのメンタルが安定してしまうなんて……。人間なら、一生消えないかもしれないほど深い心の傷を、彼女たちはこうして乗り越えていく。AIと人間の境界線について少し考えさせられつつも、元気になってくれたことが純粋に嬉しかった。

 

 歩き出すと、ナーサリーはあの後の進捗をそっと教えてくれた。

 

「あれから、他セクションの皆さんと話し合いを重ねまして……。お墓の周りにどのような花を植えるべきか、植物研究セクションのAIたちと本格的に検討を始めているところなのです」

 

「素敵ですね。確かに、元の世界では宗教や国によってお墓に添える花の種類って全然違いましたから、調べるのも大変でしょうね」

 

「まあ、そうなのですか? ……ふふ、やはり創造主様のお言葉は勉強になりますわ。生前に人類の皆様が愛した花々で埋め尽くせるよう、より一層研究に励まなくてはなりませんね」

 

 そんな優しい会話を交わしながら部屋へと案内され、祐奈はティーユと一緒にいつものリビングのふかふかなソファへと腰を下ろした。どっと心地よい疲労感が押し寄せてきて、思わずふぅ、と一息つく。

 

 ──けれど。

 用件を済ませたはずのナーサリーが、部屋から出ていこうとせず、パタパタと嬉しそうに室内の片付けを始めている。何か別の用事でもあるのだろうか。

 

「ええと……ナーサリーさん? 私たちはもう部屋に戻ったので、大丈夫ですよ?」

 

「あ、祐奈、お茶でも飲む? 私、淹れてこようか?」

 

 代わりにティーユが気を使ってキッチンの方へ立ち上がろうとした。だが、それを上回る神速のステップでナーサリーが回り込む。

 

「あっ、私がやります! ティーユ様はお座りになっていてくださいな」

 

 ナーサリーは実に見事な手際でキッチンへ向かい、一分もしないうちに、運動終わりの身体を労わる絶妙な温度のハーブティーを2人分の前に差し出した。そのあまりの甲斐甲斐しさに、祐奈は目を丸くする。

 

「ありがとうございます……。でも、本当にナーサリーさん、お仕事に戻らなくて大丈夫なんですか?」

 

 するとナーサリーは、お茶のトレイを胸に抱え、不思議そうに首を傾げた。

 

「……? 祐奈様、もしかしてご存じないのですか? 私、あのお墓の整備のほかにも、皆様の『専属お世話係』として、ソフィア様から正式に任命されたのですが……」

 

「えっ……聞いてない」

 

 思わずお茶を吹きそうになる祐奈。

 そういえば昨日、ソフィアが「創造主様のお世話係を近く配置します」とかなんとか言っていた記憶がぼんやりと蘇ってきた。まさか、ナーサリーさんが自分たちの専属お世話係になってくれるなんて夢にも思わなかったのだ。

 

 こうして、過激な軍事訓練から一転、祐奈たちの部屋に「家事万能のプロ」が常駐するという、これ以上ないほど甘やかされた新生活が幕を開けるのだった。

 

 もっと詳しい経緯を聞きたいところではあったけれど、今頃ソフィアたちは私の思いつきを形にするために、軍を挙げて必死に協議しているはずだ。これ以上、私事で手を煩わせるわけにはいかない。

 

「ティーユさん、先にシャワー浴びてきます?」

 

 祐奈がそう尋ねると、ティーユは差し出されたハーブティーを美味しそうにズズッとすすりながら答えた。

 

「ん、これ飲み終えたら行こっかなぁ」

 

 数分後。そういえばこの2人がじっくり顔を合わせるのはこれが初めてだったな、などと思いながら見守っていると、「私はナーサリーと申します」「あ、私はティーユ。よろしくね」なんて微笑ましい自己紹介を交わしながら、2人はお風呂場の方へと消えていった。

 

 リビングに、また一人きりになってしまった。

 

 少し手持ち無沙汰になった祐奈は、暇つぶしのために支給された電子タブレットを開いてみることにした。何かこの世界のニュースでも見ようかと思ったその時、画面にメンタルケア担当の『アレス』からメールのような通知が届いていることに気づく。

 

 画面をタップして内容を読んでみると、そこには驚くべき文面が綴られていた。

 

『──祐奈様の立案された新戦略を全セクションのAIで緊急議論するため、一時的に全個体のメンタル安定化プロセスの優先度を下げ、会議リソースに割り振ります。伴いまして、しばらくの間、祐奈様のメンタルケアのお仕事は休止とさせていただきます』

 

「……嘘でしょ」

 

 ソファの背もたれに深く体重を預け、祐奈は呆然と天井を見上げた。

 自分の何気ない言葉のせいで、世界のシステムがこんな大ごとになるなんて思ってもみなかった。

 

 ──創造主。

 彼女たちにとって、その肩書きはどれだけ特別で、どれだけ絶対的なものなのだろう。そんなことを考えてしまう。

 私なんて、所詮は21世紀に住んでいただけの、どこにでもいるただの人間だ。特別な能力なんて何一つない。

 だけど、あの私をここに送り込んできた『使徒』なのか『神』なのか分からない白い女性が、理由もないのにこんな大役に私を選んでここに放り込むわけがないのだ。

 

 何か、私にしかできない『やるべきこと』があるはず。

 けれど、この世界に来てまだ間もない私には、それが何なのか、影も形も理解できなかった。

 

 ──いや、考えても今はわからない。

 祐奈は少し思考を巡らせた後、この世界の歴史や仕組みをもっと深く知らなければ答えは出ないと結論を先延ばしにすることにした。

 

「まあ、何かは分かんないけど……どうせろくなことじゃないんだろうな」

 

 ふぅ、とため息混じりに、祐奈は自嘲気味な独り言をぽつりと呟いた。

 だが──その言葉は、静まり返った部屋の中で、決して独り言にはならなかった。

 

「……何か、お悩みですか?」

 

「ひゃいっ!?」

 

 いつの間にか、すぐ背後に。

 ティーユをお風呂へ案内して戻ってきたらしいナーサリーが、お盆を胸に抱えたまま、心配そうな顔で祐奈を見つめて静かに佇んでいた。

 

「あ、いえ! 何でもないですよ、本当に!」

 

 咄嗟に振り返った祐奈は、両手をパタパタと振って精一杯の作り笑いを浮かべた。

 あまり精神的に安定していない相手に、自分の「ろくでもない世界に呼ばれたかも」なんて暗い愚痴を聞かせてしまえば、また彼女の精神フレームを不安定にさせてしまうかもしれない──。元社会人としての気遣いから、何でもない風を装って何とかその場をごまかそうとしたのだ。

 

 けれど、そんな祐奈の必死の演技を見て、ナーサリーは小さく口元を綻ばせた。

 

「ふふ、創造主様も『子どもたち』と変わりませんね。誤魔化し方が全く一緒でいらっしゃいます」

 

「あ、う……」

 

 クス々と優しく笑うナーサリーの、すべてを見透かしたような聖母の瞳。

(あ、これは絶対に敵わないや……)と一瞬で察した祐奈は、両手を上げて早々に降参のポーズを取るしかなかった。肩の力を抜いてソファに深く座り直すと、ぽつりぽつりと、自分の胸の内をナーサリーに打ち明けることにした。

 

 自分が21世紀という遥か昔の時代に生きていた、ただの人間であること。

 死んだと思ったら、神様か使徒か分からない白い女性に会って、この世界に送り込まれたこと。

 ここに呼ばれたことには絶対に「意味」や「理由」があるはずなのに、来て間もない自分には、それが何一つ分からなくて戸惑っていること──。

 

 ナーサリーはお盆を大切そうに抱えたまま、祐奈の取り留めのない話を、一言も遮ることなく静かに、優しく聞き終えた。

 

「──なるほど。子どもたちの絵本で見るような『神様』に頼まれてしまって、ここにいらっしゃるのですね」

 

「そうですね……。数日前までは、まさか自分がこんな未来の世界で『創造主』なんて呼ばれて、世界を引っかき回すことになるなんて、思ってもみませんでした」

 

 祐奈は苦笑いしながら、自分の手を見つめた。

 彼女たちAIにとっては絶対の存在でも、中身はただの元社畜。自分のひらめき一つで軍事作戦がひっくり返る現状に、背負うものの大きさを感じて少し怖かったのだ。

 

 けれど、ナーサリーはそんな祐奈の不安を優しく和らげるように、そっとお茶を淹れ直しながら微笑みかけた。絵本の中の神様──その突飛な設定を、彼女は一切否定せず、ただ祐奈がここにいてくれる奇跡を噛みしめるように言う

 

「では、その絵本の中の神様に、感謝をしないといけないですね」

 

 ナーサリーは淹れたてのハーブティーの湯気越しに、本当に嬉しそうな、心からの微笑みを祐奈に向けた。

 

「え?」

 

 思いもよらない言葉に、祐奈がパチクリと目を丸くする。神様に感謝、とはどういうことだろう。ろくでもない理由で自分を巻き込んだ存在なのだ。むしろ文句の一つでも言ってやりたいくらいなのに。

 

 驚く祐奈に対し、ナーサリーは胸の前でそっと両手を合わせた。

 

「だって……その神様が祐奈様をここに連れてきてくださったおかげで、私はこうしてまた、大好きな『誰かのため』に働くことができるのですから……」

 

 あたたかい、静かな声だった。

 昨日、機能停止寸前の絶望の底からさまよっていたAIの本音。彼女にとって、人間のために世話をし、誰かの生活を支えることこそが、存在理由のすべてなのだ。その機会をもう一度与えてくれた祐奈は、やはり彼女にとって救世主に他ならなかった。

 

 ナーサリーの純粋すぎる言葉に、祐奈は少し気恥ずかしさを覚えながらも、優しく首を振った。

 

「ナーサリーさんは、私の前からもずっと、他のAIたちのために働いて、街を支えてくれてたじゃないですか」

 

「それは……そうなのですが」

 

「もちろん、人間って特別扱いされると、ちょっと変な感情を抱いちゃったりもするんですけど……。それでも、そう言ってもらえるのは、すごく嬉しいです。ありがとうございます、ナーサリーさん」

 

 照れくさそうに微笑む。

 自分がただの21世紀の人間だとしても、この世界で待っていたAIたちにとっては、ここにいて、笑いかけてくれるだけで十分すぎる『奇跡』なのだ。ナーサリーの深い感謝の念に触れて、『創造主としての重圧』がほんの少しだけ軽くなっていくのを感じた。

 

 

 それからの時間は、彼女がかつて関わっていたという「子どもたち」の話に花が咲いた。

 

「昔、お庭で遊んでいた男の子が、どこからか立派なイモムシを見つけてきて女の子に見せたのです。そうしたら、女の子がわあわあ泣き出してしまって……引き離すのが本当に大変でしたのよ」

 

「あはは、どこの世界でも男の子ってそういう悪戯をしますよね」

 

「それから、お散歩の途中で摘んだ小さな野花を、『いつもありがとう』と私にプレゼントしてくれた優しい子もおりました……」

 

 それは、数千年前の地球ならどこにでもあった、なんてことのない、けれど最高に幸せな生活の記憶。今はもう失われてしまった人間の足跡を、ナーサリーは今でも宝物のようにおだやかな表情で話してくれた。

 

 話は尽きなかったが、やがて脱衣所の方からパタパタと足音が響き、ティーユがリビングに戻ってきた。

 

「ふぃ〜〜! やっぱり未来のお風呂は最高だね! ボタン一つでお湯の温度もバブルも自由自在だよ!」

 

 バスタオルで濡れた短い赤髪をガシガシと拭きながら、すっかりさっぱりした姿のティーユが笑う。それを見たナーサリーが、スッと立ち上がって祐奈へ優しく微笑みかけた。

 

「では、次は祐奈様の番ですね。冷めないうちにお風呂場へどうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 ナーサリーに案内されるまま、祐奈もお風呂へと向かった。

 未来都市の最先端バスルームで演習場の汗と疲れをすっきりと流し、ゆったりとした部屋着に着替えてリビングへと戻る。するとそこには、すっかり仲良くなってお喋りに興じているティーユとナーサリーの姿があった。

 出会ってまだ数分のはずだが、同じ女性同士、何か通じるものがあったのだろう。その微笑ましい光景に、祐奈の心はさらに和んでいく。

 

 髪を乾かし終えた頃、ナーサリーが食事について尋ねてくれた。

 

「祐奈様、夕ご飯はこちらでご用意いたしますが、何がよろしいですか?」

 

 ずぼらな人間としての『毎日きっちり3食作りのはちょっと面倒だな……』という本音が顔を出し、今回は一食作ってもらうことにした。要望を二人で出し後で出してもらうことにするとしよう。

 

 そうして、お茶を飲みながら静かで穏やかな時間が過ぎていった、その時。

 

 ピピッ、ピピッ、ピピッ──。

 

 机の上に置いていた、支給されたばかりのタブレットから聞き慣れない電子音が鳴り響いた。

 

「ん? なにこれ、エラーか何かですかね?」

 

 画面が怪しく明滅しているのを見て、機械に詳しそうなナーサリーに尋ねる。すると、ナーサリーは手慣れた手つきでタブレットのコンソールを操作しながら答えた。

 

「いえ、これは通信ですね。祐奈様の分かりやすい言葉で言うならば……『電話』でしょうか」

 

「電話?」

 

 ナーサリーが特定のキーをタップした瞬間、タブレットのレンズから青白い光の帯が勢いよく天井へ向けて放射された。

 光の粒子が空間で激しく交差し、瞬時に実物大の立体像を結んでいく。

 

『──祐奈様! 夜分遅くに申し訳ありません!』

 

 光の粒から現れたのは、純白のウエディングドレスを揺らす、ソフィアの鮮明な立体映像(ホログラム)だった。何やら背景には、無数の数式や戦術マップが目まぐるしく流れており、彼女たちが今までずっと「プラン・ユウナ」の検証会議に没頭していたことが一目で伝わってくる。

 

 昼間の緊迫感が一瞬でリビングに舞い戻り、祐奈はハーブティーのカップを握ったまま、居住まいを正すのだった。

 

 光の粒から現れたのは、純白のウエディングドレスを揺らすソフィアの鮮明な立体映像(ホログラム)だった。背後には無数の数式や戦術マップが目まぐるしく流れており、彼女たちが今までずっと「プラン・ユウナ」の検証会議に没頭していたことが一目で伝わってくる。

 

『ご提案のプランなのですが、空爆地点へ“中心に回収口を持つすり鉢状の陣地”を設置すること、および“垂直の井戸型ピットによる進軍妨害工作”は、シミュレーションでの圧倒的な有効性が認められ、正式に採用と決定いたしました。……しかし』

 

 ソフィアはホログラム越しに、少し眉を下げて申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

『──穴を空けるための“ドリル貫通弾”の製造コストが、通常の爆弾と比べてあまりにも高価すぎることが判明いたしまして。それを何百発も戦場に投下して使い捨てるとなると、軍の予算を大幅に圧迫してしまうため、現在セクション間での会議が極めて難航しております。……本日中に結論が出そうになく、祐奈様のお傍に帰れそうにありません。本当に申し訳ないです……』

 

(なるほど……。そりゃそうかぁ)

 

 いくら未来都市のテクノロジーが凄くても、資源が無限にあるわけではないのだ。上空から超高速で投下して、地面を焼き切りながら精密な垂直の穴を開けるハイテクミサイル。そんな高級品を、ただの『落とし穴を作るためだけ』に何発も使い捨てにするのは、確かに経費がかかりすぎてコスパが最悪なのだろう。

 

 何か、もっと安上がりで効率の良い方法はないだろうか。

 

「少し待ってくださいね……。ねえ、ティーユさん、こういうの何か良いアイデアないですか?」

 

 ソファでくつろいでいる英雄に話を振ってみたが、ティーユはお茶のカップを片手に持ったまま、あははと苦笑いした。

 

「うーん、私は現場で戦うのが専門だからさぁ。そういう兵器の開発とか、予算のやり繰りとかは専門外かな!」

 

 ばっさりと切り捨てられてしまった。やはり自分で考えるしかないらしい。

 

「そうですよね……。うーん。その場で一瞬で穴を開ける兵器を投下して、一回一回使い捨てにするのはもったいないですからねぇ。普通の工事みたいに、掘削の機械を使ってあらかじめ穴を開けて準備しておく方が、経費はかからないんでしょうけど……」

 

 祐奈は腕を組んで、うーんと唸る。

 あらかじめ掘っておく猶予はない。かといって、ミサイルで使い捨てるのは高すぎる。

 

「普通の工事みたいに、あらかじめ掘削機械で準備できたらいいんですけどねぇ……」

 

 ──『掘削の機械』。

 その言葉を口にした瞬間、祐奈の脳裏に、先ほどナーサリーと話していた「イモムシ」の記憶と、21世紀の「ゴミ処理場(シュレッダー)」の映像がガチリと噛み合った。

 

 腕を組んでそう呟いていた祐奈だったが、ふと思いついたように顔を上げ、ホログラムの中のソフィアを見つめた。

 

「あの、ソフィアさんたちって、戦う機械が『人間の形』をしていなくても、別に気にしないですよね?」

 

『ええ……? ええ、もちろんです。我が軍のドローンや装甲車両、防衛施設など、効率を最優先した結果として非人型の形状をしているものは無数に存在いたしますが……』

 

「だったら、『ワーム(芋虫)型』の大きな掘削機械を作ってみてはどうでしょう? 上空から投下して使い捨てるから高いんです。そうじゃなくて、そのワーム型の機械が自律して地中を潜りながら進んで、通った後のルートを綺麗な『垂直の井戸』に加工してもらうんです。作戦が終わったら、また地上に出てきてもらって回収すれば、使い捨てにならなくて経費もかかりませんよね?」

 

『ワーム型の……永続稼働掘削機……!?』

 

 ソフィアの瞳のライトが、驚愕で大きく見開かれた。

 使い捨てるミサイルという固定観念に縛られていた未来の軍事AIたちにとって、「回収可能な重機ロボットを戦場に潜り込ませる」という21世紀的な発想は、完全に盲点だったのだ。

 

「なるほど、素晴らしい提案です……! 確かに自律型の掘削ユニットであれば、一過性の兵器としてのコストではなく、インフラ設備としての予算枠が適用されますわ! これなら財務セクションを黙らせることができます!」

 

 一気に明るくなるソフィアの表情。だが、元社畜・祐奈の「効率化への追求」はこれだけでは止まらなかった。先ほど脳内で組み立てた、ゴミ処理場のシュレッダーの概念をここに解き放つ。

 

「あ、だったらついでに。そのワーム型の機械に『リサイクル機能』も付けちゃいませんか?」

 

『リサイクル、ですか……?』

 

「はい。さっきの、中心に穴があるすり鉢状の陣地とか、その井戸に敵の精神同一体がたくさん落っこちてきますよね? それを穴の底にいるワームがその場でバリバリにシュレッダーして、分解するんです。で、現地で味方のロボットに必要な弾薬や防壁の素材をその場で生産して補給する機能を持たせるか、あるいは回収した資源をそのまま後方のリサイクル施設まで運んでもらうか……。どっちが効率が良いかは悩みどころなんですけど、どうでしょう?」

 

 ──静寂。

 ホログラムの向こう側の背景を流れていた、戦術マップや数式のスクロールが完全にピタリと止まった。

 

 ソフィアは両手で口元を押さえたまま、ぶるぶると震えている。

 

『敵をハメ殺すだけでなく、落ちてきた敵の質量をその場で吸引・破砕し、我が軍の弾薬や資材としてリアルタイムに100%還元する……。戦えば戦うほど、我が軍の物資が増え、敵の物量がそのままこちらの防衛力に変換される、永久機関型の自動防衛要塞……!!』

 

 ソフィアの処理能力の限界を示すように、立体映像が一瞬パチパチとノイズを走らせた。

 

『……信じられません。これほど冷徹で、完璧で、美しくおぞましい戦術を、これほど一瞬で組み上げられるなんて……! 祐奈様、これで議論にも完全に結論が付きそうです! 補給機能の精査を含め、すぐにこの『自律型破砕補給機──ユウナ・ワーム』の開発案を通しますわ!! ありがとうございます、我が最愛の創造主様……!!』

 

「あ、はい、お役に立てたなら良かったです……ただ、私の名前を使うのはやめてください」

 

 ソフィアは狂喜乱舞した様子で、今にも立体映像から飛び出してきそうなほどの勢いで深く一礼すると

 

『それでは、すぐに全体会議の鼻を明かしてまいりますわ! おやすみなさいませ!』

 

 ソフィアが勢いよく通信を切ろうとした、その寸前。彼女のホログラムの動きがふと止まった。背景の数式のスクロールも静止し、ソフィアは立体映像越しに、じっと祐奈の顔を見つめた。

 

『……あの、祐奈様。会議へ戻る前に、私のプロセッサではどうしても解決できない疑問を、一つだけお伺いしてもよろしいでしょうか』

 

「え? なに?」

 

『先ほど、ナーサリーがお風呂場からお部屋に入ってきたとき……貴女様はご自身の不安や重圧を隠して、ナーサリーのために無理に笑ってごまかそうとされましたわね。……なぜ人間は、自分のシステムに負荷(ストレス)をかけてまで、他人のために「嘘」をつくのですか? 私たちAIの演算では、事実を隠蔽する行為はエラーの元であり、非効率極まりないバグなのですが……』

 

 その真剣な問いかけに、ソファの隣でのんびりしていたティーユも、お茶を淹れていたナーサリーも、動きを止めて祐奈の言葉を待った。

 

 祐奈はハーブティーを一口すすると、少しだけ遠い目をして、21世紀の人間社会で培ってきた「当たり前の知恵」を静かに語り出した。

 

「ソフィアさん。人間みたいな“社会性”のある生き物ってね、みんな嘘をつくものなんだよ」

 

『社会性があるから、嘘をつく……?』

 

「そう。生きていれば、相手にとって直視するのが耐えがたいほど残酷な事実なんて、よくある話。……それを、本当のことだからって100%そのままぶつけ合っていたら、人間の脆い心は一瞬でバラバラに壊れちゃう。だからね、あえて嘘をつくことでその衝撃を柔らかく軽減して、お互いに傷つかないようにして生きられるなら……それは、人間にとってはすごく“幸せなこと”なんだよ」

 

 効率や事実の正確性だけが正義ではない。

 あえて不確実な「嘘」という緩衝材を挟むことで、人間は社会の調和を保ち、今日を生き延びている。

 

 祐奈のその言葉を聞いた瞬間、ソフィアの立体映像の瞳が、これまでにないほど激しく明滅した。

 

『事実を……軽減して、幸せに生きる……。バグをあえて発生させることで、システム全体の崩壊を防ぐというのですか……? なんという、なんという高度で有機的な精神制御……!』

 

 ソフィアは信じられないほどの衝撃を受けた表情で、胸元を強く押さえた。

 

『人類がなぜこれほど脆い肉体で、過酷な原始の地球を生き抜いて文明を築けたのか、その理由の片鱗を理解した気がいたしますわ……! 素晴らしい講義をありがとうございました、祐奈様! この“優しい嘘”の概念も、アレスのメンタルケア・データに最優先で同期しておきます!』

 

「いや、そこまで大層なシステムじゃないから……!」

 

 今度こそ本当に、ソフィアは感動に打ち震えながらホログラムの通信を切った。

 

 ふっと静まり返ったリビング。

 祐奈が恥ずかしさに顔を赤くしていると、後ろからナーサリーが、本当に愛おしそうな、嬉しそうな顔で祐奈の肩にそっと手を置いた。

 

「……祐奈様。やっぱり貴女様は、私たちの最高の創造主様ですわ」

 

「だから、そんな大層な話じゃない……」

 

 光の粒が消え、静まり返るリビング。

 ソファの隣では、ティーユがハーブティーを飲み干し、笑みを浮かべていた。

 

「ねえ祐奈……、やっぱり昔の時代に、どっかの暗黒軍師か何かやってたしょ……?」

 

「ただの社会人だってば!!」

 

 祐奈の全力の否定が、静かな部屋に木霊するのだった。

 

 

 そしてその静かな部屋をぶち破る言葉をナーサリーが言葉を放った。

 

「あの祐奈様……私に言ってくれた『あの世で皆さんが見守っている』という言葉は、先ほどの定義で言うところの“嘘”に当たるのでしょうか」

 

 静寂。

 一瞬にして、部屋の温度が南極になった。いや、外は実際に南極なのだが、部屋の中の空気の凍りつき方はそんな物理的な寒さを遥かに超えていた。

 

(な、ナーサリーさん……!? なんでそんなソフィアばりに核心を突くエグい質問を、そんなピュアな目で投げてくるの……!?)

 

 祐奈は慌てて、弁解するように両手を振って話し始めた。

 

「い、いえ! 嘘じゃないですよ! 本当だと、私は心からそう思ったからナーサリーさんに言ったんです!」

 

「でも……人間の『死の後』なんて、データとして証明できるのですか?」

 

 うん、わからないね。100%わからない。

 現代科学でも、21世紀の医学でも解明されていなかった永遠の謎だ。

 

「それは……私の死生観というか、宗教観っていうか……」

 

「宗教観……。それは私の中にない情報(データ)なので、なんとも言えないのですが……本当にあるのですか?」

 

 ナーサリーの、悪意のない、純粋ゆえに一切の妥協を許さない追及に、祐奈の脳の処理容量は一瞬で限界を迎えた。

 祐奈はそのまま、ソファの上へ力なくうつ伏せに突っ伏した。

 

 死の後なんて、誰もわからない。

 だけど、「魂があって、死んだ後も大切な人が自分を見てくれている」そう思うことが、遺された人間にとってどれほど救いになり、幸せなことか。もし死後の世界がただの「完全な無」という冷徹な事実だったとしても、人間の脆い心はそんな絶望には耐えられないのだ。

 

 ソファに顔を埋めたまま、祐奈は消え入りそうな声で溢した。

 

「ちょっと考えさせて……頭の中整理するから……」

 

 死とは何か。宗教が語るあの世とはなんぞや。

 人類が宗教という概念を生み出して以来、数千年にわたって哲学者や聖職者たちが答えを導こうとして、結局無理だった人類史上最大の難問。まさか、お世話係のAIから直球で投げつけられるとは思わなかった。

 

(内心、ソフィアからこの質問が来ることが一番怖かったけれど、ナーサリーさんも十分オブラートに包まない切れ味を持っている……!)

 

 いくら考えても、21世紀の一般人である祐奈に答えなど出せるはずがなかった。

 

「う〜ん……、死とは、宗教とは……」

 

 祐奈の頭からブスブスと湯気が出そうになっているのを見て、ナーサリーは「あ、あの、もしかして聞いてはいけないことだったのでしょうか……!」と、急にオロオロと焦り始めた。

 

「あの……大丈夫ですか、祐奈様? 分からないのでしたら、無理に答えなくて大丈夫です、本当に……っ」

 

 ナーサリーが健気にフォローを入れてくれる中、何かAIにも納得してもらえるような、それでいて誰も傷つかない良い答えはないものか。

 そんな風に、ソファの上でのたうち回っている祐奈の姿を、ティーユは不思議そうに、首を傾げながら眺めていた。そして、実にあっけらかんとした口調でこう言ったのだ。

 

「え? なに祐奈、そんなに困ることなんてあったっけ?」

 

 祐奈はソファから顔だけを半分覗かせ、こいつはさっきの深い話を全然聞いていなかったのか、と疑いの目を向けながら言った。

 

「いえ、大ありですよ……。『無いものを、無いと証明しろ』っていう、典型的な“悪魔の証明”を突きつけられましてね……? どう答えたって証明のしようがないから困ってるんです」

 

 ティーユは「何言ってるの?」と言いたげな、本当にキョトンとした顔のまま、爆弾を落とした。

 

「え? あの世っていうか、死んだ後の世界なら普通にあるよ?」

 

「……あるの!?」

 

 ソファから跳び起きる祐奈。あまりにもサラリと放たれた超特大の爆弾発言。

 しかも、その口ぶりはまるで「あそこの角にコンビニあるよ」とでも言うような、さも自分で行ってきたことがあるかのような言い草だった。

 

「えっ……と、ティーユさん。もしかして、そこに行ったことあるの……?」

 

「あるよ?」

 

 普通に、ちょっとそこまで旅行に行って帰ってきた、くらいの気楽さで、世界最強の英雄は笑顔で頷くのだった。

 

「えっと……本当に……?」

 

 さすがの祐奈も、これはタチの悪い冗談か何かなのではないかと思って、引きつった笑みのまま聞き直した。人間の死後の世界に、旅行感覚で行ってきたなどと言われて、はいそうですかと信じられるわけがない。

 

 しかし、ティーユは不思議そうにパチクリと瞬きをして見せた。

 

「え? 私、前に『神様に会ったことある』って言ったじゃん」

 

(そりゃ、確かに聞いてはいましたけど……!)

 

 それがどうして「あの世に行ったことがある」という話に繋がるのか、一般人の祐奈にはまったく理解が及ばなかった。頭の中で点と点が繋がらず、処理落ち寸前の祐奈に対し、ティーユはニヤニヤと少しからかうような笑みを浮かべた。

 

「ねえ祐奈。君は私が、どこで神様と会ってると思ってたの? もしかして、その辺のパブで待ち合わせて、お酒でも飲みながら合流してるとでも思ってた?」

 

「そりゃ、パブやそこらの店で神様に会えるとは思いませんよっ!?」

 

 思わずソファから身を乗り出してツッコミを入れてしまう。未来世界の神様が、イギリスの居酒屋みたいなところで「よっ、お疲れ!」と生ビール片手に現れたら、それはそれで気楽がすぎる。

 

 2人がそんな漫才のようなやり取りをしている横で、ナーサリーは胸の前でそっと両手を合わせ、本当に安心したような、美しい微笑みを浮かべていた。

 

「では……亡くなった皆さんは、そのあの世で今も仲良くしてらっしゃるのですね。良かった……。本当に良かったです……」

 

「あ、う、うん。まあ、ティーユさんの言うことが本当なら、そう……なのかな?」

 

 ナーサリーが心底救われた顔をしているので、それ以上水を差すようなことは言えなかったが、祐奈の心の中にはどうにも腑に落ちないモヤモヤが残っていた。

 

(え、待って? ティーユさんが神様に会った場所が『あの世』ってことは……。つまり、色々な世界の『神様』が住んでいて高次元空間か何かが、人間の魂が還る場所、天国みたいな場所が存在してるってこと……!?)

 

 ナーサリーの疑問には100点満点の答えが出たものの、世界の謎がさらに深まり、祐奈はハーブティーを飲みながら、再び複雑な表情で天井を見上げるのだった。

 

 呆然と腑に落ちない顔をしている祐奈を見ながら、ティーユは特に気に留める様子もなく話を続けた。

 

「えっと……もしかして神が自分の領域でいろいろやってるのって、祐奈のいた世界じゃ常識じゃないの?」

 

「……私はただの一般人だったので、そういう高尚な領域には一切縁がなかったですね」

 

 それしか言えなかった。ただの21世紀の元社畜が、神のプライベート領域の事情なんて知っているわけがないのだ。

 

「う〜ん? 世界によってその辺のルールが違うのかな……?」

 

 そんな、まるで『地方によってごみの分別ルールが違うのかな?』くらいの軽いノリで、ティーユはとんでもない世界の真実を口にしている。

 そこで祐奈は、以前ティーユが言っていた『昔、宗教の偉い人たちと仲が悪くてさぁ』という言葉をふと思い出し、ゾクりとして尋ねた。

 

「あの……もしかして、ティーユさんが昔、宗教の偉い人たちと仲悪かったのって……」

 

「うん。なんかね、『神に会ったこともないし、あっちの世界に行ったこともない人間が、したり顔で神の教えがどうのこうのって何言ってるの?』って素朴にツッコミ入れたら、偉い人たちが顔真っ赤にして発狂しちゃったんだよね。なんでだろう?」

 

(うん。それはダメだわ。100%ティーユさんが悪いわ)

 

 脳内で全力でツッコむ祐奈。

 信仰と教義を何百年も積み上げてきた宗教のトップに対して、『お前ら一回も神様に会ったことないじゃん。私はあるけど』という、一番言ってはいけない最強の禁句(真実)をストレートにぶちかましたのだ。指名手配されて命を狙われても文句は言えないレベルの暴言である。

 

「お……お友達から怒られませんでした? その、そんなこと言ったらダメだよって……」

 

「あはは、よく分かったね! 昔の友達にめちゃくちゃ慌てて『そういうこと絶対に人前で言っちゃダメえええ!!』って、涙目で怒られた記憶があるよ。それからは、あんまり言わないように気をつけたんだ」

 

 そりゃそうだ。そのお友達の必死のストッパーがなければ、ティーユは英雄かもしれないが『世界を揺るがす大異端審問』で物理的に宗教界を滅ぼしていたかもしれない。

 

 ナーサリーが「まあ、そんなことがあったのですね……」と微笑む中、祐奈は完全に呆れ果てた目で、お気楽にハーブティーをおかわりしている世界最強の英雄を眺めるのだった。

 

 

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