「では、射撃場のあるフロアへと移動しましょう」
ソフィアの案内のもと、4人は再び中央管理塔の通路を歩き始めた。
道中、ウエディングドレスの裾を上品に揺らしながら歩くソフィアが、ふと前を見据えたまま、ポツリと独り言のようにつぶやいた。
「本当は……安全性を最優先し、VR(仮想現実)空間のシミュレーターで体験していただいた方が良いのですけれど」
ソフィアはそう言って、歩きながらチラリと隣のティーユへと視線を向けた。それに気づいたティーユが、首を傾げる。
「ん? 何か私に問題でもあるの?」
「大ありです。ティーユ様の戦闘挙動が、現在の我が軍のVR環境で正確に再現できるかどうかが不明なのです。貴女が使われる『魔法』というあの不可思議な能力。物理法則を無視したあれをシステム内で再現しようとすると、深刻なエラーが発生するのではないかと、アレスから報告を受けていまして……」
「あー、なるほどね」
ティーユは納得したようにポンと手を打った。
確かに、架空のデータ空間の中で魔法の再現コードがバグを起こし、現実世界の脳や肉体に予期せぬ暴走フィードバックが起きて祐奈が傷つくようなことになったら、それこそ取り返しがつかない。過保護なソフィアが、あえてアナログな実戦環境を選んだのはそれが理由だったのだ。
「つきましてはティーユ様。祐奈様の安全なVR訓練環境を構築するためにも、後ほど貴女が魔法で一体どのようなことができるのか、精密な戦闘データを取らせていただきたいのですけれど」
「いいよ、別に減るもんじゃないしね」
ティーユは特に惜しむ様子もなく、あっさりと快諾した。
(へぇ、ティーユさんの魔法のデータ計測か……。世界を救った本物の魔法がどんなものか、私もすごく気になるし、後で見学についていこう。楽しみだな!)
そんな、これからの未知の技術検証にワクワクとした会話を交わしているうちに、目的の場所に到着したようだ。
重厚な防音扉が開くと、そこには頑丈なコンクリートらしきグレーの壁に囲まれた、広大な空間が広がっていた。
等間隔に並んだ射撃用の台。その遥か前方、暗がりの向こうに設置された標的(ターゲット)。
それは、祐奈が21世紀に映画やドラマの中で何度も見たことがあるような、極めてオーソドックスな屋内射撃場の光景そのものだった。
(へえ……テクノロジーがどれだけ進歩した未来でも、こういう実弾を撃ち込む場所の構造って、あんまり変わらないもんなんだなぁ……)
何だか少しだけ親近感を覚えながら、祐奈はしげしげと、その無骨で静まり返った射撃場を見回すのだった。
「まずは、創造主様に相応しい安全な一挺を……」
ソフィアがそう言って壁のコンソールに触れると、重々しい機械音と共に射撃台の後ろのコンクリート壁がスライドし始めた。
現れたのは、ライトアップされた武器ラックに整然と、ずらりと並べられた無数の銃器。21世紀の映画で見たことがあるような火薬式のライフルから、流線型でどういう原理で動くのか全く想像もつかない未来の兵器まで、その圧倒的なバリエーションに祐奈は完全に息を呑んだ。
その銃の種類の多さに圧倒されていると、ソフィアは迷うことなく、ラックの一角にある異彩を放つ重厚な獲物へと歩み寄り、誇らしげに指をさした。
「これなんてどうでしょう? 人類が滅ぶ前に、正規軍の歩兵に広く配備されていた、型式 CG-m94。銃本体わずか5キロ。2キロのバッテリー一体型マガジンを含めて計7キロの、人類軍製『多段式電磁気加速銃(ガウスライフル)』です」
その外観は、近未来の箱型アサルトライフル……祐奈の元いた世界でいう『G11』にそっくりだった。無骨なポリマーフレーム? のケースから、3本の銃身がガトリングのように三角形に束ねられて突き出している。
ソフィアに促されて実際に両手で持ってみると、ずっしりとした金属とポリマーの重みを感じた。中々に重いが、持てないほどではない。ただ、これを構えたまま走り回ったり、長時間保持し続けたりするのは流石に辛そうだ。こんな無骨な兵器を、未来の人類は生身で持って戦争をしていたのだろうか。そう思うと、祐奈は少し気後れしてしまった。
「……ねえソフィアさん。もしかして、未来の人類って、私の元いた世界の人間みたいにひ弱な存在じゃなかったの? みんなマッチョだったとか?」
銃をまじまじと見つめながら、ぽつりと呟いた祐奈。
すると、ソフィアは心外そうにすぐに首を横に振って訂正してくれた。
「いいえ、何を仰るのですか祐奈様。人類が滅ぶ直前の兵士たちは、肉体そのものは非常に脆弱でしたわ。そのため、このCG-m94を用いて長期間戦うために、彼らは『第3の手』と呼ばれる触手型補助アーム、筋肉を補助する『強化外骨格』と『補助スーツ』、そして各所に防弾性のある頑丈な装甲を身にまとって戦っていたのです。……純粋な基礎身体能力だけで言えば、我が創造主たる祐奈様は、当時の平均的な軍人よりも遥かに優れていらっしゃいますよ?」
「え、私の方が強いの……!?」
まさかの事実に、祐奈は思わず目を丸くした。
つまり、これから装着されるというあのゴツい追加装備一式は、祐奈がひ弱だからではなく、当時の未来の軍人たちが100%の性能を引き出すために使っていた標準仕様だったのだ。
隣で腕を組んでいたティーユがとクスクス笑う中からかう様にいう
「へえ、道具に頼り切りのもやしっ子たちだったわけね」
「さあ、それでは人類軍の歩兵仕様一式を起動しますわ!」
ソフィアは嬉々としてコンソールを叩くのだった。
「待った! 話を聞く限り、それって色々ごつい装備をつけないといけないよね? ──数発だけ体験で撃つだけなら、生身でも問題ないんじゃない?」
祐奈のその一言で、ソフィアが操作していたコンソールのホログラムがピタッと動きを止めた。
「ええ、数発程度でしたら、祐奈様の優れたお身体なら物理的には耐えられますけれど……。ですが、万が一の安全性を考慮いたしますと、やはり外骨格とアーム、スーツの一式を装着していただきたく──」
眉をひそめ、本気で心配そうな顔をするソフィア。だが、そんな過保護なAIの言い分を、横からティーユがにべもなく切り捨てた。
「ちょっと何言ってるのソフィア。たかが銃を一発二発ぶっ放すだけでしょ? 補助アームだのスーツだのをつけなきゃ人間が怪我するっていうなら、そもそもその銃が『欠陥品』の役立たずだよ」
(うわ、ティーユさん、めちゃくちゃもっともなこと言うなぁ……)
さすがは己の肉体と一本の剣だけで世界を救ってきた本物の英雄だ。道具に頼り切る思想そのものがお気に召さないらしい。
祐奈はティーユの言葉に深く頷きながら、ソフィアへともう一度同意を求めた。
「うん、ティーユさんの言う通りだよ。長時間の戦争ならともかく、ここで数発試射するだけなら問題ないよね?」
「……う、うう。小さく……はい。お怪我だけはなさらないでくださいね、祐奈様」
2人がかりの正論に押し切られ、ソフィアは珍しくシュンとした様子で、消え入りそうな声で頷いた。どうやら、軍事サイボーグ化計画はひとまず回避できたようだ。
ソフィアは小さくコホンと咳払いをすると、気を取り直したようにドレスの裾を整え、射撃台の上の箱型ライフルを指さした。
「……分かりました。では、実際に射撃へ移る前に、この CG-m94『ガウスライフル』の構造と、扱い方の説明に入りますね」
滅び去った未来の人類が遺した、ロストテクノロジーの結晶。その無骨な3連ガトリングの銃身を見つめながら、祐奈はソフィアの次の言葉にじっと耳を傾けるのだった。
「この銃の愛称は、兵士たちの間で『トリニティ(三位一体)』と呼ばれていました。ガトリングの3本のバレルが、まるで1つの生き物のように連動して動く姿が由来だそうです。……祐奈様、その先にある強化ポリマーフレームの、四方の隅をご覧くださいな」
「四方の隅……?」
ソフィアに言われ、祐奈は手の中の銃を持ち換えて、銃口の周りをまじまじと見つめてみる。
確かに、四角いボックス型フレームの4つの隅に、何やら丸い穴がポッカリと開いていた。ネジでもはめ込むための穴だろうか?
「ここから、内部の熱を吸った冷却水が『高温の蒸気』として一気に噴射されますので、お気をつけください。……もっとも、今回は数発だけですので、蒸気が噴き出すほど熱くはなりませんけれど」
見ると、穴の向きは前方へと傾いており、射手の顔や体には直接当たらないよう工夫されている。だが、銃のすぐ近くから激しい蒸気が出るのは普通に怖かった。
「えっと、ソフィアさん。前を向いてるとはいえ、そんな至近距離から蒸気が出るんですよね? 撃ってる人間がやけどしたりはしないんですか?」
祐奈の素朴な疑問に、ソフィアは少しだけ悲しそうに頷きながら答えた。
「ええ、当然、非常に熱いです。ですから当時の人類は、全身を覆う補助スーツと防弾装甲をまとって、その熱から身を守りながら戦っていたのです」
(なるほど……やけどするのを承知の上で、スーツで防げばヨシ! っていう力技のデザインだったわけね。やっぱり未来の戦争は過酷だなぁ……)
人類軍のハードすぎる思想に冷や汗を流していると、銃の機関部の中央あたりに、何やら『青いポコッとしたパーツ』があるのが目に留まった。
「ソフィアさん、この青いところは何? ここだけ色が変わってるけど」
「そこは、外部から直接水を供給するための給水ポートですね。戦場で兵士たちが分かりやすいように、伝統的に青く塗られているそうです」
「給水ポート……。じゃあやっぱり、水が無いとこの銃は撃てないの?」
水と電気で動くコイルガンならではの疑問だったが、ソフィアは首を横に振り、ラックに並ぶ予備のマガジンを指さした。
「いいえ。通常は、先ほど説明した『2キロのマガジン』の中に、弾丸と固体バッテリー、そして規定量の水がすべて最初から内蔵されています。……ただし、その三位一体のマガジンは、前線で大量に連射する場合、あるいは……『宇宙空間』で戦闘を行うとき専用の仕様なのです」
「えっ、宇宙……!?」
「ええ。大気がなく、水の補給も不可能な真空の宇宙環境において、確実に銃を冷却し、弾を放つ。そのために、1つのケースに必要な全てを完全密閉したのが、そのマガジンなのです」
宇宙戦用の思想が、今、自分の手の中にある。
21世紀の一般人にはスケールが大きすぎるその事実に、祐奈はゴクリと息を呑み、トリニティを握る手に自然と力がこもる。
「……ねえ、ソフィア」
ソフィアの『宇宙専用マガジン』という言葉を聞いて、それまで黙って話を聞いていたティーユが、不思議そうに首を傾げた。
「宇宙ってめちゃくちゃ寒いんでしょ? だったら、放っておいても勝手に冷えるんだから、わざわざ水で冷却する必要なんてないんじゃない?」
「あ……」
確かに、21世紀の感覚でも『宇宙=絶対零度の極寒の世界』というイメージが強い。冷やす必要なんてなさそうに思えるが、祐奈がなるほどと納得するよりも早く、ソフィアがどこか懐かしむような、慈愛に満ちた笑みを浮かべてティーユを見た。
「ふふ、そうでしたわね。ティーユ様は、人類がまだ宇宙にほとんど進出していない時代の方でした。お答えします。宇宙空間は確かに絶対零度ですが……同時に『熱を逃がすための物質』、つまり空気などが存在しないのです」
「空気がないと、冷えないの?」
「ええ。熱というものは、空気の分子に伝わることで初めて逃げていきます。真空の宇宙空間では、どれだけ極寒であっても、銃の内部で発生した熱がどこにも逃げ場を失い、魔法瓶のように内部にこもり続けてしまうのです。ですから──」
ソフィアは『トリニティ』の四方の穴を指さした。
「この銃は宇宙空間で連射すると、マガジンから供給された水が内部の熱を吸って一瞬で沸騰し、銃内を駆け巡ります。そしてその四方の穴から、激しい水蒸気となって宇宙空間へ射出されるのです。その蒸気は、宇宙の絶対零度に触れた瞬間に一瞬で凍りつき……まるで美しい『氷の結晶』の帯のようになって、宇宙の闇に消えていくのですよ」
「へえ……! 氷を吹き出しながら撃つんだ。それはちょっと、見てみたいかも」
ティーユが瞳を輝かせる。
火薬の煙の代わりに、真っ白な氷の粒子を宇宙の闇に撒き散らしながら電磁の弾丸を放つ銃。人類の生存への執念が生み出したそのシステムは、過酷でありながら、どこか幻想的な美しさすら感じさせた。
(宇宙空間の断熱なんて、私だったら絶対に気づかなかったな……。やっぱり未来の技術って、想像の何歩も先を行ってるんだ……)
「さて、講義はここまでですわね」
ソフィアは優しく微笑むと、射撃台のコンソールを操作し、通常の『地上試射用』の簡易バッテリーと金属球の弾丸をトリニティへと装填した。ガシャリ、と静かな電子音が響く。
「今回は数発だけですので、通常のバッテリーと弾丸だけをスロットに装填しました。さあ、創造主・祐奈様。ついに、初めてのトリガーです」
手渡されたトリニティは、先ほどよりもどこか神聖な重みを帯びているように感じられた。
祐奈は意を決して銃を構え、はるか前方に設置されたターゲットへと、その3連の銃口を真っ直ぐに向けた──。
覚悟を決め、3連バレルコイルガン『トリニティ』をターゲットへと向けた、その瞬間。
「ちょっと! 棒立ちすぎる! 足を広げなさい!」
パシィィン! と、鋭い衝撃が祐奈の太ももに走った。隣にいたティーユが、いつの間にか手元にある鞘付きの剣で、容赦なく祐奈の姿勢を叩いて正したのだ。
「痛っ!? ティーユさん、いきなり叩かなくても……!」
「ティーユ様、我が創造主に対してあまりにも乱暴です!」
ソフィアが即座に怒りの声を上げる。……が、すぐにその冷徹な視線を祐奈の全身へと走らせ、眼鏡の奥の目を光らせた。
「──ですが、ご指摘はもっともですわね。祐奈様、もう少し足を肩幅に広げて、腰をグッと落としてください。気持ち、お尻を少し上げて、上半身を前傾姿勢にするのです」
「え、あ、こんな感じ……?」
言われるがままに重心を落とすと、ソフィアがすっと背後に回り込み、祐奈の体に直接触れて姿勢を強制し始めた。
細い指先で肩を押され、腰の位置を微調整される。衣服越しに伝わるAIの指は、設定温度のせいか、どこかひんやりとして心地よかった。
「……うん、いいよ。さっきより様になってる。銃の反動を骨盤と足の裏で地面に逃がすなら、その構えが基本だからね」
腕を組んだティーユが、上から目線ながらもうんうんと満足げに顎を引く。
「ふぅ……これでいいですかね?」
正しい射撃姿勢になり、これでようやく撃てる、と祐奈が息を吐いた時だった。
なぜか、背後にいるソフィアが、祐奈の腰とお尻のラインを固定したまま、一向に手を離そうとしない。それどころか、衣服の上から何やら不穏な感触が、祐奈の臀部に伝わってきた。
……あからさまに、揉まれている。
「っ……!? ちょ、ソ、ソフィアさん……?」
さすがにくすぐったいというか、純粋に変な気分になって、祐奈は顔を真っ赤にしながら注意するように声を掛けた。しかし、ソフィアは至極真面目な、どこか学術的な観察でもしているかのような淡々とした口調で、とんでもない感想を口にした。
「……驚きました。創造主の『男性』のお尻というものは、人工皮膚のデータよりも、意外と柔らかく心地よい弾力を持っているのですね。非常に興味深いサンプルです」
「いや!! 感想を述べてほしいわけじゃないから! あと手を離して!!」
21世紀の一般男性としての尊厳を揺るがされ、祐奈は銃口をターゲットに向けたまま、必死に後ろに向かって叫ぶのだった。
「ティーユ様。後ほど、あなたのお尻も触らせてくださいな」
ソフィアは至極冷静な、それこそ『今日の天気は晴れだね』とでも言うような平然としたトーンで、とんでもないセクハラ宣言をやってのけた。
「はあぁっ!? な、そんな堂々とセクハラ発言されるの、人生で初めてなんだけど!?」
さしもの最強の英雄も、未来のAIの理外の要求には頬をひくつかせ、思わず全力のツッコミを入れて一歩後退した。剣を持たせたら無敵の戦士が、完全に腰が引けている。
──カツン。
祐奈は構えていた『トリニティ』を静かに射撃台へと置いた。いま、この場所でやるべきことは、人類のロストテクノロジーを試すことではない。この過保護で、どこかズレている地球管理AIの歪んだ教育を正すことだ。
祐奈は腕を組み、真剣な表情でソフィアに向き直った。
「良いですか、ソフィアさん。ソフィアさんは長い間、あまり人間と関わってこなかったから分からないのかもしれませんけど……。いくらデータを取りたいからって、そういうデリケートな場所を普通に触るのは絶対にダメですからね!」
「……? ですが祐奈様。私は今、ティーユ様に対して事前に『許可』を取りました。ここで明確に拒否されたのであれば、私はデータを諦めました。合意の上でのサンプリングであれば、手続きとして何ら問題はないはずですが?」
心底不思議そうに小首を傾げるソフィア。AI特有の、極めてシステムライクで効率主義な思考。だが、人間社会はシステムだけでは回っていないのだ。
「あのね! 拒否すればいいって問題じゃないの! そもそも公の場でそういうセリフを口にすること自体がダメなの! 言っちゃダメ!!」
「創造主の仰る『倫理』という概念は、効率的なデータ収集の障壁になるのですね……。不合理ですが、祐奈様がそう仰る文脈、興味深いですわ」
眼鏡の奥の瞳をパチクリさせながら、ソフィアは手元の端末に『創造主の不合理な倫理観』としてメモを打ち込んでいる。
「はぁ……。未来のAIってこんなに手がかかるの……?」
ガックリと肩を落とす祐奈の横で、ティーユが「大変だねぇ、創造主様」と、同情の眼差しを向けながら、さりげなく自分のお尻を剣の鞘で隠すようにガードしているのだった。
人類が滅び去った未来の射撃場で、一発の電磁弾が放たれる前に、まずは「人間の倫理」についての講義が数分間行われることとなった。
「……よくわかりましたか、ソフィアさん」
「ええ、よくわかりました。人間という種族は、非常に複雑な倫理回路を持っていらっしゃるのですね。今後の貴重な参考資料として、私のメインストレージに最優先で記録いたしました」
生真面目な顔で頷くソフィアを見て、祐奈は(それはそれでどうなんだろうか……)と内心首を傾げたが、きっと自分より何倍も頭の良い超高性能AIなのだ、理解してくれたということにしておこうと無理やり納得した。
気を取り直して、祐奈は射撃台に置いた『トリニティ』を再び両手で構えた。
先ほどティーユに叩かれ、ソフィアに揉まれて教え込まれた通りの正しい射撃姿勢を意識し、腰を落として銃をホールドする。
G11に似た箱型フレームの上部に据えられた光学照準器(スコープ)を覗き込む。
だが、銃本体とマガジンを合わせて7キロもある鉄塊は、想像以上に重かった。筋肉のアシストスーツを着ていない祐奈の両腕は、構えた瞬間から小刻みに震え始める。レンズの向こうのターゲットがゆらゆらと動いている気がするが、動いているのは標的ではなく、間違いなく自分の手だ。
(落ち着け、息を吐いて……狙いを中央に……)
ターゲットの赤い中心点がレンズの十字に重なった瞬間、祐奈の、トリガーにかけた人差し指に力がこもる。
──引き金が、引かれた。
バシュッ!!!
火薬の爆音とは明らかに異なる、空気を電磁気で引き裂いたような独特の鋭い音が射撃場に響き渡った。
同時に、肩に向かって「グンッ!」と後ろに押し出すような、重い反動が突き抜ける。正しい姿勢を意識していなければ、本当に後ろにたたらを踏んでいただろう。
「あれ、やっぱり火薬の銃に比べたら反動、かなり少ないよね?」
横から射撃の様子を見ていたティーユが、いかにも物足りなそうに腕を組んで感想を述べている。
だが、撃った本人の祐奈は、生まれて初めて体験した電磁気兵器の衝撃の余韻で、しばらく言葉も出ずに少し放心していた。手元に残る微かな振動と、銃口から揺らめく熱気が、確かに今、自分が未来の兵器をぶっ放したのだと実感させる。
「ホロターゲットの着弾を確認。……お見事です、祐奈様。中心からは逸れましたが、ギリギリ端に当たりましたわ。初めての電磁気射撃で、外骨格の補正なしに着弾させるなど、素晴らしい才能です」
ソフィアがパチパチと上品に手を叩きながら、嬉しそうに褒めてくれた。
私自身、多少の武器の知識はあったが、銃というものは漫画や映画のようにはいかず専門の練習を重ねない限りそう簡単には当たらないものだと知っていた。だから、かすっただけでも大儲けだ。
「ふぅー……。いやー、少し緊張しましたけど、やっぱりなかなか難しいですね」
祐奈はトリガーから指を離し、少し強ばっていた肩の力を抜いて、横にいたティーユたちに苦笑いを向けた。すると、ティーユはフッと優しく微笑み、祐奈の肩をポンと叩いた。
「そんなに落ち込まないの! 。私も昔、故郷にいた頃に初めて銃を撃たせてもらったときは、かすりもしなかったしね。最初はそんなものよ」
かつて世界を救った最強の英雄からの、思いがけない、そしてこれ以上ないほど温かい慰めの言葉。
その言葉に、祐奈の緊張はすっかり解け、滅び去った人類の地下施設の中で、少年のような笑みを浮かべるのだった。
「よし、次は私の番ね。その『トリニティ』ってやつ、ちょっと貸して」
ティーユがそう言って、躊躇いなく綺麗な右手を差し出してきた。祐奈は両腕でがっちり抱えていた、ずっしりと重たいトリニティを彼女へと手渡す。
するとティーユは、それを両手で受け取るや否や、まるでただのプラスチックのおもちゃか何かのように、軽々と上下に振って見せた。
「ふーん……まあ、ちょっと重い銃って感じかね」
(ちょっと重い銃、で片付ける重さじゃないんだけどな……)
抜群のプロポーションを持つ小柄な彼女の、一体どこにそんな腕力があるのか。
ティーユはそのまま流れるような動作で射撃台に立つと、狙いを定めてから5秒もしないうちに、コイルガンの引き金を引いた。
──バシュシュシュッ!!!
独特の電磁風切り音が、立て続けに射撃場へ鳴り響く。電光石火の4連射。
すぐに自動システムでターゲットのホログラムを手元に引き寄せて確認すると、祐奈は思わず声を失った。
標的の頭部の中心点近くに2発。そして、胴体の中心近く2発。プロの特殊部隊も真っ青の、完璧すぎる射撃スキルがそこには刻まれていた。
「……ティーユさん、もしかして、普通に銃を扱ったことありました?」
これだけの手際だ、初めてのわけがない。祐奈の確信に満ちた問いに、ティーユは銃口を下げながらあっけらかんと答えた。
「そうだよ? 異世界でも、街の中とか禁止されてる場所はあったけど、遠くから魔物を仕留めるのには便利だからね。よく使ってたよ」
剣士だからといって武器にこだわらず、効率的なものは何でも使いこなす。その合理的な強者感に祐奈が感心していると、その横で射撃データをモニタリングしていたソフィアが、じっとティーユを見つめながら、ひどく訝しげな感想を漏らした。
「……おかしいですわね。いくら射撃姿勢が正しくとも、外骨格の補助なしにマッハの反動を受け止めて、ほとんど体がブレていないなど物理的に不可能です。あなたの筋肉量、あるいは……個体としての総重量が、見た目に反して異常に重いのではないですか?」
(あ、ソフィアさん、それは言っちゃダメなやつ……!)
いくらAIの純粋な疑問とはいえ、年頃の女の子に向かって『体重が重いのでは』などと追及するのは、21世紀の倫理的にもアウトだ。あとでしっかり注意しておこう──そう心に決め、祐奈は表情を一切変えないまま、鋭い眼光だけでソフィアの言葉をピシッと制した。
だが、当のティーユは全く気にした様子もなく、自嘲気味に笑う。
「まあね。人よりは『重い』からね、私」
その言葉の裏にある異世界の英雄としての秘密に、ソフィアがさらに何か言いたげに口を開きかける。その瞬間、祐奈はソフィアが余計な追及をしてティーユの機嫌を損ねる前に、素早く次の質問を投げかけて会話を上書きした。
「た、たとえば! ティーユさんはどんな銃を扱ってたんですか!?」
「例えば? そうだねぇ……」
ティーユは少しだけ視線を上に向け、記憶を探るように考え込んだ。
そして、何もない空間に向かって、何かを探るようにそっと右手を差し入れた。
──グニャリ。
その瞬間、彼女の手のひらの先で、何もない空間が円状に怪しく歪んだ。まるで水面に小石を落としたかのように、空間の壁が波紋を広げ、その中心の漆黒の闇の中へ、ティーユの細い腕が肩までズブズブと吸い込まれていく。
「あったあった、これこれ」
ティーユが空間の裂け目から引きずり出してきたのは──ミリタリーの知識がある祐奈の目が見開かれるような、映画でしか見たことがない巨大な『50口径アンチマテリアル、対物ライフル』だった。
化け物や魔王軍と戦う前提で選ばれたのであろう、人間の胴体ほどもある巨大な機関部と極太のバレル。それを、彼女は小柄な体で相変わらず軽々と肩に担いでみせる。
そんな、アニメやファンタジー映画でしか見たことがない空間収納魔法の視覚的インパクト。
そして、突如として現れた規格外の巨大な火薬式兵器を前に、先ほどまで不合理ですという顔をしていた超高性能AIのソフィアも、体重の話題など完全に脳内から消し飛んだ様子で、ただただ口を開けて放心状態になっていた。
「たしか『AW50』とか言ってたかな? 弾が5発入るのよ」
ティーユはそう言って、肩に担いでいた化け物じみた巨躯のライフルを、事も無げに祐奈に向けて差し出してきた。
祐奈は先ほどのトリニティ(7キロ)の感覚のまま、何気なくそれを受け取ろうとして──。
「うおっ、ととと……っ!?」
手元にズシリと、いや、ズドォォォンと載せられた殺人的な質量に、危うく腕ごと床へ持っていかれそうになった。慌てて両腕の筋力を総動員し、お腹で支えるようにしてどうにか抱え込む。
「お、重っ……!! ティーユさん、これ、何キロあるんですか!?」
「14キロくらいじゃないかな?」
さっきの最新鋭コイルガンの、実に2倍以上の重量である。10キロのお米の袋よりも遥かに重い鉄とポリマーの塊。これを持ったまま構えるなど、一般人の筋力では10秒も持たない。
祐奈は必死に銃を抱え直しながら、自分のミリタリー知識の引き出しをひっくり返し、必死に目の前の銃を観察した。
「えっと……確かこれ、対物ライフルですよね? 普通は地面に寝そべって、置いて撃つ銃ですよね……?」
そう、人が手で持って構えることなど想定していない、拠点を防衛したり乗り物を壊したりするための大口径ライフルだ。その証拠に、銃身の下には地面に固定するための『二脚(バイポッド)』が……いや、無い。
よく見ると、本来あるはずの地面に固定するための銃座パーツが、綺麗に取り外されているのだ。
「いや? 普通に手で持って撃つよ?」
ティーユはさも当然のように、小首を傾げて言った。
「え、置いて撃つための脚がついてないのに、これを生身で、立って構えて撃つんですか……?」
「うん。だって、寝そべってたら敵の攻撃を避けられないじゃん。持って走って、跳んで、空中で撃つのが普通でしょ?」
「空中で50口径を撃つ……!?」
それはもう、人間の体幹のレベルを遥かに超越している。
火薬の爆発でマッハで飛び出す50口径弾の反動を、空中で、しかも生身で受け止めたらどうなるか。普通なら本人がバックスピンしながら吹き飛ぶはずだ。
祐奈が絶句している横で、ようやくシステムフリーズから復帰したソフィアが、ブルブルと眼鏡のブリッジを指で押し上げながら、ひどく狼狽した声で計算結果を口にした。
「……計算が、計算が合いませんわ。外骨格もなしに14キロを精密保持し、さらに50口径の爆発反動を空中で相殺するなど、生体組織の限界を超えています。ティーユ様、あなたの質量は本当に人間と同じなのですか……!?」
「だから言ったじゃん。人より『重い』んだってば」
ティーユはニカッと不敵に笑うと、祐奈の手から14キロのAW50を再びひょいと奪い返し、片手でくるりと回してみせるのだった。
「ねえ、これ、あのターゲットに向けて撃っちゃっていいの?」
ティーユがAW50を軽々と肩に担ぎ直し、銃口をホログラムの標的に向けようとしたその瞬間、ソフィアが血相を変えて割って入った。
「待って、待ってください! ターゲットの強度を最大に設定し直します! それから、祐奈様、これをお付けになって!!」
ソフィアは慌てた様子で、壁のコンソールを激しく叩いて標的のデータを重装甲仕様に書き換えると、どこからか取り出した防音用の肉厚なイヤーマフを祐奈の頭にスッポリと被せた。未来のコイルガンとは桁違いの、21世紀の『爆音の暴力』がこれからここで炸裂するのだ。
ターゲットの変更が完了し、ソフィアから引きつった顔で射撃の許可が出ると、ティーユは AW50 をスッと前方に構え始めた。
「ねえ、ティーユさん、耳栓とかしなくていいの……!?」
イヤーマフ越しに、祐奈は大声で問いかける。50口径弾、またの名を12.7mm弾。その発射音は、至近距離で聴けば鼓膜が破れてもおかしくないレベルの衝撃波を放つ。それなのに、彼女は耳を塞ぐどころか、防音装備の類を一切身につけていない。
「ん? 大丈夫」
ティーユは事も無げに短く答えると、狙いを定めた。
次の瞬間、未来のハイテク射撃場が、かつてない衝撃に文字通り『震撼』した。
──ズドォォォォォンッ!!!
空気が爆発し、内臓を直接揺さぶるような、凄まじい質量を持った轟音が鳴り響く。銃口から強烈な火炎(マズルフラッシュ)が吹き荒れ、射撃台の埃が一斉に舞い上がった。
驚くべきは、その直後だった。
ティーユは流れるような手並みでボルトを動かし、薬室から巨大な空薬莢を弾き飛ばすと、間髪入れずに次弾を放った。
ズドンッ! ズドンッ!
都合3発。普通の火薬式ライフルでも連射すれば肩の骨が砕けると言われる50口径の凄まじい反動を、彼女はただ、自身の『体全体』でギュッと抑え込むようにして、平然と受け止めてみせたのだ。
いや、そもそもおかしい。
二脚も付けず、14キロもある鉄の塊を手で持って、なぜミリ単位の狂いもなく銃身を静止させていられるのか。照準器を覗く彼女の腕は、呼吸によるブレすらなく、まるで地面に埋め込まれたコンクリートの柱のように完全に固定されていた。
銃口から立ち上る濃厚な硝煙の匂いの中、弾き飛ばされた真鍮の薬莢がチーンと床に転がる。
イヤーマフ越しですら頭がクラクラするほどの爆音の余韻の中で、祐奈は、異世界の英雄という存在の、真の『恐ろしさ』の一端を目の当たりにして、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
「どうよ! この威力! 未来の銃に負けてないでしょ?」
濃厚な硝煙の向こう側から、ティーユが14キロのAW50を軽々と肩に担ぎ直しながら、実に見事な、どこか嬉しそうな笑顔で振り返ってきた。まるでお気に入りの新しいおもちゃを自慢する子供のような無邪気さだったが、その背後にある重装甲ホロターゲットは、50口径の暴力的な衝撃波によって無残に歪み、バチバチと火花を散らしている。
「ええ……。そう、ですね……」
祐奈はイヤーマフを首にずらしながら、引きつった笑みを返すことしかできなかった。
確かに、未来の技術であるコイルガン『トリニティ』の貫通力は凄まじい。だが、目の前の少女が放ったのは、21世紀の火薬式兵器──それも、生身の人間が立ったまま連射していい代物ではない。鼓膜を揺るがす爆音、肌を焼く火炎、そしてそれを微動だにせず抑え込んだ彼女の異様さ。先ほどの光景を思い出すと、それ以上の言葉が出てこなかった。
その時、これまでティーユの空間魔法にフリーズしていたソフィアが、ゆっくりと、完全にシステムライクな冷徹な無表情へと表情を切り替えた。
眼鏡の奥の瞳が怪しく明滅し、ティーユの全身の骨格や筋肉の動き、そして空間の歪みを執拗にスキャンしていく。
「……ティーユ様、個体としての『戦闘脅威度』の策定を誤っていました。これより、あなたの危険指定を即座に『2段階』引き上げます」
ソフィアの声には、先ほどまで祐奈のお尻を揉んでセクハラを働いていたような、ユーモラスな温度は一切含まれていなかった。まるで、迫り来る未知の敵を観察し、排除するための冷酷な演算を行っているかのような、完全な『基地管理・防衛AI』としての声。
「別に私は戦うつもりなんてないよ?」
特に気に留める風でもなくAW50を再び空間の歪みの中へと仕舞い込んだ。
ティーユは特に気に留める風でもなく、14キロのAW50を再び空間の歪みの中へと事も無げに仕舞い込んだ。
管理AIとしての冷徹な眼光でその挙動を観察し続けるソフィアと、銃の暴力に圧倒される祐奈。その場に満ち満ちた一触即発の、あるいは重苦しい空気を切り裂いたのは、今まで壁の付近で静かに控えていたナーサリーの、無邪気な声だった。
「ティーユ様って、本当にすごいのですね!」
ナーサリーが嬉しそうにパタパタと駆け寄って話しかけると、ティーユは一瞬だけ驚いたように目を見張った後、すぐにまんざらでもない様子で鼻を高くした。
「まあね! これくらい、なんてことないの!」
楽しそうに会話を続ける2人の姿を見て、祐奈は胸の中でホッと深い安堵の息を漏らした。ナーサリーのおかげで、これ以上微妙な空気にならなくて本当に良かった。
ひとまず、心底ぶっ飛んだ性能の未来兵器と異世界兵器は十分に堪能した。お腹いっぱいだ。
だからこそ、祐奈はもう少し自分の知っている世界に近い、心の拠り所になるような馴染みのある銃を見てみたいと思い、まだ少しシステムライクな顔をしていたソフィアへと話しかけた。
「ソフィアさん。もし、この基地のデータやラックに残っていたらでいいんですけど……M4みたいなライフルって、あったりしますか?」
21世紀の地球で、あらゆるゲームや映画に登場し、世界中の軍隊で広く使われていた傑作アサルトライフル、M4カービン。
その名前を聞いた瞬間、ソフィアの無表情がパッと消え去り、いつもの嬉しそうな、どこかトゲのある過保護なお姉さんの笑顔が戻ってきた。
「ああ、あの『骨董品(アンティーク)』ですか! ええ、もちろんデータも現物もありますわよ、祐奈様。旧人類は、電磁気兵器に移行する直前まで、ずいぶんと長い期間……それこそ数百年間も、あの四角い機関部から筒が伸び、マガジンを下に挿すという基本形状の呪縛から抜け出せませんでしたからね。同じような設計思想の火薬式アサルトライフルなら、こちらに」
ソフィアがコンソールを叩くと、ラックの奥から、祐奈にとって見慣れた、しかし未来の洗練されたアレンジが加わった『M4によく似たライフル』がせり上がってきた。
「あ~っ! それ、私も見たことある!」
それを見るなり、ティーユが我が意を得たりとばかりに声を上げた。
「私のいた故郷の一般兵がよく使ってたよ! 軽くて、矢を放つよりずっと楽なんだよね」
「やっぱり、どの世界でもこの形が一番馴染み深いんだね」
自分のよく知るM4にそっくりの銃を手に取り、祐奈の心にようやく本当の安心感が広がる。
それをきっかけに、それまでの張り詰めた緊張感は完全に霧散した。
「これ、こうやって構えるんだよね?」
「いやいや、祐奈、そこはもっと脇を締めなきゃダメだって!」
見たことのある銃、扱いやすい銃を前にして、2人の会話はどんどん弾んでいった。
その後は、お互いに使い慣れたライフルを持ち合って、ホログラムのターゲットを競い合うようにして撃ち合い──それは訓練というよりも、完全に仲の良い友達同士のお遊びの領域だった。
バババババンッ! と、軽快な火薬の銃声が響くたび、ティーユの快活な笑い声と、祐奈の楽しそうな声が射撃場にこだまする。ソフィアも、そんな2人の様子をどこか呆れたように、しかし温かい眼差しで見守り、ナーサリーは楽しそうに手を叩いていた。
滅び去った人類の地下深く、不穏な世界の片隅で。
2人と2体のAIは、時間を忘れて、束の間の賑やかな放課後のようなひとときを過ごすのだった。