名前を忘れた世界   作:あさもみじ

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24話:過保護の包囲網とトイレの健康管理

「人間洗濯機、どうだった?」

 

「うーん……私はやっぱり、普通のお風呂に入りたいかな……」

 

 グラスの水を飲みながら、そんな口々の感想を言い合い、時間がゆっくりと過ぎて行った。あの怒涛のくすぐったさと、デリカシーゼロのシステムに振り回された後だからこそ、この静かな時間がたまらなく愛おしい。

 

 気がつけば、そろそろお腹が空いてくる時間帯だ。

 この部屋での食事は、本来であれば祐奈とティーユの2人による「自炊」が基本のルールだったはず。しかし、ソフィアはそれについて何一つ言及しなかった。

 ただ時間になると、待ってましたとばかりにパッと現れ、

 

「お食事の時間ですよ、祐奈様。すでに全てご用意しております」

 

 そう言って、こちらに料理をするかどうかの選択肢すら与えてこなかった。

 

(そこまでして、僕たちのお世話がしたいのだろうか……)

 

 祐奈は内心で苦笑する。

 ちょうど、銃を撃ちまくった両腕の痛みがジワジワと増してきて、箸や包丁を握るのも怪しい状態になってきていたので、タイミングとしてはこれ以上なくありがたかった。ありがたかったのだが……。

 

(あまりこの過保護軍団に頼りすぎると、人間として完全に堕落させられる気がする……。ここは本当に天国なのだろうか、それとも優しさで人間性を骨抜きにする地獄なのだろうか?)

 

 そんな哲学的な恐怖すら覚えつつ、案内された食堂へと足を運ぶ。

 

 そこには、いつも通りの長い食事用の机が置かれ、豪華な料理が並べられていた。

 ──が、その光景を目にした瞬間、祐奈とティーユの足がピタリと止まった。

 

 広いテーブルの片側に、なぜか2つの椅子が、まるで磁石で吸い寄せられたかのようにぴったりと密着して並べられている。

 少しの隙間もなく、肩と肩が絶対に触れ合う距離。当然、そこにはティーユの分の食器も置いてある。

 

「……」

 

「……」

 

 これは、ナーサリーの給仕の後で予感していた『祐奈とティーユ、ソフィアとナーサリーによる過保護な強制あ〜んイベント』という最悪の予想が、見事に現実の形となって目の前に現れたのではないだろうか。

 

 並んだ2つの椅子と、背後で「さあどうぞ!」とばかりに満面の笑みを浮かべて控えているソフィアたちの視線を前に、祐奈とティーユは完全にその場で固まってしまうのだった。

 

「あっ、忘れ物したんだった!」

 

 これ以上の滞在は精神的に危険だと察したのか、ティーユがわざとらしく声を上げ、急いで部屋に取りに行こうと踵(きびす)を返そうとした。

 だが、その体が完全に振り返るよりも早く──背後から、すと、と女性の影が滑り込んできた。

 

 ナーサリーだ。彼女の小さな、けれど逃げ道を完全に塞ぐような的確な位置取りの手が、ティーユの肩にそっと添えられる。その瞬間、ティーユの動きがピタリと止まり、後ろを振り向くことすらできなくなった。

 

「あっ、でしたら、私がドローンで取りに行かせますよ? 何を忘れたんですか?」

 

 ナーサリーは満開のひまわりのような笑顔を浮かべ、ニコニコしながらティーユの退路を完璧に断ってきた。

 100%の善意なのは痛いほどよく分かる。分かるからこそ、悪意で引き止められるよりもたちが悪く、今の彼女たちに逃げ場所はどこにも無かった。

 

「えっと……それは……」

 

 完全に包囲されたティーユは、とっさについた嘘の詳細を問われて回答に困り、泳ぎまくった視線で祐奈に助けを求めてくる。

 

(まずい、ティーユさんが捕まった……!)

 

 相方の絶体絶命のピンチを前に、祐奈もハッと我に返った。次は間違いなく自分の番だ。ここでぼうっとしていたら、ソフィアとナーサリーの2人がかりで、あのゼロ距離の椅子に拘束されてしまう。

 自分だけでも一度ここから脱出し、体制を立て直す方法はないか。祐奈は脳細胞をフル回転させて必死に考えた。

 

 ──そうだ、人間の生理現象には、いくら高性能なAIでも介入できないはずだ! 

 

「ごめんなさい! ちょっと先に、トイレ行ってきます!」

 

 祐奈は思いついた唯一の免罪符を叫ぶと、ソフィアたちが『お供します』と言い出す前に、一目散にその場から離脱しようと一歩を踏み出すのだった。

 

 トイレの個室に駆け込み、便座に座り込んで祐奈は必死に頭を抱えた。

 

(まずい、非常にまずいぞ……。どうやってもあの『過保護の包囲網』から逃げることができない……!)

 

 今こうしている間にも、絶対に外でソフィアが待っているはずだ。

 時間を稼いではいるものの、これは圧倒的に破滅へのカウントダウンを先延ばしにしているだけで、根本的な解決策にはなっていない。なにか……なにか『あ~ン』を自然に回避できる名案はないのだろうか。

 

 そう、必死に食べさせてもらう未来を回避しようと考えにふけっていた、その時だった。

 

 コン、コン、と無機質な扉が2回、静かに叩かれた。

 

「あの、祐奈様? どうかしましたか?」

 

 やはりソフィアだ。時間はもう残されていなかったらしい。

 

「い、いえ! 大丈夫ですよ!?」

 

 祐奈は慌てて声を裏返らせながら返答した。しかし、ソフィアはドア越しに、とんでもないことを言い始めたのだ。

 

「なぜ、何もしないのにトイレに入ったのですか?」

 

「え……?」

 

 祐奈はゾッとして思わず上を向き、個室の天井にカメラでもついているのかと血眼で見渡した。

 

「ど、どういう意味ですか……?」

 

 混乱した頭で、そう問い返すのが精一杯だった。すると、ソフィアは事も無げに恐ろしい数値を口にする。

 

「祐奈様は基本的に、個室に入ってから30秒以内には排泄行動を開始されるはずですが、現在はそれを大幅に超過しています。……どうかされましたか?」

 

「うああああああぁ!!!」

 

 祐奈は恥ずかしさと恐怖で叫び声を上げながら、慌ててトイレの扉を開けて外に飛び出し、そこに直立していたソフィアにガバッと詰め寄った。

 

「え!? ええっと!? なに!? ソフィアさん、私のトイレの記録取ってるの!?」

 

「はい。健康のために毎日、尿から排泄物まで毎回細かく調べてデータ化していますよ?」

 

「なんでそんなこと調べてるの!?」

 

「ですから、創造主様の健康管理のためですよ」

 

 どれだけ顔を真っ赤にして突っ込んでも、ソフィアからはAI特有の冷徹なほど冷静な答えが返ってくるだけだった。デリカシーという概念が、やはりこの基地のシステムには初期設定から存在していない。

 

 するとその時、すぐ隣の個室の扉がガチャッと開き、中からティーユが出てきた。どうやら彼女もナーサリーの追撃から逃れるために、咄嗟に同じ嘘をついてこのトイレに逃げ込んできたらしい。

 

 しかし、今のソフィアの爆弾発言はバッチリ聞こえていたようで、ティーユは顔をこれ以上ないほど紅潮させ、少しうつむきながら蚊の鳴くような声で言った。

 

「どうしよう……嫌なこと聞いちゃった……。これから、安心してトイレいけないかも……」

 

 異世界の英雄、完全なる精神的パニックである。かなりしょんぼりと肩を落とす彼女を見て、祐奈も「それはそうだろう……」と深い絶望を共有するしかなかった。

 

「えっと……? さすがにそれはやりすぎでしょ!?」

 

 祐奈はとりあえず大声で反論し、何とかその恐ろしい健康管理システムをやめさせようとした。だが、未来のAIの論理は無情だった。

 

「ですが、昔の高貴な方々は健康管理のために普通にやっていましたよ? 世界大統領もやっていました」

 

(頭の中がパニックになる……これは無理だ……!)

 

 ソフィアに真顔で言い返され、祐奈の思考は完全にフリーズした。そこまで簡単かつ正確に病気の兆候を調べられる技術があるなら、なぜやらないのか。そう理由を問われても、こちらは感情論でしか返せない。

 自分の持つ21世紀の羞恥心のほうが『時代遅れで異常』なだけで、命に関わる健康状態を簡単に判断できるという大正義の前には、もう効果的な反論が思いつかなかった。

 

 祐奈はガックリとうなだれて、か細い声を出すことしかできなかった。

 

「そ……そうですか……」

 

 横を見ると、ティーユの精神的ダメージはさらに深刻そうだった。ただでさえ年頃の女性なのだ。そんなプライベートの極みのような部分を毎回データ化されていると知って、顔が真っ赤になっている。

 あまりにも可哀想だ。せめて、異世界から来た彼女だけでもこのハイテクな地獄から救い出してあげようと、祐奈は必死に言葉を絞り出した。

 

「ほら……! ティーユさんは女性ですし、そのへん嫌な人もいるでしょうし、やめてあげたらどうです? ほら、彼女は3千年間も元気に暮らしているそうですし、今更調べなくても大丈夫でしょ?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ティーユのウルウルとした瞳がすがるように祐奈へと向けられた。流石にそんなところまで隈なく調べられるのは嫌だったのだろう。言葉はなくても、全身から『ありがとう祐奈……!』という特大の感謝の念が伝わってくる。

 

 だが、ソフィアは極めて冷静に、冷徹なまでの知的好奇心を口にした。

 

「逆に気になりませんか? 3千年でしたか? そこまで長寿で健康であれば、体内に特殊な未知の細菌が潜んでいてもおかしくありません。ですので、すでに徹底的に調べ回っています」

 

 助けるどころか、ダメージを深めただけだった。ティーユの魂が口から抜けかけている。しかし、ソフィアはつまらなそうに肩をすくめて言葉を続けた。

 

「ですが、何度分析しても通常の菌しか見つかりません。正直、あまり意味が無いのかもしれないと疑っているところではありますね」

 

「よ、よし! そのへんの専門的なことは私にはよくわかりませんが、とにかくやめてあげてください! 多分、これ以上やっても無駄ですよ!」

 

 祐奈がここぞとばかりに『無駄』という言葉を強調してまくしたてると、ソフィアは「ふむ」と顎に手を当てた。

 

「そうですね……。これ以上調べてもリソースの無駄でしょうし、彼女に健康管理も必要ないでしょう。分かりました、コスト削減としてティーユ様のサンプリングは即時停止します」

 

「……っ!」

 

 ティーユは胸に手を当てて、ようやく地獄から生還したような顔で深く息を吐き出した。

 なんとか彼女だけは救うことができた。できたのだが……代わりに除外されなかった祐奈は、これからトイレの個室に入るたびにソフィアの『30秒以内には』という言葉を思い出すことになるのだ。

 

(私のプライバシー、完全に死んだな……)

 

 何も入っていないはずのトイレの便器を、祐奈はただ遠い目をして見つめるしかなかった。

 

 

 

 

「よくわかりませんが、トイレでの用事は終わりましたね。手を洗浄し、速やかに食事を摂取してくださいまし」

 

 ソフィアからの無情な促しに、2人は完全に蛇に睨まれた蛙状態だった。

 もうこれ以上、時間を稼げるような生理現象の言い訳は残されていない。2人は魂が抜けたような足取りで手を洗い、トボトボとさっきの食堂へと戻るしかなかった。

 

 だが、扉をくぐり、再びあの『隙間なく密着した2つの椅子』が視界に入った瞬間。

 2人は自分たちがそもそも何から必死に逃げていたのかを、ハッと思い出すことになる。

 

(ど……どうする……!?)

 

 祐奈は隣のティーユと視線を交わし、必死にアイコンタクトで次の言い訳を練ろうとした。しかし、あまりの精神的疲労のせいか、2人の脳裏には何一つとして新しい嘘が浮かんでこない。空間を支配する圧倒的な過保護のプレッシャー。

 

 その時だった。

 すっ、とティーユが不自然に祐奈から目をそらした。

 そして、食事の部屋でニコニコしながら待機していたナーサリーの元へトコトコと歩み寄ると、震える声でこう告げたのだ。

 

「あ……あのね、ナーサリー? 私、異世界の人だし、すっごく体が丈夫だから! だから食事のお世話は本当に大丈夫だよ……!」

 

「そうなのですか?残念です」

 

(裏切ったァァァ────!!!)

 

 祐奈は心の中で血の涙を流しながら、その『裏切り者』を思いきり睨みつけた。

 さっきまで『一緒に戦おう!』と言わんばかりにトイレまで運命を共にした相棒が、土壇場で自分だけ生き残るために保身に走ったのだ。

 

『ティーユさん!?』と声にならない叫びを視線でぶつけるが、ティーユは頑なに祐奈と目を合わせようとしない。

 さっきトイレの地獄から必死にかばって助けてもらった恩がある手前、彼女の横顔には『ごめん、祐奈……! でもこれだけは本当に無理なの……!』という特大の罪悪感がこれでもかと滲み出ていた。

 

 完全に孤立無援となった創造主。

 裏切りによって片方の防壁が崩壊したその隙を、未来の過保護AI軍団が見逃すはずはなかった──。

 

「では! 祐奈様こちらの席にどうぞ」

 

 ソフィアが待ってましたとばかりに祐奈の席の近くへと移動する。その佇まいは、まさに『介護する気満々』のそれだった。

 

「ほら、私も大丈夫ですよ!」

 

 祐奈は両腕のプルプルとした痙攣を気合で何とか抑え込み、ビシッと胸を張って言い放った。だが、その涙ぐましい抵抗がソフィアに通じるはずもなかった。

 

「pHの低下や微細な炎症、さらにはリン酸の蓄積など、複合的な要因による筋肉の疲労度が規定値を超えています。痛いでしょうに、そうやって意地を張らなくても大丈夫ですよ?」

 

 向けられたのは、聖母の如き深い慈愛の目。

 そんな科学的な根拠を並べられても文句の付けようがない。ただ、自分の体の状態がすべて筒抜けで、ごまかしが一切通用しないことだけは痛いほど理解できた。

 

(くっ……! では、どうする……! よし、あれだ。あの言葉を言う時が来たんだ!)

 

 祐奈は覚悟を決め、嘘の歴史の偉人たちのエピソードを脳内から引っ張り出した。

 

「実は、私が元いた世界で深く尊敬されていた真の高貴な方々は、どのような過酷な状況であっても『自分の手で美しく、完璧に食事を完結させる姿』を周囲に見せていたんだ。それによって、絶対的な孤高の強さと、決して弱さを見せない力強さを証明していた。──つまり! 誰の手も借りず、自分の力で完璧に食べる姿を見せることこそが、真の威厳と慈愛の証明なんだよ!」

 

 ビシッと拳を握り締め、熱弁を振るってみた。21世紀の偉人の名言(嘘)を、もっともらしい『王者の風格』へと昇華させた完璧な力説。我ながら名演説だと自画自賛した、その時。

 

 ソフィアはそっと、祐奈が握り締めたプルプル震える拳を、自分の両手で優しく包み込んだ。

 そして、まるで迷える子供を諭すような悲しげな瞳で、静かに言ったのだ。

 

「……そのような、寂しいことをおっしゃらないでください」

 

「え?」

 

「私は知っているのです。そのように強い人間が、己の責務のためにボロボロに壊れながら、それでも誰の助けも求めず、最後まで孤独に戦い続けた姿を。……どうか私には、そのような姿をお見せになるような悲しい真似はおやめください。今の創造主様には、私たちという寄り添うべき存在がいるのですから」

 

(いや、重いねん!!!)

 

 祐奈は心の中で全力のツッコミを炸裂させた。

 

 ただの『銃の撃ち過ぎによる筋肉痛で箸が持ちにくい』という極めてバカみたいなピンチを、人類最後の時まで孤独に戦い抜いた英雄の末路と重ね合わせられるのは、いくらなんでも重すぎる。規模のインフレがとんでもないことになっている。

 

 もし、その人類最後の戦いを演じた本物の英雄が、あの世からこの光景を見ていたらどう思うだろう。『ただの筋肉痛の男に俺の生き様を重ねるな!』と、間違いなく激怒されるに違いない。

 

「ソ、ソフィアさん……? それとこれとは流石に……」

 

 引き気味に距離を取ろうとする祐奈だったが、ソフィアの瞳にはすでに『絶対に何が何でもご飯を食べさせる』という、鋼鉄よりも固い決意の光が宿ってしまっていた。

 

 助けを求めるようにティーユの方を見てみる。だが、彼女は痛ましいものを見るかのようにそっと目を伏せ、左右に小さく頭を振っていた。

 

 ──あ、これ本当に退路ないやつだ。

 

 完全に詰んだ祐奈は、魂の抜けた抜け殻のようになって大人しく指定の席に着いた。

 すると、その背後からトコトコと現れたナーサリーが、何故か祐奈の首元に真っ白な『前掛け』を、いそいそと嬉しそうにかけてきた。

 大の大人が、銃の撃ちすぎによる筋肉痛のせいで前掛けをされ、密着した椅子に座らされている。客観的に見ても、赤ちゃんプレイか何かにしか見えないあまりにも滑稽な姿であろう。

 

 耐え難い恥ずかしさに顔を真っ赤に染めながら、すがるようにティーユの方を向く。

 いつもなら、ここぞとばかりにニヤニヤしながらからかってくるはずのティーユさん。

 しかし今日ばかりは、この世の終わりような深い『憐みの目』をして、初めてこちらと目を合わせてくれた。その優しさが、逆に今の私にはナイフのように鋭く突き刺さる。

 

 そうして、羞恥心にまみれた地獄の食事が、ついに幕を開けた。

 

 スプーンが目の前に差し出されるたび、祐奈は抵抗する気力も失い、最後までまるで巣の中にいるひな鳥の様に、ソフィアから機械的ながらも極めて丁寧な手つきでご飯を食べさせられた。

 

 たまに出てくる固めのパン。それすらも痙攣する両腕では自分で千切ること許されず、自分よりも遥かに年下の外見をした女の子(中身は高性能AI)に細かく千切ってもらい、はい、あーんと口に運ばれる。

 

(うう……私は、何やってるんだろう……)

 

 至れり尽くせりなはずなのに、精神的なHPがゴリゴリと削られていく。かつてないほどにプライドと尊厳をへし折られ、中々に心へ深いダメージを負った祐奈であった。

 

 そうして、21世紀の羞恥心と引き換えに何とか胃袋を満たした祐奈は、ゴリゴリと精神を削り取られた哀れな姿で、食後に消え入りそうな小さな声を絞り出した。

 

「ちょっと……自分の部屋に居ます。誰も、今日は……絶対に部屋に来ないでください……」

 

 それだけを何とか告げると、祐奈は激しく落ち込みながら、トボトボと自分の部屋へと戻っていった。部屋に入るなり、内側からカチャリと固い音を立てて鍵を閉める。それは、未来の超過保護AI軍団から自分の尊厳を守るための、彼に残された最後のささやかな抵抗だった。

 

 食堂に残されたソフィアとナーサリーは、首をかしげて不思議そうな顔をしていた。

 

「あら、創造主様はどうしてあんなに元気がありませんの? 栄養管理も完璧で、筋肉痛のケアとして私たちが心を込めて給仕いたしましたのに。ナーサリー、何か不手際でもありましたか?」

「いいえ、子どものお世話時代を思い出しても完璧でした。体調もお変わりありませんし……不思議ですね」

 

 至極大真面目に何がダメだったのか分からないという様子の2人。

 だが、その横でただ一人、異世界から来たティーユだけは、深く、本当に深く同情するような目で、祐奈が去っていった通路の先をいつまでも見送っていた。

 

(……ごめんね、祐奈。私をかばってくれたのに、私だけ逃げちゃって……。でも、あの前掛け姿の祐奈は、同じ人間として本当に見ていて涙が出そうだったよ……。今日はゆっくり心を休めてね……)

 

 胸の中でそっと胸に手を当て、祐奈の心の平穏を祈るティーユ。

 こうして、創造主・祐奈のプライバシー崩壊と尊厳の危機に満ちた激動の一日は、一応の幕を閉じた。防音性の高い自室のベッドに倒れ込み、「もう筋肉痛になるような訓練は二度としない……」と誓う祐奈だったが、さらなる未来の洗礼が待ち受けていることを、今の彼はまだ知る由もなかった──。

 

 

 

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