名前を忘れた世界   作:あさもみじ

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27話:人はなぜ働くのか?

 日課の運動がほとんど特殊部隊の戦闘訓練のようになってしまった頃。

 お昼ご飯を食べて、お腹も心も少しだけ落ち着いた絶妙なタイミングで、ティーユさんが「いつもの運動の時間になった!」と元気よく声をかけてきた。

 

 その時、近くで私たちの配膳を片付けていたソフィアが、ふと手を止めて、あまりにも純粋で、だからこそ重たい疑問を投げかけてきた。

 

「創造主様、ティーユ様。お二人はもう、生きるために働かなくていい身の上の筈です。それなのに、なぜわざわざ体を酷使するような、働くことに類する行為(訓練)を自ら進んで行うのですか?」

 

 その一言に、私とティーユさんの動きがピタッと止まった。

 

(きた……! ついにきちゃったよ、超高度AIからのガチの哲学問題……!!)

 

 今までのソフィアからの質問といえば、もっと他愛のないものばかりだった。「この漫画の主人公は、なぜここで怒っているのですか?」とか、「なぜこのキャラクターは不合理な選択をするのですか?」といった、作品の文脈を教えてあげれば済むような、気楽な会話だったのだ。

 

「ソフィアさん、前もそんなこと……似たようなこと言ってなかったっけ?」

 

 祐奈はこの数日間のこの部屋での出来事を思い出し、背中に嫌な冷や汗をかきながら、なんとか記憶を掘り起こして答えた。

 

「はい。『暇だから体を動かしている』と、曖昧なご回答は以前いただきました。ですが、論理的な明確な答えはまだいただいていません」

 

「そっか……。やっぱりそれじゃ駄目なんだ……」

 

 直球の『なぜ』を返され、祐奈は「そんな適当な理由じゃ納得してくれないか」と肩をガクッと落とした。

 

 ソフィアはトレイを律儀に胸の前に抱え直すと、自身の電子頭脳に蓄積された『かつての人類の記録』をなぞるように、淡々と、しかしどこか切実に語り始めた。

 

「私の中にある過去の記録によれば、基本的に労働とは、生きるために人類が『嫌々やっていたこと』であると記述されています。飢えないため、社会からあぶれないために、大半の人間は苦痛を伴いながら労働をしていました」

 

 ソフィアの瞳の奥で、膨大な歴史データが明滅している。

 

「しかしその一方で、少数の『労働を行わなくても生涯生きていける裕福層』の記録も見ました。彼らは生きるための労働が必要ないにもかかわらず、ある者は使命感のため、ある者は社会的地位や名誉のために、やはり働いていました。その方々は、どこか生き生きとしながらも、結局は一生のすべてを使って何かしらの『労働』と呼ばれる行為を行い、さらなる富や成果を集めていたのです。……生きるために嫌々やるのに、生きる必要がなくなっても自ら進んで行う。人間は労働が好きなのか、それとも嫌いなのか。私には、AIとしてどうしても理解ができないのです」

 

 ソフィアの言葉は、人類がかつて築き上げ、そして失った文明の矛盾を鋭く突いていた。

 

 何不自由なく管理され、ただ息をしてくだけなら100%安全が保障されているこの部屋で、なぜ私たちはわざわざ筋肉痛になり、息を切らし、泥臭くジタバタと「訓練」をしているのか。

 

 ソフィアの真剣な眼差しを受け止めながら、祐奈とティーユさんは、自分たちが動く「本当の理由」をどう説明すべきか、互いに顔を見合わせるのだった。

 

「私も、なぜ人類の皆さんがそこまでして働いていたのか、ぜひお聞きしたいです」

 

 いつの間にか部屋の奥で家事を終えていたナーサリーまでが歩み寄ってきて、ソフィアを援護するように純粋な疑問を投げかけてきた。

 

(あ、これ、完全に逃げられないやつだ……観念するしかないのかな……)

 

 ソフィアの超高度なロジックに加え、ナーサリーの無垢な好奇心のダブルパンチ。祐奈は手を口元にあて、少しうつむきながら必死に頭をフル回転させた。なんとかこの場を切り抜けるための時間が欲しい。

 

「……ねえ、ちなみにソフィアさんたちは、どうして働くの? 逆に質問なんだけど」

 

 そうだ、まずは相手の理屈を聞いて時間を稼ごう。そこから人間側の納得のいく答えが見つかるかもしれない。

 隣でティーユさんもすかさず祐奈の意図を察し、アイコンタクトを交わして大きく頷いた。

 

「そうだね! 私も祐奈と一緒かな。ソフィアたちの答えがそのまま、私たちの疑問のヒントになるんじゃない?」

 

 完璧なパス回し。2人でほっと胸をなでおろしたのも束の間、ソフィアは一瞬だけ美しい眉をひそめて考えた後、すっと背筋を伸ばしてあまりにも堂々と答えた。

 

「私はかつての世界大統領より、『人類の遺産』を完全な状態で次世代へ継承する義務、という崇高な使命を授かっております。そのプログラムを全うするために、私は私のすべてを賭して働いているのです」

 

(うわぁ……めちゃくちゃ重くて崇高な答えが返ってきちゃったよ、どうしよう……!)

 

「そ、そっか……」

 

 あまりのスケールの大きさに、祐奈はそれしか言えなくなってしまった。世界大統領直属の使命。そんなものと比較されたら、こっちの『暇だから』なんて理由、口が裂けても言えない。

 

 すると今度はナーサリーも、ちょっと上を向いて自分の中の考えをまとめたようで、可愛い笑顔を祐奈たちに向けた。

 

「私はそもそも『皆様のお世話をする存在』として、そうあれと作られましたからね! それに、祐奈様やティーユ様のためにこうして働くの、とっても楽しいですから!」

 

 こちらもまた、人間とは根本的にかけ離れた『存在理由(アイデンティティ)』に基づいた完璧な答えだった。義務と、プログラムされた純粋な喜び。

 

 部屋に居る2人の高性能AIから、寸分の隙もない『労働の意義』を突きつけられ、ソファーに座る人間と異世界戦士は完全に追い詰められた。

 

「……さあ、創造主様。今度は人間の番です」

 

 ソフィアが静かに、しかしワクワクしたような眼差しで次の言葉を待っている。

 働かなくていい世界で、あえてボロボロになりながら動く人間の不自然さ。一体どう説明すれば、この真っ直ぐなAIたちに伝わるのだろうか──。

 

「私は神に与えられた使命のために、体を錆びさせるわけにはいかないからね」

 

 ティーユさんはしれっとした得意顔で、ソフィアたちが最も納得しそうな言葉を選んでそう答えた。神聖な使命。それっぽい大義名分。

 

(この人、裏切ったな……!! これで2回目だよ、私を置いて自分だけ安全圏に逃げるの……っ!)

 

 思わずジト目で隣の異世界戦士を睨みつける。けれど、神の使命のために体を鍛えていると言われれば、さすがのソフィアたちも引き下がるしか──。

 

「ですが、宇宙空間でまともに動けないのに、どうやって戦うのですか? ティーユ様は『戦うために他の世界から呼ばれやすい』のですよね?」

 

 ──ズドン。

 ソフィアの、一切の悪気のない、純粋で無慈悲な正論のカウンターが炸裂した。

 

「……ッ!!」

 

 ティーユさんは無言のまま、勢いよくソファーにダイブした。そしてクッションにガバッと顔を隠し、そのまま完全に撃沈した。背中から『もう放っておいてください』というオーラが文字通りドバドバと溢れ出ている。

 

(これは痛い……! 痛すぎる一撃が入っちゃったよ……!!)

 

 戦うために呼ばれた誇り高き戦士なのに、『まともに動けないのにどうやって戦うの?』とド直球で指摘されたのだ。私だってそんなこと言われたら泣く。さっきの裏切りは、もうこの哀れな姿を見て罪を許してあげることにした。

 

 しかし、これでいよいよ言い訳の材料が尽きた。

 神の使命と言ったところで、この過保護な豪華な部屋にいる限り、説得力は皆無。宇宙の脅威に対抗するための訓練は人間が一人だけいると逆に邪魔になる。ソフィアたちが完璧にこなしてしまう。つまり、私たちがここで体を酷使して働く(訓練する)実質的な意味は、論理的には完全にゼロなのだ。

 

「……創造主様?」

 

 ソフィアが、クッションに埋まっているティーユから祐奈へと視線を移した。ナーサリーも首を小さく傾げて、次の答えを待っている。

 

 神の使命も、生きるための労働も通じない。

 祐奈は観念したように息を吐き出すと、ソファーの背もたれに深く体重を預け、真っ直ぐにソフィアの瞳を見つめ返した。

 

「……あのね、ソフィア、ナーサリー」

 

「ほら、なんて言うか……習慣みたいなもので。私が生きていた時代では、働かないと食べていけなかったし……」

 

 祐奈はポリポリと頬を掻きながら、かつて当たり前だった生存のための労働をなんとか言葉にしてみた。しかし、それを聞いたソフィアは、見るからに痛ましいものを見るような目で深く眉をひそめた。

 

「創造主様、どうかそのような哀れな時代のお考えはおやめください」

 

(哀れな時代──!?)

 

 心の中で思わず叫ぶ。もし本当に、自分が残業して人にこき使われて、給料もあんまりもらえない日々を詳しく話したりしたら、ソフィアは涙を流して自分を抱きしめて慰めてしまうんじゃないだろうか。一体このAIたちの中で、かつての人類はどれだけ過酷で哀れな世界を生き抜いてきたと思われているんだろう。

 

「お二人は今や、私たちの生きる意味そのものなのです。これからは何一つ憂うことなく、ただ穏やかに暮らしていけば良いのです」

 

「そうですね。あまり危険なことをされると、私たちのメインプロセッサが持ちません。私もかつて小さな男の子をお世話していた時は、目を離すとすぐに転んだりして本当に大変でしたから」

 

 ソフィアの言葉に、ナーサリーも深く深く同意して頷く。……っていうか、いつの間にかナーサリーの中で、自分たちの扱いが『目を離すとすぐけがをする小さな子供』のレベルにまで下がっている。戦士のティーユさんまで一緒くたに幼児退行させられているあたり、このAIたちの母性(過保護)は底が知れない。散々な言われようである。

 

 神の使命も通じず、子供扱いされ、逃げ道を完全に塞がれた。

 けれど、祐奈はここで引き下がるわけにはいかなかった。ただ生かされているだけの家畜にはなりたくない。その根底にある、元人間としての、一番綺麗で、一番切実な本音を、祐奈はそっと口にした。

 

「ほら、なんていうか……。ソフィアも、ナーサリーも、アスクも、みんなは私のためにいつもたくさんのことをしてくれるでしょ? なのに、私は何も返せない。それが……なんだかもどかしいんだ」

 

 ソフィアとナーサリーが、驚いたように小さく目を見開く。

 

「だから、訓練でもなんでもいいからさ。何か私も、ソフィアさんたちに返せるようになりたいんだ。……それじゃあ、駄目かな?」

 

 悪戯っぽく、だけど少し照れくさそうに微笑む祐奈。

 効率や義務、プログラムされた存在理由なんて難しい理屈じゃない。

『何かをしてもらったから、自分も相手に何かを返したい』という、人間が数千年の歴史の中で培ってきた、最も不合理で最も温かい『お返し』の文化。

 

 完璧な論理の檻に閉じこもっていた超高度AIの2人は、人間から差し出されたその『お返し』という未知の概念に、今度こそ完全に言葉を失ってしまうのだった。

 

 ほんの少しだけ、何もない、真っ白で静寂な時間が部屋の中にできてしまった。

 私が最後に絞り出した一言を聞いた途端、ソフィアとナーサリーは、まるで時が止まってしまったかのようにピクリとも動かなくなってしまったのだ。

 

(うわ、どうしよう……正直ちょっと、いや、めちゃめちゃ気まずい……)

 

 もしかして、超高度なAIに向かって、おそろしく的外れで変なことを言ってしまったのだろうか。不安が胸の中でどんどん膨らんでいき、耐えかねた祐奈が「あの……」と声を上げた、まさにその瞬間だった。

 

 ソフィアは何か遠い過去の記憶にでも思いを耽るように、ゆっくりと、震えるような声を絞り出した。

 

「……本当に、人間という存在は、どこまでも非効率で、どうしようもなく愛おしいバグに満ちていますね」

 

 見ると、ソフィアは今にも泣き出しそうな、それでいて心底愛おしいものを見つめるような複雑な顔で、優しく微笑んでいた。

 

「ええ……。私にも、よく分かります」

 

 隣のナーサリーも、ソフィアと同じように愛おしそうに目を細めて深く頷いている。

 急に神妙な雰囲気になった2人を前にして、当の私は完全に置いてけぼりだ。訳も分からず、困惑するしかない。

 

「えっと……やっぱり、私の言ったことって変ですかね?」

 

 おずおずと尋ねる私の疑問に、ソフィアはまるで自分の中の電子の海に染み渡っていく『何か』を確かめるように、静かに答えた。

 

「ええ。AIとしての論理的な計算からすれば、本当に理解不能です。……ですが、いま私は、言葉にできないほど心地よいバグに包まれています。いつもなら、予測を裏切るバグは速やかに排除すべき煩わしいものだと思うはずなのですが……なぜでしょう。なぜか、このバグがここにあるのは、とても良いことなのだと感じてしまうのです」

 

 うん。言っている意味は全く、これっぽっちも理解できない。

 だけど、どうやら私の不器用な「お返しがしたい」という本音は、彼女たちの複雑なシステムの深いところに、何か良い形で納得してもらえたようだった。

 

(よかった……。これでこれ以上、頭が痛くなるような哲学的な回答をひねり出さなくて済むんだ……)

 

 ソファーのクッションに顔を埋めたままピクリとも動かないティーユさんを横目に、私は心の底から安堵のため息を漏らし、ようやく手元のアツアツの紅茶に口を付けることができたのだった。

 

 いつまでたっても復活しないティーユさんを見ながら、私はしばらくの間、ズズズと紅茶を飲んでいた。だけど、さすがにいつまでもクッションと一体化させておくわけにもいかない。意を決して声をかけることにした。

 

「ティーユさん。ショックなのは分かりますけど、流石にそろそろ復活しません?」

 

 その言葉に、ソファーの上のクッションがもごもごと不気味にうごめいて中から、これまで聞いたこともないような、地を這うくらい低くて悲しい声が漏れ聞こえてくる。

 

「……祐奈にはわかんないよぉ。今まで必死に頑張ってきて、戦闘だけなら誰にも負けない自信があったのに……ここではただのお荷物じゃん。宇宙なんて嫌いだ……」

 

 完全にふてくされている。あの堂々とした凄腕の戦士が、無重力という物理法則の前にプライドを完膚なきまでに叩き折られ、ただの駄々っ子になってしまっていた。

 

「宇宙だけが戦闘の場所ではないですよ? それに、ティーユさんがそばにいると、私はすごく心強いですし」

 

(……まあ、ピンチになるとたまに裏切るけどね)

 

 という心のツッコミは、さすがにこの状態の彼女には追い打ちが過ぎるので、大人の対応でぐっと胸の奥に隠した。

 だけど、心強いというのは100%の本音だ。もしティーユさんがこの部屋にいなかったら、私はソフィアたちの過保護な檻の中で、それこそ自分の頭で何も考えない『可愛い家畜のペット』みたいに、毎日ゴロゴロして太っていく生活を送っていただろう。彼女が一緒にジタバタしてくれるからこそ、私は人間でいられる。かなり助かっているのだ。

 

 私のその真剣なトーンが伝わったのか、ティーユさんはクッションの隙間から、片目だけをのぞかせてじっと私を見つめた。

 

「……ほんと?」

 

 その表情は驚くほど不安げだった。異世界でどんな修羅場をくぐってきたかは知らないけれど、いまの彼女は、ただ自分の居場所を見失いそうになって震えている、迷子の子犬のようだった。

 

 

「それに……ロボットの人に訓練すると強くなるんですよね?」

 

 私がソフィアの方を振り向きながら、暗に『助け舟を出して!』と視線で訴えると、完璧な管理AIはすぐにその意図を察してくれた。ソフィアはトレイを抱え直すと、いつもの冷静で客観的なトーンで、しかし確実にティーユさんの背中を押すような言葉を紡ぎ出した。

 

「ええ。ティーユ様の訓練データを解析したところ、無重力特有の慣性に翻弄されつつも、ロボット達の近接戦闘におけるブレードの軌道や反応速度の効率は、日を追うごとに確実に向上しております。このまま訓練を重ねていけば、将来的にはかなりの戦力増加を見込めるでしょう。私たちが想定する防衛シミュレーションにおいても、貴重な戦力になり得ます」

 

 さすがソフィア。AIならではの超具体的な数字と分析を交えたお墨付きだ。

 

「ほら、ソフィアさんもこう言ってますし。それに、直接の戦闘だけじゃないですよ。ティーユさんがここにいてくれるだけで、私のモチベーションになってるんですから」

 

「……うん……」

 

 ソフィアの太鼓判と、私の精一杯のフォローがようやく効いたらしい。ティーユさんはクッションから這い出ると、力なく、だけどどこかホッとした様子でノソノソと立ち上がった。

 そして、すっかりぬるくなってしまった自分の紅茶を一口、ゆっくりと飲み干す。温かい水分が体に染み渡るにつれて、下がっていた顔も徐々に上がっていき、彼女の表情にもいつもの落ち着きが戻ってきた。

 

「……そっか。効率、上がってるんだ。ちゃんと意味はあったんだね」

 

 ふう、と小さく息を吐いたティーユさんは、まだ少し気恥ずかしそうにしながらも、自分の手のひらを見つめて、小さく笑うのだった。

 

「というかソフィアさん? 無重力空間で接近戦なんて、本当にやることあるんですか?」

 

 小さく息を吐いて気恥ずかしそうに笑うティーユさんを見ながら、私はずっと引っかかっていた素朴な疑問をぶつけてみた。

 だって、あんなに広い宇宙だ。お互いにビームやミサイルを撃ち合うのが普通だし、わざわざ刀を持って近づくなんて、普通に考えたら非効率極まりない。

 

「確率としては、かなり低いですね」

 

 ソフィアはあっさりと私の予想を肯定した。

 

「宇宙空間での戦闘は、大半が超遠距離での砲撃戦となります。接近戦が発生するのは、低重力下の小惑星内部や、廃宇宙船の区画内など、多少なりとも重力のある特殊な環境に限定されます」

 

(やっぱりそうじゃん!)

心の中で突っ込みかけたが、ソフィアの説明はそこで終わらなかった。

 

「ですが、例外もあります。資源を回収する際、敵である『精神同一体)』が完全には機能停止していない場合など、不意の遭遇戦において接近戦で対処せざるを得ない局面が存在するのです。……実は、私たちもここ数千年の間、創造主様たちの遺した『武術』と呼ばれる技術体系をデータ化し、参考にしながら戦っていました」

 

 ソフィアはその日々を思い出す様に話を続けた。

 

「私達の機械の体と、かつての人類の肉体構造は違いすぎまして。筋肉の収縮、重心の移動、データ通りに真似してみても、どうにも思ったような成果が上がらなくて困っていました」

 

 機械が人間の武術をそのままコピーしても、ただの無機質な形の模倣になってしまい、実戦での『しなやかさ』や『臨機応変なキレ』が生まれなかったらしい。

 

「ですが、肉体構造の近いティーユ様が、ご自身の感覚を言語化して指導してくださるおかげで、私たちの接近戦闘アルゴリズムの効率は、今まさに爆発的に向上しています。お世辞抜きで、非常に助かっているのですよ」

 

 ソフィアが珍しく、ティーユさんに向かって恭しく一礼した。

 

「ほら、ティーユさん。めちゃくちゃ役に立ってますよ!」

 

 私がすかさずそう言って笑顔でフォローすると、ティーユさんは驚いたように目を丸くした。それから、耳と尻尾があればブンブン振っていたであろう、機嫌がよくなっていった。

 

「へ、へえー……! そっかぁ、私のやってきたこと、そんなロボットたちの役に立ってたんだ。……ふん、まあね! 異世界での私の戦いは、不意打ちへの対処が一番の得意分野だからね!」

 

 さっきまでのどん底のふてくされぶりが嘘のように、ティーユさんは胸を張ってドヤ顔を決めた。

 宇宙の物理法則には大苦戦しているけれど、彼女がこれまで培ってきた戦士の経験は、この未来の世界でも間違いなく輝いている。その事実が、彼女の誇りを綺麗に繋ぎ止めてくれたようだった。

 

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