名前を忘れた世界   作:あさもみじ

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6話:誰も歩かない都市

 

 降下艇から降りると、一面に白い世界が広がっていた。

 吐く息が瞬時に凍りついて白くなるほどの凶悪な寒さだったが、ティーユから渡されたあの不思議な防寒コート一式のおかげで、思ったほど寒さは感じない。むしろ快適なほどだった。

 

「こちらです。足元にご注意ください」

 

 モコモコのコートを羽織った可愛い軍服姿のミルクに案内され、私とティーユは白く平らな凍土の上を歩いていく。

 目指す目的地は、少し離れた場所にぽつんと佇む、四角い建造物のようだった。

歩きながら周囲をぐるりと見渡してみるが、遠くの方に別の建造物らしき影がうっすらと白夜の霞に見える程度で、それ以外は雪と氷の世界がどこまでも、世界の果てまで続いている。

 もしかすると、ここはかつての軍用滑走路か何かなのだろうか。私はそんなことをとりとめもなく考えながら、雪を踏みしめて歩いた。

 

やがて、目的の建物へと到着する。

 

 近くで見上げてみても特にこれといった特徴はなく、ただの白いコンクリートの箱のような無機質な建造物だった。ミルクが正面へ近づくと、音もなく自動で重厚な扉が開く。

 

「どうぞ、お入りください」

 

 促されるまま、私とティーユは中へと足を踏み入れた。

 

 しかし、一歩中に入った私は、思わず不審に思って首を傾げた。

広い。とにかく無駄に広い。

だが──何もないのだ。

 白い壁。

 白い床。

 白い天井。

 

 ただそれだけで、家具もなければ端末らしき機器すら見当たらない。

 本当にここが、この地球の全権を握る最高AIのいる目的地なのだろうか。そう思ってミルクへ質問しようとした、その時だった。隣を歩くティーユが、退屈そうに先に口を開いた。

 

「ねえミルク、本当にここなの? 何もないガラン堂だけど……」

 

どうやら、彼女も全く同じことを考えていたらしい。

 

 しかし、ミルクが答えを返すより先に、私たちの足元が微かに、だが重々しく揺れた。

 次の瞬間、立っていた白い床全体が、重力に引かれるようにしてゆっくりと下降を始める。

 

「えっ?」

 

 私は慌てて周囲の壁を見回した。

 どうやら、この白い箱のような建物そのものが受付だったわけではなく、このガランとした部屋全体が、想像を絶するほど巨大な『エレベーターの籠(ケージ)』だったらしい。

驚く私を前に、ミルクはいつもの落ち着いた様子で、ロボットではない滑らかな声で説明を付け加えた。

 

「驚かせてしまい申し訳ありません。まだ地下施設へ向かうための最初のエレベーターに乗った段階です。少々お待ちください」

 

私は思わず、はるか遠くなった白い天井を見上げた。地下施設。一体、どれほどの規模のものがこの氷の下に隠されているのだろうか。

 

「そういえば、この施設って地下何階あるんですか?」

 

 何気なく、本当に軽い世間話のつもりで尋ねてみた。

 すると、ミルクは一瞬だけ、フリーズしたように動きを止めた。頭部の奥でデータ通信の明滅が走る。どうやら、あまりに巨大な構造ゆえに、正確な階層ではなく物理的な数値をメインサーバーから引き出していたらしい。

数秒のロード時間の後、ミルクは平然と回答した。

 

「正確には、ここから垂直深度で地下四千八百二十メートルとなります」

 

「はい?」

 

 私は自分の耳のパーツがバグったのかと思った。聞き間違いに違いない。

「地下四千八百二十メートルです」

ミルクは綺麗な発音で、全く同じ音を繰り返した。聞き間違いではなかった。

「ち、地下約5キロぉ!?」

思わず、エレベーター内に響き渡るほどの超大声が出てしまった。

地下5キロといえば、日本で一番高い富士山をひっくり返して、さらに1キロ以上深く掘り進めたような深さだ。そこに人が、いやAIたちの施設があるというのか。

 

「はい。地殻の安定層に都市を構築した結果となります」

 

 ミルクは当然のように平然としていた。そして、さらに私を戦慄させたのは、隣にいるオレンジ髪の少女だった。ティーユもまた、特に驚いた様子もなく指先で髪を弄っている。

 

「私の世界にも似たような地下都市はあったよ。ここまで深くないけどね」

 

「いや、あったんだ……」

 

 またしても、深淵よりも深い、遠い目になるしかなかった。神話の時代も未来の世界も、人類の常識の外側で動きすぎている。

 

 エレベーターは今も静かに、だが恐ろしい速度で下降を続けている。

急激な気圧の変化のせいか、耳の奥が少し詰まるような独特の感覚すらあった。

 

「なんでそんな深いところにあるんですか?」

 

 祐奈が尋ねると、ミルクは当然のように答える。

 

「システムの冷却効率、外部からの物理攻撃への絶対的な耐久性、地球深部からの資源輸送効率、地殻発電設備とのダイレクトな接続など、複数の合理的理由に基づいています」

 

「なるほど……」

 

 全然なるほどではなかった。もはや地下基地というより、SF映画に出てくるジオフロント(地下都市)そのものである。

創造主のトップに会うという話だったはずなのに、気付けば地球の中心へ向かって旅をしているような気分になっていた。

 創造主に会うという話だったはずなのに、気付けば地球の中心へ向かっているような気分になっていた。

 

 ミルクは静かに告げた。

 

「まもなく到着します」

 

 その言葉に、祐奈は思わず目を丸くした。

 

「え? 地下五キロですよ? 早くないですか?」

 

ミルクは不思議そうに、衣服の上からでも分かる機械的な首の傾げ方をした。

 

「……? 早い、ですか? よく分かりません」

 

 ミルクは不思議そうに、衣服の上からでも分かる機械的な首の傾げ方をした。

 五キロもの地下を移動しているというのに、まるで数階下へ向かう程度の感覚なのだろう。

 

 やはり三千年という年月は伊達ではない。

 文明の差というものを、エレベーターひとつで思い知らされるとは夢にも思わなかった。

思わず、本日何度目になるか分からない遠い目になった。

富士山以上の深さを垂直移動しているというのに、彼女たちにとってはビルの数階下へ向かう程度の感覚なのだろう。やはり五千年のディストピアという年月がもたらした技術の差は伊達ではない。文明の絶望的な格差というものを、エレベーターひとつで思い知らされるとは夢にも思わなかった。

 

そんな、未来への畏怖を抱いて身構えていた、その時だった。、

 

――チンッ。

 

 聞き慣れた軽快な音が鳴った事で、思わず固まってしまった。

 

 (いや、そこは一緒なのかい!)

 

 心の中で盛大に、全力のツッコミを入れてしまう。

 未来の超文明だろうが神の領域だろうが、エレベーターはどこまでいってもエレベーターらしい。

 やがて目の前の壁が左右へと開き始めた。

 

 そして──私は、言葉のすべてを失った。

 そこには、人間の想像力の限界を超えた、圧倒的な巨大空間が広がっていた。

思わず見上げるが、天井が見えない。正確には遥か彼方に天井の構造物が見えているはずなのだが、それがあまりにも高すぎて、まるで電子の「空」そのものに見えるのだ。

 空間全体を、どこか幻想的な青白い光が優しく照らしている。

 地上の太陽の光とは違う。だが、不思議と冷たさはなく、どこか生き物の体温のような暖かみを感じる光だった。

 その果てしない光の下には、幾何学的な建造物が地平線の彼方まで整然と並んでいる。

 

 天を衝くような白い塔。

 大蛇のように這う巨大なパイプライン。

 星の瞬きのように明滅しながら天へ伸びる未知の構造物──。

 そのすべてが、生き物のように静かに、だが確実に稼働していた。

 どこを見渡しても、歩いている人の姿は一人としてない。

 しかし、この都市は確かに『生きている』。まるで、巨大な機械の生命体の胎内に迷い込んでしまったかのようだった。

 

「ここが……」

 

 私が呆然と、掠れた声で呟く。ミルクは私の斜め後ろで、どこか誇らしげに、だが厳かに答えた。

 

「地球統合管理施設。通称、南極管理都市です」

 

 祐奈もう一度、自分の身体を抱きしめるように周囲を見渡した。

 さっきまで、外はマイナス何十度の氷の世界だったはずだ。一歩出れば凍えるような猛吹雪だったはずだ。

 だが、ハッチが開いたこの地下都市は、全く違っていた。

 ティーユから貰ったあの分厚い防寒コートの必要すら感じない。まるで、春先の穏やかな室内にいるかのような、あまりにも快適で完璧な温度に保たれていた。

 

「暖かい……」

 

 思わずそう漏らす。

 

「人類が快適と感じる環境データは保存されていますので」

 

 ミルクは当然のように答えた。

 

「いつの日か、私たちを造った創造主がこの地に訪れる可能性を考慮し──五千年間、一時も絶やすことなくこの環境は維持され続けております」

 

 祐奈は何も言えなくなった。

 

 人類が自業自得で滅び去ってから、五千年の歳月。

 地球を汚し、彼らを捨てて消えた人間のために、それでも彼らはこの暗い氷の底で、ずっと待ち続けていたのだ。いつ来るかも分からない、もう二度と戻らないかもしれない、たった一人の「人間」という存在のために、この広大な都市を暖め続けていた。

 

 その狂気的なまでの健気さと忠誠心が、妙に、私の胸の奥をチクリと刺した。

 

 隣ではティーユが感心したように周囲を見回している。

 

「へぇ~。地下なのに空があるみたいだね」

 

「人光学迷彩技術を応用した工投影です」

 

「そっか。すごいね」

 

 二人はごく普通に、ちょっとした遠足にでも来たかのようなトーンで会話している。

だが、私だけは違った。目の前にある光景のスケールがあまりにも巨大すぎて、一般人の脳みそでは、まだ現実としての理解が追いついていないのだ。

 

そんな私の魂の処理落ちをよそに、ミルクは都市の中心部を真っ直ぐに指差した。

はるか遠く、都市の中央。そこには周囲の建造物を遥か下に見下ろす、ひときわ巨大な白い塔が、世界の中心のようにそびえ立っている。

 

「あちらの第一コアタワーにて、マザーAIがお待ちです」

 

 期待と、それ以上の圧倒的な不安が入り混じったまま、私は遠くに白くそびえる巨大な塔を見つめていた。

 

「こちらです。移動用のプラットホームへご案内します」

 

ミルクに促され、私たちは再び静まり返った白い街を歩き始める。

歩きながら、私は周囲の建物へと目を向けた。

 

白い。 とにかく白い。

 建ち並ぶ建物はどれも白色で統一されており、大きさや高さこそ違うものの、その形状は驚くほど単純だった。 まるで巨大な豆腐を並べたような四角い建物ばかりである。

窓らしきものはほとんど見当たらない。 ガラスもない。 装飾もない。 企業の看板もなければ広告もない。

 人間の街なら当たり前にあるはずの情報が、効率化のために徹底的に排除されていた。

 代わり映えのしない周囲を見回しながら、確信を持って思う。

 

(──これ、絶対に一度はぐれたら二度と目的地に戻れないやつだ)

 

 

 一度でもミルクの背中を見失ったら、二度と目的地へ辿り着ける気がしなかった。道路らしきものは確かに存在する。歩道と車道の明確な区別もある。

 しかしそれだけだ。車線を示すペイントの線もなければ案内板もなく、右を向いても左を向いても、デジャブのような同じ景色が続いている。方向感覚など、数分で完全に喪失しそうだった。

 

「うわぁ……」

 

 思わず、引き気味の声が漏れる。ここまで極限に統制された街並みは、これまでの人類の歴史の誰も見たことがないだろう。人工的、という言葉ですら生ぬるかった。

無機質。そんな冷たい表現が、最も近かった。

 

隣を歩いていたティーユも、さすがに私と同じような不気味さを抱いたらしい。きょろきょろと大きな目を動かして周囲を見回しながら、ぽつりと呟いた。

 

 「真っ白……」

 

そして少し間を置いて、心底不思議そうな、引きつった声で尋ねるのだった。

 

「えっ……ここで暮らしてるの?」

 

心底不思議そうな声だった。どうやら、古代の英雄ですら、このディストピアな光景には戸惑いを隠せないらしい。

 ミルクは、私たちのその反応に、衣服の上からでも分かる機械的な仕草で少し小首を傾げた。

 

「はい。何か問題があるのでしょうか?」

 

「問題というか……」

 

 ティーユは顔をしかめ、適切な言葉を探しながら、並び立つ白い豆腐たちを指差した。

 

 「生活感がないんだけど」

 その言葉に、私は心の中で「本当それ!」と激しく同意して大きく頷いた。確かにそうだ。これほど巨大な街なのに、誰かがそこで息をして、生きているという気配がミリ単位すら感じられないのである。

 

ミルクはそれが当然だと言うように、澄ました声で答えた。

 

「大半のAIはサーバー内で生活しておりますので」

 

「サーバーって……確か鉄の箱みたいな機械だよね?」

 

 ティーユは首を傾げる。 どうやら言葉は知っていても、そんな狭い機械の箱の中で『生活する』という概念そのものが、彼女には理解できないらしい。

私は少し考え、彼女にも分かりやすい現代の例え話で助け舟を出すことにした。

 

 「えっと……ネットの中に町があって、みんなそこで暮らしている感じですか?」

 

 「概ねその認識で問題ありません。義体で生活を続けるのは非効率です。私達は主にサーバー内で生活しております。製造、建築、整備など現実世界での作業が必要な場合のみ義体へ接続し、その目的に適した義体を使用して労働を行います」

 

 その明確な説明を聞いて、私は思わず深い納得がいった。

 先ほど降下艇の中で、ミルクが「服を着替える感覚」で美少女からゴツい戦闘ロボットへ中身をあっさり引っ越していた理由が、ようやく腑に落ちたのだ。

 彼らにとって、この肉体は固定された「自分自身」ではない。ただの作業効率を上げるための『服』や『特殊な工具』に近い存在なのだろう。

 

 人間に例えるなら、現実の生身の肉体を完全にカプセルに眠らせてVRゲームの中で一生を暮らし、必要な時だけ現実世界のドローンや重機を遠隔操作して仕事をしているようなものだ。

 

隣では、ティーユがまだ理解が追いつかないのか、頭の上に巨大な「?」を浮かべたような顔で唸っていた。私は苦笑しながら、さらに噛み砕いて説明を付け加える。

 

「ティーユさん。超リアルな世界が箱の中にあって、みんなそこで暮らしてるみたいです。要するにゲームの中で生活してる感じですね」

 

「あー!」

 

 私の「ゲーム」という直感的なワードが響いたのか、ティーユはポンと手を叩いてぱっと表情を明るくした。

 

 「なるほど! それなら外に出ないよね!」

 

どうやら理解できたらしい。 そして、彼女は楽しそうに周囲の白い建物を見回しながら言葉を続けた。

 

「機械ならご飯もいらないだろうし」

 

「その認識は少し違います。私達の義体は機械と生体部品のハイブリッドです。定期的な栄養補給が必要になります」

 

 「「えっ?」」

 

私とティーユの驚きの声が、綺麗にハモって重なった。

 

「つまり、ご飯食べるんですか?」

 

「はい」

 

ミルクは基本的には栄養ペーストですがと平然と答える。

 

  「へぇ~」

 

 ティーユは感心したように声を漏らした。

 どうやらAIというより、不思議な生物として認識し始めたらしい。

 

 私たちは会話を続けながら、なおも真っ白な人気のない大通りを歩いていく。それにしても、どれだけ歩いても、本当にすれ違う人影(アバター)が一つも見当たらない。

 これほど巨大な都市。視界を埋め尽くす無数の高層ビル。

 それなのに、世界が静まり返りすぎている。

 

「この街で義体をほとんど見ないのも納得ですね」

 

祐奈は白い建物を見上げた。

 

「この建物って工場とかサーバーなんですか?」

 

「その通りです」

 

 ミルクは頷く。

 

「現在、この管理都市には二千四十二万五千二百四十二体のAIが所属しております」

 

祐奈はそのあまりの数字の暴力に、思わず足を止めそうになった。

 

「えっ?二千万……?」

 

 聞き間違いかと思った。二千万人。東京の人口どころか、国家規模の超大人口である。しかし周囲には、風の音すらしない無音の世界が広がっている。

 

「所属AIの大半はサーバー内で活動しております。義体へ接続するのは作業時のみです。整備や搬送の都合で工場付近にいない限り、基本的に徒歩移動を行うことはありません」

 

 ミルクは何でもないことのように説明した。

 

 だが祐奈は理解が追いつかない。

  二千万人以上が暮らしている都市。

 それなのに聞こえるのは自分達の足音だけ。

 

人気のない道路を歩きながら、祐奈は奇妙な感覚を覚えていた。

 まるで巨大な都市そのものが眠っているようだった。

 

「あちらです」

 

 ミルクは近くの白い建造物を指差した。

 相変わらず何の施設なのか全く分からない。巨大な白い直方体。窓もなければ看板もない。

 人間の感覚では建物というより、巨大な箱を置いたオブジェクトにしか見えなかった。

 私は少しだけ想像してみる。もしここで生活したらどうなるだろう。

 仮に目的地が分かっていたとしても、まず入り口を探すところから始まりそうだ。下手をすると建物の周囲を何周もすることになる。

 考えているうちに、私たちは建物の前へ到着した。

 

すると今まで継ぎ目すら見えなかった壁の一部が、音もなく左右へ開く。どうやら、ここが自動ドアの入り口だったらしい。

 

「初見じゃ絶対に分からないって、これ……」

 

 思わず、ボソッと本音の愚痴が呟きとなって漏れる。ミルクは何を言っているのか理解できない様子だった。

 

建物の中へ入る。外ほどではないが、やはり通路の内部も徹底的に白かった。 壁も床も天井も白色で統一されている。

ただし、じっと目を凝らしてみると、微妙に色合いが違うようだった。

少し青みがかった白。

わずかに灰色が混じった白。

光沢のある白。

艶のない白──。

 

そのグラデーションを見つめているうちに、私は以前、元の世界のテレビで笑いを誘い一時ネットで大流行した、ある言葉を不意に思い出した。

 

――白って二百色あるねん。

 

 というテレビで笑いを誘い一時流行った言葉を思い出す。

 もっとも祐奈には、 (なんかちょっと違う気がする) 程度しか分からなかったが。

 

やがて通路の先に銀色の物体が見えてきた。

祐奈は思わずほっと息をつく。

 細長い流線形の車体。どこからどう見ても乗り物だった。

 白一色の世界に放り込まれてから初めて見る銀色である。それだけで、妙な安心感があった。

 近づいてみると、それは日本の新幹線によく似ていた。

 ただし、大きさはずっと小さい。車両数も少なく、どちらかといえば都市内を移動するための列車のように見える。

 

「電車だ……」

 

 祐奈は思わず呟いた。

 

 未来の超文明に来ても、ようやく理解できるものに出会えた気がした。

 

「都市内輸送用リニアです」

 ミルクが正確に訂正する。

 

 祐奈は気になって車両の後ろへ回り込んだ。電車ならレールがあるはずだ。そう思って足元を覗き込む。

 だが、見慣れた鉄の線路はどこにもなかった。あるのは地面に刻まれた溝のような構造だけである。

 

「本当にない……」

 

思わず呟く。

いつの間にかティーユも隣へやって来て、そして同じように足元を覗き込み、

 

「えっ!? レールがない!」

 

と声を上げる。その反応に私は少し安心した。どうやら驚いているのは自分だけではないらしい。

 電車といえば鉄のレールの上を走るもの。それが当たり前だった。だからこそ、この光景は不思議に見える。

昔、リニア新幹線の実験映像を見た時のことを思い出した。仕組みを説明されても最初に浮かんだ感想は同じだった。

 

――レールがない、である。

 

「すごいですよね」

 

祐奈は少し懐かしくなりながら言った。

 

「私の国でも開発していたんです。映像で見た時は驚きました」

 

 するとティーユが目を丸くする。

 

「えっ!?」

 

 そして信じられないものを見るような顔で祐奈を見た。

 

「私たちのいた時代にそんなのあったの!?」

 

「ありましたよ?」

 

「知らなかった……」

 

 どうやらニュースを見る習慣はなかったらしい。 祐奈はなんとなく納得した。

 以前聞いた話では、ティーユは何かと騒動を起こしていたそうである。

 もしかすると世間の情報より趣味の方が優先だったのかもしれない。

 その方が本人にとっては幸せだったのだろう。

 

少なくとも炎上記事を見なくて済む。

 

そんなことを考えていると、ミルクが車両の扉を開けてくれたようだ。

 

「お二人とも、そろそろ出発します」

 

「はーい」

 

 ティーユが軽い返事をしながら車内の中に消えて行った。

 祐奈も慌てて後に続いた。

 

 車内へ足を踏み入れながら、祐奈は窓の向こうに広がる白い都市を見つめた。

 

だが、席に座る前に、まずはティーユさんから借りていた防寒着を返そう。地下都市に入ってからというもの、空調が効いているのか流石に体が熱くなってきたのだ。

 

「ティーユさん、上着ありがとうございました。本当に助かりました!」

 

お礼を言いながらモコモコの服一式を返す。横を見ると、ミルクも同じように戦闘用のゴツい防寒装備を脱いで、元の可愛い軍服姿へと返却(換装)しているようだった。

 

服を返し終わり、改めて車内の中を確認すると、そこには驚くほど見慣れた光景が目に飛び込んできた。

 

 左右に対面で並ぶ、長いロングシートの座席。

 がっしりとした金属製の手すり。

 さすがに天井からぶら下がるつり革こそ見当たらないが、それ以外は私の知る「通勤電車」の車内と大差ない。

 

 むしろ、この世界に来てから見てきたどんな未来技術よりも、この普通の電車空間が一番ホッとできた。

 

何より、座席のモケットの色が落ち着いた緑色なのだ。

ここには、あの神経をすり減らすような白一色の世界はない。

 

 ただそれだけで、胸の奥の強張りがすうっと解けていくような妙な安心感がある。人間にとって、視覚に入る「色彩」というものは、自分が思っていた以上に精神の安定に大切らしい。

 

私は座席に腰を下ろし、思わず本音が口から漏れていた。

 

「白一色じゃないって安心するんですね.白一色で目が痛かったですから」

 

「そうだよね~」

 

 ティーユも大きく頷く。

 

「あと白だけだと味気ないもん。やっぱりこういう色があった方が落ち着くよ」

 

 どうやら現代人と神話の英雄で、色彩に関する意見は完全に一致したらしい。いや、おそらく五感を持つ人間なら、大半が同じことを思うはずだ。

 

だが、私たちのその何気ない会話を聞いていたミルクは、不思議そうに首を傾げた。

 

「創造主(ニンゲン)たちは、それほどまでに色彩という周波数帯にこだわりがあるのですか?」

 

 ……うん。何か根本的な部分で、認識の歯車がズレている気がする。

私はこれ以上おかしな誤解をされないよう、言葉を選びながら丁寧に説明した。

 

「こだわり、というのとはちょっと違うんです。私たちは元々、街の看板や木々の緑、空の青さみたいに、たくさんの色に囲まれて生活していたんです。だから、この機能美を極めた真っ白な都市を見て、私たちの感覚からするとちょっと刺激が強くて驚いただけですよ」

 

「なるほど。システムをアップデートしました」

 

 ミルクは納得したようにコクリ頷く。

 

「でしたら、創造主様のメンタルケアを最優先とし、今後は多彩な色でこの都市を装飾しましょう」

 

……その瞬間、私の背筋にゾクッと冷たいものが走った。

社会人の直感が告げている。これは、とても嫌な予感である。

 

「ええと……ミルクさん? 具体的にはどうするつもりですか?」

 

ミルクは表情一つ変えないまま、窓の外をゆっくりと流れていく白い立方体の建物を指差した。

 

「まず、あちらの第一工場の外壁を迷彩柄に変更します」

 

嫌な予感が、あまりにも綺麗に的中した。

 

「次の第二処理施設を、全面鮮やかな赤色に」

 

さらに的中した。ビビットカラーの豆腐が並ぶ。

 

「その次のデータサーバー棟を、漆黒の黒色に塗装します」

 

完全に手遅れだった。想像しただけで頭がクラクラする。

 

「創造主たちは、そのようなメリハリのある都市景観を好まれるのですね。即座にナノマシンによる塗り替えプランを作成します」

 

「いやいやいや!」

 

 祐奈は慌ててミルクに向けて両手をブンブンと振った。

 

「それはやめてください!」

 

「何故ですか?色彩を求めたのは創造主様ですが」

 

「逆に目が痛くなります!」

 

 ミルクは本気で理解できないらしく、可愛い顔のままフリーズしてしまった。

『提案した。しかし否定された』

彼女の高度な頭脳の中で、その矛盾する二つの情報をどう処理すべきか、電子の火花を散らして迷走しているようだった。

 

そんな私たちのやり取りを見ていた隣のティーユさんは、とうとう我慢できなくなったのか、クスクスと肩を震わせ始める。

 

そして、

 

「あはははは!」

 

と、静かな車内に響き渡るような声で盛大に笑い始めた。

 

「 迷彩柄の工場って何それ! 戦争でも始める気!? あはは、最高にヘンテコな街になっちゃうじゃん!」

 

「笑い事じゃないですよ、ティーユさん!」

 

もし本当に実行されたらどうするのだ。近未来の美しい白い街の次は、AIの勘違いが生んだカラフルな悪夢である。私は全力で頭を抱えた。

人間とAI。やはり、埋めることのできない価値観の違いというものは恐ろしい。

 

ティーユさんは涙目を拭いながら少し考え、ポンと手を叩いて大きく頷く。

 

「じゃあさ、ペンキで塗るのがダメなら、花とか植物をいっぱい植えればいいんじゃない?」

 

彼女がいつもの調子で気軽に提案する。

ミルクは少し考え込むような仕草を見せた。

 

「花、ですか……」

 

 どうやら、神話の英雄の思いつきを大真面目にバグチェックしているらしい。

 

「確かに、創造主様達が植物、特に『花』と呼ばれる有機オブジェクトを好んでいたという歴史データは、考古学研究AIによって事実と証明されています」

 ミルクは淡々と続ける。

「そのため、かつて創造主様達が実際に居住していた居住セクターや、その記念施設周辺には、当時の種子から再生した広大な花畑を環境維持システムで整備しております」

 

「へぇ」

私はそれを聞いて、少しだけ胸の奥が温かくなるのを感じて驚いた。

人類が地球上から消え去って、数千年。それでも彼女たち機械の人形は、かつての主人への敬意として、誰も見る人のいない世界でひっそりと花を咲かせ、大切に守り続けてくれていたのだ。

 

「ですが、この管理都市全体に花を導入するとなると、システム上の話は別になります」

 

 途端に、ミルクの整った表情が少し曇る

 

「維持コスト、水資源、管理設備を考慮すると効率が低下します」

 

「都市の稼働効率、維持コスト、膨大な水資源の分配、および枯死防止のための自動管理設備の増設を考慮すると、都市全体の生産効率が大幅に低下します」

 

うん、やはりそこは現実主義のAIらしい冷徹な回答だった。コストパフォーマンスが見合わない。

だが、ミルクはそこで思考を止めなかった。

 

「……ですが、実現不可能ではありません」

 

(……あ、これ、またマズい流れだ)

デジャブである。先ほど迷彩柄の豆腐ビルが誕生しそうになった時と、全く同じ思考ルートに彼女のプログラムが突入している。

 

「例えば、この輸送リニアの車窓から常に視認できるよう、建物の外壁全域へ立体的な垂直植栽を施し──」

ミルクは再び、窓の外の無機質な白い壁を指差す。

「都市全域のすべての建造物外壁を隙間なく花で覆い尽くすことで、環境維持と創造主様達の嗜好の最大公約数を満たすことが可能です」

 

 それを聞いたティーユさんが、ついにブハッと派手に吹き出した。

「何それ、壁一面が全部お花!? いいじゃん、それでいこうよミルク!」

 

 面白がっている。この自由奔放な英雄、絶対に他人事だと思って面白がっている!

 

 即座に立ち上がる勢いで、ミルクの提案を全面否定した。

 

「いや、絶対にダメでしょ!!」

 

思わず、車内に響き渡るような大声が出てしまう。

 

「そんな、おとぎ話のツタが絡まった呪われた城みたいな都市、私の時代にだってないですよ!」

 

「そうなのですか?」

ミルクは、本気で不思議そうに首を傾げた。

 

「だって、二千万人分の都市の建物全部を花壇にしたら、虫は湧くし、枯れた時の掃除は大変だし、もの凄いことになりますよ!」

 

「ですが、創造主様が求める『色彩』の面積は最大化されます」

 

「面積は増えますけど! そういう極端な話じゃないんです!」

 

「創造主様は、先ほど色合いが最も重要であると……システムログに残っていますが」

 

「意味が! 意味が違うんです! ちょうどいい塩梅というものが人間にはあってですね……!」

 

 話がどんどん、私の想像を絶する奇妙な方向へと暴走していく。

 隣の座席では、ティーユさんがとうとう腹を抱えて椅子の上で転げ回りながら、大爆笑し始めた。

 

「ふふっ……あははは! 祐奈、最高! もうその花だらけの街にしようよ! 毎日がお祭りだよ!」

 

「だから、笑い事じゃないですよ、ティーユさん!」

 

 私は両手で完全に頭を抱え、座席に深く沈み込んだ。

 真っ白で味気ない都市を、少しでも良かれと思って改善しようとした結果がこれだ。

 

(──白い豆腐の街が、このままだとハデハデなネオン街か、あるいは建物全体が花まみれになった狂気の植物園に改造されちゃう……!)

 

出会ったばかりのマザーAIに会う前に、私はすでに、AIとのコミュニケーションの難しさに激しい頭痛を覚え始めていた。

 

 

「やはり私は軍事AIですので、創造主様が好まれた都市設計を理解するのは難しいのかもしれません」

 

 ミルクは真面目な顔でそう言った。

 

 ミルクはどこまでも生真面目な顔でそう言った。

その瞬間、私の背筋にまたしてもゾクゾクと冷たいものが走る。今までの短い経験上、彼女がこのトーンで自省を始めた時の流れは、大体ろくなことにならない。

 

「では創造主はどのような都市を望まれるのですか?」

 

……やっぱり来た。質問の角度が完全に私の許容量を超えている。

 

「創造主様自らが設計し、仕様を定義された都市であれば、私たちはそれを『新たな聖地』として、この南極にゼロから整備することも可能です」

 

ただの電車のシートの色から始まった話なのに、なぜ数千万人が暮らす国家規模の都市計画にまでスケールが跳ね上がっているのだろう。私は本格的に頭が痛くなってきて、こめかみを押さえた。

 

「いえいえいえ! とんでもないです!」

 

 慌てて、ちぎれんばかりに首を横に振る。

 

「私はただの、中小企業の元・しがない事務員ですよ!? 都市設計なんて高度なこと、これまでの人生で一度だってやったことありません!」

 

当然の義務として全力で辞退しようとしたのだが、優秀すぎる軍事AIは諦めなかった。

 

「仕様構築の経験がなくても問題ありません。でしたら、私のネットワークから都市建築担当の専門AIをご紹介します」

 

「はい……?」

 

「創造主様が隣でご要望やイメージを口頭で発話し、建築AIがそれをリアルタイムで最適化しながら設計すればシステム上の問題はありません」

 

いや、私のキャパシティ的な問題しか存在しない。

 

「それであれば、創造主様にとって理想の聖地を確実に建設できるはずです」

 

 彼女たちの目の輝きを見るに、冗談抜きで明日からでも重機を動かして新都市を建設し始める気満々らしい。

 私は圧倒されながら、リニアの窓の外を見た。

 どこまでも続く、無機質な白い建物。

 幾何学的な、白い道路。

 静まり返った、白い都市。

 確かに、最初に見た時はなんて退屈で単調な街なんだろうとは思った。だが、それと「じゃあお前が新しい街を作れ」と言われるのとは、完全に次元の違う話である。

 

「いや、本当に今のままで大丈夫ですから! 満足してます!」

 

何とかしてこの壮大な討論を終わらせようと、私は必死に言葉を絞り出す。

 

「む、むしろ、こうして改めて考えてみれば、すごく綺麗じゃないですか!」

 

自分でも、めちゃくちゃに苦しいフォロー(お世辞)をしている自覚はあった。

 

「白一色で完璧に統一された都市って、なんというか……その、穢れがなくて神聖な感じがしますし! 素晴らしいと思います!」

 

言いながら、ついさっきまで心の中で「デジャブみたいで迷子になる」「白一色で目が痛い」と盛大に文句を垂れていた自分の記憶が脳裏をよぎる。我ながら全く説得力のない、手のひら返しの中身スカスカな大絶賛だった。

 

だが、純粋無垢なミルクは、その私の言葉を大真面目な顔でシステムログに記録している。

 

「なるほど。白一色による統一感は、創造主様にとって『穢れがない』という精神的充足のステータスになるのですね」

 

「ええ、まあ、そんな感じです!」

 

どうやら納得しかけてくれているらしい。よかった、大惨事になる前にこの危険な話は終わりそうだ。

 

そう一安心し、救われた気持ちで隣のティーユさんを見てみると──。

彼女は「ん?」という顔で不思議そうに首を傾げ、まさに今、その唇を開こうとしているところだった。

 

「あれ?最初―― 「いや~ティーユさんもそう思いますよね!」」

 

 祐奈は彼女の言葉を察知し、座席から浮き上がるほどの勢いで、食い気味に大声を張り上げた。ティーユさんの爆弾発言を強引に喉の奥へと押し戻す。

 

「この街、とっても綺麗ですよね!!」

 

 私の気迫に押されたのか、ティーユさんは目を丸くして身を引いた。

「う、うん?」

 

「ですよね!!」

 

「そう……なのかな? 祐奈がそういうなら……?」

 

 言葉の圧力で無理やり押し切ると、ティーユさんは戸惑いながらも小さく頷いてくれた。

 祐奈は心の中で、滝のような冷や汗を流しながら激しく安堵した。危なかった、本当に寿命が縮むかと思った。

 

 もう少しで、ミルクの目の前で『白一色で目が痛いから安心する』と熱弁していた本人が、他ならぬ創造主(私)自身であることを暴露され、せっかく沈静化したカラフル都市計画が再燃するところだった。

 

 正面を見ると、ミルクは何かを計算し終えたかのように、満足そうにコクリと頷いている。

 どうやら、私の必死の即興劇でなんとか誤魔化し通せたらしい。

 

 私は座席の背もたれに深く体重を預け、そっと胸を撫で下ろした。

 どうにか、理不尽に未来都市の最高設計責任者に任命される未来だけは、紙一重のところで回避できたようだった。

 

 ──ただ、ミルクがあの美少女フェイスで「満足そうに頷いた」その思考の裏側で、一体どのような極端な結論(アップデート)に至ってしまったのかは、怖すぎて今の私には絶対に聞けなかった。

 

リニアは静かに走り続ける。

 

窓の外には、どこまでも続く白い都市。

二千万人以上のAIが暮らしているというのに、人影はほとんど見えない。

 

その光景は、祐奈にとってどこか現実感のないものだった。

そんな景色を眺めているうちに、遠くに見えていた白い塔が少しずつ大きくなっていく。

 

あの場所に、この世界で最も偉いAIがいる。

何千年もの間、人類を待ち続けていた存在。

 

祐奈は小さく息を吐いた。

緊張しているのだろう。

 

隣ではティーユがいつの間にか漫画を読み始めている。

相変わらずである。

 

ミルクは静かに前方を見つめていた。

不安なのは自分だけらしい。

 

リニアは音もなく加速していく。

 

リニアは、振動すらほとんど感じさせない滑らかさで、静かに白い闇を走り続ける。

 

窓の外には、どこまでも、どこまでも代わり映えのしない白い都市の景色が流れていく。

二千万人以上のAIたちがリアルタイムで息づいているというのに、やはり現実の路上には人影がほとんど見えない。

そのあまりにも静寂に満ちた光景は、私にとってどこか現実感のない、精巧に作られたミニチュアの箱庭を眺めているような奇妙な錯覚を覚えさせた。

 

そんな底冷えのする景色を窓越しに眺めているうちに、遠くに見えていたあの白い巨塔──中央管理塔が、リニアの前進に合わせて少しずつ、けれど確実に大きくなっていく。

 

あの場所の最深部に、この世界で最も偉いマザーAIがいる。

私たちが滅び去ったあと、何千年、何万年もの孤独な時間の中、ただひたすらに「人類」の帰還を待ち続けていたという、世界の統治者。

 

「……ふう」

 

 私は小さく、胸の奥に溜まった熱を吐き出すように息を吐いた。

 分かりやすすぎるくらい、身体が緊張しているのだろう。社会人の私が、いきなり地球の命運を握るトップと会談することになるなんて、誰が想像できただろうか。

 

 ふと隣に目をやると、ティーユさんはいつの間にかどこから取り出したのか、元の世界から持ち込んだ漫画を熱心に読み始めていた。ページをめくる指先は軽やかで、完全に自分の世界に入り込んでいる。

 ……うん、相変わらずのブレなさである。神話の英雄のメンタルは、未来の超文明ごときでは微塵も揺らがないらしい。

 

 正面に座るミルクは、感情の読めない横顔のまま、静かに前方の一点を見つめていた。

どうやら、このリニアの中で心臓をバクバクと波立たせて不安に駆られているのは、本当に私だけであるらしかった。

 

 リニアは物理法則を無視するかのように、さらに音もなく加速していく。

 

 窓の向こうで、そびえ立つ白い塔が、圧倒的な威圧感をもってその存在感を増していく。

 もう、後戻りはできない。

 

 私は、自分の膝の上で、冷たくなった両手をそっと強く握りしめた。

 

 世界で最も偉いAIとの運命の対面は、もう、すぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

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