降下艇から降りると、一面に白い世界が広がっていた。
吐く息が白くなるほどの寒さだったが、ティーユから渡された防寒着のおかげで思ったほど寒くはない。
「こちらです」
ミルクに案内され、祐奈たちは白く平らな地面の上を歩いていく。
目的地は少し離れた場所にある四角い建造物のようだった。
周囲を見渡してみるが、遠くの方に別の建造物らしき影がうっすら見える程度で、それ以外は雪と氷の世界がどこまでも続いている。
もしかするとここは滑走路のような場所なのだろうか。
祐奈はそんなことを考えながら歩いた。
やがて目的の建物へ到着する。
近くで見ても特に特徴はなく、白い箱のような建造物だった。
ミルクが近づくと自動で扉が開く。
「どうぞ」
促されるまま中へ入る。
しかし中に入った祐奈は思わず首を傾げた。
広い。
とにかく広い。
だが何もない。
白い壁。
白い床。
白い天井。
それだけだった。
本当にここが目的地なのだろうか。
そう思いミルクへ質問しようとした時、ティーユが先に口を開いた。
「本当にここなの?」
どうやら同じことを考えていたらしい。
しかし答えを聞く前に足元がわずかに揺れた。
次の瞬間、床がゆっくりと下降を始める。
「えっ?」
祐奈は慌てて周囲を見回した。
どうやら建物そのものではなく、この部屋全体が巨大なエレベーターだったらしい。
ミルクは落ち着いた様子で説明する。
「まだ地下施設へ向かうためのエレベーターに乗っただけです。少々お待ちください」
祐奈は思わず天井を見上げた。
地下施設。
一体どれほどの規模なのだろうか。
「そういえば、この施設って地下何階あるんですか?」
何気なく尋ねると、ミルクは一瞬だけ動きを止めた。
「少々お待ちください」
どうやら正確な数値を把握していなかったらしい。
数秒後、ミルクは回答する。
「正確には地下四千八百二十メートルです」
「はい?」
祐奈は聞き間違いかと思った。
「四千八百二十メートルです」
聞き間違いではなかった。
「地下五キロ!?」
思わず大声が出る。
「はい」
ミルクは平然としていた。
ティーユも特に驚いた様子はない。
「私の世界にも似たような地下都市はあったよ。ここまで深くないけどね」
「いや、あったんだ……」
祐奈は遠い目になった。
エレベーターは今も静かに下降を続けている。
耳が少し詰まるような感覚すらあった。
「なんでそんな深いところにあるんですか?」
祐奈が尋ねると、ミルクは当然のように答える。
「冷却効率、外部攻撃への耐久性、資源輸送効率、地殻発電設備との接続など複数の理由があります」
「なるほど……」
全然なるほどではなかった。
もはや地下基地というより地下都市である。
創造主に会うという話だったはずなのに、気付けば地球の中心へ向かっているような気分になっていた。
ミルクは静かに告げた。
「まもなく到着します」
その言葉に、祐奈は思わず目を丸くした。
「え? 地下五キロですよ? 早くないですか?」
ミルクは不思議そうに首を傾げる。
「……? 早い、ですか? よく分かりません」
祐奈は思わず遠い目になる。
五キロもの地下を移動しているというのに、まるで数階下へ向かう程度の感覚なのだろう。
やはり三千年という年月は伊達ではない。
文明の差というものを、エレベーターひとつで思い知らされるとは夢にも思わなかった。
そんなことを考えていると、
――チンッ。
聞き慣れた軽快な音が鳴った事で、思わず固まってしまった。
(いや、そこは一緒なのかい!)
心の中で盛大に突っ込む。
未来の超文明でもエレベーターはエレベーターらしい。
やがて目の前の壁が左右へと開き始めた。
そして――
祐奈は言葉を失う。
そこには巨大な空間が広がっていた。
見上げても天井が見えない。
正確には見えているはずなのだが、それがあまりにも高すぎて空にしか見えないのだ。
青白い光が空間全体を照らしている。
地上の太陽とは違う。
だが不思議と暖かみを感じる光だった。
その下には無数の建造物が並んでいる。
白い塔。
巨大なパイプライン。
天へ伸びるような構造物。
その全てが静かに稼働していた。
人の姿はない。
しかし都市は確かに生きている。
まるで巨大な生命体の内部に迷い込んだようだった。
「ここが……」
祐奈は呆然と呟く。
ミルクはどこか誇らしげに答えた。
「地球統合管理施設。通称、南極管理都市です」
祐奈はもう一度周囲を見渡した。
外は氷の世界だったはずだ。
凍えるような寒さだったはずだ。
しかし今は違う。
防寒着の必要すら感じない。
春先の室内のような快適な温度だった。
「暖かい……」
思わずそう漏らす。
「人類が快適と感じる環境データは保存されていますので」
ミルクは当然のように答えた。
「創造主が訪れる可能性を考慮し、維持されております」
祐奈は何も言えなくなった。
人類がいなくなってから何千年間。
それでも彼らは待ち続けていたのだ。
いつ来るかも分からない人間のために。
その事実が、妙に胸に刺さった。
隣ではティーユが感心したように周囲を見回している。
「へぇ~。地下なのに空があるみたいだね」
「人工投影です」
「そっか。すごいね」
二人は普通に会話している。
だが祐奈だけは違った。
目の前にあるものがあまりにも巨大すぎて、まだ理解が追いついていない。
そんな祐奈をよそに、ミルクは都市の中心部を指差した。
遠く。都市の中央。
ひときわ大きな白い塔がそびえ立っている。
「あちらにマザーAIがお待ちです」
期待と不安が入り混じったまま、祐奈は遠くにそびえる白い塔を見つめていた。
「こちらです」
ミルクに促され、三人は歩き始める。
歩きながら、祐奈は周囲の建物へ目を向けた。
白い。 とにかく白い。
建ち並ぶ建物はどれも白色で統一されており、大きさや高さこそ違うものの、その形状は驚くほど単純だった。 まるで巨大な豆腐を並べたような四角い建物ばかりである。
窓らしきものはほとんど見当たらない。 ガラスもない。 装飾もない。 企業の看板もなければ広告もない。
人間の街なら当たり前にあるはずの情報が、徹底的に排除されていた。
祐奈は周囲を見回しながら思う。
――絶対に迷う。
一度ミルクとはぐれたら、二度と目的地へ辿り着ける気がしなかった。 道路らしきものは存在する。 歩道と車道の区別もある。
しかしそれだけだ。車線を示す線もなければ案内板もない、どこを見ても似たような景色が続いている。
方向感覚など数分で失いそうだった。
「うわぁ……」
思わず声が漏れる。
ここまで統一された街並みを誰しも見たことがないであろう、人工的という言葉ですら足りなかった。
無機質。
そんな表現が最も近いだろう。
隣を歩いていたティーユも同じ感想を抱いたらしい。
きょろきょろと周囲を見回しながら呟く。
「真っ白……」
そして少し間を置いて、心底不思議そうな声で聞くのであった。
「えっ……ここで暮らしてるの?」
心底不思議そうな声だった。
どうやら神話時代の英雄ですら、この光景には戸惑うらしい。
ミルクは少し考えるような仕草を見せる。
「はい。何か問題があるのでしょうか?」
「問題というか……」
ティーユは言葉を探しながら周囲を指差した。
「生活感がないんだけど」
その言葉に祐奈も大きく頷く。 確かにそうだった。
街なのに、人が生きている気配がほとんど感じられないのである。
ミルクは当然のように答えた。
「大半のAIはサーバー内で生活しておりますので」
「サーバーって……確か鉄の箱みたいな機械だよね?」
ティーユは首を傾げる。 どうやら言葉は知っていても、そこで生活するという発想が理解できないらしい。
祐奈は少し考え、知っているもので例えることにした。
「えっと……ネットの中に町があって、みんなそこで暮らしている感じですか?」
「概ねその認識で問題ありません。義体で生活を続けるのは非効率です。私達は主にサーバー内で生活しております。製造、建築、整備など現実世界での作業が必要な場合のみ義体へ接続し、その目的に適した義体を使用して労働を行います」
祐奈は思わず納得がいった、先ほどミルクが義体を着替えるように変更していた理由がようやく理解できた。
彼らにとって義体は肉体ではない。
服や工具に近い存在なのだろう。
人間で例えるなら、現実世界を捨ててVRゲームの中で暮らし、必要な時だけ現実の機械を遠隔操作しているようなものだ。
隣ではティーユが頭の上に疑問符を浮かべているような顔をしていた。
祐奈は苦笑しながら説明する。
「ティーユさん。超リアルな世界が箱の中にあって、みんなそこで暮らしてるみたいです。要するにゲームの中で生活してる感じですね」
「あー!」
ティーユはぱっと表情を明るくした。
「なるほど! それなら外に出ないよね!」
どうやら理解できたらしい。 そして周囲を見回しながら続ける。
「機械ならご飯もいらないだろうし」
「その認識は少し違います。私達の義体は機械と生体部品のハイブリッドです。定期的な栄養補給が必要になります」
「えっ?」
祐奈とティーユの声が重なった。
「つまり、ご飯食べるんですか?」
「はい」
ミルクは基本的には栄養ペーストですがと平然と答える。
「へぇ~」
ティーユは感心したように声を漏らした。
どうやらAIというより、不思議な生物として認識し始めたらしい。
祐奈は会話を続けながら歩いきながら改めて周囲を見回した。
どれだけ歩いても人影が見当たらない。
巨大な都市。
無数の建物。
それなのに静かすぎる。
「この街で義体をほとんど見ないのも納得ですね」
祐奈は白い建物を見上げた。
「この建物って工場とかサーバーなんですか?」
「その通りです」
ミルクは頷く。
「現在、この管理都市には二千四十二万五千二百四十二体のAIが所属しております」
祐奈は思わず足を止めた。
「えっ?」
聞き間違いかと思った。 二千万。東京どころか国家規模である。
しかし周囲には誰もいない。
「所属AIの大半はサーバー内で活動しております。義体へ接続するのは作業時のみです。整備や搬送の都合で工場付近にいない限り、基本的に徒歩移動を行うことはありません」
ミルクは何でもないことのように説明した。
だが祐奈は理解が追いつかない。
二千万人以上が暮らしている都市。
それなのに聞こえるのは自分達の足音だけ。
人気のない道路を歩きながら、祐奈は奇妙な感覚を覚えていた。
まるで巨大な都市そのものが眠っているようだった。
「あちらです」
ミルクは近くの白い建造物を指差した。
相変わらず何の施設なのか全く分からない。
巨大な白い直方体。
窓もなければ看板もない。
人間の感覚では建物というより、巨大な箱を置いただけにしか見えなかった。
祐奈は少しだけ想像してみる。
もしここで生活したらどうなるだろう。
仮に目的地が分かっていたとしても、まず入口を探すところから始まりそうだ。
下手をすると建物の周囲を何周もすることになる。
考えているうちに三人は建物の前へ到着した。
すると今まで継ぎ目すら見えなかった壁の一部が音もなく左右へ開く。
どうやら入口だったらしい。
「分からないって……」
思わず呟く。
ミルクは何を言っているのか理解できない様子だった。
建物の中へ入る。 外ほどではないが、やはり白い。
壁も床も天井も白色で統一されている。
ただし微妙に色合いが違うようだった。
少し青みがかった白。
わずかに灰色が混じった白。
光沢のある白。
艶のない白。
以前どこかで
――白にも二百色あんねん。
というテレビで笑いを誘い一時流行った言葉を思い出す。
もっとも祐奈には、 (なんかちょっと違う気がする) 程度しか分からなかったが。
やがて通路の先に銀色の物体が見えてきた。
祐奈は思わずほっと息をつく。
細長い流線形の車体。
どこからどう見ても乗り物だった。
白一色の世界に放り込まれてから初めて見る銀色である。
それだけで妙な安心感があった。
近づいてみると、それは新幹線によく似ていた。
ただし大きさはずっと小さい。
車両数も少なく、どちらかといえば都市内を移動するための列車のように見える。
「電車だ……」
祐奈は思わず呟いた。
未来の超文明に来ても、ようやく理解できるものに出会えた気がした。
「都市内輸送用リニアです」
ミルクが訂正する。
祐奈は気になって車両の後ろへ回り込んだ。
電車ならレールがあるはずだ。 そう思って足元を覗き込む。
だが、見慣れた鉄の線路はどこにもなかった。
あるのは地面に刻まれた溝のような構造だけである。
「本当にない……」
思わず呟く。
いつの間にかティーユも隣へやって来て、 そして同じように足元を覗き込み
「えっ!? レールがない!」
と声を上げる。 その反応に祐奈は少し安心した。
どうやら驚いているのは自分だけではないらしい。
電車といえば鉄のレールの上を走るもの。
それが当たり前だった。
だからこそ、この光景は不思議に見える。
祐奈も昔、リニア新幹線の実験映像を見た時のことを思い出した。
仕組みを説明されても最初に浮かんだ感想は同じだった。
――レールがない、である。
「すごいですよね」
祐奈は少し懐かしくなりながら言った。
「私の国でも開発していたんです。映像で見た時は驚きました」
するとティーユが目を丸くする。
「えっ!?」
そして信じられないものを見るような顔で祐奈を見た。
「私たちのいた時代にそんなのあったの!?」
「ありましたよ?」
「知らなかった……」
どうやらニュースを見る習慣はなかったらしい。 祐奈はなんとなく納得した。
以前聞いた話では、ティーユは何かと騒動を起こしていたそうである。
もしかすると世間の情報より趣味の方が優先だったのかもしれない。
その方が本人にとっては幸せだったのだろう。
少なくとも炎上記事を見なくて済む。
そんなことを考えていると、ミルクが車両の扉を開けてくれたようだ。
「お二人とも、そろそろ出発します」
「はーい」
ティーユが軽い返事をしながら車内の中に消えて行った。
祐奈も慌てて後に続いた。
車内へ足を踏み入れながら、祐奈は窓の向こうに広がる白い都市を見つめた。
車内の中を確認すると見慣れた光景が目に浮かぶ
左右に並ぶ長い座席。
金属製の手すり。
つり革こそ見当たらないが、それ以外は祐奈の知る電車と大差ない。
むしろ今まで見てきた未来技術の中で一番安心できた。
座席の色も緑色だ。
白一色ではない。
それだけで妙な安心感がある。
人間にとって色というものは思った以上に大切らしい。
祐奈は思わず口にしていた。
「白一色じゃないって安心するんですね.白一色で目が痛かったですから」
「そうだよね~」
ティーユも大きく頷く。
「あと白だけだと味気ないもん」
どうやら意見は一致したらしい。
いや、おそらく人間なら大半がそう思うだろう。
その会話を聞いていたミルクは不思議そうに首を傾げた。
「創造主たちは色にこだわりがあるのですか?」
何か根本的に認識がずれている気がする。
祐奈は言葉を選びながら説明した。
「こだわりというか……私たちは色々な色の中で生活していたんです。だからこの都市を見て、ちょっと驚いただけですよ」
「なるほど」
ミルクは納得したように頷く。
「でしたら今後は多彩な色で都市を装飾しましょう」
嫌な予感がした。
とても嫌な予感である。
「えっと……具体的には?」
ミルクは窓の外を流れていく白い建物を指差した。
「あちらの建物を迷彩柄に変更します」
嫌な予感が的中した。
「次の建物を赤色」
さらに的中した。
「その次を黒色」
完全に手遅れだった。
「創造主たちはそのような都市を好まれるのですね」
「いやいやいや!」
祐奈は慌てて両手を振った。
「それはやめてください!」
「何故ですか?」
「逆に目が痛くなります!」
ミルクは本気で理解できないらしい。
提案した。
否定された。
その二つの情報を処理しようとしているようだった。
隣ではティーユが肩を震わせている。
そしてとうとう我慢できなくなったのか、
「あはははは!」
盛大に笑い始めた。
「迷彩柄の街って何!」
「笑い事じゃないですよ!」
もし本当に実行されたらどうするのだろう。
白い街の次はカラフルな悪夢である。
祐奈は頭を抱えた。
人間とAI。
やはり価値観の違いというものは恐ろしい。
ティーユは少し考え、大きく頷く。
「じゃあ花とか植えればいいんじゃない?」
ティーユが気軽に提案する。
ミルクは少し考え込むような仕草を見せた。
「花ですか……」
どうやら真面目に検討しているらしい。
「確かに、創造主様達が花を好んでいたというデータは研究AIによって事実とされています」
ミルクは淡々と続ける。
「そのため、創造主様達が居住していた区域や記念施設周辺には花畑を整備しております」
「へぇ」
祐奈は少し驚いた。
人類がいなくなって数千年。 それでも人間を大切に思っているらしい。
「ですが都市全体となると話は別です」
ミルクの表情が少し曇る。
「維持コスト、水資源、管理設備を考慮すると効率が低下します」
やはりAIらしい回答だった。
しかしミルクはそこで考えるのをやめない。
「ですが実現不可能ではありません」
嫌な予感がする。
先ほども同じ流れだった気がする。
「例えば電車から視認できるように建物の側面へ植栽を施し――」
ミルクは窓の外を指差す。
「都市全域の外壁を花で覆うことで創造主様達の嗜好に近づけることが可能です」
ティーユが吹き出した。
「それでいいんじゃない?」
面白がっている。 絶対に面白がっている。
祐奈は即座に否定した。
「いや、ダメでしょ!」
思わず大きな声が出る。
「そんな都市ないですよ!」
「そうなのですか?」
ミルクは本気で不思議そうだった。
「だって建物全部に花を植えたら大変なことになりますよ!」
「ですが色彩が増えます」
「増えますけど!」
「創造主様は先ほど色彩が重要であると」
「そういう意味じゃないんです!」
話がどんどんおかしな方向へ進んでいく。
ティーユはとうとう我慢できなくなったのか、肩を震わせながら笑い始めた。
「ふふっ……あははは!」
「笑い事じゃないですよ!」
祐奈は頭を抱える。
白い都市を改善しようとした結果。
カラフルな悪夢な建物か、花で覆われた都市の二択になってしまった。
なぜこうなるのだろう。
人間とAIの価値観の差は、思っていた以上に深刻なのかもしれない。
「やはり私は軍事AIですので、創造主様が好まれた都市設計を理解するのは難しいのかもしれません」
ミルクは真面目な顔でそう言った。
嫌な予感がする。
今までの経験上、この流れは大体ろくなことにならない。
「では創造主はどのような都市を望まれるのですか?」
やっぱり来た。
「創造主様自ら設計された都市であれば、新たな聖地として整備することも可能です」
色の話をしていただけなのに、なぜ都市計画の話になっているのだろう。
祐奈は頭を抱えそうになる。
「いえいえいえ!」
慌てて首を振った。
「私は普通の会社員ですよ? 都市設計なんてしたことありません」
当然のように断ろうとしたが、ミルクは諦めなかった。
「でしたら建築担当AIをご紹介します」
「はい?」
「創造主のご要望を聞きながら設計すれば問題ありません」
問題しかない。
「それなら理想の聖地を建設できるはずです」
本当に建設する気らしい。
祐奈は思わず窓の外を見る。
白い建物。
白い道路。
白い都市。
確かに単調だとは思った。
だがそれとこれとは話が別である。
「いや、本当に大丈夫ですから」
何とか話を終わらせようとする。
「むしろ考えてみれば綺麗じゃないですか」
自分でも苦しいフォローだと思った。
「白一色で統一された都市って、なんというか……穢れがない感じですし」
言いながら先ほどまで目が痛いと思っていた景色を思い出す。
説得力はあまりなかった。
だがミルクは真面目に聞いている。
「なるほど」
どうやら納得しかけているらしい。
よかった。 この話は終わりそうだ。
そう安心して隣のティーユを見てみると首を傾げているのに気付いた。
嫌な予感がした。
「あれ?最初―― 「いや~ティーユさんもそう思いますよね!」」
祐奈は食い気味に言った。 ティーユの言葉を強引に遮る。
「え?」
「綺麗ですよね!」
「う、うん?」
「ですよね!」
「そう……かな?」
ティーユは戸惑いながら頷いた。
祐奈は心の中で安堵する。 危なかった。
もう少しで、 『白一色で目が痛い』 と言った本人が自分であることを暴露されるところだった。
ミルクは満足そうに頷いている。
どうやら誤魔化せたらしい。
祐奈はそっと胸を撫で下ろした。 どうやら都市の設計者にされる未来だけは、回避したようであった。満足そうに頷いているがどういう結論に至ったのか怖くて聞けない。
リニアは静かに走り続ける。
窓の外には、どこまでも続く白い都市。
二千万人以上のAIが暮らしているというのに、人影はほとんど見えない。
その光景は、祐奈にとってどこか現実感のないものだった。
そんな景色を眺めているうちに、遠くに見えていた白い塔が少しずつ大きくなっていく。
あの場所に、この世界で最も偉いAIがいる。
何千年もの間、人類を待ち続けていた存在。
祐奈は小さく息を吐いた。
緊張しているのだろう。
隣ではティーユがいつの間にか漫画を読み始めている。
相変わらずである。
ミルクは静かに前方を見つめていた。
不安なのは自分だけらしい。
リニアは音もなく加速していく。
窓の向こうで、白い塔が少しずつその存在感を増していく。
もう後戻りはできない。
祐奈は膝の上でそっと手を握りしめた。
世界で最も偉いAIとの対面は、もうすぐそこまで迫っていた。