「かーっ……疲れた体に効くじゃねえか、この塩っけ。具材のレパートリーも多いし、やるじゃねーのメガネちゃん」
「ふふ、相当疲れていたみたいなので! でも食べ過ぎに注意してくださいね? 砂漠での戦闘の後ですから、熱中症対策にと結構塩を使って握ってしまったので……」
「いーのいーの。どうせ数時間前は砂漠で行き倒れて干からびてたもドーゼンなんだし。今の銀さんにはこれくらいの塩味がちょーどいーのさ」
そう言って、銀時は大きなおむすびを一口で半分ほど平らげ、実に幸せそうに咀嚼した。
「ん。塩分、大事。激しい運動の後にぴったり」
「本当、アヤネちゃんのおむすびは最高ですねぇ☆ お米の硬さも絶妙で、いくらでも食べられちゃいます!」
「ちょっと! あんたらがバカスカ食べるから私の分がなくなっちゃうじゃない! ほら、そこの白髪! どさくさに紛れて二個食いすんじゃないわよ!」
「あ痛っ! 指ツッコむな猫耳娘! これは銀さんが連邦生徒会の奴らから確保してきてやった食糧だろーが!」
対策委員会の教室にて、騒がしく進むお昼ご飯。アヤネによって机の上にうず高く盛られたおむすびの山には、先ほどまでの戦闘の緊迫感など微塵も残っていなかった。普通のおにぎりよりもかなり塩が強めだが、アビドスの容赦ない暑さと、前哨基地の強襲という激しい運動の後には、むしろそれが最高の御馳走に感じられる。
全員が頬を膨らませておむすびを頬張る中、ソファで麦茶を飲んでいたホシノが、目を細めてアヤネを見やった。
「うへ〜、それにしてもアヤネちゃん、ご飯を炊くセンスがいいね〜。将来いいお嫁さんになりそうで、先輩鼻が高いやら寂しいやらだよぉ」
「ん、アヤネならいいお嫁さんになれる。私が太鼓判を押す」
「お嫁さん、ですか。アヤネちゃんがフリフリのエプロン姿でお見送り……うふふ、想像するだけでとっても可愛いと思います!」
「ちょ、ちょっと、みんなして変な想像しないでください!」
耳まで真っ赤にして慌てるアヤネを横目に、銀時は最後のおむすびを口に放り込み、お茶で一気に流し込んだ。そして、しみじみとした様子で深く頷く。
「嫁さんねえ。確かにメシが美味い方がいいな、うん。世の中には何を作らせてもおぞましいダークマターを生成して、食べた人間の魂を三途の川べりまで飛ばす奴もいるからね、うん。それに比べりゃお前はきっといい旦那が見つかるだろーよ。銀さんが保証してやるわ」
「も、もう! 先輩方も先生も調子に乗って……! 私はただ、皆さんがたくさん頑張ったんだろうなと思って、マネジメントの一環として用意しただけですから!」
銀時のその言葉に更に顔を赤らめつつ眼鏡の位置を直しながらプンプンと怒るアヤネだったが、その顔には嬉しそうな笑みが隠しきれていなかった。
「それにしても、こんなにも手際よくヘルメット団を壊滅させられるなんて……」
ノノミが感慨深そうに、窓の外の静かな校庭を眺める。いつもなら今頃、砂埃とともに銃声が響いていたはずだ。こんなに穏やかに過ごせる昼下がりは、一体いつ以来だろうか。
「ん、障害は排除した。漸く一番大事な問題に集中できる」
シロコが小さく頷くと、その隣でセリカがこれ見よがしに拳をギュッと握りしめた。
「そうそ! これでやっと借金返済に集中できるわ! ありがと、先生。この恩は一生……」
「ご、ふっ……お、おいちょっと待て」
おむすびを喉に詰まらせかけた銀時が、胸を叩きながら強引にセリカの言葉を遮った。片手に持ったお茶の湯呑みを机にガタッと置くと、死んだ魚の目を限界まで見開いてセリカを凝視する。
「凡そ女子高生が口にするもんじゃねえ不穏な単語が聞こえた気がすんだけど。何? 借金? お前ら今、借金って言った? 聞き間違いじゃねーよな? ウ○ジマくん的な世界の話してんの?」
「……あっ……!」
銀時の怒涛の食いつきに、セリカはハッと両手で口を押さえた。極度の緊張から解放され、前哨基地を叩けた喜びのあまり、初対面の大人にアビドスの「一番触れられたくないアキレス腱」を自ら暴露してしまったことに、今更になって気付いたのだ。
時すでに遅し。セリカが泳がせる視線の先で、アヤネは「あちゃー」と言いたげに書類で顔を覆い、ノノミは苦笑いを浮かべ、ホシノはソファの上で「うへ〜、バレちゃった?」と気まずそうに頭を掻いていた。
「……借金、ねぇ」
銀時の脳裏に、ヘルメット団の前哨基地を叩く前、空き教室でシロコと二人きりで話していた時の言葉が、おむすびの塩気とともに蘇ってくる。
『砂漠化と、それに対応するための出費───』
点と点が一瞬で繋がり、銀時はいつになくだらしない表情を消し去って、真剣な、どこか痛ましそうな視線を少女たちに向けた。
「……お前ら、まさか。学校がした借金を、生徒のお前らが肩代わりして……自分たちの青春削って払ってんのか?」
大人が作った負債を、なぜまだ子供である彼女たちが背負わされ、必死に銃を握って泥をすすらなければならないのか。銀時の言葉に宿った重い響きに、部屋が一気に静まり返る。
その痛いところを突かれたセリカは、顔を真っ赤にして椅子を蹴立てるように立ち上がった。
「な、何よ! 先生は関係ないことに首を突っ込まないで! これは私たちの問題なんだから、他人のあんたには関係ないでしょ!?」
必死に虚勢を張るセリカ。憐れまれたくない、同情されたくないという頑ななプライドが、彼女の声を尖らせる。
しかし、ソファに寝そべっていたホシノが「まーまー」と手をひらひらと振ってそれを宥めた。
「まあまあいいじゃない、セリカちゃんさぁ。別に悪いことしたわけじゃないんだし〜。隠し通せるような額でもないからねぇ」
「ホ、ホシノ先輩! でも……!」
納得のいかないセリカだったが、その隣でシロコが真っ直ぐに銀時の目を見つめ、静かに、けれど確かな信頼を込めて言葉を紡ぐ。
「ん、先輩の言うとおり。先生は信頼できる大人だと思う。だから、隠さなくても大丈夫」
そのシロコの言葉に、のんびりと頷きながらホシノが言葉を続ける。
「そうそう。先生ならすぐにパパっ……とは解決できる問題じゃないけどさ〜。でも、一人で抱え込むよりは、何か良い糸口が見つかるんじゃ……」
「大人達が!!」
張り裂けんばかりのセリカの絶叫が、ホシノの言葉を強引に遮った。
ビクリと肩を揺らしたアヤネやノノミの視線が集中する中、セリカは机の上に置いた両拳を小刻みに震わせ、激しい悔しさを堪えるように固く俯いていた。
「大人達が今まで、この学校がどうなるかなんて考えてくれたことあった!? 私たちの話を、一度でもまともに聞いてくれたりした!?」
溢れ出しそうになる涙を必死に堪えるように、セリカはさらに言葉を続ける。
「今までずっと、私達だけでどうにかしようとして、必死に守ってきたのに……! 今更になって現れた大人が首を突っ込むなんて……。私、そんなの絶対に認めないんだから……!」
バン、と机を激しく叩き、セリカはそのまま弾かれたように対策委員会の教室を飛び出していってしまった。激しく開閉された引き戸の音が、静まり返った室内に虚しく響き渡る。
「……私、様子を見てきます」
残されたおむすびを見つめ、ノノミが心配そうに席を立った。セリカの後を追うようにして彼女が教室を出ていくと、パタンと閉まった扉の後に、一段と重苦しい沈黙がドッと押し寄せる。
ホシノはしばらく天井を見上げていたが、やがてバツの悪そうに頭を掻きながら、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ出した。
「……簡単に説明するとさ、この学校、借金があるんだー。砂漠化の対策やら何やらで、昔の生徒たちが残していった負債なんだけどね。でも、一番の問題はその『額』でさ……。ええと、いま残ってるのが、大体9億円あって……」
「……9億」
銀時は思わず死んだ魚の目をさらに細め、その金額の果てしなさを痛感するように言葉を繰り返した。
9億。一介の女子高生たちが背負っていい数字のわけがない。万事屋の家賃数ヶ月分を滞納して大家のババアにドスの利いた声で詰められている自分とは、文字通り桁が違いすぎる。
絶句する銀時に向けて、アヤネが手元のタブレットに複雑な財務データを表示させながら、沈痛な面持ちで言葉を繋いだ。
「そのお金を、現在残っている我々対策委員会のメンバーだけで返済しなければなりません。もしこれが滞れば……利権を持つ銀行に学校を丸ごと差し押さえられ、アビドスは完全に廃校させられることになります」
「……そもそも、なんでそんな借金をすることになったんだ?」
銀時の問いに、アヤネは痛ましげに視線を落とし、重い口を開いた。
「昔のアビドスは、確かに砂漠に囲まれてはいましたが、これほど極端な環境ではなかったのです。ですが、数十年前に巨大な砂嵐が発生しました。砂漠という環境において砂嵐自体は珍しくもないのですが、その時の規模はあまりにも異常で……」
アヤネはそう言いながら、学区内の被害状況をタブレットに表示し、銀時に見せた。画面に映し出されたのは、かつての美しい街並みやオアシスが、一瞬にして容赦のない砂の海へと呑み込まれていく絶望的な光景だった。
「あらゆる主要施設に砂が流入しました。それを処理し、環境対策を行うために、当時の学校側は無理な資金繰りをするしかありませんでした。でも、こんなキヴォトスの片田舎で、それほどの多額の融資をしてくれるまともな金融機関なんてなくて……」
「……闇金に手を出すしかなかった、だろ?」
銀時の冷めた声に、アヤネは悲しそうに肩を震わせた。
「……はい。それに加えて、それ以降も毎年毎年、大規模な砂嵐が発生して復興の手が回りきらず、気づけばこのような状況に……」
その言葉を最後に、シロコもホシノも黙り込んでしまった。部屋を支配する重苦しい沈黙の中で、アヤネが絞り出すように言葉を続ける。
「今の私たちでは、毎月の利息分を返済するだけで精一杯なんです。先ほど先生が来てくださるまでは、そのための防衛に必要な弾薬も、日々の補給品も、すべて底をついてしまっていました」
「……セリカがあんなに神経質なのは、今まで大人がちゃんと取り合ってくれなかったから」
シロコが静かに、けれど真っ直ぐな瞳で銀時を見つめた。
「私たちの話を聞いて、まともに向き合ってくれた大人は……先生、あなたが初めて」
その言葉に、ホシノもソファの上で小さく頷いた。
「……そーゆーつまらない話だよ、先生。まあでも、先生のおかげでヘルメット団って邪魔者は片付いた。これからはおじさん達、本来の返済問題に集中できるってわけ」
「で、でも、先生は気にしなくていいですからね!? これはあくまで私たちの問題であって、連邦生徒会から派遣されてきた先生にまで背負わせるわけには……!」
気を遣って慌てるアヤネ。そんな彼女たちの姿を見て、銀時はこれ以上ないほど深い、深いため息を吐き出した。
「はあ……お前らさ、どこまで酔狂なんだよ。いいか? 学校の借金返済なんてな、明らかにお前らみたいなガキのやることじゃねーっての。そんなもん大人がケツ拭きゃいい話だろーが」
銀時はそう言って、その場にいる三人を見やった。
突きつけられた現実の重さに、傷つき、疲れ果てている。それなのに、その瞳の奥には「絶対にこの場所を諦めない」という、泥臭くも強い意志の炎が、消えずに灯り続けていた。
それを見た銀時は、ふっと不敵に口元を緩め、頭の後ろでガシガシと髪を掻いた。
「……ま、そんなクソ熱い酔狂見せられちまったら、お節介な大人としては、ちょっと首突っ込みたくもなるだろーよ。俺ぁパフェだのあんこだのの甘いもの以上に、そういう酔狂な奴が大好きなんだわ」
「先生……?」
シロコが不思議そうに小首を傾げる。銀時はパイプ椅子から立ち上がると、懐からいつも通り木刀を引っ提げ、親指で自分を指した。
「こっからは、シャーレの先生としての上っ面な仕事だけじゃねえ。……『万事屋銀ちゃん』としての仕事だ。お前らのそのバカげた酔狂、トコトン付き合ってやろーじゃねーか」
「万事屋……って、なんですか?」
アヤネが丸い眼鏡の奥の目をパチクリとさせる。
「俺ぁ元いた場所じゃ、やりてえことも目標もこれっぽっちもなくてね。でもだからって、何も動かなきゃ明日のおまんまも食いっぱぐれちまう。だったら、プライドも何もかも捨てて、頼まれたことならなんでもやることにしたのさ。それが万事屋だ」
銀時は窓の外の砂漠を睨みつけ、そして、どこか楽しげに少女たちを振り返った。
「お前らも、バイトだの何だので似たようなことして借金返済してんだろ? だったら、いっちょこの銀さんが『猫の手』を増やしてやるっつーのさ。9億だか何だか知らねーが、全員でかかりゃ少しはマシな数字になるだろーよ」
その言葉を聞いて、その場にいる三人の生徒は一斉に目を丸くした。
ただ話を聞いてくれただけでも驚きだったのに、あろうことか「借金の返済を手伝う」だなんて言い出すなんて、夢にも思っていなかったのだ。
アビドスにやってきた時の第一印象は、これ以上ないほど最悪。先程までのヘルメット団との戦いによる彼の規格外な立ち回りで、多少はマシになっていたところだったが。今、三人がこの男に向ける印象はガラリと変わっていた。だらしのない大人という皮の裏に隠された、どこまでも熱く、不器用な本質。
ホシノはしばらく銀時を見つめていたが、やがてふっと、いつものような笑みを浮かべた。
「……うへ〜。そーゆー先生も、おじさんから見たら相当な酔狂じゃない? 元々はこれっぽっちも無関係だった他人の、しかも9億なんて借金の返済を手伝うだなんてさぁ」
「ん、同感。酔狂というか、お人よしが過ぎる。……でも、嫌いじゃない」
シロコが静かに、けれどしっかりと肯定するように頷く。アヤネは胸元でぎゅっと拳を握りしめ、丸い眼鏡の奥の瞳をいっぱいに輝かせた。
「……はい! でも、すっごく、すっごく嬉しいです……! 先生、これからよろしくお願いします!」
「へいへい、よろしくおねげえしますよっと。ま、そうと決まればまずは軍資金の調達だな。パチンコ屋の位置でもマップに登録しとくか……」
「それは絶対にダメですからね!?」
アヤネの鋭いツッコミが響く、そんな温かくなり始めた教室内の様子を──。
廊下の壁際で、静かに聞き耳を立てていた影があった。
「…………っ」
セリカだった。ノノミを振り切って戻ってきた彼女は、部屋の扉のすぐ横で、銀時が放った『万事屋』の言葉を、そのお節介な決意を、すべて聞いていたのだ。
大人はみんな、自分たちを裏切る。可哀想な子供だと同情して、最後には逃げ出していく。そう固く信じ込もうとしていた胸の奥が、あの白髪頭の言葉によって激しく掻き乱される。
「……なによ、アイツ。バカじゃないの……っ」
セリカは悔しそうに、けれどどこか動揺を隠せない様子で小さく舌打ちした。そして、涙を堪えるように顔を背けると、再び廊下の向こうへと、今度こそ誰にも見つからないように走り去ってゆくのだった。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
これで一週間毎日連続投稿目標完遂です。これからもせめてアビドス編が終わるまでこれが続くように頑張ります。
感想、評価などお待ちしています。
いつもと投稿時間が違う理由はいつもの時間にわかります