たくさんの方々からお気に入りをいただけたり、感想が来るようになったり凄く嬉しいです。これからも頑張ります。
ここは何処かの高層オフィス。
悪趣味で煌びやかな調度品に彩られた薄暗い部屋で、大柄の男がモニターに映し出された映像を、何度も、何度も繰り返し眺めていた。
画面に映っているのは、一人の白髪の男。
たった一人で十数人のカタカタヘルメット団の前に立ち塞がり、まるでハエでも叩き落とすかのように、木刀一本で全員を瞬時に気絶させた戦闘記録。
そして画面が切り替わる。それは、今さっき前線から送られてきたばかりの最新の戦闘記録だった。
ヘルメット団に提供した主力戦車。その『FlaK41改』の砲口へと真っ直ぐに木刀を突き刺し、あろうことか内側から暴発させて無力化する白髪の男の、あまりにも無茶苦茶で規格外な戦闘シーン。
「……おのれ」
男の口から、地を這うような低い地鳴りのような声が漏れる。
「おのれ、アビドス……。おのれ、白髪の男……!!」
怒りに震える巨大な手。その分厚い指先で握られたリモコンが、ミシミシ、パキキ……と不穏な音を立ててヒビを入れてゆく。
アビドスを完全に追い詰め、処理するはずだった計画。カタカタヘルメット団という便利な捨て駒を使い、確実にあの生意気な猫耳のガキを処理して対策委員会の心を折るはずだった算段が、すべてあの正体不明の男に引っ掻き回されている。
パキンッ! とプラスチックの砕ける音が静かな部屋に響き、完全に破壊されたリモコンが男の手から床へと転がった。
大柄な男は忌々しげにネクタイを緩めると、デスクの上に置かれた仰々しいデザインの通信端末へと手を伸ばす。
もはや、ヘルメット団のような有象無象の不良どもではあの白髪の怪物を抑え込むことはできない。アビドスの連中を確実に、完膚なきまでに叩き潰すための「プロ」の手駒が必要だった。
男は、ある「便利屋」の連絡先を画面に呼び出し、発信ボタンを乱暴に押し込んだ。
コール音が鳴り響く。
このアビドス自治区の裏で蠢く、いささか利己的で、手段を選ばない無法者たち。
「……あァ、私だ。例の件でな」
繋がった通信の向こう側へ、男は傲岸不遜な態度で、しかし確実な殺意を込めて用件を切り出した。
「お前たちに、至急やってもらいたい仕事がある。……あァ、ターゲットはアビドス対策委員会。それと──忌々しい白髪の男だ。話を聞いてもらおうか、便利屋68」
──────────
カーテンの隙間から差し込む朝の光が、白茶けた天井を照らしている。
消毒液の匂いと、どこか懐かしい布団の匂い。アビドスの保健室のベッドに横たわる銀時は、「……う、あー……」と重い呻き声を漏らしながら、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
頭の後ろに走る、ズキズキとした鈍い痛み。戦車を叩き潰した栄光の代償が、ただのマヌケな自爆の衝撃であることに脳が追いつきかけた、その時だった。
「……っ、先生! よかった……大丈夫? 頭、まだ痛い!?」
ベッドのすぐ傍らから、弾かれたような声が上がった。
銀時が視線を泳がせると、そこにはパイプ椅子に腰掛け、ずっとそばで彼の寝顔を見守っていたセリカがいた。その丸い瞳は不安と心配でいっぱいに揺れており、今にもこぼれ落ちそうなほど潤んでいる。
顔を赤らめながらも、その強めの言葉にいつものようなトゲは一切なく、セリカは身を乗り出して銀時の顔を覗き込んできた。
「……あー、なんだこれ……。俺ァまだ、あれか? 脳震盪で都合のいい夢でも見てんのかね……。あのツンデレ猫娘が、世界の終わりみたいなすげー心配そうな顔で俺を見つめてるんだけど……」
「もう、ばか……! ……でもよかった、意識がはっきりしてて……」
いつもなら「誰がツンデレ猫娘よ!」と鋭い蹴りの一発でも飛んでくるところだが、今のセリカは赤面しながらも涙を浮かべた目元をそっと拭う。
「ほんと、心配したんだから……!」
セリカは俯き、ぎゅっと自分のスカートの裾を握りしめながら、消え入りそうな声で本音をこぼした。
「……あのさ、黒猫ちゃん。非常に言いにくいんだけど、俺、ただ空から落ちてきた自分の木刀でちょっと頭ぶつけてマヌケに気絶しただけなんだけど。そんなピュアピュアな心配されちゃうと、逆に銀さん恥ずかしさで五臓六腑がネジ切れそうなんだけどマジで。俺、そんなか弱い男に見えんの?」
銀時は頭の後ろをポリポリと掻きながら、ベッドの上で上半身を起こした。あまりにも真っ直ぐな好意を向けられると、どうにも居心地が悪くていつもの軽口で誤魔化そうとしてしまう。
だが、セリカは今度ばかりは睨みつけるように顔を上げると、潤んだ瞳のまま銀時を真っ直ぐに見据えた。
「私たちと違って、銃弾一発でボロボロになる体のくせに何言ってんのよ……! 心配するに決まってるじゃない!」
「……」
その言葉に含まれた重みに、銀時は一瞬失ったが、すぐに大きくため息をつくと、わざとらしく両手を頭の後ろで組んで、天井を見上げながら呆れたように首を振った。
「おーい、誰か傘持ってきてくんね。そのうち霰が降ってきそうなんだけど。デレた猫の温度差でアビドスの気候が完全に狂いそうなんだけど」
「だ、誰がデレた猫よ!!」
ようやくいつもの調子に戻って顔を真っ赤にするセリカだったが、すぐにまた、その表情を少し曇らせて静かに口を開いた。
「……ねえ、先生はなんで私を助けに来てくれたの?」
「何お前。情緒不安定すぎんだろ。心配すんのか怒るのかヘラるのかハッキリしろよ。風邪ひきそうなんだけど銀さん」
銀時はわざとらしく自分の肩をすくめ、やれやれと首を横に振って見せた。いつものように煙に巻いて、この気恥ずかしい空気をブレイクしようとするもセリカは引かなかった。
「ふざけないで応えて。真剣なの」
ピキィン、と猫耳が真下へ伏せられる。
向けられたのは、誤魔化しを一切許さない、真っ直ぐで不器用な少女の視線。
「私、先生にずっと酷いこと言ってた。変態白髪だの、信用できない大人の男だのって……。なのに、なんで死に物狂いで助けにきてくれたのよ……」
そこまで一気に捲し立てると、セリカは再び視線を床へと落とし、消え入りそうな声で付け足した。
「……ただの、生徒だから?」
その問いかけに、銀時はしばらく何も言わず、窓の外から聞こえる乾いた砂風の音に耳を傾けていた。
やがて、銀時は大きく息を吐き出すと、頭の後ろに組んでいた手を解き、どこか遠くを見るような目で口を開いた。
「……お前らってさ、先生だからとか大人だからとか。俺にとってお前らが生徒だからとか。俺がそんな熱血教師みてえな理由で動く人間だと思ってんのか?」
「え……?」
予想外の言葉に、セリカは弾かれたように顔を上げた。
「俺ぁ肩書こそ先生になってるがそりゃ肩書の話にすぎねーの。先生じゃなくったって、俺がお前の近くにいたら助けに行ってるわ」
「だからどうして……!」
たまらずセリカは声を荒らげた。何もかもを割り切って、自分たちのために命をかけるこの大人の「本音」が知りたくて、必死に食い下がる。
そんな不器用な少女を真っ直ぐに見据え、銀時はぶっきらぼうに、けれど確固たる意志を込めて言い放った。
「それが俺のやりてえことだからな」
「先生の……やりたいこと?」
「そ」
短い肯定。そう言って銀時は、ベッドの傍らに立てかけられた、あちこち傷だらけの『洞爺湖』の木刀へと静かに視線を向けた。
「俺ぁ今日のことで手一杯、目の前のことで手一杯なんでね。だったらせめて……俺のコイツ。俺の剣が届く範囲の奴らは助けてえのさ。それが俺の武士道ってヤツだ」
セリカの猫耳が、その言葉の響きに合わせてピクリと跳ねる。
頭に乗せられた手の温もりと、その不器用で、けれど何よりも誠実な男の背中が、セリカの胸の奥を激しく締め付けた。
「……ばか」
セリカは頭に置かれた銀時の手を振り払うこともせず、ただ耳を真っ赤に染めて、聞こえないほどの声でそう呟くのが精一杯だった。
「……それよりもさー。いつまでも扉の前で聞き耳立てねえでくんね? 入るなら入ってこいよマジで。銀さんこーゆー空気マジで耐性ねーんだから」
そう銀時が口にした途端、保健室の扉が外れてどさどさどさっ……と。シロコ、ノノミ、アヤネが倒れた扉の上へと重なる。その後ろからホシノが来て「えへへ、バレちゃったか〜」と。
「ちょっとぉ! アンタたち何やってんのよ──ーっ!?」
セリカが弾かれたように立ち上がり、顔をこれ以上ないほど真っ赤にして絶叫する。
「ん……セリカが先生にデレた瞬間、部屋に突入して阻止しようとしたら、アヤネに羽交い締めにされた。扉の強度がアビドスの財政並みにボロいのが悪い」
扉の一番下で潰されながらも、シロコはむすっとした顔で、未だに自分の体を後ろからホールドしているアヤネを睨む。その頬はぷくー、とヤキモチで膨んでいた。
「シロコ先輩、突入しちゃダメですって言ったじゃないですかぁ! 先生は病み上がりなんですから! 私が止めなきゃ、今頃保健室がキャットファイト戦場になってましたよ!?」
シロコの上でワタワタと抗議するアヤネはヤキモチ暴走寸前だったシロコを止めるのに必死だ。
「ふふ、でもお陰ですっごく良いものが撮れました〜☆ セリカちゃん、今の『ばか』、再生数稼げそうですね〜!」
そして、一番上でのんきに笑うノノミの手元には、ちゃっかりと録音アプリが起動したままのスマートフォンが握られていた。彼女はこの甘酸っぱい空気を最初から最後まで楽しんでいたようだ。
それを見てセリカは更に顔を上気させ、涙目でノノミへと掴み掛かろうとする。
「録音してたのぉぉぉ!? 聴くなバカァァァ!! 今すぐ消せぇぇぇ!!」
「ん、消させない。アーカイブしてシャーレのサーバーにバックアップとる」
「アンタは協力すんなァァァ!!」
どったんばったんと身悶えしながら言い訳と抗議を繰り返す三人を見下ろし、倒れた扉の後ろから最後にひょっこりと姿を現したのは、頭の後ろで手を組んだホシノだった。
「うへへ〜、いや〜、朝からおじさん若さの特異点を見せつけられちゃって、もうお肌の水分量が全回復しちゃいそうだよ〜」
「お前も若えだろ小娘ェ!! てかノノミお前もそれすぐに削除しろよマジで!! 我ながらクサイこと言ってたなあって今、全身の毛穴から鳥肌立ってゾワゾワしてるからね俺!!」
銀時はベッドの上でのたうち回りながら全力で叫んだ。三十路手前の男の全力の懇願と必死に携帯を奪い取ろうとするセリカにノノミは「うふふ、ダメです☆」と嬉しそうにスマホをさらに高く掲げる。
すると、少し離れたところにいたホシノが、おもむろに人差し指をすっと立て、どこからか持ってきたおもちゃのプラスチック刀を肩に担ぎ直した。そして、いつになく低い、どこか気怠げで渋い声を作って口を開く。
「……それが俺の武士道ってヤツだ。……キリッ☆」
「声真似すんじゃねーよホシノてめえはァァァ!!! 絶妙に似てんのが一番腹立つんだよ! あと最後の『キリッ☆』は言ってねーだろ! 余計なポーズとオプション付け足して銀さんの台詞をさらにクサく演出してんじゃねーよ!!」
「うへへ〜、だっておじさん、こういう熱い台詞に弱くってさ〜」
ホシノはケラケラと笑いながらいつものお気楽な表情に戻る。
「……もう! ほんっとにバカばっかり……!!」
セリカは両手で顔を覆い、耳の先まで真っ赤に染めながらノノミの脇で地団駄を踏んだ。
だが、その視線はチラチラと、騒ぎの中心で相変わらず怒鳴り散らしている白髪の男へと向けられている。
朝の眩しい光が差し込む部屋の中で、銀時は「あーもう、頭痛ぇのは木刀のせいじゃなくてお前らのせいだわ!」と悪態をつくのだった。
──────────
「……ねえねえ、せっかくだし。もうここで定例会議しちゃわない〜? 先生も起きたことだしさ」
ホシノがパイプ椅子をくるりと反転させ、背もたれに顎を乗せながらお気楽なトーンで提案した。
「ええ、ここでですか!?」
アヤネが眼鏡の位置を直しながら、すっかり外れて転がっている保健室の扉を見つめて声を裏返らせる。
「ん、たまには気分転換に場所を変えるのも悪くないと思う」
シロコが静かに頷くと、銀時の掛け布団の端を引っ張りながら淡々と続けた。
「定例会議? なんの話するんだよ?」
銀時はシロコから布団を奪い返して首まで包まりながら、怪訝そうに眉をひそめる。
「アビドスの様々な問題を解決するための会議ですよ、先生☆ いつもは少しおふざけみたいな感じになっちゃうんですけど、先生がいる、なら……」
ノノミがふんわりとした笑顔で言うと、セリカがすかさず呆れたようにため息をついた。
「……先生がいるなら尚更ややこしくなりそうよね、寧ろ」
「おいこら。急に失礼なこと言ってんじゃねーよ。銀さんだってちゃんとオンオフあるからなコレでも。伊達に酸いも甘いも噛み分けてねーの。こう見えて大人の会議ってやつにゃちょっとした一家言あるわけ。何だったらマッ○ンゼーもびっくりのロジカルシンキングでアビドスの諸問題をバサバサ斬り捨ててやってもいいんだぞ?」
「先生の場合オンオフがしっかりしすぎてるんだよね〜」
ホシノがオッドアイをへにゃりと細めて、クスクスと笑いながら銀時を指さす。
「普段のオフが死んだ魚の目どころか、完全に干物の一歩手前までいっちゃってるのに、戦う時だけ急にバリバリのオンになるでしょ〜? おじさん、その落差のせいで風邪ひいちゃいそうだよ〜」
「わかってねーな、今の時代定時きっかりが基本なんだよ。残業なんか流行らねーの。俺がまさにそれ。必要な時だけキレキレに動いて、あとは省エネモード。これがデキる大人の働き方ってモンよ。……さあさ、病み上がりの俺がいる中でやるんだろ。さっさとやれって定例会議」
銀時がベッドの背もたれに寄りかかりながら手をパタパタと振ると、アヤネが「コホン」と小さく咳払いをして、手元の端末の画面をみんなに向けた。
「先生が言うなら……ではアビドス対策委員会定例会議を始めます! 議題はいつものように借金をどうするかです!」
アヤネの宣言に、ノノミが「はい!」と元気よく手を挙げる。
「ではセリカちゃん! 財務担当として現在の状況と、何か打開策はありますか?」
話を振られたセリカは、待ってましたと言わんばかりに胸を張り、フンスと鼻を鳴らした。
「私たちの借金はもう膨大すぎるの、地道にバイトして返すだけじゃ利子に追いつかないレベルなのよ! だから、もう一発デカいのを当てるしかない!」
「ふ〜ん、じゃあその具体的な方法は〜?」
ホシノがパイプ椅子をギコギコと言わせながら、興味深そうにオッドアイを細める。
「ふふん、よくぞ聞いてくれました! これよ!」
セリカが制服のポケットから自信満々につまみ出したのは、何やら怪しげな、紫色の石がいくつも連なった数珠のようなブレスレットだった。
「このゲルマニウム麦飯石ブレスレット! これを身につけているだけで運気が超上昇して、なんと宝くじの当選確率が3億倍になるの! これをみんなで買って……」
「却下」
セリカの熱弁を遮り、銀時が感情の全くこもっていない声で即座に切り捨てた。
「どうして!? まだ説明の途中じゃない!」
「お前そーゆーとこまでピュアピュアか!? 大人を信じてねえとか散々突っぱねてたくせに、そーゆーとこだけは都合よくピュアピュアなのな!? おい、誰だこの猫にそんな怪しいマルチの商材掴ませた奴は! そんな場末の週刊誌の裏表紙の広告に出てるようなもんで一山当てられてたら、俺ぁとっくにパチンコ御殿建てて毎日キャバクラでドンペリ開けてるわ! 次!」
「は〜い」
今度はホシノがのんびりと手を挙げた。
「な、なんか嫌な予感がしますけど、ホシノ委員長!」
アヤネがすでに胃を痛めそうな顔で眼鏡のブリッジを押し上げる。
「やっぱりね〜、人手を増やすのが大切だと思うんだよ。生徒の数が増えれば連邦生徒会に議員を輩出できるし、予算も増えるし、アビドスの発言権も手に入るしね〜」
「おーおー、やっと大人の会議らしいまともな意見が出るじゃねーか。そうそう、そーゆー現実的なのでいいんだよそーゆー……」
銀時がうんうんと満足げに頷いた直後、ホシノはへにゃりと人害のない笑みを浮かべたまま言葉を続けた。
「だから、他校のスクールバスをハイジャックして生徒達をまとめて誘拐しちゃえばいいんだよ〜」
「どこの修羅の国だこらぁぁぁぁ!!! 何!? キヴォトスの女の子って頑丈な銃のせいで頭のネジまでどっかに落としてんの!?!? 誘拐って何!? 人身売買から始めんのこの学校!? 財政再建の第一歩が完全に国際指名手配犯のソレだろーがよォォォ!! 次ぃ!!」
銀時がベッドのシーツをバシバシと叩きながら怒鳴り散らすと、今度はシロコが静かに、けれどブレない眼差しで挙手した。
「ん、じゃあ私」
「ではシロコ先輩……お願いします……」
早くもまともな意見が出ることを諦めかけたアヤネが、すっかり疲れ切った様子で発言を促す。
「セリカのブレスレットはともかくとして、確かにこの額は大きな手を使うしかないと思う」
「まあ確かにな、九億円なんてサッカーのトップリーガーだのSNSの胡散臭い社長でもなきゃなかなか払えねえし。地道なバイトだけで返すにゃ、それこそ銀さんが白髪から完全にハゲ散らかすまで時間がかかる。でもどうやってその『でけえ一発』を作るんだ?」
銀時がフムと顎に手を当てて先を促すと、シロコは迷いのない手つきで自分のサドルバッグを開け、中から「これ」といくつかの布切れを取り出してベッドの上に並べた。
それは、五人分の五色の覆面。そして──なぜかもう一つ、妙にリアルに作られた黒い般若の覆面だった。
「……え、なに。これ使ってみんなで幼稚園回ってヒーローショーでもやんの? 鬼滅的なサムシングで小銭でも稼ぎに行くわけ? ちなみに銀さん、やるなら鬼じゃなくて、白目剥いて数珠ぶら下げてる奴がいいんだけど」
「違う、銀行強盗」
シロコは至って大真面目な顔で、並べた覆面を指さした。ちなみに鬼の覆面は銀時の分のようである。
「また犯罪行為じゃねえかあァァァァァ!? しかも俺まで巻き込む気満々で鬼のハイクオリティなやつ用意してんじゃねえよコレ!?!? なんでアビドス対策委員会ってのは財務も委員長も突撃隊長もどいつもこいつも前科一犯からスタートしようとしてんの!? 銀行から金奪ったらそれアビドスの借金じゃなくて別の罪状が膨らむだけだろーがよォォォ!!」
「はーい☆ 次は私が提案しまーす!」
ノノミがはつらつと手を挙げ、教壇に立つような明るい笑顔を浮かべた。
「ではノノミ先輩……どうぞ……」
アヤネはもはや片手で眉間を強く押さえ、現実逃避するように目を閉じている。
「私のは犯罪でも詐欺でもないですよ。みんなでスクールアイドルをやるんです!」
「なあ、銀さんツッコミすんのもう疲れたから一回寝ていい? 脳の糖分が完全に切れて今、目の前のシロコがイチゴショートケーキに見え始めてんだけど」
「ん、だめ。生クリームかけないで」
「ええ……」
銀時はがっくりと肩を落とし、布団に包まれた自分の膝へと顔を埋めた。
「やっぱり学校の立て直しと言えばアイドルですよ、アイドル! 私たちでグループを作って、歌って踊ってアビドスの名前を世界中に広めるんです! そうすれば寄付金もたくさん集まりますよ☆」
「却下」
ノノミのキラキラした夢想を、今度はホシノがニヤニヤ笑いながら一瞬で切り捨てた。
「ん、ホシノ先輩なら一部のマニアにウケると思うのに。合法ロリ枠」
「こんな貧弱な体を好む奇特な輩がどこにいるのさあ、ないない。おじさん悲しいかな、需要の波には逆らえないよ〜」
ホシノが自分の平坦な胸元を叩いておどけてみせる。それを見た銀時は、寝ぼけ眼のまま「あー」と生返事をしながら口を滑らせた。
「そーそ、いくら高三とは言え、こんなちっこいのを本気で好む奴がいたらそいつはロリコ……」
──ドパァァァン!!!
轟音と共に、銀時の顔面のわずか数センチ横の壁が派手に炸裂した。漆喰の破片と煙が保健室のベッドに降り注ぐ。
いつの間にかホシノの手元に握られていたショットガンの銃口から、細い硝煙がゆらりと立ち上っていた。彼女は銀時の方を向くことすらなく、ただ銃を片手で構えたまま、オッドアイの目をへにゃりと細めて笑っている。
「ごめ〜ん、ちょっと手元が滑っちゃった☆ よく聞こえなかったんだけどさあ、先生、何か言ったあ?」
「ナンモイッテマセン」
銀時は両手をきれいに挙げてベッドの上で完全に硬直した。冷や汗が天パの隙間を伝ってダラダラと流れ落ちる。
「……先生、さっきからみんなの意見に文句ばかり言ってるけど。そういう先生こそ何かアビドスを救う策はないの?」
シロコがベッドの縁に腰掛け、コクンと首を傾げながら銀時をじっと見つめた。その純粋な瞳には、戦車を叩き潰した男への一縷の期待が込められている。
「気になる。大人の、先生としての解決策」
「……まあ、あるにはあるが……。銀さんが江戸の街で酸いも甘いも噛み分けて、数々の修羅場を潜り抜けてきた中で培った、極めて現実的かつ即効性のある経済活動のノウハウがな……」
銀時はすっと腕を組み、いかにももっともらしい顔をして、ゆっくりと重々しく口を開いた。
「……ここはあれだな。やっぱりお前らドレス着て、ちょっと夜の街に繰り出して、男どもに酒飲ませてぼった──え、待って。なんでみんなこっちに銃口向けてんの?」
「……安心して、ちゃんとゴム弾だから。痛いだけだから。痛い目見せるだけだから」
「ちょ、ま────」
バババババババババババババン!!!!!
ドガシャァァァァァン!!!!!
銀時が最後まで言い終える前に、保健室の狭い空間に4丁の銃撃音が狂ったように鳴り響いた。それと同時に、どこからともなく出現したアヤネのちゃぶ台が、音速を超える勢いで銀時の顔面に直撃し、文字通りひっくり返る。
「それぼったくりキャバクラじゃないですかァァァァァ!! 学生を何だと思ってるんですかこの最低最悪な変態白髪天パ教師がァァァァァ!!!!!」
その後、アヤネによる怒髪天を突いた怒涛の説教が、夕方近くまで数時間にわたってアビドス高等学校の校舎裏まで響き渡ることになるのを、この時の銀時はまだ知る由もなかった。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
実を言うとアビドス対策委員会の会議のシーンを見て銀魂の大喜利みたいな銀さんのツッコミが思い描かれたのをきっかけにこの物語を書きました。
まだまだやりたいことはあるので、それにお付き合いいただければ幸いです。
感想評価などお待ちしています。