「……! 校舎前に大規模な兵力の集結を確認! 数は以前の襲撃以上です!」
ドローンでの警備についていたアヤネの悲鳴に近い声が陽光が差し込む対策委員会の部室に響き渡った。彼女の叩くキーボードの音がやけに大きく聞こえる。
「え〜、何? またカタカタヘルメット団〜? ほんと、あの子たちも懲りないねえ。おじさん、せっかくラーメン食べて眠くなってきちゃったところなのにさあ」
ホシノがソファーの上でクッションを抱えながら、けだるげにオッドアイをパチクリとさせた。
「いいえ、彼女達じゃないです! 装備の統一性もありますし、動きの統率の取れ方も違います……日雇いの傭兵です!」
アヤネが血相を変えて、ドローンから送られてきた上空からの映像を部室のメインモニターに映し出す。
「傭兵ねえ、あのチンピラどもとはちげえってわけだ」
銀時はそう呟きながら、アヤネの激烈な説教とちゃぶ台返しの跡として顔に貼られていた幾らかの絆創膏をベリッ、ベリッと容赦なく剥がしていった。生傷から少し血が滲むが、そんなことは意にも介さない。
剥がした絆創膏をゴミ箱に放り捨てながら銀時は死んだ魚の目を少しだけ細め、モニターに映るドローン映像──まあ、この世界の傭兵らしい日雇いの工人か何かにしか見えない格好をしたヘルメットや防弾ベストを纏った少女達の集まりを静かに眺めていると、その先頭で傭兵を率いている四人の姿が目についた。
「……あり? こいつらさっきラーメン屋で会った奴らじゃね? あの、すき焼きがどーたらって一人でハードボイルドごっこしてた赤髪のポンコツお嬢ちゃんじゃね?」
銀時がモニターの一点を指さすとアビドスの面々も一斉に画面に身を乗り出した。
「ほんと、ですね……なんで彼女達が……!? さっきまで一緒にラーメンを食べていたのに……!」
アヤネが信じられないといった様子で、眼鏡の奥の目を丸くする。
「アイツら、先生からの恩をドブに捨てるような真似してくれちゃって、許さないんだから! 奢ってもらうもんだけ奢ってもらって、裏切るなんて最低よ!!」
セリカが猫耳をピンと逆立てて怒りを露わにし愛用のライフルをガシャリと構えた。それを見た銀時はボコボコの頬を引きつらせながら冷めた口調で突っ込む。
「おめーらに強制された恩だろーが。銀さん、自分の意志で一銭も払ってねーからな。お前らのあの『ここで奢らなきゃ通報するぞ』っていう無言の暗殺者みたいなプレッシャーに負けただけだからな」
「ん、そんなことはどうでもいい。敵として来るなら迎え撃つまで」
シロコは短くそう告げるとすでに愛用のライフルを慣れた手つきでチェックし、いつでも引き金を引ける状態にしていた。彼女の瞳には、さっきラーメン屋で見せたような同情の光はもう一切残っていない。
「こちらは準備おーけーですよー☆ いつでも声をかけてくださいね、先生」
ノノミが軽々と巨大なミニガンを肩に担ぎ直し、いつもと変わらないおっとりとした笑顔で微笑む。そのギャップが逆に凄まじい威圧感を放っていた。
「……まあ、食後の運動にゃちょうどいいか。食った分しっかり動いて、カロリーチャラにすんぞー」
銀時が木刀をパチパチと手のひらに打ち付けながら、かったるそうに首の骨を鳴らす。
それぞれが武器を手に部室を飛び出し、真昼の強烈な太陽が砂を焦がすアビドス校庭へと向かった。校庭にびっしりと敷き詰められた砂袋や鉄製のバリケード。その強固な防衛線の各配置へと、5人は慣れた動きで素早く散っていく。
バリケードの隙間から正面を見据えれば、 その先では日雇い傭兵たちを背後に従え、不敵に佇む便利屋68の姿。
銀時はバリケードからひょこっと身を乗り出すと、まだ顔中あざだらけのまま、遠くに立つアルたちに向けてひらひらとだらしなく手を振りつつ声を張り上げて語りかけた。
「おーいこら。ラーメンの恩を銃弾で返そうとかお前らってどんな教育受けてんの? 江戸の寺子屋でももうちょっと義理人情ってやつを教えるぞコノヤロー。銀さんさみしーなー、せっかくのコンビニスイーツ10日分が、まさかこんな鉄の塊になって返ってくるとは思わなかったわー」
「その件はありがと、先生♡ でもそれは上げてこれはこれだからさあ。仕事だから仕方ないの」
アルが「うぐぐ……」と顔を真っ赤にして口篭るなかで、ムツキがきゃはは、と楽しそうに笑いながら愛用のサブマシンガンを指先で器用にくるくると回した。
カヨコも深く溜め息をつきながらも、その言葉に頷いて銀時を鋭く見据える。
「……確かに、さっきの施しには感謝してる。でも、心苦しいけど公私混同はしない。私たちは便利屋68。依頼を受けたなら、どんな相手であってもやり切るまでだからね」
「……けっ、そーゆー何でも屋だか便利屋だかってな商売は、俺の方が先駆者だっつーの。こちとら万事屋っつー看板背負って、義理と人情で生きてんだよ。幾ら大金積まれたって、人道に外れるよーな仕事は……あ、だめだ。よく考えたらこないだ不倫調査で依頼人の旦那のケツ追い回して、結果的に夫婦仲を完膚なきまでに崩壊させたことあったわ。なんなら慰謝料の泥沼裁判の証人として出廷しかけたわ」
「アンタほんとどんな最低な仕事してんのよ……!!」
緊迫した戦場のはずなのにセリカの鋭いツッコミがインカムから響き渡った。
「家庭を完膚なきまでに崩壊……!? 依頼人の家庭を崩壊に導き、裁判の裏で暗躍するフィクサー……! やっぱり、筋金入りのアウトローね……! これこそ本物の夜の世界の住人だわ……!」
アルは銀時の最低な過去の過ちに、なぜか勝手に恐ろしいバックボーンを見出して一人で目を輝かせ、ごくりと唾を呑んだ。
「いや、社長。アレはただの最低な探偵業、っていうかただのプライバシー侵害だと思う」
カヨコが額を押さえながら冷静に、そして冷酷にツッコむ。
「け、けど! 心苦しいけど……私たちはこれでもアウトロー! 金さえもらえれば何でもやる! 情け無用よ! ……いくわよ、アビドス対策委員会!!」
アルが良心と憧れによる気まずさを振り払うように叫び、愛用のスナイパーライフルを掲げてアビドス校舎へと銃口を向けた。
それを合図に、周囲に展開していた日雇い傭兵たちが一斉に激しい射撃を開始した。無数の銃弾が真昼の乾いた空気を切り裂き、アビドスが敷いたバリケードへと雨あられと降り注ぐ。
「ん、始まった。みんな、遮蔽に隠れて!」
「反撃開始よ! 弾幕、薄くしないでくださいね!」
シロコの指示と同時にノノミのミニガンが凄まじい咆哮を上げ、セリカとホシノもバリケードの隙間から正確なカウンターを叩き込んでいく。激しい火線と硝煙が、一瞬にして校庭を戦場へと変えていくのだった。
「あーあ、始まっちまった。アイツ多分そのうちその場のノリと見栄だけでとんでもねー痛い目見るタイプだぞ。銀さん、それで人生めちゃくちゃになった奴よーく知ってるわ。元気にしてっかなあ、長谷川さんの奴」
無数の銃弾がバリケードを激しく叩き、火花が飛び散る中で、銀時はシロコと並んで遮蔽物に身を隠しながらやれやれとぼやいた。降り注ぐ鉛弾の雨を前にしても、その死んだ魚の目は相変わらず緊張感という言葉を知らない。
「先生。お喋りはそこまで。敵の数、カタカタヘルメット団のときよりずっと多い。どうする?」
シロコがライフルのマガジンを小気味いい音を立てて叩き込み、冷静に作戦を仰ぐように銀時を見つめる。
「しゃーねえな。おい、シロコ。お前は他の奴らと一緒にあの四人──あのポンコツ社長たちを片付けてろ。このままじゃ数に押し切られる。今度は俺が、あの周りの有象無象の雑魚どもをまとめて引きつけとくからよ」
「……先生、一人で? 相手はかなりの大所帯だよ」
「伊達に歳食ってねーの。お前らはあのちょっと頭の緩そうなリーダー格を叩け。頭さえ潰せば、あの雇われ根性の雑魚どもはクモの子散らすみたいに逃げてくはずだ」
銀時は不敵にニィと口元を歪めると、愛用の木刀「洞爺湖」の柄を強く握り直した。
「じゃ、行ってくるわ。あんま時間をかけるなよ。銀さん、まだラーメンが消化しきってなくて脇腹痛くなりそうだからな!」
言い残すや否や、銀時はバリケードを蹴って、銃弾が飛び交う校庭のど真ん中へと勢いよく飛び出した。
「おいおいおいお前らぁぁぁ!! 誰の許可取ってアビドスの敷地内でサバゲー始めてんだコラァァァ!! 日雇い労働者ならヘルメット被って大人しくシャベル持って砂でも掘ってろォォォ!!」
そう叫びながら、猛然と日雇い傭兵たちの真っ初中へと駆けてゆく白髪天パの背中。
彼が凄まじい勢いで敵のヘイトを引きつけている間に、シロコはバリケードの隙間からホシノへと視線を送り、銀時の意図を正確なハンドサインで伝えた。
『先生が雑魚を引き受ける。私たちはあの4人を叩く』
「うへ〜、相変わらず無茶苦茶やるねえ、あの先生は」
ホシノがニヤリと不敵な笑みを浮かべてショットガンを構え直す。シロコを先頭にノノミ、セリカ、ホシノの4人は、銀時が作り出した弾幕の空白地帯を突いて便利屋68の4人が陣取る本陣へと向かって一斉に躍り出た。
「ん、そこ。動かないで」
シロコが遮蔽物から滑り出すように飛び出し、正確な三連射をアルの足元へと叩き込む。
「な、なによもう!? 早いのよ来るのが!」
アルは奢ってもらったラーメンの衝撃から完全に立ち直りきらないまま、慌てて愛用のスナイパーライフルを構えて応戦する。その弾丸がシロコの横の砂袋を激しく弾いた。
「きゃはは! 楽しそうだねー、アビドスの委員長さんも遊ぼうよ!」
ムツキが笑いながら複数のグレネードを空中へと放り投げる。ピンが抜かれた手榴弾が放物線を描いてアビドス側に迫るが、それをホシノはそれをショットガンで撃ち抜き、轟音と共に爆煙が巻き起こる。
「うへ〜、手荒い歓迎だねえ。でも、おじさんは結構強いよ〜?」
煙の中から無傷で現れたホシノが、ショットガンを片手で構えてムツキを威嚇する。
『セリカちゃん、右から回り込んで! ノノミ先輩は後方からの支援をお願いします!』
アヤネのインカムを通した的確な指示を受け、セリカがアサルトライフルを連射しながら砂漠の障壁を軽快に飛び越えていく。
「言われなくてもわかってるわよ! あんたたち、さっきのラーメン代、ここでキッチリ身体で返してもらうんだから!」
「ひゃあぁぁ!? すみません、すみません! 私なんかがここにいて銃を撃って本当にすみません!!」
セリカの猛攻に対しハルカが涙目で叫びながら、半ばパニック状態でショットガンを狂ったように乱射して応戦する。その弾幕は凄まじくセリカも思わず近くのバリケードに身を隠さざるを得ない。
「……ハルカ、落ち着いて。私がカバーするから」
カヨコが冷静にハルカの斜め後ろに位置取り、拳銃でアビドス側の進撃ルートを的確に制限していく。
一方の銀時は、正面から迫る濃密な火線を、まるで見えない道が見えているかのように最小限の動きで掻い潜り、傭兵たちの懐へと猛スピードで肉薄していった。
「情報にあった白髪頭だ! 戦車を壊した化け物よ、絶対に近づかせるな!」
「濃密な弾幕を形成して食い止めろ! 距離を取って撃ち続け──」
「おいおいおいつれねえこと言うんじゃねーよ嬢ちゃん達! ちったあおじさんに付き合ってくれ……やっと!!」
たった一瞬、前線の傭兵の一人が激しい射撃の合間にリロードを挟んだ、そのわずかコンマ数秒の隙。銀時はその瞬間を完全に見計らっていた。
風を切り裂くような踏み込みで一気に間合いを詰めると、リロード中だった傭兵の懐へと滑り込む。
「なっ──」
「おっと、よそ見してんじゃねーよ」
下から鋭く振り上げられた木刀が傭兵の持っていたライフルを綺麗に捉え、ガキィィン! と甲高い音を立てて白昼の空へと弾き飛ばした。武器を失い呆然とする少女の懐を銀時はそのまま一気にすり抜けては次の傭兵へと襲いかかる。
銀時は彼女たちの急所を完全に外し愛用の木刀でただひたすらに、彼女たちの被っているヘルメットの脳天を正確に、小気味いい音を立てて叩き割っていった。
「ほい、安全第一!」
パコン!
「工事現場の基本を忘れてんじゃねーよ!」
パコン!
「KY活動でもやっとけ!」
パコココン!!
そうして更に銃撃を躱しながら、さらに集団へと畳み掛けようとした──その瞬間だった。
キーンコーンカーンコーン……
キーンコーンカーンコーン……
乾いた空気にあまりにも場違いで、どこか気の抜けたお昼のチャイムの音が鳴り響いた。アビドス高等学校の敷地内にある、古びたスピーカーから流れる規則正しいメロディ。
その音が校庭に響き渡った瞬間、それまで狂ったように銃を乱射していた日雇い傭兵たちの動きがピタリと文字通り完全に停止した。
「……あ、十二時だ」
「うん、お昼休み。契約書の時間、ここまでだよね」
一人の傭兵が腕時計を確認して緊張感を綺麗に失った声を上げると、周囲の傭兵たちも一斉に銃口を下げる。そして銀時が木刀を振り上げかけていた少女も自分の腕時計を示しつつ両手を上げて降参の意を伝えてきた。
「いやー、盛り上がってるとこすんません。今回の給料だとここまでなんで」
「そうそう。この金額だとこれ以上やったらサービス残業ですよ」
「お疲れ様でしたー。午後からは別のバイトあるんで、お先失礼しまーす」
ヘルメットを脱いで頭を押さえながら傭兵たちはゾロゾロと隊列を崩し、アビドス校門の方へと向かって歩き始めてしまう。さっきまでの濃密な弾幕が嘘のように彼女たちはあっさりと武器を肩に担ぎ、世間話をしながら撤退していく。
「お、おう、おつかれさーん……?」
振り上げた木刀を強引に静止させた銀時は、完全に拍子抜けした顔で目をぱちくりとさせながらゾロゾロと帰る日雇い労働者たちの背中をただただ呆然と見送るしかなかった。
一方、本陣でアビドス対策委員会と激しい火花を散らしていた便利屋68の面々も背後の大部隊が突然帰路につく光景を目の当たりにして完全に動きを止めていた。
「え、ええええええええええええっ!? ちょっと待ちなさいよあんたたち! どこ行くのよ!? まだ作戦の途中よ!?」
アルが目をこれ以上ないほど丸くし裏返った声を上げながら、去っていく傭兵たちの背中に向かって必死に両手を伸ばす。しかし、傭兵たちは「いやー、今回の仕事渋すぎっしょー」「も少し貰えてたらあと1時間程度は働いてやってたのにねー」などと口々に不満を漏らすばかりで、アルの制止に聞く耳を持つ者は一人としていなかった。
完全な孤立無援。アルは屈辱と焦燥感でわなわなと全身を小刻みに震わせていたが、この状況でこれ以上の戦闘を継続するのは不可能だとそのプライドを涙ながらにへし折った。
「お、覚えおきなさいアビドス対策委員会! そしてそこの先生!! 今回は、今回はただの契約上の不手際よ! 次こそは完璧な計画で、貴方たちを恐怖のどん底に叩き落としてあげるんだから!!」
捨て台詞を精一杯に張り上げると、アルは外套の裾をバサァッ! と派手に翻した。
「便利屋68、一時撤退よ!! みんな、逃げるわよ──ーっ!!」
「キャはは! アルちゃん最高! またねー、アビドスのみんな〜♪ ……それと、せーんせ……♡」
「……はあ、やっぱりこうなるよね。ハルカ、行くよ」
「し、社長ぉぉぉ! 待ってください! 私のようなゴミを置いていかないでくださいぃぃぃ!!」
アルの退却命令を合図に、4人は一斉に踵を返して砂漠の彼方へと猛スピードで逃げ出していくのだった。
「……ほらな、言ったろ。一時のテンションと見栄だけで動いて痛い目見るタイプの女だって。お前らもその場の雰囲気に乗って、あんな風に自分を見失ったりすんじゃねーぞ。特にそこのセリカちゃん、買い食いのノリで変なもん衝動買いしたりすんなよ」
砂煙を上げて去っていく便利屋68の背中を、銀時は木刀を肩に担ぎ直しながら呆れたように、けれどどこか教訓めいた口調で指さした。
「誰が衝動買いよ! 私をあんなポンコツ社長と一緒にしないで!」
セリカがすかさず怒鳴りつけるも、すぐにふぅとため息をついて肩の力を抜く。しかし、アヤネは未だに手元の端末の画面を険しい表情で見つめたままだった。
『……しかし、カタカタヘルメット団が落ち着いたら、今度はあんな便利屋に目をつけられるなんて。アビドスを狙う敵は、本当に文字通り後を絶ちませんね……』
「……まあ、彼女たちのバックに誰がいるのか、調べてみる価値はありそうだよね〜」
ホシノが遮蔽物に寄りかかりのんびりとした口調ながらも、そのオッドアイの奥に鋭い光を宿らせて呟いた。ただの行き当たりばったりの便利屋がゲヘナの傭兵をこれだけ掻き集めてアビドスを襲撃してきたのだ。その資金源や、彼女たちに依頼を出した「黒幕」の存在を疑うのは当然の流れだった。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
ジェミニたんによる校正作業ですが、私のジェミニたんは銀さんに脳を焼かれているのか銀さんがむず痒くて仕方なくなりそうなかっこつけのセリフを勝手に付け加えることがあります。
解釈違いの出力が起きないように調教し直さなきゃ……
感想、評価お待ちしております。