ブルーアーカイブ 透き通る青春よ永遠なれ   作:Jon.Do

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だんだんと暑くなってきたので初投稿です。

日に日に多くなってゆくUAにニヤニヤが止まらないです。


第十五話 両手に花か両手にペロロか

 便利屋68や傭兵達の襲撃があった日の翌日。銀時は「万事屋銀ちゃんキヴォトス支店」の営業と売り込みのために、チラシの束を片手に閑静な街並みを歩いていた。一昨日の夜の四人の少女達によるゴム弾の弾幕やアヤネから喰らった激烈な説教による打撲痕はすっかり綺麗に完治している。肌色に戻った頬を軽くさすりながら、いつも通りの気だるげな足取りで歩いていると向こうから登校途中のアヤネが歩いてくるのが見えた。

 

「おー、アヤネじゃん。どしたん? ここら辺はアビドスの登校で使う道からは結構離れてるだろーに。まさか朝っぱらからパフェの美味い店でも探してルート外れた口か? もしそうなら銀さんも同行するぞ?」

 

 銀時がいつも通りの気の抜けた声でひらひらと手を振ると、アヤネは驚いたように顔を上げ、それから少しホッとしたような、けれどどこか疲れたような苦笑いを浮かべた。

 

「あ、先生、おはようございます。ふふ、パフェなら嬉しいんですけど、残念ながら違います。その……今日が例の『借金』の分割支払日なので、先ほどお金をおろしてきたんです」

 

 アヤネは小脇に抱えたカバンを少しだけ愛おしそうに、そして盗難を警戒するように周囲を見回しながら重々しく抱え直した。その中には、アビドスが背負わされた気の遠くなるような巨額の利息の一部──彼女たちが血と汗を流して工面した、貴重な現金が詰まっているのだろう。

 

「へーえ、今どきカード決済でも電子マネーでもなく現金払いなんてな。めっずらしー……まあ、朝から大金持って歩くのもしんどいだろうが、お疲れさん」

 

「はい、ありがとうございます。……あ、それと、先生。ちょうど良かったです。昨日の便利屋68の連中やこの間の……」

 

 アヤネが真面目なトーンに声を落とし、重要な事実を伝えかけた──まさにその時だった。

 

「おっはよ〜、先生♡」

 

 唐突に、銀時の右片腕に、信じられないほど柔らかい声色を伴って甘い感触が滑り込んできた。

 

 昨日、柴関ラーメンで美味そうにラーメンを啜り、その後、校庭で笑顔のまま手榴弾をバラ撒いて銀時たちを襲撃してきた張本人の一人──便利屋68の室長、ムツキである。

 

「ちょっと、先生ってば。お仕事中なのにそんな死んだ魚の目でぶらぶらしてちゃダメだよー?」

 

 ムツキは銀時の二の腕を自分の胸元にぎゅっと抱きしめるように擦り寄ってくると、小悪魔的な笑みを浮かべながらくりくりとした瞳で銀時の顔を覗き込んできた。昨日あれだけ激しく銃火器を交えたことなどまるで最初からなかったかのような、あまりにも自然で無防備な距離感。さらに銀時のすっかり綺麗になった顔を見て、ムツキは目をいっそう輝かせる。

 

「あ、怪我治ったんだ? やっぱり私好みー……♡」

 

「……アヤネちゃんアヤネちゃん。銀さんの目、ちょっと今おかしなことになってるかもしれないから確認させて。昨日、俺がコンビニスイーツ十日分を犠牲にして奢ったラーメンの恩をその直後に一瞬の躊躇もなく鉛玉で返すような真似してきたドSな小悪魔が、今なんでこんなに馴れ馴れしく引っ付いてきてんの? 距離感バグってない? キヴォトスの距離感ってこれがデフォ?」

 

 銀時はその場から一歩も動けず、冷や汗を流しながら隣のアヤネに助けを求めた。

 

「そんなの知りませんよ! ちょっと、今更なんなんですか貴女は! 先生から離れてください!」

 

 アヤネは顔を真っ赤にして怒りを露わにし、銀時の腕からムツキをグイグイと力任せに剥がそうと試みる。しかしムツキはまるでスッポンのように銀時の腕にガッチリと抱きついたまま、全く離れる気配がない。それどころかますます楽しそうに体を擦り寄せてくる。

 

「ふふっ、メガネっ娘ちゃん、そんなに怒んないでよー。細かいこと気にしない気にしない! こう見えてさ、昨日のは悪いなーとはちょっとだけ思ってるんだけどねー? ほら、私ってば仕事は仕事、プライベートはプライベートってキッチリ割り切ってるタイプだから! それにー……先生のこと、ちょっと気に入っちゃったし……♡」

 

 悪びれる風もなく、むしろ年上の男に甘えるのを楽しんでいるかのようなムツキの態度に、アヤネの視線はますます険しさを増していく。

 

「なー、本当にキヴォトスのガールズってあれなん? 人格のスイッチのオンオフが激しすぎるスピリット持ってる奴ばかりなん? 昨日あんなにヒャッハ──! って手榴弾投げてた奴が、次の日『お気に入り♡』とか言って甘えてくるとか、温度差激しすぎて銀さん風邪ひいて寝込みそうなんだけどマジで」

 

「まあまあ、細かいことは気にしなーい! 先生はみんなの先生なんだから、ね? 先生も今度、私たちの便利屋68に遊びに来てよ! アルちゃんも、みーんな大歓迎して喜ぶと思うし! ……あ、そろそろみんなのとこ行かないと。怒られちゃう。じゃーね、せーんせ♡」

 

 ムツキはそう言うと最後までアヤネの怒りの視線をどこ吹く風で受け流しながら、ようやく銀時の腕からパッと身を離した。そして、ひらひらと軽快に手を振り返しながら、スキップでもしそうな足取りで閑静な路地の向こうへと去っていった。

 

 嵐のような少女が去った後、現場には何とも言えない脱力感と、キヴォトスの理不尽さに直面した二人の深い溜め息だけが残された。

 

「うーっ、本当に何なんですかあの人は……!? 昨日はあんなに激しく銃撃戦をしたっていうのに、まるで放課後に買い食いでもするようなノリで近づいてきて……! 先生も先生です、何で振り払わないんだか! ふんっ!」

 

 アヤネはキッと眼鏡の奥の目を吊り上げ、ムツキが去った方向と銀時の顔を交互に睨みつけながらぷんぷんと怒りを爆発させている。

 

「……アイツ、将来ぜってー男を何人も破滅させるタイプの悪女になるわな。女の子って怖えわぁマジで……。江戸の遊郭の太夫でももうちょっと段階踏むぞおい……」

 

 銀時はムツキに抱きつかれていた自分の右腕をどこか遠い目で見つめながら、ゾクッと身震いをするのだった。

 

 ──────────

 

「……では変動金利などを諸々適用し、利息は788万3250円となります」

 

 無機質でどこか慇懃無礼な機械音声が、アビドス高等学校の応接室に冷酷に響き渡った。

 

「うう、やっぱり今回も利息分しか払えない……。これじゃいつまで経っても元金が減らないじゃない……!」

 

 セリカは悔しさに奥歯を噛み締め、ロボットによって回収されるアタッシュケースを眺める。アヤネが今朝、金融機関の窓口から命がけで運んできたあの重みのあった現金は、もう手元にはない。

 

「カイザーローンをご利用くださり誠にありがとうございます。滞りないご返済、大変素晴らしく存じます。では、また来月もよろしくお願いいたしますね」

 

 丁寧でありながらも底知れない悪意を感じさせる口調でそう言うと、取り立て屋のロボットは事務的に一礼した。そしてアビドスの少女たちが血と汗を流して工面した貴重な現金を積んで、外に待機させていた現金輸送車に乗り込み、乾いた砂煙を上げて帰っていった。

 

 窓の外を走る車の轍をじっと眺めていた銀時は口に咥えた飴の棒を転がしながら、いつになく低い声で呟く。

 

「……アレが、お前らの首を絞め続けてる取り立て屋か。どこの世界にもいるが、あの手の鉄クズはマニュアル通りにしか動かねーから一番タチが悪いな」

 

「……はい。これで、今回の支払いを終えて……アビドス高等学校の残りの返済期間は、あと309年と……」

 

 アヤネが涙を堪えるように端末の画面を見つめ、震える声でその絶望的な数字を読み上げようとした。

 

「言わなくていいわよ! 自分の寿命を何回ループすりゃいいんだって話だし、もうウンザリしちゃうわよ……!」

 

 セリカが頭を抱えて叫び、アヤネの言葉を遮る。その言葉には、アビドス全員が心の底で抱えている終わりの見えない戦いへの疲弊が滲んでいた。

 

「まあまあ、二人ともそこまでにしときな。とりあえず、みんな教室に戻ろっか〜。先生も一緒にさ。昨日の便利屋たちの件について、新しい情報をアヤネちゃんから聞きたいしね〜」

 

 ホシノがいつものようにのんびりとした調子で場を和ませるが、そのオッドアイは、去っていった現金輸送車の背後で陽炎が揺れる砂漠の地平線を、静かに見つめていた。

 

 ──────────

 

「……では昨日の襲撃の話です。首謀者は便利屋68という部活。ゲヘナ学園ではかなり素行の悪い連中と評価されています」

 

 アヤネがホワイトボードに、昨日ドローンが捉えたアルたちの写真をパチンと磁石で貼り付けながら仕入れてきた情報を読み上げる。真昼の強烈な太陽の光が古びた教室の床を白く照らし、室内にはどこか気だるい空気が漂っていた。

 

「ゲヘナ、ゲヘナ……ああ。システムを取り返すときに俺の護衛についてた生徒で一人いたな、ゲヘナ生。チナツつったっけ、アイツ見る限りじゃいいとこのお嬢様学校とかそんなイメージだったけどそーでもねーのな。あんなポンコツお嬢様がのさばる程度には世紀末なわけだ」

 

 銀時がパイプ椅子に深く腰掛け、頭の後ろで手を組みながら鼻を鳴らした。

 

「ラーメン屋であった時はいい人たちだなーと思ったんですけど……」

 

 ノノミが昨日、一人分のラーメンを健気に分け合おうとしていた4人の姿を思い出し少し残念そうに眉を下げる。

 

「いえ、そんなことはありません! 部活でありながら起業という形で金を稼ぎ、母校からも半分追放扱いされてる危険な人たちです! 今度あったら必ず捕まえて取り調べしましょう!」

 

 アヤネがいつも以上に語気を強めて、机をバンと叩いた。眼鏡の奥の瞳が、いつになくメラメラと怒りの炎で燃え盛っている。

 

「うへー、アヤネちゃん気合い入れてるね〜、なんかあったの?」

 

 ホシノが意外そうな顔をして、ソファーの上でクッションを抱えながら首を傾げた。

 そう言われてアヤネは銀時の片腕を見て、ふんっ、と鼻を鳴らしつつ顔を逸らし……。

 

「……何でもありません! 次の報告に移ります!」

 

「いや何でもなくねーだろ! 明らかに俺の腕見てフンッて言ったよね!? 銀さん何も悪くねーからな! 朝から小悪魔のハニートラップに引っかかりそうになって一番ビビったのは俺だからな!?」

 

 銀時の必死の弁明を冷たく無視してアヤネは手元のファイルをパサリと厳かにめくった。

 

「続いて先日、セリカちゃんを襲ったカタカタヘルメット団が使用していた装備品についてです。入手した部品を調べたところ、現在は使用されていない型番でした」

 

 アヤネがホワイトボードの別の資料を指し示すと、それまで不貞腐れていたセリカも真剣な表情で身を乗り出す。

 

「じゃあ今は生産してないってことかー……。あれだけの数を、あのチンピラ共がどこで手に入れたんだろね?」

 

 ホシノがソファーの上でクッションを顎の下に挟みながら、けだるげに、けれど核心を突くように呟いた。

 

「生産が中止されたものを手に入れる方法は……キヴォトスではブラックマーケットしかありません」

 

 アヤネが眼鏡のブリッジを指先でクイと押し上げながら、深刻な表情で言葉を続ける。

 

「ブラックマーケット……闇市ってとこか。まあ確かに、そーゆー胡散臭え品物を手に入れる場所にゃちょうどいい。……それに、情報収集もそーゆー薄暗えとこが一番やりやすかったりもするからな。裏モノの出どころを突き止めるにゃ、裏のネズミに聞くのが一番早え」

 

 銀時は頭の後ろで組んでいた手を下ろすと懐の木刀の感触を確かめた。

 

「んじゃ、決まり。早速ブラックマーケットに行ってみよっか」

 

 ホシノがソファーから「よっこらしょ」とだるそうに身を起こし、のんびりとした笑顔のまま銃を肩に担ぎ直した。

 

 ──────────

 

「ここがブラックマーケット……結構賑わってますね☆」

 

 ノノミが物珍しそうに周囲を見回しながら、パチパチと目を輝かせた。

 怪しげなネオンが真昼の太陽の下でも不気味に明滅し、露店には出所不明の重火器や怪しい薬品、ジャンクパーツが所狭しと並べられている。行き交う人々も、どこか訳ありげなヘルメット団や防犯マスクを被った者ばかりで、独特の熱気と治安の悪さが渾然一体となって渦巻いていた。

 

「うへー、私達は普段アビドスから出ないけど、こんなとこもあるんだねえ……」

 

 ホシノが眠たげにオッドアイをパチクリとさせて呟く。

 

「ん、こんなに人がいるのなんてなかなか見ない」

 

 シロコもアビドスでは見かけることのない周囲の賑わいに視線を動かしていた。

 

「おし、じゃあ手分けして情報集めんぞ。餅は餅屋、裏社会の情報は裏社会のエンターテインメント空間に集まるって古事記にも書いてあるからな。まず俺はそこの『CRパチスロキヴォトス大戦』って書いてあるパチンコ屋で濃厚な聞き込みを敢行するからお前らは……」

 

「させるかぁぁぁ!」

 

 ガッシャ────ン!!! 

 

「ぶふぉ!?」

 

 言葉の終わり際、横から放たれたセリカの容赦のない鋭い飛び蹴りが銀時の脇腹にクリーンヒットした。銀時の身体は綺麗な放物線を描き、パチンコ屋の自動ドアの手前にあるゴミ箱へと頭から突っ込んで派手な音を立てる。

 

「ここには調査しに来たんでしょ!? パチンコ打ちに来たわけじゃないのよ!? 」

 

 セリカは肩を怒らせ、仁王立ちのままジタバタしている銀時の足を指差して怒鳴り散らした。

 

「まあまあ、セリカちゃん。先生は(ダメな)大人なんだから、たまあにはそーゆー時もあるって〜。おじさん知ってるよ、大人はお財布が寂しくなると緑色の液晶画面の数字を増やしたくなる生き物なんだよ〜」

 

 ゴミ箱からどうにか頭を抜いた銀時が、髪にタバコの吸い殻を乗せたまま、ホシノを指差して声を裏返らせる。

 

「おいこら、小さくダメなって付け加えたよなお前!?!? あとさりげなくパチンコ打ちのリアルな心理描写を挟んで俺を全否定するのやめてもらえる!? 銀さん傷ついちゃうから! 豆腐メンタルだから!!」

 

『みなさん、ふざけないでください! ここは危険な場所なんですから何が起こるか……』

 

 インカムの向こうからアヤネの頭痛を堪えるような、そして警告を孕んだ必死の声が響いた。しかし、その忠告が最後まで紡がれるよりも早く──

 

 タタタタタタタタン!!! 

 

 すぐ近くの路地裏から、乾いた突撃銃の激しい銃声が響き渡った。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁ! ついてこないでくださいー!」

 

 硝煙の匂いと共に、聞き覚えのある少女の悲鳴がこちらに向かって近づいてくる。

 駆け寄って来る生徒は質の良さそうな白い制服を着ており、アビドスの面々とは明らかに異なるお嬢様学校の雰囲気を醸し出していた。しかし、その背中に背負っているリュックや、そこからジャラジャラとぶら下がるキーホルダーは、どれもこれも目がチカチカするような、なんとも言えない珍妙なデザインのキャラクターものばかりだった。

 そんな不調和な格好をした少女は、数人のカタカタヘルメット団のチンピラに追いかけられ、涙目で必死に足を動かしていたが、ついにバランスを崩して──

 

「きゃっ!?」

 

「ん、おっと」

 

 正面にいたシロコの胸元へと、思いきり正面衝突してしまった。

 

「あいたたた……す、すみません! あまりに慌てて前を見てなくて……!」

 

 少女は尻もちをついたまま平謝りするとシロコは優しく微笑みかけた。

 

「ん、私は大丈夫。そっちは……大丈夫そうじゃないね。思いきり追いかけられてたみたいだし」

 

 シロコは軽く服の砂を払うと、ぶつかってきた少女を背に庇うようにして、路地裏からゾロゾロと幾つも這い出てきた不良たちを冷ややかな瞳で見据えた。

 

「おうおうおう、お前ら。邪魔すんじゃねえよ。あたいらはそこの嬢ちゃんに用があるんだわ」

 

「へへっ、そいつはあの有名なお嬢様学校、トリニティ総合学園の生徒だからな! こいつを人質にとれば、学校から身代金がたっぷり貰えるって寸法さ!」

 

 マスクをつけたチンピラ二人が、自分たちの圧倒的な優位を疑いもしない様子で下品な笑い声を上げながら獲物を囲い込もうとジリジリと距離を詰めてくる。身代金、人質、そんな物騒な単語にセリカたちがカチャリと武器を構えようとした、その時だった。

 油断しきった不良たちの背後に、ゆらり、と白い影が音もなく立ち塞がった。

 

「子どもが身代金誘拐なんざ、百年早ぇんだよコノヤロー」

 

「あ?」

 

 不良が振り返るよりも早く、銀時の手元が目にも留らぬ速さで動いた。

 彼の手にあるのは、さっき吹き飛ばされたゴミ箱からなぜかちゃっかり拾い上げていた、底のすり減った薄汚れて半分破れたプラスチックのスリッパ。

 

 スパパンっ!!! 

 

「ぶべっ!?」

 

「ひでぶっ!?」

 

 小気味いい乾いた音がブラックマーケットの路地に響き渡る。銀時は流れるようなスナップを利かせ、並んでいた不良たちの後頭部を寸分の狂いもなく正確に叩き割っていった。

 木刀すら使うまでもない。スリッパの一撃を脳天に喰らったチンピラどもは、白目を剥いてその場にバタバタと崩れ落ち、一瞬にして完全に沈黙した。

 

「ふぅ……。ったく、朝からハニートラップに引っかかりそうになるわ、昼飯前に誘拐犯の片棒をスリッパでへし折る羽目になるわ、銀さんの平穏なキヴォトスライフはどうなってんだよ」

 

 手にした破れスリッパをペッと放り捨て、銀時は親指でガリガリと頭を掻きながら、地面にへたり込んだままのトリニティ生を見下ろした。

 

「おい、嬢ちゃん。立てっか?」

 

 銀時は少しだけ視線を和らげ、不器用ながらも大きな手をヒラヒラと差し出した。

 

「あ、はい……ありがとうございます!」

 

 少女はその手を借りて、泥のついたスカートを払いながらペコリと頭を下げた。

 

「あの、私、トリニティ総合学園の阿慈谷ヒフミと申します! 本当に助かりました、皆さん。ブラックマーケットにはちょっと珍しいグッズの買い出しに来ただけだったんですけど、まさかあんな人たちに絡まれるなんて……」

 

 ほっと胸をなでおろすヒフミだったが、銀時の死んだ魚のような目は、お礼の言葉など半分も聞いていなかった。彼に視線は、ヒフミが背負っているリュックからこれでもかと主張の激しいオーラを放っている、あの奇妙なキャラクターグッズの数々に完全に釘付けになっていたのだ。

 

 白い球体のようなフォルム。無表情な顔に、ぽっかりと開いた虚無のような目。まるで……

 

「……なぁ、ちょっと気になって夜しか眠れなくなりそうなんだけどさ。あり、こいつ……エリザベスか? お前、何でそんなもんでリュックをデコってんの? あいついつの間にこの世界にまで進出してキャラビジネス始めてんだよ。ていうかプラカードはどこに隠した?」

 

「なんですかそれ。そんな変な名前じゃありません! この子はモモフレンズの『ペロロ様』です! 宇宙で一番可愛くて尊い、私のソウルメイトなんです!」

 

 ヒフミは急にキリッとした表情になり、キーホルダーの白い塊を両手で包み込むようにして熱弁を振るい始めた。

 

「……え? いや、モモとかペロとか言われても。つーかお前、その虚無を見つめるような目をした白い物体に本気で尊さ見出だしてんの? 大丈夫? 銀さんちょっと心配になってきたんだけど……」

 

 あまりの熱量に圧倒され、完全に話題についていけず目を泳がせている銀時。そんな彼と、熱心に語るヒフミの間に、シロコがすっと滑り込むようにして立った。

 

「ん、その話は後。それより、ブラックマーケットに珍しいものを買いに来たって言ってた。何買いに来たの? 戦車? それとも、強力な化学兵器?」

 

「いえ、そんな物騒なものじゃありませんよ!?」

 

 シロコの物騒な質問に、ヒフミは手をブンブンと横に振って大慌てで否定した。

 

「ほら、これです! とっくに生産中止になってしまった品物なんですけど、ペロロ様とアイス屋さんがコラボした際に、たった一日で配布が終了してしまった幻の限定ノベルティグッズで──」

 

 ヒフミが嬉しそうにリュックから取り出したのは、やはりどこか既視感のある、しかし今にも動き出しそうな不気味さと愛らしさが同居する、小さなプラスチック製のマスコットだった。

 

「……やべーよホシノ、俺最近の若い子の感性についていけそーにねーんだけどどうすりゃいーの、どう反応すりゃいーの? なにあれ、今はああいうエリザベスのバッタモンみたいな虚無の塊を拝むのがナウいわけ? チョベリグなわけ?」

 

「そんなことおじさんに聞かれても知らないよー、最近の若い子にはついていけん……。おじさん、最近の流行りはちょっと遠目から眺めるだけで十分かな〜」

 

「お前も同年代だろうが! なに一人だけ完全に一線を退いたご隠居みたいな空気醸し出してんだコラ! 混ざれ! 無理にでもヤングの波動に混ざっていけ!」

 

 銀時とホシノがそんなヒソヒソ話を耳元で交わしつつ、ようやくヒフミの熱狂的なペロロ様トークの波がひと段落して落ち着きを取り戻すと、ヒフミはハッと我に返って、カバンを大事そうに抱え直した。

 

「それにしても、本当にあなた達がいなかったら今頃どうなってたことやら……! 実は私、校則に反してここにはこっそり来てるんです。だから、もし事件に巻き込まれたりしたのが学校にバレたら……補習どころじゃ済まなくて、最悪の場合は退学処分に……」

 

 ヒフミは一転して、自分が犯した「お嬢様のタブー」の重さにガタガタと震え始める。

 

「お前、お嬢様学校の清楚な生徒に見えて、やってることは結構ファンキーなのな……。校則破って闇市でキャラ活とか、なかなかの骨太スピリットじゃねーか。……って、言ってる傍からほら見ろ。すっかり囲まれちまったぞ」

 

 ……と、銀時がかったるそうに大きくあくびを噛み殺すと同時に、路地の前後からガチャガチャと武器を構えた不穏な足音が響き渡った。見ればマスクをつけたブラックマーケットのチンピラどもが、いつの間にか銀時やアビドス、そしてヒフミ達を完全に包囲している。

 

『さ、さっきのチンピラの仲間達みたいです……! 数が多すぎます、皆さん気をつけてください!』

 

 インカムからアヤネの悲鳴混じりの警告が飛ぶ。

 

「てんめえええ! さっきはよくもあたいらの仲間をスリッパでボコってくれたな! タダで帰れると思うなよ……って、え、ちょ、待って」

 

 先頭で息巻いていた不良のリーダー格が、凄む途中でピタリと動きを止め、その視線が銀時の姿に釘付けになった。

 

「おい、嘘だろ……。あの天然パーマの締まりのない白髪、妙な着流しの着方、腰の木刀、それに……あの光を一切宿してねえ死んだ魚みてえな目……!」

 

「間違いない、奴だ! 噂の、たった一人でカタカタヘルメット団の戦車を素手同然で叩き壊したっていう『シャーレの先生(タンクキラー)』だあ!!」

 

「ひ、ひえぇぇぇ! 本物だ! 本物の化け物が出たぞ!!」

 

「アタイらじゃ逆立ちしたって敵わねえ! 命が惜しけりゃずらかるぞお前らァァァ!!」

 

 さっきまで身代金だの報復だのと騒いでいたチンピラどもは、銀時の顔を確認した瞬間、文字通り顔面を蒼白にさせた。そして、銀時が木刀に手をかけるどころか、鼻の穴をほじろうと指を動かしただけで「ひゃああ!?」と悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすようにして一斉に逃げていってしまった。

 そして話題の渦中にあった銀時はと言うと……

 

「待って、俺そんなダッセー二つ名つけられてんの? 『タンクキラー』って何!?」

 

 銀時が自分の不本意な二つ名に目を血走らせるが、アビドスの面々にはその訴えは全く響いていないようだった。

 

「……ん。先生、すっかり有名になっちゃった」

 

 と、銀時のすぐ隣で、シロコが少しだけ眉をひそめ、むす、とした様子で不満を隠そうともせずに銀時の左腕の袖をぐいっと引っ張るようにして寄り添ってきた。

 

「何よアイツら、先生の普段の情けないところなんてこれっぽっちも知らないくせに、噂だけで大騒ぎしちゃってさ。調子狂うわよね」

 

 セリカもフン、と鼻を鳴らしながら、シロコに対抗するように銀時の右側のポジションを陣取った。

 両脇を一回りは歳下の少女たちにがっちりと固められ、身動きが取れなくなった銀時は、冷や汗をだらだらと流しながら、一歩引いたところで面白そうに見物しているホシノに視線を向けた。

 

「……なあホシノ。俺いよいよ最近の女の子の思考回路がわからなくなってきたんだけど。さっきまで俺をゴミ箱に蹴り飛ばしてた奴らが、なんで急に両脇を固めて俺のパーソナルスペースをゴリゴリに削りにきてんの? 飴と鞭の配分バグってない? 銀さんそろそろキャパオーバーで爆発するよ?」

 

「おじさんにも複雑な乙女心は難しくてよくわからないよ〜。でも、せいぜい夜道で背中をサクッと刺されないように、これからの立ち回りに気をつければいいんじゃないかなあ?」

 

 ホシノは他人事のように暢気に手を振りながら、これ以上ないほど不穏なアドバイスを送る。

 

「縁起でもねえこと言うんじゃねえよ!! なにその『明日の朝、枕元にドスが刺さってても泣かない』みたいなリアルな脅し文句は!? 俺の命の灯火、キヴォトスに来てから常に消えかかってんだけど!!」

 

 銀時の絶叫がブラックマーケットの喧騒に虚しく響き渡る中、隣でその様子をポカンと見ていたヒフミは、目を丸くしてアビドスの面々と銀時を交互に見つめていた。

 

「あ、あの……もしかして皆さんは、その、凄く仲が良いんですね……?」

 

 ヒフミは胸の前で両手を合わせ、少し頬を赤らめながら、おずおずといった様子で声をかけてきた。彼女の目には、年齢の離れた「先生」という大人を巡って、アビドスの生徒たちが文字通り火花を散らしている光景が、何とも言えない青春の一ページのように映っているらしい。

 

「仲が良い!? 嬢ちゃん、お前今これを見て仲が良いって言った!? 銀さんの両腕の骨が彼女たちの若さあふれる謎の筋力でミリミリ悲鳴を上げてる現実から目を背けないで!? これ仲が良いんじゃなくて、ただの捕虜の護送だからね!?」

 

 銀時が必死に首を振って否定するが、シロコもセリカも、掴んだ袖や腕を絶対に離しようとはしなかった。それどころかヒフミの言葉に反応して、二人の間でパチパチと目に見えない火花が散り始める。

 

「……ん。仲が良いとか、そういうのじゃない。先生はアビドスの顧問だから、私が警護するのは当然の任務」

 

「ちょっとシロコ先輩! 何どさくさに紛れて独占しようとしてんのよ! 警護なら私だってできるわよ! むしろ、このだらしない大人がブラックマーケットの変な店に吸い込まれないように監視する役目が必要なの!」

 

「……ん。セリカ、声が大きい。先生が耳を塞ぎたがってる」

 

「誰のせいで大きくなってると思ってんのよ!?」

 

「あはは……」

 

 ギャーギャーといつも通りの言い合いを始めた二人を前に、ヒフミは困ったように笑いながらも、どこか楽しそうにその光景を見つめていた。トリニティのような規律正しいお嬢様学校では、ここまで感情を剥き出しにしてぶつかり合うような日常は、あまりお目にかかれないのかもしれない。

 

「うへ〜、相変わらず賑やかでいいことだねぇ。おじさん、若い子のこういうエネルギーを見てると、それだけでお腹いっぱいになっちゃうよ〜」

 

 ホシノがソファー代わりにしていた手すりから足をぶらぶらさせながら、目を細めて微笑む。

 

「お前がお腹いっぱいになってどうすんだよ! 誰かこの冷や汗でお腹いっぱいになりそうな銀さんを助けて! てかそもそも俺たちブラックマーケットに何しに来たんだっけ!? 完全に目的を見失ってただの痴話喧嘩に巻き込まれてんだけど!!」

 

「ヒフミちゃん。あっちの両手に花な朴念仁は放っておいてさ。けっこーここには来てるの?」

 

 ホシノは騒ぎ続ける3人を緩い目で見送ると、手すりからトントンとヒフミの方へ歩み寄り、覗き込むようにして尋ねた。

 

「うっ、その……はい。ここなら生産中止品だとか数量限定品だとかが手に入るので……」

 

 ヒフミは少しバツが悪そうに、それでも大切に抱えたペロロ様のマスコットを見つめながら白状する。

 

「よかったらもうすこし、教えてくれない?」

 

 ホシノのオッドアイが、穏やかな笑みの奥で鋭い光を宿す。

 偶然出会ったトリニティの少女──彼女の持つ「ブラックマーケットの知識」こそが、アビドスが求める闇の調達ルートを暴くための、大きな足がかりになるかもしれない。そんな大人の思惑を乗せて、混沌とした闇市での奇妙な情報収集が、本格的に動き出そうとしていた。




ここまで読んでくださりありがとうございました。気付けば時間さえあれば書き溜めしている日々です。

ずっと前から銀さんを登場させたかったエピソードが近くなり始めているので楽しみにしています。

これからも一生懸命綴って参りますので、評価や感想、お気に入りをしてくださるととても嬉しくて励みになります。どうぞお見守りください。
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