ブルーアーカイブ 透き通る青春よ永遠なれ   作:Jon.Do

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銀さん達がカチコミをしたので初投稿です。

土日に二本立てはアビドス対策委員会篇が終わるまでとなるかなと思います。


第十六話 カチコミの時間

 ブラックマーケットの混沌とした路地裏。ヒフミを保護した一同は、怪しげな露店が並ぶ一角で、焼き立てのたい焼きを売る屋台を見つけ、ひとまずそこで足を止めていた。

 

 アビドスの財政を圧迫する元凶、そしてカタカタヘルメット団の闇ルートに迫るため、ホシノはヒフミからキヴォトスの裏の仕組みについてさらに詳しく聞き出す。甘い香りが漂う中、最新の情勢とアビドスの危機の本質が、少しずつ形を成して語られてゆく。

 

「……へ〜、つまりこのブラックマーケットっていうのは、どこかの学園が管理してるわけじゃなくて、自治区の境界にある無法地帯ってことなんだね〜」

 

 ホシノがたい焼きの尻尾を齧りながら、感心したように呟く。ヒフミから詳しく話を聞きながら、六人の少女たちと銀時は、めいめいたい焼きを口に運んでいた。

 

「どーりでこんなでけえわけだよ。闇市どころか一大闇国家じゃねーか。連邦生徒会サマは何してるんかねえ」

 

 銀時はたい焼きを頭から丸ごと一口で放り込み、もぐもぐと口を動かしながら、相変わらず締まりのない愚痴をこぼす。

 

「ん、本当にそう思う。……あ、先生。食べカスついてる」

 

 シロコがすっと自分の指先を伸ばし、銀時の頬についたあんこを当然のような手つきで拭い取った。

 

「ほら、喉に詰まらせないようにお茶も飲みなさいよ。まったく、子供じゃないんだから綺麗に食べなさいよね」

 

 すかさずセリカが水筒のお茶をコップに注ぎ、銀時の目の前に突きつける。

 

「へいへい。……そんでアビドスに融資してたのはグレーに近え企業展開ばかりやってる一大財閥の下請けか。こいつァきな臭さが納豆レベルになってきたなオイ」

 

 銀時がお茶をズズッと啜りながら真面目なトーンに声を落とすると、シロコが自分のたい焼きをパカッと半分に割り、その片方を銀時の口元に差し出した。

 

「はい、先生。私の半分食べていいよ」

 

「甘いモノばかり食べてると体悪くするわよ、……でも仕方ないから私のもあげるっ。ほら、受け取りなさいよね! 別に、お腹いっぱいなだけなんだから!」

 

 セリカも顔を少し赤くしながら、自分のたい焼きを千切って銀時に押し付ける。

 

「……さっきからなんなんだマジで二人ともさあ! 結構シリアスな話してたよね!? それなのになんで二人して女房ヅラしてんだお前らは!!」

 

 銀時が両手を上げてツッコミを炸裂させていると、それまで大人しくたい焼きを食べていたノノミが、通りを挟んだ向こう側の広い路地を見つめたまま、驚きに目を見開いて声を上げる。そこには今朝、対策委員会と万事屋とで懸命にかき集めた大金を回収していったカイザーローンの現金輸送車が多くの護衛車に囲まれてマーケットの大通りを進んでいた。

 

「見てください! あの車、ブラックマーケットで一番大きい闇銀行に入って行きます……!」

 

 重装甲の現金輸送車は、マーケットでいちばんの規模を誇る闇銀行の巨大な門の前に到着すると、ピタリと停車した。周囲を警戒するマーケットガードの兵士が近づき、運転席から差し出された書類を確認する。何らかの認証が通ったのか、冷気を孕んだ重い鉄扉がゆっくりと開き、車はそのまま銀行の裏口の暗がりへと滑り込んでいった。

 

「おいおい、そーゆーことかよ。納豆どころか腐った臭いでムンムンじゃねーか」

 

 銀時が冷や汗をかく。ホシノもその車の動きを見て目を細め、いつもの眠たげなオッドアイをうっすらと細めた。

 

「私たちのお金はあの闇銀行の資金になってたってことだね」

 

「……ん。つまり、あの中にアビドスのお金が流れている証拠……裏の取引記録や帳簿が全部ある」

 

 シロコがコクと頷き、その瞳に静かな光が灯った。彼女は背負っていたスポーツバッグをドサリと地面に降ろすと、チャックを迷いなく全開にする。

 

「だったら、話は早い。今からあの銀行を襲って、証拠の書類を全部回収する」

 

「はあああああ!? 何言ってんのよアンタ!? 目的が書類だろうがなんだろうが、銀行を襲う時点で完全にアウトでしょ!?」

 

「ちょ、ちょっとシロコちゃん!? 冗談ですよね!?」

 

 セリカとヒフミの悲鳴のような絶叫が響くが、シロコの手は止まらない。バッグの中から、さまざまな色のニットで作られた怪しげな目出し帽が次々と取り出されていく。

 

「ん、作戦プランA。覆面を被って正面から突入、速やかに証拠書類を確保して撤収する。これ、みんなの分」

 

 シロコは手際よく、ホシノ, セリカ, ノノミへと手慣れた様子で覆面を配っていく。そして、完全に腰を抜かしているトリニティのお嬢様の前で動きを止めた。

 

「……ん。ヒフミの分が足りない。これで我慢して」

 

「えっ、あ、あの……これ、さっきのたい焼きの紙袋じゃ……!?」

 

 シロコがヒフミの頭にすっぽりと被せたのは、目元の部分だけが雑に指でくり抜かれた、油の染みた「たい焼きの袋」だった。当然、中からは香ばしいカスタードの匂いが漂ってくる。

 

「なんでそんな臨機応変なんだよ! 完全に一人だけギャグ要員になってんだろーが!?」

 

 銀時がすかさずツッコミを入れるも、シロコは「ん」と短く呟き、バッグの底から一番最後の一品を厳かに取り出した。

 

「先生には、これが一番似合うと思う」

 

「俺はまだ参加するって決めたわけじゃ……って、なんで俺だけ無駄に精巧に作られた般若の覆面なんだよォォォ!!」

 

 手渡されたのは、どこぞの伝統工芸品かと思うほどおどろおどろしく、質感までリアルに再現された漆黒の鬼の仮面だった。

 

「これ被ったら完全に俺だけ『強盗団のボス』か『裏社会のフィクサー』じゃねーか! 捕まった時の刑期が一人だけ3倍くらいに跳ね上がるやつだろコレ! 頼むから普通のやつにして! 白色の目出し帽とかはねえのかよ!?」

 

「いいからいくよ、リーダー。指揮をお願い」

 

 シロコは青い覆面で顔を隠したまま、淡々とした口調で銀時の背中をグイと押した。すでにその手には愛用の突撃銃がしっかりと握られている。他の数名は既に目出し帽を被り、ヒフミも涙目ながらも覚悟を決めていた。

 

「勝手に強盗のリーダーにすんじゃねーよ! ……あーくそ! どーせ聞かねえよな全員もう目出し帽被ってるもんな! これだから若気の至りってのは怖くて仕方ねえ!」

 

 と銀時も仕方なく鬼の面を被る。

 

「やるからにはぜってー成功させんぞ! 奴らの鼻を明かしてやれ!!」

 

「「「「「『応っ!!』」」」」」

 

 ──こうして、奇妙な強盗団が誕生し、一行は闇銀行へと突入していった。

 

 ───────

 

「……アル様。申し訳ありません。これでは融資することができませんね」

 

 不気味なほど丁寧でありながら、底知れない侮蔑を孕んだ機械音声が、闇銀行の応接室に冷たく響き渡った。

 

「ええ!? なんでそんな……」

 

 アルが机を叩いて身を乗り出すが、高級感のあるスーツを着込んだロボットの銀行員は、手元の端末のデータを無表情に見つめたまま、チッと冷ややかに電子音を鳴らす。

 

 便利屋68はかなりの危機に陥っていた。襲撃作戦が失敗したことはクライアントからは「強行偵察」と受け取られ、次は成功させるように、と念を押されている。

 しかし先立つものがなければどうにも動けない。ゲヘナからは追放も同然だし、風紀委員会によって口座を凍結されてしまっていた。最後の望みとしてブラックマーケットの銀行に融資を求めにきた……のだが。

 

「此方の便利屋68、ペーパーカンパニーも同然のものでしょう? 社員はあなたを含めてたったの四人。形だけの肩書を添えて会社ごっこのつもりですか? 見栄を張って家賃の高い部屋をオフィスにしていますがこれでは……」

 

 慇懃無礼な態度で、これでもかと長々と嫌味を言ってくる銀行員。その言葉が突き刺さるたびに、アルの自尊心はボロボロに引き裂かれていく。

 他のメンバーはロビーのソファで寝ていたところをマーケットガードによって叩き起こされている。

 応接室のアルは、銀行員の冷徹な正論の嵐に完全にキャパシティーをオーバーし、真っ白な灰になりかけていた。

 

「(……こんなはずじゃなかったのに……こうなったらもうこの銀行を襲ってやろうかしら。いやでもマーケットガードは手強いし、ブラックマーケット全体を敵に回したくなんかないし……!! ……うう、ハードボイルドなアウトローになりたかったのに……何やってるんだろ、私は……)」

 

 アルが脳内でそんな苦悩と葛藤を繰り広げていた──まさにその時だった。

 

 ブツンッ……!! 

 

 唐突に、銀行の明かりがすべて消え去り、店内が一瞬にして完全な闇に包まれた。

 

 そして銃声。

 

 タタタタタタタタン!!! 

 

 闇に紛れて突入してきた影によって、店内にいたマーケットガードたちが反撃の暇さえ与えられずに銃撃によって気絶してゆく。

 パッと銀行の非常用電源が立ち上がり、まばゆい照明が店内に戻る。

 

 そこに広がっていたのは、床に転がるマーケットガードの山と、受付窓口のカウンターを軽々と飛び越えて侵入してくる、不気味な数字の書かれたピンクの覆面を被った五人の少女たち。そして──その中心で、異様な威圧感を放ちながら先導する、漆黒の鬼の面を被る大人の姿だった。

 

「カチコミじゃぁぁぁぁぁ!!! 死にたくなかったら武器捨ててその場に伏せんかいワレェェェェェ!!!」

 

 窓口のデスクにドカッと足をかけ、懐の木刀を見せつけながら全力で怒鳴り散らす鬼の面の男。

 

「……せんせ……リーダー、それじゃ強盗じゃなくて極道」

 

 すぐ横で、頭に『1』と書かれた覆面を被ったシロコが、銃を構えたまま淡々と静かなツッコミを入れる。

 そんなシロコの静かなツッコミを他所に、ホシノも調子に乗って極道みたいな口調でノリに乗っかった。

 

「さっさとバッグに指定の書類を詰めんかいコラァぁぁぁ! おじさんたちの言うこと聞かないと、アビドスの流砂に投げちまうぞオラァァァ!!」

 

「おい2番!! リアリティが過ぎてカタギの皆さまが怯えてるやないかい!! カタギには手出し厳禁や! ほら、そこのたい焼きの袋ォ!」

 

「ひっ!?」

 

 銀時がさらに声を張り上げ、オロオロと突っ立っている、頭にたい焼きの紙袋を被った『5』の少女、ヒフミを指差してから数本の縄を投げ渡した。

 

「若頭ファウスト! 行員を片っ端からその縄で縛り上げんかい!」

 

「わ、わたしですかぁ!? なんで私が若頭なんですかぁぁ!?」

 

 たい焼きの袋の隙間から涙目を覗かせながら、ヒフミ──もとい、謎の覆面若頭『ファウスト』は、ガタガタと震える手で麻縄を構えた。

 

「ううっ、ごめんなさい、ごめんなさい行員の皆さん……っ! 痛くはならないように、お肌に優しい結び方にしますので大人しくしていてください……っ!」

 

 泣きながらもテキパキとした挙動でロボットの行員たちを縛り上げてゆくヒフミ。その背後では、『3』のセリカが「もう、何やってんのよあんたたち!」と怒鳴りながらも、素早い手つきでカウンターの奥にある重要書類の棚を物色し始め、『4』のノノミは「はーい、皆さん動かないでくださいね☆」と、笑顔でガトリングガンをぶん回して周囲を完璧に威圧していた。

 

 応接室のドアを数センチだけ開け、そのあまりにも前衛的かつ凶悪すぎる「極道系(?)強盗団」の襲撃を特等席で目撃することになったアルは、完全に顎が外れそうなほど口を開けて硬直していた。

 

「1番! 目的のモンは手に入ったからずらかるぞ!」

 

 セリカたちが書類を回収したのを確認し、カウンターの奥から鬼の仮面の男が声をかける。

 シロコがちょうど別の部屋のドアノブに手をかけた途端のタイミングだった。

 

「ん、了解」

 

 指示を受けたシロコが振り返り、六人は銀行から一斉に走り去ってゆく。

 残された行員ロボットが火花を散らしながら叫んだ。

 

「逃すな! 追え、追え!! 一人残らず排除しろ!! 道を封鎖してゴリアテを投入しろォ!!」

 

 そんな喧騒によって行員が飛び出していく中、応接間から出たアルはすっかりその感動に打ち震えていた。

 

「な、な……なによあれ、カッコ良すぎるわ……!?」

 

「……ねえ、あいつらの制服……」

 

「うん、アビドスの奴らだね。紙袋のは見たことないけど鬼の面の大人は多分先生」

 

 ムツキとカヨコは、その独特な戦い方や姿から襲撃犯の正体に気づいているのだが、アルはそんなこと露知らず、本物のアウトローを目の当たりにした感動でもう目を輝かせまくっていた。

 

 ───────

 

 外に出ると、白い装甲がされた巨大な戦闘機械が道を塞いでいた。

 

「おー、随分なデカブツが出てきたじゃねーか。アヤ……0番、ドローンで俺を支援。他はマーケットガードの雑魚をさっさと片付けてから俺の援護に入るよーに!!」

 

「「「「「『了解っ!』」」」」」

 

 一斉に散開し、戦闘が開始される。

 

 ──ギギ、ギギギギギ!!! 

 

 重装甲戦闘機械「ゴリアテ」の不気味な複眼が赤く明滅する。無機質で重厚な駆動音を響かせながら、その巨体に据え付けられた6銃身のガトリング砲が凄まじい速度で回転を始めた。

 標的を補足した機械の銃口が火を噴いた瞬間、銀時は地を蹴った。

 直後、ゴリアテから放たれた無数の光弾が、ブラックマーケットのコンクリートの床を文字通り「削り取る」ようにして炸裂する。凄まじい風圧と硝煙が巻き起こる中、銀時はジグザグにステップを踏み、予測射線のわずかな隙間を縫うようにして真っ正面から突進していく。

 

『リーダー! 左からロケット弾が来ます! 3、2、1、今っ!!』

 

 インカムから響くアヤネの緊迫したカウントダウンに合わせ、銀時は走る速度を一切落とさず、手近に転がっていたマーケットガードの壊れた鉄盾をサッカーボールのように勢いよく蹴り上げた。

 空中へ跳ね上がった重い鉄板が、迫り来るミサイルと激突して激しい爆発を起こす。その爆炎の目隠しを利用し、残るミサイルの弾道をギリギリで見極めると、身体を極限まで傾けるスライディングで泥臭く回避。地を滑る勢いのまま、ゴリアテの巨大な足元へと滑り込んだ。

 

「へっ、懐に入り込めばこっちのもんだろーが!」

 

 下から突き上げるように、洞爺湖の木刀をゴリアテの膝関節の隙間へと力任せに突き立てる。

 

 ガキィィィン!!! 

 

 強烈な金属音が路地裏に響く。しかし、ゴリアテはびくともしない。それどころか、木刀を挟み込んだまま、さらに冷徹に駆動音を一段と高く響かせた。

 

「硬っ!? 銀さんの手首がミリミリいってんだけど!?」

 

 戦闘機械の巨躯が、モーターの駆動音を強めて質量兵器と化した鋼鉄の拳を振り下ろしてくる。銀時は咄嗟に木刀を横に構えてそれを受け止めたが、頭上からかかる凄まじいプレッシャーに、鬼の仮面の隙間から歯を食いしばって膝を震わせた。

 

「ぐっ、くそったれえええ……! 1番! 2番! 雑魚掃除はまだ終わってねーのか!! このままだと俺の木刀がただの高級な薪になっちまう!!」

 

「……ん。お待たせ、リーダー。今助ける」

 

 その声と同時に、ゴリアテの複眼の真ん前に、ピンクの覆面を被ったシロコが空中から躍り出た。彼女は迷いなく突撃銃の銃口をセンサー類に押し付け、ゼロ距離で引き金を引き絞る。

 

 タタタタタタタタン!!! 

 

 火花を散らして視覚システムを破壊されたゴリアテが、明確にシステムエラーを起こしたように激しくのけ反った。

 

「うへ〜、おじさんも混ぜてよ〜!」

 

 さらに横から突っ込んできたホシノがゴリアテの巨体に向けてゼロ距離でショットガンを放ってゆく。目を失ったゴリアテは一瞬だけ大きくバランスを崩し、その巨体がグラリと傾く。

 

「ナイスだお前ら!! いちご牛乳奢ってやるからな!!」

 

 一瞬の勝機。銀時は木刀を両手で逆手に持ち替えた。体勢の崩れたゴリアテの装甲の継ぎ目──シロコが撃ち抜いて回路が剥き出しになった首元へ向けて、全身の体重を乗せて木刀を真っ直ぐに振り下ろす。

 

「ガラクタならガラクタらしく、ネジの一本までバラバラになって工場へ帰ってなァァァァ!!」

 

 ズガァァァァァン!!! 

 

 木刀が放ったとは到底思えないほどの衝撃波が内部構造を容赦なく破壊し、沈黙した機械の巨体は、派手な火花と黒煙を吹き上げながら、ゆっくりと地面へと轟音を立てて倒れ伏した。

 

「よーし! このまま包囲を抜けんぞ!! 足がちぎれても走れよテメーら!」

 

 倒れ伏すゴリアテを背に、銀時は声を張り上げた。一行は一斉に地を蹴り、残る包囲網を突破していく。

 

 ───────

 

 それから少しして、ようやくブラックマーケットの管轄外へと抜けて一同一安心。人通りのない路地裏になだれ込み、銀時が顔に張り付いていた鬼の面を脱いで深いため息をつく。

 

「ハァー、死ぬかと思った……。銀さんの繊細なハートはもうボロボロよ……ま、取り敢えず中を確認しておくかね……と、こいつぁ……!?」

 

 他の面々も覆面を外して、抱えていたバッグを開けた。目的の書類を確認しようとしたその瞬間、全員の動きがピタリと止まる。書類の他にも、最高額紙幣の分厚い札束の山がぎっしりと詰め込まれていたのだ。

 

「……すごい」

 

「うっわ、すごい大金ですね」

 

「ありゃりゃ〜、行員が怯えすぎちゃって間違えちゃったのかなあ」

 

 ホシノがのんびりとした口調ながらも目を丸くする。

 

「す、すごい、ザッと一億円くらいあるんじゃない!? さっさと持って帰りましょ!」

 

 セリカが興奮で声を上げるが、その横でシロコじっと大金を見つめたまま黙っている。

 

「……」

 

『待ってよセリカちゃん! そんなことしたら本当に犯罪になっちゃう!』

 

 インカムの向こうからアヤネのひっくり返った声が響く。

 

「どーして!? 元は私たちのお金なのに……!」

 

「私もセリカちゃんに賛成します。悪いことに使われるお金なら私たちが……」

 

 ノノミまでが同意し、シロコへと視線を向ける。

 

「ん、私は言うまでもなく。ホシノ先輩に従う」

 

 全員の視線がホシノへと集まる。ホシノは札束の山を静かに見つめ、少しだけ低いトーンで呟いた。

 

「……こんなことで一億円稼げてたとして、そのあとはどうなるの? そのあとは? また困ったら銀行強盗するの? ……こんなことが当然になったアビドスはアビドスじゃないよ。そんな悪い子に後輩達がなっちゃったらさみしーなー……」

 

 ホシノの言葉に、セリカもハッと我に返って視線を落とした。

 

「……ぐ、うううう……あー、もう! もどかしい! 大金がすぐそばにあるのに!」

 

「よーし、そんじゃこの金は俺が然るべき処理をしとくからな。お前らは先に帰って待って……」

 

 銀時がどさくさに紛れてバッグに手を伸ばそうとした、その瞬間。

 

 ズガガガガガガガガガガガガガ!!! 

 

「ギャァァァァァァァァァ!!!!!?????」

 

 路地裏に激しい重火器の爆音が轟いた。ノノミのガトリングガンが火を噴き、放たれた弾丸が札束が入った鞄はその衝撃によって銀時の手を大きく離れていった。

 

「あ、あらら? すみません、ちょっと手が滑っちゃいました☆」

 

 ノノミはお茶目に微笑みながら、銃口の煙をふぅと吹き消す。

 

「滑っちゃいました☆で一億を吹っ飛ばす奴があるかァァァァァ!!! 銀さんの老後の蓄えがァァァ!!」

 

 頭を抱えて絶叫しながら諦めずに取りに行こうとする銀時の肩を掴みながらシロコが冷ややかな視線を送った。

 

「……先生、お金のことに関してだけは信用できないから当然」

 

「そうね。あのままこのだらしない大人に預けてたら、今頃パチンコに溶かされてたわよ」

 

「うへ〜、おじさんもノノミちゃんに一票〜」

 

 他のメンバーも一斉に同意。銀時が涙目で「まだ何もしてねーよ!」と叫ぶそんな騒がしい様子を、たい焼きの袋を外したヒフミが、本当に楽しそうにクスクスと笑う、その時だった。

 

『……! ブラックマーケット方向の路地から誰かが来ます! 結構な勢いでこちらに向かって走ってきています!』

 

 インカムの向こうから響くアヤネの焦った声に、全員の空気が一瞬でピリッと張り詰めた。

 

「おいおい追っ手か!? しつけー奴だな……!」

 

 銀時が文句を垂れ流しながらも、咄嗟に懐の鬼の仮面をガバッと被り直す。アビドスの面々も即座に反応し、ついさっき外したばかりの覆面を頭から急いで被り直して各々武器を構えた。

 足音がどんどん近づいてくる。路地の角から勢いよく飛び出してきた影に向けて、シロコとセリカが躊躇なく銃口を突きつけた。

 

「あ、あの! 敵じゃないから落ち着いて……っ!」

 

 そう言って、両手を大きく上げて慌てて足を止めたのは、ブラックマーケットの警備隊ではなく──ゲヘナの制服を着て、息を荒くした陸八魔アルだった。

 そんな彼女の姿を前に、銃口を向けたままのアビドス対策委員会と、銀時は一斉に内心で絶叫した。

 

((((((ポンコツ社長かよォォォォォ!?))))))

 

 さっきまで銀行の応接室で、ロボットの行員にグチグチと嫌味を言われて真っ白な灰になりかけていたあの少女である。

 少し離れた路地の奥からは、ムツキやハルカ、カヨコたち便利屋68の他のメンバーが、特に慌てる様子もなくトコトコと歩いてきて、遠巻きにこちらを眺めていた。

 緊迫した空気を無理やり維持しようと、銀時はドスの利いた声を意識して喉を震わせる。

 

「……な、なんじゃワレ! こちとらズラかるんに忙しいんじゃ! 野暮用ならあとで組事務所に連絡して……」

 

「み、…………見事だったわ!!」

 

 アルが胸の前で拳を握りしめ、目をこれ以上ないほど爛々と輝かせて声を張り上げた。

 

「……は?」

 

 鬼の仮面の奥で、銀時の目が完全に点になる。

 

「停電させてシステムをダウンさせてからの、マーケットガード達の電撃的な制圧……! 激しく凄みながらも無駄のない、手際のいいブツの回収……! こんなこと、並のアウトローじゃ絶対にできないわ……!!」

 

 大興奮で熱弁を振るうアルを少し離れた場所から見つめながら、便利屋のメンバー達はすっかり呆れ顔だった。

 

「あーあ、アルちゃん、ヒーローショーに来た子どもみたいに目を輝かせちゃって〜」

 

 ムツキが口元を隠してクスクスと笑う。

 

「ほんと、社長ったらああなったら止められないんだから……」

 

 カヨコがハァ、と大きなため息をついた。ハルカは「アル様が感動していらっしゃる……凄い……!」と独自の方向で感動している。

 そんな身内の冷静な視線など露知らず、アルは完全に独自のハードボイルド世界に没頭していた。

 

「非合法のカリスマ、そしてハードボイルドなアウトローを目指す者として、ぜひあなた達の『組の名前』を教えてちょうだい……! 」

 

「く、組の名前!? ……あー、と。……あー……」

 

 突然の質問に、鬼の仮面の奥で銀時が激しく冷や汗を流す。アビドス対策委員会なんてまともな名前をここで出すわけがないし……。

 銀時は必死に脳細胞を回転させ、自分の被っている仮面を見つめながら、それっぽい名前を勢いでデッチ上げた。

 

「ワ、ワシらは……そう、鬼のように強いからのう! だから……『鬼兵隊(きへいたい)』じゃ!!!」

 

「き、鬼兵隊!? 文字の響きがもうカッコ良すぎるわ……!」

 

 アルが「なんてアウトローなネーミングセンスなの……!」と言わんばかりに、感極まった表情でその名前を反芻した。

 だが、そんな感動の嵐が吹き荒れるアルの目の前で、鬼の仮面を被った銀時の背中からは、アビドス対策委員会のメンバーたちの容赦のない冷ややかな贅言が口々に漏れ聞こえていた。

 

「ちょっと……何その名前、すっごく厨二臭いんだけど……」

 

 セリカが目出し帽の中から心底引いたような目を銀時の背中に突き刺す。

 

「ん。若気の至りとかさっき私たちのこと言ってたけど、先生も大して変わらない。むしろ引きずってる」

 

 シロコも淡々と銃を構え直しながら、これでもかと辛辣な事実を付け加えた。

 

「うへ〜、おじさんちょっと背中が痒くなってきちゃったよ〜。そういうのはもう少し若い頃に卒業しておこうね、リーダー?」

 

「あ、あの……なんだか、もの急に物騒な思想を持った過激派の集まりみたいな名前ですね……」

 

 ホシノがのんびりとからかい、たい焼きの袋を被ったヒフミまでが、袋の隙間から不安そうに冷や汗を流している。ノノミだけが「ふふっ、きへいたい、ですか☆」と楽しそうにニコニコしていた。

 女子高生五人から背中に浴びせられる全方位からの容赦のない辛口レビューに、銀時は冷や汗で鬼の仮面をビショビショにしながら、今頃煙管を蒸かしながらロクでもないことばかり計画しているであろう紫髪のテロリストへと必死に内心で両手を合わせた。

 

『(高杉本当に悪ィ!!! お前の知らないところで女子高生達にそりゃあもうボロクソに悪口言われちゃってるけどホントごめんね!? あいつら悪気はないんだよ! ただ感性がイマドキの女子高生なだけだから!! 帰ったらちゃんとヤクル○奢るから許して!!! あ、その前にぶん殴るけど!!!)』

 

 そんな銀時の壮絶な脳内謝罪など知る由もないアルは、完全に彼を「極道系強盗団『鬼兵隊』のカリスマ首領」として見上げていた。

 

「私も頑張るわ! 規律や法律に縛られない、あなた達のような自由なアウトローに……! いつかこのキヴォトス全土に『便利屋68』の恐ろしさを轟かせてみせるんだから!」

 

 アルが拳をギュッと握りしめ、高らかに理想の悪を宣言する。

 そんな彼女の眩しすぎるほどの真っ直ぐな言葉に、鬼の仮面の奥で、銀時はふっと目を細めた。

 どこか危うく、けれどどこまでも純粋な少女の姿に、彼はかつて見てきた多くの「不器用な奴ら」の面影を重ねていた。

 銀時は頭をぼりぼりと掻きむしり、仮面の位置を少し直すと、先ほどまでのふざけたトーンとは打って変わって、少しだけ低く、落ち着いた声を紡ぎ出した。

 

「……ワシらは別に、自由になりたくて動いてるわけじゃないんや。さむら……こほん」

 

 危うくいつもの癖で言いかけた侍、という言葉を強引に咳払いで誤魔化し、極道の口調を取り戻す。

 

「極道には極道のルールっちゅうモンがある。自分の中に一本通した、絶対に曲げられねえルールっちゅうモンがな。そのルールから外れちまったら、それはもう極道でもアウトローでもねえ。そこらのただのチンピラと変わらなくなっちまう」

 

「……自分の中の、ルール……」

 

 アルがハッとしたように息を呑む。

 

「お前はお前の思う、お前だけの『アウトローのルール』ってもんを見つけな。誰かに決められた法律じゃねえ、自分の魂が『これだけは譲れねえ』って叫ぶルールだ。まずはそこからだ。……そのルールってモンを見つけた時、お前はもう……その、何だ、お前の言う『ハードボイルド』ってもんになってるだろーよ」

 

 静かだが、妙に説得力のある大人のアドバイス。鬼の仮面というひどく不気味な姿であるはずなのに、その言葉には、迷える少女の背中を優しく押すような不思議な温かさが宿っていた。

 アルは琥珀色の目を丸くしたまま、完全に言葉を失って立ち尽くしていた。まるで、目の前の深い闇の中から、自分の探していた答えの輪郭を示されたかのように。

 だが──。

 

「ふぁ〜あ……おーい、さっさとずらかるぞてめーら。親分はもう限界。一億が紙吹雪になったショックと疲労で、今すぐお布団にダイブして寝たい気分だわマジで」

 

 ガラリといつもの気だるげな声に戻った銀時は、今度は本当に大きな欠伸を噛み殺しながら、アルたちにぽんと背中を向けた。

 

「じゃあな、社長さん。……せいぜい、格好いいアウトローになりな」

 

 ひらひらと片手を振りながら、薄暗い路地裏の奥へと歩き出す鬼の仮面。

 覆面を被った少女たちも、そんな彼の背中を追うようにして、アルたちに小さく一礼したり、手を振ったりしながら、夜の闇へと溶け込んでいく。

 

「おーい、アルちゃん。私たちも帰ろー? ……アルちゃん?」

 

 ムツキがいつも通りニシシと笑いながら、アルの顔を覗き込もうと歩み寄る。

 

「どうしたの、社長。固まっちゃって……って……?」

 

 後ろから続いてきたカヨコが、アル表情を視界に入れた瞬間、その言葉を途中で引き攣らせた。

 そこにあったのは、先ほどまでのような「ヒーローショーに来た子ども」の無邪気な輝きではなかった。頬をポッと薔薇色に染め、両手を胸の前でギュッと握りしめ、うっとりと去ってゆく彼らが行った先を見つめるその姿は──さながら、おとぎ話の白馬の騎士に恋をしてしまった乙女のように、完璧に恍惚としていた。

 

「(譲れない、私のルール……魂の叫び……。去り際のあの哀愁を帯びた背中……。ああ、なんて深い人なのかしら……!)」

 

 完全に独自の限界フィルターを透過させ、鬼の仮面の男を「孤高のアウトロー首領」として心臓の奥深くまで刻み込んでしまったアル。彼女はハッと我に返ると、キリッと顔を引き締め、力強く拳を天に突き上げた。

 

「……私、決めたわ。私も私自身の『譲れないルール』を見つける! それで、いつかあの人に並び立つだけのアウトローになって……あ、あの人の隣に立ってやるんだからぁぁぁ!!」

 

「あ────ー……」

 

 ムツキはすべてを察したように、生温かい目をして、呆れたような声を漏らす。

 

「……これは重症だね。というか、完全に方向性が違う方に拗れちゃってる……」

 

 カヨコは頭を抱え、深いため息を吐き出していた。

 

「……? なんでしょうか、これ……」

 

 そんな中、ハルカだけは道端に転がるバッグを見つけた。それを拾えば中身は相当に詰まっているのだろうか、ずっしりと重い。

 

 それをアル達への前へと両手で抱えて運ぶと、四人は揃ってそれを覗き込んだ。

 

「なんだろこれ、随分ぎっしりしてそうだけど……」

 

 ムツキが首を傾げ、バッグを指先でツンツン、とつついた。

 

「誰かの忘れ物かな……て」

 

 カバンを開けたカヨコが、言葉を途中で失って目を丸くした。

 そこには、乱雑に、けれどこれでもかとぎっしりと詰められた、本物の札束の山が入っていた。

 さっき銀時が良からぬ考えでてをつけようとしたところをノノミのガトリングで吹き飛んだ大金だった。

 

「な、な、なによこれ────!?!?」

 

 アルが悲鳴のような絶叫を上げ、あまりの衝撃にガタガタと膝を震わせる。今さっき「自分自身のルールを見つける!」と格好良く決意したばかりの脳内が一瞬でフリーズした。

 

「……これでもう、食事を抜かなくていい、のでしょうか?」

 

 ハルカが涙目で、けれど心底ホッとしたようにポツリと呟く。

 ブラックマーケットの路地裏。鬼兵隊が去ったあとの静寂の中に、便利屋68の新たな大混乱の火種が、ずっしりとした重みを持って転がり込んできた。

 

 ────そしてアルが、彼らの正体はアビドス対策委員会とシャーレの先生であることを知り、再び驚愕の声をオフィスに響き渡らせることになるのは、それから数時間後のことである。

 




ここまで読んでくださりありがとうございました。

ここからだんだんとシリアスみが強くなってゆくので銀さんの活躍をお楽しみください

これからもどうぞよろしくお願いします。
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