ブルーアーカイブ 透き通る青春よ永遠なれ   作:Jon.Do

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いつも読んでいただき本当にありがとうございます。嬉しいので初投稿です。


第十七話 暗雲立ち込め砂漠は冷たく

 アビドス高等学校、対策委員会の部室。

 ブラックマーケットでの、一億円が文字通り夜空の紙吹雪と消えたドタバタな大脱走劇から数時間後。夜の静寂に完全に包まれた古い部室の中では、蛍光灯のチカチカとした頼りない明かりの下、一同が厳しい表情で机の上に広げられた膨大な裏帳簿や融資記録の書類を前に、文字通り目を皿のようにして洗いざらい調べていた。

 

 パチパチとアヤネがキーボードを叩く規則的な音と、古びた紙をめくる乾いた音だけが耳障りなほど重苦しく響く。窓の外に広がる広大な砂漠からの風が、ガタガタと古い窓枠を揺らし、部屋の砂っぽさを増させていく。

 そんな中、一つの明確な「数字」の繋がりを見つけ、書類の1ページを凝視していたセリカが、驚きと激しい怒りの混じった声を上げた。

 

「……なによこれ!」

 

 セリカが指差したページを、銀時が横からフンと身を乗り出して覗き込む。いつもの締まりのない死んだ魚の目を少しだけ鋭く尖らせ、乱雑に記載された日付と金額の羅列を、指先でトントンと不機嫌そうに叩いた。

 

「……おいおい、思った以上にボロが出るじゃねーか。アビドスから先月755万程度を持ち帰った後にカタカタヘルメット団の奴らに500万の支払い。裏付けの口座もばっちり一致してる。こいつあ完全にびたびただわこれ」

 

「つまりカイザーローン……本社のカイザーコーポレーションはヘルメット団と繋がりを持ってアビドスを襲撃させてたってことか〜」

 

 ホシノがソファーに深く腰掛けたまま、いつもの緩い口調とは裏腹に冷ややかで硬質な視線を書類へと向けた。

 

「……ん。マッチポンプ。私たちが借金を返すために、毎日汗水垂らして、それこそ血を吐くような思いで集めたお金が、そのまま私たちを殺すための武器や人件費に化けてた。最初から、全部あいたらの手のひらの上だったんだ」

 

 シロコが小さく拳を握りしめ、机の上の書類がクシャリと音を立てる。その瞳には、静かにけれど絶対に消えない確かな怒りが青く燃えていた。ノノミもいつものおっとりとした笑顔を完全に消し、悲しそうに眉をひそめて胸元を押さえている。

 

「これだけ証拠が上がってるなら十分です、このことをトリニティのティーパーティーに報告します! それとアビドスの現状も……」

 

 大企業による不当な侵略行為。それをトリニティの最高権力機関へと直訴すれば、事態は好転するかもしれない。ヒフミの提案は純粋な正義感と、アビドスの仲間を救いたいという一心からくるものだった。

 

「ん〜、ティーパーティーの連中もこのことは掴んでると思うよ〜? それに……いざ動いてくれるってなっても」

 

 しかし、ホシノはソファに身を預けたまま、どこか遠い目をして遮った。その言葉の先にある「大人の政治」の冷酷さを、銀時が口の中のキャンディをガリリと噛み砕きながら引き継ぐ。

 

「……廃校寸前の学校が助けを求めたら飲み込まれる可能性もある、てか?」

 

「せーかい。……ふふ、嫌になっちゃうよね〜。ヒフミちゃんは完全に好意で言ってくれてるのに捻くれたことしか言えない。私は嫌なおじさんになっちゃったよぉう……」

 

 ホシノはへらへらとした笑みを浮かべておどけてみせたが、その目は笑っていなかった。他校の介入がもたらすリスク──「救済」という名目のもとで行われる、さらなる主権の喪失。そんな残酷な運命に、部室は静まり返っていた。

 

 ──────────

 

 気まずい沈黙の中で、ヒフミがどこか悲しそうに俯き、肩を落として部室を去っていった次の日。

 アビドスの校舎の片隅、対策委員会が銀時の寝泊まりのために用意した空き教室。そこに置かれたソファを寝床代わりに使っている銀時は、気怠そうに頭を掻きむしりながら目を覚ました。

 

「……あー、腰痛。やっぱ寝袋借りようかねえ。そーでもねぇと身体がバキバキだわ……」

 

 大きくあくびを一つ溢し、けだるい足取りで対策委員会の部室へと向かう。

 ガラガラと木製の引き戸を開けると、そこに広がっていたのは、昨夜の深刻な空気とは打って変わったどこか間の抜けた光景だった。

 

「すー……すー……」

 

 長ソファの上で、ホシノが気持ちよさそうに小さな寝息を立てている。その頭が収まっているのは、ソファの肘置きではなく、隣に座ったノノミの柔らかそうな太ももの上──つまりは絶景の膝枕だった。

 

「あ、先生。おはようございます」

 

 ノノミはホシノを起こさないように配慮しながら、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべて銀時を迎え入れた。その手は, まるで小さな子供をあやすかのように、優しくホシノの桃色の髪を撫でている。

 

「おう、おはよ……って、朝っぱらからえらい贅沢な添い寝じゃねーか。そのポジション、銀さんと交換してくんねーかな?」

 

「ふふ、ダメですよ。これはホシノ先輩の特等席なんですから」

 

 クスクスと上品に笑うノノミに、銀時は死んだ魚の目を向けながらパイプ椅子を引く。部室を見渡しても、他のメンバーの姿が見当たらない。

 

「……他の奴らは?」

 

「シロコちゃんは朝のランニングを兼ねたトレーニングに行っていて、セリカちゃんはもう朝一のシフトのバイトに向かいました。アヤネちゃんは事務仕事でちょっと職員室の方に」

 

「あいつら相変わらずタフだねぇ……。少しはこの寝太郎 of 寝太郎の爪の垢でも煎じて飲めばいいのに」

 

 銀時が顎で示すと、その視線に気づいたのか、あるいは二人の話し声で目が覚めたのか、ホシノが「う~ん……」と小さく身じろぎをした。

 オッドアイの瞼がゆっくりと開き、ノノミを見上げた後に、ぼんやりとした顔で銀時を視野に捉える。

 

「……あ、先生だ。おはよ〜……」

「おう、起きたか。いつまでノノミの太もも独占しやがって、羨ましい奴め」

 

「へへ〜、おじさんの特権だからねぇ。……ん、もうこんな時間か〜」

 

 ホシノは名残惜しそうにノノミの膝から頭を上げると、ぐっと両腕を上に伸ばして背伸びをした。そのままソファから立ち上がり、制服のシワをぽんぽんと払う。

 

「よし、おじさんはもうひと眠りしに、とっておきの秘密の寝床に行ってくるよ〜」

 

「まだ寝るんかい! お前そのうち永眠すんぞ!」

 

「あはは、大丈夫大丈夫。それじゃ、行ってきま〜す」

 

 ひらひらと緩く手を振りながら、ホシノは足早に部室を出ていってしまった。

 バタン、と静かにドアが閉まる。その背中を見送る銀時とノノミの間に、朝の柔らかな光が差し込んでいた。

 ノノミは自分の膝の上に残った微かな温もりを確かめるように視線を落とし、ぽつりと呟いた。

 

「……ホシノ先輩、私が入学した時から随分変わったんですよね」

 

 その声音には、どこか懐かしむような、それでいて少しだけ切ないニュアンスが混ざっていた。

 

「へーえ。いつも眠そうなツラしてっけど。昔はどう違ってたん?」

 

 銀時が懐からお馴染みのペロペロキャンディを取り出し、包装紙を剥きながら尋ねる。

 

「あの頃は……」

 

 ノノミは遠い記憶を辿るように、窓の外の曇り空を見つめた。

 

「いつも何かに追われてるみたいに、すごく目つきが鋭かったんですよね。誰のことも信用していないというか……でも、セリカちゃんやアヤネちゃんが入学してからは、どんどんおっとりとやわらかくなりましたけど」

 

「……ふーん」

 

 口の中にキャンディを放り込み、棒を咥えたまま銀時は鼻を鳴らした。

 

「……そういう先生もたまにそう言う目、しますよね」

 

 ノノミが窓から視線を戻し、いつものおっとりとした声音のまま、けれどすべてを見透かすような静かな笑みを銀時に向けた。

 

「はあ? 俺が? じょーだんキツいって。俺ァいつもこーゆー目つき……」

 

「うそ。セリカちゃんが攫われた時とか、カイザーローンの車があの銀行に入った時とか、凄い目をしてますよ」

 

「……」

 

 銀時の動きが、ぴたりと止まった。

 口の中に広がるキャンディの甘みが急にひどく退屈なものに感じられ、キャンディの棒を噛む奥歯にわずかに力がこもる。気まずさを誤魔化すように視線を泳がせても、ノノミの穏やかな瞳は真っ直ぐに彼を捉えて離さない。

 

「……ホシノ先輩も、先生が来てからはそう言う目を先生に向けるようになってます。きっと、先生が心配なのと……先生がどこか、よく知ってる人に似てるからなんじゃないかな、て」

 

 部室の空気が、かすかに揺れたような気がした。

 アビドスの過去。ホシノが今も背負い続けている、かつてこの学園にいたという「先輩」の影。ノノミはそれ以上を具体的に口にはしなかったが、すべてを察しながらも先輩を見守り続けてきた彼女なりの深い思いやりがその言葉には滲んでいた。

 銀時は、深くパイプ椅子に背を預けると、ふう、と長く息を吐き出した。

 頭をがしがしと乱暴に掻きむしり、咥えていたキャンディの棒を指でつまんで口から離す。

 

「おいおい、買い被りすぎだって。銀さんはね、そんな大層なモン背負って歩けるほど立派な背中しちゃいねーのよ。ただ、目の前でガキが泣きそうなツラしてっと、今日食う白飯が不味くなるから首突っ込んでるだけの、ただのしがない甘党なんで」

 

「ふふ、そういうことにしておきますね」

 

 ノノミはそれ以上追及することなく、いつもの眩しい笑顔に戻って立ち上がった。

 

「さて、お茶の淹れ直しをしてきますね。ホシノ先輩が戻ってきた時に、冷たいお茶じゃ可哀想ですから。先生も、甘いものの後は温かいお茶が欲しくなりますよね?」

 

 パタパタと軽い足取りで給湯スペースへと向かうノノミの背中を、銀時は再び死んだ魚の目で見送った。

 口の中に残るキャンディの甘みがどうにも少しだけ苦く感じられて、銀時は静かに天井を仰ぎ見た。あのいつも眠たげな眼差しを「装う」少女が自分にどんな目を向けているのか。その視線の重さを嫌というほど理解してしまいながら。

 

 ──────────

 

 対策委員会の部室を後にしたホシノが向かったのは、いつものお気に入りの昼寝スポット──ではなく、アビドス自治区の端に位置する昼なお暗い、重苦しい砂の空気が淀む廃墟の一角だった。

 かつては多くの生徒で賑わっていたであろう、ひび割れたコンクリートの建物の影。静寂だけが支配するその空間に、カツン、カツンと不自然に響く規則的な革靴の音が近づいてくる。闇の奥から、歪な形をした漆黒の輪郭がずるりと滑り出るようにして姿を現した。

 

「……これはこれは。お待ちしておりましたよ、暁のホル……いえ、ホシノさんでしたね。これは失礼。何せキヴォトスにはまだ慣れていないのでね。さあ、こちらへどうぞホシノさん」

 

 タキシードに身を包んだその異形の存在──黒服は、顔のない頭部をわずかに傾け、慇懃無礼な一礼と共に彼女を迎え入れた。その声には、生身の人間のものではないノイズの混ざった不気味な残響が伴っている。

 

「……黒服の人、今度は何の用なのさ」

 

 ホシノの声からは、部室で銀時たちに見せていたあの緩い空気は跡形もなく消え失せていた。低く、冷たく、明確な警戒と敵意を孕んだその響き。オッドアイの瞳が闇の中の黒服を鋭く射すくめる。その手は、いつでも愛用の銃を構えられるよう、制服の裾の近くで固く握られていた。

 

「ふふ、状況が変わりましてね。……アビドス最高の神秘をお持ちのホシノさんに提案がありまして」

 

 顔のない歪な頭部から漏れ出す不気味な笑みに、ホシノの周囲の空気が一気に張り詰めて声を荒げる。

 

「提案!? ふざけるな、その話はもう断って……!」

 

 語気を強めて一歩踏み出し、拒絶の言葉を叩きつけようとしたホシノを黒服は長い指先を軽く振って、宥めるように制した。

 

「まあまあ、落ち着いて」

 

 焦る風でもなく、全てを手のひらの上で転がしているかのような絶対的な余裕。黒服はタキシードの懐から一枚の、しかしアビドスの命運を完全に左右するほどの重みを持った書類を静かに差し出した。

 

「あなたに決して拒めないだろう提案を一つ。興味深い提案だと思いますのでどうぞご清聴を。ククッ、クックックッ──── 」

 

 突きつけられた紙面に躍る、冷酷な数字と文字の羅列。それが視界に入った瞬間、ホシノの息が小さく止まった。

 暗闇に響く黒服の不気味な笑い声が、まるで底なしの沼のようにアビドスを、そして仲間たちを守ろうとする少女の足を確実に絡め取ろうとしていた。

 

 ──────────

 

「おっと、この前の嬢ちゃん達じゃねーか。今度はちゃんと一人一杯出せばいいんだよな?」

 

 厨房の奥から馴染みの店主が顔を出し、威勢のいい声で便利屋68の面々を迎え入れた。

 暖簾をくぐって最初にやってきたのは、相変わらずニシシと悪戯っぽく笑うムツキ。そのすぐ後ろをカヨコ、ハルカが続き、最後尾から入ってきたアルはといえば──両手で真っ赤になった顔を覆い、何やらぶつぶつと呟きながら、この世の終わりとばかりに激しく苦悩に苛まれている。

 そんなアルの様子に、カウンターの中で注文を取ろうとした店主が怪訝そうに首を傾げた。

 

「……そこの嬢ちゃんはどうしたん? なんか妙に顔が赤いし、魂でも抜けたようなツラしてるが」

 

「あははー、思春期の女の子には色々あるんだよ! 取り敢えずこの間と同じ席に失礼しまぁす!」

 

 ムツキが軽快な足取りで奥のボックス席へと滑り込み、店主にひらひらと手を振って注文をごまかす。カヨコも呆れたようにため息をつきながらアルの背中を押し、無理やりソファ席へと座らせた。

 

「ほら、社長。いつまでもそんなんじゃ今度の作戦に支障が出るじゃない。いつまで引きずってるの」

 

「だって、だってェェェ……あの人がシャーレの先生だなんて知らなかったし……いくら、任務のためだからってあんな……っ!」

 

 アルは再び机に突っ伏し、形の良いツノをがたがたと震わせながら情けない声を上げた。

 ブラックマーケットの路地裏で出会った、あの不気味な鬼の仮面を被った孤高のアウトロー首領。自分の中に一本通したルールを熱く語り、去り際に哀愁を帯びた格好いい大人の背中を見せてくれた、あの完璧に理想の男性。

 その白馬の騎士の如き人に、一瞬にして心を奪われ恋する乙女よろしく「いつかあの人の隣に立ってやるんだから!」と高らかに決意したばかりだったのだ。

 それなのに、まさかその想い人の正体が自分たちがカイザーから依頼されている襲撃任務のターゲットである「シャーレの先生」その人だったなんて。恋に落ちた相手が、よりによって命を狙うべき敵の男だったというあまりにもドラマチックで残酷すぎる現実に、アルの脳内は完全に大パニックを起こしていた。

 

「ほらほらー、取り敢えず食べよ? お腹いっぱいにしてから考えればいいんだからさー」

 

「そんなこと言っても……うーっ……だらしないのに無駄に強い先生だとは思ってたけどギャップが凄すぎるわよもーっ……ハードボイルドに憧れてはいたけどこんな展開ハードボイルド過ぎるじゃないのよ……!」

 

 アルはさらに机に突っ伏して、両手で頭を抱えながら声を震わせた。昼間アビドスで見かけただらしないあの男と、路地裏で「格好いい大人になりな」と言い残していったあの漆黒の鬼の面の男。脳内で二つの姿が交互に再生されるたびに、彼女の心臓はパニックを起こして激しく警鐘を鳴らしている。

 

「社長、それ五回くらい言ってる」

 

 カヨコが運ばれてきたお冷やを一口啜りながら、淡々と、けれど容赦のないツッコミを突き刺した。すでに呆れを通り越して、いつもの「アルのポンコツ発作」として処理するモードに入っている。

 

「まあ確かに、アルちゃんにアドバイスしてる時の先生かっこよかったよねー、大人の余裕、というか♡」

 

 ムツキが頬杖をつきながら、ニシシと意地の悪い、けれどどこか楽しげな笑みを浮かべて追い打ちをかければ更にアルが震える。その反応が面白くてムツキの揶揄いは止まらなくなっていた。

 

「で、結局どうするの? カイザーからの『シャーレの先生排除』の依頼。このままじゃ作戦行動に移れないんだけど」

 

 カヨコが冷たく本質を突いた。その現実的な一言に、恋心と悪党としてのプライドの狭間で引き裂かれそうになっていたアルの混乱メーターはついに臨界点を突破した。

 

「もう無理よぉぉぉ!! あんな、あんな格好いい人を暗殺するなんて私にはできないわよ! むしろあの先生になら、私、私のすべてを捧げていいって思っちゃうくらいなんだから──ーっっ!!」

 

 恋愛パニックの極致に達したアルが、本音と建前をぐちゃぐちゃにしたまま大失言を店内にぶちまけた。

 その瞬間、ガタタッ!! と凄まじい勢いで椅子を蹴立てて立ち上がった者がいた。

 

「そ、そんな……! アル社長の、あの気高くて純粋な心をそこまで惑わせ、追い込もうとするなんて……!」

 

 ハルカだった。その瞳は完全に光を失い、ボロボロと大粒の涙を流しながら狂気的なまでの激昂に震えている。ハルカの脳内では、アルの失言が『先生という卑劣な男が、アル社長を精神的に追い詰め、挙句の果てにこのラーメン屋をアジトにして社長を軟禁誘拐しようとしている』という超ド級のマイナス解釈へと完全変換されていた。

 

「その先生とかいう卑劣な大罪人も……! そんな男の話題を出して社長を生き地獄に陥れるこのお店も……! 私の命に代えても、今すぐすべてを爆破して塵にしてお詫びしますぅぅぅ!!」

 

「え!? 待ってハルカ!?」

 

 アルが顔を青くして制止しようとしたが、時すでに遅し。ハルカは涙目で絶叫しながら、懐から取り出した特大の起爆スイッチを力任せに押し込んだ。

 

「あ、これアカンやつ」

 

 店主がそう呟いた直後──柴関ラーメンの店舗は、凄まじい爆音と爆炎と共に、夜空へと派手に吹き飛んだ。

 

 ──────────

 

「う、あ、あぁ……ごほっ、ごほっ……い、一体何が……、あ、れ?」

 

 もうもうと立ち込める黒煙と砂埃の中、アルが瓦礫の山からひょっこりと頭を出した。

 だが、視界に飛び込んできたのは美味しそうな湯気を立てていた柴関ラーメンの店内ではなく、無惨に崩れ去ったコンクリートと、夜空が丸見えになった瓦礫まみれの更地。あまりにも一瞬にして変わり果てたその光景に、アルはただただ呆然と口を開けることしかできなかった。

 

「あ、アル社長ぉぉぉ……! 私、私、社長を苦しめる元凶をすべて消し去ろうとしたのに、また余計なことをぉぉぉ……! 死んで、粉々になってお詫びしますぅぅぅ!!」

 

 すぐ近くでハルカが涙を流しながら大号泣して地面に額を擦り付けている。カヨコはボロボロになったコートのチリを払いながら、「……だから言ったのに」と、世界の終わりを見るような目で遠い空を見つめていた。

 

 そんな中、瓦礫をひらりと飛び越えてアルの前にしゃがみ込んだムツキがいつもの笑顔のまま、けれど酷く愉しげに目を細めて声をかける。

 

「アルちゃん……こうなったからには覚悟を決めなきゃだよ」

 

「え、え、一体なんの……?」

 

 あまりの急展開に脳の処理が追いつかないアルが、頬を煤で汚したまま、引きつった笑みを浮かべて問い返す。そんな社長の肩をムツキは優しく、けれど凶悪な笑みを浮かべながら逃げ道を完全に塞ぐようにぽん、と叩いた。

 

「恋をしていようとなんだろうと……私たちは金さえもらえれば何でもやる! 情け無用の便利屋68! アビドスの連中の大切な場所を破壊した今、もう私たちはアビドスの子達や先生と決着をつけるしかなくなったってこと!」

 

「え、…………え──────っ!?!?!?  」

 

 アルの絶叫が、煙の燻るアビドスの夜空に木霊した。

 そう、この柴関ラーメンはアビドス対策委員会の面々──そして何より、あの想い人の『先生』が、毎日のように通い詰めている大切な憩いの場。それを自分たちの身内の暴走で跡形もなく爆破してしまったのだ。

 

「そんな、そんなの嘘でしょぉぉぉ!? 私、あの人に嫌われるどころか、完全に指名手配レベルのテロリストじゃないのよォォォ!!」

 

「あはは、そうだね! でも、これもこれで最高にハードボイルドで悪党っぽいじゃない? さあ社長、便利屋68の恐ろしさ、あの格好いい先生にたっぷり教えてあげようよ!」

 

 完全に状況を楽しんでいるムツキの言葉に、アルは再び真っ白な灰になりかけながら、自分のあまりの運命の過酷さに涙目を極めていた。激しい恋心と、売り言葉に買い言葉で引き返せなくなったテロの容疑。便利屋68の明日は、爆煙の向こうで完全に迷走を始めようとしていた。




ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。

銀さんの粘り強さこそが自分の憧れであり、彼の持つ不思議な人徳に惹かれるように銀魂に出会って20数年、彼の背中を追い続けています。
気付けば数年前に本編銀さんと同じ年齢になっていましたが、まだまだ追いつける気はしていません。

そもそも追いつこうなんて考え自体が甘いのだろうけど。

さて、ブルアカを知ってる人はご存知だろうけれど。これからアビドスには暗雲が立ち込めます。
けれどどこかの誰かは「夜明け前が一番暗い」と言ってました。

本編ブルアカでは先生という大人が彼女達に一助の光を差し出していますが、もしその先生が銀さんだったら?と日々考えていた妄想を形にしています。
銀さんと砂漠の学校の少女達の戦いをお見守りいただければ幸いです。
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