いつの間にか高評価もこんなに……すごく励みになります。もっともっと頑張ってランカーになれるよう頑張ります。
「おいおいおい、爆発があったっつーから来て見りゃ……随分と見覚えのあるポンコツ社長とその一味じゃねーか」
その瞬間、アルの背筋に氷水を浴びせられたような激しい戦慄が走った。
今、この瞬間、世界中で一番聞きたくなかった、そして一番会いたくなかった男の声。
恐る恐る、錆びついた人形のようにギギギと不自然な動きでアルが振り返る。その目に映ったのは案の定、もうもうと立ち込める煙の向こう、瓦礫から少し離れた場所に立っている白髪の男──坂田銀時と、アビドス対策委員会の面々だった。
あの常に眠たげな桃色の髪の少女、ホシノの姿はなぜかそこにはない。けれど、残る三人の少女たちとアヤネの通信機から投影された青いホログラムは、凄まじい剣幕で瓦礫の山に佇む便利屋68を激しく睨みつけていた。
「アンタ達、一度ならず二度までも……! よくも私たちの、そして店主さんの大切なお店を!!」
セリカが怒りで顔を真っ赤に染め上げ、今すぐ突撃せんばかりに銃を構える。
『柴関ラーメンの店主さんはどうにか軽い怪我で済みましたが、こればかりは絶対に許せません! 万死に値します!』
いつもは温厚なアヤネの声も、通信機の向こうでかつてないほどに怒りで震えていた。
「お仕置きしちゃいますよー!」
ノノミがトレードマークの巨大なガトリングガンをガシャリと構え、いつもの微笑みを完全に消して鋭い視線を向ける。
「ん、今度は徹底的に。容赦なく、確実に、再起不能にする」
シロコが冷徹な瞳でライフルを握り直し、戦闘の準備を完了させた。
次々に向けられる、言い訳の余地すらない明確な敵意と殺気。だがその圧倒的なアウェイの状況にあっても、ムツキやカヨコはどこまでもドライだった。
「あはは、おっと噂をすれば! まさにバッドタイミングってやつ?」
ムツキはむしろこの絶望的なすれ違いを心底楽しむように、愉悦に満ちた凶悪な笑みを浮かべて愛用の機関銃を構える。
「……遅かれ早かれ連中とはこうなっていただろうからね。カイザーの依頼もある。ハルカ、泣いてないで戦闘準備を」
カヨコはため息混じりに冷静なトーンで告げると、事前に周囲に展開させておいた傭兵たちに即座に無線連絡を取り、前線を構築し始めた。ハルカも「うぅ、社長のために……社長のためにあの白い不審者を排除しますぅぅ!!」と涙目でショットガンをジャキッと握り直す。
──── もう、やはり。……覚悟を決めるしかないのだろう。
言い訳をして、あそこまで格好良かった男に「身内の失言からの暴走で、うっかり爆破しちゃいました」なんてダサい真実を伝えて許しを乞うなんて、そんなみっともない真似は絶対にできない。そんなのは私の目指す、私の憧れる理想の悪党の姿じゃない。
たとえ不本意な大事故の結果であろうと。誤解されたままであろうと。今更引き返すことなんて、ハードボイルドじゃない。
何たって私は──便利屋68の、絶対的なリーダーなのだから。
俯いていたアルは溢れそうになる涙をぐっと瞬きで散らし、最悪で、最大限に悪辣に見える不敵な微笑みをその唇に浮かべた。
「──── そうよ! これで分かったでしょう、アビドス、そしてシャーレの先生! 私は目的のためなら手段を選ばない、冷酷無比な大悪党!!」
アルは堂々と瓦礫を踏み越え、背筋を伸ばして毅然と立ち上がった。
「私たちは金のためなら何でもする情け無用の便利屋68! さあ、いざ勝負よ!」
叫ぶと同時に、愛用のスナイパーライフルを構える。スコープを覗き込み、その十字のレティクルの中心に捉えたのは──自分にハードボイルドなアウトローとしての、確固たる生き様を教えてくれたあの男。
遠く離れているはずなのに、レンズの向こうに映るその顔は息が詰まるほどに近い。胸が締め付けられるような切なさを引き裂くように、アルは引き金に指をかけた。
そしてそのレンズの先で、白髪の男はぼりぼりと自分の頭を乱暴に掻きむしり、ゆっくりと顔を上げた。その死んだ魚の目には、どこかすべてを察したような、あるいはその不器用すぎる「悪党の強がり」を笑うような妙に温かい光が宿っている。
「……けっ、いい顔をしやがって。いいぜ、便利屋68。そんなにお望みならお仕置きだべ、ってヤツだ」
銀時は腰の木刀の柄にゆるりと手をかけると、隣のアビドスの少女たちに短く顎を振った。
「お前らはあのポンコツ社長の取り巻きの愉快な仲間達を片付けな。傭兵のゴロツキどもごと派手にやっていいぞ」
「「「了解!!!」」」
少女たちの鋭い返声が響く。銀時はレティクルでこちらを覗く冷たい眼差しをしたアウトローな少女へと一歩、また一歩と踏み出してゆく。
「俺ァ……あの意地っ張りなドロンジョ様モドキを、ちょっとたっぷり叱ってくるからよ」
戦闘開始の合図は、空を引き裂くような銃声だった。
アルへと真っ直ぐに向かって突進してくる銀時。それを阻止しようと、今度は便利屋68の仲間たちが即座に動いた。
「社長には指一本触れさせない……っ!」と叫ぶハルカがショットガンを猛連射して弾幕を張り、ムツキが愉しげな笑声を上げながら手榴弾をいくつも投げつける。カヨコが事前に展開させておいた傭兵たちも一斉に銀時へと群がった。
だがそれらの迎撃は、背後から迫るアビドス対策委員会の猛攻によって遮られる。セリカとシロコが容赦のない銃撃でハルカや傭兵たちの射線を崩し、ノノミのガトリングガンが重低音を響かせてPMCの前線を薙ぎ払う。アヤネの的確な支援ドローンが便利屋側の連携をズタズタに引き裂く中、銀時はその一瞬の隙を突き、爆煙を割ってアルの元へと一気に肉薄した。
アルは恐ろしいほどの緊張感の中で、自分でも驚くほど冷静にスコープを覗いていた。
視線の先には、障害物を飛び越え、猛スピードで駆け寄ってくる銀時の姿。アルは躊躇なく引き金を引いた。放たれる鋭い銃撃。外れれば即座にボルトを引いて次弾を装填し、素早い弾込めを繰り返しては、何度も、何度も、その姿を狙い撃つ。
だが、銀時は走る速度を一切落とさない。向かってくる銃弾を腰の木刀で叩き落とし、あるいは足元に転がるコンクリートの瓦礫を強烈に蹴り飛ばして盾代わりにし、アルの精密射撃をことごとく防ぎながら距離を詰めていく。
(……ああ、やっぱり。やっぱり私は、この人が愛おしい)
激しい銃撃戦の最中だというのに、アルの胸の奥にはそんな不釣り合いな感情が溢れかえっていた。
自分たちのように、ヘイローがあるわけでもない。銃も持たず、飛び道具の類も一切使わない。ただの脆い人間の身でありながら、その汚い木刀一本だけを握り締め銃弾の嵐が吹き荒れる戦場へと真っ向から立ち向かってくる、無茶苦茶で命知らずな男。
その男へと届くはずのない自分の狂おしい気持ちを伝えるように、アルは何度も何度も引き金を引いた。言葉にできない衝動を弾丸に込めて撃ち放ち、あの人はそれをただ愚直に、力強く弾き返す。銃声と木刀の打撃音が、二人の間だけの奇妙な対話のように更地に響き渡っていた。
気づけば、もうあの人は目と鼻の先。
周囲を見渡せば、便利屋の他の面々も、集めた傭兵たちも、アビドス対策委員会の圧倒的な連携の前に少しずつ押し込まれ、完全に戦線が崩壊しかけていた。
ついに至近距離まで詰め寄られ、アルの狙撃銃の銃口と、銀時の木刀の切っ先が激しく交差する。
互いが互いを完全に標的に捉え、次の刹那に勝負が決する──そう思った、まさにその時だった。
上空から、夜気を切り裂くような「ひゅううううう……」という不穏な風切り音が、超高速で迫ってくるのに気づいた。
「っ、しまっ……!」
銀時の死んだ魚の目が、その瞬間だけ驚愕に大きく見開かれた。男は次の瞬間、アルに向けていた木刀を容赦なく引っ込めると、躊躇なく彼女の身体へと文字通り覆い被さるようにして激しく倒れ込んできた。
「え……!? ちょ、ちょっと──」
突然視界を埋め尽くした白髪と、男の無骨な体温にアルが息を呑んだ直後。
突然、中心で凄まじい爆発音が響いた。
──────────
「……!? ほ、砲撃!? い、一体どこから……!?」
煙を上げる着弾跡を見つめながら、セリカが動揺を隠せない声を上げた。不意を突かれたアビドスの面々だったが、それぞれの高い戦闘センスで直撃を回避し、どうにか自分たちの身を守ることに成功していた。
「……この音は50ミリ迫。そんなものを持ってる奴らといえばやっぱり……」
シロコが煙の向こう、砂塵を割って近づいてくる無数の足音に耳を澄ませる。
視線の先に映ったのは、これまで自分たちが相手にしてきたブラックマーケットの不良や傭兵たちとは比べ物にならない、圧倒的な人数。そして、統率された規則正しさで確実にこちらを包囲するように迫る、巨大な軍勢の影だった。
『……アレは……ゲヘナの風紀委員会!? なぜこんなところに!?』
アヤネの悲鳴に近い声が通信機から響く。トリニティの正義実現委員会と並び、キヴォトス最強の一角と謳われるゲヘナ学園の巨大武力組織。それがなぜ、アビドスの、しかもこの爆破されたラーメン屋の跡地に現れたのか。
一方、戦場を見下ろす少し離れた丘の上。
観測手から「砲撃は目標からわずかに逸れ、直撃には至らず」との報告を受けた白髪のツインテールの褐色少女――イオリが、不機嫌そうに大きく舌打ちをした。
「ちっ……まあいいや。第二小隊を前進。奴らの退路を塞げ」
イオリは愛用のライフルを肩に担ぎ直し、冷徹に次の命令を下す。そのすぐ傍らに立つ、腕章を巻いたメガネの少女――チナツが、冷静に戦況を見つめながらイオリに問いかけた。
「……便利屋68の周囲にいるあの方達はどうしますか?」
「ああ、なんだっけ……アビドスの連中か。そんなの当然、公務執行妨害で全員敵だ」
当然だとばかりに吐き捨てるイオリの言葉に、チナツは少しだけ困ったように目を細める。
「……取り敢えず大人しくしてもらいたいものですね。状況説明だけでも……」
「説明? 必要かそれ」
その言葉にチナツは小さくため息をついた。イオリはいつもこうだ。戦闘能力も指揮能力も抜群に高いのだが、どうにも猪突猛進すぎるというか、話が通じない相手には即座に武力行使を選びがちになる。
「ウチの厄介者どもを捕らえるんだ。もし邪魔するなら排除するのが手っ取り早いだろ」
その言葉を合図にするように、イオリはさらに数個小隊を前進させた。闇夜の中に、ゲヘナ風紀委員会の黒い制服を着た生徒たちが圧倒的な威圧感をもって次々と姿を現していた。
──────────
「けほっ、こほっ……い、一体なに……が、……!?」
砲撃による強烈な衝撃。吹き飛ばされたアルは、喉に絡みつく不快な土煙に激しく咳き込みながら、辛うじて瞼を開けた。
視界を埋め尽くしていたのは……見覚えのある、あの柔らかそうな銀色の天然パーマ。
──え? 嘘。
自分が今、銀時に完全に覆いかぶさられる姿勢になっていることに、アルは遅まきながら気がついた。重なるようにして倒れ込む男の体温、背中に回された無骨な腕の感触。状況を理解した瞬間、アルの顔は一気に沸騰したように真っ赤に染まった。
だが、その羞恥は次の瞬間に、動かない銀時の様子への恐怖と焦りへと一変する。
「……!? ちょ、ちょっと、大丈夫!? ねえ、先生!」
自分の上に乗ったままぴくりとも動かない男の身体を、アルは必死に揺さぶり、声を掛けた。しかし反応はない。アルの顔が段々と青ざめてゆく。
先程の爆撃は明らかに、自分たち便利屋68を狙ったものだった。そしてこの男は、その砲弾が風を切って落下する音にいち早く気づき、敵であるはずの自分を──アルの身体を庇って、盾になったのだ。
「そんな、嫌! 嫌よこんなの! ねえ、起きてよ、ねえ……!!」
キヴォトスの生徒たちなら、直撃でもない限りこの程度の砲撃で命を落とすことはない。だが、目の前の男にはヘイローがないのだ。ただの「脆い大人」なのだ。もし自分のせいで、この人が──。
アルの瞳に涙が浮かび、絶望が胸を支配しかけたその時。
「……耳元で騒ぐんじゃねーよ、喧しい……」
うめき声と共に、ようやく銀時がゆっくりと身体を起こした。どうやら爆風の衝撃で一時的に意識が飛んでいただけのようだ。アルの身体から離れ、よろよろと立ち上がる銀時。
だが、その背中が視界に入った瞬間、アルは息を呑んだ。
羽織の破れた隙間から、砲撃の破片によって生じた、いくつかの生々しい擦り傷──軽いものではあるが、そこから小さく赤い血が流れているのが見えた。
キヴォトスの生徒であれば、打撲や全治数分の鼻血程度で済む威力。それなのにこの男の身体は、こんなにも簡単に傷つき、血を流してしまう。そんな脆弱な身体だと自分で百も承知のはずなのに、この男は自分を庇った。
アルはぎゅっと唇を噛み締め、俯いてから顔を上げ、銀時を真っ直ぐに睨み付けた。
「どうして!? どうして私を庇ったの!? 私はあなたを……あなたの命を狙う、敵の悪党なのよ!?」
「知るかよ、体が勝手にそうした。それだけさ」
「え……」
銀時は背中の痛みに顔をしかめながら、無造作に首を振った。
「俺ぁいつだってそうさ。理屈だの損得だの、そんな小難しいもん考えて動いちゃいねーの。何があっても俺は体が勝手に動く。それが自分のルールだって言わんばかりにな。……だから俺は、俺でい続けられる。それだけだ」
「あなたが、あなたで……?」
アルは言葉を失い、目を丸くした。
人助けをするのが、誰かを守ることが、最初からその魂と身体に深く刻み込まれている──そう言わんばかりの生き様。自分が追い求める「冷酷非道な悪党」からは、あまりにもかけ離れた、真逆の思考。
だけど、それは。その歪なまでの不器用な信念は、アルの目には、どんな悪党よりも圧倒的に……ハードボイルドに映った。
「……だいたいお前、今回のラーメン屋の爆発だってどうせ一時のテンション任せで起こしちまったことだろ? そーゆー計画性のねぇ無茶はほんと身を滅ぼすからやめなさいってマジで。……あーくそ、腰痛え、背中も地味にキてんよこれ……」
痛む身体を引きずるようにして、銀時は木刀を拾い上げ、ゲヘナ風紀委員会が迫る方向へと背を向けた。
「ちょ、ちょっと! どこ行くつもりよ!?」
思わず叫んだアルに、銀時はぼりぼりと耳の穴を掻きながら、心底不機嫌そうな死んだ魚の目を向けた。
「ああ? ……せっかく可愛い生徒へ指導しようと思ってたのに、それを邪魔しに弾幕ぶち込んできた奴らがいるんだよ。そいつらに一発、ガツンと怒鳴り込みに行くに決まってんだろ、そんなん」
──────────
場面は変わり、ゲヘナ風紀委員会による突然の砲撃を回避したアビドス対策委員会の面々。
「うう、こんな時にもホシノ先輩と連絡がつかないなんて……!」
セリカが端末を握りしめ、焦燥感を募らせた声を上げる。画面に表示されているのは、何度発信しても繋がらない「通話中」にもならない無機質なエラーの文字だけだった。
『おかしいですよね、今までこんなことなかったのに……。何かトラブルに巻き込まれていなければいいのですが……』
通信機の向こうでアヤネも不安を隠せない。いつもなら「へへ〜、おじさんにお任せあれ〜」と、のらりくらりしながらも真っ先に駆けつけてくれるはずの絶対的な大黒柱。その不在と、目の前に迫るゲヘナの軍勢という二重の危機に、四人がこれ以降の行動について思いあぐねていた、その時だった。
「……おーい、お前ら」
煤煙の向こうから、聞き馴染んだ気怠げな声が響く。
「ん、せん……せ……? ──っ、どうしたの、その傷!?」
シロコが真っ先にケモ耳をピクリと揺らして振り返り、その瞳を驚愕に大きく見開いた。
歩み寄ってくる銀時の姿。しかしその衣服は引き裂かれ、肩や頭の数箇所から、生々しく小さな血が流れているのが夜の明かりに照らされていた。ヘイローを持たない彼の身体にとって、その赤はあまりにも不穏で、そして重い。
「どうしたのその傷!? もしかしてさっきの砲撃に……!」
シロコが目に見えて狼狽しながら駆け寄り、セリカも顔を青くして後に続く。ノノミもガトリングガンの銃口を下げ、慌てて懐から救急キットを取り出そうとした。
「いーからいーから、こんなんただの擦り傷だから気にすんなっての。ツバつけときゃ治る治る」
「そんなこと言われても! アンタ血を流してるのよ!?」
「そうです、大人しくしてください! 今すぐ手当てを……!」
セリカとノノミ、そして通信機のアヤネが必死に銀時を引き留めようとする。だが銀時はそれを手で制し、歩みを止めない。死んだ魚の目の奥に、いつになく硬質で鋭い光を宿らせながら、ゲヘナの軍勢が展開する前方を見据えた。
「あのお堅そうな嬢ちゃん達は、あのポンコツ社長達を捕らえにきたんだろ、どーせ。だけどよ、ここはどこだ? どこのどいつのシマだ」
「……!」
「この街はお前らの街だろ。……だったら、やることは一つじゃねーか」
銀時は木刀を肩にぽんと担ぎ、不敵に鼻を鳴らす。
「アイツらのやりたい放題をここで食い止めて、あのポンコツ社長の身柄は俺らがとっ捕まえる。自分とこの街で、他所の奴らに獲物をホイホイ引き渡せるかってんだよ。筋を通させてもらわねーと気が済まねえでしょーが」
その言葉は、混乱していた少女たちの胸にすとんと落ち、確かな火を灯した。そうだ、便利屋68が何をしでかそうと、ここはアビドス自治区であり、彼女たちの守るべき場所なのだ。
「……そうね、確かにそう。ここは私達の街! 他の学園の奴らに、これ以上好き勝手させるもんですかっての!」
セリカが力強く愛用の銃を構え直す。
「確かに便利屋の皆さんは悪いことをしましたけど、それはそれ、これはこれです!」
ノノミもまた、いつものおっとりとした笑顔の奥にアビドスとしてのプライドを覗かせ、ガトリングガンのバレルを静かに回転させ始めた。
『はい! ゲヘナ風紀委員会による予告なき過激な越権行為、アビドス対策委員会として断じて許せることじゃありません!』
アヤネのバックアップ宣言が、通信機越しに頼もしく響き渡る。
「……ん。奴らをここで食い止めて、私たちが便利屋を捕まえる。先生にこれ以上、傷をつけさせない」
シロコが静かにマフラーの位置を直し、戦闘態勢へと入った。
頼もしい四人の返答に、銀時は「けっ」とニヤリ不敵な笑みを浮かべると、こちらを完全に包囲せんとするゲヘナの軍勢を真っ直ぐに睨み付けたのだった。
「……アビドス生、臨戦態勢に入りました。こちらを完全に敵として認識しているようです」
そしてその様子を双眼鏡で確認したチナツが、眼鏡の奥の目を鋭くして報告した。
「はあ、面倒だな……こっちは一個中隊。四人で何ができるんだか。身の程を知らないにも程があるでしょ。……まあいい。売られたケンカは買うぞ。総員、戦闘準備!」
イオリは呆れたように息を吐くと、愛用のライフルを前方へ突き出し、一歩も引かない構えを見せる。その命令に、周囲に展開していた風紀委員会の生徒たちが一斉にボルトを引く乾いた金属音が響いた。
数の暴力とも言える圧倒的な戦力差。速やかに制圧に移ろうとイオリが指示した、まさにその時だった。チナツが手にした双眼鏡のレンズの先で夜の砂塵の中に佇む、奇妙に目立つボサボサの白髪を見つけて息を詰まらせる。
「……ちょ、ちょっと待ってください。アビドス生の近辺に民間人……いえ、あの姿、どこかで、見覚えが……あ」
双眼鏡を持つチナツの指先が、微かに震えた。
そう、チナツにはこの男の、一度見たら忘れられるはずのない姿に心当たりがあった。
数週間前。連邦生徒会長の失踪に端を発した未曾有の混乱の中、キヴォトスの全システムを司る「サンクトゥムタワー」の制御権を回復させるために集められた、各学園の混成部隊。そこにたまたま居合わせていたチナツや、ミレニアム、トリニティの生徒たちを、信じられないほど手慣れた──それでいて、どこかヤケクソで泥臭い指揮で率いた大人がいた。
それだけなら、まだ「優秀な指揮官」として尊敬の念で片付いただろう。だがその男の真の恐ろしさは、指揮を執るのをやめて自ら前線に飛び出した瞬間にあった。
ヘイローも持たないただの大人であるにもかかわらず、その辺で拾ったような薄汚れた木刀一本だけを引っ提げ、あろうことか突進してくる重装甲の巡航戦車に真っ向から立ち向かったのだ。砲撃を紙一重でかわし、爆風を割って車体に飛び乗ると、信じられない怪力で戦車のハッチをバリリと強引にこじ開け、中の乗員をまとめて引き摺り出して一瞬で制圧してみせた、あの物理的にも常識的にもメチャクチャな大人の男──。
「あ、あれは……シャーレの坂田先生!?」
「ん? シャーレ? なんだそれ」
双眼鏡を覗いたまま、かつてないほどの驚愕に顔を強張らせているチナツの横で、イオリが怪訝そうに首を傾げた。
「この戦闘、行なってはいけません! あの大人の方は……!」
チナツが慌てて事態の深刻さを説明しようとした、まさにその瞬間だった。アビドス側からの容赦のない一斉射撃がゲヘナの前線へと叩き込まれる。弾丸が地面を穿ち、激しい金属音と共に火花が散った。
「アビドス生から発砲! 応戦します!」
前線の風紀委員の少女がそう叫ぶと同時に、統率されたゲヘナの中隊が一斉に引き金を引いた。チナツの制止も虚しく、戦場は一瞬にして激しい銃撃戦へと発展してしまう。
「ちっ、仕方ない。行くぞ!」
「イオリ、待って! その大人はただの大人じゃ……!」
チナツの悲痛な叫びは、轟く銃声と爆音の渦にかき消された。
激しい銃撃戦によって生じた濃い土煙が戦場を覆い尽くす。視界が最悪に陥ったその刹那、煙の幕を文字通り真っ二つに引き裂くようにして、突如としてその男が現れた。
白髪頭に、それまでの気怠さを完全に削ぎ落とした鬼のような鋭い眼差し。ひるがえる独特な模様の着物。
銀時は凄まじい踏み込みでイオリの眼前にまで一瞬で飛び込むと、その足元へと向けて空気を断ち切る速度で木刀を真っ直ぐに振り下ろした。
「ッ!?」
だが、イオリも風紀委員会の特攻隊長を務めるほどの手練れ。本能的な危機感で即座に愛用の小銃を差し出し、鋭い一撃をガキィィン!! と重々しい金属音を響かせて受け止めた。しかし、ヘイローを持たない人間の放ったものとは到底思えないその衝撃の重さに、イオリの身体はズルリと数メートルも後ずさりさせられる。
「……何者だ、アンタ」
小銃を構え直し、油断のない構えのままイオリが低く問いかける。
「おいおい、人に名前聞く前に自分から名乗れって教わらなかった……んだろーな。人ん家の庭に急に砲撃加えてくるような連中なんだし、そりゃそーか」
銀時はそれ以上の追撃はせず、ふうと息を吐いて木刀を再び肩へとぽんと乗せた。そして、いつもの気力のない死んだ魚のような眼差しに戻り、周囲を取り囲む無数の風紀委員たちをぐるりと見回す。
「たく、どこの世界でも武装してる警察ってのはどーしてこうも横暴なもんなんかねぇ。上から目線でズカズカ踏み込んできてよ……と、あり。お前確か……」
つまらなそうに木刀でトントンと自分の肩を軽く叩いていた銀時がふと、イオリの斜め後ろで硬直しているチナツを視界に映し、その動きを止めた。
「……ご無沙汰です、坂田先生。サンクトゥムタワーの一件以来ですね」
チナツは銃口を下げ、少しだけホッとしたような、けれどひどく複雑そうな表情で頭を下げた。
「……あー、あん時のメガネちゃんか。そーいや風紀委員に入ってるっつったっけ」
銀時は思い出したように、ひらひらと片手を軽く振ってみせる。そんな戦場らしからぬ軽い様子に、チナツは小さく苦笑いを浮かべた。
「こんな再会になってしまい申し訳ありません……ですが、私たちは指名手配犯である彼女達――便利屋68を捕らえるため、正当な公務でここにきているのです。良ければ先生からも彼女達……アビドス生達を止めて、私たちに協力していただけませんか?」
チナツなりの、これ以上の戦闘を避けるための精一杯の理性的かつ穏便な提案だった。だが、銀時はやれやれと首を振る。
「……あん時は丁寧で物分かりの良いお嬢様って印象だったんだが、結構グイグイと押しが強えじゃねーの。……他所サマのシマに大勢ひっ連れてきたかと思えば、挨拶代わりに急にドンパチやるだけあるわ」
「それは……その、言い返せません……」
痛いところを突かれ、チナツはバツが悪そうに目を伏せる。どれだけ大義名分があろうと、事前の通告もなく他校の自治区で重火器をぶっ放したのは紛れもない事実だったからだ。すると銀時が空いている手の親指で、ひょいと自分の後ろを指し示す。
「てかアンタら。取り敢えずはここを任されてる頭なんだろ? 俺に気を取られてていーの?」
その言葉にハッとしてイオリとチナツが視線を向けると、そこには信じられない光景が広がっていた。何回にも及ぶ過酷な防衛戦を潜り抜けたことで対策委員会の実力は、二人の予想を遥かに超えていたのだ。
シロコの無駄のない電撃戦、セリカの執念に満ちた突撃、そしてノノミがバラ撒く圧倒的な面制圧の弾幕。そこにアヤネの洗練されたドローン支援が完璧なタイミングで噛み合い、風紀委員会の応戦していた中隊は、たったの数分間で完全に瓦礫の山へと沈められ壊滅していた。
「なっ……此方が負けただと!? 冗談でしょ、うちの精鋭がたった四人に……!」
イオリが驚愕のあまり、自慢のツインテールを跳ね上げるようにして目を見開く。
「……流石ですね、先生」
チナツは冷や汗を流しながらも、この短期間でアビドスの生徒たちの連携をここまで高め、的確にゲヘナの虚を突かせた「指揮官」としての銀時の手腕に、畏敬の念を抱かずにはいられなかった。しかし当の銀時はといえば、またもやぼりぼりと耳の穴を掻きながら、気の抜けた声を出す。
「なあに、アイツらが優秀なだけだよ。銀さんはただ、飯食うために必死な奴らの背中をちょっとばかし小突いてやっただけ……とと。ウチの優秀なオペレーターさんからの通信だ。お堅い行政手続きの前に、まずはこっちの話に付き合ってくれ」
銀時が耳元のインカムをトントンと指差すと、チナツとイオリの目の前に、青いホログラムとしてアヤネの姿がパッと投影された。アヤネは眼鏡の位置をクイと直し、他校の軍隊を前にしても一歩も引かない毅然とした態度で告げる。
『アビドス対策委員会、奥空アヤネです。そちらの所属、並びにアビドス自治区内における今回の無断武力行使についての説明をお願いします』
「それは……」
イオリがバツの悪そうな顔で応えようとした、まさにその途端だった。アヤネが展開していた通信回線の暗号を強引にバイパスし、割り込んでくる冷徹なノイズ混じりの声があった。
『それは私から答えさせていただきます。アビドス高等学校、対策委員会の皆さん』
ホログラムの端に、新たに投影された別の青い影。そこに映し出されたのは、特徴的な青い髪をサイドポニーに結び、いかにも神経質そうな切れ長の瞳をした、ゲヘナの制服を身に纏う少女の姿だった。
「アコちゃん……?」
イオリが通信の主の顔を見て、端正な顔を僅かに歪める。
「アコ行政官……!? 」
チナツも驚きに目を丸くした。
『私はゲヘナ学園所属の行政官、アコと申します。今の状況について説明をさせていただきたいのですがよろしいでしょうか?』
画面の向こうのアコは、これ以上ないほど丁寧で、それでいてどこか冷徹な営業スマイルを浮かべながら告げる。その有無を言わせぬ圧迫感に、先ほどまで戦場で猛威を振るっていたはずのイオリが目に見えてオドオドとし始めた。
「アコちゃん、その……」
『イオリ。反省文のテンプレは私の机の左の引き出しにあります。ご存知ですよね?』
「うーっ……」
有無を言わさぬアコの笑顔の追撃に、イオリは完全に蛇に睨まれた蛙のようになり、耳まで真っ赤にしてうめき声を漏らすことしかできない。
──ガサッ。
そんな、大人たちの政治と風紀委員会の上下関係がホログラム越しに繰り広げられている、まさにその背後でのことだった。
砲撃によって生じた瓦礫の山の中から、音も立てずに、ずるりと不気味な小柄な影が起き上がる。ギャリソンキャップを深く被り直したその少女──ハルカは、復讐の鬼と化した目で周囲をねめ回すと、近くに転がっていた「柴関」のロゴ入りの薄汚れた段ボールをゆっくりと被った。
そして、信じられないほどの体幹で、文字通り地面を這うような姿勢のまま、ずり……ずり……とゆっくり前へと進み始める。
「─── ああ、ああ。みんな、集まってます。チャンス、ですね……」
ハルカの唇から漏れ出すのは、ゾッとするほど恍惚とした歪な笑み。その瞳からは完全にハイライトが消え去り、暗黒の情念だけがドロドロと渦巻いている。
段ボールが、まるでそれ自体が独自の意志を持つ生き物のように、奇妙な動きで少しずつ、着実に、アコたちのホログラムを取り囲む風紀委員の集団へと近づいてゆく……
「許さない……許さない……許さない……許さない……許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない……!!」
先週日付調整するのを忘れて間違えて投稿してしまったものです。あの時はまじ焦った……
これからもよろしくお願いします。