ブルーアーカイブ 透き通る青春よ永遠なれ   作:Jon.Do

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ヒナちゃんが初登場したので初投稿です


第二十話 オニとオニの子と魔王

 静寂を完全に打ち破り、交錯するマズルフラッシュが更地となった柴関ラーメン跡地に木霊する。アビドスと便利屋、本来なら相容れるはずのない二つの組織が織り成す即席の弾幕は、ゲヘナの包囲網の最前列を瞬く間に圧倒していった。

 

「突撃! 露払いなら任せて!」

 

 セリカが声を張り上げ、突撃小銃を連射しながら最前線へと躍り出る。その俊敏な動きに合わせるように、シロコが無駄のない足取りで並走し、正確無比な点射でゲヘナの盾持ちたちを次々と無力化していく。

 

「ん、前線構築を許さない。ここで一気に押し潰す」

 

 二人の突撃を後方から支えるのは、ノノミのミニガンから放たれる圧倒的な鉄の嵐だ。凄まじい重低音と共に放たれる制圧射撃が、ゲヘナの次波の接近を完全に阻害していた。

 

『皆さん、敵の増援が左翼側から接近中! 障害物を利用して射線を切ってください!』

 

 アヤネの的確なナビゲーションがインカムを通じて全員の脳内に響く。その指示に即座に反応したのは、便利屋68の面々だった。

 

「あはは! じゃあ、そっちは私たちが遊んであげる!」

 

 ムツキが軽快なステップで瓦礫の間をすり抜けながら、手榴弾を次々と放り込んでいく。闇の中で巻き起こる連続爆破が、左翼から回り込もうとしていたゲヘナの小隊を派手に吹き飛ばした。

 

「ハルカ、右。私がカバーするから、そこから中に入らせないで」

 

「は、はい! カヨコさんの言う通りに……! 私たちの邪魔をする害虫どもは、一匹残らず私がすり潰しますぅぅぅ!!」

 

 カヨコの冷静な狙撃と指示を受け、ハルカが狂気的な咆哮を上げながら飛び出す。至近距離から放たれるショットガンの破壊力は凄まじく、接近を試みたゲヘナの兵員たちを強引に圧壊させていった。

 

「──フフ、あはははは! 見たかしらゲヘナのワンコ共! これが、我が便利屋68とアビドスの、悪魔の共同戦線よ!」

 

 アルは瓦礫の上に立ち、コートの裾を派手に翻しながら高笑いを上げていた。手にした狙撃銃を構え、前線と指揮所を繋ぐ通信ドローンの駆動部を正確に撃ち抜いて破壊していく。その姿は普段の本人の大パニックからかけ離れた傍から見れば非の打ち所がないほど冷酷でハードボイルドな大悪党の首領そのものであった。

 

『……っ、なんて連中ですか……! 即席の連携で、我が風紀委員会の包囲網をここまで押し返すなど……!』

 

 中継ドローンを次々と落とされ、前線がズタズタに引き裂かれていく光景に、ホログラムの向こうのアコが初めて明確な焦りの表情を浮かべた。

 

「おいおい、余所見してていーのかよ、お局行政官殿」

 

 冷ややかな声が、爆音の隙間を縫ってアコの耳元へ届く。

 ハッとしてアコが視線を戻した瞬間、ゲヘナの本陣を文字通り縦に割るようにして、一筋の影が猛スピードで肉薄していた。

 坂田銀時──肩や頭から未だに僅かな血を流しながらも、その身のこなしには一切の衰えがない。向かってくるゲヘナの銃弾を、紙一重の体捌きと木刀の刀身で叩き落とし、爆煙を置き去りにして部隊の中心へと突入する。

 

『なっ、迎撃しなさい! 近づけるな!!』

 

 アコの怒号のような指示を受け、残ったゲヘナの精鋭たちが一斉に銃口を銀時へと向けた。だが、その射線は、すでに完全に読み切られていた。

 

「遅えんだよ、ワンコ共が!!」

 

 銀時は地を這うような低い姿勢からの跳躍で一気に間合いを詰めると、木刀を力任せに一閃させた。凄まじい風切り音と共に放たれた一撃が、前方で銃を構えていた風紀委員たちの武器を強引に弾き飛ばし、その肉体を一振りでまとめて薙ぎ払う。

 ヘイローを持たない大人とは到底思えない、理不尽なまでの力技と戦闘センス。戦車すら文字通りにブチ壊した男の暴力が、ゲヘナの本陣を完全にパニックへと陥れていった。

 

「第一中隊全滅! 後方に下がって立て直します!」

 

「第三中隊、戦闘続行不可能! 補給のため後方に移動します!」

 

「な、なんて奴らなの!? まるで」

 

 ─── 夜叉(オニ)の子だ。

 

 爆煙と悲鳴の交じる無線機から、そんな絶望に満ちた報告が前線より次々と上がってくる。

 当初の計画では、あのシャーレの大人──坂田銀時は無傷で確保するはずだった。だが、蓋を開けてみれば一個中隊が文字通りゴミのように薙ぎ払われ、戦況はゲヘナの完全な敗色濃厚。あまりの想定外の事態に、アコはもはや完全に冷静さを欠き始めていた。

 全てはゲヘナの、……愛する委員長に余計な負担をかけさせないために、自分が裏で全てを片付けるはずだったのに。

 

『くっ……予備で待機させていた人員を全て前線に投入しなさい! なりふり構っていられません、あの男を捕らえて周囲の敵を排除するのです! 最悪、あの男を多少負傷させてでも────!』

 

 ザザっ……、ザザザッ……!! 

 

 アコがヒステリックに叫び、さらなる戦力の投入を命じようとしたその瞬間、突如として全通信回線に強烈な割り込み通信のノイズが走った。

 

 アコのホログラムが激しく乱れ、その目の前に新たな影が上書きされるようにして投影される。白く長い髪を豊かに伸ばし、その小柄な体躯からは想像もつかないほどの、圧倒的な強者としての覇気を全身から纏わせた少女──。

 

『アコ』

 

『……え、ひ、ひ、ヒナ委員長!?』

 

 アコの顔から一瞬にして血の気が引いた。

 それと同時に、今まで狂暴な牙を剥いてアビドスや便利屋に襲いかかっていた一般風紀委員たちの動きが、まるで時計の針が止まったかのようにピタリと停止する。それはアコという上司への畏怖以上に、この少女がキヴォトスでも指折りの最強の実力者であることへの、本能的な絶対順従の現れだった。

 

「ひ、ひ、ヒナですって!?!? ゲヘナの魔王じゃないのよぉぉぉ!! 無理無理無理、絶対に勝てっこないわ撤退するわよォォォ!?!?!?」

 

「……さっきまでの威勢はどこ行ったんだか……」

 

 それまでハードボイルドな大悪党として瓦礫の上で高笑いを決めていたアルだったが、「ヒナ」という名前とその声を聞いた途端、先ほどまでの戦意はすっかり綺麗に喪失。ゲヘナの委員長がこの場に直接投入されると全力で早とちりした彼女は、カヨコが呆れるのも他所に、涙目でコソコソと瓦礫の陰から一目散に逃走を始めてしまった。

 そんな便利屋側のポンコツな脱走劇が起きていることにも気づかず、銀時はあの青い髪のお局少女の前に現れたホログラムを、死んだ魚の目でじ、と見つめる。

 

「委員長……っつーことは、この横暴なワンコロ共の正真正銘の頭っつーことか?」

 

 銀時がそう呟く他所で、画面の向こうのヒナは冷徹に目を細め、静かな、けれど底冷えするような声音でアコに問いかけた。

 

『アコ、いまどこで何をしてるの?』

 

『わ、私ですか? え、えっと……その……ゲヘナ近郊の街で、ちょっと風紀委員の選抜メンバーと、治安維持のためのパトロールを……ですね……』

 

 アコは冷や汗を滝のように流し、泳ぐ視線を必死に誤魔化しながら懇親の言い訳を繰り出す。そのあまりにも分かりやすい態度に、アビドス側からは一斉に冷ややかな視線が送られた。

 

「おいおい見ろよアイツ、直上上司が出てきた途端に分かりやすすぎる嘘つき始めたぞ。中間管理職の悲哀ってやつ?」

 

「ん、さっきまで現場の支配者みたいな感じで偉そうにしてたのに、すごく情けない」

 

「奴らの動きも一瞬で止まったし、あの白髪のちっこい子が相当の実力者なのは間違いなさそうね……」

 

 銀時、シロコ、セリカの三人がそんなひそひそ話を交わす。

 だが、それを余所に、ホログラムの中のヒナはさらに冷たく目を細め、アコの言葉をなぞるようにさらり、と口にした。

 

「『他の学園の自治区で、風紀委員のメンバーを無断で動かすパトロール?』」

 

 ぎろり、とその眼光を強めた途端、なぜかヒナの声がホログラムの電子音だけではなく、この戦場の生身の空気を通じて二重に響き渡った。

 

 ──かつかつ、かつかつ……。

 

 静まり返った戦場に、冷酷で、一切の迷いのない規則的な足音が近づいてくる。

 

 呆然とするアコの目の前。睨みつけるヒナのホログラムの向こう側。土煙からゆっくりと歩み出て、並び立ったのは──ホログラムの映像と寸分違わぬ、巨大な機関銃を背負った本物の空崎ヒナ、その人。

 

『……え?』

 

 アコの思考が完全に停止し、マヌケな声が夜の更地にポツンと落ちた。

 

 その途端、辺りの空気がピキリと硝子のように張り詰めた。

 

 それはただの物理的な殺気ではない。もっと密度が濃く、質量を持った「圧倒的な強者」の重圧。その凄まじい感覚は銀時にも即座に走り、彼の背筋を一筋の冷たい汗が静かに伝っていく。

 

(─── こいつは、強い。間違いねェ)

 

 一見すればアビドスのあの寝太郎、ホシノと大差ない小柄な体格。だが、ホシノが内に秘めた鋭い牙を持っているとすれば、目の前の少女──空崎ヒナが纏う空気は、かつて吉原の暗黒街で対峙したあの「夜王」にも匹敵するほどのものだった。

 

 ハルカによる至近距離のショットガンを食らい、地面に這いつくばって気絶していたイオリは、その覇気に弾かれたように慌てて飛び起きる。イオリを必死に介抱していたチナツも、即座に背筋を伸ばしてその姿勢を正した。

 

「い、い、い、委員長!? 一体いつからここに……っ!?」

 

「……!」

 

 イオリの狼狽した声にも、周囲に漂う張り詰めた緊張感にも、全く関心がないと言わんばかりの淡々とした様子でヒナが口を開く。

 

「アコ、この状況をきちんと説明して」

 

『そ、その……ゲヘナの校則に違反した、非常に素行の悪い生徒の身柄を早期に確保しようと……』

 

「便利屋68のこと? どこにもいないけど。私には、貴女たちがただシャーレとアビドスに対峙して、無駄な火種を撒き散らしているようにしか見えないけれど」

 

『え、便利屋ならそこに……あら!?!?』

 

 アコがホログラムの中で慌てて周囲を見回すが、時すでに遅し。

 先ほどまでそこにいたはずの便利屋68の姿はどこにもなく、彼女たちがいた場所には、すっかり夜の砂塵が寂しく舞うばかりだった。あの「ヒナ」という名前を聞いた瞬間のアルの迅速すぎる逃亡劇は見事なもので、跡形もなく全員で撤退を完了させていたのだ。

 

「……けっ、威勢が良いのは最初だけかよ。アイツららしいや」

 

 そのあまりに締まらない結末に、銀時も呆れたような苦笑いを浮かべる。

 

『……え、と。委員長、全てお話しします……』

 

 言い訳の余地を完全に失ったアコを見つめ、ヒナは一度深い溜息と共に目を閉じた。

 

「……いい。だいたい把握したから。察するに、ゲヘナにとっての不確定事項──シャーレの確認、及びその排除。要するに、独断の政治的な活動だったんでしょ。けど……」

 

 ヒナは目を開けると、言い聞かせるように冷徹な視線をアコへと向けた。

 

「私たちは風紀委員会。政治的なことは万魔殿(パンデモニウムソサエティ)のタヌキ達にでも任せれば良い。私たちの仕事じゃない」

 

『……はい』

 

「詳しい話は帰ってから。通信を切って、今すぐ校舎で謹慎してなさい」

 

 ヒナの絶対的な言葉に従順に頭を下げ、アコのホログラムが消滅する。通信がプツリと切れると、ヒナは小さく首を傾げ、未だに激しい警戒を強めているアビドス対策委員会、そして銀時の方へとゆっくりと振り返った。

 

「……じゃあ、やろっか」

 

 きらん、と戦闘狂さながらに目を輝かせたシロコが再び銃を構えようとする。それを、銀時が慌てて後ろからがっちりと羽交い締めにして力ずくで押さえつけた。

 

「バカですかお前は!? なに!? お前の出身はどこぞの宇宙の戦闘民族だったりすんの!? お前の中の戦いのゴングはいつまで鳴り響いてんだよ、いい加減にしなさいって!」

 

『……コホン。こちら、アビドス対策委員会の奥空アヤネです。ゲヘナ学園風紀委員長、空崎ヒナさん、ですね。現在のこの状況は、正しく理解されていますでしょうか?』

 

 アヤネの理路整然とした、けれどどこか硬い声がインカムから響く。

 

「もちろん。事前通達無しでの他校自治区における兵力運用、及び他校生徒達との交戦。これに関してはゲヘナ側の非。……けれどそちらも、こちらの風紀維持活動を妨害したのも事実。違う?」

 

 ヒナの淡々とした、けれど一切の反論を許さない正論。

 

「けっ……そいつは確かにそうだがよ。あいにくこっちの嬢ちゃん達は全員が全員、なかなかに頑固でね。今更はいそうですかって意見は変わりゃしねーぞ」

 

 銀時が木刀を肩にトントンと叩きながら不敵に言い放つと、その言葉を証明するようにセリカもシロコも力強く頷いた。けれど、指揮を執るアヤネは通信機の向こうで苦々しそうに、現状の圧倒的な戦力差に唇を噛む。

 

『……けれど、もう便利屋68の方々もいない。今ここに残っているのは私たちと先生しか……。くっ、こんな時に、ホシノ先輩がいてくれたら……!』

 

 戦力的にこれ以上の膠着は危険。アヤネが思わず漏らしたその名前に、それまで無表情だったヒナの眉が、ピクリと跳ね上がった。

 

「……ホシノ? アビドスのホシノって……もしかして、小鳥遊ホシノ?」

 

『はい……? それが何か……』

 

 ヒナがその名前に、ほんの僅かだけ、驚きを孕んで目を小さく見開いた、まさにその瞬間だった。

 崩れた瓦礫の向こう側から、少しずつ近づいてくる間の抜けた足音と、聞き慣れたのんびりとした声が夜の更地に響き渡る。

 

「うへ〜、これはまた何があったの? 随分とすごいことになってるじゃ〜ん」

 

 その声に、銀時たち四人が一斉に振り返る。そこには、いつものように眠たげな目を擦りながら、のそのそと歩いてくる桃色の髪の少女の姿があった。

 

「ホシノ先輩……!!」

 

 セリカたちの顔に、一気に驚きと、そして弾けるような安堵の表情が広がる。

 

「ごめんごめん、ちょっとお気に入りの場所で昼寝しすぎちゃってさ〜。大遅刻しちゃったよ〜」

 

「おいおいおい、こっちがドッタンバッタン大騒ぎの修羅場を潜り抜けてる間に、ぐーすか寝太郎決め込むたあ、随分と呑気なことで。銀さん背中から血を流してんだけど」

 

 銀時がいつもの調子で漏らすが、ホシノは「うへへ〜、ごめんって〜」と頭の後ろで手を組んで笑うばかりだった。しかし、そんな再会劇を余所に、空崎ヒナの視線だけは、現れたその少女の姿へ、釘付けになったように凝視されている。

 

「にしてもゲヘナの風紀委員かあ。便利屋を追ってきたの? 事情はよくわからないけど〜……」

 

 ホシノはのんびりと首を傾げながら、かつて自分たちの憩いの場だった柴関ラーメンの無残な跡地と、そこに展開するゲヘナの軍勢を見渡した。

 

 そして、それまでの弛みきった空気を一瞬にして霧散させると、眠たげなオッドアイの目を細め、刃のように鋭くさせてヒナを真っ直ぐに見据える。

 

「これで対策委員会は勢揃い。改めて、まだまだやりあってみる?」

 

 その言葉と共にホシノの全身から放たれた、強者としての圧倒的なプレッシャー。

 

 その尋常ならざる気配の変貌に、ゲヘナの最強たるヒナの身体が、微かにびく、と震えた。風紀委員会の一般生徒たちに緊張が走る中、ヒナはゆっくりと目を閉じ、小さく息を吐き出す。

 

「……一年の時とずいぶん雰囲気が違くて驚いた。別人じゃないかと思ったくらい」

 

「へ〜、私のこと知ってるの?」

 

 ホシノはいつもの「うへ〜」とした笑顔を貼り付け直して、すっととぼけてみせる。しかし、ヒナの表情はどこまでも真剣そのものだった。

 

「情報部にいた頃、各学園の要注意人物について捜査してたから。特に……アビドス高等学校、小鳥遊ホシノ。あなたのことは忘れるわけがない。あの事件の後、アビドスを去ったと思ったけれど」

 

「……」

 

 ヒナの口から出た「あの事件」という言葉に、ホシノの笑顔が一瞬だけ完全に凍りつく。その深い闇を覗かせるような沈黙に、銀時は何も言わず、ただ静かに木刀を握る手に僅かに力を込めた。

 

「そうか、そういうこと。だからシャーレがここに……。まあ、いい。私はあなたたちと戦うためにここへ来たわけじゃないから」

 

 ヒナはそれ以上の追及を止め、毅然とした態度で背後の部下たちへ声をかける。

 

「イオリ、チナツ。撤収準備。帰るよ」

 

 名前を呼ばれた二人はびく、と背筋を伸ばし、「は、はい!」と慌てて頷いた。その命令が下った瞬間、先ほどまで統率された動きで包囲網を敷いていた風紀委員たちが、一斉に無駄のない動きで撤収作業を開始し始める。

 

 そして、ヒナはただ一人その場に残り、銀時たちアビドス対策委員会の面々の前に真っ直ぐに立ち止まった。

 ゲヘナ最強の魔王と恐れられる少女が、その小さな身体で、静かに、けれど深く頭を下げる。

 そのあまりにも予想外な光景に、セリカやシロコだけでなく、イオリやチナツまでもが驚愕して目を丸くした。

 

「……今回の事前通達無しでの他校自治区における兵力運用、そしてこのアビドスで騒ぎを起こしたこと。このことについては私、風紀委員長の空崎ヒナが、アビドス対策委員会に公式に謝罪する」

 

 一切の言い訳をせず、ゲヘナ学園の全責任をその小さな背中に背負って頭を下げるヒナ。そのあまりにも誠実で、潔すぎるトップの器の大きさに、アビドスの面々は完全に毒気を抜かれて言葉を失ってしまう。

 

「私の管理不足が招いた事態だ。今後、ゲヘナの風紀委員が無断でこのアビドス自治区に立ち入ることはしないと約束する。……だから、どうか今回のことは許してほしい」

 

 深く下げられていたヒナの白い頭が、ゆっくりと持ち上がる。

 顔を上げた彼女の視線は、真っ直ぐに銀時へと向けられた。

 その頃には、あれほど街を埋め尽くしていたゲヘナの風紀委員たちが、粗方町の郊外へと整然と退却し終えていた。命令が下ってから数分も経っていない。そのあまりにも無駄のない迅速な引き際に、通信機の向こうでアヤネが驚嘆の声を漏らす。

 

『……なんという統率力。あの人数を、あの一言だけでこれほど完璧にコントロールするなんて……。ゲヘナの風紀委員長、噂以上の指導力です……』

 

「てゆーか、ちょっとホシノ先輩! 本当に今までどこで何してたのよ!」

 

「うへ〜、だから言ったじゃん〜。おじさんちょっと砂漠の真ん中で昼寝しちゃってさ〜」

 

「ん、嘘。ホシノ先輩、いつも寝てる場所決まってる。今日はそこにもいなかった」

 

「あらあら〜、ホシノ先輩、もしかしてまたサボり癖が出ちゃいました?」

 

 遅れてやってきたアビドスの大黒柱に、シロコ、セリカ、ノノミ、そしてアヤネが口々に詰め寄り、わいわいと騒ぎ始める。そんな賑やかな少女たちの背後を余所に、ヒナは静かな足取りで、ぽつんと佇む銀時の元へと歩み寄った。

 

「……シャーレの坂田先生」

 

 見上げるような位置から、ヒナがその小さな声を紡ぐ。

 

「ん? なんだよ嬢ちゃん。まさかお詫びに何か美味い甘いモンでも奢ってくれんの? パフェとかチョコバナナパフェとか」

 

 頭の後ろで腕を組み、気怠げな態度で「嬢ちゃん」などと呼んできた男に、ヒナは一瞬だけ呆気にとられたように目を見開いた。キヴォトス広しといえど、ゲヘナの魔王と恐れられる自分をそんな風に呼ぶ大人はどこにもいなかったから。

 

 だが、ヒナはすぐにふっと小さく息を漏らすと、真剣な眼差しを取り戻して話を続けた。

 

「……いいえ、あなたに一つ、伝えておきたいことがある。カイザーコーポレーションについて知ってる?」

 

「ああ、まあざっくりとはな。あの、アビドスの借金をダシにこの街をジワジワ乗っ取ろうとしてる、あくどい会社だろ。そいつらがどーしたん?」

 

 銀時が面倒そうに片目を瞑りながら答えると、ヒナはさらに声を潜め、周囲の誰にも聞こえないようなトーンで核心を口にする。

 

「そう、……これは私たちの生徒会、万魔殿も、トリニティのティーパーティーも未だに掴んでいない情報なのだけれど。アビドスの、あの放置された広大な砂漠地帯……そこで今、カイザーコーポレーションの連中が裏で何かを企んでいる」

 

「……企んでる、ねぇ」

 

「本当なら、近く廃校予定のアビドス高等学校の関係者に、私たちがわざわざ他校の不穏な動きを伝える義理も義務もないのだけれど……」

 

 ヒナはそこで一度言葉を切り、生々しく血の滲む銀時の背中へと視線を落とした。ヘイローを持たない身体で、他人のために、他校の生徒のためにボロボロになりながら戦う、理解不能で、けれど誰よりも真っ直ぐな大人の姿を。

 

「……じゃあ何で、わざわざ俺なんかにそんなこと教えるわけ?」

 

 銀時が怪訝そうに問いかけると、ヒナは少しだけ視線を泳がせ、それから小さく呟くように言った。

 

「……あなたには、伝えたくなったから。……それじゃ」

 

 それだけを言い残すと、ヒナは未練なく踵を返し、帰還するゲヘナ軍勢の最後尾へと向かって静かに歩き去っていった。その小さな背中は、どこか寂しげでありながらも、やはり圧倒的な王者の風格を纏っていた。

 

「……? 先生、ゲヘナの風紀委員長と何話してたの?」

 

 ホシノへの追及を一段落させたシロコが、とことこと銀時に歩み寄り、不思議そうに首を傾げた。

 

「……別に。ゲヘナの名物の甘味屋さんについて聞いてただけさ。あっちの美味えパフェの店があるから、今度お詫びに連れてってくれるってよ」

 

 銀時は木刀を肩に担ぎ直し、去りゆくヒナの背中を見つめながら、いつもの死んだ魚の目で適当な嘘をついて煙に巻くのだった。




ここまで読んでくださりありがとうございました。
かなり書き溜めが進んでおり、アビドス編は確実に完結できるほどになっています。

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