「あの向こうがアビドス砂漠、ねぇ。西遊記のロケーションにぴったりな場所じゃねーか。今にも牛魔王とかハゲ散らかした河童とかが飛び出してきそうだな、おい」
電車が急ブレーキのような音を立てて止まった、文字通りの「果ての駅」。錆びついたプラットホームに降り立った銀時たち一行の視界を埋め尽くしたのは、地平線の彼方まで延々と続く黄色い砂の海だった。かつてはここから先にも線路が伸びていたのだろうが、今やレールは無慈悲に砂に埋もれ、完全に自然の脅威に飲み込まれている。
『ここから先は徒歩で目的地へ向かうしかありません。普段からアビドス砂漠には、暴走した旧型の防衛ドローンやセキュリティシステム、さらには野良のオートマタなどが徘徊して危険でして……』
インカムから響くアヤネの警告に、銀時は遠くの砂丘のあちこちでギラリと不気味に反射する鉄クズのカメラアイを見つけるとめんどくさそうに肩をすくめる。
「前言撤回。やっぱり西遊記じゃなくてター○ネーターだったわ」
「こんな時にまで、よくそんな気の抜けるようなこと言えるわね……!」
セリカが呆れたようにため息をつきながら、砂を払うようにして突撃銃のボルトハンドルを軽く引き、異物がないか作動チェックを行う。
「ん。まあ、それが先生だし」
シロコは特に動じる風もなく、いつものように淡々とアサルトライフルの残弾を確認し、砂漠用の防塵フィルターがしっかり機能しているか確かめていた。
ここから先は、一歩足を踏み外せば生きては戻れない可能性もあるアビドスの最果て。銀時以外のメンバー──シロコ、セリカ、ノノミ、そしてホシノは、それぞれ手慣れた動作で、危険地帯に入る前の入念な装備チェックを始めていく。
「……そう言えば先生って、銃は使わないんですか? キヴォトスでは持っているだけでも色々と便利ですのに」
愛用のミニガンの給弾ベルトにねじれがないか確かめながら、ノノミが不思議そうに小首を傾げた。ヘイローを持たず、ただでさえ銃弾一発で致命傷を負いかねない脆い身体をしているのだ。自衛のためにも一丁くらい護身用の武器があってもいいはずだと、彼女なりに心配しているらしかった。
「そうそう、おじさんもそう思うな〜。先生もこれからは、万が一の自衛のためにも一丁くらい小洒落たピストルでも持っておいた方がいいと思うよ〜?」
ホシノも盾の駆動部に砂が噛んでいないかチェックしながら、緩い笑みの中にどこか本気の混じった視線を向ける。しかし、銀時は木刀を肩にポンポンと叩きながら、心底嫌そうに顔をしかめた。
「アホ言え。あんなちょっと乱暴に扱ったくらいですぐジャムったり壊れたりするようなデリケートなモン、この銀さんに扱えるわけねーだろ。だいたい手入れもクソめんどくせーし。それに比べて見ろよ、この木刀はいーぞ。手入れの必要なんざ、ちょっと水でジャブジャブってして適当にその辺の布で拭き上げるだけで一生使えるからな? エコだよエコ」
「……あはは、なるほどね。やっぱり先生にハイテクな銃を持たせない方が良さそうだね、おじさん納得しちゃった」
ホシノは銀時のあまりにもズボラすぎる理由に苦笑し、すぐに勧めるのを諦めた。
「ん。全然手入れしなくて、銃身の中が真っ茶色にガチガチに錆びつく未来しか見えない」
シロコが死んだ魚の目そっくりの無表情で痛烈な追撃を放つと、銀時は「おいそこ!! 誰がサビサビの実の能力者だコラ!!」と全否定の声を張り上げた。不毛の砂漠の入り口に、いつもの騒がしいやり取りが響き渡る──。
──────────
「……それにしても、なんでゲヘナの風紀委員は他校の自治区のこんな情報まで持ってたんだろ。うちら当事者ですら知らなかったのにさ」
砂漠の熱交じる風に髪を揺らしながら、セリカが不満げに口を尖らせた。
『うーん、あくまで私の憶測を交えた話ですけど……ゲヘナの風紀委員会って、キヴォトス全域のあらゆる情報収集能力に長けてるって聞いたことがありますから。きっと私たちが想像する以上に、各校の動向にアンテナを張っているんだと思います……』
インカムから聞こえるアヤネの声には、未だに拭いきれない警戒感が混じっている。それを聞きながら、銀時は腰に差した木刀の柄を叩き、死んだ魚の目を少しだけ細めた。
「……いや、それだけじゃねえな。よぉく思い出してみろ。アイツらは最初から、アビドスの『土地の本当の状況』を正確に把握した上で動いてやがったんだよ。ほら、あの時にあの御局行政官様が言ってたろ。「自治区内」じゃなくてわざわざ「自治区付近」での作戦行動だ、とか。それを踏まえるみてえに「まだ違法行為じゃない」なんてほざいてただろーが」
『……なるほど、そういうことですか。けれど、まさか自治区内の土地の権利が私たちから別のものに……カイザーに移っているという事実を、当の私達自身が『知らないでいる』ということまでは、向こうも計算に入れていなかった……と』
アヤネがハッとしたように言葉を繋ぐ。その推測が正しければ、ゲヘナの風紀委員会は、アビドスの無知を突いて外堀から合法的に包囲しようとしていたことになる。
「だけど、あの時のアコの行動は明らかな敵対行為。私たちの街を荒らそうとした。だから私たちの行動も、アヤネの抗議も、何一つ間違ったことじゃない」
シロコがアサルトライフルをしっかりと保持し、淡々と、けれど断固とした口調で言い切った。
『……ありがとうございます、シロコ先輩。そう言ってもらえると救われます。……けれど、あの行政官が私たちの知らない事実を握っていたのは確かです。なら、ゲヘナの風紀委員長である空崎ヒナが、それ以上の何かを知っていたとしてもおかしくありません』
「……あーもう、ストップストップ! 砂漠に入る前からそんな小難しいことばっか考えんのはやめようぜ。せっかく今朝のあんぱんとイチゴ牛乳でチャージしといた貴重な糖分が、全部脳みそに吸い取られて切れちまいそうだわ」
銀時がこれ見よがしに頭を抱えて、大げさにへたり込んでみせる。
「うへへ〜、それもそうだね〜。おじさんも頭使うとすぐお腹空いちゃうからさ。取り敢えず、その怪しい目的の場所まで大人しく行こっか」
ホシノがいつものように「うへ〜」と間の抜けた笑みを浮かべ、軽く手を叩いてその場を和ませた。
……先ほどからの緊迫した会話の中でも、微塵も不自然な様子を見せないホシノ。銀時はポケットに手を突っ込んだまま、そんな彼女の横顔にそっと視線を向けた。シロコの言っていた、あの「退部届」を今も鞄に忍ばせているはずの少女。それなのに、ここへ向かう彼女の足取りはいつも通り軽やかで、何もかも達観しているようにも見える。
(……一体、何考えてるんだか、このバカ娘は)
銀時は胸の内で小さくため息をつきつつ、不毛の砂を蹴って一行と共にアビドス砂漠の奥地へと歩を進めた。
──────────
風が砂を巻き上げ、視界を黄金色に染め上げる。どれほど歩いただろうか。かつて街だった形跡を残す錆びついた鉄骨の残骸の合間を縫いながら、一行は進む。
「……久しぶりだねえ、この景色を見るのも」
ホシノが不意に足を止め、遮光バイザーの奥の目で遠くの砂丘を見つめた。
「ホシノ先輩、ここは来たことあるの?」
セリカが汗を拭いながら尋ねる。
「うん、ちょっとね〜。おじさんがまだ新入生の頃にさ。私は見たことないし今はもう干からびちゃって跡形もないんだけど、もう少し先には大きな舟が浮かべられたくらいの、綺麗な湖があってね。そこで毎年『砂祭り』ってゆーアビドス最大のお祭りをやってたらしいんだよ〜」
「……聞いたことある。他校の生徒や一般の観光客もたくさん観にくるくらい、当時はすごく大きなお祭りだったって。過去の広報資料に残ってた」
シロコが静かに言葉を添える。その華やかな過去の残像と、今目の前に広がる死の世界のような砂漠のギャップが、余計に寂しさを際立たせていた。
「……盛者必衰、栄枯盛衰は世の常ってか。美しい過去に浸ってるところに冷や水をぶっかけるようで悪いがよ。ほら見ろ、今もそのお祭り騒ぎのガラクタ共がご出勤だ。お前ら、さっさと片付けんぞ」
銀時が木刀の先で示した方向から、不気味な機械音と共に、暴走したオートマタや旧型のセキュリティドローンの一群が砂を跳ね上げて突撃してきた。
「「「──!」」」
すぐさま銃火器が火を噴き、金属のぶつかる激しい銃撃戦が勃発する。シロコとセリカが前線を維持し、ノノミのミニガンが砂ごと機械兵たちを薙ぎ払い、ホシノの盾が突進を完璧に受け止める。銀時も弾丸を掻い潜りながら、木刀の一撃でドローンの駆動部を正確に粉砕していった。
短い、けれど激しい戦闘が終わる。砂漠に鉄クズの骸が転がり、黒い煙を立ち上らせている。
銀時は自分の足元に転がったドローンの残骸を、コンコンと靴の先で小突きながら眉をひそめた。
「……おいおい。野良の不良品で壊れてるってにしちゃあ、妙に統率が取れてて正確な攻撃をして来やがったな、こいつら」
「うーん……何故かここら辺のエリアは、昔からこーゆー物騒なガラクタが妙にたくさん集まるんだよねぇ……」
ホシノが盾を背負い直し、困ったように首を傾げる。その意図的なのか天然なのか測りかねる態度に、銀時がさらに疑念を深めたその時──インカムからアヤネの緊迫した声が飛び込んできた。
『……! みなさん、通信のノイズが急に激しくなりました! 座標データを確認してください、ここから目と鼻の先に……信じられないほど大規模な構造物があります! ……これは、工場、でしょうか……!?』
「え、こんな砂塗れの何もないとこに? アヤネ、何かの見間違いじゃなくて?」
セリカが目を細めて前方を睨む。
『いえ、構造物から発せられる熱源反応と電力消費の数値が跳ね上がっています! 砂埃のせいでまだ肉眼でははっきりとは見えなくて……! とにかく、見える位置まで近づいてみましょう!』
──────────
「……なによ、これ……」
砂埃のカーテンを切り裂き、肉眼でその全貌を捉えた瞬間、セリカの口から呆然とした声が漏れた。
不毛の砂漠の真っ只中に忽然と姿を現したのは、鈍い金属光沢を放つ巨大な建造物群だった。無機質なコンクリートの防壁が幾重にも張り巡らされ、その奥では無数のパイプラインと巨大な排気塔が、絶え間なく重低音を響かせながら黒煙を吐き出している。
「……」
ホシノは一言も発さず、オッドアイの瞳でその施設を凝視していた。
「工場、ではなさそうな……。一体なんなのでしょうか、この厳重な施設は……」
ノノミが眉をひそめ、不穏な空気を察知してミニガンのグリップを握り直す。
「こんなの、昔はなかった……っ、! ──みんな、伏せて!」
ホシノが野生の獣のような鋭さで危機を察知し、裂くような声を上げたのと同時だった。
ドガガガガガガガッ!!! と、激しい重機関銃の掃射が容赦なく一行へと浴びせられる。弾丸が足元の砂を爆発させ、鉄骨の残骸を激しく火花と共に弾いた。
「うおっとぉぉぉ!?」
銀時は砂塗れになりながら近くの瓦礫へと滑り込み、生徒たちも各々、瞬時に近くの遮蔽物へと身を隠す。
防壁の上から銃口を向けているのは、先ほどまでの野良のガラクタとは明らかに一線を画す、統率された動きのオートマタ兵士たちだった。
「侵入者だ! 排除しろ!」
「AからCチームは退路を遮断! ネズミ一匹逃すな!」
機械的な音声でありながら、そこには冷徹な規律があった。連携して配置につく敵の動きを見た銀時は、瓦礫に背を預けたまま、忌々しそうに吐き捨てる。
「……やーっぱりな。さっき道中で襲って来た奴らも、暴走だの壊れてるだのって話じゃなかったってわけだ。ここを守るために、近づく奴を片っ端から間引く目的で配備されてたっつーこった」
「取り敢えず、歓迎の挨拶なら返さないとね。派手に行こっか!」
ホシノが真っ先に遮蔽物から飛び出し、敵のヘイトを集める。そこから一気に激しい銃撃戦が再開された。
だが、今回の敵はこれまでのヘルメット団や野良ロボットとは訳が違った。個々の戦闘技術に加え、こちらの位置を常に共有し、死角から的確に追い詰めてくる練度の高さがある。銀時たちも、防戦を強いられるほどにめんどくさい連携に苦戦させられたが、シロコの正確無比な狙撃とノノミの圧倒的な火力、そしてホシノの鉄壁の防御を起点にして、どうにか敵の防衛線を力技で叩き潰し、その場を退けることに成功した。
「……ハァ、ハァ……何者だ、こいつら。強いっつーか、めんどくせえほどに連携が取れてやがった。どこの組織だコラ」
銀時が木刀で汗を拭いながら、破壊されたオートマタの残骸の山を見下ろす。
「ん、明らかに今までの奴らとは全然違う。完全に訓練された動き」
シロコが銃身の熱を逃がしながら、厳しい表情で頷いた。
静まり返った戦場を進み、さらにその巨大な施設の正面ゲートへと近づくと、頑強な鉄門に刻まれた、見覚えのある歪な意匠をあしらったロゴマークが全員の目に飛び込んできた。
『……あのロゴマークの確認、終わりました。カイザーPMCです』
インカムから流れるアヤネの声に、いつにない戦慄が走っている。
「!? こいつらもカイザーコーポレーション系列ってこと!? 借金取りの次は軍隊まで送り込んできたっていうの!?」
セリカが声を裏返らせて驚愕する。
「……なあ、PMCってのはなんだ? 銀さん横文字は苦手なんだわ」
銀時が怪訝そうに眉をひそめて問いかけると、アヤネが通信越しに、早口で、けれど冷徹にその正式名称を告げた。
『PMC……『民間軍事会社(Private Military Company)』です。公的な組織ではなく、契約に基づいて戦闘や警備などの軍事サービスを提供する、いわば民間の軍隊、戦争のプロフェッショナル集団です。つまりカイザーは、このアビドスの砂漠に、自前の私設軍隊を丸ごと一つ配備しているということになります……!』
「一企業が軍隊も持ってるとか話がデカすぎだろ……! まあ、どーりでさっきから遠くの方でヘリとか戦車の音がブンブン聞こえるわけだよ。目的は分かった、こんな鉄クズの巣窟に長居は無用だ、さっさとずらかるぞ!」
銀時がそう指示をすると共に、各員がすぐさま反転して撤退を始める。
けれど、カイザーPMCのオートマタ兵士たちはしつこかった。訓練された無機質な動きで執拗に追撃を仕掛け、正確な銃撃でこちらの足を止めにかかる。左右の砂丘からも新たな増援が次々と現れ、退路を少しずつ、確実に遮断していった。四方を完全に鉄の壁で塞がれ、一行はいよいよ砂漠の真ん中で完全に囲まれてしまった。
「……チェッ、こいつはやべえかもな。さすがに数が多すぎるわ」
銀時が木刀を構え直し、額から流れる汗を拭う。ヘイローを持たない彼にとって、この全方位からの銃口はあまりにも分が悪すぎた。
「ん、絶体絶命……?」
シロコが弾倉を交換しながら、冷徹に現状を分析する。セリカもノノミも、互いに背中を預け合って油断なく銃口を外へと向け、部室から通信しているアヤネも「皆さん、今そちらに新たな熱源反応が……!」と悲痛な声を上げた。
張り詰めた緊張感の中、包囲するオートマタ兵士たちの列が左右へと分かれ、その合間を縫うようにして一人の男が姿を現した。
それは、周囲の兵士たちよりも一回り大柄な、仕立てのいい高級スーツを着こなしたロボットの男だった。冷徹な電子音の駆動音を響かせながら歩み寄り、侵入者……アビドスの生徒たちを一瞥すると、機械の音声でフン、と鼻で笑う。
「侵入者と聞いてわざわざ出向いて来てみれば、まさかアビドスの対策委員会だったとは……。今回の不法侵入、および我が社の財産を破壊した被害総額を、そちらの膨大な借金にそのまま上乗せして請求してもいいのだが……ふむ、元が元だ、大して変わりはせんか」
「……何者だ、テメー。その偉そうなスーツ、パチンコで大勝ちでもした帰りの仕切り役か?」
銀時が死んだ魚の目を向け、低く濁った声で問いかける。男は首の関節をカチャリと鳴らし、傲慢な態度を崩さないまま電子音の声を返した。
「……これはこれは。我が社の戦車をその木刀一つで叩き壊し、前線を制圧してくれたシャーレの坂田銀時先生だったか。初めまして、私はカイザーコーポレーションの理事だ。君のその規格外の戦闘データのおかげで、我が社の兵器開発も有意義な各種データを集めることはできた。その点については、一応感謝はしよう」
カイザー理事は冷酷な赤色のカメラアイを妖しく明滅させ、言葉を続ける。
「……さて、それよりこちらには新たな本題ができた。そこの戦力にもならんヘルメット団や、すぐに尻尾を巻いて逃げ出す便利屋68などよりも……我が社の計画にとって、よほど役に立ちそうな、価値のある最高の人材を見つけたのでね」
そう言って、カイザー理事は冷徹な視線をアビドスの生徒たちの中心──銀時のすぐ隣で静かに佇む、ホシノへと真っ直ぐに向けた。
「さあ、昔から君たちを縛りつける借金について。話をしようか」
ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。
段々と彼女達は確信に近づいています。自分もここをアニメで眺めてる時すごく息苦しかったです。
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