ブルーアーカイブ 透き通る青春よ永遠なれ   作:Jon.Do

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銀さんがキレるので初投稿です


第二十三話 秘密

「ちょっと! 待ちなさいよ! 勝手に話を進めないでくれる!?」

 

 怒りを露わにしたセリカの鋭い声が砂嵐の唸る荒野に響いた。その隣で、シロコが静かだが冷徹な視線をカイザーの理事へと向ける。

 

「あなたがカイザーコーポレーションの理事なら、アビドスに借金をさせたのも、周りの土地を買い上げたのもあなたのせいってことだよね」

 

「カタカタヘルメット団や便利屋もけしかけて私たちを苦しめて……!」

 

 ノノミも普段の穏やかさを消し、悔しさを滲ませて訴えかける。しかし、高級なスーツに身を包んだオートマタの理事は、彼女たちの怒りをどこ吹く風と受け流し大げさに肩をすくめてみせた。

 

「……口を慎みたまえよ、キミたち。私は契約に基づいて返済を要求し、公的な書類に基づいて土地を購入している。まるで私たちが悪事を働いているかのように言うが……君たちこそ我々の私有地に侵入し、善良なオートマタ兵士や資機材を破壊した。正当性はこちらにあると思うが?」

 

 どこまでも法と契約の盾に隠れ、自らの非を認めようとしない理屈。その傲慢な態度に、それまで黙って様子を見ていた銀時が、一歩前へと踏み出しながら鼻で笑った。

 

「……けっ、よく言うぜ。なら元々の地主であるこいつらに自分らの目的を話しておくのも筋じゃねーのかい。契約云々の前にそこらへん通しなさいよ、理事サマよ」

 

 鋭い銀時の視線に、理事は一瞬だけ口調を淀ませたが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。

 

「ふっ、確かにそれもそうだ。……我々はこのアビドスのどこかに埋まっている宝物を探しているのだ」

 

「そんな話、信じられるわけないでしょ!?」

 

 セリカがすかさず詰め寄る。

 

「PMCを展開しているのは私たちの自治区を武力で制圧するため、違う?」

 

「適当な話ではぐらかさないでください!」

 

 憤るシロコとノノミ。そんな彼女たちの必死な言葉に、理事は心底退屈そうに深いため息をついた。

 

「……数百両の戦車、数百機のヘリ、数百人の兵士、数トンの火薬。これらの戦力を全て君たちたった5人のために投入するわけがないだろう。これは別の勢力の妨害を防ぐためのものだ。……さて、私はこの件ですっかり君たちへの信用を無くしてしまった。その処理をしなければな」

 

 そう言って、理事は懐から端末を取り出し、どこかへと冷酷な手際で電話をかけた。

 

 ──────────

 

 その頃、アビドス高等学校の部室ではオペレーターとして一人残っていたアヤネへ、一本の重苦しい通信が入っていた。

 

「はい、アビドス対策委員会です……え!?」

 

 端末の向こうから告げられた非情な通告に、アヤネの顔から血の気が引いていく。

 

「信用評価が最低ランクになったから来月から月々9000万!? ま、待ってください、そんな……!!」

 

 必死の叫びも虚しく、通信は一方的に遮断された。

 

 ──────────

 

 荒野のただ中に、ホシノの端末を通じてアヤネからの悲痛な報せが届く。

 

「……アヤネちゃんから連絡があった。来月からの返済金、9000万に跳ね上がったって」

 

 ホシノの声は驚くほど静かだったが、だからこそ事態の深刻さが重くのしかかる。

 

「そ、そんな……!」

 

 ノノミが絶望に目を見開く。それを見た理事は、勝利を確信したようにさらに追い打ちをかける言葉を重ねた。

 

「それに加えて滞っている九億円の返済がしっかりとできるという保証金として三億円も今週中に払ってもらおう。このくらいは──────っ、何のつもりだね、坂田先生」

 

 理事の言葉が最後まで紡がれることはなかった。

 次々と彼女たちを容赦なく追い立てる理事の胸ぐらを、銀時が凄まじい速度で掴み上げたからだ。

 

「っ……!」

 

 至近距離から突き刺さる、銀時の眼光。普段の死んだ魚の目とは似ても似つかない、鋭利な輝きだった。

 理事は表情を変えずに平静を装っているが、重量のあるオートマタである自身の身体を人間の、それも片手の腕力だけで容易く持ち上げている銀時の規格外の怪力に、内心では激しく身震いしていた。

 

「……あんまこいつらをいじめてやんなよ。まだ大人の世界も知らねえ子どもだぜ」

 

 低く、地を幾年も這うような銀時の声。しかし理事も引き下がらない。首元を絞められながらも、自らの優位を誇示するように声を絞り出した。

 

「ふん……暴力かね、坂田先生。キヴォトスの外から来た『大人』が、生徒の前で野蛮な真似を。だが、どれだけ私を脅そうが契約という現実の数字は変わりはしないのだよ」

 

「現実現実ってよォ、てめェの言う大人の世界ってのは、ガキの財布から小銭を毟り取って、払えなきゃ家ごと叩き出すような、そんなケチ臭い世界のことかよ。……だったらそんな世界、俺ァお断りだね。反吐が出るわ。今なら高杉の気持ちも分かっちまうくらいだぜ、胸糞悪いったらありゃしねえ」

 

「黙れ! これだから話の通じない奴は困るのだ……! 離したまえ、さもなければここを君の墓場にするぞ!」

 

 理事の怒号に呼応するように、周囲を取り囲んでいたPMCの兵士たちが一斉に前進した。ガシャガシャと不気味な機械音が響き、数十の銃口が銀時ただ一人へと向けられる。しかし銀時は怯むことなく、その口角に凶悪な笑みを浮かべた。

 

「そいつぁ上等だ。なら試してみるかい? ……お前らが鉄屑になるのが先か、それとも俺が肉片になるのが先か」

 

「こ、この男を排除しろ! 早くっ!!」

 

 いよいよPMCの兵士たちの指が、その引き金を引き掛けた。カチリ、と静寂の中に不吉な金属音が響く。

 火花が散れば、一瞬で消し飛ばされる。そんな一触即発の、誰もが息を呑んだ決定的な瞬間に──。

 

「……みんな、帰ろう」

 

 遮るように響いたのは、ホシノの静かな声だった。

 彼女はいつも眠たげにしているオッドアイの瞳を少しだけ伏せ、銀時と理事の間に割って入るようにして、ぽつりと言った。

 

「このまま言い争っても弄ばれるだけ、だから。……行こう、先生。セリカちゃんも、シロコちゃんも、ノノミちゃんも」

 

 その瞳には、これ以上の不毛な争いで大切な仲間を傷つけたくないという、対策委員会の「先輩」としての痛切な意志が宿っていた。彼女の頭上で静かに輝くヘイローが、どこか切なげに揺れる。

 

 銀時はホシノの横顔をじっと見つめた。

 

 緊迫した数秒の沈黙の後、銀時はフッと小さくため息を漏らすと、掴んでいた理事の胸ぐらを、ゴミでも捨てるようにあっさりと放した。

 

「……ちっ。お姫様の仰せのままだ。命拾いしたな、おっさん」

 

「くっ……! はぁ、はぁ……!」

 

 解放された理事はよろめき、オートマタの駆動音を荒く鳴らしながら胸元を整える。

 銀時は振り返ることもなく、ホシノたちの後を追うようにして、アビドス高校の方角へと歩き出した。

 

「ハハハ……! 逃げるか、アビドスの負け犬どもが!」

 

 背後から、勝ち誇った理事の醜悪な嘲笑いが浴びせられる。

 

「どれだけ足掻こうと、君たちの学校の運命はすでに我々の手の中にあるのだ! 三億円だぞ!? 今週中に用意できなければ、その時こそアビドスは文字通り我がカイザーコーポレーションの私有地となる! 泣き言を言って縋り付くなら今のうちだぞ、ハハハハハ!」

 

 PMC兵たちの冷笑を交えた、不快な笑い声が荒野に木霊する。

 悔しさに唇を噛み締め、拳を握りしめるセリカ。無言で銃のグリップを強く握り直すシロコと、悲しげに俯くノノミ。

 だが、ホシノはただ、その嘲笑いを背中でしっかりと受け止めながら、前だけを見て真っ直ぐに歩いていた。

 その隣を歩く銀時は、いつも通り耳の穴をほじりながら、気だるげに声をかける。

 

「クソみてぇな高笑いだな。せっかくのいい天気が台無しだ。耳が腐りそうだねぇ」

 

「へへ……そうだね。……でも、ありがと、先生。少しだけスッキリした」

 

「あ? 何がだよ。俺ァただむかつくガラクタを殴ろうとしただけだっつーの」

 

 銀時はそう言って、いつもの死んだ魚の目に戻り、頭をガシガシと掻いた。

 突きつけられた「九千万円」と「三億円」という絶望的な数字。そして、背後から追いかけてくる歪んだ大人の嘲笑。

 沈みかける夕日に照らされた長い影を引き連れて、彼らは自分たちの居場所──アビドス高等学校へと、静かに帰路につくのだった。

 

 ──────────

 

『じゃじゃーん! 見てみて! 倉庫の奥から砂祭りのポスターを見つけたんだ! いつか奇跡が起きたら昔みたいにこうして人が来たりしないかなあ……』

 

『……会長、奇跡なんか起きっこないですよ。あなたはアビドスの生徒会長なんですよ!? いつもふわふわふわふわ、夢だの希望だの……!!』

 

 ビリリっ……

 

 ──────────

 

「……っ!」

 

 ホシノははっとして目を覚ました。

 脳裏にこびりついた、破り捨てられた夢の残骸。じっとりと滲む嫌な汗を拭いながら視線を巡らせると、そこはいつものアビドス対策委員会の部室だった。

 カイザーの謎の基地から学校へと帰還して以来、部室の空気は重く沈み込んでいた。セリカ、シロコ、ノノミ、アヤネの四人は一様に沈痛な面持ちで俯き、部屋の隅では、銀時が腕を組んだまま、静かに窓の外の変わり映えしない砂漠を眺めている。

 

「……あー、もう! 一体なんなのよ!?」

 

 沈黙に耐えかねたように、セリカが机を叩いて声を荒らげた。

 

「カイザーコーポレーションはあの砂漠で一体何を……」

 

 シロコが顎に手を当てて呟く。

 

「宝物を探している、と言ってましたが……」

 

「あそこには何もないはずです、きっと出鱈目を……」

 

 ノノミとアヤネの言葉はどこか縋るようでもあったが、それを遮るように、窓辺から気だるげな声が響いた。

 

「……いや、それはねえな。あいつの言うとおり、出鱈目のためにあんな戦力を置いたりはしねーよ」

 

 銀時はそう言うと、軋むパイプ椅子の背もたれに体重を預けて大きく伸びをし、ゆっくりと振り返った。死んだ魚の目の奥に、確かな現実を見据える大人の冷徹さが宿っている。

 

「……もっと情報が必要、またあいつらの施設に潜り込んで……」

 

「待って、まずは借金でしょ!? こんなに跳ね上がって……!」

 

「こんなのもう借金とは言えない。奴らが非合法な手で出るなら……」

 

「なら私もついてく!!」

 

「待ってよセリカちゃん! ホシノ先輩が止めてくれたのにまた犯罪者になろうとするの!?」

 

「み、みなさん、落ち着いて……!!」

 

 一気に白熱し、怒号が飛び交い始める部室。それぞれの焦燥がぶつかり合い、今にも弾けそうになったその時──パンパン、と気の抜けた手拍子が響いた。

 

「……みんな、熱くなりすぎ。頭から湯気が出てるよ〜?」

 

 ホシノがいつものように、わざとらしいほど大きな欠伸を噛み殺しながら口を開く。

 

「取り敢えず今日は休んで、明日しっかり考えよ?」

 

「「「「……」」」」

 

 先輩としてのその一言に、先ほどまでの熱気が嘘のように引いていく。誰もが反論を口にしかけたが、ホシノの底の見えない瞳を見て、言葉を飲み込んだ。

 

「……じゃ、今日は解散ってことで」

 

 重い足取りのまま、セリカとノノミ、そしてアヤネが部室を後にしていく。残ったシロコは、ドアの前に立ち止まると、じっと銀時を見つめた。

 

「……先生」

 

「……お前も帰ってな。ホシノにゃ俺が言っとくから」

 

 銀時はシロコの意図を察したように、視線だけで彼女の背中を静かに押した。

 

「……うん」

 

 シロコも小さく頷き、静かに扉を閉める。

 部室に後に残されたのは、傾いた夕日が差し込む部屋の中、銀時とホシノの二人だけだった。

 

「うへへ〜、先生やるじゃん。シロコちゃんとは目と目で語り合えるようになるなんて。おじさんは少し寂しいよぉ……」

 

 頭の後ろで手を組み、いつものおどけた調子で笑うホシノ。だが、銀時はその薄薄しい笑顔に付き合うことなく、じ、とホシノを見つめる。

 

「……お前さ、隠してることあるだろ」

 

 銀時の低い声が、静まり返った部屋に真っ直ぐ響く。

 

「……なんの話?」

 

 ホシノは小首を傾げ、完璧な無表情を笑顔の仮面で覆い隠す。

 

「退部して、その後はどーするつもりだ?」

 

 その瞬間、ホシノのヘイローが微かに揺れた。しかし、彼女はすぐにふっと息を漏らして笑う。

 

「……ふふ、シロコちゃんだなあ。あの子ったら本当に手癖が悪いんだから……あとで先生、叱ってよ?」

 

「もう叱ってるっつーの。話逸らすんじゃねえ、お前のことを話してんだから」

 

 銀時はぐい、とホシノへと歩み寄る。その鋭い眼光は、彼女が背負い込もうとしているものの重さをすべて見抜いているようだった。

 ホシノはしばらく無言で銀時を見つめていたが、やがて窓の外の、夕闇に沈みかけるアビドスの街並みに視線を移した。

 

「……少し、歩きながらにしよっか」

 

 ──────────

 

「けほっ、けほっ……この辺も掃除できれば良かったんだけどね〜。いかんせん5人じゃ手が回らなくて……」

 

 月明かりだけが頼りの薄暗い廊下で、ホシノは小さく咳き込みながら歩を進めていた。窓枠や床にうっすらと積もった細かな砂が、二人の足音が響くたびに微かに舞い上がる。

 銀時はその隣で、着流しの懐に片手を突っ込んだまま、気だるげに歩調を合わせていた。

 

「これも例の砂嵐ってヤツの影響か」

 

「うん、そう。……せっかくの高校生活が砂色だなんてやるせないよね〜」

 

 どこか他人事のように、へらへらとした笑みを浮かべるホシノ。しかし、銀時は前を向いたまま、その横顔に視線を落とすことなく静かに言葉を返した。

 

「……お前さん、相当この学校が好きなんだな」

 

「え、なんでこの話でそんなこと言えるの?」

 

 ホシノが意外そうにオッドアイの目を丸くする。銀時はふんと鼻を鳴らし、頭の後ろをガシガシと掻いた。

 

「俺ァろくな学生生活してこなかったからな。掃除なんて興味持たなかった。けどお前さんはたった5人でも掃除したいって思ってたろ。相当好きってことじゃねーか」

 

「……」

 

 痛いところを突かれたように、ホシノは一瞬言葉を詰まらせた。それから、降参したようにふにゃりと眉を下げる。

 

「……うへへ、先生には敵わないなあ……私が入ってきた頃はね、まともなものが何もなかったんだ。ここだって砂漠化を避けて避けて辿り着いた別館だし。……でもここにきて、シロコちゃんやノノミちゃん、アヤネちゃんにセリカちゃんと会えたから……大切な場所だよ、本当に」

 

「……だろーな」

 

 二人の歩みが自然と止まる。廊下の大きな窓の向こうには、冷たく静かに冴え渡る月夜が、広大な砂漠を白々と照らし出していた。

 

「……実は私、二年前からスカウトを受けてたんだ。カイザーコーポレーションから。入学した時から何度もね。この前も……ここを退学してPMCに所属したら、借金の半分を肩代わりする……なんて提案されたよ」

 

「まさかその話を真に受けようとか考えてんじゃねーだろうな?」

 

 銀時の目が鋭さを帯びる。ホシノは窓ガラスに映る自分の姿を見つめながら、首を振った。

 

「そんなわけないでしょ〜? 私がいなくなったらこの学校は崩壊するって思ってたから。……けど」

 

 ホシノは言葉を切り、ふと隣の銀時を見上げた。その瞳の奥にある、年相応ではない酷く冷え切った、それでいて何かを懇願するような光。

 銀時がそれに気づいて怪訝そうに首を傾げると、ホシノはすぐに視線を逸らし、自嘲気味に目を伏せた。

 

「……アイツらは人材を集めてるみたい。退学したりした生徒を集めて、PMCに所属させる。……私、あんな大人に出会ったことない。不気味なやつでさ……私は勝手に黒服って呼んでるけど」

 

「……黒服、ね」

 

「本当に変なやつで、あのカイザーの理事も黒服には少し怯えてたんだ」

 

 月光に照らされたホシノの手が、制服の懐へと伸びる。取り出されたのは、丁寧に折り畳まれた紙……退部届だった。

 

「……迷ってたけど、決心はついたよ。明日みんなに伝えないとね」

 

 そう呟くと、ホシノは躊躇うことなく両手に力を込めた。

 

 バリリ、ビリリ、と静かな廊下に紙の裂ける音が虚しく響く。細かく引きちぎられ、ただのゴミクズとなった書類を窓の外の夜風へと投げ捨ててから、ホシノはぐい、と両腕を上げて伸びをした。

 

「ふーう、スッキリしたあ……実際のとこ、この提案を受ける以外に方法が見つからないんだけどさ」

 

 力なく苦笑いするホシノ。その肩に、銀時のどこかぶっきらぼうで、けれど確かな重みを持った言葉が掛けられた。

 

「どーだか。足掻き続けりゃどうにかなるだろ」

 

 銀時は懐から手を出し、窓の外の月を仰ぎ見る。

 

「その方法しかねえって思ってても、一歩引いて見て見りゃ見えなかった道も見えるもんだ」

 

「……そんな奇跡みたいな道、見えるといいんだけどねえ……」

 

 ホシノはそれ以上、反論も肯定もしなかった。ただ静かに自らのヘイローの輝きを落とし、冷えた廊下に背を向ける。

 

「…………さーて、この話はおしまい。おじさんはもう帰って寝るね。じゃあ、先生……さよなら」

 

 いつものように「また明日」とは言わなかった。

 完全に背を向け、アビドスの闇へと消えていこうとするその華奢な背中。

 その刹那、銀時の大きな手が動き、ホシノの肩を背後からガシリと掴んで引き留めた。

 

「っ……?」

 

 驚きに振り返るホシノ。そのオッドアイを、銀時はどこまでも真っ直ぐに、そして決して逸らすことのない強い眼光で見据えていた。

 

「……何があっても俺がどーにかすっから」

 

 ホシノは呆気に取られたように数秒間固まっていたが、やがて、その張り詰めていた表情をふわりと崩した。

 

「……うへへ、かっこいいこと言っちゃって。……ありがとう、先生」

 

 今度こそ、ホシノは振り返らずに去っていった。

 残された銀時は、彼女が消えた暗闇を見つめながら、深く、重いため息を一つ吐き出した。

 

 ──────────

 

 翌朝。

 

 アビドス高等学校の敷地には、いつもと変わらない乾いた朝日が差し込んでいた。

 

「おはようございま……私が一番乗りか」

 

 部室の扉を開けたアヤネは、まだ誰もいない室内に声を落とした。いつも通りの静寂。しかし、オペレーターのデスクへと向こうとしたアヤネの足が、不意にピタリと止まる。

 対策委員会の机の中央に、ぽつんと置かれた見慣れない二つの白い封筒。

 

「……ん、これは……」

 

 不穏な予感に胸がざわつき、アヤネは一歩、また一歩と机へと近づいていく。

 距離が縮まるにつれ、封筒の表面に掠れた文字で書かれたその書式が、嫌でも視界に飛び込んできた。

 信じたくない。見間違いであってほしい。急激に冷たくなっていく指先を震わせながら、アヤネはその封筒を掴み上げた。

 そこに並んでいたのは、紛れもない彼女の筆跡。

 

「……そんな、どうして……ホシノ先輩!!!!」

 

 静まり返った部室に、アヤネの悲痛な絶叫が木霊した。

 破り捨てられたはずの、しかし、再び冷徹に書き直されて残されたそれらは、間違いなくホシノの『退部届』だった。




ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。

ホシノの責任感強すぎてなんでも一人で背負おうとするところってどっかの誰かさんに似ていますよね。

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