ブルーアーカイブ 透き通る青春よ永遠なれ   作:Jon.Do

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血塗れの銀さんはメロいので初投稿です


第二十四話 終わりの足跡と始まりの声

 ──── まずは、こうやってお別れの手紙を出すことになったのを許してほしいな。おじさんはこういう不器用なやり方しかできなくて、本当にごめん。

 

 実はね、みんなにはずっと隠していたことがあったんだ。

 

 私が入学したばかりの頃から、ずっとあるところからスカウトの話が持ちかけられていてね。

 それがカイザーコーポレーション……カイザーPMCの傭兵として籍を置く代わりに、アビドスが抱えている借金の大半を肩代わりする、っていう条件がこの前出されたんだ。

 なかなか破格で、いい条件でしょ? それだけおじさんの能力が買われてるってことだね〜、うへへ。

 だから、借金のことはこれから私がどうにかする。すぐに全部というわけにはいかないけれど、これでみんなの負担はぐっと減るはずだから。

 ブラックマーケットでは「ルールを破っちゃいけない」なんて偉そうなことを言ったのに……結局、私自身がそれを守れなくてごめんね。

 私はこれから学校からも、このキヴォトスからも離れることになったけれど、みんなは私のことは気にしないで、今までの日常を続けてほしい。

 これは全部、私が先輩として、アビドスの生徒として取らなきゃいけない責任だから。だから……ここでお別れ。今までありがとう。じゃあね─────

 

 アヤネの手から、その白い便箋がハラハラと机の上へ落ちた。

 あまりにも淡々と、いつも通りの飄々とした口調のまま綴られた最悪の結末。

 

「そんな……嘘、でしょ……?」

 

 セリカの声は、微かに震えていた。そのまま言葉を失った彼女の拳は、やり場のない焦燥と悔しさをぶつけるように、制服のスカートの裾を破れんばかりに強く握りしめている。

 

「ホシノ先輩が……自分から、あんな奴らのところへ行くなんて……」

 

 ノノミは信じたくない現実から逃れるように深く俯き、その目から涙がこぼれ落ちるのを必死に堪えていた。

 隣に立つシロコは、ただ無言だった。けれど、その瞳の奥には底冷えするような静かな怒りが燃え盛っており、奥歯が軋むほどに強く歯を噛み締めていた。

 アビドス対策委員会の誰もが、突然突きつけられた終わりの始まりに息を詰まらせている。

 

 その重苦しい沈黙の隣で、銀時もまた、自分個人に充てられた別の手紙をじっと見つめていた。

 

 ───── 先生はきっと、最初から気づいていたと思うけど、結局こんな選択を取ることになっちゃった。でも、仕方ないんだ。大切な学校と、みんなの未来のためだから。

 ……実を言うとね、私は大人が大嫌いだった。どうしても信じることができなかったんだ。

 先生がアビドスにやってきたあの日も、無鉄砲で話の通じないお馬鹿さんが来たんだな……としか考えてなかったしね。

 でも、先生みたいな大人に、もっと早く出会えていたら良かったな。……短い間だったけど、とても楽しかったよ。

 最後に、あと一つだけ、おじさんのワガママを言わせて。

 シロコちゃんを、どうかお願い。先生ならもう分かっているだろうけど、あの子は誰かが隣でちゃんと支えてあげていないと、すぐに危ない道に踏み外しちゃいそうになるから。だから……もし、あの子が道を誤りそうになったときは、先生が隣で支えてあげて。

 先生なら、絶対に大丈夫だと思うから。アビドスのみんなをよろしくね─────

 

 手紙を読み終えた銀時は、小さく息を吐きながら、くしゃりと頭の白髪を乱暴にかきむしった。

 昨夜、あの月夜の廊下で、自分に背を向けながらホシノが漏らした諦念。その裏に隠されていた本当の決意を、今になって突きつけられている。

 

「……ったく。これだから多感な女の子は苦手なんだよ」

 

 ─────みんな、どうか私たちの学校を守ってほしい。

 砂だらけの場所だけど……私に残された唯一の場所だから。

 それと……もし何処かで、私がみんなの敵として現れたら。私のヘイローを「破壊」して。

 じゃあね────

 

「……なんなのよ!? 切羽詰まったら何をするかわからないなんて、自分だって同じじゃない!!」

 

 セリカが便箋を睨みつけ、裏切られたような、しかしそれ以上に張り裂けそうなほどの悲痛な叫びを部室に響かせた。

 その隣で、シロコが静かに愛銃を手に取り、ボルトを引いて弾薬を装填する。その目はすでに、最悪の戦場へと向かう兵士のそれだった。

 

「……助けないと。私一人で行く、対策委員会に迷惑かけられないし」

 

「……そんなこと言ってる時間はなさそうだぜ、見ろよ」

 

 感情が爆発しかける彼女たちを遮るように、銀時が低い声で告げた。彼は視線を落としたまま、顎で窓の外──アビドスの街の方角を指し示す。

 

 直後、ドォン!! と遠くで空気を震わせる爆音が響き、部室の窓ガラスがガタガタと激しく鳴った。それに続くように、断続的な銃撃音と、拡声器から流れる冷徹な機械音声が風に乗って聞こえてくる。

 

『──通告。これより本自治区はカイザーコーポレーションの管理下へと移行する。住民は速やかに指定の区域へ退去せよ。繰り返す──』

 

「な、何が起きてるんですか……!? ドローン、映像出力します!」

 

 アヤネが血相を変えて端末を操作し、市街地に飛ばしたドローンのカメラ映像を部室のモニターに投影する。

 画面に映し出されたのは、あまりにも凄惨な光景だった。容赦なく撃ち込まれる砲弾、黒煙を上げる見慣れた街並み。そして、武装したPMCのオートマタ兵たちに銃口を突きつけられ、悲鳴を上げながら逃げ惑うアビドスの市民たちの姿。

 

「……ホシノが奴らにとっての最後のピースだったんだろうな。アイツは最後の生徒会の一人だ。その生徒会がいなくなりゃ、名実ともにこの高校の統率力はなくなった。大人の書類の上じゃあ、この街はもう丸裸ってわけだ」

 

 銀時は吐き捨てるように言い、いつもより低く、鋭い眼光でモニターを見つめた。

 

 ──────────

 

 その頃、アビドス市内の中心部に設置された臨時の指揮陣営では、カイザーの理事が戦況を見下ろし、狂喜に満ちた声を上げていた。

 

「ハハハハ! これでアビドス高校は完全に消滅した! 唯一の障壁だった小娘自らが契約書にサインしたのだ! あとは我々カイザーコーポレーションがアビドスを吸収合併するのみ!! さあ……残ったネズミどもごと、アビドス高校を占拠せよ!!」

 

 ──────────

 

 モニターに映る市内の惨状、そして自分たちの学校へ迫る危機の大きさを目にして、シロコ、セリカ、ノノミ、アヤネの四人は弾かれたように立ち上がった。

 

 だが、彼女たちが武器を構えるよりも早く──。

 

 バガァンッ!!! 

 

 凄まじい衝撃音と共に部室の扉が外側から蹴り破られた。

 土足で踏み込んできたのは、一体のPMCオートマタ兵。容赦のない銃口が、一斉に対策委員会の面々へと向けられる。

 

「っ──!?」

 

 誰もが反応の遅れたその刹那。

 一陣の暴風のごとき速さで、銀時の身体が動いた。

 

 ガキィンッ!!! 

 

 抜刀の予備動作すら見せない神速の踏み込み。銀時は手にした木刀を凄まじい力で一閃させ、先頭のオートマタの頭部を首の接続部から強引に叩き割って跳ね飛ばした。火花とオイルを撒き散らしながら、頭部を失った鉄屑が床に崩れ落ちる。

 銀時はその返り血ならぬオイルを浴びながら、冷徹な眼差しで残骸を見下ろす。

 

「……校舎の中まで潜り込んでやがるな、こいつあ。手が早えこって」

 

 火花を散らす鉄屑を冷ややかに見下ろしながら、銀時は木刀を無造作に一回転させ、力強く握り直した。その背中に、セリカたちの張り詰めた視線が集中する。

 

「まずはここを突破するぞ。あのクソッタレのポンコツ理事に文句言いにいかねえと」

 

「……うん、行こう」

 

 シロコの短い返答と同時に、廊下から次々と不穏な足音が近づいてくる。完全に包囲網は敷かれていた。

 

「アヤネはナビ、ノノミとセリカは前張れ! シロコ、突っ走るぞ!」

 

「「「「了解!」」」」

 

 銀時の鋭い大声に弾かれ、アビドス対策委員会が即座に動く。アヤネが即座に端末を展開して戦況をスキャンし、ノノミがミニガンを、セリカが突撃銃を構えて部室のドアから廊下へと飛び出した。

 

「そこをどきなさいよぉぉ!!」

 

 セリカが怒りを乗せた銃弾を浴びせ、ノノミのミニガンが凄まじい掃射音を立てて廊下の奥のオートマタ兵を薙ぎ払う。火花と銃声が狭い校舎に反響し、硝煙の臭いが一気に立ち込めた。

 

「シロコ、右だ!」

 

 銀時はアヤネのナビに従って近づく敵をシロコに教え、電撃的な速さで角を曲がり、待ち構えていた敵の懐に飛び込んで零距離射撃を見舞う。

 

 だが、敵の数は尋常ではない。背後の階段や窓を破り、増援のPMC兵が次々と文字通り「湧いて」くる。アビドスの面々が前方を切り開く中、その背後から襲いかかろうとする鉄屑たちの前に、銀時が立ちはだかった。

 

「おいおい、神聖な学び舎に土足で上がってんじゃねーよ、ポンコツどもが」

 

 背後から迫る三体のオートマタ兵に対し、銀時は着流しを翻して地を蹴った。

 一体目が銃口を向けるより早く、鋭い踏み込みから放たれた木刀が、その胴体を容赦なく強打する。バキィィン! と金属がへこむ凄まじい衝撃音が響き、敵本体が後方の壁へと叩きつけられた。

 間髪入れず、左右から挟み込もうとする二体に対し、銀時は身を低く沈めて至近距離の銃撃を紙一重でかわす。そのまま流れるような動作で木刀を振り上げ、二体目の腕を関節ごと叩き折り、返す刀で三体目のカメラアイを真っ二つに叩き割った。

 

『先生、後ろからさらに一体!』

 

 アヤネの悲鳴のような警告。銀時は振り返ることもなく、背後から突き出された銃身を素手で掴み取り、強引に引き寄せて自らの強烈な頭突きを叩き込む。

 装甲が砕け、機能停止した敵を盾にしながら、銀時は前方を走る四人の背中を追いかけた。

 

「止まるんじゃねえ! そのまま突き抜けろ!」

 

 銀時が殿(シンガリ)で圧倒的な壁となり、迫る追手をすべて叩き伏せていく。シロコたちが前方の敵を確実に排除し、銀時が背後を完全に断つ。一行は怒涛の勢いで校舎の防衛線を突破していった。

 

 ガラスの破片と鉄屑が散乱する昇降口を蹴破り、ついに五人は校舎の外へと飛び出す。

 しかし、一歩足を踏み出した彼らの目に飛び込んできたのは、息を呑むような光景だった。

 

「これ……街が……」

 

 ノノミの言葉が途切れる。

 

 アビドスの自治区は、すでに赤黒い炎と煙に包まれていた。

 至る所で上がる爆音。鳴り響く銃声。逃げ惑う市民を容赦なく追い立てる、数えきれないほどのカイザーPMC兵の軍勢と戦車の列が、蟻の群れのように街を埋め尽くしている。

 

 砂色の街が、暴力と炎によって文字通り塗り替えられようとしていた。

 激しい戦闘の余韻で肩を荒く上下させながらも、シロコ、セリカ、ノノミ、アヤネは、眼前に広がる圧倒的な絶望の光景を、ただじっと見つめるしかなかった。

 その中心で、銀時は木刀を肩に担ぎ直し、炎に照らされる街並みを、冷徹に据わった瞳で見据えていると、一向の前方で一両の戦車が停止する。

 

「……ほう、これはこれは。生徒と教師自らが出迎えとは感心するじゃないか」

 

 硝煙と炎に包まれる市街地の中心。戦車の砲塔の上に立ち、傲慢に見下ろすカイザーの理事が、歪んだスピーカーから嘲りを含んだ声を響かせた。その周囲を、無数のPMC兵たちが強固な壁のように取り囲んでいる。

 

「これは何の真似ですか!? 幾ら土地の所有者だとしても、ここに住む人たちを、街を攻撃するなんてそんな権利はないはずです!」

 

 ノノミが悲痛な叫びを上げ、愛銃のグリップを白くなるほど強く握りしめる。

 

『それに、まだ学校の敷地は私たちのものです! これは明確な軍事侵攻行為です、今すぐ連邦生徒会に通報しますよ!』

 

 アヤネが端末を構え、毅然とした態度で警告を放つ。だが、理事はそれを鼻で笑うだけだった。

 

「ホシノ先輩のスカウトも嘘だったの……? 先輩を返して」

 

 シロコが冷徹な殺意を湛えた瞳で理事を射抜く。

 

「この悪党め! 汚い手使って騙しやがって……ホシノ先輩を返しなさいよ!」

 

 セリカが怒りに声を震わせ、突撃銃の銃口を向けた。少女たちの必死な、しかし正当な訴えを、理事は心底愉しそうに首を振って一蹴する。

 

「ふん、何を言ってるのやら。連邦生徒会に通報? やってみたまえ。だがお前たちが何度嘆願しても、連邦生徒会は一度でも助けを遣わしたかね? 現にアイツらはトップを失って大混乱の最中だからな。……では連邦生徒会でなくとも、他の学園が君たちを助けに来てくれたことは? ないだろう? 誰一人、君たちのために手を差し伸べる無駄な真似などしないのだよ」

 

「っ……」

 

 その非情な現実を突きつけられ、四人は苦しそうに言葉を詰まらせ、黙り込んだ。

 誰も助けには来ない。ずっと、そうだった。砂に埋もれていくこの学校を、見向きもされなくなったこの自治区を、大人たちは、他の学園は、ただ静かに見捨ててきた。その残酷な事実が、彼女たちの胸を深く抉る。

 

「アビドス最後の生徒会メンバー、小鳥遊ホシノは正式に退学した。アビドス生徒会はもう存在しないのも同然。君たちはもう、後ろ盾も何もない、ただの哀れな……」

 

「少しはそのオイル臭え口を閉じてろ、ガラクタ」

 

 重苦しい絶望を切り裂くように、銀時の低く、地を幾年も這うような声が響いた。

 

「え……」

 

 セリカたちが思わず息を呑む。

 

 銀時の顔には、いつもの締まりのない表情など微塵も残っていなかった。その横顔は、隣に立つシロコたちでさえもゾッとするほど底冷えがする、完全な鋭さを浮かべていた。

 銀時は無言のまま木刀をだらりと下げ、まっすぐに理事のいる戦車へと歩を進めた。

 

 ガシィィンッ!! 

 

 だが、その歩みを遮るように、数体の大型オートマタ兵が銀時の前に立ち塞がった。銀時の戦闘データを元に近接戦闘用に特化され、不気味に赤熱する巨大なマチェットを構えた重装兵たちだ。

 

「……あァ、唯一君たちに手を差し伸べる、どうしようもない愚か者の大人はいたなぁ、坂田銀時先生」

 

 理事がわざとらしく手を叩き、金属の指先を不快に打ち鳴らす。

 

「私がまだ話しているのだ。もう少し大人しく、大人の言葉を聞きたまえよ」

 

 ──────────

 

「そ、んな……どうして!? どうして街を攻撃している!?」

 

 絶叫に近いホシノの悲痛な声が、冷たい室内に虚しく響いた。

 ホシノは、不気味な蛍光色の光を放つエネルギーの縄によって自由を奪われ、機械的ながらもどこか古代の神殿の祭壇を思わせる、禍々しい台座に縛り付けられていた。目の前に浮かび上がる巨大なモニターには、炎に包まれ、蹂躙されていくアビドスの街並みがまざまざと映し出されている。

 その背後から、影のように現れた男──黒服が、抑揚のない不気味な声で語りかけてきた。

 

「どうしてと言われましても……何らおかしいことではありませんよ、ホシノさん」

 

「う……あ……」

 

「あの借金については我々がしっかりと返済します。それが私とあなたとの契約ですから。しかし……あなたは何か勘違いをしているようだ」

 

 黒服はゆっくりと歩み寄り、祭壇の上で縛り付けられ、屈辱に身を震わせているホシノの顔を覗き込んだ。その顔のない漆黒の輪郭が、彼女のオッドアイに不気味に映り込む。

 

「我々の企業はカイザーコーポレーションとは別のもの。あなたがサインしたのはカイザーコーポレーションではない」

 

「な……ッ!?」

 

「そして最後の生徒会メンバーであるあなたが退学をした今、公的なアビドス高等学校の生徒会はいらっしゃらない。そして……生徒会が機能しなくなった後にできた、君たちの『対策委員会』は無論、生徒会の権限を有していない。つまり──」

 

 黒服は歪んだ愉悦を滲ませるように、言葉を紡ぐ。

 

「今カイザーコーポレーションがアビドスに対して行っている軍事侵攻を止める法的根拠は、このキヴォトスのどこにも存在しない。彼らはただ、所有権の無い無法地帯を『掃除』しているに過ぎないのですよ」

 

「……!!」

 

 ホシノの顔から完全に血の気が引いていく。すべては仕組まれていた。自分の身を差し出せば、アビドスは救われるはずだったのに、その身を差し出したことそのものが、学校を完全に破滅させる引き金になっていたのだ。

 

「これは一つの社会実験ですよ。キヴォトスにおいて、企業が運営する学校ができたら? どんな影響をここキヴォトスに齎らすのか……それを観測したいのです」

 

 黒服は両手を広げ、演説でもするかのように淡々と、しかし狂気じみた口調で続けた。

 

「……そして、この観測も余興に過ぎません。我々の真の目的は……キヴォトス最高の『神秘』を持つ、ホシノさん。あなただったのです。あなたに契約書にサインをしてもらい、あなたのすべての権利を握る。そして……あなたを最高の実験体として研究し、分析し、理解する。これこそが、私たちが心の底から渇望していたもの」

 

 絶望に目を見開くホシノの耳元に、黒服はトドメを刺すように冷酷な事実を囁きかけた。

 

「……あなたは最初から、私の掌の上で転がされていたのですよ、ホシノさん」

 

 それだけを告げると、黒服は満足したように翻り、部屋から出て行った。重々しい金属音を立てて、強固な扉が閉まる。

 冷徹な静寂が支配する部屋に、ただ一人、祭壇に縛り付けられたまま残されたホシノ。

 モニターに映るアビドスの炎が、彼女の瞳を赤く染めていく。

 

「……ああ、そっか。私はまた、大人に騙されたんだ」

 

 ぽつりと、掠れた声が溢れた。

 二年前、あの人がいなくなったあの日から、自分がどれだけ冷徹な現実を気取ろうとも、結局は何も変わっていなかった。ただの無力な子供のままだったのだ。

 

「ごめん……ごめんね、みんな。私のせいで、全部……」

 

 脳裏に浮かぶのは、大切な仲間たちの笑顔。

 

「シロコちゃん、ノノミちゃん、セリカちゃん、アヤネちゃん……」

 

 そして、あの向日葵のような笑顔を見せていた、かつての先輩の姿。

 

「ユメ先輩……」

 

 耐えきれなくなった感情が溢れ、黒曜石のように黒く磨き上げられた床へと、透明な涙が一粒、静かに落ちて弾けた。

 絶望の底に沈んでいく意識の中で、ホシノは最後に、あの月夜の廊下で、自分の肩を強く掴んでくれた白髪の背中を思い出していた。

 

「……先生」

 

 ──────────

 

 市内では、四人が悲痛な表情で絶望していた。

 黒煙に包まれる見慣れた街路、無数に押し寄せるPMCの軍勢。今までの頑張りは、必死に重ねてきた日々は一体何だったのだろうか。積み上げてきたはずの希望が足元から崩れ去っていく感覚に、彼女たちは身動きすらできずにいた。

 

 そんな彼女たちを嘲るように、理事が鼻を鳴らす。

 

「ほう、本気で数百年かけて借金を返済しようとしていたのか? これは驚いた。自分たちの青春の一環として、最後に諦める言い訳に『でも頑張ったから』と言えるように、程々に頑張っているかと思っていたのだがね」

 

 悪びれもせず、彼女たちの歩みを「お遊び」と切り捨てる理事の言葉に、四人の身体が屈辱と悔しさで震える。

 

「君たちは一体、何のために頑張っていたのかね?」

 

 憐れむような理事の問いかけに、セリカとシロコの眼差しが鋭さを取り戻し、弾かれたように顔を上げた。

 

「あんた……これ以上言ったら……!」

 

「撃つよ」

 

 怒りを剥き出しにするセリカと、容赦のない殺意を滾らせるシロコ。

 けれど、ノノミとアヤネは武器を握り直すこともできず、ただ地面を見つめて俯いたままだった。

 

「で、ですが……」

 

「……今ここで戦って、何か変わるんでしょうか?」

 

「アヤネちゃん!?」

 

 セリカが驚愕の声を上げる。アヤネは眼鏡の奥の瞳を涙で滲ませながら、絞り出すように言葉を続けた。

 

「今もすごい数の兵力がここに集結しています。例え戦って、目の前の敵に勝てたとしても……私たちは、もう……」

 

「知ったこっちゃねえんだよ」

 

 重く冷え切った空気を、男の獰猛な声が断ち切った。

 

「え……」

 

 四人が息を呑む。

 

 銀時は、自らの喉元に突きつけられていた、不気味に赤熱する大型マチェットの刃の背へと躊躇うことなく自らの素手を乗せていた。

 

 じゅううううっ……!! 

 

 生身の肉が焼ける嫌な音と白煙が上がり、凄まじい激痛が走るはずのその手を銀時はピクリとも動かさない。ただ圧倒的な怪力をもって、赤熱する刃を力任せに自らの前から押し退けていく。その視線は、周囲の重装兵など目にも留めず、戦車の上の理事だけを鋭く睨みつけたままだった。

 

「その後どうなるかとか、なんだとか。そんな先のことは知ったこっちゃねえ。俺ァ明日の朝飯を何にするかまでしか、未来のことは考えちゃいねえんだよ。そもそも未来なんてのはな、神様だろうが企業サマだろうが、誰にもわかりゃしねえんだ」

 

「坂田銀時……貴様は……!」

 

 理事が冷や汗を流して後退りする。銀時はじわりと、マチェットを握る手を強めた。鋭い刃によって掌の皮膚が深く切れ、焼けた肉の隙間から沸騰して泡立つ赤黒い血が溢れ出す。ポタポタと地面の砂を濡らして落ちていく鮮血が、四人の視界に鮮烈に映り込んだ。

 

「けどな、……俺ァお前さん達に憧れてんだよ。見えねえ未来を、届かねえかもしれない夢を必死に信じて、懸命に、がむしゃらに駆け回ってるお前らを見るのが、いつの間にか楽しくなってたんだ。……俺にはそんな眩しい学生生活は殆どなかったからな。あったのは……血生臭い泥の味だけだ」

 

 銀時は木刀を握るもう片方の手に力を込め、一歩前へと踏み出す。その姿は、圧倒的な軍勢を前にしてもなお、一寸の揺らぎもない巨大な壁のようだった。

 

「だから。そんなツラして諦めんじゃねーよ。立て、アビドス対策委員会。最後まで足掻け。……最後を『諦め』なんてつまらねえもんで飾りつける暇があんなら」

 

 銀時は赤く染まった掌を握り締め、獰猛で、どこまでも熱い大人の笑みを浮かべた。

 

「最後まで、生き汚く足掻こうじゃねえか」

 

 ──────────

 

 ──── ああ、私は本当に。あの人に恋をしている。ハードボイルドなんてものからかけ離れただらしない男。アウトローなんてものからかけ離れたお人好しな大人。

 本当は怖い。こんなにたくさんのPMC、相手にできっこない。

 けれど……眼下の道で、熱そうな刃に手を添えてどかし、目の前の強大な敵に立ち向かおうとするあの人の顔は、とても……格好良くて─────

 

 ……パチン。

 

 戦場に高く、指を鳴らす音が響き渡った。

 

 その瞬間、それまでPMCが完璧に制圧していた街の各地で、立て続けに凄まじい大爆発が発生する。

 

「な、なんだと!? 何が起こっている!? アビドスの人員はここに全員いるはず……!!」

 

 数々の通信機から上がる悲鳴と混乱の報告に、それまで余裕の表情を浮かべていた理事は、焦った様子でガチガチと辺りを見渡した。

 

「……全く、シケたツラしちゃって。鬼のように強い、なんて言葉は似合わなくなっちゃったんじゃない?」

 

 黒煙の向こう、ビルの屋上から軽やかに飛び降りて着地する四つの影。それは紛れもなく、かつてアビドスを襲ったはずの便利屋68の面々だった。

 

 銀時を除くアビドスの四人が驚愕の声を上げる。

 

「どうして!? なんでここに!?」

 

「そんなことより。あなた達の先生は諦めちゃいない。それなのにあなた達が諦めてどうするの? あなた達の心の中のルールはそれでいいわけ!?」

 

 アルが外套を翻し、アビドスの四人に強く詰め寄る。その後ろから「まあまあ」とアルを宥めつつ、不敵な笑みを浮かべたムツキが顔を出した。

 

「ほら、メガネっ娘ちゃん達も繊細なんだから仕方ないって。そんなことより……あの先生にあんな傷負わせたアイツら……ぶっ殺すしかないよね!!」

 

 凶悪な笑みを浮かべるムツキの横で、ハルカが起爆スイッチを両手で握りしめながら、恍惚とした表情で呟く。

 

「まだまだまだまだたくさん爆弾を仕掛けてあります……アル様の号令一つでどうにでも……全部木端微塵に……!」

 

 カヨコは呆れたように首を横に振り、愛銃のボルトを引きながら口を開いた。

 

「ただ私たち、ラーメン食べに来ただけなんだけど……あちこちに仕掛けた爆弾を順次爆発させて指揮系統を崩し、一気に瓦解させる。本当は風紀委員会に使う作戦だったんだけどね。まあ、実戦演習ってことにしとこうか」

 

 銀時は焼ける皮膚も流れる血をものともせず、ニヤリと口角を上げた。

 

「……けっ、いい場面で来てくれたじゃねーか。ヒーローは遅れてやってくるってか?」

 

「ヒーローなんかじゃないわ、私たちはアウトロー」

 

 アルが再び不敵に指を鳴らせば、ハルカが狂喜の表情で次々と起爆スイッチを押し込む。

 

 ドガァァァン!! ドン!! 

 

 背後でさらに上がる爆炎を背負いながら、アルは社長としての誇りに満ちた声を響かせた。

 

「私たちは私たちのアウトローのルールに従い、アビドス対策委員会に与するわ!! 先生、指揮をお願い!!」

 

「……はいよ!!」

 

 銀時の死んだ魚の目に、完全な戦鬼の光が戻る。彼は喉元に突きつけられていた大型マチェットを強引に奪い去ると、まだ熱の残る刃を逆手に持ち替え、一閃。自分を囲んでいた重装兵のオートマタを一撃のもとに両断した。

 火花と金属片が舞い散る中、銀時は奪ったマチェットの先を、戦車の上の理事へと真っ直ぐに突きつける。

 

「これよりリベンジタイムだ、コノヤロー!!」




ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。

ウチのアルちゃんはすっかり銀時に脳を焼かれています。その意味では現状のブルアカキャラで一番感情がデカい、かも?

……さて、まだまだお付き合いください。彼女達のリベンジタイムはまだ始まったばかりですから。

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