ブルーアーカイブ 透き通る青春よ永遠なれ   作:Jon.Do

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黒服が出てきたので初投稿です


第二十六話 WHY?

 銀時がゆっくりと目を覚ますと、そこはアビドスの乾いた砂漠でも、見慣れた対策委員会の部室でもない、底の知れない不可思議な空間だった。足元には幾何学的な文様が不気味に浮かび上がり、ぐるぐると周囲を巡るようにして世界の境界を曖昧にしている。

 

「……ようこそ、坂田銀時先生。あなたのことをお待ちしておりましたよ」

 

 闇の奥から響いたのは、抑揚のない冷徹な声だった。

 

 空間の歪みから染み出すように一人の男が現れる。仕立ての良い漆黒のスーツを纏っているが、その頭部は人間のものではない。黒い泥のような肉体でありながら、右目と口の周辺だけが白いひび割れのように浮かび上がり、辛うじて顔のような輪郭を形作っている、名状しがたい不気味な存在。男はいつの間にか、その空間にぽつんと置かれた事務机を伴ってそこに佇んでいた。

 銀時は重い身体を無理やり動かし、首の骨を鳴らしながら目の前の怪物を睨み据えた。

 

「……俺はさっきまでアビドスでヤンチャしてたはずだ。ここはどこだ。新手のパチンコ屋の演出にしちゃあ、ちと悪趣味が過ぎんじゃねーの」

 

「ここはゲマトリアの世界。どこでもあってどこでもない、概念としての我々の世界です。本来ならば、『先生』は自ら私達の企業のある某所へと入るはずなのですが……それはまた別の話。今のあなたは、あのゴリアテとの戦いによる疲労によって酷く困憊していらっしゃる。ですからこうして私自ら、あなたの精神の深層へと出向いたのです。……他でもありません、あなたという存在に非常に深い興味を持ちましたのでね」

 

 黒服はそう告げると、事務机に両肘を乗せて指を組み、底の知れない顔で銀時を見上げた。

 

「さて、私のことはすでに小鳥遊ホシノさんから聞いていらっしゃるでしょう。私は……カイザーコーポレーションと、一定の協力関係を結んでいるとある企業の幹部、とだけ言いましょうか」

 

 そこで黒服は恭しく、態とらしくその場で一礼をしてみせた。

 

「あなたのことはよく知っています。連邦生徒会がどこからか招いた不可解な存在。オーパーツ『シッテムの箱』の主であり、連邦捜査部『シャーレ』の最高責任者である先生。包装紙に包まれたただの無力な大人だと過小評価する者もいますが、私たちは違う。指揮する立場にありながら、時に少女たちと並び立ち、その身を挺して彼女たちを導くサムライ……」

 

 黒服のひび割れた白い口元が、わずかに歪んだ。そして、銀時の腰に差さる木刀に一度、値探りするような視線を落としてから、静かに告げる。

 

「一つ、あらかじめ教えておきましょう。私たちはあなたと敵対するつもりはありません。むしろ、できれば協力したいと考えているのですよ。なぜなら私たちの計画において、予測不能な一番の障害となり得るのはあなただと、そのように分析しているからです」

 

「……よく言いやがる。あからさまに『私が黒幕です』って雰囲気ぷんぷんさせておいて。何? 俺と手を組んで、世界の半分でもくれんのか?」

 

 銀時は頭の後ろをガシガシと掻きながら、心底面倒くさそうに吐き捨てた。

 

「ふふっ、どこぞの竜王ではありませんよ、私は」

 

 黒服はくぐもった声で笑い、右目のひび割れを細めた。

 

「私たちにとって、アビドスのような消えかけの小さな学校はどうでもいい。問題ではないのです。けれど、あなたのその理外の存在は非常に問題です。敵対することは避けたいのですよ」

 

「……さっきからベラベラベラベラと一方的に小難しいこと言いやがって。お前らみてーなのはどいつもこいつも、話を難しいものにしなきゃ死ぬ病気なのか? まず、てめーらは何者かを教えやがれってんだ」

 

「おっと、これは失敬……。私たちはキヴォトスの外部からの来訪者。ですが、あなたとはまた違った領域、違う概念の出身です。……ゲマトリア。そう私たちのことはお呼びください」

 

「ゲマトリアぁ? ……どっかの特撮怪獣映画のアニメ版でで、そんな名前の電脳を崇拝して地球を荒らしてた奴らがいたよな。何? 三つの首持った宇宙怪獣でも召喚して、この街を更地にしたいわけ?」

 

「あなたいちいち、何かに喩えなきゃ気が済まないんですか……。まあ、私もその映画は嫌いではありませんがね。前日譚小説はとてもいいモノでしたし。しかし、私はX星人の擬きなどでもありませんよ」

 

 黒服は呆れたように肩をすくめると、組み換えた指に少しだけ力を込めた。

 

「……さて、話を戻します。私個人のことは、黒服と……。小鳥遊ホシノさんが付けたものですが、結構気に入ってましてね、この呼び方は」

 

 その名が出た瞬間、銀時の死んだ魚の目がわずかに鋭さを帯びる。黒服はそれに気づかないはずもなかったが、淡々と語りを続けた。

 

「我々は観察者であり、探究者であり、研究者でもある。あなたとは違うベクトルでの、この世界の不可解な存在と捉えていただければ結構。さて……一応、大人の義務としてお聞きしましょう。我がゲマトリアと協力するつもりは、ありますか?」

 

「ねえよ、んなもん。お前らの言葉は糖分が全然足りてねーんだよ。小難しい話は嫌いなんでね」

 

「……まあ、分かってはいましたがね。真理と秘儀を追求する私たちの申し出を断ったあなたは、このキヴォトスで一体何を追求するおつもりで?」

 

 黒服は予想通りといった風に溜息混じりに肩をすくめ、ひび割れた白い口元をわずかに歪めて問いかける。その問いには、世界の理を解き明かそうとする求道者特有の純粋で冷徹な好奇心が宿っていた。

 対する銀時は、不気味に明滅する床の幾何学文様を見下ろしながら鼻を鳴らして耳の穴をほじり、心底どうでもよさそうに言い放った。

 

「俺自身だって知らねえよ、そんな難色のグラサンが喜びそうなもん。……俺ぁただ、『先生』なんて大層なモンを任せられたからにゃ、最後まで責任持って生徒って奴らを守りてえだけだ。てなわけでさっさとホシノを返せ。テメーが裏でコソコソ動いて、あのひねくれ娘を騙くらかしてんのは分かってんだよ」

 

 銀時の瞳の奥にある、決して揺らぐことのない鈍い光。それを見た黒服は事務机の上で組んだ指をゆっくりと組み替え、くつくつと不気味な笑い声を漏らした。

 

「……くっくっく……やはりあなたは面白い。ですが、あなたの行動に法的な正当性がないこと、わからないのですか? 今のあなたにどんな権利があって、そんなことを要求しているのでしょうか。小鳥遊ホシノさんはもう、公的な書類に基づいて正当な契約に同意し、アビドスを退学した身だ。すでに彼女は生徒ではなく、ただの実験体。大人のルールの上では、すでに勝負はついているのですよ」

 

 黒服が突きつける冷酷な「大人の論理」。しかし、銀時は臆するどころか、ニヤリと挑発的な笑みを浮かべてみせた。

 

「残念だったな。俺は承認してねえし、ハンコもサインもしてねーよ。……俺はあの学校の顧問なんでね。書類の不備を突っ返す権利くらいはあるはずだ。それに……」

 

 銀時はそこで言葉を区切り、着流しの懐に手を突っ込んだ。

 

「対策委員会ってのは、最後の生徒会メンバーを残して解散してから、未承認でできた部活なんだろ? だったらそこから抜けるも何も、てめーらが『対策委員会は未承認! プギャー!』つったんだからな。部活動として社会的に存在してねえ枠組みなら、そこからの退部届も糞もねえ。お前らが作った書類の穴だ、俺もその屁理屈に乗っからせてもらうわ」

 

「……ほう」

 

 黒服の右目のひび割れが、驚きを孕んでわずかに広がる。

 

「それに……大人の都合で勝手に引いた線引きなんざ、俺のルールにゃ通用しねーんだよ」

 

「まさか、あなたからそんな論理的な反論がされるとは思っていませんでしたよ。失礼ながら、地頭はいい方と見ました」

 

「おいこら。てめーそれ遠回しにバカにしてんだろ。褒めてねえのと一緒だからな。テストで裏表合わせて一桁しか点取れねえ子どもを、親とか教師が気休めで慰めるときの常套句だからなそれ。聞いてるこっちの古傷が痛むだろーが」

 

 銀時が理不尽に理詰めで怒る様子を、黒服はただじっと見つめていた。やがて、その異質な「大人のあり方」に、恐怖にも似た敬意を抱くように、黒服はぽつりと呟いた。

 

「しかし、先生と生徒……なるほど。法的根拠や契約、あらゆる社会的な枠組みを超越して繋がるその関係性は……我々ゲマトリアにとって、非常に厄介な概念です」

 

 黒服が白い目の部分の輝きを細めると同時に銀時も目をギラつかせる。

 

「……そんでてめーらは俺の生徒を騙くらかして踏み躙って、苦しみを利用しやがった。その報いってのは受けるつもり、あるんだろーな?」

 

 銀時の声が一段と低くなり、幾何学文様の明滅する空間の温度が凍りつくように急降下した。その瞳に宿る怒りは、本物の戦鬼のそれだった。

 しかし、黒服は微動だにせず、組んだ指の隙間から冷徹な声を返す。

 

「……おっしゃる通りです。確かに我々は少女たちを利用し、自分たちの利益を最優先した。しかし……それはルールの範疇です。誤解なきように。アビドスに降りかかった災難は我々のせいではありません」

 

「んなわけねぇ。いくら砂漠の真ん中だからって、そうそう都合よく砂嵐が毎年毎年、街を飲み込むまで都合よく吹き荒れるわけがねーだろ」

 

「……想定外は起こるものなんですよ。一定の確率で必ず起こる、それが天変地異というものです。我々はその機会を利用した側に過ぎない。飢えた土地で水を求める者に水を提供し、対価として奴隷のように使い潰す……。弱肉強食、それだけのことです」

 

 黒服は淡々と、キヴォトスという世界の残酷な真理を語るように両手を広げた。

 

「持つ者が持たざる者を支配する。その厳然たる現象に、いちいち手を差し伸べる必要はありません。それは世界の運行を妨げる無駄なノイズだ。ですので……先生。どうかアビドスから手を引いていただき……」

 

「やだね」

 

 間髪入れず、銀時は鼻で笑うように吐き捨てた。

 

「……ほう?」

 

 黒服の白いひび割れの奥の目が、不審げに細まる。

 

「俺ぁお前らの頭ん中でこねくり回してる小難しい理屈だの、世界がどうだのって話にゃあ、これっぽっちも興味なんてねえ。裏で何を企んでようと、世界を滅ぼそうと構いやしねえよ」

 

「ではなぜ、そこまでして執着するのです? 合理性がどこにもない」

 

「……教えてやるよ。いいか、耳かっぽじって良く聞け。俺のこの剣。この剣が届く範囲は、俺の国だ」

 

 銀時は不敵に口角を上げ、木刀の柄に手をかけた。

 

「無粋に踏み込んできて、俺のモンに……俺の生徒に手を出す奴ぁ……将軍だろーが、巨大企業だろーが、世界の神様だろーが、残らずぶった斬る!!」

 

 刹那、銀時の姿がブレた。

 凄まじい踏み込みとともに腰の木刀を引き抜き、一閃。黒服の首を骨ごと叩き割る軌道で振り抜かれた。

 しかし、激しい風切り音を立てた木刀は、黒服の身体を抵抗なくすり抜けた。まるで水面に映る月を斬ったかのように、黒服の姿が波紋のように揺らぎ、再び元の形へと戻っていく。

 

「……地頭がいいとは評価しましたが、撤回しましょう。やはりあなたはひどく野蛮で、非合理的だ。忘れたのですか? ここはあなたの精神世界、実体のない概念の領域ですよ?」

 

 くっくっく……と黒服は身体を震わせて小さく笑うと、その不気味な顔をゆっくりと上げた。

 

「そもそも……あなたは我々に対抗し得る『大人のカード』すら持たない。それなのに、なぜこれを断るのですか? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? 小鳥遊ホシノさんさえ諦めれば、残されたアビドスの生徒たちは借金から解放され、平和となる。それが彼女の望んだ契約だ。なぜそれを邪魔するのです? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ?」

 

 壊れた機械のように問いを重ねる黒服。

 空振りとなった木刀にチッと盛大に舌打ちし、それを無造作に腰へと差し直すと、銀時は黒服の顔を真っ直ぐに睨みつけた。

 

「……アイツらの苦しみに、誰も責任取る大人がいなかったからだ」

 

「それが? あなたは彼女たちの保護者でもなければ、法的な家族でもないでしょうに。縁もゆかりもない他人のあなたに、なぜそんな責任を負う必要が……」

 

「家族だよ」

 

 遮るように放たれた銀時の言葉に、黒服の言葉がぴたりと止まった。

 

「……」

 

「血が繋がってなかろうがな、人間は家族よりも強え絆を持つことだってできんだよ。夜の街で、見ず知らずの他人が孕んだ赤ん坊を託された夜の女が、そのガキンチョのために自分の命を削って生きることだってできる。自分を犠牲にすることだってできた。そのガキンチョはその女を背負って走ることだってできた。……俺はそういう奴らを、嫌ってほど見てきたんだよ。だから、アイツらと俺は家族も……いや、家族なんて言葉じゃ収まらねえ、それよりも強え絆で結ばれてんだよ」

 

「……理解しがたい。非常に、理解しがたい存在だ、あなたは。何があなたをそこまで突き動かすのです? 大人は社会を支配するために他人を蹴落とし、利用し、食い潰すのが当然だ。そもそも、あなたは一時的にもこのキヴォトスの全てを掌握し、頂点に立つ権利すら得られていたはずだ。なのに、それを自ら手放した! ……理解できない、理解に苦しみます。その選択に一体なんの意味があるというのです? 権力も、お金も、世界の真理と秘儀も……その全てを手にいれられたのに、なぜ!?」

 

 黒服のひび割れた白い顔が、驚愕と不条理への怒りで激しく歪む。事務机を両手で叩きつけ、感情を剥き出しにして銀時に詰め寄った。

 

 しかし、銀時はそんな黒服の狂乱をどこか遠い目で見つめ、小さくため息をついた。

 

「……さあて、な。俺だって知りてえよ。何でこんな割に合わねえことばっかやってんのかなって、夜中に一人でゴチる時だってあんだよ。でもな……体がそう動いちまうんだ。俺の武士道がそう叫んで、この足を動かしたんだ。だったら俺はそのまま突き進むだけさ。俺の魂が、体が選んだ選択のままな」

 

 銀時の迷いのない言葉に、空間の幾何学文様が激しく明滅し、やがて静かに収束していく。黒服はゆっくりと姿勢を戻し、組んだ指の奥から、冷徹な声を響かせた。

 

「……いいでしょう。あなたのその理外の在り方、私個人としては非常に気に入っていたのですが……交渉決裂です。大人のルールが通じないというのであれば、これ以上言葉を重ねる意味はない。……彼女を、小鳥遊ホシノさんを助けたいのでしょう?」

 

「けっ、そうだって言ったって、どうせ都合よく『ここから先は教えられません』つって居場所は……」

 

「彼女はアビドス砂漠、カイザーPMC基地中央の実験室にいます」

 

「……あ?」

 

 あまりにもあっさりと差し出された事実に、銀時は怪訝そうに片眉を跳ね上げた。

 

「……どーいうつもりだ? 罠張ってまとめて一網打尽にでもしようってか」

 

「その実験室で近々、ミメシスで観測した神秘の裏側を生徒にも適用できるかどうかを観測するつもりです。もしホシノさんの実験が失敗したら、次はあの狼の神を実験体にと考えていたのですがね。あなたがルールを壊してしまった以上、前提が全て崩れてしまいました」

 

 黒服はそう言って、事務机ごとゆっくりと闇の向こうへと融けるように後退していく。

 

「精々頑張って、彼女を助けに行くといいでしょう。私たちの実験が完成するか、あなたがその木刀で全てを打ち砕くか……微力ながら、異界の先生の幸運を祈りますよ」

 

 空間が激しく歪み、銀時の意識が現実へと急速に引き戻されていく。その薄れゆく世界の境界の向こうから、黒服の、底冷えするような声が耳元に滑り込んできた。

 

「……“白夜叉"さん」




ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

銀さんって理詰めが苦手そうですよね。

皆様からのお気に入り登録、評価、ここすき、感想などのアクションは強い励みになります。今後ともよろしくお願いします。



追記です。もう少し先になったら、ですが万事屋銀ちゃんシャーレ支部常連当番生徒達との日常編を書きたいなあと思ってます。万事屋銀ちゃん常連当番生徒を五人ほど絞りたいなあ、と。……数人ほど候補は決まっていますがサブでも良いから銀さんとこの生徒とのやりとりを見たい!というのがありましたらご提案お願いします。
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