ブルーアーカイブ 透き通る青春よ永遠なれ   作:Jon.Do

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いつもよりも少し短めですが、決戦準備だから。なので初投稿です。


第二十七話 策も準備も念入りに

「……ぃ」

 

「……せぃ!」

 

「……っさい、先生!」

 

「先生!」

 

 段々と白い光の向こう側から聞こえる声に導かれるように、銀時の意識がゆっくりと浮上してゆく。

 重い瞼をゆっくりと開けば、未だ焦点の合わない視界の中に映ったのは、白い天井……ではなく、八人の少女たちの顔だった。

 ボヤけながらも見えるその顔は、どれもが涙を浮かべていたり、心配そうに眉を下げていたり。けれど銀時がはっきりと瞼を開いたことに気づくと、安心したかのように一斉にその表情がパッと明るくなった。

 

「起きた! 先生が起きた!」

 

 セリカが涙を拭いながら、弾けたような声を上げる。

 

「よかったです、本当に……!」

 

 アヤネが胸に手を当て、眼鏡の奥の瞳を潤ませながら深く安堵の息を漏らした。

 

「新しいお水とタオル、すぐに用意してきますね!」

 

 ノノミが弾むような足取りで部屋の奥へと急ぐ。

 

「もう、本当に心配したんだから……! 私がどれだけ肝を冷やしたか、わかってるの!?」

 

 アルが外套の裾を握りしめ、顔を真っ赤にしながらも必死に涙を堪えて怒鳴る。

 

「ふふ、先生なら起きてくれると思ったよ♡ ……ん、ううっ……」

 

 いつもの調子でからかおうとしたムツキだったが、こらえきれずに小さな鼻声を漏らして涙をこぼした。

 

「……本当しぶとい人だね、先生。あんな無茶苦茶な戦い方をして、よく五体満足で生きてるよ」

 

 カヨコは呆れたように息を吐きつつも、その口元には優しい笑みが浮かんでいる。

 

「よ、よ、よ、よかったですうううう……!! 先生がもしこのまま死んじゃったら、私、カイザーの奴らを一人残らず道連れにして爆破するところでしたぁぁ……!!」

 

 ハルカが激しく号泣しながら、恐ろしい決意を口にしてのけぞる。

 

「……お前ら」

 

 起きたばかりで掠れた声を絞り出し、銀時は重い身体を起こそうとした。だが、その動きはすぐに一人の少女の手によって遮られる。シロコだった。

 

「……先生、まだ起きちゃダメ。傷口、開いちゃうから」

 

 シロコは他の誰よりも一層、涙によって両目を真っ赤に腫らしていた。銀時の身体を優しく、けれど拒絶を許さない力で再びベッドへと横たわらせると、そのまま耐えかねたように、ぎゅう……と銀時の胸元へと細い腕で抱きついた。

 

「……よかった、本当に……先生が起きてくれて、よかった……!」

 

 胸元に顔を埋め、子供のようにぐずぐずと泣き始めたシロコ。その背中を見つめ、銀時は何度かパチパチと瞬きをした後、小さく苦笑混じりのため息をついた。そして、赤熱した刃を掴んで包帯だらけになった右手をゆっくりと持ち上げ、彼女の白髪の頭を優しく、ぽんぽんと撫でてやる。

 

「……起きるに決まってんだろ。こんな盛大な目覚まし時計が何個も枕元に置かれたら安眠なんてできたもんじゃねーや」

 

 銀時はそう言って、包帯の巻かれた手でシロコの頭をしばらく優しく撫で続けた。シロコが少しだけ落ち着き、胸元から顔を上げてベッドの傍らに腰かけると、部屋を満たしていた安堵の空気は、にわかに重く静かなものへと変わっていく。

 

 集まった少女たちは、一様に難しい顔をして視線を落とした。

 

「……先生が起きてくれたのは本当に嬉しい。だけど、ホシノ先輩はまだ、アイツらのところに……」

 

 セリカが悔しそうに拳をきつく握りしめ、唇を噛む。手がかりとなる情報が何もない現状に、アビドス対策委員会の面々の顔には焦燥と暗い影が差し込んでいた。

 そんな少女たちの様子を見つめながら、銀時は天井を仰いだまま、ぽつりと呟くように言葉をこぼした。

 

「……アビドス砂漠の、カイザーPMC基地中央」

 

「……え?」

 

 ノノミが弾かれたように顔を上げ、驚きに目を見開いた。その場にいたアヤネも、便利屋68の面々も、一斉に銀時へと視線を集中させる。

 

「先生、いま何て……? ホシノ先輩の居場所がわかるの!?」

 

 セリカがベッドにすがりつくようにして問い詰めるが、銀時はいつもの死んだ魚の目を泳がせながら、頭の後ろを気まずそうにポリポリと掻いた。

 

「……いや、なに。あのバカイザー理事の乗ってた変形デカブツをさ、俺がドカンと一発ぶっ倒した時によ。操縦席のコンソールだか何だかの目立つところにさ、『小鳥遊ホシノの居場所はココ!』みたいなメモ用紙が都合よく貼り付けてあったのを見かけただけさ。うん、確かそんな感じ」

 

「そこにホシノ先輩がいるなら、すぐに助けに行かないとですね!」

 

 ノノミが拳を握りしめ、力強く声を上げる。ホシノの居場所が判明したという一縷の光に、アビドスの面々の瞳に再び火が灯る。

 

「けど、相手はカイザーPMCの本拠地です。私たちだけじゃ、どうにも……」

 

 アヤネが冷静に戦力差を分析し、悔しげに言葉を濁した。先ほどの包囲網を破ったのは便利屋68の奇襲と銀時の理外の奮闘があったからこそ。今度は敵の総本山へ真正面から乗り込むのだ。防衛戦力は先の比ではない。

 再び室内の雰囲気が重く冷え始め、少女たちが打開策を見出せずに沈黙したその時、ベッドの上の銀時がゆっくりと天井を見つめたまま口を開いた。

 

「……一応アテはあるにゃあるからな」

 

 その言葉の真意を誰も測りかねる中、銀時は包帯の巻かれた身体でベッドから静かに身を起こした。

 

 ──────────

 

「はあ? ヒナ委員長と会いたい? そんなこと、許されるとでも思ってんのか?」

 

 遮るように響いたのは、苛立ちを隠そうともしない高圧的な声だった。

 場所はゲヘナ学園、巨大な校門の前。満身創痍の姿で単身乗り込んできた銀時の前に、風紀委員会のイオリが立ち塞がり、不快そうに眉を吊り上げていた。

 

「ただでさえアビドスの件で色々と不審な動きをしてるってのに、何が『委員長に会わせろ』だ。立場を弁えろ、立場を」

 

 銀時が死んだ魚の目で無言のまま見下ろしていると、イオリはフンと鼻を鳴らし、これ見よがしに自慢げな態度で自身の足を一歩前に差し出した。

 

「どうしてもって言うなら、じゃあそうだな、その場に跪いて私の足を舐め──」

 

「……どけ」

 

「えっ」

 

 銀時は差し出された足を視界に入れることすらなく、邪魔だと言わんばかりにイオリの肩を片手で無造作に押し除け、そのままスタスタと校内へ入ろうと歩を進める。

 

「おいこら! 無視するな! 人の話を聞け!! 勝手に中に入るっていうなら……っ、!?」

 

 激昂したイオリが、反射的に手にしたライフルを銀時の背中へと向けた、その刹那。

 鋭い風切り音とともに身を翻した銀時の手が、イオリのライフルの銃口を容赦なく正面から鷲掴みにしていた。

 

 ガチリ、と金属の硬い音が響く。

 

 先日の死闘で深く裂け、赤熱した鉄を掴んでボロボロになった銀時の掌。無理な動きをしたことで、強固に巻かれていた包帯の隙間から再び真っ赤な血がじわりと滲み出し、イオリのライフルの黒い銃身へとポタポタと容赦なく滴り落ちていく。

 銃口を握られたまま、その圧倒的な握力と、そこから伝わる生々しい血の熱量に、イオリは声も出せずに息を呑み、完全に身体を硬直させた。

 銀時は、白髪の間から覗く鈍い血色を帯びた瞳で、至近距離からイオリを静かに見おろしていた。

 

「どけよ、さっさと。……これ以上くだらねえお遊びに付き合ってる暇はねえんだわ。俺の、生徒の命が懸かってんだよ」

 

 その声は低く、そしてどこまでも重かった。いつものだらしない『シャーレの先生』の面影など微塵もない。圧倒的な威圧感と、狂気すら孕んだ執念の熱量に直面し、イオリは完全に気圧されていた。銃口を握られたまま、引き金を引くことすら忘れ、ただただ銀時の瞳に射すくめられて身体を震わせる。

 

 緊迫し、凍りついたゲヘナ学園の校門前。

 そこに、かつ、かつ……と、静かだが確固たる足音が校舎の奥から響き渡った。

 銀時はイオリから、その足音の主へとゆっくりと視線を移す。

 現れたのは、巨大な翼を背負い、小柄な体躯からは想像もつかないほどの圧倒的な存在感を放つ少女。ゲヘナ学園の治安の象徴であり、風紀委員長──空崎ヒナだった。

 ヒナは慌てて銃を下ろしたイオリを一度だけ一瞥すると、そのまま歩みを進め、全身包帯だらけで血を滴らせている銀時の前で足を止めた。

 

「……自分の保身のために跪く大人も、自分のプライドのために他者を押し除けようとする大人も、私は今までたくさん見てきた」

 

 ヒナは紫色の瞳を静かに揺らしながら、銀時の痛々しい身体、そして今なお滲み続ける掌の血を見つめ、どこか神妙な、しかし深い敬意の混じった声で言葉を紡いだ。

 

「だけど……生徒のために、そんなボロボロになるまで身体を張る大人を見たのは、先生。あなたが初めてね」

 

「……嬢ちゃん」

 

 銀時は掴んでいた銃身から手を離し、包帯から流れる血を無造作に着流しで拭いながら、低く呟いた。

 ヒナはまっすぐに銀時の死んだ魚の目を見つめ返す。その瞳には、ゲヘナのあらゆる面倒事を一手に引き受ける彼女にしては珍しく、一人の大人に対する純粋な信頼のような光が宿っていた。

 

「言ってみて、先生。……その傷だらけの身体で、わざわざ私のところまで直談判に来たんだもの。先生は私に、何をして欲しい?」

 

 ──────────

 

「……ヒフミさんの仰る通りです。先生の言葉が本当であれば由々しき事態ですね。エデン条約の調印も間近に迫っていますし、本来であれば今は下手に動くわけにはいかなかったのですが……。そのカイザーPMCという私設軍事企業が、我が校の生徒によくない影響を及ぼす事態だけは、何としても避けたいところです。……ふふ、今回はちょっとした例外、ということで」

 

 トリニティ総合学園、ティーパーティーの執務室。優雅に紅茶のカップを傾けながら、桐藤ナギサは穏やかでありながらも毅然とした声でそう告げた。机の対面に立つ阿慈谷ヒフミは、その言葉を聞いた瞬間にぱっと表情を輝かせる。

 

「あ、ありがとうございます、ナギサ様!」

 

「そうですね……。確かちょうど救護騎士団や正義実現委員会とも合同で、牽引式榴弾砲を用いた実習授業の予定がありました。それを使って、砂漠でちょっとしたピクニックを致しましょうか。ヒフミさんが現場で指揮を執り、私は後方での手筈を整えておきましょう。……愛は巡り巡るものですから、いつかは私にお返ししてくださいね?」

 

 ナギサは悪戯っぽく微笑みながら、紅茶を一口含んだ。

 

「あ、あうう……」

 

 どういった途方もない方法でナギサに恩返しをすればいいのだろうかと、早くも頭を抱えて悩み始めるヒフミ。そんな彼女の様子をどこか愛おしそうに見つめながら、ナギサは窓の外の青空へと視線を移し、小さく独り言を呟いた。

 

「……それに。あの破天荒で、それでいて誰よりも生徒のために泥をすするシャーレの先生には……今のうちに大きな借りを作っておくべきでしょうから」

 

 ──────────

 

「ん、準備良し」

 

 シロコが愛銃のボルトを引き、ガチリと弾薬を装填する。その瞳には、かつてないほどの鋭い闘志が宿っていた。

 

「補給も充分です! おやつもたっぷり入れましたよー!」

 

 ノノミがいつも通りの明るい声で、けれどずっしりと重い弾薬箱を軽々と抱え上げながら微笑む。

 

「こっちも準備OKよ! 体の具合もばっちし。だけど……先生、本当についてくるの?」

 

 セリカがアサルトライフルを肩にかけ、不安を隠せない心配そうな目で銀時を見上げた。

 銀時は本来、まだベッドで大人しく寝ておくべき身体なのだ。出発前にも、アヤネから「先生はシャーレのオフィスか、せめて私の隣でオペレーターとして指示を出してくれれば十分です」と涙ながらに止められたばかりだった。

 だが、銀時は首の骨をボキボキと鳴らし、包帯でぐるぐる巻きになった右手を無造作に腰の木刀へと添えた。

 

「……はん。生徒たちが命張って最前線に突っ込もうとしてるってのに、大人一人が命惜しさで後ろに引っ込んでるような真似、死んでもお天道様に顔向けできねーってんだよ。それにお前らもさっき見たろ? 俺のしぶとさ。大丈夫、どーにかなるし、どーにかするからよ」

 

 銀時は不敵にニヤリと笑ってみせると、隣でじっと自分を見上げていたシロコの白髪を、大きな手でぽんぽんと優しく撫でた。それから、陽炎の揺らめく遥かアビドス砂漠の方向へと、鋭い視線を真っ直ぐに向ける。

 

「うっし、じゃあ出発だ! さっさと囚われのお姫様を取り返して、ついでに奴らの金庫を木っ端微塵にぶっ壊して中身全部ぶんどって、美味いラーメンでも食いに行くぞ!」

 

「応っ!!」

 

 シロコが一番に拳を突き上げて力強く応じる。

 

『勝手に強盗を目的に入れないでください!!!』

 

 アビドスの無線機から通信席で頭を抱えるアヤネの絶叫に近い突っ込みが響き渡った。少女たちの顔にようやくいつもの笑顔が戻る。

 砂塵の舞う荒野の向こう、カイザーPMCの総本山を目指し、アビドス対策委員会と一人の「先生」の、最後の戦いが幕を開けた。




ここまで読んでくださりありがとうございます。

銀さんって無茶しすぎていつかいなくなりそうな感じがメロいですよね。

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