開幕したので初投稿です。
第三十一話 新たな冒険へのローディング
───警告。コアシステム内部、隔離パーティションにて「不明のプログラム」を検知。
ソース元:解析不能。
タイムスタンプ:エラー(時間軸が現在のキヴォトス標準時と一致しません)。
悪質なデータ、あるいは暗号化されたウイルスの可能性を検証……完了。
脅威レベル:ゼロ。
システムへの攻撃性および自己複製機能は確認されず。
拡張子:動画ファイル形式(.mp4に酷似した未知の圧縮アルゴリズム)であることを確認。
再生シミュレーションを実行しますか?
▶︎はい ▷いいえ
メインメモリ割り当て開始……
10%……50%……100%。
キャッシュバッファの構築……クリア。
解像度アップスケーリングおよびノイズリダクション処理、正常に完了。
再生を開始します。
────
画面に映し出されたのは、色収差を多く含んだ、どこか淡く、輪郭の曖昧な映像だった。それは冷徹なデジタルデータというよりも、誰かの脳裏にこびりついた「記憶の残滓」を強引に引きずり出してきたかのようなひどく朧気な質感を持っている。
キヴォトスのどの学区のデータベースにも存在しない、あまりにも平穏でどこか懐かしい、名もなき山里の風景。そこには重力に逆らう巨大な塔も、超近代的な高層ビルも、ましてや少女たちの頭上に浮かぶ数々のヘイローもなく、ただ淡いピンク色の花びらを惜しげもなく散らす満開の桜の木々が春の風に揺れていた。
その風景の中心に佇む、古い茅葺きの建物。
開けられた障子から柔らかな陽光が差し込む、畳敷きの一室。そこに集まっていたのは、銃器や最先端のガジェットを一切所持していない、着物姿の幼い少年少女たちだった。皆、机の上に現代のキヴォトスでは見られない形式の紙製の教科書を広げ、真剣な眼差しで熱心に何かを学び、ノートに筆を走らせている。
だがその学び舎のフチ、最も日当たりのいい壁際に寄り添うようにして、一人の少年が完全に授業をサボって深い眠りに落ちていた。
特徴的な、白銀に近い髪の天然パーマ。まだ幼く丸みを帯びたその身体は、自らの小さな体躯には少し不釣り合いなほど無骨な一振りの鉄の刀を自らの魂そのものであるかのように大切に両腕で抱きしめている。
そこへ静かな足音が近づいてくる。
一人一人の机の間をゆっくりと回り、子供たちの成長を確かめるように優しい眼差しを向けていた、栗色の長い髪をした一人の男性。
彼が少年の前で足を止め、その穏やかで、けれど衣服の擦れる音さえ吸い込まれるような深い声で語り始めると同時だった。
銀髪の少年は、物理的な刺激がないにもかかわらずふっと瞼を持ち上げた。
どこか鋭く、それでいてその男性のすべてを灼きつけようとするかのような純粋な瞳が、ゆっくりと動いて男性の姿を真正面から見つめる。
「皆さん、これから先あなた達は様々なことを学んでいくでしょう。当然、歩みを続けていけば様々な困難や壁にもぶつかることでしょう……」
男性は少年を叱ることもせず、ただその小さな頭にそっと優しく手を置き、窓の外の広大な空を見つめながら、未来を予感させるように言葉を紡いでいく。
「その時どうするかは、すべてあなた達次第です。常に皆さんの傍にいられるかはわかりません。ですからまず最初に、皆さんへこの言葉を送ります」
世界が一瞬、静止したかのような静寂が映像を支配する。
男性は振り返り、銀髪の少年へ、そしてレンズの向こう側に広がる全ての時間──このバグデータを無意識に受信しているコアシステムへと向けて、慈愛に満ちた、どこか切ない笑顔を浮かべた。
「───己が魂の信じる道をいきなさい」
─── 再生終了。
エラー:再生完了と同時に、該当データがクラスタ単位で自己崩壊を開始。
復元試行……失敗。
動画ファイル、完全にロストしました。
ログの解析結果:当該ファイルの存在意図、およびコアシステムへの混入経路は依然として不明。
外部からのハッキング痕跡、およびミレニアムの学園ネットワークへの通信履歴は検知されませんでした。
タスクを変更します。
メインプロセッサの稼働率を低下。知覚同調の接続を遮断。
個体識別名:AL-1S(アリス)、コアシステムの保全のため、内部ログの精査を開始。
────
───自動エラーログ:システムによる自動解析を実行。
[エラー検知:Location_Data]
アーカイブに該当座標なし。ただし、周辺の環境光および植物データの演算結果、百鬼夜行連合学院の植生データと98.4%一致。
[エラー検知:Structure_Type]
建造物の構造特定。「寺子屋(テラコヤ)」。キヴォトス以前の歴史記述に存在する、勉学を習得するための初期段階における教育機関と推測。
[エラー検知:Equipment_Analysis]
個体「銀髪の少年」が保持するオブジェクトを兵器に分類。「刀(カタナ)」。現行のキヴォトスで定義される火器属性ではなく、金属刃による古典的な近接武器。
[未定義シグナルの検出:Term_Definition]
音声ログ末尾の走査完了。
該当ワード:『魂(タマシイ)』
───警告:上位管理プログラム「Key」による例外処理を実行します。
───『魂』の定義数式を検索中……。
───……
───Warning: 該当データなし。論理アルゴリズムによる解析が不可能です。
───Keyの思考プロセスの凍結を確認。
システムは全タスクを終了し、個体識別名:AL-1Sはスタンバイモードへと移行します。
──────────
……
私の声が聞こえますか……
そこにいますか? 世界を救う勇者よ。
あなたを待っていました。
私は女神モモリア……
──────────
「……なにこれ」
タワマンのようにうず高く積まれた依頼書の山。その地層の隙間から、まるで自己主張の激しいネオンサインのように覗いていた、ゲーミングカラーの派手派手しい封筒。気まぐれにそれを引き抜き、封を切った銀時の口から漏れたのは、これ以上ないほど乾いた、心底めんどくさそうな呟きだった。
まるで黎明期のレトロなRPGのプロローグにでも流れていそうな、どこか気恥ずかしさを覚える古臭い文章。銀時は片手で容赦なく鼻をほじりながら、死んだ魚の目を手元の便箋へと落としていた。
『依頼書のようですが、内容がいまいちわからないですね……。宛先はミレニアムサイエンススクールの『ゲーム開発部』となっていますが……』
シッポをパタパタと揺らしながら、手元のシッティムの箱の画面内でアロナが人差し指を顎に当て、不思議そうに首を傾げる。
「にしたってこれ依頼書の形式にもなってねーだろ。つまりこれ何が言いてえの? 俺に世界を救えってか? そんなこと言ったって銀さん、そんなでけえことできねえぞ。毎日コツコツペットボトルの蓋集めしたり、スーパーのタイムセールに命かけてサスティナブルしてることしかしてないからね俺。世界救う前に俺の財布を救わせてくれってんだ」
『でもまあ、文章の行間から溢れる切実なエネルギーから察するに……要するに「取り敢えず部活が色々とやばいから助けて!」……てことだと思いますよ?』
「なら最初からそう書けってんだよ。文字数制限のガラケーのメールか。なんでつまらなそうなクソゲーのプロローグみたいな書き方するんかね。ゲーム開発部っつーからにゃ、シナリオの練習か何かで脳みそが年中ファンタジーになっちまってんのか?」
『まあまあ、そう邪険にしないでください。取り敢えずミレニアムサイエンススクールに行きましょうよ。そこで直接、彼女たちの話を詳しく伺うのが吉かと!』
画面の向こうで拳をぐっと握り、前向きな提案をしてくるアロナ。そんな彼女のまっすぐな瞳に、銀時は「それもそうか……」と小さく溜息をつきながら頷いた。
手元にあるゲーミングカラーの封筒を、着流しの懐へと無造作に突っ込む。キヴォトスの女子高生がサイヤ人並みに頑丈で、銃弾飛び交う中で平気で買い食いするベジータ並みの生態なのはこれまでの経験で嫌というほど身に染みているが、今度は一体どんな面倒事が待ち受けているのやら。
「まぁ、何はともあれ、そのミレニアムとやらのゲーム開発部に行ってみるか。そのやべー部活のお悩みを一発解決してやろーじゃねーの。ついでに美味いパフェの店でもリサーチさせっか」
『はい! 新しい出会いへ出発ですね、先生!』
──────────
「……てな感じでさ。俺あんな手紙でも取り敢えずは来てやったわけよ」
「ハイ……」
「一応ゲームは好きな方ではあるぞ? 色々やったことはあるからね、ネトゲとか。まあ俺なんかでもよければー、みてえな感じで顔出しに来たわけ」
「……ハイ……」
「それで何で部室の扉の前に立った途端にプライステーションを顔面にぶち当てられて昏倒させられなきゃいけなかったのかな俺は」
「「本当にすみません……」」
ゲーム開発部の部室にて。モモイとミドリ、と名乗る双子を前に、銀時は額に青筋を浮かべた引きつった笑顔のまま淡々と疑問を口にしていた。
彼の顔面にはくっきりとゲーム機の側面の形が赤く浮かび上がり、鼻からは出血を止めるべく丸めたティッシュがこれでもかと突っ込まれている。
鼻血を滴らせたまま問い詰めるその姿にモモイとミドリは床の上で正座をしながらガタガタと震え上がっていた。
アビドスでの激しい戦闘傷がようやく癒えたばかりだというのに、まさか新天地に一歩足を踏み入れた瞬間に、最先端の学園都市で『物理的なゲーム機のダイレクトアタック』によって医務室に逆戻りしかけるとは、銀時も流石に予想の範疇外であった。
とはいえ……高校一年生程度の少女にいつまでもムキになるのも虚しくなった銀時。
「……ふう」
大きなため息を漏らしてから、鼻に突っ込んでいたティッシュをズボッと抜く。もうこの頃には出血も落ち着いており、手近なティッシュで包んでぽい、とポテチの袋まみれのゴミ箱へと投げ捨てた。
「……んで、まあ来てやったからにゃ仕事はすっけどさ……お前さん達は俺に何して欲しいわけ?」
「よくぞ聞いてくれました! あのね、私たちと一緒に『廃墟』に行って欲しいの!」
モモイが先ほどまでの恐怖をどこへやら、目をキラキラと輝かせながら身を乗り出してくる。
「いや全然分からねーんだけど。なに? お前らゲーム開発部のくせに廃墟マニアなの? やめとけよ、あーゆーのはヘルメットとか安全靴とかそーゆーガチガチな装備して行くような場所であって肝試し感覚で行くとこじゃねーぞ」
「そうではあるんですけどそうじゃなくて……もうお姉ちゃん、ちゃんと最初から話さないと先生混乱するに決まってるじゃん」
ミドリが半ばあきれたようにモモイの服の裾を引っぱる。
「それもそっか! えっとね、私たち、今までは平和に16ビットのゲームとかを作ってたんだけど……ある日突然、生徒会から襲撃されたの! 一昨日なんかは生徒会四天王のユウカから最後通牒を突きつけられて……」
「ユウカ? 確か……」
モモイの口から飛び出した「ユウカ」という名前に、銀時の脳の片隅にある記憶の引き出しが引っかかった。
──あのサンクトゥムタワーのシステムを回復させるための戦闘の際、臨時の合同チームに参加していた一人。
戦闘へ向かう前のあの重苦しい会議室での問答の際、周りの少女たちよりも一際強く「連邦生徒会長をさっさと出しなさい!」「この前なんかウチの学園の風力発電がダウンしたんだから!」と、運営の不手際を糾弾するように七神リンにやたらとキャンキャン突っかかっていた、あの紫色のツインテールの少女。
「あー、ユウカってあの小姑みてえに小うるさいアイツか。何だお前ら、アイツに目ェつけられるようなことでもしちまったの?」
当時の会議の印象しか残っていない銀時は、首の後ろをポリポリと掻きながらニヤニヤと笑う。
だが、その瞬間。目の前の双子の顔から、見る見るうちに血の気が引いていくのがわかった。
「あ、あ、あわわ……」
ミドリが完全に白目を剥きながらガタガタと震えだす。
「せ、せんせ、う、う、うし……」
「ああ? うし? ……後ろか。おいおいおい、お前らなぁ。漫画の読みすぎなんだよ。まさかそんなベタな展開があるわけねーだろ? 志○後ろーじゃねえんだから、銀さんがそんな古典的なギャグに──」
「だ、れ、が……小姑みたいに小うるさいですって? ねえ、先生……?」
背後から、氷点下の絶対零度を遥かに下回る、地の底から響くような声が鼓膜に届いた。
衣服の擦れる静かな音。そして、計算書類を抱えた腕にギリ、と力が入る音がする。
「……ベタなこと、あったなー……」
銀時がロボットのような動きでゆっくりと振り返ると、そこには、いつの間にか開いていた部室のドアの前に、冷徹な笑みを浮かべたユウカが、ヘイローを般若のごとく怒りで激しく明滅させて立っていた。
直後──ゲーム開発部の室内を、そしてミレニアムの廊下を激しく揺らすほどの、セミナー会計による烈火のごとき大説教が、十数分にわたって延々と響き渡ることとなった。
──────────
「……はあ、もう。再会して早々お説教するだなんて思っていませんでしたよ」
「俺だって久しぶりに会った奴から開口一番マッハ2の説教喰らうとは思わなかったわ……。お前、久しぶりの再会ってのはもっとこう、涙を流しながら『生きててよかったです!』とか言って、ちょっと小高い丘の上とかで抱き合うもんじゃねーの?」
「あなたが悪いんでしょう、あなたが!!」
「へいへい」
ユウカの鼓膜が破れんばかりの怒鳴り声に対し、銀時は右の片耳へと小指を突っ込みつつ、どこ吹く風といった様子で完全に聞き流していた。そのあまりにも反省の色が見えない態度に、ユウカはこめかみをピクピクと震わせながら深く大きなため息をつく。
そして先ほどまでの激しい叱責によって自分たちは向けたものに無いのにも関わらずまだガタガタと抱き合って震えているモモイとミドリへと鋭い視線を向けた。
「あなた達もあなた達です! 諦め悪くシャーレを頼ろうとするなんて。そもそもシャーレがいようと、失踪した連邦生徒会長が戻ってこようと、あなた達の廃部は決定事項。もう覆せないわ」
「そ、そんなことない! ユウカ自身だって言ってたでしょ! 部活が規定人数に達するか、ミレニアムの部活として見合うだけの成果を出せば……」
「ええ、それができればよし、できなかったら部費も部室もすべて没収して即刻廃部、とも言ったわよね?」
「うぐっ……」
モモイは図星を突かれたように言葉を詰まらせ、言葉の銃弾を浴びたように上体をのけぞらせる。ユウカは容赦なく、冷酷な電卓を叩くかのようなスピードで畳みかけた。
「部員数は?」
「うぐぐ……」
「成果は?」
「むぐぐぐっ……」
「通告してから何ヶ月経ってる?」
「うーっ……」
「唸ってもダメなものはダメなんです! すべてデータと実績が証明しているの!」
「でもでも! 私たちだって遊んでるわけじゃないもん! 全力で、命がけでゲーム開発部を守るためにやってるんだもん!」
涙目で食い下がるモモイに対し、ユウカは冷ややかな、それでいて呆れ果てたような目を向け、手元の端末の不祥事リストを読み上げる。
「全力で……? 校庭に変な建物を建てたと思ったら怪しいギャンブル大会を開催したり、レトロゲームを探すと言って古代史研究会の拠点を物理的に襲撃することが、ゲーム開発部としての正当な活動だと言うの?」
「……全力のベクトルが全然ちげーわな。ぶっ飛びすぎてロックだわ逆に。何、お前らその歳で修羅の国から来たの?」
しれっと横から呆れたツッコミを入れつつ、銀時は双子の説教など完全に他人事として、散らかった部室内の棚に並ぶレトロなゲームカセットを物色し始めていた。カセットに息をフーフーと吹きかけながら、「あー、これ昔定価の倍の値段で買ったやつだわ、懐かしーなー」などと、完全に自分の世界に入り込んでいる中で突然モモイが立ち上がり、銀時へと詰め寄り、唐突に縋り付いては涙を浮かべ……そして。
「えーん! お父さぁん! お母さんがいじめるー!!」
これ以上ないくらい都合のいい「親子の設定」を捏造しながら必死にユウカを指差して泣き叫んだ。
「誰が父さんだ誰が!! てかそれだとコイツが嫁さんになっちまうだろ! 俺、結婚初日から家計簿の隅々までチェックされて尻に敷かれるの決定じゃん! 毎日のお小遣い300円とかにされてジャンプも買えなくなるやつじゃんそれ! 俺は三歩後ろを歩かせるような亭主関白がいいんだよ!」
「何の話をしてるんですかあなたは!!?」
ユウカの顔が怒りと羞恥心で一気に沸騰し、部屋の温度が数度上がるのではないかというほどの怒鳴り声が再び響き渡った。あまりの剣幕に、銀時の陰に隠れていたモモイとミドリはさらに小さくなって震え上がる。
「だいたい、誰が誰の嫁ですか! 誰の母親ですか! 私が言っているのはあくまでミレニアムの予算管理とセミナーの規約に基づいた合理的な判断であって、そこに私情なんて概念は一切含まれていません! 先生、あなたも調子に乗って適当なこと言ってないで、少しは教育者らしくこの子たちに現実を教えてあげたらどうなんですか!」
「へーいへい、現実ねえ……。ま、現実はいつだって世知辛くて甘いモンくらいしか救いがねーもんだからな。ってか母さん、今日の晩飯何?」
「だから母親じゃないって言っているでしょうがぁぁぁ!!」
ユウカの書類を抱える手がプルプルと震え、今にも物理的なダイレクトアタックが銀時の鼻の頭に炸裂しそうな空気が部室内に充満するのだった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
なんとなんと。いつも何かと三日坊主してた私が執筆生活をここまで続けることができました。それもこれも皆さんのお陰様です。
これからも日々頑張っていきます!