ブルーアーカイブ 透き通る青春よ永遠なれ   作:Jon.Do

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今日の昼頃は申し訳ありませんでした。確かに時間設定したはずなのですが……お詫びと言ってはなんですが、幕間話です。本来は秘蔵しておこうと思っていたものですが、それでもよろしければ。


第三十二.伍話 合わない数字

 ミレニアムサイエンススクールの最高権務機関たる『セミナー』。その会計を務める早瀬ユウカの自室は彼女の性格をそのまま体現したかのように、極めて合理的かつ整然とした空間だった。

 

 無駄な装飾を一切排したデスク。正確な数値を弾き出すための最新型ワークステーション。計算書類が寸分の狂いもなく分類された棚。そして彼女の思考を邪魔しないように設定された、完璧な室温と湿度。

 すべてが予測可能で、すべてが彼女の計算通りに機能する世界。

 

 ──のはずだった。

 

「あー、もう! あー、もう!! なんなの、なんなのよもう!!」

 

 セミナーの会計として常に冷静沈着、冷徹なまでの合理性をもって学園の予算を統括するはずの少女は今、自室のベッドにダイブし、お気に入りのクッションに顔を完全に埋めたまま手足をバタバタと暴れさせていた。

 ミレニアムの制服のスカートが不作法に捲れ上がるのも構わず、藍色のツインテールをめちゃくちゃにかき乱しながら、彼女は己の脳内に焼き付いて離れない「ある男」の顔を掻き消そうと必死になっていた。

 

 あの白銀の天然パーマ。

 

 やる気があるのかないのか分からない、四六時中死んだ魚のような締まりのない目。

 時代錯誤も甚だしい青い波模様が描かれた白い着流しをだらしなく羽織り、腰にはあからさまにキヴォトスの常識から外れた『洞爺湖』と彫られた胡散臭い木刀を差している男。

 

 新たに結成されたシャーレの先生。

 

 そして規格外のろくでなし。

 

「なんなのよ、あの男は……! なんで、なんで私が……折角久しぶりに会ったのに!よりにもよってあんな可愛くないところを見せなきゃいけないのよ……!」

 

 クッションから顔を上げたユウカの顔は、怒りと、それ以上の羞恥心によって、まるでオーバーヒートを起こした量子演算機のように真っ赤に沸騰していた。

 

 再会した瞬間、彼が自分に向けた言葉が脳裏に蘇る。

 

『あー、ユウカってあの小姑みてえに小うるさいアイツか』

 

 思い出すだけで、カッと頭に血が上る。

 

 確かにサンクトゥムタワーを巡るあの未曾有の混乱の際、合同チームの会議室で、ユウカは連邦生徒会の不手際に対して一際強く突っかかっていた。それは事実だ。ミレニアムのインフラがダウンしたことへの正当な抗議であり、セミナーの会計としての義務だった。

 

 だが、それを「小姑」だの「小うるさい」だの、女子高生に向かってなんて品性のない、デリカシーの欠片もない暴言を吐くのだろうか。

 

「私はただ、ミレニアムの規約と予算管理に基づいて、合理的な判断を下していただけなのに……! ゲーム開発部のあの子たちに現実を教えてあげようとしただけなのに……!」

 

 ベッドの上でガバッと起き上がり、膝を抱え込んで唇を噛む。

 ゲーム開発部の部室での、自分の振る舞いを思い返す。

 

『と、に、か、く! 規定の人数に所属者が達するか成果を出しでもしない限りこの決定は覆りません!』

 

『どうせなら互いに楽な方法で済ませちゃいましょうよ。荷物をまとめて、この辺のガラクタも……』

 

「……あ」

 

 自分で自分の言葉を反芻し、ユウカは急に冷や水を浴びせられたように硬直した。

 

 そうだ。あの時、モモイは傷ついた顔をして『ガラクタって言わないで』と言った。あの子たちが、どれだけクソゲーと罵られようとも、全力で、命がけで部室を守ろうとしていたのは知っていた。それなのに、自分はセミナーの会計という立場に固執するあまり、彼女たちの思いを「ガラクタ」と切り捨ててしまった。

 

 冷酷で、融通が利かなくて、他人の努力を数字だけで踏みにじる、嫌な女。

 

 あの人の目には、自分の姿がそんな風に映ったのではないか。

 

 ただでさえ「小姑」なんて最悪な第一印象を持たれていたというのに、さらに追い打ちをかけるように、冷血で可愛げのない、最悪な部分を見せてしまったのではないか。

 

「……あんな可愛くないところ……見せたくなかったのに……」

 

 ユウカは膝に顔を埋め、小さく声を漏らした。

 

 胸の奥がきゅう、と締め付けられるように痛む。

 

 なぜそんな風に思うのか、その理由を彼女の誇る高度な数学的思考は、瞬時に導き出してしまっていた。

 認めようが認めまいが、データは嘘をつかない。自分の胸の鼓動のグラフが、あの男の前に出た瞬間にだけ、明らかな異常値を示していることを。

 

「なんで……なんでよ。たった一回、あのサンクトゥムタワーの時に一緒に戦っただけじゃない……。連絡先だって、シャーレの業務用のツールしか知らないし、今日だって本当にただの偶然で……。なのに、なんであんな人に、こんなにドキドキさせられないといけないのよ……!?」

 

 ユウカは自分の胸に手を当てた。衣服越しでもはっきりと分かるほど、心臓がトクトクと速い鐘を鳴らしている。

 

 それは恐怖ではない。怒りでもない。

 

 ミレニアムの科学力をもってしても数式化できない、未知の、そしてあまりにも不条理な感情のバグ。

 

 始まりは、あのサンクトゥムタワーでの戦闘だった。

 

 連邦生徒会長が失踪し、キヴォトス全土が崩壊の危機に瀕していたあの時。突如として現れた「先生」がまさかヘイローも持たない、銃弾一発で命を落としかねない生身の「普通の人間」だなんて、誰もが耳を疑った。

 

 ミレニアムの計算式ではそんな存在が過酷な戦場に赴くなど、生存確率がゼロに等しい無謀な自殺行為でしかなかった。

 

 案の定、現れた男は白髪の天然パーマでおよそ戦場には似合わないだらしのない佇まいをしていた。緊張感などどこへやら、「銀さん怖ェんだけど。周りの視線も含めてここ一帯が全部怖くなって来たんだけど」だの「昼ドラのキャットファイトの特等席に座らされてるくらい居心地悪ィんだけど!」だの、ふざけたことばかりをのたまう男。

 

 ユウカは正直、最初は軽蔑すらしていた。連邦生徒会は、こんなふざけた男にキヴォトスの命運を託したのか、と。

 

 けれど──戦場での彼は、全くの別人だった。

 

 降り注ぐ銃弾の雨、轟音を立てて迫り来る不良達。ヘイローを持たないその身体は、一発の直撃で容易に砕け散るはずだった。戦車が出てきた時はその光景を思い描き、背筋さえ凍らせていた。

 

 それなのに、あの男は。

 

 坂田銀時は類稀な指揮能力を発揮し、不良達が戦車を繰り出してきた時はただ一本の木刀を握りしめ、誰よりも先にその最前線へと突っ込んでいったのだ。

 

『ずうっと女の子の背中に隠れてちゃ、かっこいいとこ見せられねえだろ!』

 

 そう言って凶悪な笑みを浮かべながら飢えた猛獣のように戦車へと飛びかかる彼の背中をユウカは今でも鮮明に覚えている。

 迫り来る戦車の砲撃を紙一重のステップで見切り、跳躍する。そして、ただの木刀であるはずのそれを両手で突き下ろして強固な装甲を持つ戦車の装甲とハッチの間へと突き刺し、まるで缶切りのようにこじ開けてから中の乗員を引き摺り上げて制圧した。

 最近流れてきた映像では砲撃直前の戦車の砲口へと木刀を突き刺し、見事鉄の花を咲かせるという離れ業をした、とか。そして強固な装甲を誇る戦闘兵器であるゴリアテさえも破壊して見せた、とか。

 

 物理法則を、確率論を、あらゆる数式を真っ向から否定するような圧倒的な暴力とそれ以上の理不尽なまでの強さ。

 

 そして何より……戦車が出てきた際の、流れるように自分たちを追い越したあの横顔。

 

『おっと。ちょいっと失礼』

 

 なによりも、その瞬間の横顔が。ユウカの胸の中で、何かが決定的に壊れてしまったのだ。

 

 ここで最も正確で、最も合理的であると自負していたはずの彼女の感情のバランスシートがその日を境に完全に赤字へと転落した。

 

「……あんなの、ズルいじゃない……」

 

 ユウカはベッドの上に寝転がり、天井を見つめた。

 

 普段はあんなにだらしなくて、死んだ魚の目をしていて、お金にもだらしなさそうなのに。

 いざという時には、自分の命なんて安いものとばかりの顔をして、生身の身体で死地へと飛び込む危なっかしさ。

 

 そんなギャップを特大の質量でぶつけられて、意識しない女子高生がキヴォトスに一人でもいるわけがない。現にアビドス対策委員会の子たちだって、あの人のことを「先生、先生」と酷く慕っているという噂がセミナーにも届いている。

 

 だからこそ今日の再会は嬉しかった。

 

 タワーの一件以来、ずっと胸の中で燻っていたあの男に、また会えたのだから。

 

 それなのに──。

 

「なんで私は、あんなにキツイことばっかり……」

 

 モモイが『TSC2でミレニアムプライスを受賞してみせる』と大口を叩いた時、ユウカは心底驚いた。けれど、その後に銀時が言った言葉が、さらにユウカの胸を激しく揺さぶったのだ。

 

『取り敢えずさぁ、もう少しだけ様子を見てやってもいいんじゃねーかな、母さん。子供が何かに夢中になるっつーのは、それが例え歴史的な産業廃棄物の製造だろうが、いいことなんだからさ』

 

 あの時、彼は「母さん」なんてふざけた呼び方をしてからかってきた。デリカシーのない冗談だ。

 

 けれど、その後にユウカが背を向けた時の、彼の声。

 

『はん、それがお役所勤めの難儀ってもんだろ。……それに、お前さん。文句ばっか言ってる割には、結構優しいとこがあるじゃねーか』

 

「……っ」

 

 思い出すだけで、心臓が跳ね上がる。耳の裏まで熱くなるのが分かる。

 

 あの人は、見抜いていたのだ。

 

 ユウカが、本気でゲーム開発部を憎んで廃部しようとしているわけではないことを。セミナーの規約という絶対的なルールを守らなければいけない立場でありながら、それでもあの子たちの熱意を完全には踏みにじりたくないという、自分の「甘さ」や「優しさ」を。

 

 ただ一人、あの大人だけが、言葉の裏にあるユウカの苦悩を、優しく肯定してくれた。

 

 だから、嬉しくて、胸がいっぱいになって。

 

 パニックになった結果、自分でも信じられないような言葉が口から飛び出してしまった。

 

『……まさか先生に、こんな可愛くないところを見せてしまうなんて思っていませんでした。けれど、これも生徒会の仕事ですから。……ですから、その。今度はもっと落ち着いた状況で、ゆっくり会いませんか?』

 

「バカ、バカ、私のバカ!! あの状況で何誘ってんのよ、私!!」

 

 ユウカは枕に顔を押し付け、本日何度目か分からない絶叫をあげた。

 

 落ち着いた状況でゆっくり会いませんか、だなんて、そんなの、ミレニアムの生徒たちが聞いたら「セミナーの会計がシャーレの先生をデートに誘った」と大騒ぎになるに決まっている。

 ベッドから跳ね起き、部屋の誰もいない空間に向かってユウカは叫んだ。

 

「……あーあ。本当に、計算が合わない」

 

 ユウカはベッドの縁に腰掛け、小さく息を吐いた。

 

 机の上に置かれた、自分の愛用している電卓を見つめる。

 どんなに複雑な高次方程式も、どんなに膨大な予算の計算も、この電卓を叩けば、必ず明確で美しい「一つの答え」が導き出される。数字は決して裏切らない。条件さえ揃っていれば、数式は常に完璧な解をユウカに提示してくれる。 

 

 なのに。

 

 坂田銀時という変数をその数式に代入した途端、すべての計算式が崩壊する。

 生存確率ゼロの戦場を木刀一本で生き残り、小姑と罵りながら自分の内面の優しさを見抜いてくる。

 

「……なんで素直になれないのかなぁ……」

 

 ユウカは自分のツインテールの毛先を指でくるくると弄びながら、ぽつりと呟いた。

 胸のドキドキは、一向に収まる気配がない。それどころか、次に彼と会う時のことを想像するだけで、頭の中の演算領域がすべて「坂田銀時」という文字列で埋め尽くされてしまいそうになる。

 

 今度は、もっと落ち着いた状況で。

 

 そう、自分は言った。あの男は明確に拒絶はしなかった。

 もし、次に二人きりで会う機会があるとしたら。

 その時は、今日みたいに電卓を武器にして怒鳴り散らすような「可愛くない自分」ではなく、もう少しだけ、普通の、あの人が「可愛い」と思ってくれるような女の子でいられるだろうか。

 

「……って、私、何を考えてるのよ!!」

 

 自分の思考のあまりの暴走ぶりに気づき、ユウカは再び顔を真っ赤にして自分の両頬をパチンと叩いた。

 違う。これはあくまでミレニアムの治安を脅かしかねない規格外の存在に対する、セミナーとしての正当な調査、およびデータ収集のためのアプローチだ。断じて、私情や、ましてや恋心なんていう非合理的な感情によるものではない。

 

「そうよ。私はセミナーの会計、早瀬ユウカ。すべてを正しく管理するのが仕事なんだから……!」

 

 自分に言い聞かせるように、ユウカはぐっと拳を握りしめた。

 

 しかし、その視線は無意識のうちにデスクの上のカレンダーへと向いていた。

 ゲーム開発部に与えた猶予は二週間。ミレニアムプライスの結果が出るその日。

 あの子たちが奇跡を起こすか、あるいは予定通り廃部になるかは分からない。けれど、どちらの結果になろうとも、あの男は必ず、またミレニアムにやってくる。

 

「二週間後……か」

 

 あと、何日。あと、何時間。

 

 秒単位でその瞬間を逆算し始めようとする自分に気づき、ユウカは「あー、もう!」と本日何度目か分からない声をあげて、再びベッドへと倒れ込むのだった。

 

 合理と技術の学園の才女は、たった一人の「アナログな侍」によって植え付けられた、決して解けない感情の数式に、今夜も頭を悩ませ続けてゆく。




ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。

ブルアカにハマったキッカケがユウカなだけあり、当初の構想では常連メンバーとしてユウカが銀さんに付き添うという話の流れも考えてはいました。

しかし物語の構造上、それよりも「縁」というものに重きを置くために普段は銀さんのソロプレイ、物語ごとに協力者と絡んでゆく形となりました。

なんだかんだで銀さんの傍にいるのに相応しいのはあの二人と一匹ですからね。

とは言えいつかは……
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