「────よし、準備完了! これを使ってコントロールしてね」
ミドリがモニターの主電源を入れ、ゲームの起動を確認すると、嬉しそうにアリスへと白いコントローラーを差し出した。それを両手で恭しく受け取ったアリスは、感情の読めない瞳のまま、コントロールスティックの感触やボタンの位置を指先で一つずつ確かめるようにクリックし、正面の画面へと顔を向けた。
「システムログイン完了。……アリス、ゲームを開始します」
銀時も手近なプラスチック製のコンテナへと無造作に腰を掛け、気だるげに画面を眺める。そして手際よくゲームの初期設定を進めるミドリへと素朴な疑問を投げかけた。
「そーいや、お前さん達が作った、その『TSC』だっけか? そいつは一体どんなゲームなんだ? ほら、ジャンルとか世界観とかよ」
「はい! タイトルでもなんとなくわかると思うんですけど、全体的に童話テイストを取り入れた王道ファンタジーものなんです。ほら、よくある『悪の魔王から平和な王国を救え!』みたいな、誰にでも親しみやすい感じの」
「へー、まあ無難ちゃ無難って感じか。王道ってこたぁ、剣と魔法のファンタジー、ドラ○エみてえなノリってわけね」
ミドリの言葉を聞きながら、銀時は膝の上に肘を突いて頬杖をついた。
あの合理主義の塊みたいな電卓女に『産業廃棄物』とまでズタボロに言われていた所以は、おそらくシナリオの内容そのものではなくお粗末なシステム周りやバグの多さからなんだろうなあ……。そんなことをぼんやりと考えつつ、銀時はアリスの手元と、ゲームのオープニング画面を交互に眺めていた。
やがて、ピコーンというどこかレトロな起動音と共に、画面に世界観を説明するプロローグのテキストが映し出される。
『コスモス世紀2354年、人類は業火の炎に包まれた────』
「……???」
画面を見つめていたアリスの動きが、完全にピタリと止まった。
「……なあ。ちょっと待て。お前さん今、ファンタジーものって言ったよな? 剣と魔法の王道ストーリーって言ったよな? なんで開幕早々、コスモス世紀とかいうSF全開な単語が飛び出してきてんの?しかも業火の炎に包まれてんじゃねーか。それ王道ファンタジーじゃなくて、完全に北斗の拳みてえな世紀末の乱世ものじゃねーの?」
間髪入れずにツッコミを炸裂させる銀時に対し、ミドリは特に動じる風でもなく、さも平然とした顔で人差し指を立ててみせた。
「王道とは言っても、最初から最後までお決まりのパターンにこだわりすぎちゃうと、今の時代は古臭くなりすぎちゃうんです。だから、ゲームとしての『新しさ』と『意外性』を求めて、世界観をちょっとだけマッシュアップしたストーリーになってます!」
「マッシュアップの度合いが極端すぎるだろ! 剣と魔法の国に核ミサイルでも撃ち込まれたのか!?」
そうは言いつつとりあえず「これが今時の女子高生のクリエイティビティってやつか」と、強引に自分を納得させた銀時。
気を取り直して改めて画面を見ると、アリスは頭の上のヘイローを少しだけ困惑したように明滅させながらも、淡々とテキストを進めていた。画面には、最初の操作方法を指示するメッセージが表示される。
『チュートリアルを開始します。まずはBボタンを押して武器を装着してみてください』
「Bボタン……。アリス、コマンドを入力します」
アリスは画面の指示通りに、手元のコントローラーの赤いBボタンをぽちりと親指で押し込んだ。
直後。
『ドカーーーーーーーン!!』
スピーカーが音割れするほどの凄まじい大爆発のSEと共に、画面全体が真っ赤な炎のエフェクトで埋め尽くされた。
「は?」
銀時の口から、間の抜けた声が漏れる。
「……???」
アリスはコントローラーを握ったまま、水色の瞳を点滅させてフリーズしている。
画面の爆炎がゆっくりと引いていくと、そこに残されていたのは、粉々に散らばった主人公らしきドット絵の残骸と──画面中央に、血の滴るようなフォントでデカデカと表示された、あまりにも非情な文字列だった。
『GAME OVER』
「!?!?」
アリスの頭の上のヘイローが、これまでにないスピードで激しく点滅する。感情の起伏が乏しいはずの彼女の顔が、目に見えて驚愕に染まっていた。
「ちょっと待てェェェ!? これバグ!? バグだよな!? 流石に初歩的なハッキングバグだと言ってくれ銀さんを安心させてェェェ!!」
コンテナの上でひっくり返りそうになりながら、銀時が絶叫する。しかし、そんな阿鼻叫喚の部室の片隅から、高らかな高笑いが響き渡った。
「あはは! 予想できる展開ほどつまらないものはないよね! ここはBボタンじゃなくて、Aボタンを押さないといけないの!」
学生証の手続きをしてくるって言って出ていったはずのモモイが、いつの間にか戻っていたらしく、部室の隅にあるスチールロッカーの影からひょっこりと現れて大笑いをしていた。
「仕様なのかよぉ!?!? 見ろよ! コイツ完璧にフリーズしてるから!! 武器を持とうとしたら自分の装備が爆発して死ぬ王道ファンタジーがどこにあるんだよ! 映画館で『破』の後に『Q』を見せられた当時の観客らみたいな困惑気味の顔になってるから!!」
「ていうかお姉ちゃん、ヴェリタスに行くって言ってなかったっけ? 随分戻ってくるのが早い気がするんだけど……」
ミドリがキョトン、と首を傾げつつモモイに問いかけると彼女はアリスの隣へとぺたん、と座りつつ口にする。
「いってきたんだけど、もう遅い時間だから部室に誰もいなくてさー。また明日出直すことにしたの! それよりも! アリスが私たちの作ったゲームをしてるって言うんだから、お姉ちゃんとして見届けないわけにはいかないでしょ!」
モモイは自分の空振りを棚に上げ、目を輝かせながらアリスの座る椅子の後ろへと陣取った。
画面は自動的にタイトル画面へと戻り、アリスは点滅させていたヘイローの速度をどうにか落としながら、再び震える指先でコントローラーを握り直す。
「……げ、ゲーム、再開します。……本機の現在のデータベースでは説明不可能な、謎の感情が私の中に発生しています」
「あはは! きっとそれは新しい世界に触れたことへの『興味』とか、この先の展開への『期待』とか、そういうポジティブな感情だよ!」
モモイがアリスの肩をポンポンと叩きながら、全肯定のゲームクリエイター補正の入った解釈を嬉しそうに並べ立てる。
「多分ちげーと思うぞソレ。どちらかってーと『理不尽』とか『憤怒』とか、クソゲーを掴まされたゲーマーが最初に覚える類の一番ドス黒い感情の目覚めだと思うぞ銀さんは」
銀時は頬杖をついたまま、早くもアリスに同情の眼差しを向ける。そんな大人の不信感を他所に、彼女はモモイのアドバイスに従い、今度は慎重に、かつ恐る恐るコントローラーの『Aボタン』を押し込んだ。
『武器を装備しました』
「そ、装備完了しました……」
爆発することなく無事に処理が進んだ画面を見て、アリスはヘイローの明滅を落ち着かせ、小さく安堵の息を漏らす。
「いい感じ! そのまま前に進めば、RPGの花形である『戦闘』が始まるから! 敵を倒してレベルアップよ!」
モモイが我が意を得たりとアリスの椅子の後ろで拳を握る。アリスが恐る恐るスティックを倒し、ドット絵の主人公を前進させると、間髪入れずに不穏な警告音が一瞬だけ部室に鳴り響いた。
『エンカウントが発生しました。野生のプニプニがあらわれた!』
画面に現れたのは、ファンタジーゲームでは定番中の定番である、スライムのような愛らしいブヨブヨしたキャラクター。
「! 緊張、高揚、興味……! 敵対存在の排除を実行します」
初めての戦闘画面に、アリスの水色の瞳が輝く。彼女はコマンド選択画面から、初期スキル「秘剣:つばめ返し」を迷わず選択した。
「秘剣! つばめ────」
『ッダーーーン!!』
アリスがボタンを押し込むのと同時に、スピーカーから鼓膜を揺らすような、あまりにも乾いた、そしてあまりにもリアルな「銃声」が響き渡った。
『攻撃が命中。即死しました』
『GAME OVER』
「!?!?」
画面は暗転し、本日二度目の血の滴るようなフォントがデカデカと表示される。アリスは開いた口が塞がらないといった様子で、コントローラーを握ったまま硬直した。
『プニプニ:どれだけ剣を磨いたところで、我が銃の前では無力……ふっ……』
画面の隅で、勝利ポーズを取る水色のブヨブヨから、ハードボイルドなセリフウィンドウが飛び出す。
「……うーん、やっぱりプニプニが『ふっ……』って格好つけるのは、キャラクターのイメージ的にちょっと不自然だったかなぁ」
モモイが顎に手を当てて、ゲームクリエイターとして実に的外れな反省点を口にする。
「ちょっと待てェェェ!? 剣と魔法の世界どこいった!?!? なんであんな最弱の代名詞みたいなスライムが銃持ってんだよ!? しかもつばめ返し発動する前にマッハの速度で鉛弾ぶち込んできてんじゃねーか!! どんなファンタジーだこれ!!」
コンテナから立ち上がり、画面を指差しながら絶叫する銀時。そんな理不尽極まりないクソゲーの洗礼を受け、アリスは画面の『GAME OVER』の文字を見つめたまま、その瞳の奥に、かつてないほど複雑な光を明滅させていく。
「……し、思考停止。電算処理が追いつきません……!」
アリスは両手でコントローラーをがっしりと握りしめたまま、カチカチと小さな歯車が噛み合わないような声を漏らす。彼女の言う通り、あまりの理不尽なオーバーキルに内部システムが悲鳴を上げているのか、豊かな黒髪の隙間から、気のせいか本当にうっすらと白い湯気が出始めているようだった。
「ほら見ろ! 怒涛の展開にアリスちゃんが完全に困惑してるじゃねーか!! 脳みそがオーバーヒートして頭からお湯沸き始めてんじゃねーか!! ラーメン作れるわ!!」
「あ、アリスちゃん、大丈夫……? 無理そうなら一回電源落とそうか……?」
銀時がコンテナの上でのけぞりながらツッコミを入れ、ミドリが本気で心配そうにアリスの顔を覗き込む。
しかし、アリスの水色の瞳はまだ死んでいなかった。一度限界まで激しく明滅したヘイローが、すうっと静かな光を取り戻していく。
「……リブート、再開します。本機のデータベースへ『プニプニ:遠距離物理属性・即死持ち』として登録完了。今度は敵射程距離把握に努めながら、接近しすぎないようにプニプニを排除します」
二度のゲームオーバーをただの敗北とせず、瞬時に攻略データとして蓄積していくアリスの様子に、モモイの目がこれ以上ないほど爛々と輝きだした。
「そう! まさにそれ! 諦めずに試行錯誤して、答えを見つける! これがレトロゲームのロマンだよ!」
モモイがアリスの背中をバシバシと叩きながら、我が意を得たりと熱弁を振るう。
(……まあ、レトロなゲームって確かにこういう理不尽さあったよな……。最近のグラフィックばかり綺麗な甘やかされたゲームに慣れた奴らの感覚じゃクソゲー呼ばわりされるだろうが……。そういう意味ではちと懐かしい、かも?)
モモイの熱意あるキラキラした眼差し。姉の暴走に呆れつつも、アリスが次にどんな動きを見せるのか、どこか心配そうながらもワクワクしていそうなミドリの表情。
──まだ何も知らなかったあの頃。あの寺子屋に通っていた少年時代。
あの優しく微笑む先生が、どこからか気まぐれに安く買い叩いてきた、どこの馬の骨が作ったかも分からない妙なカラクリゲーム。それを狭い部屋に持ち込んで、自分たち塾生みんなで頭を突き合わせながら、あーでもないこーでもないとギャーギャー喚いてプレイした時のことを、銀時はふと思い出していた。
あの理不尽なゲームに真っ先にキレてコントローラーを投げ捨てようとした高慢ちきな紫頭や、それを必死に宥めながらもこっそり裏技を試そうとしていた生真面目なバカの顔が、目の前の騒がしい双子と黒髪の少女の姿にほんの少しだけ重なる。そして……今の自分がいる位置に先生が微笑ましそうに座っていた。
「……へっ、どこの世界に行っても、子どものやることは変わらねえもんだな」
銀時は懐かしさから口元を少しだけ緩ませると、再び頬杖をつき、楽しげに画面へと挑み続ける三人の背中をぼんやりと眺めていた。
──────────
2時間後。
「……で、電算処理系、及び意思表示システムに致命的なエラーが発生しています……! 脳内データが激しく汚染されています……!」
アリスはコントローラーを持ったまま、魂が抜けかけたような顔でガタガタと震えていた。2時間ぶっ続けで理不尽と怪文書の嵐を浴びせられた彼女のヘイローは、今や不規則に明滅して完全にバグを起こしている。
「頑張ってアリス……! ここを乗り越えれば、待望のクライマックスだよ……!」
モモイがアリスの肩を揺らしながら、なおも熱く激励する。しかし、その横からミドリが般若のような顔で姉の頭にこつん、と拳骨を落とした。
「今のはどう考えても、『草食系』って言葉が思い出せなくて、代わりに『植物人間』ってテキストを打ち込んだお姉ちゃんのせいでしょ!? シナリオが王道から一気にホラーになってるじゃない!」
「だって響きが似てたんだからしょうがないじゃん! 意味合い的にも植物っぽくて大人しい感じだし!」
「 『ごめんなさい、私は植物人間ですので女性に対して気軽に声をかけられません』ってテキストを読んだ途端に、コイツ処理速度が限界迎えて意識失いかけてたもんな」
銀時がよろよろと椅子の背もたれに寄りかかるアリスの頭を、やれやれと大きな手でポンポンと撫でつつ、「だいじょーぶか?」と声を掛ける。アリスはぐるぐると回る水色の瞳をどうにか銀時に向け、掠れた声で疑問をぶちまけた。
「……質問。どうして主人公の母親がメインヒロインで、それでいて実は前世の妻で、さらにどうしてその妻のもとに、子どもの頃に生き別れたきりの腹違いの友人が─────」
「ストップストップ、深く考えるな。それは俺も画面見ながら脳みそ溶けそうになってた。俺はもう、お前らの作ったゲームは考えたら負けだと思ってるから。もう深く考えずに、取り敢えずボタン押してゲーム進めろマジで。これ以上付き合わされたら銀さんのピュアなハートが壊れちゃう」
「エラー発生、エラー発生! 論理的矛盾を検知! 思考がループしています!」
アリスはあまりの混乱とバグの深刻さに、目をギュッと閉じて、壊れたスピーカーのように「エラー」を口にし始める。
「ほら言わんこっちゃねえ!! ピカピカのアンドロイド少女が怪文書のせいで初期不良起こしかけてんじゃねーか!!」
「が、頑張ってアリスちゃん! クライマックスまでもう少しだから! ここを超えれば、一応は感動的なエンディングになる……はずだから!!」
ミドリが焦りながら、壊れかけのパソコンを応援するかのようにアリスのコントローラーを握る手を包み込む。
数秒間、アリスの頭の上のヘイローが激しく火花を散らすように明滅していたが、大きく深呼吸し……ゆっくりと落ち着きを取り戻すと再び画面を見つめる。その目には無機質なものではない、だんだんと熱の灯ったものが宿ったように銀時の目には映った。そしてアリスが口元を僅かに持ち上げ、コントローラを握り直した。
「……リブート、全プロセスを強制回復。ふぅ……これが、ゲーム……──アリス、ゲームを再開します!」
いつもお楽しみいただき、本当にありがとうございます。
ここまではちゃめちゃだとTSCをプレイしたくなりますね。少し懐かしい気分にさせてくれそうです。
これからもよろしくお願いします。