「……そんじゃ、面接の方に入らせていただきますっと。まずは基本のきってことで自己紹介からね」
銀時は部室の隅でコンテナ二つをひっくり返して向かい合わせに座り、手にしたプリントを見ながら気だるげに声をかけた。対面に座るアリスは、借りてきた猫のように背筋をピンと伸ばし、どこか緊張した面持ちで口を開く。
「はい、私の名前はアリス・ザ・ブルーアイ。ドワーフ族の槍騎士で使用武器はガンランス。特技は強壁珠なしでのジャストガード、および──」
「いやだからおめーそれ違ぇって。それお前が昨日からモモイに勧められてやり始めてる最新作のネトゲのアバタープロフィールだから。面接官にそんな情報提示しても『あ、そう。じゃあお引き取りください』で3秒で面接室から叩き出されるからね?」
「あう、すみません……。データを書き換えます。──私の名前はアリスです。ミレニアムサイエンススクールの一年生です。つい最近転校してきたばかりで……右も左も、クエストの受注場所もわかりません」
「そうそう、やればできんじゃねえか。後半ちょっとゲームに引っ張られてっけど及第点。あと面接のコツな、相手の目を見て話すのが緊張するってんなら、喉元とかネクタイの結び目のあたりをぼんやり眺めとけばいいから」
ゲーム開発部の部室の片隅で、そんな奇妙な面接練習を繰り広げている銀時とアリス。ソファーで横になっているモモイは、退屈そうにゲーム機をいじりながら足をパタパタとさせ、ミドリは二人のために冷たいお茶を淹れてトレイで運んできた。
「アリスちゃん、結構上手くいきそうだね。今日の午後に突然ユウカ先輩からの臨時の審査があるって聞いてどうなることかと思ったけど、これならどうにかなりそう」
ミドリがお茶の入ったコップを銀時とアリスの前に置きながら、ホッとしたように微笑む。しかし、モモイはコントローラーを握ったまま、不満げに唇を尖らせた。
「でもさー、先生もちょっと心配しすぎじゃなーい? アリスは可愛いし素直だし、ぶっつけ本番でも結構どうにかなりそうだし! もう後はなるようになれの精神で突撃しちゃえばいいんだよ!」
「そんなわけにゃいかねーでしょーよ。お前あのお堅い算盤女の怖さを分かってねーな? あーゆーガチガチの数字人間はな、こっちが用意した書類の重箱の隅をご丁寧に爪楊枝でつつき回してくるからね。付き合ったら付き合ったで、彼氏のスマホにこっそりGPSの位置表示アプリとか入れて、少しでも繁華街に近付こうもんならマッハで電話入れてくるタイプだからねアイツ。だから念には念を入れて、対策しといた方が安心ってことよ」
銀時はそう偏見混じりの愚痴をこぼしながら、手にしている面接のテンプレ書類をぱたぱたと扇子代わりに弄ぶ。すると、お茶のトレイを胸に抱えたミドリが、少しだけぷく、と頬を膨らませて銀時をジト目で見つめた。
「……先生って、もしかしてそーゆー細かいことをいちいち気にする女の人とお付き合いしたことあるんですか?」
どこか探るような、それでいて少しだけ不機嫌そうなトーンで問いかけるミドリ。モモイもその言葉に反応して、パッとゲーム画面から顔を上げて銀時を凝視する。しかし銀時は全く動じることなく、鼻の頭をポリポリと掻きながら鼻で笑った。
「あるわけねーだろ。銀さんはいつまで経っても気ままな独身貴族だし、これからもそのつもり。ま、貴族っつーか財布の中身が常に大飢饉の貧族だけどね、うん」
あっけらかんと言い放った銀時に対し、ミドリとモモイは一瞬だけお互いに顔を見合わせ、それから少しだけ安堵したような、だけどどこか煮え切らない不思議な表情を浮かべた。
「「……ふうん」」
「おいなんだその息の合った納得してなさそうな生温かい反応。お前ら人のことなんだと思ってんの? 銀さんこれでも結構モテるからね? 江戸にいた頃はそれこそキャバクラとかで──いや何でもねーわ」
「先生がモテるわけないでしょ。普段あんなにだらしないのに、どの層に需要があるっていうのさ」
モモイがソファーの上でゴロンと寝返りを打ち、手元のゲーム画面を見たまま、鼻で笑うようにして言い放つ。その口調はいつもの軽口のようでありながら、どこか銀時の口から「過去の女性の影」が出てくるのを未然にシャットアウトしたがっているようでもあった。
「キャバクラったって所詮はお金のお付き合いでしょうに。マトモな恋愛をしてこなかったって自分で言っているようなものですよ。そんなので威張られても、こっちがなんだか悲しくなるだけです」
ミドリがトレイを胸の前にぎゅっと抱え直し、一段と冷ややかな、だけどどこか拗ねたようなトゲのある視線を銀時に向けた。お金を払わなければ相手をしてもらえないような関係ばかりを挙げる銀時に呆れつつも、どこかホッとしたような複雑な感情がその瞳の奥に揺れている。
「なんでお前ら急にそんな辛辣になるの!? 銀さんガラスのハートだからね一応!! 十代の女子高生に過去のプライベート全否定されて立ち直れるほど、頑丈なメンタル持ってねーから!!」
銀時がこれ見よがしに胸を押さえ、コンテナの上で大袈裟にのけ反ってみせる。
そんな三人の騒がしくもどこか的外れなやり取りを、対面のコンテナの上でじっと観察していたアリス。彼女は小首を傾げながら、昨日から覚えたての言葉を頭の中で一生懸命に組み立て、やがてポンと手を叩いて納得したように水色の瞳を輝かせた。
「……なるほど、わかりました! つまり先生は、女の子の気持ちが全然わからない『朴念仁』という呪いにかかっているんですね!」
「アリスちゃん!?!? どこでそんな不穏な五文字の言葉覚えてきたの!? おい誰だこの純真無垢な子にそんな昼ドラの泥沼愛憎劇みたいな言葉教えたヤツ!! まだ生まれたてのコイツの情操教育に悪いだろーが!!」
頭を抱えて絶叫する銀時を尻目に、ソファーの上でニヤリと悪い笑みを浮かべたモモイが、獲物を見つけたハンターのような目で身を起こした。銀時の必死な慌てようが、彼女たちのいたずら心に完全に火をつけてしまったらしい。
「ほら! そうやってすぐにアリスちゃんを子供扱いして、頭ごなしに怒る感じ! 子どもの扱いに妙に慣れてるじゃん! やっぱり本当は、江戸ってところに奥さんとか子どもとかいるんでしょ! 隠したって無駄なんだからね、このバツイチ子持ち独身偽装おじさん!」
モモイがソファーからガタッと飛び起き、待ってましたとばかりに銀時を指差して、ありもしない妄想を事実のようにまくし立てる。すると、その悪ノリのバトンを素早く受け取ったミドリが、わざとらしく目元をトレイで隠しながら、大袈裟に肩を震わせ始めた。
「ひどい……! 私たちをゲーム開発部ごとたぶらかしておいて、実は本命の家庭があったなんて……。じゃあ今までの優しい言葉も、全部私たちをおもちゃにするためのお遊びだったんですね!?」
「やめろおおおお!?!? どっかの五歳児五人組の紅一点がやるリアルおままごとみたいなドロドロした演技すんじゃねえ! どこでそんな昼下がりの主婦が修羅場迎えるような高度なアドリブ覚えてきたんだよ! ちげーから! 昔、知り合いのところで近所のクソガキどものベビーシッターとか、訳ありの迷子の面倒を嫌々見させられた経験があるだけだから!!」
完全に悲劇のヒロインになりきって涙をすするミドリと、鬼の首を取ったようにニヤニヤしているモモイの二人に、銀時はコンテナから立ち上がって必死に両手を振り回す。キヴォトスの女子高生たちの、あまりにも容赦のない冤罪の連鎖に冷や汗が止まらない。
そんな中、三人の激しい掛け合いをじっと見つめていたアリスが、今度は深刻そうな顔つきで、そっと銀時の服の裾を引っ張った。
「……先生。アリス、また新しい言葉が繋がりました。つまり先生には、世界に公表できない『カクシゴ』という裏のNPCが存在しているのですか?」
「アリス!? マジでそういう物騒な言葉どこで覚えた!? さっきから言葉のチョイスが完全に文○砲のそれなんだよ! 暗黒期のネトゲの裏設定みたいなノリで隠し子の存在を暴こうとすんじゃねェェェェ!!」
段々と悪ノリし始めた双子のコンビネーションに、純粋無垢なアリスまでが引きずられ、部室は完全に銀時を糾弾する謎の裁判所と化していく。無実の罪を着せられそうになっている銀時は、青筋を立てながら必死になってその妄想を否定し続けるのだった。
──────────
そして、約束の午後。
アリスとの面談のために、セミナーの会計たるユウカが「失礼するわね」とゲーム開発部の部室の扉を開けた。しかし、一歩足を踏み入れた途端、彼女はコンテナの上に魂が抜けたように座り込み、げっそりと疲れ果てた表情を浮かべている銀時の姿を見て、思わずギョッとして足を止めた。
「……あの、先生? 大丈夫ですか? なんだか一気に十歳くらい老け込んだような顔になってますけど……」
「……ユウカか。お前、最近の女子高生のネットワークを侮っちゃいけねぇぞ……。あいつら、どこであんな週刊誌のスクープみたいな単語覚えてくるんだろな……。今の十代の精神攻撃力、完全にカンストしてっからね。大人のライフはもうゼロよ……」
「はあ……? 何を言っているのかさっぱり分かりませんけど」
ユウカは心底怪訝そうに首を傾げつつも、すぐに「コホン」と小さく咳払いをして表情を引き締めた。今優先すべきは、先生の戯言に付き合うことではなく、このゲーム開発部に突如として現れた新入部員の素性を確認することだ。ユウカはパッと視線を動かし、室内のコンテナの上で緊張気味に背筋を伸ばしているアリスの方へと顔を向けた。
「……それにしても、正直まだ信じられないわね。あの廃部寸前で、ろくに活動実績もなかったゲーム開発部に、本当に新入部員が入るだなんて」
ユウカが手元の端末の生徒名簿のデータを呼び出しながら、少しだけ信じられないといった様子で呟く。すると、ソファーから身を乗り出したモモイが、勝ち誇ったように親指をビシッと自分に向けた。
「ふふーん! ところがどっこい……っ! これが現実……っ! 圧倒的現実……っ! 私たちのゲーム開発部は、不滅のパーティーなのだーっ!」
「どっかの地下に堕ちた闇賭博の店長みたいな真似はしなくて結構! まったく、相変わらず騒々しいわね……。でも、それにしても、ね」
ユウカはモモイの悪ノリを冷たくあしらいつつ、じっとアリスの姿を見つめる。その整った容姿と、どこかお人形のように整った愛らしい顔立ちに、ユウカはふと表情を少しだけ緩ませ、驚いたように声を漏らした。
「ミレニアムの生徒なら、ほぼ全員のデータと顔を把握している自負があったんだけど……。私が、こんなに可愛い子の存在を今まで知らなかったなんて、ちょっと信じられないというか……。一体どこの学科の所属なのかしら?」
ユウカが純粋に感心したように、アリスの可愛らしさを褒め称える。しかし、その言葉を聞いた瞬間、コンテナの上で死にかけていた銀時が、ハッと片目を開けてミドリたちの方へ大袈裟に両手を広げて見せた。
「お、おいお前ら、聞いたか今の? え、ユウカお前そっち系の趣味だったの? おい三人とも今すぐその算盤女から距離を取れ! 気をつけろよ、これからアリスがどんなコスプレさせられて、どんな調教されるか分かったもんじゃ──」
パァンっ!!
部室の中に、容赦のない乾いた銃声が響き渡った。
銀時の額へと、ユウカが目にも留まらぬ速さで引き抜いた銃から放たれたゴム弾が、寸分の狂いもなくクリーンヒットする。
「なゆたんっ!?」
間抜けな声を上げて、銀時がそのまま後ろのガラクタの山へとひっくり返っていった。
ユウカは冷徹極まりない目でそれを見届けると、ふっ、と自分の愛銃の銃口に優雅に息を吹きかけ、何事もなかったかのようにそれを腰のホルスターへと収めた。そして、アリスに向かって極上の、だけどどこか背筋が凍るようなビジネススマイルを浮かべる。
「……さて。あんな天パの不審な生き物は放っておいて。アリスちゃん、早速面談……しましょっか」
──────────
「……じゃあアリスちゃん。あなたがこのゲーム開発部に来たきっかけはなに?」
ユウカは手に持った端末に視線を落としながら、優しく、だけどセミナーの会計として厳格なトーンで問いかけた。
今回の臨時の面談の目的は、この新入部員が本当に自分の意思でゲーム開発部への入部を望んでいるのかを見極めることだ。廃部を免れたいモモイたちに、口裏を合わせるよう脅されて無理やり連れてこられた「サクラ」ではないか──その疑念を晴らすための確認だった。
対するアリスは、銀時に教えられた通りにユウカのネクタイの結び目のあたりをじっと見つめ、一呼吸置いてから淀みなくハキハキとした声で答えた。
「はい! ここで作られた『テイルズ・サーガ・クロニクル』、略してTSCの持つ魅力的なゲーム性に心を奪われて、私もその素晴らしい世界を作ることに携わりたいと思ったからです!」
「(おおっ……! す、凄い! ちゃんとまともっていうか、めちゃくちゃそれっぽい面接ができてる……!?)」
「(昨日まで『世界を祝福する』とか言ってたのに……! 先生との面接練習の成果が、バッチリ本番で出てるのかも……!?)」
アリスの口から飛び出した、驚くほど自発的で理路整然とした「模範解答」を前にして、ソファーの陰に隠れていたモモイとミドリが感動のあまり目を輝かせ、肩を寄せ合ってヒソヒソと興奮気味に囁き合う。
一方のユウカも、モモイたちに形骸的に名前だけを貸しているような態度ではないことに少しだけ目を丸くし、アリスの真意を探るように言葉を重ねた。
「へえ、あのゲームをもうやったことがあるのね……。ふふ、あんなメチャクチャなゲームでも、そうやって自分の意思で魅力を感じて、ここに居たいと思ったのは、素直に凄いことだと思うわ。……じゃあ、ゲーム開発に参加するとのことだけど、アリスちゃんは具体的に何を担当するの? あなた自身の言葉で教えてくれるかしら」
「はい! 私が担当するのはテストプレイヤー、いわゆるデバッガーです! 私は速読が非常に得意なので、画面にテキストが出力された直後に、ウエイトを挟むことなく次のテキストへと移ることができます! これにより、膨大なシナリオのテストプレイにかかる時間を大幅に短縮し、開発全体の時短に役立てることができます! 私は自分の力で、この部室の皆さんの力になりたいのです!」
「へえ……。なるほど、速読による効率的なデバッグ作業、ね……」
ユウカはアリスの真っ直ぐな瞳と、淀みのない言葉の中に込められた「この部で活動したい」という強い意志を感じ取り、フムフムと納得したように頷きながら端末のメモへと文字を打ち込んでいく。アリスが嘘は一切つかずに、自らのアンドロイドとしての特性を、見事に現代のIT用語へと変換して「自分の望み」をアピールした瞬間だった。
「(これは……いける! いけるよミドリ! ユウカ先輩の冷徹なハートを完全にキャッチしてる!!)」
モモイがこれなら「無理やり引き入れた幽霊部員」だなんて難癖はつけられないと勝利を確信し、ぐっと拳を握りしめて隣のミドリの肩を揺さぶる。部室の空気は、完全にゲーム開発部側のペースへと傾きつつあった。
──────────
「……ありがとう、アリスちゃん。短い時間だったけれど、あなたのことは大体わかったわ」
ユウカは手元の端末の画面を閉じると、アリスに向かって柔らかく微笑みかけた。その声音には、最初の疑り深さはもう微塵も残っていない。
その様子を見たモモイが、待ってましたとばかりにソファーから飛び起き、鼻の頭をふんすと高く鳴らした。
「ふふん! これで文句はないでしょ、ユウカ! アリスちゃんはどこからどう見ても、立派なウチの部い……」
「ええ、本当に立派な志望動機だったわ。──まさか、こんなにも完璧に面接の『練習』をして、想定問答集を叩き込んできているなんて思ってもみなかったけれど。……ねえ、先生?」
ユウカがジト目に切り替え、すっと視線を向けた先。そこには、ゴム弾を食らってひっくり返った弾みで、スチールロッカーの隙間に頭から綺麗に挟まっていた銀時の姿があった。
声を掛けられた銀時は、フンギィィと変な声を漏らしながらゆっくりとロッカーから頭を引き抜くと、ちっと盛大に舌打ちをしつつ、首の裏をぽりぽりと掻いた。
「……面接練習なんざ今時珍しくもねーだろ。この就職氷河期だか大航海時代だか知らねぇ世の中で、何の対策もせずに面接に突っ込むとか、何の拷問ですかってんだ。銀さんはな、純粋な子供が重箱の隅をつつかれて泣き寝入りする姿を見たくなかっただけの善良なボランティア精神の塊なワケよ」
「まあ、事前の準備が大切なのは認めます……けど。……それにしても、何であなたがこんなことにまで長けているんだか……。本当に、普段の私生活からは想像もつかないわね」
ユウカが呆れたようにため息をつく。すると銀時は、懐に片手を突っ込んで、どこか遠い目をしながらフッと鼻で笑った。
「伊達に万事屋の看板背負って生きてねーんでね。不景気の荒波の中で自分を売り込むにしろ、偏屈な依頼人の懐に潜り込むにしろ、相手の目線とニーズを読んでそれっぽいハッタリをかますってのは、生き残るために最も大切なスキルなワケよ」
「はいはい、そういうことにしておくわ」
ユウカはそこで一度言葉を区切ると、改めてアリス、そしてモモイとミドリの顔を順番に見つめた。そして、少しだけ誇らしげに胸を張る。
「……取り敢えず! 彼女がゲームが好きだってことと、開発に本気で携わりたいってこと。それから──仲間と一緒に何かをやり遂げるストーリーが大好きだってことは、よくわかりました。これだけ真っ直ぐな熱意を持っているアリスちゃんがゲーム開発部にいるのは、何一つ不思議なことじゃないわね」
「て、てことは……!」
ミドリが祈るように胸の前で両手を組み、期待に満ちた目でユウカを見つめる。ユウカは端末を小脇に抱え直すと、晴れやかな笑顔で告げた。
「おめでとう。ゲーム開発部、必要最低限の規定人数を満たしたことを確認しました。よって、セミナー会計の権限を以て、ゲーム開発部を正式な部活としてここに認定します!」
「「やったあ──────っ!!」」
部室の屋根(エンジニア部)ではなく、ゲーム開発部の天井が抜けるかと思うほどの、モモイとミドリの歓喜の絶叫が響き渡った。二人はお互いの手を執り合って跳びはね、アリスもそれを見て「パンパカパーン! ミッションコンプリートです!」と両手を上げて大喜びしている。
そんな少女たちの狂喜乱舞の真ん中で、銀時は「へいへい、よかったねぇ」と、耳の穴をほじりながら、どこか嬉しそうに口元を緩ませるのだった……が。
「……ただし、今学期まではね」
ユウカは歓喜に沸く双子の声を遮るようにして、人差し指をぴっと立て、現実を突きつける冷徹なトーンで付け加えた。
一瞬で部室の空気が凍りつき、跳びはねていたモモイとミドリの動きがピタッと止まる。
「……え?」
「な、な、なんで!? 正式な部活として認めてくれたんじゃないの!?」
ミドリが真っ青な顔でユウカに詰め寄る。ユウカは小脇に抱えた端末の画面を再びスマートに立ち上げると、お役所仕事の冷徹さで淡々と説明を始めた。
「あら、この前の部長会議で正式に決定したことなんだけど。ミレニアムの全ての部活は、その存続のために『部活としての明確な成果』を証明しなくちゃいけなくなったの。もちろん、最近決まったばかりの特例だから、今月中という猶予期間はあるけれど……もしこれといった功績が残せなければ、来学期には自動的に廃部手続きに移行することになります」
「おいおいおいおい! 流石にそりゃねーだろ!?アレか!? どこの世界に行ってもお堅い進学校みてえに功績のない部活への目が厳しいとか、そういうアホみたいな査定システムが導入されてんの!? せっかく新入部員ができたっつーのに!」
銀時がガバッとコンテナから身を乗り出し、ユウカに抗議の声を上げる。しかし、ユウカは瞳を冷たく光らせると、銀時の言葉を鼻で笑い飛ばした。
「あなたみたいな、学生時代にろくに計画も立てず、そのまま大人になって定職にも就かないようなちゃらんぽらんフリーターな人生を子ども達に歩ませないための当然の処置ですが?」
ドゴォォォン!! と、銀時の背後に目に見えない雷が落ちた。
あまりにも、あまりにも鋭利で容赦のない、全うな正論。その言葉は江戸で長年「万事屋」という名の自由業を営み、家賃を滞納し続けてきた銀時の胸の古傷に最悪の角度で深々と突き刺さった。
「う、うぐっ……! お、俺の痛いところ……一ミリのオブラートも包まずに……ダイレクトに刺してきやがった……」
銀時はガクガクと膝を震わせると、そのまま床に両手と両膝をつき、完璧な絶望の四つん這い姿勢のまま、真っ白に燃え尽きてピクリとも動かなくなった。
「やめたげてよぉ!! 先生のライフはもうさっきの面接練習の冤罪からずっとゼロなんだから!! これ以上殴ったら消滅しちゃう!!」
モモイが四つん這いで灰になっている銀時の前に立ちはだかり、涙目で必死に庇うように両手を広げた。
「と、に、か、く! モモイ、あなた自分の口で言ったわよね? 次の『ミレニアム・プライス』で入賞してみせるって」
ユウカは四つん這いで灰になっている銀時と、それを庇うモモイを冷ややかな目で見下ろしながら、胸の前で腕を組んでビシッと言い放った。
「うぐっ……!」
痛いところを突かれたモモイが、言葉に詰まって思わず短い悲鳴を漏らす。ユウカはその反応に満足したように小さく鼻を鳴らすと、端末をパチンと閉じて腰のポーチへと収めた。
「言い訳は聞かないわよ。これでもう規定人数の言い訳は通用しなくなったんだし、部員も無事に増えたことだもの。コンテスト当日、セミナーの会計として、あなたたちの素晴らしい『成果』を期待してるわ。……じゃあね」
ユウカはそれだけ告げると、ヒラヒラと片手を振りながら、ヒールの音をカツカツと響かせて軽やかな足取りで廊下へと出て行った。
パタン、と無情な音を立てて扉が閉じられる。
その瞬間、それまで恐怖で固まっていたモモイが、バネが弾けたように勢いよくソファーから飛び起き、閉じられたドアに向かって全力で拳を振り回した。
「鬼! 悪魔! 杓子定規! 冷血計算ドリル!! もおおおおおおおっ!! なんなのさアイツ、いっつもいっつも美味しいところで現れて冷水ぶっかけていきやがって──ーっ!!」
そこへ、ガチャリと静かにスチールロッカーの扉が開き、中でのっそりと丸まっていたゲーム開発部の部長──ユズが、小刻みに震えながら姿を現した。その瞳には、今にも零れ落ちそうな涙が浮かんでいる。
「ごめん、なさい……っ。わたしが……わたしのせいで、ちゃんと部長会議に参加できてなかったせいで……みんなに迷惑を……っ」
「ゆ、ユズちゃんのせいじゃないよ! こういう臨時の会議の時って、いざとなったらお姉ちゃんが代わりに代理として出るってことになってたんだし……。……って、そういえば。その部長会議の日、お姉ちゃん一体何してたの?」
ミドリが優しくユズを宥め、それから何かに気づいたように冷ややかな視線をモモイへと向けた。
ミドリにそう声を掛けられた途端、モモイの体がびくん、と分かりやすく恐怖で跳ね上がる。モモイは引きつった笑みを浮かべ、ロボットのようになめらかさを欠いた動きでゆっくりとミドリの方を振り返った。
「そ、その……ね? ミドリちゃん、聞いてよ。ちょうどその時間、私が命をかけてる神ネトゲの、年に一度の『限定レアドロップ率二倍キャンペーン』の真っ最中でさ……。ボスをあと百体倒さなきゃいけなくて……あは、あははは……」
「もおおおお! お姉ちゃんのバカ!! 完全に自業自得じゃないの!! ──はぁ、でも、文句を言っても始まらないよね。こうなったらもう、やるしかないじゃん。ミレニアム中の強豪サークルがその技術の粋を競い合う『ミレニアム・プライス』で、ユウカ先輩を黙らせるような、最高のゲームを作って入賞を狙うしか……!」
「ミドリは簡単に言うけどさー! 審査員を驚かせるようなゲームを作るってことは、結局G.bibleが必要になるってことでしょ!? ってことは、またあの不気味で危険な、警備ロボがうじゃうじゃいる廃墟に行かないとダメじゃん! やだなあ……。あそこ、暗いし怖いし、もう二度と近づきたくないよぉ……」
モモイがソファーに突っ伏して本気で嫌そうに頭を抱える。
すると、その横でずっと俯いていたユズが、ジャージの袖をぎゅっと握りしめ、覚悟を決めたように顔を上げた。
「……わたしが、責任をとる。またあの廃墟に行くっていうなら、今度はわたしも、一緒に行く……!」
「ええっ!? でもユズちゃん、あなた半年近くこの部室のロッカーから一歩も外に出てないのに、いきなり廃墟なんて大丈夫なの……!?」
ミドリが驚愕の声を上げる。ユズは顔を真っ赤にしながらも、その瞳には確かに強い光を宿していた。
「元々は、わたしが部長としての仕事を放棄したのが原因だし……。それに、この部室は、もうわたし一人だけのものじゃないから……。アリスちゃんも、先生も来てくれて……みんなで過ごす大切な場所だから。……わたしも、一緒に守りたいの」
その健気な部長の決意に、部室が温かい空気に包まれる。そんな中、アリスがパンパカパーン! と軽快なファンファーレの効果音を口ずさみながら、ユズの隣へトコトコと歩み寄った。
「パンパカパーン! ユズが呪われたロッカーから解放され、正式にパーティーへと合流しました!」
「……うん、そうだね! ぐちぐち悩んでても始まらないや! 行こう、みんなで最高のゲームを作りに、あの廃墟へ!」
モモイがいつもの調子を取り戻して拳を天高く突き上げ、ミドリも「うん!」と力強く頷いた。
だが、作戦会議を始めようとしたところで、ミドリがふと足元に目を落とし、やれやれといった様子で苦笑いを浮かべた。
「……あ、でも、作戦を立てる前に……まずはあの先生をどうにかして宥めないとね」
……と、四人が一斉に部屋の隅を振り返る。
そこには、ユウカの放った無慈悲な正論の精神的ダメージから未だに立ち直れず、四つん這いの姿勢のまま完全に真っ白な灰と化してピクリとも動かない銀時の姿があった。
そのあまりにも情けない姿を見つめながら、双子は揃って深いため息をつき、アリスは不思議そうに首を傾げ、ユズは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべるのだった。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
面接と言えば高校時代、就職先が少し特殊だったので面接練習に当たってくれた生徒指導の先生から圧迫面接をされたのはいい思い出です。