ちなみに焼き芋は田舎で軽トラの上で焼かれてる石焼き芋が一番美味しいです。
薄暗い室内に、幾つもの大型コンピュータやマルチモニターが所狭しと並び、怪しげな青白い光を放っているヴェリタスの部室。
無数の電子機器の動作音だけが静かに響くその部屋で、ヴェリタスの一員であるハレは、キーボードから手を離してデスクの椅子をくるりと回転させた。そして、目の前で固唾を呑んで結果を待っていたゲーム開発部の面々へと視線を向ける。
「……頼まれてた『データ』について、解析の結果が出たよ」
ハレが淡々と、だけどどこか重苦しいトーンで告げた。その表情から何かを察したのか、ミドリは胸の前で両手をぎゅっと握りしめる。
「い、いよいよ……! ついにあのパスワードが……!」
「どきどき……! ボス戦のドロップアイテムを確認する瞬間の緊張感です……!」
ミドリとアリスが息を呑み、ハレの次の言葉を待つ。ハレは首の後ろに手を回して少しだけ言いにくそうに視線を泳がせた後、もう一度ゲーム開発部の四人、そして後ろで興味なさそうに耳をほじっている銀時を順番に見据えた。
「知っての通り、我々ヴェリタスはキヴォトス最高のハッキング集団だと自負している。システムやデータの復旧、プロテクトの解除についてはそれこそ数えきれないほど対処してきた……その前提の上で、単刀直入に言うね」
「ごくり……」
ユズが緊張のあまり、息が詰まったような小さな音を喉で鳴らす。ハレはすうっと息を吸い込み、人差し指をまっすぐモモイへと向けた。
「モモイ、あなたのゲームガールアドバンスSPの消去されたゲームのセーブデータを復旧させるのは、ハッキングとかそういう次元じゃなくて物理的に100%無理」
「うそだどんどこど──ーん!!」
モモイが頭を抱えてその場にのけ反り、部室の天井に向かって絶望の絶叫を響かせた。あまりのショックの大きさに床へと崩れ落ちるモモイの姿を見て、ミドリが慌ててハレに向かって身を乗り出す。
「そっちじゃないでしょ!? 私たちが本当にお願いしたかったのは、その消えたゲームじゃなくて『G.bible』のパスワードの解除の方だよ! そっちはどうなったのさ!?」
すると、ヘッドホンを首にかけたコタマが、水出しコーヒーのグラスを片手にモニターを見つめながら静かに口を開いた。
「そちらの本命の方でしたら、今まさに奥でマキが対応中ですよ。結構手強そうな暗号みたいで、かなり楽しそうにキーボードを叩いていましたから」
「マキちゃんが?」
ミドリが不思議そうに首を傾げた、その時だった。
部室の大部分を占拠している大型コンピュータの、複雑な配線が剥き出しになった裏側から、スプレー缶を弄びながらマキがひょっこりと顔を出した。
「あ、おっはようミド! 来てくれたんだね、ありがとー!」
マキはいつもの調子で明るく手を振るが、そんな緊迫した状況とは全く別の世界線で、モモイは部屋の隅っこで完全に体育座りになり、メソメソと情けない声を上げて泣いていた。
「うう……私の、私のン百時間注ぎ込んだ涙と汗の結晶のセーブデータがぁ……一瞬で藻屑にぃぃ……」
「あー……おい、ほら、そんな泣くんじゃねーって、な? 気持ちはすげーわかるから。俺もな、昔『大地のカーリィ』を久々に起動したら『0% 0% 0%』っていうあの絶望の数字の並びを見た時はマジで3日寝込んだから」
「うう、せんせぇ……」
そんなモモイの背中を、銀時が珍しく気の毒そうな顔をしながら大きな手で優しくポンポンと撫でてやる。すると、モモイは泣きじゃくりながらも、安心感を求めるようにさりげなく銀時の手に自分の頭をすり寄せ、甘えるようにすりすりと擦り寄った。
だがその光景を見た途端、隣にいたミドリの眉間がピキッと跳ね上がる。ミドリは少しだけ頬をぷくーっと膨らませると、モモイの襟首を後ろからガシッと掴んで強引に銀時から引き離した。
「もう、お姉ちゃんシャンとして、シャンと! いつまでも擦り寄ってないの! ──コホン。それで、マキちゃん。肝心の『G.bible』のプロテクトのほうはどうだったの?」
ミドリは少しだけツンとした態度でモモイを軽く牽制しつつ、話を本題へと戻すためにマキへと向き直る。
「うん、ちゃんと分析できたよ。アレはかの伝説のゲーム開発者が作った神ゲーマニュアル、『G.bible』で間違いないね」
マキはデスクに肘をつき、手元の端末の画面をミドリたちの方へと向けながら親指を立てた。
その言葉を聞いた瞬間、ミドリの表情が一気にパッと明るくなる。
「や、やった! やっぱりそうなんだ!!」
「うん、作成日やファイル形式、データに付随してるIPアドレスを細かく調べてみても確実。レプリカや偽物なんかじゃなくて、正真正銘のオリジナルであるのも確定だよ」
「す、すごい……! 本当に本物だったんだ……!」
ミドリと、いつの間にか涙を拭って復活していたモモイが、お互いに手を取り合って喜びを爆発させる。しかし、マキはそこで少しだけ困ったように眉を下げ、ふぅと小さくため息をついた。
「でもさー、ちょっと大きな問題があってさ……。肝心のパスワードの解析が、どうしてもできないんだよね。あはは、ほら、あたしらって基本はホワイトハッカーではないからさ……。でも、まぁ、中身を見る方法が全くないわけじゃないんだけどね」
「えっ!? じゃあ、その方法ってなんなのさ!? じらさないで教えてよマキちゃん!」
モモイがデスクに身を乗り出し、マキの顔を覗き込む。マキは人差し指でトントンとキーボードを叩きながら、不敵な笑みを浮かべた。
「プロテクトがかかってるセキュリティファイル以外の部分を、外側からまとめて全部丸ごと複製しちゃうっていうパワープレイならできなくはないかも。『鏡』っていう、ちょっと特殊なソフトを使ってね」
「じゃあその鏡ってやつを使ってよ!」
ミドリが期待に満ちた目で促すが、マキは「それがさぁ……」と大袈裟に両手を広げて肩をすくめてみせた。
「……それが、今手元にないんだよね。この前、生徒会に押収されちゃったの! もーっ、ユウカのやつ、本当にケチなんだから!」
「『不法な用途に繋がる可能性のある機器は一律禁止!』と怒鳴られて、私の盗聴器もまとめて持って行かれてしまいました……」
コタマがヘッドセットの位置を調整しながら、いつもの淡々とした調子で、しかしどこか不満げに付け加えた。それを聞いたミドリは、顔を引きつらせながらマキとコタマを交互に見つめる。
「ええ……。その『鏡』って、そんなに危険なツールなの? セミナーが目を光らせて没収するくらいなんて……」
「いえ、ツール自体に破壊的な危険性があるわけではないんですけど……アレは世界にたった一つしか存在しない、非常に稀少なツールなんです。私たちヴェリタスの部長が直々に制作した特製品でして……」
「部長って……あの、ヒマリ先輩?」
ミドリがその名前に心当たりがあるようで、納得したように声を上げた。すると、その横で会話をじっと聞いていたアリスが、不思議そうに小首を傾げる。
「ヒマリ……? どなたですか? 新しいユニークNPCの登場ですか?」
「ああ、アリスちゃん……それと先生はまだ会ったことないよね。ヴェリタスの部長さんで、ちょっと身体が弱いから、いつも特製の車椅子に乗っている人なんだ。見かけたらすぐに分かると思うよ」
ミドリが説明すると、後ろでパイプ椅子にだらしなく座り、スマホの画面を眺めていた銀時が「ふーん」と鼻を鳴らした。
「へぇ、そんな世界に一つだけのツールを作るくらいだし、相当すげー奴なんだろな、そのヒマリってのは」
「はい、身体的なハンデはあるけれど、あの人は本物の天才なんです。ミレニアムでも最高峰の頭脳にしか与えられない『全知』って学位を貰えてるくらいで。だから、身体のことであの人を軽視したり、侮ったりするような人はミレニアムには一人もいません」
ミドリが尊敬の念を込めて語る。しかし、話を聞いていたモモイは、腕を組んでふむと眉をひそめた。
「けどさ、そんな凄いヒマリ先輩の作品がなんでまたセミナーに押収されちゃうようなことになったわけ? マキちゃんがまた何か派手なクラッキングでもやらかしたの?」
「……いえ、私はただ、先生のスマホのメッセージ履歴や通信ログを二十四時間リアルタイムで確認したくて、そのためのバックドアを構築するのに『鏡』の複製機能が必要だっただけなんですけどね……。不純な意図は全くありません、純粋な好奇心と情報収集の観点からです」
コタマが何でもないことのように、眼鏡の奥の目を瞬かせながら淡々と言い放った。
「待て待て待て待て! え!? 俺の!? 今サラッと俺のスマホっつったよなお前!? 特大の不純じゃねーか!! 完全に一線越えてんだろ! 文○砲どころの騒ぎじゃねーぞ、ただのストーカーのサイバー犯罪だよ!!」
銀時がガタッとパイプ椅子から立ち上がり、自分のポケットのスマホをぎゅっと押さえつけながら絶叫した。キヴォトスの女子高生たちの、あまりにもナチュラルにプライバシーを侵害してくるIT技術の高さに、銀時は本気で鳥肌が止まらなくなる。
「ちょっと待って、コタマ先輩。不純な意図はないって言ったけど……」
モモイが泥棒猫でも見るかのような目を向けて、コタマとの距離を一気に詰めた。さっきまでセーブデータを失って泣いていた悲劇のヒロインの姿はどこにもない。その瞳には、ゲームの隠し要素を見つけた時以上の爛々とした好奇心が宿っていた。
「先生のスマホを覗いて、一体何を見ようとしてたわけ!? 通信ログってことは、誰とどんなメッセージをやり取りしてるかチェックしようとしたってことでしょ!?」
「ええ、まさにその通りです」
詰め寄るモモイに対し、コタマは表情一つ変えずに淡々と頷いた。
「先生の日々の行動、および交友関係のビッグデータを集積することは極めて重要なファクターです。例えば、どんな生徒から、どんな時間にどのような『お悩み相談』が送られてきているのか。それらを網羅的に把握し、先生の『生活音』と同期させることで、より立体的な先生のプロファイリングが可能になるかと」
「それプロファイリングじゃなくてただのストーカーの行動方針!!」
銀時がすかさずツッコミを入れ、自分のスマホをポケットのさらに奥深くへと押し込んだ。
しかし、コタマの弁明を聞いていたミドリは、どこか複雑な表情で顎に手を当てていた。ジト目で銀時を睨み据えつつ、その耳はコタマの言葉をこれっぽっちも聞き逃すまいと集中している。
「……ねえ、コタマ先輩。その、先生のスマホのログって……やっぱり、他の学校の生徒からのメッセージとかも、たくさん入ってたの?」
「え? ミド、気になるの?」
マキがニヤニヤしながら横から顔を覗き込んできた。ミドリは一瞬で顔を真っ赤にし、「べ、別にそういうわけじゃ!」と両手をブンブンと振って否定する。
「ただ! その、先生なんだから、変な悪い女の人に騙されてたりしたら大変でしょ!? だから、どんな人と連絡を取ってるのかなって、ちょっと、ほんのちょっとだけ興味があるだけで……!」
「ミドリ、お前それ完全に浮気を疑う本妻のセリフだからな。銀さんまだ誰とも籍入れてねーから! 騙されるほどのお金も持ってねーから!」
「先生はちょっと黙っててください! ──で、コタマ先輩。実際、何か怪しいメッセージの痕跡とかはあったんですか!?」
ミドリがぐいっとコタマに顔を近づけると、モモイも「そうだよ、そこんとこ詳しく!」と便乗してモニターを覗き込もうとする。二人の熱量に押されるようにして、コタマは眼鏡のブリッジを指で少しだけ押し上げた。
「……残念ながら、実行前にセミナーに『鏡』を押収されたため、核心的なログの同期には至っていません」
コタマの言葉にモモイとミドリは「なーんだ」と一気に肩を落とし、ミドリはポツリと呟く。
「……やっぱり怪しい虫がつかないように、先生のスマホは定期的にチェックした方がいいかもね」
「おい!! サラッと恐ろしい検閲制度を導入しようとするな!! 」
銀時が全力で叫ぶが、ヴェリタスの面々はそんな大人の魂の叫びを完全にスルーしていた。マキが頭の後ろで両手を組み、天井を見上げながら焦ったように声を上げる。
「そんなことよりも! アレが押収されたのがヒマリ先輩にバレたら、あたしたち超──ー怒られちゃうんだけど!!」
「そんなことよりもってなんだお前!! 俺の、一人の男としてのプライベート保護はどうでもいいってか!? 」
「……とにかく」
銀時の怒号を美しいスルー技術で受け流し、ハレがコーヒーの缶を机に置きながら話を本筋へと戻した。
「私たちは『鏡』を取り戻したい。そして、あなたたちゲーム開発部も『G.bible』のパスワードをバイパスするために、その『鏡』が必要……そうでしょ?」
「なるほどね……! なんで急にここに呼び出されたのか最初わからなかったけど、そういうことだったんだ!」
モモイがぽんと手を叩き、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「……え、てことはもしかして……」
ミドリが少し引きつった笑みを浮かべながら、マキの顔を見た。
「そう! さすがモモは話が早いね! ──というわけで、ゲーム開発部のみんな! 私たちと合同で、セミナーからの『鏡』奪還作戦に参加して欲しいんだ!」
マキがノリノリで提案する。
だが、そのお祭り騒ぎのような空気に、銀時だけが全力でストップをかけるように両手をバタつかせた。
「待て待て待て、ちょっと待て。言っとくけどな、俺はそんな危ねぇ橋に乗るつもりは毛頭ねぇからな!! 俺のプライベートを覗こうとしたツールだぞ!? むしろセミナーに永久に封印されといた方が──」
「……あれ? 先生、今なんて言いました?」
言いかけた銀時の言葉を遮るように、モモイが、ミドリが、そしてマキとハレ、果てはコタマまでもが、一斉にギロリと冷たい視線を銀時へと向けた。
アリスが不思議そうに首を傾げ、ユズが「ひえっ……」と身を縮める中、残りのメンバーの目が完全に据わっている。
「先生……まさか、私たちの部の危機を前にして、自分一人のスマホのプライバシーを優先するわけじゃないよね……?」
「そうですよ、先生。ここで協力してくれないってことは……他校の女の子との『怪しいログ』を、どうしても私たちに見られたくない理由があるって、邪推しちゃいますよ?」
「えー、先生ってばそんなにやましいことあんの? だったらあたしが今から先生のスマホ、直接ハッキングしちゃおうか?」
「ツールが戻らなければ、私はよりアナログな手段……例えば先生の衣服に直接、超小型の物理盗聴器を埋め込むプランへと移行せざるを得ません」
逃げ道のない、四方八方からの高圧的な眼差しと強引な押しの言葉の集中砲火。女子高生たちの精神的圧力を一身に浴びた銀時は、じっとりと冷や汗を流しながら、ゆっくりと両手を挙げた。
「……分かりました、分かりましたよ。行けばいいんだろ、行けば。お前ら本当、可愛い顔してやってることが完全に闇組織のそれなんだよな……」
銀時はガックリと肩を落とし大きくため息をつくのだった。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
銀さんのスマホのログは生徒からのメッセージ以外に、パチンコ店のサイトやいかがわしいサイトのログなどがありそうですよね。
これからもよろしくお願いします。