「……取り敢えずだ。その『鏡』っつーモンが保管されてんのはミレニアム生徒会のフロア。そこを襲って力ずくで奪還っつー……。あり? 俺、この前から何かしらの施設に襲撃してばっかりな気がするんだけど気のせい? やってること完全にテロ組織の構成員か指名手配犯のそれな記憶しかねーんだけど」
あまりにも物騒な「奪還作戦」の前提に銀時は盛大なため息を漏らした。ついこの間、銀行強盗したり、PMCの基地に殴り込んだりしてきたばかりだというのに、今度は一学園の最高権力機関へのカチコミである。
「……先生も色々と苦労してるんだね……まぁ、それは置いといて。そう、生徒会フロアの一角にある『差押品収集室』。そこに没収された鏡が保管されている。けど、そこに行くには大きな問題があって……」
ハレが缶コーヒーを飲み干し、デスクのモニターにセミナーのフロアマップを展開しながら深刻な顔で言った。
「問題? どんな問題があるのさ? 私たちのゲーム開発部とヴェリタスの合同パーティーに死角はないよ!」
モモイがソファーの上で胸を張るが、マキが苦々しい表情でその勢いを遮るように口を開いた。
「……現在、その生徒会から依頼されて、差押品収集室を含めた全体の警備を受け持っているのが、あの『メイド部』なんだよね……」
「メイドが警備? サイバーだのハイテクだの謳ってる学園のくせに、随分とクラシックな奴らが警備してんだな。なんだ、お帰りなさいませご主人様っつって、萌え萌えキュンとか言いながらオムライスにケチャップでハート描いてるような連中が、警棒でも持って通路に立ってんのか? ソイツらってそんなに強えの?」
銀時が拍子抜けしたように鼻をほじりながら尋ねる。お給仕服を着た大人の女性が警備員をしている光景を想像して鼻で笑う銀時だったが、モモイはいつになく真剣な、どこか恐怖すら混じった顔で首を横に振った。
「そっか、先生はまだあの人たちを知らないんだね……。あれはメイドの皮を被った、ただの歩く弾薬庫なんだから!」
「ミレニアムサイエンススクール、メイド部『Cleaning & Clearing』、通称──C&C」
ミドリがモニターの前に進み出ると、画面を操作して4人の少女たちの写真を映し出した。
「一見すればメイドの服装をした人達ですが、その実態はミレニアム最強の特務機関。学園の様々な脅威を裏で密かに処理する、いわば公式の『掃除屋』さんなんです。リーダーのネル先輩を筆頭に、メンバー全員が規格外の戦闘力を持っていて、戦術、銃撃戦、隠密行動、全てにおいてプロフェッショナル。あの人達が本気で防衛してるフロアを正面から突破するなんて、普通なら自殺行為に等しいレベルなんですよね……」
ミドリがモニターに映るC&Cの面々の写真を指差しながら、懇切丁寧にその脅威を説明する。しかし、説明を受けた銀時は緊張するどころか、相変わらずパイプ椅子にふんぞり返ったまま、あくび混じりに首の後ろをぽりぽりと掻いた。
「……可愛い顔した女がガチガチに強えなんてのは、もう珍しくなくなっちまったなあ。お前らだって十分に顔面偏差値高え方だし」
銀時はパイプ椅子にふんぞり返ったまま、相変わらず死んだ魚の目でしれっと言い放った。本人からしたら気楽に思ったままを口にしたに過ぎないもの。
──だが、その言葉が部室に落ちた瞬間。
ヴェリタスの薄暗い部屋の空気が、先ほどとは全く違うベクトルでピキィィィンと凍りついた。
「「「「「「…………」」」」」」
モモイ、ミドリ、ユズ、マキ、ハレ、コタマの顔が、一斉に無言のままサッと赤く染まる。
本人が鼻をほじりながら完全無自覚に言っているからこそ、裏のない純粋な「可愛い」という言葉の破壊力が、少女たちの胸のド真ん中にストレートにクリーンヒットしてしまったのだ。
あまりの恥ずかしさとデリカシーの無さに、室内のアリス以外の女子たちが一斉に冷ややかな、しかし確実に怒りのこもったジト目を銀時へと向けた。
「……何言ってんのさ、この天然たらし。作戦会議中にどさくさに紛れてセクハラとか最低なんだけど」
「本当ですよ、先生。サラッとそういう言葉を平気で口にできるあたり、やっぱり最悪の朴念仁ですね」
「う、うぅ……先生、そういうからかい方は本当によくないと思います……この唐変木……」
「ちょっと何しれっと口説いてんのさ。ヴェリタスのファイアウォールでも今のデリカシーゼロな発言は防御しきれないんだけど」
「……コーヒーの味が急に変になった。先生、今のはあまりにもノンデリが過ぎるよ。そういうのを息を吸うように言うのは禁止」
「すみませんもう一度発言をお願いできますか」
モモイは腕を組んでジト目で睨みつけ、ミドリは顔を真っ赤にしながらフンと横を向き、ユズはジャージの襟元に口元を埋めてボソボソと毒づき、マキは冷たい視線でスプレー缶を弄び、ハレは机の上のエナジードリンクの缶を意味もなく並べ替えて視線を彷徨わせ、コタマは赤面しつつも通常運転で録音機を構えている。
態度には出さないようにしつつも、容赦なく突き刺さるローテンションな罵詈雑言の嵐。銀時は「ええっ!? 何で俺いまこんなにボロクソに言われてんの!? 」と完全に置いてけぼりを食らい、ただ一人「パンパカパーン! 先生の周囲のヘイトがマックスです!」と無邪気に拍手しているアリスの横で、冷や汗を流しながら引きつった表情を浮かべるしかなかった。
「……取り敢えずそこのノンデリ唐変木白髪天パアラサーは放っておいて。……本当にメイド部が相手なら、今すぐ回れ右して部室に帰りたいところだなあ。そんなの、走ってる電車に生身で飛び込めとか、そんな無理言うのと同じだし」
モモイはわざとらしく深いため息をつきながら、銀時からサッと視線を外してハレのデスクのモニターへと向き直った。
「泣くぞ? 銀さんしまいにゃ本当に枕濡らして泣くぞ? そんなフルコンボだドンみたいな悪口のコンボ叩き込まれて平気でいられるかってんだ」
銀時がじと、とした眼差し浮かべながらそう口にするが、女子たちのスルーの壁はあまりにも分厚かった。ハレは赤みが引かない耳のあたりを少し手で隠しながら、重苦しいトーンで会話を引き継ぐ。
「……実際、冗談抜きでそれくらいの無理難題だよ。C&Cの『奉仕活動』によって壊滅させられた学園内の過激団体や武装サークルはそれこそ数えきれないし……最後には文字通り、何の痕跡さえ残らずに廃部させられる。ミレニアムでは有名な話だね」
「でもさ、あたしたちはゲヘナの風紀委員会やトリニティの正義実現委員会じゃないんだから、真正面から戦わなきゃいいんだよ。目的はメイド部打倒じゃなくて、あくまで『鏡』の奪還なんだからね」
マキは手元で弄んでいた缶をポンとデスクに置くと、不敵な笑みを浮かべてモニターに表示されたセミナーのフロアマップをトントンと指で叩くのに合わせ、コタマが頷く。
「私の盗ちょ……こほん。私の独自の情報収集によれば、現状のメイド部は完全な態勢ではありません。メイド部部長、コールサイン:ダブルオー、ネルさん。メイド部の中でもトップの実力を持つ彼女は、私用で部を不在にしているとのことです」
コタマが怪しげなログが流れる画面を指差し、眼鏡の奥の目を光らせながら淡々と告げた。その言葉に、それまでパイプ椅子で愚痴っていた銀時がニヤリと口角を釣り上げながら顎をさする。
「……じゃあ、ソイツが不在の今がチャンスってこったな。最強の頭がいねぇってんなら、どんなにガチガチの警備だろうが、どこかに必ず綻びが出る。こっそり忍び込みをかけるにゃ、これ以上ねぇ最高のお膳立てだ」
銀時がそう言うと、モモイが腕を組んで、うむむ……と眉をひそめて唸る。
「でも、幾らネル先輩がいないからって言って相手はあのメイド部……。もし失敗したら、鏡が戻らないどころかゲーム開発部の部室ごと粉々に無くされかねないし……」
「……やってみようよ、お姉ちゃん。このままゲーム開発部を無くすわけにはいかないよ。私たちの部室ってボロボロだし、たまに雨漏りするけど。あそこはお姉ちゃんと、ユズちゃんと、アリスちゃんと……みんなで一緒にいるための部屋なんだから。私たちにとって、本当に大切な場所、なんだから」
ミドリがモモイの袖をぎゅっと握りしめ、静かだけど芯のある声で訴えかける。その言葉に、隣にいたアリスも力強く頷いて一歩前に出た。
「私たちならできます。伝説の勇者は世界の滅亡を食い止めるために魔王を倒します。今まで様々なゲームをやって、アリスは一番強力な力を知りました。─── 一緒にいる、仲間です。このパーティーなら、どんな高難易度ダンジョンもクリア可能です!」
「アリス……うん、そうだよね! やろう! 生徒会に侵入して、何が何でも鏡を取り戻す! G.bibleを解読してすごいゲームを作るために、ついでに私の消えたセーブデータの無念を晴らすために!」
モモイがいつもの元気を取り戻して拳を突き上げる。そんな少女たちの熱い手のひら返しを見届けながら、銀時はやれやれと頭を振って笑い、再びパイプ椅子から腰を上げた。
「……おーし、じゃあその恐ろしいメイド部とやらを綺麗に出し抜くための、セコくて汚い完璧な作戦を作っか。なあ、そこの頭のいい白髪のねーちゃん。……ハッキングだのなんだのって、そーゆー裏工作の作戦立案、得意だろ?」
銀時がニヤリと不敵な笑みを浮かべ、モニターの前に座るハレに視線を向ける。ハレは一瞬また耳を赤くして視線を泳がせたが、すぐにフッと小さく笑ってキーボードに指を乗せた。
「……先生にそうやって煽られたら、ヴェリタスの一員として頑張るしかないね。任せて。確実に収集室へ侵入するためのルートと、いくつかのバックアッププランを今から構築する。──ちょっと、色々と準備は必要になるけれど」
ハレは前髪を軽くかき上げると、マルチモニターの画面を素早いタイピングで次々と切り替え、生徒会フロアの詳細な防衛網のデータを並べていく。しかし、ある画面でその指をピタッと止め、キーボードから手を離して銀時を真っ直ぐに見つめた。
「特に……先生。作戦を確実に成功させるために、先生には事前に掛け合って欲しい人達がいるんだ」
──────────
「……ふふ、確かにそれは的確な判断だ。先生の言う通り、その方法なら私たちじゃないと難しいだろうね」
ミレニアムの誇る天才発明家集団、エンジニア部の部長であるウタハは、作業用のゴーグルを額へと上げながら不敵な笑みを浮かべた。その背後では、巨大な工作機械が鈍い駆動音を立てて火花を散らしている。
「でもいーのか? お前さんたち、実績はこれでもかってくれえに積んでるんだろ? 没収されてるモノを盗み出すなんざ、メイド部どころか生徒会にガチで睨まれることになるのは間違いねーだろうに」
銀時は部室のジャンクパーツの山に腰掛け、手持ち無沙汰に木刀を弄びながら尋ねる。セミナーの怒りを買うリスクは、一介の部活が背負うには少々重すぎるはずだった。
「なに、そんなものは些細な問題さ。どうせ乗るなら楽しそうな方に乗る。それに、技術というものは常に逆境の中でこそ進歩するものだからね」
「そう、いろんな発明品の実戦データも集められるだろうし。ちょうど試してみたい新しい閃光弾のプロトタイプがあったところ」
ヒビキが工具を片手に、表情一つ変えずに物騒なことをボソリと付け加える。
「それに、私たちも先生ともっと仲良くなりたいんで! 先生が困っているのなら、エンジニア部として技術支援の協力を惜しむ理由はありません!」
コトリが早口で、しかし満面の笑みを浮かべながら銀時に身を乗り出した。
「へいへい、そーゆーことにしておきますよーだ……まあったく、最近のJKってのは大人の煽てンのが上手すぎら。おじさんちょっと照れちゃうだろーが」
銀時は気恥ずかしそうに頭をボリボリと掻きながら、ふいと視線を逸らす。
「……ふふ、それだけ先生は注目をされていると言うことではないか? 聞けばアビドスでは相当な大暴れをしたらしいじゃないか。生身で戦車を破壊したかと思えば、カイザーPMCのゴリアテまで真っ二つにしたとか。……本当に人間なのか疑わしいほどだよ」
ウタハは腕を組み、面白そうに銀時の全身を観察するように見つめた。その噂は、すでに理性を重んじるミレニアムの技術者たちの間でも都市伝説のように囁かれている。
「知るか。俺ぁただ自分のやりてえようにやってるだけだっての。目の前で泣いてる子どもがいんなら手を伸ばすのが大人だろ。それを邪魔するってんなら、神様だろうが降ってきた隕石だろうが、コイツでブン殴るつもりだっつーの」
銀時はしれっと、しかしどこか冷徹さすら感じさせる真っ直ぐな目で言い放った。その言葉の重みに、ウタハは一瞬だけ目を見張り、それから本当に嬉しそうに目を細めた。
「……先生のそういうところにみんなが集まるのだろうね。取り敢えず話の方は了解した。ハレのことだ、もう計画は実行に移していると見ていいだろう。私たちも直ぐに準備を始めるよ。ミレニアムのエンジニアリングの粋、特等席で見せてあげるさ」
──────────
一方のヴェリタス部室。銀時がエンジニア部へと赴き、ハレが黙々とキーボードを叩いて作戦のシミュレーションを進める中、モモイはソファに背もたれに深く寄りかかりながら、ふと天井を見上げた。
「そう言えばさ。コタマ先輩って、先生とは今日が初対面なはずだよね? なんで会ったこともないうちから、スマホをハッキングしたり二十四時間監視しようとしたりしてたわけ?」
モモイの素朴な疑問に、ゲーム開発部の面々も動きを止める。ミドリも「あ、確かに……」とコタマの方を振り返った。
コタマはヘッドセットの位置を指先で微調整し、眼鏡の奥の瞳を冷ややかに瞬かせながら口を開く。
「……キッカケは、SNSで流れてきた、いくつかの動画や目撃情報です。アビドス対策委員会に協力し、単身木刀一つで戦車を制圧したとか……そのあまりにも非科学的かつ物理法則を無視した暴れっぷり、あなたたちも知っているでしょう?」
「あー、あの動画ね! 私も見た! タイムラインでめちゃくちゃバズってたやつ!」
モモイが身を乗り出すと、コタマは「ですが」と言葉を続ける。
「実際に今日、こうして彼の挙動を直接観察してみて、非常に奇妙な矛盾を感じたのです。あのようにだらしなく、死んだ魚の目をして鼻をほじるアラサー男性……それが、あの戦場で見せた圧倒的な戦闘能力とどうしても結びつかない」
「確かに、普段の先生はちょっと……ううん、かなりダメな大人だよね。昨日廃墟に行った時はすごく頼もしかったけど」
ミドリが苦笑交じりに同意すると、コタマはキーボードを叩いて銀時のこれまでの言動ログをモニターに表示した。
「つまり、私の仮説はこうです。あの『だらしなさ』は、彼が本性を隠すために意図的に被っている『仮面』なのではないか、と」
「えっ……仮面? 先生が?」
ユズがジャージの襟を握りしめながら、驚いたように声を漏らす。アリスも「おお……! 普段は村人Aのフリをしている、伝説の隠居勇者ムーブですか!?」と目を輝かせた。
「ええ。自分の過去の後ろめたさやトラウマを隠す為にあえて『無害で情けない大人』を演じている可能性がある……そう思ったからこそ、私は彼のスマホの通信ログやメッセージを解析し、その『仮面』の下にある真のプロファイル──底知れない本性を暴いてみたくなったのです」
「……なるほどね。あのダラダラした態度が全部演技だとしたら、めちゃくちゃハードボイルドじゃん……」
モモイが腕を組んでゴクリと喉を鳴らす。
「……コタマ先輩、考えすぎ、だよ」
それまで無言で作業していたハレが、呆れたようにため息をつきながら会話に割って入った。画面から目を離さないまま、サイドの髪を耳にかける。
「あの先生のダラけっぷりは、どう見ても演技や計算じゃないよ。100%天然の、正真正銘のダメ人間。……まぁ、やるときはやるみたいだけどね。作戦に乗ってくれた時の目は、ちょっとだけ……その、エンジニアとして信頼できる大人の目をしてたし」
ハレが少しだけ声を潜めてそう付け足すと、マキも「だよねー!」とケラケラ笑いながら同意した。
「あたしもハレと同感! 先生のあれは素だよ、素! でも、あのくらい隙だらけの方が、こっちとしても弄りがいがあって面白いじゃん? ──ほらハレ、お喋りはそこまでにして、エンジニア部が合流する前にこっちのルート確保終わらせよ!」
「……うん、分かってる。さあ、ゲーム開発部のみんなも、作戦開始の準備をして。私たちの『鏡』を取り戻しに行くよ」
ハレの言葉で、部室の空気は再び引き締まる。コタマは「……ですが、私のプロファイルが正しいかどうか、やはりスマホのログを直接──」とまだ未練がましそうに呟いていたが、モモイたちに「それはもう禁止!」と一斉に突っ込まれるのだった。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
余談ですがランボーを見たことはありますでしょうか。
仲間が目の前で散っていくのを眺めながらも命じられるがままに戦い、ようやく祖国から帰ってきたかと思えば周囲からは悪人だなんだと罵倒される。
スタローンの演技力の素晴らしさから非常に圧倒される作品です。
なんでこんなことを語ったかって?話したくなったからです。
これからもよろしくお願いします。