ブルーアーカイブ 透き通る青春よ永遠なれ   作:Jon.Do

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そういえばブルアカ世界の弾薬って此方の世界の弾薬と比べて価格はどのくらいリーズナブルなのでしょうね。そこらの女子高生が買い求められながらアビドスのような弱体化した高校では補給が難しい程度……マガジン一つ分がハンドクリーム一つ分程度ってとこなのかしら。


第四十四話 信じる道の先

「─── ごめーんね! そうはいかないみたい!」

 

 銃口を再び弾こうとした銀時の木刀の軌道を、アスナはまたしても寸前で看破する。まるで重力を無視したかのようにヒョイとその身を翻し、軽やかなステップで後方へと距離を取った。

 

 その途端。鼓膜を破るような轟音と共に廊下の残された窓ガラスが完全に粉砕され、極大の49ミリ大口径弾が銀時の足元のコンクリートを爆音と共に撃ち貫いた。

 

「っ、!? ───クソっ!」

 

 直撃していれば下半身が吹き飛んでいたであろう、数センチの誤差。銀時は咄嗟にぐるんっ、と空中で身体を強引に捻り、割れた硝子の破片を浴びながらどうにか直撃を避けて床に着地する。

 

「こいつぁ……さっきのスナイパーかよ……!」

 

「カリン先輩の大口径弾!? まさか、ウタハ先輩たちが……!」

 

 ミドリが冷や汗を流しながら、崩落した天井の隙間から差し込む月光の先──遠くの狙撃ポイントへと視線を向けた。その時、二人のインカムからハレの悲痛な通信が鳴り響く。

 

「ハレ先輩から緊急連絡! ウタハ先輩たちがカリン先輩を抑え切れなくなっちゃったみたい! それにマキからも、アカネ先輩が爆弾でシャッターを強行突破して、大量のセキュリティロボットを引き連れてこっちに向かってるって!」

 

 モモイが絶叫する。完璧だったはずの作戦のピースが、C&Cという規格外の個人の武力によって力ずくで引っくり返されていく。最悪の挟み撃ちの布陣。だが、そんな戦況の激変を前にして、アスナは一層嬉しそうにアサルトライフルを掲げた。

 

「あははっ! 何が何だかわからないけど、どうやら私たちが優勢みたいだね! もう諦めて、おとなしく─── ッ、!」

 

 アスナが言葉を言い切るより先に、地を這うような低姿勢で爆発的に加速した銀時が、すでにその懐へと素早く滑り込んでいた。目の奥で、獰猛な光が爆ぜる。

 逃がさない。銀時は再びアスナのアサルトライフルを叩き折るような軌道で木刀を払う。アスナは驚異的な反射神経で上体を後ろへ反らし、それを紙一重で避けたが、銀時の凄まじい執念の踏み込みに一瞬だけその息を呑んだ。

 

「……これだけの状況になっても、先生はまだ全然諦めてないみたいだね。ふふ、あはは! そう来なくっちゃ面白くないよ!」

 

 至近距離で刃風を浴びながら、アスナは興奮に頬を紅潮させて笑う。そんな戦闘狂の少女を銀時は冷徹なな笑みを浮かべて見据えた。

 

「諦める? 誰がよ。こちとらこれ以上の無理難題も、理不尽な修羅場も、うんざりするほど何度も潜り抜けてきてんのよ。食傷気味なくらいに……と、うるせーオカンが来ちまってら」

 

 三人の背後の廊下の奥、赤暗い誘導灯が照らす闇の向こうから、かつかつ、と硬く冷たい足音が響いてきた。

 その足音が近づくにつれ、張り詰めた空気がさらに重く冷え切っていく。やがて姿を現したのは、制服のジャケットを羽織り、冷徹な輝きをその瞳に宿したセミナーの会計──早瀬ユウカだった。

 

「誰がオカンですか……。本当に、揃いも揃って諦めが悪いですね。そこのゲーム開発部の面々もですが……何よりも、先生。あなたの往生際の悪さが、一番計算外ですよ」

 

 ユウカは腕を組み、冷ややかな視線を銀時へとまっすぐに向けた。その言葉に、モモイとミドリの身体がビクッと強張る。

 

「ゆ、ユウカ!?」

 

「ど、どうしてここに……っ」

 

 絶望的なタイミングでの彼女の登場に、双子が悲鳴に近い声を上げる。ユウカは二人を鋭い目で見据え、それから小さくため息をついた。

 

「久しぶりね、ゲーム開発部。それと……先生。不落を誇るセミナーのセキュリティを前に、ここまで状況を引っ掻き回せた手際だけは、一応褒めてあげます。けど……」

 

 ユウカはそこで眼差しを一層厳しいものへと変え、冷たい銃口をまっすぐに突きつけた。

 

「ありとあらゆる手段を使って生徒会を襲撃だなんて、いくらなんでもやり過ぎよ。お説教だけじゃ済まさない。ゲーム開発部、あなたたちを拘束した暁には即時、一週間の停学謹慎処分を与えます」

 

「い、一週間!?」

 

 モモイが絶望したように叫ぶ。

 

「そ、それだとミレニアムプライスの提出締切に間に合わなくなっちゃう……!」

 

 ミドリが目の前が真っ暗になったように顔を青ざめさせたが、ユウカの表情はピクリとも動かない。

 

「ちょうどアリスちゃんが一人で反省部屋にいて可哀想だったし、ちょうどいいでしょ。三人仲良くそこで反省するといいわ」

 

「ケッ、本当に融通の利かねぇケチぃオカンだな。こいつらがただ良いゲームを作ろうとして必死こいてんだ、ちょっとくらいその鏡ってのを貸してくれたって罰は当たらねーだろーに」

 

 銀時がやれやれと首を振りながら割り込むと、ユウカは不機嫌そうに眉をひそめて言い返した。

 

「……それがセミナーの仕事なので。ルールはルールです。それに先生、あなたにも然るべき処置として、連邦生徒会へ厳重抗議を致しますので覚悟しておいてください。どうかもう諦めてください。──アカネさんも、ちょうど到着したようですから」

 

 ユウカの言葉に応じるように、廊下の反対側から、爆発の煙を薄くまとったアカネが物静かな足取りで現れた。

 

「ふぅ、どうにか間に合いました……。少々手荒な真似を強いられてしまいましたけども」

 

 ──────────

 

 窓のない冷え切った反省部屋の片隅、ポツンと据えられたパイプ椅子にアリスはちょこんと座り、静かに目を閉じていた。彼女の身の丈ほどもある巨大なレールガンは、すぐ隣のコンクリートの壁に立て掛けられている。

 

 ──パツン。

 

 ふと、部屋を無機質に照らしていた天井の電灯が、唐突にすべて掻き消えた。ヒビキが仕掛けた閃光弾の炸裂に混じり、強力なEMPによってミレニアムの電力系統が遮断されたのだ。完全な闇が部屋を支配する。

 

「……停電。作戦変更の合図ですね」

 

 アリスは暗闇の中で滑らかに瞼を開くと、パイプ椅子から音もなく立ち上がり、壁のレールガンを慣れた手つきで肩へと担ぎ直した。それから、とことこと静かな足取りで部屋の重厚な扉へと向かっていく。

 本来であれば、セミナーの限られた関係者の生体データでなければ絶対に開かないはずの指紋認証パネル。しかし、ハレのハッキングによってすでにセキュリティシステムは書き換えられていた。アリスが小さな指先をパネルにそっと触れさせると、ピッという電子音と共に強固なロックが滑らかに解かれ、扉が左右へと開かれる。

 

「……差押品収集室に、行かないと……」

 

 当初の計画通り、自分が囮となって収集室へ向かい、ユウカたちの目を引きつける。アリスはレールガンのスリングを小さな手でぎゅ、と握り直し、収集室へと続く左側のルートへ向かおうとした。

 

 ──その、踏み出そうとした途端。

 

 アリスの奥深い記憶回路の底から、電子の海を割り込むようにして、いつか聞いた微かで、しかしとても優しげな男性の声が響いた。

 

『……己の魂の信じる道をいきなさい』

 

「……魂の、信じる道」

 

 アリスはその場に足を止め、ぽつりとその言葉を復唱した。

 声はそれきり、二度と記憶回路の中で反芻することはなかった。しかし、その温かい響きだけは、アリスの思考回路の隅々までをずっと、静かに巡り続ける。

 魂が信じる道。ゲーム開発部のみんなが戦っている、あの激しい銃声の響く場所。

 アリスは小さく息を吸い込むと、迷いの消えた足取りで、当初の作戦とは完全に真逆の方向へと向かって、力強く走り始めた。

 

 ──────────

 

「あ、アカネ先輩に……それに後ろにはセキュリティロボットの増援まで……!? うそ、ここで、ここで本当に終わりなの……!?」

 

「お姉ちゃん……っ」

 

 前後を完全に塞がれ、モモイとミドリが悔しさと絶望でその目に涙を浮かべる。大切な部室が、みんなの居場所が、今度こそ本当に奪われてしまう。

 

「もうこれで本当に終わりよ。大人しく拘束されな──」

 

「……バーカ言ってんじゃねーよ。誰がここで終わりだって?」

 

 重苦しい絶望を切り裂くように、銀時が低く、ドスの利いた声で笑うのをユウカは眉を顰めて怒鳴りつける。

 

「先生、本当に往生際が悪過ぎます! いい加減に現実を見て──」

 

「往生際が悪くて結構コケコッコー。俺ぁこーゆー詰みかけの修羅場には散々慣れてるんだわ。大量のロボット? 手練れのメイドのねーちゃん達? だから何だ? むしろちょっと懐かしいくらいだっての」

 

 銀時の脳裏に、かつて江戸で出会った一人のカラクリメイド──「たま」を巡る、あの狂ったようなカラクリメイド軍団との大喧嘩の光景が一瞬だけ過る。油まみれ、ネジまみれになって、大暴れしたあの狂騒に比べれば。

 

「こんなの、前菜にもなりゃしねえ」

 

 その言葉と共に、銀時はニンマリと、どこか悪巧みでもしているかのような不敵で卑しい笑みを浮かべた。

 それが反撃の合図だったかのように、さっきまで泣きべそをかいていたモモイとミドリが一斉にガバッと顔を上げる。その表情には、悲壮感など微塵も残っていなかった。二人の口元には目の前の大人と全く同じ、不敵で、最高にいたずらっぽい笑みが伝染している。

 

「ねえ、ユウカ。一つ教えてあげる。先生ってここキヴォトスに来る前は、侍だったんだってさ」

 

 モモイが涙を拭い、ゲームのコントローラーを握る時のように、不敵に銃身を叩きながらユウカを見据える。そしてミドリはモモイのその言葉に続いた。

 

「侍はいつでも、腰に刀を2本持っているんだって。……もし、そのうちの1本が私達三人なんだとしたら。もう一本の、とっておきの刀は……」

 

「──── ターゲット視認。魔力充填、120%……」

 

 静まり返った廊下の奥から、幼くも凛とした少女の声が響き渡る。それと同時に、ばちばちっ……と激しい紫電が空気を引き裂き、その出力と輝きを爆発的に増していく音が鳴り響いた。

 

「……ん?」

 

「何の音……?」

 

 アカネとアスナが奇妙な音を察知して眉をひそめた、その途端。銀時たち三人は示し合わせたようにその場へ一斉に平伏した。

 

 ──刹那。

 

「『光よ!!』」

 

 ドカァァァァァァァン!!! 

 

 鼓膜を揺らす轟音と共に、廊下の闇を一瞬で昼間の白さに変えるほどの極大の閃光が奔流となって解き放たれ、真っ直ぐにアカネやアスナへと向かって突き抜けてゆく。

 

「くっ!」

 

「きゃあっ!?」

 

 視界を埋め尽くす光の砲弾と、強烈なプラズマの衝撃波。反射的に飛び退いたアカネはどうにか直撃を免れたものの、最前線にいたアスナやロボット達はその凄まじいエネルギーを正面からまともに浴び、そのまま背後の頑丈なコンクリート壁へと派手に叩きつけられた。

 

「あ、アスナ先輩!? 大丈夫ですか!?」

 

 白煙が立ち込める中、アカネが焦燥を露わにして駆け寄る。ロボットの大半は粉微塵に破壊されていた。一方、壁にめり込むようにして倒れていたアスナはトレードマークの金髪をボサボサに逆立てながら、ぐるぐると目を回して声を上げた。

 

「大丈夫じゃないよー! 思いっきり当たっちゃった! なにこれ、もう頭のてっぺんから爪先まで1ミリも動かしたくないくらい痛い……!」

 

「……それだけ口が回るなら、大丈夫そうですね……」

 

 アスナのいつもと変わらない的外れな元気さに、アカネはホッと胸をなでおろしつつ、眼鏡の位置を直しながら呆れたように呟いた。

 

「そ、そんな……アスナ先輩と、あんなにいた大半のロボット達が纏めて行動不能に……!? たった一発で、ここまでの威力を叩き出すなんて……!?」

 

 白煙が晴れた廊下で、ユウカが愕然と目を見開き、壊滅した防衛線の凄惨な光景に声を戦慄かせる。

 

「02、状況を報告してください! 今のビーム砲は一体どこから……っ、そういえば、さっきからカリンからの火力支援が一度も入っていない……!?」

 

 アカネがインカムのノイズに眉をひそめ、爆風で完全に吹き飛んだ廊下の窓ガラスから、遠くに見えるカリンの配置場所へと視線を走らせた。

 彼女の目に飛び込んできたのは、夜空を埋め尽くすように絶え間なく打ち上げられ、眩い光を放ち続ける無数の閃光弾の嵐。

 ウタハが拘束されても、機転を効かせたヒビキによる執拗なまでの閃光弾曲射爆撃によってカリンのいる屋上は完全に光の海と化していた。これでは超一流のスナイパーであっても、一瞬たりとも照準を絞ることなどできず、完全に視界を奪われてしまっている。

 

 セミナーやC&Cのそんな混乱の最中、廊下の奥から聞き馴染みのある声が聞こえた。

 

「モモイ、ミドリ、先生! 今です!」

 

「ナイスタイミングだ、アリス!!」

 

 廊下の向こうから愛用のレールガンを抱えて大きく手を振るアリスに気づくと、銀時たち三人はガラ空きになった包囲網の隙間を一気に駆け抜け、アリスと共に廊下の奥へと滑り込んだ。

 

「ごめんなさい……! 本当は計画通り、皆さんが陽動してくれている間にアリスが差押品収集室に行くべきだったのですが……私の『魂が信じた道』が此方だったので……!!」

 

 走りながら、アリスが真剣な、しかしどこか誇らしげな表情でそう告げる。その言葉が鼓膜に届いた瞬間、銀時はガクンと一瞬だけ走る歩度を乱した。

 

「……お前……」

 

 思わず漏れ出た銀時の掠れた声に、並走していた双子が怪訝そうに視線を向ける。

 

「どうしたの、先生? アリス、凄くいいこと言ってるのに……」

 

「……なんか、凄く寂しそうな顔をしてます、先生」

 

 今でも銀時の心の奥底に、決して消えない灯火のように深く根付いている、あの人の言葉。まだ何も知らなかった少年時代、桜が咲き誇るあの古びた学び舎で聞かされた、あの言葉。

 

『己の魂の信じる道をいきなさい──── 』

 

(……まあ、偶然だろう……)

 

 そう自分に言い聞かせるものの、胸の奥から急速に込み上げてくる懐かしさと、拭いきれない後悔、傷痕、そしてやり場のない寂しさが混ざり合った複雑な感情が、どうしても表情に出てしまっていた。

 モモイとミドリにそこを指摘され、銀時は決まり悪そうに少しだけ走る速度を速め、二人に背中を向けるようにして顔を隠した。

 

「……いや、……むかーしに似たようなこと言ってる奴がいたなあ、って。思い出しただけさ。ったく、こんなとこでまで昔のことがよぎっちまうなんて、俺も焼きが回ったかね」

 

 自嘲気味に呟いた銀時は、すぐにいつもの不敵な笑みを無理やり作って見せる。そうして四人は、目的地である差押品収集室へと滑り込んでいった。

 

 ──────────

 

 銀時たち一行は、ついに最終目的地であるセミナーの「差押品収集室」へと侵入した。しかし、重厚な扉を開けた先、室内の光景を目にした四人は思わず足を止める。並べられた棚のいくつかは傾き、書類や精密機器が床に散乱して、まるで局地的な地震でも起きたかのようにめちゃくちゃに荒れていた。

 

「……ここが差押品収集室? 大分めちゃくちゃに荒れてるな。泥棒に入られた後かよ」

 

「多分さっきのカリン先輩の狙撃とか、アカネ先輩の強行爆破の衝撃がここまで届いたんだと思う。あの几帳面なセミナーの人たちがこんなにズボラなワケないし」

 

 モモイが散らかった書類を跨ぎながら部屋の奥へと進む。

 

「うん、そうだね。取り敢えず、ユウカたちが気付く前に目的の『鏡』を探しちゃお。さっきのでユウカたちはアリスちゃんが既に鏡を回収して部室に向かってるって思い込んでる頃だろうし……」

 

 ミドリの言葉に全員が頷き、荒れた室内を手分けして捜索し始めた。段ボールをひっくり返し、倒れた棚の隙間を覗き込むこと数分。ヴェリタス関連の押収品が集められた棚の奥で、ミドリの手がピタリと止まる。乱雑に積まれた電子部品の合間に、小さく「鏡」と手書きされた付箋紙が貼られた、一枚のSDカードが転がっていた。

 

「先生、お姉ちゃん、アリスちゃん! 『鏡』あったよ!」

 

「おーし、じゃあ目当てのもんは見つかったしさっさと────」

 

 銀時がそこまで言いかけたところで、隣にいたアリスがハッとしたように人差し指を口元に当て、「しー……」とジェスチャーをした。

 

「……静かに、ミュートでお願いします」

 

「……?」

 

 モモイが声を潜めて小首をかしげる。

 

「……足音が近づいています。数は一人のようです」

 

 アリスがその鋭い聴覚を研ぎ澄ませ、廊下を響く微かな振動から人数さえも瞬時に割り出す。それを聞いたモモイは、「一人なら」と少しだけ安督したように胸をなでおろした。

 

「……このままここにいてユウカ達が戻ると困るし……」

 

 一人ならみんなで突破をすれば、と言いかけたところで銀時がモモイの口を塞ぎ、三人をまとめて物陰へと押し込み、四人で隠れる。

 

「っ、先生……!?」

 

「……静かにしろ。やべーのが来る気がする……!」

 

 銀時の冷や汗をにじませた横顔と、いつになく真剣な低い声に、双子はごくりと息を呑んだ。

 その銀時の予感を確定付けるように、ミドリの抱える情報端末が、静かに一通の文章メッセージを受信して短く震えた。送信元はハレ。

 

 [逃げて、いや隠れて! 何としてもそこを……]

 

 通信すら満足にできない状況での、必死のテキストメッセージ。

 さらにそれに追い打ちをかけるように、アリスが青い瞳を瞬かせ、静かに言葉を紡ぐ。

 

「接近対象を検索……ミレニアム生徒名簿から……把握。身長146センチ。武器はSMGを二丁────」

 

 アリスがそこまで口にした途端、モモイとミドリは近づく脅威の正体にようやく気づいた。

 

「「ま、まさか……!?」」

 

 カチャリ、と重々しい扉が開く音が室内に響き渡る。

 

 ゆっくりと部屋へと入ってきたのは、お馴染みのクラシカルなメイド服の上から龍の刺繍が施されたスカジャンを羽織った、赤髪の小柄な少女。

 その姿を目にした瞬間、銀時の背筋にピリッとした鋭い悪寒が走った。以前、アビドスでの騒動の最中に対峙したゲヘナの風紀委員長・空崎ヒナ……あるいは、ふとした瞬間にあの小鳥遊ホシノの瞳の奥から感じていた、数多の修羅場を潜り抜けた者だけが放つ、特異な「圧」と同じものを、彼女の小さな体躯から感じ取っていた。

 

「……ふうん、もうめっちゃくちゃだな」

 

 C&Cのリーダー、美甘ネルは室内の惨状を見渡し、つまらなそうに大きくため息をついた。

 

「(な、なんでネル先輩がここに……!?)」

 

「(ミレニアムの外の任務に行ったってハレ先輩から聞いてたのに……!)」

 

 物陰で、モモイとミドリが蚊の鳴くような声で密かに交わす会話。だが、極限まで研ぎ澄まされたネルの五感は、その微かな空気の振動さえも逃さなかった。ネルは不審そうに首を傾げつつ、四人が潜むサーバーラックの裏へと、ゆっくりと足音を響かせながら近づいてくる。

 

「……うーん……? 誰かの声が聞こえた気が……」

 

「(ひ、ひぃぃぃ……)」

 

「(う、うううう……)」

 

 双子が完全に恐怖に身をすくませ、互いに身を寄せ合う。

 

(この人……今まで出会った周りの人たちとは全然違う……これが、……恐怖……!)

 

 それまで「恐れ」という概念を本当の意味で知らなかったアリスが、その青い瞳を小さく揺らし、機械の身体を小刻みに震わせる。

 

(このまま戦闘に至った場合、アリス達が勝利できる確率は……ゼ……)

 

 アリスが脳内で最悪の計算結果を導き出そうとした、その途端。

 震える彼女の肩を大きな、そして温かい手で優しく抱き寄せたのは、銀時の腕だった。見れば銀時は完全に息を潜ませ、額にうっすらと冷や汗さえ滲ませながらも、一歩ずつこちらへ近づいてくるネルへの警戒の視線を寸時も緩めていない。

 

(……? 脳内シミュレーションが書き換わりました。勝利する確率が、10%に……? どうしてでしょう。先ほどまではゼロだったはずなのに。……先生が、隣にいるから……?)

 

 アリスが不思議そうに青い瞳を瞬かせている間にも、不穏な足音は止まらない。ネルは一歩、また一歩と、獲物の位置を正確に絞り込むようにゆっくりと近づいてくる。

 

「ふうん……確かに気配がするな。そこの棚の裏か?」

 

 覗き込まれたら確実に見つかる、ほんのわずかな距離。四人が身を潜めるサーバーラックのすぐ手前、ぴょん、と跳ねたネルの赤髪の癖毛の先端が、遮蔽物の向こう側に見えた。

 銀時が木刀の柄を握る手にぐっと力を込め、モモイとミドリが恐怖で完全に目を瞑った──その途端。

 

「あ、あの……!」

 

 静まり返った差押品収集室の入り口から、ひどく緊張で震えた、しかしはっきりとした少女の声が響いた。

 

「あん?」

 

 獲物を前にして、ネルがゆっくりと足音を止めて振り返る。

 そこに立っていたのは、ヴェリタスの部室で待機しているはずだったゲーム開発部の部長・花岡ユズだった。大きなジャージの襟元に顔を半分埋め、今にも消え入りそうなほどに肩を震わせている。

 ネルはユズの顔をじっと見つめるが、彼女とは面識がないのか、あるいは普段から部室に引きこもっているユズの情報が生徒会名簿の隅にでもある程度なのか、彼女が「ゲーム開発部の一員」だとは夢にも思わずに不思議そうに首を傾げた。

 一方、物陰に隠れている四人は、普段は段ボールに引きこもるほどコミュニケーションが苦手なはずのユズの、あまりにも大胆な単独行動に驚愕し、目を丸くして息を呑んでいた。

 

「私、せ、セミナー所属の……ユズキって言います……! 今、外でセキュリティロボットたちが暴走していて、大変なことになっていて……! あ、アカネ先輩とカリン先輩が対応していますが、全然人数が足りなくて……!」

 

「あぁ? ロボットの暴走だあ? アレを押収したのは大分前だろーに、セミナーの奴らはまーだ整備しきれてねーのかよ。ったく、使えねえな……」

 

 ネルはちっと舌打ちをして、頭の後ろでガリガリと髪を掻く。ユズは破れかぶれといった様子で、必死に言葉を紡いだ。

 

「じょ、状況的に、どうしても助けが必要かと思い……ここにネル先輩がいると、お聞きしたので……お呼びに、きました……!」

 

「……はあ、仕方ねえ。一仕事終えたと思ったらまたこれかよ。おいユズキ、行ってくるから案内しろ──って、アンタは来ねえのか?」

 

 ネルが歩き出そうとして立ち止まり、部屋の入り口から動こうとしないユズを振り返る。ユズはビクッと身体を跳ねさせながら、必死に顔を横に振った。

 

「わ、私は、その……後方勤務というか、戦闘が得意、ではないので……! ここに残って、この部屋の、片付けや整理をしようかなって、思います……!」

 

「……ふん、まあ部屋の整理はどうでもいい。でもな、一つだけ覚えときな、ユズキ」

 

 ネルはそこで不意に歩みを止め、スカジャンのポケットに手を突っ込んだまま、鋭くもどこか真っ直ぐな瞳でユズを睨み据えた。

 

「……?」

 

「戦闘に必要なのはな、上等な武器でも、積み上げた経験でもねえ。──度胸さ。その一点において、あたしはアンタに素質が無いとは思わねえよ」

 

「え……?」

 

「アンタ、見たところ相当な人見知りだろ? あたしだって、自分が周りからどんな風に思われてるかくらい、これでも分かってるつもりだ。だけどアンタは、そんなあたしに初対面で、しかもこんな状況で真っ直ぐ声をかけてきた。……大した度胸じゃねーか」

 

 ユズの震える背中を押し、恐怖を乗り越えて行動したその一歩を、最強のメイドは彼女なりの言葉で真っ直ぐに称賛した。

 

「は、はい、ありがと、うござい、ます……?」

 

 予想外の言葉に、ユズが目を白黒させて戸惑う。ネルはふっと不敵に口角を上げると、そのまま背中を向けて廊下へと歩き出した。

 

「──── じゃあな。またどこかで会おうぜ」

 

 パタン、と静かに扉が閉まり、ネルの放っていた肌を刺すような張り詰めた空気が少しずつ、しかし確実に離れてゆく。

 

 張り詰めていた緊張の糸が切れた瞬間、ユズは「ふ、ふええ……」と情けない声を漏らし、膝をがくがくと震わせながら、その場にぺたん、とヘなへな座り込んだ。

 

「し、死んじゃうかと思った……。心臓が口から飛び出るかと……」

 

 その途端、サーバーラックの物陰から這い出してきた四人が、一斉にユズの元へと駆け寄って彼女を取り囲む。

 

「ユズぅぅぅぅぅぅ!! よくやったああああ!!」

 

「すごいよユズちゃん! まさか一人でネル先輩を騙し通すなんて……おかげで本当に命拾いした!」

 

「何だお前、普段引きこもってる割にゃあ結構なクソ度胸あるじゃねーか! アイツの言う通り、肝っ玉だけは満載じゃねーの!」

 

「はい! ユズは私たち勇者パーティにとって、絶対に不可欠な最高の一員です!」

 

 涙目で大はしゃぎするモモイとミドリ、感極まるアリス、そして頭をガシガシと褒めるように叩いてくる銀時。四人のあまりに熱烈な反応を見て少しきょとんとしていたユズは、だんだんと安心したようにフニャ、とした弱々しい笑みを浮かべた。

 

「……ち、力になれて、本当によかった……。みんなが無事で……うぅ……」

 

 恐怖の余韻と安堵から、ユズの大きな瞳にぽろぽろと大粒の涙が浮かび上がる。しかし、彼女はハッと何かに気づいたように涙を拭うと、ミドリの手元を指差した。

 

「そ、それより……今ミドリちゃんが持ってる、ソレが……」

 

「はいっ! これが人類と世界を救う、そしてゲーム開発部を救う伝説のアイテム、『鏡』です!」

 

 アリスがミドリの持つSDカードをこれ以上ないほど誇らしげに掲げる。

 

「や、やっと……! これで本当に、みんなの部室が……!」

 

 ユズの目が一瞬にしてキラキラと輝き始めた。だが、すぐにモモイが座り込む彼女の肩をがっつりと掴んで激しく揺さぶる。

 

「ユズ、お祝いは後! いつネル先輩やユウカたちがここに戻ってくるかわからないんだから、一刻も早くここから離脱しよ!」

 

「そうだね、私たちの真の目的はこの『鏡』をヴェリタスに渡して、あの『G.bible』を読み解くこと! 急いで部室に帰ろ!」

 

「そ、そうだね……! 早くヴェリタスの部室に……っ、うぅ、ごめ、ごめんなさい……力が入らなくて立てなくて……え」

 

 ユズが慌てて立ち上がろうとするものの、完全に腰が抜けてしまっており、足が自分の意志に反して小刻みに震えるばかり。

 それを見た銀時はやれやれと苦笑交じりに息を吐くと、ユズの前にすっと背中を向け、彼女の両手を引いてひょいと自分の背中へと背負い上げた。

 

「……ほら、つかまってろ。さっさと戻ろうぜ、お前らの大切な居場所に。歩けるようになったら言えよ、すぐに下ろしてやるからな」

 

「……ぅん。ありがとう、先生……」

 

 銀時の広くて温かい背中に包まれ、ユズは小さくコクンと頷いて、その背中にそっと顔を埋めた。




ここまで読んでくださりありがとうございます。

各学園の最強級は銀魂で例えると上澄みの夜兎、ユニークキャラは真選組や見廻組などの各組織の幹部から隊士級、モブ生徒は宇宙海賊春雨の一般天人程度の戦闘力のイメージを持っています。
体の頑強さについては……まあギャグ回の銀さんたち程度ってことで。
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