ミレニアムプライス締め切り当日。
ゲーム開発部の部室では、締め切りの時間ギリギリまでの限界の調整を迎えていた。
「お姉ちゃん、まだ!?」
ミドリが焦りで声を裏返らせながら画面を指差す。その隣で、モモイは鍵盤を叩くように猛烈な勢いでキーボードを叩いていた。額からは冷や汗が流れ落ちている。
「ま、待って! 急かさないで! あとこれを入力すれば……終わるから!」
「だってあと2分だよ!? 急がないとマジでやばいって!」
「正確には96秒です! そうしているうちに92秒……!」
アリスがストップウォッチを凝視しながらカウントダウンを刻む。その緊迫感に部室の空気は張り裂けそうだった。
「わ、わかった! わかったから! よし、できた!」
モモイが渾身の力でエンターキーを叩くと、隣のデスクでビルド結果を待機していたユズが即座にコードをチェックする。
「ここは簡単なテストで……うん、よし! エラーは出てないよ、モモイ!」
「おーけー! ファイルアップロード、完了予想時間、15秒! アリス、あと何秒!?」
「残り19秒です……!」
「4秒差じゃねえか、止まるんじゃねーぞゲージ……!」
銀時も目を少しだけ見開き、進みの遅いプログレスバーを睨みつける。
別のモニターに映し出される締め切り時刻の秒数と、アップロード完了までのインジケーターが、まるでデッドヒートを繰り広げるように少しずつ重なっていく。ネット回線の僅かな瞬きすら許されない、文字通りの秒読み。
「さん……に……ひと……今!!」
アリスが叫んだ瞬間、プログレスバーが100%に達した。
見事にコンマ数秒前にすべてのデータを送り終え、更新されたミレニアムプライスのホームページには、「ミレニアムプライスの参加受付完了しました」の文字が厳かに映し出された。
「ま、間に合ったァァァァ!!!」
モモイが椅子から転げ落ちんばかりに両手を突き上げて絶叫する。
「ギリギリ……本当に心臓止まるかと思った……」
ユズはそのまま机に突っ伏し、限界を迎えた胃を押さえながら荒い息を吐き出した。ミドリもコントローラーを床に置き、深く息を吐き出す。
「あとは3日後の発表を待つだけ、だね」
やりきった。6日と4時間、一秒も妥協せずに全員で紡ぎ上げた『TSC2』は、正に自分たちのすべてだった。
部室には深い安堵のため息と、それぞれの健闘を称え合う四人による、パチパチとしたハイタッチの音が響き渡る。
「取り敢えず間に合ったけど……まだ結果が出たわけじゃない。3日後にはこの部室にいられるかどうかが決まる……でも3日って長いじゃん? そこで提案なんだけどさ……」
モモイは息を整えながら、少し緊張した、けれど期待の隠せない様子で言葉を続けた。
「結果が出るよりも先に、今! web版の『TSC2』をアップロードしてみない!?」
「!?」
ユズが弾かれたように顔を上げる。
「ど、どうして? 審査が終わる前にそんなことして大丈夫なの?」
驚くミドリに、モモイは身を乗り出して拳を握った。
「だって、三日間もじっと待てないし……それに、審査員の評価よりも先に、一般のユーザーからの評価を知りたくない?」
「うーん、でも……ちょっと怖いよ。また前みたいに、酷い低評価コメントがたくさんつくかもしれないし……」
ミドリが不安そうに視線を落とす。あの辛辣な言葉の嵐を思い出し、つい防衛本能が働いてしまう。だが、モモイはそんな妹の肩を強く叩いた。
「何言ってるのさ! そもそもミレニアムプライスのためだけに作ったゲームじゃないでしょ? 自信を持って見てもらお? 私たちはベストを尽くしたんだから!」
「そ、そうだけどー……」
ミドリがまだ悩んでいる中、ユズはきっ、と眼差しを強めてモモイに頷いた。
「……アップ、しよう」
「え……? ユズちゃん?」
以前のことで一番傷ついていたはずのユズの言葉に、ミドリが目を丸くする。
「作品って、見てくれる人、遊んでくれる人がいて、初めて完成されるもの。だから……わたしは、わたしたちのゲームを完成させたい」
「ユズちゃん……」
「大丈夫。もし前みたいに低評価のオンパレードになったとしても……今回は、全力で頑張ったし。みんなが一緒だから、どんな言葉だってちゃんと受け止められるよ」
ユズはそう言って、不安を払拭するような柔らかい笑みを浮かべた。
「わたしはもう、大丈夫」
「……そう、だね」
その言葉に、ミドリもようやく観念したように笑みをこぼす。引きこもりだったゲーム開発部の部長は、もう過去の恐怖に負けるほど弱くはなかった。
「よーし! じゃあ早速アップロード開始!」
「え、あ、あ! 待って! まだ心の準備が……!」
ミドリの制止も間に合わず、モモイの手によってアップロードのボタンが勢いよくクリックされる。
「はい、転送完了! プレイして感想がもらえるまで二、三時間はかかるだろうから、それまで休憩ってことで!」
「……そうだね。一気に疲れが出てきちゃった」
張り詰めていた糸が切れ、四人はソファーや椅子に思い思いの形で泥のように沈み込んでいく。
そんな四人の様子を後ろから眺めていた銀時は、やれやれと首を振ると、懐から自分の端末を取り出した。四人に気付かれないよう背中を向けて画面を隠しながら、こっそりと。とあるサイトへとアクセスすると、誰にも見えないように指先を動かしてぴこぴこ、と操作をし始めた。
──────────
「……」
ふと、アリスが静かに立ち上がり、再びメインコンピューターの前にちょこんと座り直した。画面のログをじっと見つめるその小さな背中に、ソファーで横になっていたモモイが不思議そうに声をかける。
「……アリス、なんでコンピュータの前に座ってるの?」
「待機、してます。皆さんがダウンロードを始めたようなので、気になって……」
「これからゲームを始めるんだし、待っててもそんなすぐに来ないと思うよ? プレイするのだって時間がかかるわけだし」
ミドリが苦笑交じりに宥めようとするが、アリスは青い瞳を画面に向けたまま、コクンと真っ直ぐに頷いた。
「はい、それでも待ちます」
「わ、わたしも……。どっちにしろ、結果が気になって緊張で眠れないし……わたしも、ここで一緒に待つよ」
ユズも意を決したように椅子の位置を戻し、アリスの隣へと並ぶ。
「……まあ、気持ちはわかるけどー……」
モモイはあきらめたように息を吐き出すと、ふと部室の隅に視線をやった。そこでは、先ほどから背中を向けて妙に熱心に端末を弄り続けている銀時の姿があった。
「ところで先生は、そこで何を見てるのさー?」
モモイに唐突に問いかけられた瞬間、銀時の肩がぴくっ、と不自然に大きく揺れた。しかし次の瞬間には、何事もなかったかのように平然とした眼差しで軽く振り返りつつ首の後ろを掻きながら適当にはぐらかす。
「あー? ……べっつになんでもねーよ。俺好みの、こう、わがままボディなグラビアを眺めてるだけだっての。お前らお子ちゃまにゃまだ早い大人の世界よ」
「先生サイテー」
「うっせ」
モモイが心底蔑むような目を向けても、銀時はどこ吹く風でフンと鼻を鳴らし、そのまま端末の画面に視線を戻してぴこぴこと弄り続けている。
そんな中、四人がじっと眺めていたメインモニターから、静寂を破るようにピコン、と軽快な通知音が鳴り響いた。待望の初コメントが更新されたのだ。
「あ! 初コメ!」
ミドリが弾かれたように声を上げる。
「なになに!? なんて書いてある!?」
モモイが身を乗り出して画面を覗き込むと、そこには期待とは裏腹に、かつての傷跡を容赦なく抉るような冷やかしの言葉があった。
『わお、これって前にクソゲーランキング一位を取ったゲームの続編? もうゲーム作りやめたかと思ってたけど、懲りないねえ』
「……」
アリスの動きがピタリと止まり、青い瞳からスッと感情が消える。
「……あ、アリス、こういうのはあまり気にせず……。ネットにはこういう冷やかしが付き物だからさ」
モモイが慌ててアリスをフォローしようと言葉を紡ぐ。だが、アリスは無表情のまま、背中に背負った巨大なレールガンへと静かに手を伸ばした。
「……マキに連絡してください。該当IPアドレスの方向に対し、最大出力のビーム砲を……」
「そ、それはダメ! 抑えて! 物理的に消し飛ばそうとしないでアリスちゃん!!」
ミドリが文字通り全力でアリスの身体を組み伏せ、暴走を止めようと必死に引き剥がす。部室が一気にドタバタと騒がしくなる中、ユズは画面を見つめたまま、静かにアリスの頭をポンと叩いた。
「……大丈夫だよ、アリスちゃん。このコメントが付いた時間を見て。アップロードしてからまだ数分しか経ってない……つまり、時間的にゲームをプレイしてない人のコメントだから、気にしないで。ね?」
ユズが優しく微笑みかける。その落ち着いた対応に、アリスは少しだけレールガンから手を離し、コクンと素直に頷いた。
ミドリがホッと胸を撫でおろしたその時、画面のページが自動でリロードされ、さらにコメントが更新された。
『前回のTSCは確かに、手放しで賞賛できる作品ではなかったかも知れません。ですが新鮮味があり、少なくともありふれた作品ではありませんでした。2ではどんな目新しさを見せてくれるのか、楽しみです』
「お、徐々にちゃんとしたコメントが来てる……!」
モモイが嬉しそうに目を輝かせる。先ほどの冷やかしとは違い、ちゃんと自分たちの前作を遊んだ上で、その尖った個性を評価してくれているユーザーからの言葉だった。
ピコン、ピコン。通知音が連続して鳴り、画面がさらに更新されていく。
『さあて、鬼が出るか蛇が出るか。せっかくなら中庸じゃなくて、たとえどっち側だったとしても振り切った体験がしたいね』
『前作はやったけどいい思い出ではなかったんだよね。それどころか苦い記憶しか残ってないのに……そんなゲームの続編だってわかってるのにダウンロードしちゃった』
画面を流れていくのは、ただの罵倒や冷やかしではない。前作の尖った部分にどこか毒され、あるいはそこに込められた熱量に気づいていた、本物のプレイヤーたちの「生の声」だった。
「す、すごい! なんか私たちのゲーム、めちゃくちゃ期待されてない!?」
モモイが両手を机にバンと叩きつけ、画面に顔を擦り付けるようにして歓声を上げた。ミドリもユズも、次々と流れていくコメントを食い入るように見つめながら、その胸に押し寄せる確かな手応えに、自然と口元を綻ばせていた。
「なんというか……『時限爆弾を喜んで解除しようとしてる』みたいな感じは否めないけど……」
ミドリが苦笑交じりに画面を見つめる。
「怖いもの見たさ、というか……」
ユズも少し気恥ずかしそうに肩をすくめた。
そこへ、更にぴこんぴこん、と通知音が連続して鳴り響き、スクロールの速度が上がっていく。
『2時間後に補習でテストがあるんだけど、そんなことよりこのゲームがやりたくて仕方ない!』
『テストなんてこれから先何回もあるんだし! これを遊ぶ最高のタイミングは、アップされたてほやほやの今だけだよ!』
「え、と……それは流石に、ゲームよりテストを優先して欲しい、かも……」
ユズが画面に向かってそっと呟き、真面目なツッコミを入れていると、モモイが全体の統計ページを開いて目をごしごしと擦った。
「だ、ダウンロード数がもう二千を超えてる……! 流石におかしくない!? アップしてまだ何十分も経ってないんだよ!?」
「あ、有名なゲームポータルサイトのインディーズコーナーに、わたしたちのゲームが発表されたって、速報記事が載ったみたい。誰かが掲示板で一気に拡散したんだよ、これ」
端末を叩いていたミドリが原因を発見して画面を共有する。
「う、わ、わ、!! 無関心じゃなきゃいいなって感覚だったのに、ここまで一気に数が増えると逆に怖くなってきた……!! 私たちのゲーム、本当に大丈夫だよね!?」
「……どきどき、します。世界中のプレイヤーが、いま私たちの世界にログインしています」
アリスが液晶の光を瞳に反射させながら、小さな拳を胸の前でぎゅっと握りしめる。
「あたしゃ期待と不安で心臓が爆発しそうだよお! 先生、どしたらい、い……って、先生、それ……」
モモイが不安を紛らわせようと部屋の隅にいる銀時にじゃれつこうと近づいた、その途端。先ほどから彼が妙に熱心にいじっていた端末の画面が、モモイの視野に真正面から飛び込んできた。
俺好みのわがままボディなグラビアを眺めてる、なんて涼しい顔でのたまっていたはずの白髪の男は。
画面の中でドット絵のキャラクターを巧みに動かし、紛れもない『TSC2』をプレイしていたのだ。
「あ、あんた何やってんのさァァァァ!!」
モモイの絶叫が部室に響き渡る。その声に驚いて、ミドリ、ユズ、アリスの三人も一斉に銀時へと視線を向けた。
「あー? うるせーな。今ちょっといいところなんだから大声出すんじゃねーっての。今体力ギリなんだから」
銀時は端末から一切目を離さず、淀みのない指捌きでコントローラー画面をタップし続けている。
「せ、先生……グラビアって……」
ミドリがあんぐりと口を開けて呆れる中、ユズは銀時の端末から流れるゲームのBGMを耳にして、胸の奥がぎゅっと締め付けられるような、それと同時にどうしようもない温かさに包まれるのを感じていた。
「なんだよ。俺にとってはこれ以上ない、最高にわがまま(仕様)で、最高にそそるグラビア(グラフィック)だけど、文句ある? ……おいユズ、ここの隠し通路の配置、ニクいねえ。一見バグに見せて、裏ルートに繋がってんだろこれ」
「……っ、はい! そうです……! よく、気づいてくれました……!」
ユズが潤んだ瞳を輝かせながら頷く。
誰よりも先に、一番のファンとしてゲームをダウンロードし、誰よりも真剣にプレイを始めていた大人。その不器用な優しさに、モモイは顔を真っ赤にしながらも、嬉しさを隠せずにニッシシと笑った。
「なーんだ、先生ってばなんだかんだで『TSC』のこと大好きじゃん!」
「勘違いすんな。俺はクソゲーの匂いを嗅ぎつけて、野次馬根性でプレイしてやってるだけだっつーの」
フンと鼻から息を抜く銀時だったが、その指先は一瞬たりとも止まらない。
外からの評価に怯えていた少女たちの心は、目の前の一番身近なプレイヤーの楽しそうな姿によって、完全に満たされていくのだった。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
銀さんってツンデレだからこーゆーことを平気でやってのけてしまうのです可愛いね
これからもよろしくお願いします。