「先生、この場面ではこのキャラがいるとギミックが解除されて、隠しイベントが見られるよ!」
モモイが銀時の肩越しに身を乗り出し、端末の画面をグイグイと指差す。
「へーえ、そんなシステムも作ってたんだな。あの短期間で結構凝ってんじゃん」
「ここのステージはこまめにアイテム探索をした方がお得ですよ。後半のショップで高く売れる換金用アイテムが隠されてますから」
ミドリも隣から覗き込み、攻略本さながらの絶妙なアドバイスを送る。
「お、ほんとだ。こんな隅っこのドットの隙間に高そうな壺が出てきた。よし、これ売って路銀にしよ」
「こ、このキャラなら……ただ殴るより、こういうバフの技構成を組み合わせた方が、クリティカル率が上がって一撃の威力が高くなります、よ」
ユズがちょこちょこと傍へ寄ってきて、開発者ならではのガチなコンボ理論を少し照れくさそうに伝授する。
「なるほどな、見た目の割に脳筋なパワーアタッカーなだけあるわ。これならボス戦のターン数も縮まりそうだな」
「先生、先生! この先の上の方にも、アリスが配置した面白いテキストNPCがいます! 探索して見てください!」
アリスが青い瞳をらんらんと輝かせ、尻尾があったらちぎれんばかりに振りそうな勢いで銀時の袖を引っ張る。
「わーったわーった、そんなに急かすんじゃねーよ。NPCに話しかける前にちとここでポーション使って回復させときてえの。死んだら全部パァだろーが」
さっきまでの緊張や不安はどこへやら、部室はいつの間にか、一つのゲーム画面を囲んで大騒ぎする、いつものゲーム開発部らしい賑やかで温かい空気に満たされていた。銀時の動かすキャラクターが画面の中で一歩進むたびに、少女たちの顔に鮮やかな笑顔が咲いていく。
……そんな、平和な時間の中だった。
ドカァァァァァァァン!!
「うおっと、!?!? なんだ、地震かよ!?」
「なになになに!? 敵の襲撃!?」
突然、部室全体を大きく揺るがす凄まじい震動と爆音が轟き、五人の肩が同時にびくん、と跳ね上がった。
衝撃で巻き上がった砂煙の向こうを見れば、部室の頑丈な壁にぽっかりと巨大な風穴が空いており、その真っ直ぐな弾道上に置かれていた空のプラスチックコンテナが、跡形もなく粉々に砕け散っている。
「こ、これ、まさか……カリン先輩の49ミリ対物狙撃砲……!?」
硝煙の匂いにミドリが顔を引き攣らせた直後、間髪入れずに更なる轟音が鳴り響いた。激しい金属音が部室を掠め、今度は棚に眠っていた古いゲームカセットが詰まった箱が、爆風と共に木っ端微塵に弾け飛ぶ。
鋭利なプラスチックと基盤のカケラが、悲鳴を上げてうずくまるユズの元へと容赦なく降り注ぐ──その瞬間。
「危ねぇっ!」
銀時が鋭い踏み込みでユズの前に滑り込み、その大きな身体で彼女を完全に覆い隠すようにして庇った。背中にバチバチとカケラが当たる鈍い音が響くが、銀時は顔色一つ変えずにユズへの直撃をどうにか防ぎきる。
「ひゃ、ぁ……」
視界が突然、大きな胴体で埋め尽くされ銀時に抱え込まれるような形で庇われたユズは、恥じらいとと驚きで完全に硬直してしまった。
銀時はすぐにユズの無事を確認すると、即座に顔を上げて鋭い弾道が飛んできた窓の外を睨みつけながら、隣にいたアリスに向かって声を張り上げた。
「アリス! 奴さんの位置はわかるか!?」
アリスは瞬時に弾道の方向や壁の破れ方などから計測し、敵のいる方向を割り出す。
「部室正面11時方向、距離約1キロメートル! 先日の大口径ライフルの威力と完全に一致しました!」
「ぜ、前回の仕返し!? C&Cのメイドさんたち、やっぱりまだ諦めてなかったんだ!」
モモイが叫ぶが、銀時はその声を制するように状況を見据えて鋭い声で指示を飛ばす。
「考える暇はねえ! とにかく全員この部室から出るぞ! これ以上この中で好き勝手撃たれたら、部屋の片付けが死ぬほどめんどくせえことになる!」
銀時の言葉に弾かれたように、モモイが姿勢を低くしながら窓辺へと這い寄り、カーテンの隙間から恐る恐る廊下の様子を覗き込んむと、その光景に表情を完全に引き攣らせた。
「……う、嘘でしょ!? 外に、生徒会が持ってたロボット達がたくさんいる……! やっぱりあいつら、本気で私たちを潰しに、仕返しに来たんだ!!」
モモイが悲鳴のような声を上げる。窓の外の中庭には、ミレニアムの誇る無人戦術機械──セミナー直属の警備オートマタや重装甲のドローン群が、不気味な駆動音を響かせながら部室の入る建物を完全に包囲していた。
「あのでけえ弾を込めてる今がチャンスだ、ずらかれ!」
銀時がユズを軽く押し出しながら鋭く叫ぶ。一キロ先からの超長距離狙撃だ。いくらカリンといえど、あの化け物じみた大口径弾を次弾装填するには数秒のロスがある。
「はいっ!」
ミドリが瞬時に愛用のスナイパーライフルを引っ掴んで応じる。
「モモイとアリスが先鋒だ、しっかり切り開け!! シンガリは俺がやる!」
「わかりました、皆さんの道は私が切り開きます! レールガン、出力正常、戦闘開始です!」
アリスが巨大なレールガンを構えて部室の扉を蹴り開け、先頭を切って廊下へと飛び出した。続いてモモイが愛用のアサルトライフルを前方へ向け、文字通り弾丸の嵐となって突撃する。
「おらおらおらぁ! 締め切り明けのゲーム開発部を舐めるなぁぁぁ!!」
廊下に待ち構えていた数体のオートマタが、一斉に内蔵フラッシュバンと突撃銃で迎撃体制に入る。だが、激しい睡眠不足とアドレナリンの過剰分泌で「超戦闘モード」と化したモモイのアサルトライフルが、容赦ない弾幕となって先頭のロボットの光学センサーを正確に撃ち抜いた。
「システムダウン! アリス、トドメやっちゃって!」
「了解しました! ──光よ!!」
モモイが滑り込みながら道を譲った瞬間、アリスが巨大な砲口を突き出す。至近距離から放たれた強烈なエネルギーの奔流が、廊下を塞いでいた重装甲の警備ロボット数体をまとめて消し飛ばし、爆風と共に外の中庭へと続くエントランスのガラス扉を粉砕した。
「開通しました! 全員、アリスに続いてください!」
ミドリが走りながら、背後から迫るドローンをスナイパーライフルによる正確で無駄のない狙撃で叩き落とし、ユズがグレネードランチャーを抱きかかえながら必死にその後を追う。
「おいおい、元気よすぎて銀さんついていけねーよ……っと!」
最後尾を走る銀時の背後から、エントランスの瓦礫を乗り越えて新たな無人機が襲いかかる。火線が銀時の足元を派手に削るが、銀時は走る勢いのまま身を翻し、腰の木刀を凄まじい速度で一閃させた。
ガギィィィン!!
鈍い金属音が響き、オートマタの強固な合金製の腕フレームが、ただの木刀によって一撃でへし折られる。そのまま流れるような動作でロボットの頭部を叩き割ると、銀時は火花を散らす鉄屑を蹴り飛ばし、乱戦へと飛び出していった。
──────────
どうにか押し寄せる鉄の軍勢を正面から強行突破し、五人はどうにか包囲網を抜けて旧校舎の廊下の片隅に避難することができた。
「ど、どうにか逃げ切れた、かな……」
モモイが壁に背中を預け、激しく肩を上下させながら荒い息を吐き出す。
「こ、これからどうする……?」
ユズがグレネードランチャーを抱きしめたまま、不安そうに周囲を見回した。未だに遠くからは警備ロボットたちの駆動音が響いてきている。
「もうミレニアムプライスへの出品は終わってるし、取り敢えず結果が出るまで逃げ続けよう!」
ミドリがそう提案し、次の移動先を確認しようと通路の先へ立ち上がった──その、瞬間だった。
「……逃げ切れるとでも思ってんのか?」
低く、地を這うような鋭い声が廊下の奥から響く。
「え……きゃあ!?」
ガガガガンッ!! と、言葉の終わりに重なるように放たれた容赦のない高速連射。閃光が暗い廊下を照らし、反応する間もなく被弾したミドリが、その衝撃で床へと激しく倒れ込んでしまった。
「ミドリ!?」
アリスが悲鳴のような声を上げて倒れたミドリの元へと駆け寄る。モモイとユズが息を呑む中、銃撃の煙が立ち込める方向から、かつ、かつ、かつ、と冷徹に床を鳴らす足音が響いてきた。
現れたのは、フリルに彩られたメイド服の上に、どこか不釣り合いなスカジャンを荒っぽく羽織った小柄な少女。C&Cのリーダー、美甘ネルが、太い金属の鎖で繋がれた二挺のサブマシンガンの片方を無造作に肩に乗せながら、その獰猛な瞳を不敵に細めて姿を見せた。
「……なるほどな、確かに鋭い状況判断。それに合わせて重装甲ドローンを弾き飛ばす腕力に自分からシンガリを張る度胸……やっぱり面白えじゃねーか、坂田先生。アカネに集めさせた噂も本当らしい」
ネルの言葉に、銀時は肩をすくめ、木刀を肩に担ぎ直しながらいつもの気怠げな調子で言葉を返す。
「……おいおい、俺ってそんな噂なのか? 銀さん照れちまうんだけど。できれば『街で見かけたイケメンナンバーワン』とか、そういうロマンス溢れる噂が良かったわー」
「サンクトゥムタワーのシステム復旧の作戦、アビドスで起きたゴタゴタ、……それに加えてこの前の差押品収集室強襲。こんだけ暴れといて噂にならねえ方がおかしいだろーが」
ネルは彼のふざけた態度に苛立ったようにちっと舌打ちをしながらも、その瞳の奥にある闘争の火を隠そうとはしなかった。キヴォトスのパワーバランスを揺るがすような大立ち回りの中心に、いつもこの冴えない男がいたという事実に、彼女の戦闘本能がチリチリと刺激されている。
「そーかよ……んで、何の用だ? この前のリベンジか?」
「はっ、そんなつまらねえ理由でドローンを引っ張り出したりしねーよ。強いて言うなら……先ずはそこのデコ出してるお前」
ネルが銃口を向けずに、顎でクイッと示したのは、銀時の背後で完全に縮こまっていたユズだった。
「この前はよくもあたしを騙してくれたな?」
「ひうっ!? す、すみませんっ……! 騙すつもりじゃ、その、部室を守りたくて……!」
ネルの凄まじい威圧感を前に、ユズは涙目で完全に震え上がってしまう。モモイとアリスも身構えるが、次の瞬間、ネルの口元が獰猛な笑みから、どこか楽しげな、にっこりとした微笑みへと変わった。
「……やるじゃねえか、褒めてやるよ」
「え……?」
予想もしなかった言葉に、ユズは涙を浮かべたまま、ポカンと呆然とした声を漏らした。
「怯えたふりしてぶるぶる震えながらあたしを騙すなんてな。いい演技力じゃねえか。完璧に一杯食わされたよ」
「(怯えてたのは演技じゃなくてガチの恐怖だったと思うけど……)」
モモイが隣で引き攣った顔のまま心の中でツッコミを入れるが、そんなことは露知らず、ネルはフンと鼻を鳴らして視線を次へと移した。
「そんで、……そこのバカみてえにでけえ武器担いだアンタ」
「……?」
その言葉に、アリスが不思議そうにキョロキョロと辺りを見渡す。
「あんただよ、あんた!」
「アリスのことですか?」
「そうだ、先ずはアンタに用がある。……アスナの奴に一発、派手なのを喰らわせてくれたらしいじゃねえか。先ずはテメーの面貸せや」
ネルの目がスッと戦闘特有の鋭さを帯びる。かつてない緊張感が廊下に走った──その、刹那。
「あ! このパターン、アリス知ってます。『私にあんなことをしたのはあなたが初めてよ……っ』……運命の告白イベントですね! チビメイドさんはアリスに惚れていると。隠しスチル獲得です!」
アリスがポンと手を叩き、目をキラキラと輝かせながら満面の笑みで言い放った。
静まり返る旧校舎の廊下。途端に、ネルの顔が怒りと羞恥で耳の裏まで真っ赤に染まり、額にバキバキと青筋が浮かび上がる。
「ふっざけんなこの野郎!! てか誰がチビメイドだぶっ殺してやろうか!?」
「ひっ……!? 好感度が急降下、デスバッドエンドの危機です!」
「こ、こわっ……。アリス、あんたよくその顔の先輩相手にそんな煽りスキル発揮できたね……!」
あまりの剣幕にモモイがユズを連れてガタガタと震え、アリスも慌ててレールガンの陰に隠れる。
そんな騒ぎの中、ネルは大きく深く息を吐き出すと、サブマシンガンのストックでガシガシと自身の頭を掻いた。
「……はあ、なかなかイラつかせてくれるじゃねえか。まあ、いい。お前ら、何か勘違いしてるかも知れねえが……別にさっきも言った通り、この前のリベンジをしに来たわけじゃねえ。あちこちに不審で怪しい部分はあったが、こっちは正当な依頼をこなしてただけだったし、そっちはそっちで目的を達成した。終わった仕事にいつまでもグチグチ言うほどあたしらは落ちぶれちゃいねえよ」
そう言ってネルは銃を肩に担ぎ直し、ニヤリ、と獰猛に口角を釣り上げた。
「だが……おかげで俄然、興味が湧いた」
「興味……?」
モモイが恐る恐る、ネルの言葉を繰り返す。ネルの視線はゲーム開発部の面々を通り越し、その最後方に立つ銀時、そして再びアリスへと向けられていた。
「確認、と言った方が正しいかもな。ちょっくら相手、してもらおうか……先ずはそこのチビからな!!」
ネルの言葉が完全に終わるよりも早く、彼女の身体はすでに弾丸と化していた。
──ドォン!!
床のコンクリートを文字通り踏み砕く凄まじい脚力。爆風のような踏み込みと共に、ネルは一瞬でアリスとの距離をゼロにする。スカジャンの赤い残像が、暗い廊下に鮮烈な軌跡を描いた。
「っ……! 敵襲です! アリス、迎撃します!」
人並み外れた反射神経を持つアリスが、どうにか反応して巨大なレールガンを盾のように正面へ構える。
ギギィィィン!!!
激しい金属同士の衝突音が旧校舎の壁を震わせ、火花が夜の闇を派手に照らし出した。ネルが鎖で繋がれた二挺のサブマシンガンを、クロスさせるようにしてレールガンの砲身へ叩きつけたのだ。小柄な身体からは到底想像もつかない質量の一撃に、アリスの足元の床がミシリと悲鳴を上げるほどだ。
「ははっ! さすが宇宙戦艦の主砲をぶん回すだけはあるじゃねえか! いい硬さだ!」
「くっ……バフ無しで攻撃力がカンストしています!」
足元の床をメリメリと凹ませながら、アリスは必死に押し返そうとする。しかし、ネルの真骨頂はその圧倒的なパワーだけではない。
「だったら、これはどうだァ!?」
ネルはレールガンを踏み台にするようにして、軽々と宙へ跳ね上がった。重力を無視したかのような身軽さでアリスの頭上を鮮やかに飛び越え、空中から二挺の銃口をアリスの背中へと向ける。
ガガガガガガガガガガガッ!!!
容赦のない超高速の連射が、アリスの背面に浴びせられた。ミレニアムの制服が火花を散らし、激しい衝撃にアリスの身体が前方へとよろめく。
「アリスちゃん!!」
「アリス!!」
背後からの危機にモモイとミドリが銃口を向けるが、ネルは着地と同時にコマのように鋭く反転し、二人の射線を完全に予測した動きで床を滑り抜けた。
「お前らはちょっと黙ってな!」
滑り込みながら放たれたネルの銃撃が、モモイとミドリの足元を正確に穿つ。二人は回避を余儀なくされ、援護のタイミングを完全に潰されてしまった。
「あわわ……は、速すぎます! 目で追えません!」
ユズがグレネードランチャーを構えるものの、あまりにも目まぐるしく動くネルの速度に照準が全く定まらない。誤射の恐怖で指が震える。
「チッ、あのチビッコメイド、野生のゴリラかよ……。おいアリス! 意地張って正面から受け止めてんじゃねーよ!」
銀時が鋭く叫ぶが、アリスは首を横に振った。
「いいえ! アリスは勇者です! 勇者は仲間を守る盾にならなければなりません!」
アリスは衝撃でよろめきながらも、すぐに体勢を立て直して出力を強引に引き上げた。砲身に眩いばかりの青白いエネルギーが充填されていく。通路全体を焼き尽くすほどの光の奔流が、ネルを真正面から捉えようとしていた。
「最大出力です! ──光よ!!」
廊下の空気が一瞬で沸騰する。放たれた光の巨人が、直線上のすべてを消し飛ばさんと唸りを上げて突き進んだ。
だが、ネルは不敵に笑った。
「真っ直ぐすぎるんだよ、テメーの攻撃はッ!」
ネルは迫り来る光条の僅かな隙間、壁とエネルギーの境界線を見切ると、信じられない角度で身体を傾け、文字通り「光の弾道を横跳びで避ける」という神懸かり的な機動を見せた。爆風でスカジャンが激しくなびくが、その身体には擦り傷一つついていない。
「なっ……!? 回避されちゃいました!」
アリスが驚愕に目を見開いた瞬間には、ネルはすでに光の残滓を突き抜けてアリスの懐へと潜り込んでいた。
「隙だらけだぜ、チビスケ!」
ネルの鋭い前蹴りが、アリスの腹部へと完璧に突き刺さる。
ドカァァン!!!
「かはっ……!?」
強烈な衝撃波と共に、アリスの身体が後ろへと激しく吹き飛んだ。頑丈な旧校舎の壁に背中から叩きつけられ、ガラガラとコンクリートの破片が降り注ぐ。アリスの手から、あれほど固く握られていたレールガンが滑り落ち、床に虚しい金属音を立てて転がった。
「う、嘘……アリスが、あっという間に……!」
モモイが信じられないといった様子で声を震わせる。アリスの戦闘力は、ゲーム開発部の中では間違いなく規格外だ。それをネルは武器の火力任せではなく純粋な体術と圧倒的な戦闘センスだけで完全に圧倒してみせたのだ。
「うう……システム、軽微なエラー……。頭の中の時計が、ぐるぐると回っています……」
壁に寄りかかったまま、アリスは立ち上がろうとするが、ダメージの蓄積で膝がガタガタと震えて力が入らない。キヴォトス最強の一角と称される『C&Cのリーダー』の壁は、あまりにも高く、そして分厚かった。
ネルは追撃の手を止め、煙の上がる二挺のサブマシンガンを指先で器用にくるくると回しながら、ゆっくりとアリスへと歩み寄る。その足音が、まるでカウントダウンのように暗い廊下に響いた。
「……なるほどな。確かに底知れねえパワーを持ってる。まともに喰らえばあたしだってタダじゃ済まねえ。だけどよ……」
ネルはアリスの目の前で立ち止まると、その獰猛な瞳をさらに細めながら銃口の先をアリスへと向けた。
「技術がまるで足りねえ。そのバカでけえ武器に振り回されてるだけだ。生まれたばかりの子鹿みてえに……と。なんのつもりだ、先生」
「……せん、せい……」
アリスへ向かって確実に距離を詰めていたネルの前に、ぬうっと割り込むようにして銀時が立ちはだかった。死んだ魚の目でネルを見下ろしながら、木刀を肩に担ぎ直す。
「こいつとの喧嘩は終わったろ。追い討ちかける理由はねえ」
銀時の低く落ち着いた声が廊下に響く。だが、ネルはその程度で退くようなタマではなかった。むしろ、獲物が自ら前に出てきたと言わんばかりにその瞳の闘志をさらにギラつかせる。
「あるね、あたしはまだやれる。……まあ元よりアンタともヤるつもりだったからちょうどいい。相手になってくれよ、先生」
ネルの挑発的な視線が真っ直ぐに銀時を射抜くのを見て、アリスは顔を青ざめさせた。先生の強さは知っている。けれど……美甘ネルは、明らかに今までのオートマタやC&Cエージェントとは格が違いすぎる。
「だめ、です、先生……! その人、は────」
「……なあに、心配ありゃしねーよ。あれだよあれ、生徒指導ってヤツ」
アリスの震える声を受け流すように、銀時はいつもの気の抜けた調子で笑ってみせた。だが、その肩から木刀を下ろした瞬間、彼が纏う空気が、まるで冬の夜の底のように冷たく研ぎ澄まされていく。
ずい、と一歩、踏み出す。
気力のなかった瞳の奥に鋭利な光が灯った。
そう口にして、彼は目の前のC&C最強の少女を正面から見やる。
「それに。─────まだ喧嘩のやり方も知らねえビギナーさんに容赦一つできねえチビメイドに、本当の喧嘩ってのを教えてやりたくなったんでね」
挑発、というにはあまりにも重く、確かな圧を孕んだ言葉だった。
銀時が木刀の柄を右手に構えながらもう片方の手ではちょいちょい、と指先で正面の少女を挑発する。その言葉、その行動……そして自分を完全に「子供」として扱う視線に、ネルの額に青筋が浮かんだ。
スカジャンの袖を乱暴に振り払い、鎖で繋がれた二挺のサブマシンガンをギリ、と強く握りしめた。小柄な身体から、爆発せんばかりの狂暴なエネルギーが周囲の空気をピリピリと震わせる。
「……言うじゃねえか、先生。あたしのことをチビメイドって言ったからにゃ……死ぬほど痛え目を見る覚悟はできてんだろーな!?」
ニィ、と肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべたネルの身体が、一瞬で前傾姿勢になる。いつでもその喉元を喰い破れるよう、限界まで引き絞られたバネのように、彼女の全神経が銀時という「獲物」だけにロックされた。
だが、銀時はその圧倒的なプレッシャーを正面から平然と受け止め、不敵に唇の端を吊り上げた。
「そっちこそ。……俺が顧問してる部活の生徒を痛めつけたこと、徹底的に指導される覚悟はあるんだろーな?」
言葉の終わりと同時に、旧校舎の廊下を、凄まじい衝撃波が駆け抜ける。二人の足元のコンクリートが同時に爆ぜ、夜の静寂を切り裂くように、白と赤の影が激突した。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
銀さんにとっては初めての学園内最強級との「語らい」です。
これからもよろしくお願いします。