次章はイベントストーリー篇となります。
どうにか片付けを終えたゲーム開発部の部室。まだ少し硝煙の臭いが残る部屋の中で、モモイはニヤニヤと悪巧みをするような笑みを浮かべながらアリスに近付いた。
「ねーえ、アリス。見てみて……ほーら、メイド服!」
「ひゃあっ!?」
モモイが目の前に広げたフリル付きのメイド服が目に入った途端、アリスはわかりやすいほどに顔を真っ青にした。大きく後ろへと飛び跳ね、部屋の隅のパイプ椅子に座っていた銀時の背中へと文字通り滑り込むようにして隠れた。
「あっはは! いい反応!」
「……何してんだよオメーは」
銀時は呆れ果てた声を出しながら、手元にいたモモイの脳天に軽くチョップを落とす。
「いったーい! なんでよ、可愛いと思って用意したのに!」
モモイが頭を押さえて膨れる中、ミドリは銀時の背中にがっしりとしがみつきながらぶるぶると小刻みに震えているアリスに近付いた。正式なメイド服を見るだけであの恐怖が蘇ってしまうらしい。ミドリはよしよしと安心させるように、アリスの黒い長い髪を優しく撫でる。
「もー、モモイのせいでアリスちゃんこんなに怯えてるじゃん! ね、アリスちゃん大丈夫……?」
「う、うーっ……アリス、もうしばらくメイド服は見たくありませんっ……」
そう言ってアリスは、差し出されたメイド服を視界に入れないように、ぎゅ、と強く瞼を閉じていた。
「……身体は治ったがトラウマは残っちまったみてーだなあ。無理もねーけど」
銀時はため息をつきつつも、背中で怯えるアリスを無理に振り払うような真似はしなかった。彼女の好きなように隠れさせてやりながら、手元の端末でぴこぴこ、と先日中断された『TSC2』のプレイの続きに没頭していた。
そうしているとガチャリ、と扉が開き、少しの間出かけていたユズが帰ってきた。かつてはロッカーから出るのすら一苦労だった彼女が、すっかり引きこもり癖が解消され、自分から外に出られるようになった様子が窺える。
「あの、建物を壊しちゃった件で生徒会の方に行ってきたんだけど……幸いなことに、部活動中の事故として処理してもらえたみたい」
「うっそ!? ユズ、どう交渉したの!? もし部が存続できても、しばらくの間は建物の弁済のせいで部費がまったくもらえないって覚悟してたのに!」
モモイが驚きのあまり、持っていたメイド服を放り出してユズに詰め寄る。
「わたしじゃなくて、C&Cが裏で処理をしてくれたみたい。それと……ネル先輩から、伝言」
「伝言?」
銀時が端末から少し目を離してユズを見る。ユズは少し身を縮めながら、ネルの言葉を思い出すようにして告げた。
『また会おう』
「……だって……」
ユズが大きいため息をつくと共に、その短い伝言が部室に響き渡る。
「ひいっ!?」
その言葉に反応したアリスは、より一層激しく震え上がり、ドンガラガッシャン! と大きな音を響かせながら、部屋の隅の大型ロッカーの中へと目にも留まらぬ速さで滑り込んでバタンと扉を閉めてしまった。
「ああっ! アリスちゃんロッカーの中に入っちゃダメ! ユズちゃんを見て変なこと覚えちゃったじゃん! 完全に影響受けちゃってるよ!」
ミドリが慌ててロッカーの扉を叩くが、中からは「アリスは現在セーフモードで起動中です!」と頑なな声が返ってくるだけだった。
「……まあ、でも。建物の件がどうにかなったなら本当によかった。それよりも……」
「……うん。始まったね、ミレニアムプライス」
ユズがこく、と神妙な面持ちで頷き、その場にいる全員の視線が、部室の古いテレビモニターへと一斉に向けられた。
「……もし受賞したら、用意してあるクラッカーを思いっきり鳴らそ。もし、そうじゃなかったら……」
モモイがそこまで言って言葉を濁す。
「……すぐに、荷造りしないとね。私たちはともかく、ユズちゃんとアリスちゃんは……」
ミドリが沈んだ声で続け、ロッカーの隙間からこっそり覗いているアリスを見つめた。
「「……」」
ユズとアリスが、同時にきゅっと身を縮めて黙り込む。
部室を包む重く緊張した空気。銀時もさすがに端末の画面から目を上げ、静かにテレビモニターを見つめた。そんな彼らの不安を余所に、画面の中からは聞き慣れた元気で早口な声が響き渡る。
『これより、ミレニアムプライスを始めます! 司会及び進行を担当するのはエンジニア部の私、コトリです! 今回はこれまでの大会の中でも最多の応募数となりました。恐らくは生徒会の方針変更により、部活動存続のために「成果」が必要となった影響でしょう!』
画面の中で眼鏡をクイッと押し上げるコトリの姿を見て、ミドリがホッと胸を撫で下ろした。
「……あの襲撃計画に加担してくれてたから、生徒会からお咎めがあったかなって思ってたけど、コトリちゃん達エンジニア部も大丈夫だったみたいだね」
「エンジニア部はもともとミレニアムの中でもかなり功績を挙げてる、学校の顔みたいなところだから……でも、本当に良かった」
ユズが小さく微笑む。あの差押品収集室の騒動で力を貸してくれた友人たちが無事だったことに、まずは一安心といった様子だった。しかし、モモイはコトリの言った「ある一言」に、ガタガタと頭を抱えて机に突っ伏した。
「で、でも史上最多の応募って……それってつまり、ライバルがめちゃくちゃ多いってことじゃん! 困るんだけどー! ミレニアムの天才たちが作った最新鋭の発明品がゴロゴロ出てくるってことでしょ!? 入賞枠は7位まであるとはいえ、この倍率はヤバいって!」
『去年の優勝作品である、セミナー所属ノアさんの「思い出の詩集」は本来の意図とは少し違ったようですが……その形而上的な言葉の羅列がミレニアム最高の不眠症解消方法として評価されています! 今回も「歯磨き粉と見せかけてモッツァレラチーズが出るチーズ入れ」、「ミサイル内蔵護身用手持ち傘」、「最安値サーチ機能付き長型伸縮警棒」……そしてさらに! 今キヴォトスのネット上でセンセーションを巻き起こしているスマホでマルチプレイができるレトロ風ゲーム、「テイルズ・サガ・クロニクル2」などなど! 今回出品された三桁の応募作品のうち受賞できるのはたった7作品! それでは7位から受賞作品を発表しましょう!』
テレビのスピーカーから、コトリの弾んだ声と同時に、ネット上の実際の反応を示す大量のコメントログが画面の端を流れていく。
自分の作った、自分たちのすべてを賭けたゲームの名前が呼ばれたその瞬間、モモイとミドリは息を呑み、ユズは両手を胸の前で強く握りしめた。ロッカーの隙間からは、アリスの青い瞳が息を潜めて画面を凝視している。
「い、今の……! 私たちのゲーム、名前呼ばれたよね!? センセーションを巻き起こしてるって言ったよね!?」
モモイが今にも飛び上がりそうな勢いで声を裏返らせる。
「うん……! 注目はされてる。ネットでの評価も上がってるみたい。でも、問題はここからだよ。三桁の中の、たったの7枠……」
ミドリがごくりと唾を飲み込み、緊張のあまり冷たくなった自分の手をもう片方の手で握りしめた。
パイプ椅子に深く腰掛けた銀時も、いつの間にか『TSC2』をプレイしていた端末をポケットにしまい、死んだ魚の目のまま、しかしどこか見守るような静かな眼差しで、少女たちと共に画面を見つめていた。
『7位はエンジニア部、ウタハさんの「最安値サーチ機能付き長型伸縮警棒」です! 警棒としての頑強性や伸縮自在の取り回し性能もさることながら、搭載されたコンピュータが、インプットされた様々な商品をキヴォトス全域の全ての店舗のデータベースから厳選し、今この瞬間、最も安いものを見つけ出せる貧乏生徒必涎の一品となっています!』
画面の中でコトリが興奮気味に警棒をシャキーンと伸ばす実演映像が流れる。それを見ながら、モモイは引き攣った笑みを浮かべて自分を鼓舞するように声を上げた。
「う、うーっ……ま、まあ? 私たちのゲームは7位には相応しくないってこと、だよね! ほら、なんて言ったってネットでセンセーションなんだから、もっと上の順位に決まってるもん!」
『そして6位! この製品は……』
「……」
ロッカーの隙間から覗くアリスの瞳が、順位が読み上げられるたびに不安げに揺れる。
『5位は……!』
「私たちの名前、呼ばれないね……」
ミドリが祈るように組んだ両手にじわりと汗をにじませ、テレビを見つめたまま呟いた。カウントダウンが進むにつれて、部室の空気はどんどん重くなっていく。
『次です、4位……!』
「わ、わ、わ、! そろそろ! そろそろお願い! 心臓がもたない!! 誰か救急箱持ってきて! 心臓の予備パーツ持ってきてぇぇ!!」
モモイが自分の胸を掴みながらジタバタと暴れ、ユズも言葉を失ったまま画面を凝視していた。
『さあ! ここからベスト3の発表です! 第3位は……!』
「だめ、呼吸が……!」
ミドリが酸素を求めるように胸元をかきむしり、顔を青くする。
「しっかりしろミドリー。ほら、ひっひっふー、ひっひっふー……。お前がここで産まなくて誰が産むんだ、元気なゲームを産むんだよ」
「ふざけないでください先生……! 産院の待合室にいる父親じゃないんですから……!」
「う、うっ……お腹痛くなってきちゃった……」
銀時の適当なラマーズ法にミドリが半泣きでツッコミを入れ、ユズは胃のあたりを押さえてうめき声を漏らす。
『僅差で第2位を獲得したのは……!』
「……お願いします、わたしたちの名前を……!」
ロッカーの隙間から、アリスが小さな声で祈るように呟いた。しかし、無情にもモニターから流れたのは、全く別の発明品の名前だった。
「くっ、2位でもない……って、ことは、もしかして、もしかすると……!」
モモイの目がカッと見開かれる。残された席は、あとたったの一つ。
『最後に! 今回のミレニアムプライスで最高の栄誉、第1位を受賞した作品です!』
部室内の5人が、淡い、しかし確かな期待に胸を高鳴らせて画面を凝視する。
ドラムロールの音が鳴り響き、スタジオの照明が激しく点滅する。そして画面の真ん中で、コトリが大きく口を開き──。
『その1位は……!』
「お願いっ……!」
ミドリが目を瞑り、叫ぶように祈った。
『……CMの後です!!』
ズコーッ!! と全員がひっくり返りそうなタイミングで、画面は突如として炭酸飲料の映像へと切り替わった。
一瞬の静寂の後、途端に般若のような険しい表情になったモモイが、ロッカーに向かって鋭く叫んだ。
「アリスっ!!!!」
バガァアン!! と音を立ててロッカーの扉が開き、中から巨大なレールガンを構えたアリスが飛び出してくる。
「チャージフルドライブ、いつでも撃てます!! 主砲、ミレニアムプライス会場へロックオン!!」
「気持ちはわかる! 気持ちはめちゃくちゃわかるけど会場もテレビも撃っちゃダメだからね!? 勇者が一瞬で指名手配犯になっちゃうから!!」
ミドリが全力でアリスの体に飛びつき、砲身を天井へと押し上げる。
「うぅ、もう焦らさないでほしい……。私の繊細なハートはもうボロボロだよ……」
モモイは机に突っ伏して魂が抜けたような声を上げ、再び画面がスタジオに切り替わるのを今か今かと待ち望んだ。
──────────
『お待たせしました! それでは発表します、第一位は……! 新素材開発部……』
……CMが終わり、コトリの姿が再び映る。そして発表されたのは……自分たちの部活名ではなかった。
ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ……!
その途端にモモイが俯いたままガタッと立ち上がり、手にしたライフルを腰だめに構えてモニターを容赦なく撃ち抜いた。激しい銃声と共に火花が散り、テレビの画面がバチンと音を立てて真っ黒に染まる。
「きゃあっ!? ほ、本当にモニターを撃ってどうするの!?」
「どうせ全部持って行かれちゃうんだし関係ない! うええええええん! 今度こそもう本当におしまいだぁぁぁぁぁ!!」
床に転がって大号泣を始めるモモイの泣き声が、狭い部室の中に虚しく響き渡った。
「うう……結局、こうなっちゃうなんて……」
ユズが膝を抱え、ぽろぽろと涙をこぼす。
「落ち着いて、お姉ちゃん。でも……」
「わかってる! 全部が否定されたわけじゃない、ネットではあんなに話題になってるし! あのクソゲーランキング一位を取った時よりも、私たちは確実に成長したし、これからもきっと成長していける! 次こそはもっといい結果を出して、もっと大きい部室が……! ……でも」
モモイは涙を袖でゴシゴシと拭いながら、やり場のない悔しさに声を震わせる。
「……ここを追い出されたら、ユズちゃんとアリスちゃんが……」
ミドリが拳を握りしめ、消え入りそうな声で呟いた。ゲーム開発部の存続条件は「ミレニアムプライスでの受賞」。それが果たせなかった以上、この部室は廃止され、寮の部屋を持たないアリスや、寮を飛び出していたユズの居場所は失われる。
「……心配しないで、ミドリ。わたし、寮に戻るよ」
「えっ?」
ユズの言葉に、ミドリがハッと顔を上げた。ユズは涙を浮かべながらも、どこか吹っ切れたような、優しい微笑みを浮かべていた。
「もうわたしのことをクソゲー開発者だなんて呼ぶ人なんていないと思うし……ううん、もしいても平気。今のわたしには、この3人と……先生がいるから」
そしてユズは銀時へと体を向け、ぺこ、と深く頭を下げる。
「ありがとうございました、先生。先生がこの部室に来てくれた時から、わたしたちは大きく変わることができました。ただ、アリスちゃんは……」
「……ああ、任せとけ。ちゃんとシャーレで面倒見てやる」
銀時は頭をガリガリと掻きながら、男の手一つで引き受けることを請け負った。
「……アリスちゃん」
「……」
その場で立ち尽くしているアリスの前に、ミドリが歩み寄る。
「……ごめんね」
「……いえ、先生のことは信じられますから。ですが……もう……」
そこまで言って、アリスの青い瞳から大粒の涙が溢れ出た。
「……もう、みんなとは。一緒にゲームをしたり、ポテチを食べたり、夜遅くまで起きて怒られたり……一緒にいられないんですね……っ」
その決定的な言葉に、3人の少女たちの肩がびくっ、と震え、途端に限界まで堪えていた涙が一気に決壊した。
「ごめんね、ごめんね、アリスちゃん……! 私、毎日シャーレに行くから! 本当に! 絶対に学校が終わったら毎日通う! だから、場所がどこに変わっても、みんなでまたゲームを作ろう!!」
「う、うううう……嫌、やっぱり嫌だよぉ! 先生、やっぱりアリスを連れて行っちゃダメ! 私の部屋に連れて行く! ベッドも一緒に使お! ごはんも二人で綺麗に分けて食べるから!」
「わ、私の分のごはんもあげる! お肉も全部アリスちゃんにあげるから!」
「二人とも、先生を困らせないであげて。もしそのことがセミナーにバレたら、モモイもミドリも処分されちゃう……」
涙でぐしゃぐしゃになりながら、互いに縋り付くようにして泣き叫ぶ少女たち。パイプ椅子に座った銀時は、天井を仰ぎ見て、ふう、と長く重い溜め息をついた。
「……はあ、仕方ねえな。なんなら全員でシャーレに来るか?」
銀時が投げやり気味に、優しさを込めてそう提案した。
「俺の仕事の手伝いはもちろんしてもらうし、毎日キャベツの芯の炒め物になる覚悟があるなら、まとめて面倒見て──」
そう、銀時が言葉を続けようとした、その時だった。
ガチャリ。
部室の扉が開く音。一同が驚いて振り返れば、そこには息を切らしながらも、満面の笑みを浮かべたユウカが立っていた。
「モモイ、ミドリ、アリスちゃん、ユズ!」
「ひいっ! も、もうユウカが撤去に来たの!? 仕事早すぎでしょ!?」
「ちょ、ちょっと待って! 荷造りする時間くらいちょうだい! そんなすぐになんて……!」
「この悪魔め! セミナーには人の心とかないんかあ!? 」
モモイが涙目で絶叫する中、ユウカは胸いっぱいに息を吸い込んで、弾けるような声を響かせた。
「おめでとうっ!!」
「「「「……え?」」」」
モモイ、ミドリ、ユズ、そしてロッカーから顔を出したアリスが、完全にフリーズして間抜けな声を漏らす。銀時も「あん?」と眉をひそめた。
「え、なにこの反応……。もしかして結果、最後まで見てなかったの?」
「……結果、って?」
「私たち、7位以内に入ってなくて……合格だって……」
ミドリが涙を拭いながら消え入りそうな声で言うと、ユウカは呆れたように片手を腰に当てた。
「はあ? 何を言ってるの。ミレニアムプライスは今も放送中なんだから、ちゃんと最後まで見てみなさいよ」
「だって……お姉ちゃんがテレビのモニターを銃で吹っ飛ばしちゃって……」
「……はあ!? 本当に何をしているんだか……私は自分のスマホで中継を見てて、結果が出た瞬間からここまで走ってきたのよ」
ユウカは呆れつつも、嬉しさを隠しきれない様子で自身のスマホを差し出し、現在も続いている生中継の画面を5人に見せた。
〜〜〜
『……ミレニアムプライスではこれまで、生徒たちの才能と能力で作られた作品に対し、「実用性」を軸に定め、授賞を行なってきました。これはより良い未来を求め、実現していくという趣旨に基づいています』
画面の中で重々しく語るのは、審査員を務めるロボット市民の男性だった。
『しかし、今回の応募作品の中には、新しい角度から実用性を感じさせてくれたものがありました。テクノロジーの発展だけが未来ではない。とあるゲームが、私たちに実際に懐かしい過去をありありと感じさせ、それを通じて未来への温かい可能性を感じさせてくれたのです。……よって私たちはこの度、審査員一同の強い希望により、異例の選択をすることになりました』
審査員の言葉と共に、会場の巨大なモニターの演出が切り替わり、金色に輝く大きな文字が映し出される。
【 ミレニアムプライス:特別賞 】
『今回は既存の枠組みを超え、特別賞を設けます。その授賞作品は……ゲーム開発部の「テイルズ・サガ・クロニクル2」です!』
〜〜〜
「「「「えええええええ!?!?!?」」」」
部室がひっくり返るほどの絶叫が響き渡った。
モモイとミドリは目玉が飛び出そうなほど見開き、ユズは口を手で押さえたまま硬直、アリスは「と、特別賞です! 隠しステージのクリア報酬です!」と大はしゃぎし始める。
『レトロ風という時代を超えたコンセプト、常識に縛られず次々と想像を超えてゆく展開、一見してそれらとマッチしそうにない不可思議な世界観と、最初は困惑の連続でしたが……新しい世界を旅して、一つ、また一つ新たな絆を結びながら魔王を倒しにいく……そういったRPGの根本的な楽しさがしっかり込められた作品だと思います。プレイしながら、かつて初めてゲームに夢中になった頃の思い出を鮮明に思い出させてくれました。そういった点を評価して、この作品にミレニアムプライス特別賞を授与します!』
スマホの画面から流れる審査員の温かい言葉に、部室の空気が完全に一変した。
「え、あ……」
ミドリの目から、今度は嬉しさと安堵の涙がぽろぽろと溢れ出す。
「本当におめでとう! 実は私もね、気になってプレイしてみたの。……まぁ、決して手放しに面白かったとは言えなかったし、突っ込みどころも山ほどあったけど! でも、いいゲームを遊んだ後のあの独特な感覚が味わえたわ!」
ユウカが少し照れくさそうに、けれど本当に嬉しそうに胸を張る。すると、そんなユウカの背後から、ひょっこりとマキが顔を出した。
「モモ、ミド! あたしもTSC2をやってみたよ、すっごく面白かった! 今ネット上で大騒ぎだよ! ヴェリタス調べだけど、有名なアイドルの名前よりも上位にTSC2の検索数の方が多くなってるくらいなんだから!」
「ほ、ほんとに……?」
モモイがまだ信じられないといった様子で、呆然と呟く。すると、アリスの瞳がピコピコと青く明滅した。
「……確認しました。3時間前、TSC2のダウンロード数は7705個、1372個のコメント数がついていましたが……ミレニアムプライスの発表後、26秒間にダウンロード数が一万を超えています!」
「え、え……!?」
「コメント数も500プラス。ニュアンスから否定的なのが242、肯定的なのが191、残りは保留としているコメントです」
アリスが淡々と弾き出したリアルタイムの数字に、ミドリがビクッと肩を揺らした。
「え、てことは結局、否定的な意見の方が多いってこと!? 私たちやっぱりダメってこと!?」
「……そんなことはないよ、見て。今同率で一番高評価をもらってる、二つのコメント」
ユズが涙を拭いながら、自分の端末の画面をみんなに見せるように差し出した。そこには、世界中のプレイヤーから寄せられた本心の言葉が並んでいた。
『実際にプレイするかどうか、最初はすごく悩みました。でも今はこう思っています。このゲームに出会えて、本当に良かったです』
『これまでミレニアムに対して偏見を持っていました。冷静さと合理性しかないというミレニアム生徒たちへの偏見は、今回のミレニアムプライスとTSC2によって完全になくなったと断言できます』
「……!」
ミドリがその画面を見つめたまま、言葉を失う。
それは、ただのゲームとしての評価を超えて、彼女たちの情熱が、そしてアリスという存在が、ミレニアムの、ひいてはキヴォトスの常識を優しく変えた証拠そのものだった。
「……てことは、廃部にはならないんだよね!?」
モモイが希望に満ちた目を輝かせ、ユウカの顔を見つめた。
「ええ、けど臨時の猶予だし正式な受賞ではないから……生徒会としてはまた来学期まで……ゲーム開発部の廃部と部室の没収を保留することにした形、だけどね。……それから、その……」
ユウカはそこまで言うと、少しきまり悪そうに視線を泳がせて口籠もった。
「……?」
モモイが不思議そうに首をかしげる。
「……ごめんなさい。あの時、ここにあるゲーム機やカセットのことをガラクタって言って……。あなたたちのゲームのおかげで思い出したわ。小さな頃に夢中で遊んでた、様々なゲームのことを……。本当に久しぶりに、あの頃の……新しい世界を旅する楽しさが味わえたわ」
頬を少し赤く染めながら、本心を語るユウカ。そんな彼女の言葉に、パイプ椅子でスマホをいじっていた銀時がぴくと片眉を持ち上げた。
「おー、お前もそうなんだ? 俺もさ、やってみたんだけどすげー楽しかったんだよ。あ、今度マルチプレイとかしね? ランク幾つよお前さん」
銀時は自分の端末をユウカの目の前に差し出し、画面を見せながら気さくに話しかけた。
以前、銀時のことを「定職に就いていない不審者」などと否定的に言ってしまったことをずっと心残りにしていたユウカは、そのフランクな態度にびくっ、と肩を揺らす。しかし、気まずさを解消するなら今がチャンスとばかりに、慌てて自分のスマホを取り出して画面を見せた。
「え!? わ、私ですか!? 私は……ほら、一応セミナーの会計ですから、効率的なリソース管理を徹底して、えっと、ランクはこれくらいで……」
「お、結構いってんじゃん。さすが計算通りにしか動かない女。じゃあ、この後ちょっとこの高難度クエストで……」
そんな二人の様子を惚けたように眺めていたモモイとミドリは、ゆっくりと互いの顔を見合わせた。
「……てことは」
「う、うん……!」
「……!」
「「「や、やったぁぁぁ!!」」」
モモイ、ミドリ、ユズの三人が、涙も悔しさも全部吹き飛ばすような大歓声を上げて抱き合った。部室の狭い空間に、今度こそ本物の歓喜が爆発する。
「……あ、あの……」
そんな三人から少し離れたところで、アリスは嬉しくもあるが、まだ状況を完全には理解しきれていない様子で、大きなゲーム機を抱えたまま不思議そうに首を傾げていた。
「アリスちゃん! 私たち、やったんだよ! この場所も、私たちの部室のまま! 誰もどこにも行かなくていいんだよ!」
ミドリが涙目でアリスの手をぎゅっと握りしめる。
それを聞いて、アリスは白く柔らかい頬を赤らめるほどに新しい涙をじわりと浮かべ、小さな声を震わせた。
「じゃ、じゃあ……つまり……私は、これからも皆んなと一緒にいて、いいのですか……? シャーレに行かなくても、この部室で、クエストを続けても……?」
「「うんっ!」」
モモイとミドリが最高の笑顔で大きく頷く。
「これからも、よろしくね……アリスちゃん!」
ユズも一歩前に踏み出し、アリスのもう片方の手を包み込むように握った。
「……私も、私も嬉しいです」
「アリスちゃん!」
「私たち!」
「これからもずっと一緒だよ!」
「……はい!!」
アリスの顔に、満開のひまわりのような輝かしい笑みが咲いた。彼女はゲーム開発部の三人の手を強く握り返し、溢れる涙をそのままに声を張り上げた。
「これからも、ずっとよろしくお願いします!!」
──────────
ユウカとのフレンド登録を終えて、抱き合って喜ぶ四人の様子を眺めていた銀時は、その微笑ましい光景に頬を小さく緩めた。
「……やっぱ若いっていいなあ。羨ましい限りだぜ」
「そんなおじさんみたいなこと言って……先生もああいう時があったのでは? 仲間たちと何か一つのことに熱中したりとか」
「……さあて、どうだったか」
そうユウカの問いかけにはぐらかしつつ、銀時はいつものように両手を頭の後ろに組んだ。
「……まぁ何はともあれ、めでたしめでたしだけどさ。ゲーム開発部が存続したってこたぁ、シャーレの雑用を押し付ける仕事の手伝いがいなくなっちまったなあ。山積みの書類、どーしたもんか……」
わざとらしく肩を落としてため息をつく銀時。すると、それまでスマホを握りしめていたユウカが、少し顔を赤くしながら一歩前に出た。
「……あの!」
「あ?」
「わ、私でよければ……その、セミナーの仕事の合間で、時間がある時に、限っての話ですけど! ……シャーレのお手伝いに、行ってあげてもいいんですよ……?」
上目遣いで、どこか言い訳がましく提案してくるユウカ。その言葉を聞き逃さなかったモモイが、抱き合っていた輪からパッと顔を上げた。
「あ、ユウカずるーい! 私たちもたまにシャーレ当番行きたいもん! 写真で見ただけだけど、先生の部屋のソファー、めっちゃふかふかでゲームしやすそうだったし!」
「……結構抜け駆け、しがちですよね。ユウカってそういうところ」
ミドリがジト目をユウカに向けると、ユウカは「ぬ、抜け駆けって何よ! 私はただ、先生のずさんな家計管理や書類整理を正そうと──」と目に見えて狼狽し始める。
「……わ、わたしも……先生のお手伝い、できることがあれば……行きたい、です」
ユズが照れくさそうに、けれどもしっかりと挙手すると、アリスもレールガンを掲げるようにして続いた。
「アリスも先生のクエスト消化、お手伝いします! 毎日ログインボーナスを受け取りにいきます!」
口々にシャーレに行くと騒ぎ立てる少女たちの賑やかな声が、部室の中に響き渡る。銀時を巡って繰り広げられるいつもの日常の延長線。
「……ったく、騒がしい奴らだなあ。うちを託児所か何かと勘違いしてねーか? 」
銀時は呆れたように首を振りつつも、その口元には疲れを忘れさせるような温かい笑みが浮かんでいた。
……データ復旧率、98.0%
システムメインプロセス……正常起動
初期化プログラム:セット完了
指定オブジェクト……「Di.vision」
個体識別信号……「AL-1S」
───修正。個体名「アリス」
わたしの、私の大事な…………
[時計仕掛けの花のパヴァーヌ:レトロチック・浪漫篇 完]