ブルーアーカイブ 透き通る青春よ永遠なれ   作:Jon.Do

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例の章に向けてレギュラーメンバーを入れることにしました。だって銀さん、一人きりだと突っ走って勝手に死んでそうなんだもの……


第五十.伍話 堀を埋めるなら大胆に

「……来ちゃった」

 

 ユウカの眼前の扉。そこには、重厚な木の板に力強い筆致で彫り込まれた、結構立派な「万事屋銀ちゃん シャーレ支店」の看板が、堂々と掲げられている。

 

 今日は、希望した生徒たちが半週毎に交代して、シャーレの先生──坂田銀時を補佐する「シャーレ当番」の上番の日だった。

 

 先ほどオフィスビルの入り口にて、アビドス高等学校の桃色の髪の三年生──小鳥遊ホシノから、既に今回の当番に与えられる仕事や、未だ残っている仕事についての引き継ぎと説明は受けている。ホシノは「いや〜、あの人すぐサボるから気をつけなよ〜?」と、どこか同情するような、呆れたような笑みを浮かべて去っていった。……その割には満足したような、けれど名残惜しそうな様子を感じたけれど。

 

 それでも、ユウカが扉の前で思わず「来ちゃった」、なんて少女のような独り言を呟いてしまったのには、それなりの理由があった。

 

 思えばサンクトゥムタワーの行政システムを回復させるため、不良たちを相手にシャーレオフィスを巡ったあの戦闘の時からだ。気付けば彼女は、危機の中で不意に見せた彼のあの真っ直ぐな横顔のことばかり、頭の片隅で考えてしまっていた。

 どうにかシャーレの建物を確保した後も、彼から「待って! 帰る前にこの書類のマンションを数フロア分だけでも解体していってくれたら銀さん嬉しいなあ!」……と、タワマンのように積み上げられた書類の山の中で必死のSOSを受けたのだが、その時のユウカはミレニアムの仕事もあり応えることなく逃げるようにしてその場を去ってしまった。

 

 その後に再会したのは、常に様々な問題によって逼迫するミレニアムの財政健全化のために、その諸悪の根源の一角であるゲーム開発部へ廃部の申渡しをしに来た時だった。よりによって、自分が冷徹な悪役を買って出ている、最悪にも可愛くないタイミング。

 その去り際に「今度は落ち着いた場所で……」と彼には伝えたものの、そんな機会は一向に訪れず。新入部員の監査の場では冷徹な会計のモードのまま、彼のちゃらんぽらんな生活の有様をただただ罵倒し……。そして彼がゲーム開発部と共に、ヴェリタスから押収した品を奪還しに来た時は、セミナーの会計として敵として立ちはだかってしまった。

 

 自分の胸の内に眠る淡い期待とは裏腹に、つくづく空回りしてばかりだった。

 

 ……しかし、そんなゲーム開発部が数々の困難を乗り越えて作り出した、今キヴォトスにて一大ブームを巻き起こしているゲーム『テイルズ・サーガ・クロニクル2』。

 あの事件の解決後、そのゲームを介したことで彼とは「ゲーム内フレンド」という、少しだけ特別な関係を結ぶことができた。おまけにこうして、正式にシャーレの当番部員の一人として彼の隣に立つ権利を得ることができたのだ。

 

 そんな、あまりにも紆余曲折を経すぎたこれまでの出来事への感慨が、彼女の口から「来ちゃった」という言葉を漏れ出させたのかも知れない。

 ユウカは、スカートの皺を軽く伸ばし、書類を胸に抱き直してコホンと一つ咳払いをした。そして、いつもの「セミナーの会計」としての凛とした表情を作り、オフィスのドアノブに手をかけた。

 

 ──────────

 

「……おはようございます、先生。後半週、シャーレ当番につくユウカです」

 

「んん……あー、今日からお前さんだったか。よろしくー」

 

 オフィスルームへと入ると、真っ先に目についたのは……まあ、期待というか予想というか。考えていたままに、ソファへとだらしなく寝そべる彼の姿だった。思わずヒク……と頬を引き攣らせながらも、喉元まで出かかったお説教をどうにか抑え込み、これから半週着くことを挨拶したというのに、彼は顔を上げることもなく漫画雑誌を広げたまま。

 

「全く……当番の挨拶なんですから、その時くらい漫画から目を外したらどうですか? すごく失礼だと思うんですけど」

 

「ちょっとくらい待てよ、セーブくらいさせろよセーブ」

 

「開いているのはゲームじゃなくて雑誌でしょう!?」

 

「今すげーいいとこなの。主人公が覚醒して新技出すか出さないかって瀬戸際なの。せめて一作読み終わるとこまで待ってろって頼むから」

 

「……ほんっとうに、もう……相変わらずだらしないんですから……」

 

 これ以上怒鳴りたい気持ちをぐ、と堪え、深いため息をついてからシャーレ当番用の事務机へとつく。

 

 デスクの上には、ホシノによって几帳面に仕分けられた書類が数十枚ほど積まれていた。今回は、ミレニアムの会計である彼女の特性を見越してか、シャーレに関わる連邦生徒会からの予算や、活動経費などの決算書が主だった。

 

「……よし、それじゃあサクッと終わらせちゃいますか」

 

 気を取り直してペンを手に取り、一番上の一枚目に軽く目を通している、まさにその時だった。

 ようやく漫画雑誌を閉じた銀時がソファからのそりと起き上がり、事務椅子に座る彼女へと静かに歩み寄ってきた。影が落ち、ふと見上げると──これまでになく彼の顔が間近にあって、ユウカは思わず小さく息を呑んでしまった。

 

「……な、なんですか?」

 

 急に跳ね上がった鼓動を隠すように、少しだけ声を上擦らせて問いかける。

 

「いや、なに。俺さ、ここに来る前は自営業の自転車操業……っつーか、毎月家賃滞納して大家のババアに蹴り飛ばされるような生活しかしてなかったからさ。そーゆー小難しい数字がいっぱい並んだ書類って、さっぱり分からなくて。お前さんみたいな若い女の子が、そんな難しいモン見て本当に分かるんかなあって思ってさ」

 

 銀時は少しだけ感心したように目を細め、ユウカの手元の書類を覗き込んでいる。そんな彼に対し、ユウカはふん、と小さく胸を張って、いつもの自信に満ちた笑みを返した。

 

「ふふん、舐めないでください。これでもミレニアムサイエンススクールの生徒会、セミナーの会計ですからね。この程度の予算書や決算書、分かって当然です」

 

「ふうん」

 

 自身の懐にだらしなく手を突っ込み、ぼりぼりと腹のあたりを掻きながら、自分が問い掛けたにも関わらず、どこか気の抜けた相槌を打つ銀時。そんな彼の態度にむ、として、何か言ってやろうと視線を向ける。

 

 だが、その瞬間。

 

 彼が服の中に手を差し入れて腹部を掻く動作によって、ユウカの視線は自然と、大きくはだけた着流しの隙間へと誘導されてしまった。

 内側の黒いインナーがわずかに引っ張られ、そこから覗くのは、日頃の自堕落な生活ぶりからはおよそ想像もつかないほど、無骨でがっしりとした胸板と頑強な肩のラインだった。誤魔化しようのない質量。自分とは決定的に違う「異性」としての圧倒的な体つきを間近で突きつけられ、ユウカの思考が真っ白に染まる。

 

「……わ」

 

「わ?」

 

 銀時が不思議そうに首を傾げ、半目を向けてくる。

 

 ユウカは心臓が跳ね上がるのを感じながら、思わずごく、と喉を鳴らして生唾を飲み込んでしまった。カッと顔が熱くなるのを自覚しつつも、セミナーの会計としてのプライドを総動員して、どうにか平然を装う。

 

「……と、とにかく! 先生も早く自分のデスクで仕事を始めてください! ほら、この沢山の書類、できるだけ早めに処理しないと後で泣きを見るのは先生なんですからね!?」

 

「へいへい……」

 

 ユウカのいつも以上の剣幕に気圧されたのか、銀時は「怖いねぇ、これだから理系は……」と小声でぼやきながら、のろのろと自分の事務机へと向かっていった。

 

 ──────────

 

 部屋に響くのは、ペンを走らせる軽快な音と、時折響く力強いハンコを押す音。そしてユウカがキーボードを叩くタイピング音だけだった。

 ユウカは、銀時に対して連邦生徒会から回ってきた予算書や、各学校の生徒たちから寄せられた依頼書へのサインと捺印の作業を任せていた。もしこれがミレニアム内部の予算審議であれば、ユウカは容赦なく予算について異議申し立てをし、徹底的に貰える分だけ貰おうと交渉しているところだった。しかし、ここ連邦捜査部シャーレはあくまで連邦生徒会長の直轄組織。下手に外様の自分が口を出しては、現状ただでさえ不透明なシャーレの立場を危うくしかねない。今は大人しく割り振られた予算に従うのが英断だった。

 それにこのだらしない先生も、生徒たちからの依頼には淡々と足を使って応えてはいたらしい。溜まっていた書類の山も、実務自体はすでに終わっており、あとは本人の承認印を押すだけというものが大半を占めていた。これなら今日中に片付くかもしれない──そんな見通しが立ち、少しだけ心の余裕ができたユウカは、ペンを動かす銀時の手元を見つめながら、ふと気になっていた疑問を口にした。

 

「……先生って、キヴォトスに来る前は『万事屋』っていう便利屋をしてたって言ってましたけど。どうして、もっと普通の定職に就かなかったんですか? 先生ほどの腕があれば、どこにだって就職できたと思うんですけど」

 

「んー? ……まあ、やりてえことが無かったからな」

 

「……本当に、それだけですか?」

 

 彼のあっけらかんとした言葉に、ユウカは思わずそう突っかかってしまった。

 やりたいことが見つからなくたって、普通に生活するためにだらだらと就職先を探すことくらいは出来るはずだ。それなのに、彼はあえて不安定な便利屋という道を選び、キヴォトスに来てからもその看板を掲げ続けている。もしかしたら──。

 

「……何かの事情で、普通の仕事に就くことができなかった……とか?」

 

「おいおい、お前そこ掘り下げようとしてどーすんのよ。今さら俺の過去だの何だのを知ったところで、何一つ面白いことなんて出てこねーよ?」

 

「……知りたいんです。もっと、先生のことを」

 

 ユウカはピタリとペンを止め、向かいのデスクに座る銀時へと真っ直ぐに視線を向けた。

 本当は、自分の知らないところで、彼が他の生徒たちには自分の昔話を少しは話しているのではないか、という焦燥感のようなものもあった。だからこそ以前、『ヴェリタス』にこっそり依頼し、彼に関する噂や情報をまとめてもらったことがあったのだ。

 しかし、集まったデータは驚くほど少なかった。「キヴォトスに来る前は万事屋をしていたこと」「その万事屋には他にも二人と一匹の身内がいたこと」、そして、彼が「侍」を自称していること……。ここに来る前の彼のルーツに関する情報は、実質その三つくらいしか流れていなかった。他にあるのは『江戸』という未知の地名や、『天人(あまんと)』という奇妙な単語だけ。

 

「……教えてくれませんか、先生のこと。……お願い、します」

 

 ユウカの真っ直ぐな視線に、銀時はしばらく気まずそうに視線を彷徨わせていたが、やがて観念したように大きく溜息をついてからぽつりと呟いた。

 

「……俺ぁ自称・侍だってのはお前も知ってるだろ?」

 

「まあ、それは聞いてます。……でも、それって比喩とか、自分の生き方や在り方の例え話をしてるんですよね?」

 

「くくっ、ちげえねえ。お前らから見りゃそうだよな。……でもよ、ここだけの話、俺が元いた場所ってのは、マジでこっちでいうテレビの時代劇みてえなトコだったんだぜ? 俺自身は絶対に御免だけど、周りには丁髷結って刀ぶら下げてる奴らが普通にのさばってたような、そんな国」

 

「……キヴォトスの外の世界って、本当にそんな文化圏なんですか?」

 

「さあな、連邦生徒会に頼んで向こうにいる知り合いと連絡が取れねえか一応調べてもらったことはあるんだが、どうにも一切の情報が引っかからなくてね。……ま、それはそれとしてだ。俺がいた場所は色々あって、ある時期を境にその侍って存在が、ある意味で世間から排斥されちまってよ。刀を持つことすら罪になるような時代になっちまった。俺もその煽りをモロに受けて、まっとうな定職に就けなくなってたってわけだ」

 

「なるほど……それで、どんな仕事でも請け負う便利屋……『万事屋』を始めた、ということですか」

 

「そーゆーこと。お堅い就職活動なんて、お国から指名手配されてるような身にゃハナから無理な話だったの」

 

 どこか自嘲気味に、けれど過去を割り切ったような軽い口調で笑う銀時。そしてユウカは彼がずっと自称している、侍というものについて疑問を口にした。

 

「……じゃあ先生はなぜその、侍に? 時代劇や歴史の本とかを見ると、侍という階級はそうした家柄の人がなるものだし、先生って実は結構いい生まれだったりするんですか?」

 

「知らね」

 

「知らないって……自分の生まれのことでしょう?」

 

「知らねーもんは知らねーの。親父とかお袋がいたかどうかも知らねえし」

 

 銀時はペンを持った手を止めることもなく、まるで他人の明日の天気予報でも話すかのように、あまりにも淡々とその事実を口にした。

 家族という、誰しもに当たり前にあるはずの前提が存在しない。その彼の過去の片鱗に、ユウカは言葉を失い、消え入りそうな声で俯いた。

 

「……すみません」

 

「謝る必要ねえだろ、話してもいねーのに他人の家庭事情なんか気遣えるわけねーんだし。お前さんが気に病むことじゃねーよ」

 

「それは、そうですけど……でも」

 

 ユウカは握っていたペンを静かに机の上に置くと、両手を膝の上でぎゅっと握りしめた。少しだけ震える肩を隠すように俯きつつ、言葉を絞り出すようにして続ける。

 

「……先生のそうした事情を何も知らずに、定職に就かないフリーター同然、なんて。アリスちゃんとの面接の時に……先生の目の前で酷いことを言ってしまいましたし……。いくら知らなかったとはいえ、デリカシーのないことを言ってしまったのは確か、なので……」

 

 冷徹な監査官として割り切っていたはずの当時の言葉が、今の彼女の胸に重くトゲのように突き刺さっていた。

 そんなユウカの様子を、銀時は書類から目を離してしばらく見つめていたが、やがてペンを回しながら、呆れたように、けれどどこか諭すような優しいトーンで口を開いた。

 

「……あのさ、生まれも育ちも違えば、考えも何もかもが違う相手同士なんだぜ? 一から十まで自分の考えだとか事情だとかを相手に伝えてもいねーのに、最初からパーフェクトコミュニケーションできるわけもねーだろ。それにお前、俺がアレを言われたこう言われたって、いちいち気にして臍曲げるような繊細なガキに見えるか? そんなの気にしてたら、生きていけてねーよ」

 

「……先生」

 

 ユウカはゆっくりと顔を上げ、彼のいつもと変わらない、少し眠たげで、だけど全てを受け入れてくれるような穏やかな瞳を見つめた。

 

「それに、お前さんのその口煩さは、俺にとっちゃなんだか懐かしいくらいなんだ。まぁ、俺もウザがったり言い返したりする時はあるだろーが……そこはそれ。まあ、お互いに楽しんでいこーぜ。口喧嘩友達みてえにさ」

 

「口煩いって、もー……一応女の子として気にしてることなのに、なんですか口喧嘩友達って……」

 

 ユウカは呆れたように眉をひそめてみせたが、その声からは先ほどまでの張り詰めた空気は完全に消え去っていた。

 

「ふふ、お互い様だろ?」

 

「……確かに、そうですね」

 

 そうして二人でクスクス、と小さく笑い合っていると、ユウカがふと思いついたように、先ほど途切れてしまった疑問を思い出した。

 

「……それで、結局なんで先生は侍になったんですか?」

 

「あ、その話題に戻るのね……。まあ、アレだよ。そういう生き方を教わったからな。俺にだって、ガキの頃にいろいろ教わった『先生』ってのはいたし」

 

「先生の、先生……ですか。坂田先生を教えた人なんて、きっと先生に負けないくらいの変わり者だったんでしょうね」

 

「……くくっ、確かに。とんでもねえ変人だったよ」

 

 銀時は少しだけ遠い目をして懐かしそうに笑うと、手元に残っていた最後の書類に勢いよく捺印ポン、と音を立ててハンコを押した。

 

「さあて! 今日の分の書類はこれでおーわりっと。仕事の後は甘いもんに限るな。お前さん、なんかデザートでも食うか? デザートっつっても、コンビニプリンしかねえけどさ」

 

「はい、是非。それじゃあ、私はプリンに合う温かいお茶を用意しますね」

 

「さんきゅ。お前さん、意外と気が利くじゃねーの」

 

「意外と、は余計です。これでもミレニアムのセミナーとして、普段から色んな人のサポートをしてるんですから」

 

 そうして二人は並んで給湯室へと向かっていく。

 

 ユウカが手際よく湯呑みをお湯で温め、お茶を淹れている間、そのすぐ隣では銀時が食器棚をゴソゴソと漁り、デザート用の平皿や小さなスプーンを不器用に取り出していた。

 お茶の葉が開き、ふわりと香ばしい香りが狭い給湯室を満たしていく。ユウカは急須を傾けながら、一瞬だけ躊躇うように視線を落としたが、やがて意を決したように隣の男へと声をかけた。

 

「……あの、先生」

 

「んー?」

 

 銀時はスプーンを口にくわえたまま、お盆を用意して気の抜けた返事をする。

 

「……先生って、その……秘書が欲しかったり……しますか?」

 

 ユウカのその問いかけと共に、銀時へと向けられた眼差しは、じ……と真っ直ぐで、どこか切実な熱を帯びたものだった。

 

 ただのシャーレ当番としてのサポートではなく、彼の隣で、彼の生活も仕事も、そのすべてを正式に管理し、支える存在。自分が今どうしてそんな質問をしているのか、その計算外の衝動にユウカ自身の耳が瞬時にカッと赤くなっていく。しかし、それでも彼女は向けた視線を外すことなく、銀時の答えをじっと待った。

 

「……考えたことなかったな、そりゃ。当番とはちげーの?」

 

 銀時はくわえていたスプーンを外し、本当に意味が分からないといった様子で、ぽかんと半目を瞬かせた。

 

 そのあまりにも無防備で直球な問い返しに、ユウカは自分の放った一言の破壊力を今さら自覚し、頭が爆発しそうになるほど赤面した。ここで黙り込んでしまっては、まるで自分が不純な動機で彼の隣を狙っていると白状するようなものだ。

 そう弾き出された彼女の思考は完全にバグを起こし、ユウカは沸騰した頭のまま、大慌てでマシンガンのように早口の言い訳を紡ぎ始めた。

 

「ち、違います! 全然違いますからね!? 当番っていうのは各学園からのボランティアみたいな一時的なものであって、私が言っているのはもっとこう、組織としての永続的な管理体制の構築、つまりっ! 先生のあのあまりにも破綻した生活状況や、書類の提出期限に対する著しい怠慢を根本から是正するためには、一時しのぎの当番制ではなく、ミレニアムの高度な財務管理ノウハウを持った私が専任の秘書として常に横で目を光らせ、予算の執行から日々のコンビニスイーツの支出に至るまで、一分一秒、一の位まで完璧にコントロールする方が、シャーレという公的機関の運営効率およびキヴォトス全域の利益において客観的かつ論理的に見て極めて合理的であるという、あくまで一般的な組織論に基づいた極めてクリーンで事務的な進言であって、決して私が個人的に先生の公私に深く立ち入りたいだとか、いつでも一緒にいたいだとか、そういう不経済で非合理的な私情はこれっぽっちも、本当にミリ単位も含まれていませんからね!?」

 

「長い長い長い!! 急に怪文書みたいな文字数ぶち込んでくんのやめろ! 30文字でまとめろ!! 30文字以内で!!」

 

 銀時は両手で耳を塞ぎながら、エレベーターの警告音ばりにうるさいユウカの早口に本気で顔をしかめた。

 その大声に、ユウカは「ひゃぅっ!?」と変な声を上げて一瞬だけ硬直する。しかし、そこはさすがミレニアムの誇る会計だった。脳内の演算回路をフル回転させ、瞬時に情報の無駄を削ぎ落とすと、コホンと一つ咳払いをして、人指し指を突き出しながら極めて簡潔にまとめてみせた。

 

「……要するに、『先生を公私ともに私が一生管理してあげます』ということです!」

 

「重い重い重い!! なんか一気に束縛宣言か何かになったじゃねーか!!」

 

 ガタガタと肩を震わせる銀時をよそに、ユウカは完全にペースを取り戻し、お茶を盆に載せながら実務的な進言を続ける。

 

「もちろん、セミナーの仕事や本来のシャーレ当番としてのシフトもありますから、毎日ずっとここに詰めるわけではありません。私の空き時間や週後半の当番枠を上手く融通して、臨時の『特別補佐』としてスケジュールを組む……という形なら、連邦生徒会にも他の学園にも角が立ちませんし、折り合いはつけられます。……どうですか、先生?」

 

「どうですかって、お前さん……それ、俺に拒否権とかあるわけ?」

 

「あるわけないじゃないですか。さ、お茶冷めないうちにプリン食べましょう」

 

 にこりと完璧な笑みを浮かべたユウカに、銀時は「やっぱり理系の女は怖えわ……」とガクガク震えながらも、大人しくお盆を受け取るのだった。




ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

めでたくもユウカがレギュラーメンバー入り。明日からのイベントストーリー……の次の章から本格的に彼女が銀さんの隣に立ちます。

そういえばシャーレ当番って学業との折り合いってどうしてるんでしょうね。
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