ブルーアーカイブ 透き通る青春よ永遠なれ   作:Jon.Do

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桜花爛漫お祭り騒ぎ編です。


第三章 空に徒花、地に忍篇
第五十一話 酒カス侍百鬼夜行へ


「……う、うーん……あ、もうこんな時間……しのびエッグ、見ないと……」

 

 和風テイストの部屋、畳の上で忍者に関する本や漫画に囲まれながら丸くなっていた少女、久田イズナ。ぴこ、と狐耳を揺らし、大きなあくびをしながら目を覚ます。

 今日は子供向け教育番組のアニメーションながらも、原作者が大の忍者研究家であることから忍術描写が非常にリアリティのある作品『しのびエッグ』の劇場版のテレビ放送日。普段の夕方の放送よりもかなり遅い時間帯の特別編成であることから、少しだけ、本当にほんの少しだけ寝過ごしてしまった。

 寝ぼけ眼のまま畳を探ってリモコンを手に取り、テレビの電源をつける。いつもの元気が溢れ出そうな、ワクワクするオープニング曲が流れる……と思いきや。

 画面に映し出されたのは、不鮮明でノイズの混じった、けれどどこか古めかしく大きな屋敷の中の映像だった。そこに、一人の白髪の男性がゆっくりと立ち上がる姿が映る。

 

「……なんでしょうか、これ……ドラマ……?」

 

 寝ぼけた思考のまま、イズナはテレビ画面へとずるずると顔を近づける。すると、ジジジと小さく割れていた音声が、不自然なほど鮮明になり始めた。

 

 ──────────

 

 画面の中、黒髪のおかっぱの少女がどこか投げやりに煎餅をバリリと食べながら告げた。

 

「……私の主は……様でござんす。式神は主の命に従うだけ」

 

 その突き放すような言葉に、白髪の男は天を仰いでため息をつきつつ、激しく雨の降りしきる中、雨宿りをしていた軒下から一歩、外へと立ち上がる。

 

「クク、てめえ最初から俺に仕えるつもりなんてさらさらなかったじゃねーか。ただの監視役、あるいは見張りか。……まあいいさ。元より他人に仕えられるなんて高尚な身分にゃ慣れてなかったとこだ。息苦しくて敵わねえ。これで自由に──」

 

 男が歩き出そうとした瞬間、黒髪の少女は背負っていた、身の丈ほどもある巨大な金棒を男の足元へとズドンっ、と凄まじい質量で殴り付けた。砂利が爆ぜ、少女は冷徹で、鋭い眼光で男を睨みつける。

 

「……止まれと言っているでござんす。式神の一匹も呼べぬ素人が向かったところで血の雨が降ると分からんか」

 

 人間離れした、人外の圧倒的な凄み。だが、白髪の男はそんなプレッシャーを平然と受け流し、降り注ぐ雨によって天然パーマの癖毛を濡らしながら、不敵に笑う。

 

「はん、結構なことじゃねえか。生憎こんな天気なんだ、血に濡れようが雨に濡れようが大して変わらねえだろ」

 

 そうして男は、一度黒く濁った雨空を見上げた。

 

「春雨だろうが秋雨だろうが血の雨だろうが、降るってんなら喜んで濡れて参ってやらあ。……ただな」

 

 そこで男は言葉を区切り、ほんの少しだけ寂しそうに目を細めた。

 

「女の涙に濡れんのは、もうごめんだ」

 

 ──────────

 

「……わあ、……!」

 

 イズナは画面の前に正座したまま、思わず小さな歓声を漏らしていた。

 なんのドラマだろうか。式神などと言うあたり、和風ファンタジー、というものだろうか。

 テレビの電波の不調なのか、どんな経緯があってこんな突拍子のないシーンから始まったのかは全くわからない。けれど、この男の言葉を聞いた画面の中の黒髪の少女が、地面に突き刺していた金棒を静かに引き抜き、それまでの冷徹な表情をフッと和らげて、

 

『……様、認めたでやんす。あなたがあっしの、もう一人の主でやんす』

 

 と口にしたシーンを見て、彼女の気持ちが胸の奥からすごく分かってしまった。

 

(すごく格好いいです……! イズナも、もし誰かに仕えるのなら、こういう人に仕えたいです。どんなに危険なことが待っていようと、誰かの涙を止めるために雨の中に飛び込んでいくような、そんな優しい主様に────)

 

「……あれ?」

 

 ふと、イズナがテレビに視線を戻すと、先ほどまで流れていた映像なんて最初からなかったかのように、ピーという電子音と共に、放送テストのためのカラフルなカラーバーの画像だけが静かに映し出されていた。

 

「……んん、映画はもう終わってしまったのでしょうか。取り敢えず、もう一眠り……明日も朝早くから、雇い主からの任務、が……」

 

 ……そして、テレビが消えると同時に強烈な眠気が一気に蘇り、イズナはふら……と再び畳の上へと丸まった。夢か現実かも曖昧なまま、少女は再び深い眠りへと落ちていった。

 

 ──────────

 

 とある午前中のシャーレのオフィス。銀時はペンとハンコを片手に、机にずらりと並べられた書類を前にしてぐずっていた。ちなみに秘書であるユウカはここ数日はセミナーの会議が立て込んでいるとかで暫くは顔を出せないらしい。

 

「……もう書類見たくねえ……視界に映したくねえ……ペンも握りたくねえ……。何がハンコだ、俺の右手の親指に朱肉を永久に焼き付けて、すれ違う奴全員の額に一押し百円でポンポン押して回るだけの仕事にジョブチェンジさせてくれねえかな……」

 

『先生、今日のノルマまであと少しですから……! ほら、頑張ってくださいっ!』

 

 シッテムの箱の中の少女、アロナから健気に励まされても、銀時はぴくりともペンを走らせることができず、その端末へと顔を向けつつジト目を浮かべる。

 

「……そもそもさあ、俺キヴォトスに来てから一度も、一度も酒飲んでねーぞ。酒ってのは人生の潤滑剤なの。明日への活力なの。それなのにこの街はなんだ? 酒なんて滅多に見かけねえし! 酒! 飲まずにはいられねえ! ……状態なの」

 

『キヴォトスの大多数の住人は未成年の女子生徒ですからね、そもそも需要がなくて……。お酒を売っているお店自体、探すのが一苦労なんです』

 

「普通の住人もロボットとか動物の頭した奴らだもんな、あいつらがワンカップ大関を煽りながら競馬新聞読んでる姿とか、流石にこの透き通るような世界観じゃお目にかかれねえよな……。あー、酒。酒飲みてえ……。五臓六腑をアルコールで消毒して、体の中からあったまりてえよマジでー……」

 

 銀時は机の上に完全にうつ伏せになり、死んだ魚の目をさらに澱ませながら、意味もなくペンをコロコロと転がし始めた。

 

 すると、机の片隅に置かれた電話機が、けたたましいコール音を部屋中に響かせる。

 書類の山とアルコールへの渇望から、半分白目を剥いて眠りかけていた銀時は、「んだよもう……安眠妨害で訴えるぞコノヤロー……」と不機嫌に呟きながら受話器を手にした。

 

「……あーい、万事屋銀ちゃんシャーレ支部でえす」

 

『あ、本当に出ちゃった! ど、どうしよう!? 本当に電話繋がっちゃったよフィーナちゃん!!』

 

『落ち着いて深呼吸デス委員長! ヒッヒッフー!! ほら、背中さすってあげマース!!』

 

『何を産ませる気なのあなたは!? パニックになってるだけでしょーが!!』

 

「……すんません、漫才の押し売りなら受けてねえんで、それじゃ、お後がよろしいようで」

 

 銀時が面倒くさそうに受話器をフックに戻そうとすると、向こうから『待って! 待って待ってください! ちゃんと要件はありますから! 切らないでー!』と、必死に引き留める甲高い声が聞こえ、そこで銀時は渋々受話器を耳元に戻した。

 

『え、えっと……そちらはシャーレの、坂田先生、でいいんですよね?』

 

「まあそうだけど。んで、なに? 銀さん今まさにシャーレの過酷な労働環境にストライキしようかなって思ってたとこなの。一刻も早いお酒という名の福祉の支給を求めてんの銀さんは。酒がないと死んじゃう病気なの」

 

『お酒……? ……! それならちょうどよかった! 私、百鬼夜行連合学院の「お祭り運営委員会」に所属している河合シズコです! 百夜堂っていうお食事処の看板娘だったりもするんですけど、それはひとまず置いといて……今度私たちの学院で開かれる大きなお祭り、「百夜ノ春ノ桜花祭(ももよのはるのおうかさい)」に先生をご招待したくて電話したんです!』

 

「春? 桜花祭? ……おいおい、いくらこの二次創作の連載がリアル時間で六月頭に始まったからって、随分と季節外れの遅えイベントじゃねーか。時間感覚大丈夫かよ作者。今もう真夏だぞ」

 

『メタい話はしないでください! ただでさえ作者さんは二次創作のあとがきとかでよく行われがちの「キャラクターによる、読者からの質問に応えるコーナー」とか「作者とキャラクターが謎の空間で会話する」みたいなノリが死ぬほど苦手で恥がしくなっちゃうタイプなのに……! ……こほん。と、とりあえず、です! ……お忙しいとは思いますが、どうでしょうか……?』

 

 シズコのその誘いの言葉に、銀時はふむ、と顎をさすった。

 

 何せ銀時は元は江戸暮らし。江戸は祭りと喧嘩が華の都市だ。生まれ育った環境が環境なだけに、祭りという単語を聞けば、否応なしに血が騒ぎ、胸が高鳴るに決まっている。

 

「……さっき、俺の『酒』って単語に食いついたってこたあ、当然そこにはあるんだろうな? 銀さんの乾ききった五臓六腑を潤す、最高のガソリンがよォ」

 

『もっちろんです! 冷燗や熱燗、シュワシュワ弾ける発泡和酒に、ちょっと甘めのどぶろくまでバッチリ取り揃えてありますよ! ちなみに、すべて私たちの学院の伝統ある酒蔵で精魂込めて醸したお酒ばかりです!』

 

 その言葉を聞いた瞬間、銀時の死んだ魚の目が、まるで獲物を見つけた猛獣のようにキラーンと眩しく光り輝いた。

 酒。キヴォトスに来て以来、あれほどまでに焦がれ、求めて止まなかった本物のアルコールが飲める。しかもこの招待のされ方なら、確実にタダ──すなわちサービスだろう。そんな極上の餌をぶら下げられて、断る理由など万に一つもあるわけがなかった。

 

「よーし、そーゆーことなら話は早い。すぐにでも準備してそっちに行ってやる。お前ら、塩を多めに振った茹でたての枝豆に、炙ったエイヒレだのイカの塩辛だの、酒が進む最高のツマミもしっかり用意しとけよ」

 

『本当ですか!? よかったあ……! ちなみに今回のお祭りではちょっとした新しい試みを計画していまして、それに関してちょーっとだけ先生にご相談したいことがあって……。とりあえずそれに関しては私のお店でお話しますね! それではお会いできること、楽しみにしてます!』

 

 そうして電話がプチッと切られ、受話器からツーツーと無機質な音が響き渡る。銀時がそれを元の位置に戻した直後、彼のポケットの中でスマホがブルッと震えた。

 画面を開くと、先ほどまで登録されていなかったシズコの連絡先が、なぜかモモトークにバッチリと追加されている。どうやらシャーレのオフィスの固定電話と個人のスマホがシームレスに連携しているらしい。つくづく便利な街である。

 すぐに彼女からポン、と通知と共に一枚の画像が送られてきた。

 それは、どこか和風で華やかな学園祭のポスターのようなデザインで、中央にでかでかと「百夜ノ春ノ桜花祭」と踊るような文字で書かれたものだった。それに合わせて、立て続けにメッセージが添付される。

 

『会場までの案内図も兼ねていますので、この画像お送りしますね! 百夜堂でお待ちしてます!』

『にゃんにゃん♩』

 

「にゃんにゃん……。なんだ、あいつ。看板娘っつってたから、そーゆー客引き用の営業用キャラ付けか何かなんかね。まぁ、酒さえ飲ませてくれりゃ、にゃんにゃんだろうがワンワンだろうが何でも付き合ってやるけどよ」

 

 銀時は送られてきた、桜が乱舞するポスターの画像をじっと眺める。百鬼夜行連合学院──。キヴォトスにやってきて以来、アビドスだのトリニティだのゲヘナだのミレニアムだの、横文字の多いギスギスした学校ばかり耳にしてきたが、それらに比べると妙に親近感の湧く名前だ。一体どんなところなのだろうかと気になり、銀時は机の上に置いたシッテムの箱の画面を指先でトントン、と叩き、アロナに問いかけた。

 

「……なあ、アロナ。その百鬼夜行連合学院ってのは、一体全体どんなとこなんだ? 」

 

『はい! 百鬼夜行連合学院はですね、観光業が非常に盛んな学園なんです! 複数の大きな『クラブ』や『委員会』が寄り集まって一つの連合を組んでいるのが特徴で、学院全体が広大な観光地、あるいは巨大な門前街のようになっているんですよ。お祭りや歴史ある建物がたくさんあって、毎日がまるでお正月や縁日のように賑やかな、とっても素敵なところですっ!』

 

「へーえ……そいつあなんか親近感あるかも。そんじゃ、早速行くとすっかね。書類仕事は……まあいいや。明日か明後日か来週の俺がきっとどうにかしてくれるさ」

 

『……先生ってもしかして、学生時代は夏休みに課題を最後の最後まで残しちゃうタイプでしたか?』

 

 シッテムの箱の画面の中で、アロナがジト目を向けながら呆れたようにため息をつく。

 

「それどころかテスト当日の朝に詰め込んで、そのまま寝坊して白紙で出す方だったよ。過去は振り返らねえ、それが大人の生き方よ」

 

『やっぱり……。もう、帰ってきたら絶対に手伝いませんからね!』

 

 そんなアロナの膨れっ面をスルーして、銀時はそそくさとシャーレのオフィスを後にした。

 エレベーターを降りて外へと出ると、建物の片隅にひっそりと設置された駐輪場へと直行する。そこに停めてある、不思議と見慣れたフォルムのスクーターへと向かった。

 

『あれ? 先生、そんなところにバイクなんてありましたっけ?』

 

「これか? この前、ミレニアムのエンジニア部ってとこから送られてきたんだよ。移動手段が欲しかったとこだし助かるわマジで」

 

 そう言って銀時は手慣れた動作でスクーターに跨ると、ハンドルにかけてあった半キャップ型のヘルメットとゴーグルを頭に被った。

 

『なぜでしょう……すごーくしっくり来ますよね、その格好。まるで昔からそうやって街を走り回ってたみたいです』

 

「そうかあ? まあ結構懐かしくはあるけどさ……。よーし、そんじゃしゅっぱーつ! 待ってろよ、俺の愛しき酒たちよォ!」

 

 銀時がキックペダルを力強く踏み込むと、マフラーからパパパンと威勢のいい爆音が響き渡る。

 エンジニア部によってカスタムされたエンジンが心地よい振動を伝え、銀時は白い着流しの裾を風になびかせながら、百鬼夜行連合学院を目指して勢いよくシャーレの敷地を飛び出していった。

 

 ──────────

 

「……こいつぁ……」

 

 坂道の途中でスクーターを止め、ヘルメットのゴーグルを額へと跳ね上げた銀時は、眼下に広がる街並みを見下ろして、ぽつりと声を漏らした。

 視界を埋め尽くすのは立派な瓦葺きの木造建築や、大きな暖簾を掲げた歴史ある佇まいの店。そして、それらと交錯するようにして建ち並ぶ、現代的なビルや電柱の群れ。

 あまりにも見慣れていて……けれど、やはり自分のよく知る、あの江戸の街とは決定的に違う。そんな懐かしさを覚える奇妙なパノラマに銀時は静かに目を細める。

 

『わあ、ここの眺めは圧巻ですね! 百鬼夜行の名物であるあの大きな桜も、ここからなら一望できちゃいます! ──って、先生? どうされましたか?』

 

 シッテムの箱の画面からひょっこりと顔を出したアロナが、いつになく物憂げな表情で街を見つめる銀時の横顔を覗き込んできた。

 

「……ああ、なに。いい眺めだなって思っただけだよ。高いところから見下ろすお祭りってのも、乙なもんだ。酒も進みそうだしな」

 

『本当ですか? それにしては、なんだかとても寂しそうな────』

 

「気にすんな気にすんな。ちょっとエモーショナルなスイッチが入っちゃっただけだから。それより、とりあえず街歩きしたくなってきたし、どっかスクーター停められる駐輪場はねーの?」

 

『もーう! すぐにそうやって誤魔化すんですから! ……えっと、マップによれば、この道を元に戻って真っ直ぐ坂を降りた先にあるみたいです。そこなら中央の大通りにも近くておすすめですよ』

 

「はーいよっと。じゃ、お祭り会場へ突撃と行きますか」

 

 銀時は再びゴーグルを目元へと下ろすと、アクセルを軽く吹かした。

 緑豊かな道路脇の木々の影と差し込む陽の光に照らされ、パパンと白い煙を吐き出しながらスクーターが滑り降りていく。胸の奥に去来したかすかな郷愁を風で切りながら銀時は賑やかな喧騒が待つ街へと向かって再び走り出した。

 

 ──────────

 

「……やっぱ似てるなあ、ここは」

 

 大通り近くの駐輪場にスクーターを駐め、ヘルメットをシートに引っ掛けた銀時は、街並みを見渡しながらポツリとぼやいた。

 風情や情緒のある瓦葺きの建物。行き交う着物姿の市民、この街のトレンドなのか、セーラー服の上に羽織を掛けて楽しそうに駆け回る生徒たち。少し離れた場所ではビルが聳え立つ。今やどこか懐かしく思えてしまうようなその景色に自然と頬が綻ぶ。やはりあの街に似ている。……とはいえあの街のように乱れた水商売の店や闇金の看板は見当たらないけれど。

 

「……オヤジさん、団子一本くれ」

 

「あいよ!」

 

 ふと通りがかった団子屋で足を止め、厨房にて団子を焼いていた兎頭の店長に団子を注文した。店先の縁台に少し腰掛けていると、先ほどの店長と同じ兎頭をした女将さんがお盆の上にお茶と団子を乗せた皿を持ってきてくれた。

 

「はい、ご注文のお団子とお茶ですよー」

 

「おう、さんきゅー。……うお、うっま。いい焼き加減と甘さじゃねえかこの団子」

 

「ふふ、ありがとうございます。旦那の団子作りの腕はここの通りじゃピカイチですから。……あまり見かけないお顔だけど、ここに来たのは初めてですか?」

 

 女将さんはお盆を胸に抱え、銀時の珍しい白髪と着流し姿を興味深そうに眺めながら尋ねた。銀時は跳ねた天然パーマをポリポリと掻きながら、遠い空を仰ぐようにして目を細める。

 

「……初めてのはずなんだけどさ。どこか懐かしい感じがしちまうんだよ。前にいたとこでもこーゆー街で店先に座ってこーして団子食ってたなあ、てさ」

 

「ふふ、確かに。お客さん、着流し姿がとても男前ですから。すごく絵になりますし不思議とそんな様子が思い浮かんでしまいますね」

 

 女将さんはその言葉を好意的に受け止めたのか、おかしそうに目を細めて微笑んだ。

 

「おいおい、言ってくれるじゃねーの。……さあて、も少し街歩きすっかね。女将、ここいらに百夜堂って店は……」

 

 団子を食べ終わった銀時が立ち上がり、女将に勘定を手渡しながら問いかけようとするとふと、通りの向こうから可愛らしい少女の叫び声が聞こえた。

 

「あっ、あっ!? 危ないですうううううっ!?」

 

 その声に振り向こうとした途端、ぴこぴこと黒い犬科の耳を生やした赤いスカーフを首に巻く少女が胸元へと飛び込んできた。

 

「おっと」

 

 銀時は咄嗟に身を引こうとしたが間に合わず、正面から衝突する形になる。とはいえその体躯はビクともせず、逆に少女の方がゴム鞠のようにポーンと弾んで尻餅をついた。

 

「い、たた……は、……!? あ、あっ! すみません、大丈夫ですか!? お怪我はありませんか!?」

 

 少女は慌てて立ち上がると、自分の怪我よりも先に銀時の安否を気遣い、ペコペコと何度も頭を下げた。

 

「いや、大丈夫大丈夫。余所見しちまってたのは俺だったし。お前さんこそ大丈夫か?」

 

「イズナは大丈夫です、気にかけてくださってありがとうございます!」

 

 イズナと名乗った少女は、頭の上の耳をぴこぴことせわしなく揺らしながら、人懐っこい笑顔を浮かべる。

 すると、彼女が走ってきた方から、ドタバタという騒がしい足音と共に二人の少女の声が聞こえてきた。

 

「待てー! 逃がさないんだからー!」

 

「か、カエデちゃん……ち、ちょっと待ってください……早すぎ、ます……はあ、はあ……」

 

「はっ!? もうこんなところまで!? えっと、えーっと、どうすれば……!?」

 

 声を耳にした瞬間、イズナは分かりやすく顔を青ざめさせ、きょろきょろと周囲を見回してパニックに陥る。

 

「……なに? アイツらから逃げてんの?」

 

「え、その……はい、そうですけど……」

 

 銀時の問いかけに、イズナがこく、と神妙に頷いたところで、タイミング悪く追手の声が更に近づいた。

 

「ミモリ先輩! あっち!!」

 

 じわじわと包囲網が狭まっていく気配。だが、そんな状況でも銀時は慌てる風もなく、首の後ろをポリポリと掻きながらニヤリと不敵に笑った。

 

「……ちょいと腹ごなしすっかね」

 

「え? ……ええ!?」

 

 銀時は徐に自身の白い着流しを肩から脱ぐと、それをイズナの頭からすっぽりと覆い被せた。突然視界が真っ白になり、大人の男の匂いに包まれて硬直するイズナ。

 銀時は布越しに彼女の小さな手をガシッと力強く握り締めると、地面を蹴って勢いよく駆け出し始めた。

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

 イズナはきょとん、と目を丸くしながらも、その大きな手のひらに引かれるまま、銀時の素早い足取りに必死について行くのだった。

 

 ──────────

 

 それからしばらく二人で走り、入り組んだ路地裏をいくつか曲がって、どうにか彼女の追っ手を完全に撒くことに成功した。

 

「……ふう、これでもう大丈夫だろ」

 

 そう言うと、銀時は彼女に被せていた着流しをひょいと取り、自分の肩へとだらしなく羽織り直す。

 

「え、えっと……助けてくれてありがとうございました! ところで、あなたは……百鬼夜行の生徒ではありませんよね? 大人の方、でしょうか?」

 

「そ。シャーレってとこで先生やってる坂田銀時っつーんだ。……まあ、やってることは完全に便利屋みてーなもんなんだけどな。勝手に『万事屋銀ちゃん』って看板あげてやってるよ」

 

「シャーレ? 先生? 万事屋……あ、イズナ知ってます! シャーレには木刀一本で戦車を叩き壊して、大企業のオートマタ兵士達の軍勢を壊滅させたすごい、大人の方、が……え。ええええええええ!?!? も、もしかしてホンモノですか!?」

 

 イズナは目をこれでもかと見開き、頭の上の耳をピンと直立させて驚愕の声を上げた。キヴォトスの裏社会や各学園の間で密かに囁かれている、あの『シャーレの超人先生』が目の前にいるのだ。

 

「……まあ、間違ってはねーけど。そんな尾ひれ背ひれがついた噂になっちまってんのかよ俺。どーりで仕事が減らねえどころか、厄介事ばっか増えまくってるわけだぜ……」

 

 銀時は自分の頭の後ろをガリガリと掻きむしり、心底めんどくさそうに深いため息をついた。

 

「どこにでも現れて即座に解決……! まるで忍者……! いえ、刀で戦うわけですし侍、でしょうか……? まさかそんな噂の先生に会えるだなんて……!」

 

「……忍者?」

 

 銀時が胡乱げに首を傾げる中、イズナは銀時の周りをくるくるとせわしなく回り、物珍しそうに、尊敬の念が入り混じったキラキラとした眼差しで見つめてくる。

 

「……むむ? どこかで見たような気もしますけど……ふふ、とにかく本物に会えるだなんて感激です! ですが、そんなすごいシャーレの先生がなぜここに?」

 

「ああ、ここでやってるっつー桜祭りを見に来たんだよ」

 

「桜祭り……ああ! 百夜ノ春ノ桜花祭のことですね! せっかくの桜花祭ですし、よろしければイズナにこのお祭りを案内させてください!」

 

 イズナはそう言って、銀時の大きな片手を両手でふわり、と包み込むように握り締めた。

 純粋な好意を無邪気に向けられることに慣れていない銀時は、「お、おう……」と少し気圧されつつ、ぽりぽりと居心地悪そうに頬を軽く掻く。困ったように視線を泳がせながらも、結局はその真っ直ぐな瞳を無下にはできなかった。

 

「……まあ、いいけど。その代わり、美味い出店とかちゃんと教えてくれよ?」

 

「もっちろんです! では早速!」

 

 そうして銀時は、嬉しそうに尻尾を振るイズナに小さな手で引かれるがまま、提灯が飾られ、美味しそうな匂いが漂う屋台の立ち並ぶお祭りエリアへと足を踏み入れていった。

 

 ──────────

 

「見てください! 百鬼夜行の屋台名物、キツネ煎餅を売ってますよ! あっちには桜花祭には欠かせない、タヌキ印のお好み焼きも! あと、桜の花びらを練り込んだサクラ大福もすごーくオススメなんです!」

 

「へー、所詮は学生の文化祭かと思いきや、結構本格的じゃねーか。なんかこう、江戸の縁日を思い出すっていうか……よし、俺もう文化祭に偏見持つのやめようかな、うん」

 

「んん? 先生って学園祭に何か思うところが?」

 

 無邪気に首を傾げるイズナの問いに、銀時はとある騒動で吐露していた文化祭への偏見を思い出す。文化祭ではしゃぐ女子も、それに便乗する男子も、それを暖かく見守る教師も嫌い。……まあ、所詮はまともな学生生活をしていなかったが故の嫉みに過ぎなかったのだけれども。

 

「……祭りを純粋にエンジョイしてる奴に言えるような、高尚なことじゃねーよ。安心しな、ちゃーんと楽しいからさ。何よりお前が美味そうなもんいっぱい教えてくれるしな」

 

「ならいいんですけど……あ! 桜花祭といえば、あれを見に行かなければ! こっち、こっちです先生!」

 

 キョトン、と不思議そうに首を傾げていたイズナだったが、すぐに大事な催しを思い出すようにぴんっ、と狐耳を立たせると、再び銀時の手をしっかりと引いて、人混みの間を縫うように勢いよく駆け出していった。

 

 ──────────

 

 イズナに手を引かれるがままに向かったのは、百鬼夜行の中心部で聳えるように生える巨大な桜を眺められる展望台。街に入る前に遠目から目にはしていたが、先ほどよりも格段に近く見えるその圧巻の威容に、銀時はひゅぅ、と感嘆の口笛を吹いていた。

 視界を埋め尽くす圧倒的な薄桃色の桜の巨木は、まるでこの街並みを優しく抱擁するように枝を広げている。

 

「……でけえな、こいつぁ……」

 

「えへへ、ですよね? ちょうどこのお祭りの時期に一番綺麗に咲く、百鬼夜行の名物です! イズナはあの御神木と百鬼夜行の街並みとが一緒に眺められるこの場所が大好きなんです!」

 

 そう言って自慢げに胸を張るイズナの横顔を、銀時はどこか眩しそうな、それでいて少しだけ懐かしむような目で見つめる。

 青空に映える満開の桜と、賑やかな門前街の喧騒。そのどこを切り取っても、やはり自分の知るあの懐かしい江戸の景色と重なって見えてしまうのだ。

 

「わかるぜ、その気持ち。この眺めを見てたら……少し寂しいのが薄れてきたわ。悩んでたのがバカバカしいくらいだぜ」

 

「寂しい……?」

 

「ああ、こっちの話さ。こっちの話。……ありがとよ、イズナ……だっけ。こんないい場所に連れてきてくれてさ」

 

 銀時はふっと相好を崩し、いつもの気怠げな笑みを浮かべながら彼女の頭をぽんぽんと軽く叩いた。不意の子供扱いに、イズナの黒い狐耳がぴこぴこと嬉しそうに跳ねる。

 

「ふふ、いえいえ! ……ここでこの景色を見ていると、イズナも夢のためにもっともっと頑張らなきゃ、って思うんです」

 

「夢? どんな夢だ、それ」

 

「はい! キヴォトスでいちばんの忍者になる、という夢です! 今日も今日とて、その夢のために日々……!」

 

「忍者、ねえ……」

 

 銀時が彼女の口にしたその夢をぽつ、と呟いた途端、イズナははっとした。

「忍者」という言葉がどれほど時代錯誤に響くか。ついテンションが上がって自分の夢を熱く口走ってしまったことを恥じらうイズナが、はっと我に返って慌てて両手を振りながら取り繕おうとする。

 

「……はっ、す、すみません! 今時こんな夢を持ってる人なんて周りにいないというのは知っているのですが……!」

 

「いーんじゃねーの? 忍者」

 

「……え?」

 

 鼻の頭を軽く掻きながら吐き出された銀時の肯定的な言葉に、イズナは呆気に取られたように目を丸くした。

 

「俺が元々いたとこじゃしょっちゅう見たからな。片やドMストーカー、片やブス専痔持ちだったケド。まあ性癖はともかくとしてアイツらは忍びとしちゃピカイチではあったし」

 

「え、え!? 先生、本物の忍者とお知り合いなのですか!?」

 

「知り合いっつーか腐れ縁。……だから、さ。別におかしくなんかねえよ。その夢のために頑張るこった。俺ぁ応援してるぜ?」

 

「……イズナの夢を、応援……」

 

 銀時の温かい眼差しに見つめられ、イズナは握りしめていた彼の手のひらのぬくもりをじんわりと感じながら、その言葉を噛み締めるように小さく呟いた。

 

「────そんなふうに言っていただけたのは先生が初めてです! え、えへへ……そっか、そうなんだ……イズナの夢を応援してくれるなんて……!」

 

 イズナは顔を上気させ、胸の前でぎゅっと拳を握りしめた。誰もが「子供の夢中なごっこ遊び」と笑うか、あるいは奇異の目で見るだけの目標を、この人は当たり前のように、そして対等な目線で肯定してくれた。そのことが、彼女の胸に言葉にできないほどの温かい光を灯していく。

 

「なあに。ちゃらんぽらんな俺が侍になれたんだ、お前さんはお前だけの忍びの魂ってのを見つけて、それに突っ走って行きな。悩んだ時はここであの桜の木を眺めてさ。……俺もたまにここに通うから、会った時は団子でも食いながら話そうぜ?」

 

「……はい、はい! 是非とも! ……まだまだ失敗の多い身ではありますが、改めてイズナは立派な忍者になって見せます!」

 

 喜びを爆発させるように頭の耳を小刻みにパタパタと動かしていたイズナだったが、ふと我に返ったようにはっ、と何かを思い出した顔をして、銀時から慌てて手を離した。その拍子に、彼女の腰に巻かれた忍具袋がチャリンと軽い音を立てる。

 

「……はわわっ! 雇い主からの依頼が終わってないのを思い出しました! すみません、イズナはお先に失礼します!」

 

「お、バイトか? それなら仕方ねえな。……俺も元々ここに来た用事、っつーか行くところがあるし、今回はこれでお開きだな」

 

「……でも、でも! 依頼が終わったらまた一緒に桜花祭を楽しみましょうね、約束ですよ!」

 

 去り際に振り返ったイズナの瞳は、これからの任務への緊張と、再びこの風変わりな侍に会える期待とで爛々と輝いていた。

 

「ああ、約束だ。……またな、イズナ」

 

「はい、先生も! ではでは!」

 

 イズナはもう一度嬉しそうに微笑むと、身を翻して展望台の手すりを軽々と飛び越えた。常人なら目も眩むような高さから躊躇なく飛び降りると、眼下の瓦の屋根伝いに、まるで風に舞う桜の花びらのようにピョンピョンと軽快に飛び跳ねながら、あっという間に賑やかな人混みの向こうへと去っていった。




ここまで読んでくださりありがとうございます。イズナちゃん可愛いよイズナちゃん
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